タイトル:【PN】山脈を越えてマスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/08 22:38

●オープニング本文


 南ヨーロッパの覇権を賭けたUPCとバグアの大規模戦闘は、イタリア半島の解放、および敵新型機ファームライド鹵獲という結果をもってひとまず幕を下ろした。
 永らくバグア軍の脅威に晒されていたイタリア半島を取り戻し、地球上の勢力図をあのメトロポリタンX陥落以来、初めて人類側有利に描き変えたという点では充分な勝利といえるだろう。
 しかし、欧州を巡る攻防が終わったわけではない。
 スペイン・ギリシャにはいまだ有力なバグア軍勢力が居座り、また中欧に目を転じればマケドニア方面から侵攻したバグア軍が、セルビア共和国の首都ベオグラードにじわじわ迫りつつある。
 そしてあの「赤い悪魔」ファームライドも12機が健在であることを思えば、いつまでも勝利の美酒に酔いしれているわけにいかないのだ。


「UPC欧州軍の方から正式な要請が参りました。本艦にはベオグラード支援に回って欲しい、とのことです」
 大規模戦闘の傷痕も生々しいジェノバ港に停泊する空母「サラスワティ」の艦長室で、艦長ラクスミ・ファラーム(gz0031)は副長のシンハ中佐から報告を受けていた。
「サラスワティ」自体も決して無傷ではない。
 長駆北極海を通り抜け、ドイツ・ハンブルク港で補給と艦の整備。その後南北をバグア支配圏に挟まれたジブラルタル海峡を決死の覚悟で突破し、メガロ・ワームや水中キメラがうようよする地中海を航海し、やっとの思いでイタリアまでたどりついたのだ。
 その間の戦闘で受けた艦の損傷を応急修理する一方で、艦のクルーは再出撃に向けての準備にも余念がなかった。
「しかしバルカン半島といえばアドリア海側は山岳地帯じゃ。対馬島のように容易く陸軍を揚げるわけにもいくまい?」
 デスクに広げた大地図を覗き込み、ラクスミが尋ねる。
「セルビア侵攻のバグア軍が最近多用する戦術として、拠点制圧のため中型ヘルメットワームに載せた大量の中小型キメラを降下させる空挺作戦がございます。UPCとしては、その中型ワームを内部に搭載したキメラごと撃墜して欲しい、との意向ですな」
「なるほど。飛行ワーム狩りか‥‥となれば、ハンブルクで積み込んだ『あれ』がいよいよ役に立つの」
 艦長室に複数設置されたモニターの画面を切替え、格納庫内に駐機するKVの映像を見つめてラクスミはニヤリと笑った。
 PM−J8アンジェリカ――対シェイド・ワーム用として、非物理攻撃能力を特化したドローム社の最新鋭KVである。
「あいにく試作型粒子加速砲しか手に入らず、機動力が大幅に落ちたのは残念じゃが‥‥まあ護衛のKVを付けて、空中砲台として使う分には支障あるまい。新型機の実戦テストにはちょうどよいな」
 間もなく立案された作戦は――。
 ジェノバ出航後はリグリア海から艦載機を発進させ、イタリア半島、及びディナルアルプス山脈を飛び越え高々度からバルカン半島上空に侵入。キメラを運ぶ輸送用中型ワームをアンジェリカの粒子加速砲で叩く、というプランであった。

「パイロットの方はマリアで構わんな? 今までW−01の水中戦ばかりやらせてきたが、艦内のバーチャル訓練機で空戦のシミュレートもやらせておるから乗り換えに問題はなかろう?」
「そのマリアですが‥‥どうも最近様子が妙ですな。部下の話によれば、訓練中も必要な事以外は殆ど口も利かず、それ以外の時間は自室に籠もって一切姿を見せないとか」
「妙も何も、あの者は元々口数が少ないではないか?」
「それが、大規模作戦の最中あたりから特にひどくなって‥‥もしや体調を崩しているのではないですかな?」
「ふむ。だとすれば、代わりのパイロットを手配せねばならんが‥‥」
 ラクスミは暫く思案していたが、
「‥‥まあ、作戦の決行にはまだ間がある。しばらく様子を見ても遅くはあるまい?」


