●リプレイ本文
●ナタリア博士の優雅な休日
「ナタリア先生〜、おはよっす!『悪夢の島』の一件ではお世話になりました。今日はその恩返しも含めて、僭越ながらエスコートさせて頂きます♪」
「休みが取れて何よりだ。今日は楽しんで貰えると良いのだが」
AM10:00。L・H広場の噴水前で、約束通りの時間に待っていたのは新条 拓那(
ga1294)、白鐘剣一郎(
ga0184)。本日の街歩きで終日エスコート役を務めるのも、彼ら2人である。
「あ、おはようございます‥‥今日は、どうぞよろしくお願いしますね」
ペコリと頭を下げるナタリア・アルテミエフ(gz0012)は、初夏に会わせてクリーム色のジャケットに青いスカートという出で立ち。少々地味ではあるが、普段が仕事漬けの彼女にとっては数少ないよそ行きなのだろう。
「新条さん、『先生』は結構ですわ。今日一日、仕事のことは忘れてみなさんと楽しみたいですし」
「そうかい? じゃあナタリアちゃんだな」
元々世話好きな拓那は、前夜から地図をチェックして集合時間、案内場所とコースの設定と準備に余念がなかった。
「‥‥でもどうしましょう? 私ったら、お休みに街に出るなんて滅多にないから、どこに行けばいいのか見当もつかなくて‥‥」
「実際、この町をこんなにじっくり歩くのは俺も初めてかなぁ?」
「そういえば、みなさんも普段はバグアとの戦いで、世界中をあちこち飛び回ってらっしゃるんですよね」
「こんなに色々あるならもっと遊びに出なくちゃだね、お互い♪」
「何、焦る事はないさ。のんびり行こう」
そんな会話を交わしつつ、3人は噴水から離れ、他のメンバーと合流するためブラブラ歩き出す。
午前中、最初のガイド役はミオ・リトマイネン(
ga4310)。
「よろしくお願いします。考えてみれば私もゆっくり休日なんて久しぶり‥‥」
それでも気分を休日モードに切替えた彼女は、おろし立ての春物の薄いグリーンのワンピースで身を飾り、待ち合わせ場所でナタリア一行を出迎えた。
最初は予め予約しておいたヘアサロンへ。
「こんな所へ入るのは久しぶりですわ。普段は研究所の近くの、安い床屋さんで済ませてますから」
「プロの人に整えて貰うだけでも気持ちが良いですよ?」
先の予定も詰まっているので、本日は時間との兼ね合いで洗髪と毛先を整えてもらう程度に。ここで気分をリフレッシュしてもらい、次はネイルサロンへと向かう。
「傭兵なんてしてると爪のお手入れ出来ませんからね」
「ふふふ。それは医者でも同じことですわ」
ミオとナタリアは店のネイリストにツヤツヤになるまで爪を磨いてもらった。
「指先は何気なく自分の目に入りますし、その時に綺麗だと些細ではありますが気分が良くなるものです」
「そうですわね。ただでさえ仕事柄指先が荒れやすいですし‥‥こうして綺麗な爪を見てると、何だかほっとしますわ」
目の前で掌を広げ、感心したようにナタリアが頷く。
(「これで私の分は終了‥‥この後はこっそり楽しませてもらいましょう」)
と、内心密かに楽しみに思うミオであった。
続いて合流したミハイル・チーグルスキ(
ga4629)が初めに案内したのは、傭兵達の兵舎からほど近い場所にある小さな花屋『ヴィオラ』だった。
「あら? ここって、確かマリアさんが働いてる‥‥」
「ええ。彼女に会えればいいんですがね」
「いらっしゃ‥‥おやあんた、久しぶりだねえ?」
店内から現れた女主人が、マリアの就職を手助けし、その時自らもしばらくタダ働きした拓那の顔に目を留め、顔を綻ばせた。
「マリアかい? あの子だったら、サラ‥‥何とかいう空母に乗ってイタリアに行ってるよ」
それからひどく心配そうに眉をひそめ、
「あっちじゃえらく大きな戦闘だったって聞くけど‥‥無事でいてくれりゃいいんだけどねえ」
(「何だ。彼女はまだ向こうに残っているのか‥‥」)