「サラスワティ」艦内、パイロット待機室。
 長期に渡る作戦行動に備え、艦載機の搭乗員には各々待機用の個室が割り当てられている。さすがに高級ホテル並みとはいかないが、日常生活には不自由しない程度のその部屋の一室でベッドに腰掛け、マリアはPX(艦内の売店)で購入した新聞を身じろぎもせず凝視していた。
 その一面を派手に飾るのは、UPC広報部が発表したバグア側エースチーム「ゾディアック」についての詳細と、彼らの首に多額の賞金がかけられた事を報じる記事であった。
「‥‥シモン‥‥」
 少女の口から小さく声が洩れる。
「ゾディアック」メンバー「射手座」の称号を持つ男。欧州攻防戦のスペイン陸上戦線においてUPC軍に大損害を与えた、憎むべきファームライド・パイロットの1人。
 だがマリア自身にとって、シモンはかつて「DF計画」のためカメル共和国の軍施設で生活を共にし、また共に施設からの脱走を図った同じDF隊員でもあった。

●参加者一覧

桜崎・正人(ga0100
28歳・♂・JG
鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
夕凪 春花(ga3152
14歳・♀・ER
不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
井出 一真(ga6977
22歳・♂・AA

●リプレイ本文

●ジェノバ沖・リグリア海洋上
 空母「サラスワティ」の飛行甲板には招集された8人の傭兵達が集合し、既に出撃命令を待つだけとなっていた。
「大規模作戦が終わったとは言え、まだ、気を抜けない状況ですね。レッドデビルも未だ健在、それに敵もまだまだ退いてはくれない様子‥‥」
 地中海の風に長い髪を靡かせつつ、如月・由梨(ga1805)が呟く。
 そう、欧州での戦いはまだ続いていた。イタリア半島の解放には成功したといえ、マケドニア方面から侵攻したバグア軍は、セルビアの首都ベオグラードを目指してじわじわ北上を続けている。
 今回の任務は、セルビア上空に侵入し大量のキメラ投下を図る敵中型ワームの撃墜。現段階でバルカン半島方面におけるレッドデビル=ファームライド(FR)の活動は報告されていないが、地中海を隔てたバグア占領地域からの近さを思えば、100%現れない、とも言い切れない。
「厄介なものが出てくる前にケリをつけたい‥‥時間との勝負だな‥‥」
 手元のフライトプランで戦闘空域への侵入ルートと離脱ルートの確認を行いながら、不破 梓(ga3236)が独りごちた。
 性格的により強い敵との戦いを楽しむ傾向がある彼女だが、今回の任務はあくまで輸送ワームの撃墜。光学迷彩で身を隠した怪物機の不意打ちを食らうのは御免被りたい。
 おまけに近頃のバグア軍には、キューブワーム(CW)などという厄介な電子戦機までついてくるのだから。
「お待たせしました。本日の任務は僕がご一緒します!」
 ブカブカのパイロットスーツに身を包み、まだ幼稚園児のような幼い少年が歩み寄って元気よく敬礼した。
「サラスワティ」専属の岩龍パイロット、李・海狼(リー・ハイラン)である。
「ああ、よろしく頼む。護衛は私のディスタンと‥‥桜崎のディアブロが適任か」
 梓の言葉を受け、桜崎・正人(ga0100)が頷いた。
 空戦になった場合、こちらが真っ先にCW撃墜を目指すように、敵側も電子戦機・岩龍を狙ってくる危険は充分にある。そのため今回は梓のディスタン、正人のディアブロ2機が護衛につく手筈だ。
「これで9人が揃ったな。残るは‥‥」
 正人を始め、傭兵達の目が空母の艦橋に向けられる。
 間もなく、艦内から最後のパイロットが姿を現わした。
 銀色のショートヘアを風に揺らし、何処か遠くを見るように虚ろな碧眼を見開いた儚げな少女。事実上の「サラスワティ」専属パイロット、そして今回は同艦に新規配備されたKV「アンジェリカ」に搭乗するマリアである。
 少女は自らの乗るアンジェリカの前で立ち止まると、その女性的といっていい優美な機体を見上げ、じっと何事か考え込んでいた。
「マリアさんは大丈夫なのでしょうか‥‥?」
「そういえば、ゾディアックのシモンという人物はマリアさんと関わりがあると報告書で読みました‥‥何事も起きなければ良いのですが」
 不安げにもらす夕凪 春花(ga3152)に、由梨も同様の懸念を示す。
 マリアとシモンが非合法な「DF計画」によって誕生した能力者であり、一度は「同志」としてバグア側への亡命を図った『悪魔の部隊』事件は、一部の傭兵達にとって公然の秘密だ。あるいは2人が恋人関係にあった可能性も否定できない。
 心配になった傭兵たちは、彼女の元へと小走りに集まった。
「お久しぶりです。この前のクラーケン討伐以来ですよね?」
 最初に声を掛けたのは井出 一真(ga6977)。彼を始めとして、今回の参加メンバーには以前からマリアと面識のある者が多い。
 マリアは少し驚いたように顔を上げたが、傭兵達の顔を見てぎこちなく微笑んだ。
「‥‥こんにちは」
「何だか元気がありませんね‥‥もし悩みがあるのなら、話してみませんか? 他の人に聞いてもらうだけでも、少しはマシになる時もありますよ」
 もちろん一真も報告書を読んでシモンの件は知っている。とはいえ安易な同情で口に出すのも憚られたので、あえて自分からは触れなかった。
「何かお悩みの事があるのではありませんか? 皆さんマリアさんの事を心配しています。もし差支えがなければご相談に乗ります。それでなくても、誰かにお話されるだけでも落ち着けて良いかと思いますよ?」
 櫻小路・なでしこ(ga3607)もまた、かつて何度か依頼を共にした戦友として、率直に忠告した。
「‥‥」
 マリアの顔から表情が消え、仲間達から逸らした視線を海の彼方に向ける。
 元々色白の彼女だが、いつにも増してその顔色は蒼白だった。
「どうかしたんですか? ‥‥いえ、なんだか酷く思い詰めているみたいでしたから」
 そう尋ねる流 星之丞(ga1928)はマリアと初対面であり、シモンとの関係も全く知らない。だが偶然にも、彼は別の依頼で元DF隊員・ペテロと行動を共にした事があった。
(「どこか似ている‥‥。口ではうまく言えないけど」)
「大丈夫かなと思い‥‥お節介だったらすいません」
「わからない‥‥」
「‥‥え?」
「新聞に載ってたシモン‥‥あれは『あの人』なの?」
 一瞬、傭兵達の間に気まずい沈黙が流れた。
「マリア、無理はするんじゃねぇぞ‥‥向こう‥‥バグア側にいるシモンは、もうお前の知っているシモンじゃねぇんだからな‥‥」
 ややあって、口を開いたのは正人だった。
「知ってる‥‥あの人はもう死んだって‥‥別の傭兵の人に聞いたから」
 ちょうどその時、出撃命令を報せるサイレン音が甲板上に響き渡った。
 ベオグラード防空軍の偵察機が、セルビア上空に侵入したバグアのヘルメットワーム(HW)編隊を発見したのだ。
 傭兵達は直ちに各々のKVへと走り出す。
 鷹見 仁(ga0232)は最後にチラっとマリアの方を振り返ったが、結局声はかけなかった。
 彼女自身がこの現実を受け入れるのには、まだ時間がかかるだろう。いま言葉で説得してどうなるものでもない。自分がやるべき事は、もしシモンのFRがマリア機の前に現れた時、身を挺してでも守り抜くこと――仁はそう決意しつつ、愛機ディアブロへと飛び乗った。
 空母のスキージャンプ甲板を蹴って蒼空へ舞い上がる瞬間、艦橋の指揮所に立つ提督服に身を固めた小柄な人影が、一瞬視界を過ぎる。
 プリネア王女にして「サラスワティ」艦長、ラクスミ・ファラーム(gz0031) は、無言のまま発艦していく10機のKV部隊に敬礼を送った。

●アドリア海〜バルカン半島上空
『わかってると思うが、FRが出てきてもまともにやり合おうとするなよ? 中型HWを撃墜するまでの時間を稼ぐだけでいいんだ』
 念を押すような梓の言葉が、無線を通じてKV各機に伝わる。
 傭兵達のKVはアンジェリカを操縦するなでしこ・マリアを中心にした対中型HW班、そして中型を護衛していると思しき小型HW、およびCWに対応する2つの攻撃班に分かれて編隊を組んでいた。
 高い知覚を誇るアンジェリカに粒子加速砲を積み、降下用のキメラを満載した輸送ワームを内部のキメラごと殲滅する――これが今回の作戦の骨子である。
 ただし粒子加速砲を搭載したアンジェリカは重量の問題で機動力が大幅に落ちるため、由梨のディアブロ、星之丞のナイチンゲールがそれぞれ護衛に付く。
 万一FRが出現した場合、小型HW&CW攻撃班の一真、仁、春花が対応にあたる。この場合、怖いのはマリアの動揺もあるが、何より最新鋭KVであるアンジェリカが鹵獲の憂き目に遭うことだ。
 ワイバーンを駆る春花がふと左右を見渡すと、サラスワティ艦載機とは別に、イタリア各地から飛び立ったと思しきKVの編隊がいくつも見えた。来るべきベオグラード決戦に備え、UPCは正規軍・傭兵を問わず、可能な限りの援軍をバルカン半島へと送り込んでいるのだ。
(「戦ってるのは私たちだけじゃない‥‥そう思えば、少しは気も楽ですね」)

 イタリア半島、さらにアドリア海を飛び越えバルカン半島上空へ差し掛かった頃。
 突如レーダーがブラックアウト、無線も途絶し、キィーーン‥‥という耳鳴りと共に、激しい頭痛が能力者達を襲った。
「これは‥‥CWの妨害音波!?」
 頭痛に顔を歪めながらも、春花はすかさずワイバーンのIRSTシステムを起動。FRの光学迷彩に効果的とされる熱源探査を開始した。
「前回はこれで発見出来ましたが‥‥」
 FRらしき機影は発見できない。
 変わって熱源センサーが捉えたのは、5つの小型円盤と5つのサイコロ状の奇妙な飛行物体。さらにその彼方、ディナルアルプス山脈上空を悠然と飛ぶ直径20mはありそうな大型飛行物体――ターゲットの中型輸送ワームだ。
 重戦闘型ワームに比べれば性能は落ちるといえ、あの機体の中に一体どれだけのキメラを抱え込んでいるかと思うと背筋が寒くなる。
 KV側の有効射程に入る手前から、早くも5機の小型HWがプロトン砲を浴びせかけてきた。
 アンジェリカや岩龍の盾となって何発かは被弾してしまうが、攻撃班はまず戦闘の障害となるCWを最優先に迎撃態勢を取った。
「まずは貴様たちから墜ちてもらう!」
 梓のディスタンがブーストで一気に距離を詰め、CWの群めがけてH−12ミサイルをばらまく。正人のディアブロも同様にしてガトリングを乱射した。
 ただし彼らの任務はあくまで岩龍護衛なので、ヒット&アウェイでいったん攻撃した後は直ちに元のポジションへと後退。
 岩龍からも炎を吐いてミサイルが発射されたが、残念ながらCWのジャミング下ではホーミングがうまく機能せず、全弾かわされてしまった。
 それでも岩龍を含む6機の攻撃班はガトリング砲、バルカン砲等を駆使してCW群を全機撃墜、ようやく他のHWと戦える態勢へと持ち込んだ。
 小型HWの機体両側面から鋏状の湾曲した刃がせり出した。
 KVでいえばソードウィングに相当する近接兵器の様だが、その形状から察するに、破壊というより鹵獲を目的にした武器の様にも見える。
 HWのうち4機はアンジェリカを、1機は岩龍を目がけて急接近してきた。
「借りてる岩龍を墜とさせてたまるかよ!」
 突進してきたHWにカウンターで試作型G放電装置の稲妻を浴びせ、正人は海狼に戦域からの後退を命じた。
『了解。10km後方からECCMの支援に入ります!』
 幼いながらも、少年の声には既にプリネア海軍伍長としての逞しさが感じられる。
 その間、仁、春花、真はアンジェリカ鹵獲を狙い肉迫してくるHW4機を迎え撃っていた。
「セイフティ解除。ソードウイング、アクティブ!」
 刃には刃を。機体改造により上位機種に比べても遜色ない性能を得た一真の阿修羅が、猛獣のごとくブーストの雄叫びを上げた。
「伊達に大仰なブースターを担いでるわけじゃ‥‥ない!」
 遠距離から一気に距離を詰め、バルカン砲による牽制。足を止めた所ですれ違い様にソードウィングの斬撃を叩き込む。
 HWの鋏の一端が砕け、バランスを崩した円盤がきりきり舞いした。
 慣性制御で辛うじて態勢を立て直した所に、春花のスナイパーライフルD−02が着弾。ダメージに耐えきれずHWは墜落していった。
 仁もまた試作G放電で敵ワームを牽制、相手がバランスを戻す余裕を与えずソードウィングを一閃させる。大ダメージを受けてもなお飛び続けるHWに春花の高分子レーザーがとどめを刺した。
 岩龍を狙って突出した1機は梓のHミサイルによって撃墜された。
 残り2機となったHWは鹵獲を断念したのか、今度は鋏の代わりにドリル状の衝角を突き出しなおも体当たりでアンジェリカを狙うが、後退した岩龍を除く攻撃班5機の集中砲火を浴び、間もなく山脈の上空で爆散しあえない最後を遂げた。
 最後の1機――護衛を失った中型ワームは、とにかく市街地上空まで逃れキメラを投下するつもりなのか、慌てたように高度を下げていく。
「さて、行きましょうか‥‥無粋な方々を落としに」
 由梨の瞳が、覚醒変化で紅玉の様な輝きを放った。
 2機のアンジェリカ、そして由梨と星之丞がほぼ同時にブーストをかけ、目標の中型ワームを追撃。
 拡散フェザー砲を乱射して必死の抵抗を試みる敵ワーム。だが機体強化により大幅に防御を高めた由梨機は多少の被弾をものともせず、逆にAフォース併用のエネルギー集積砲で初撃を与えた。
「このディアブロ、そう簡単には落ちませんよ――!」
 続いて星之丞のナイチンゲールが、攪乱も兼ねて前方へ出る。
「当たるわけにはいかない。ハイマニューバON‥‥!」
 特殊機能を発動させる時のクセ――奥歯をカチッと噛み合わせつつ、3連装の高分子レーザーを浴びせて敵ワームの防御を削り、同時に後続のアンジェリカ隊のため射線を開いた。
『体勢が崩れた‥‥マリアさん、なでしこさん、今です!』
『ターゲット、ロックオン。SESハイエンサー起動‥‥』
 機械のように冷静な声でマリアが告げる。
『M−12強化型粒子加速砲、発射スタンバイ――マリアさん!』
 なでしことマリアがタイミングを合わせる形で、2機のアンジェリカから放射された加速粒子の束が、交差するようにHWの機体を貫いた。
 ぼしゅううーーっ!
 機体の各所から黒煙が噴き上がる。どこかの都市に死と破壊を贈るはずだった輸送ワームは、大爆発と共に黒こげになったキメラの死骸を盛大にばらまいた。

●「サラスワティ」艦内士官食堂
(「結局、FRもシモンも現れなかった‥‥なぜだ?」)
 空母に帰投後。人気の少ない食堂でひと息ついた仁は、とりあえず安堵する反面、どこか腑に落ちない疑問を覚えていた。
「『赤い悪魔』は出てこなかったそうじゃな」
 ふと顔を上げると、テーブルを挟んだ向かいの席に、プリネア海軍の士官服を着た少女が腰掛けこちらを見つめていた。
 もうこの艦で何度も会っているが、未だに名前さえ聞いてない「彼女」だ。
 何となく今回も会えるような気がしていた仁は、食堂のカップを取り、持参のポットからコーヒーを注いでやった。
「この前のお礼だ。一応豆から挽いて淹れたんだぜ」
「ふむ‥‥悪くない味だ。市販の缶コーヒーは却って失礼だったかな?」
「いや、缶コーヒーだって好きだぞ?」
「ところで、わたしもついさっき知ったのだが‥‥いま、UPCの方で大がかりな秘密計画が進んでおるらしいの」
「秘密計画?」
「イタリア国内から、厳重に護衛された輸送部隊が次々と出発しているそうじゃ。中身は知らぬが、相当重要な物資らしい。‥‥あるいは、ゾディアックの連中もそちらを狙って動いているのかもしれぬな」
 仁は驚いて少女の顔を見つめた。
 輸送部隊の話も初耳だが、いくらプリネア軍関係者とはいえせいぜい少尉クラスの彼女が、なぜそんな情報を知っているのか?
 そんな仁の戸惑いを尻目に、褐色の肌の少女はコーヒーの香りを楽しみつつ、緑色の瞳を細めて悪戯っぽい微笑を浮かべた。

<了>