ミハイルは少しがっかりしたが、今は空母「サラスワティ」搭乗員として地中海に滞在しているマリアのため花束を買い、持参した「でぃすたんのぬいぐるみ」と一緒に軍用郵便で送って貰うよう、その場で手配した。
『北極海を無事乗り切った少女へ ささやかなプレゼントを贈らせてもらうよ by戦場の脚本家』というメッセージカードを添えて。
●L・Hぶらり店巡り
PM01:00。
「はじめまして、大和・美月姫(
ga8994)です。成り立ての新人アイドルです。よろしくお願いします」
ナタリアとは初対面になる美月姫が丁寧に挨拶し、頭を下げる。
「あ、そうそう女の子同士、何でも遠慮なく言って下さい。あ、それからこの髪は染めているのではなく地毛ですから」
見事な金髪だが、彼女自身は純粋な日本人なのだ。
さらに寿 源次(
ga3427)、佐倉・拓人(
ga9970)らとも合流し、ミハイルの案内で一行が訪れたのは兵舎内に開設された執事喫茶『夜鴉館』だった。
店内に足を踏み入れると、西洋館風の装飾にクラッシックのBGMが流れ、落ち着いたムードを醸し出している。
「こちらはどんなお店ですの?」
「まあ、一種のコスプレ喫茶というか‥‥要するにメイド喫茶の執事版って所ですよ」
源次が説明してやるが、ナタリアは今ひとつピンとこないのか、きょとんとした顔つきで初体験の店内を見回していた。
すると、
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」
いつの間にか黒の燕尾服に着替えたミハイルが、敬語バリバリの執事口調で恭しく一礼。
そう、彼もまたここで働く「執事」の1人なのだ。
メニューにはないがミハイルの口利きでパスタ料理が振る舞われ、一行はここでやや遅めのランチを取る事になった。
「こんなお店が兵舎の中にあったなんて‥‥初めて知りましたわ」
最初は戸惑っていたものの、次第に雰囲気に馴染んできたナタリアはミオや美月姫らとすっかりうち解け、今度休みが取れたら女の子同士で来ましょうね、などと盛り上がった。
「食後にはデザートなどいかがです?」
午後のガイド役1番手となる拓人が、執事喫茶を出た一行を兵舎の近くにある甘味処『凪』へと誘った。
「ここのおすすめは葛切り。味付けは蜜柑か桃が選べますよ」
「ツルッとしたなめらかな舌触りと、爽やかな喉ごし‥‥美味ですわ」
桃味の葛切りをスプーンで一口食べ、頬を押さえて喜ぶナタリア。
「そうでしょう? 食事の後でもすんなり入る軽さ、胃腸の調子も整えます。コラーゲンたっぷりで肌にもよく、これで驚きの低カロリー(約40kcal)ですよ」
「まあ。それなら、美容とダイエットにも最適ですわね♪」
初夏らしい爽やかな風が、店の窓際に掛けられた風鈴の音を鳴らしつつ吹き抜けていった。
続いて拓人の案内したのは、兵舎の片隅の小さな喫茶店『AliceDoll』。
「不思議の国へ迷いこんだ少女」を主人公としたあの有名な童話をモチーフにした店内で、マッド・ハッター風ウェイター、マーチヘア風のウェイトレスが一行を出迎える。
「実はあの本、子供の頃からの愛読書ですの」
見た目の楽しさのみならず、店長の淹れる香り高いコーヒーが、ナタリアの鼻を楽しませた。
お茶会の後は、またみんなでブラリと町歩き。
「ナタリアさんは仕事柄、普段の生活が不規則じゃないですか?」
「ええ、まあ‥‥」
そんな彼女のために、拓人は道すがら、早朝からやっている店、夜遅くまでやっているパン屋等をあれこれ紹介してやった。
「よろしければ皆さんにも案内地図を描きましょうか?」
「最近教授のお付きばかりで忙しかったろうから、ゆっくり羽を伸ばして貰いたいもんだ」
源次のお勧めは、商業地区に店を構える『○印量販』。ちなみに伏せ字ではなく「マルジルシリョウハン」と読むのだとか。
それなりの日常雑貨品が、それなりの値段で、それなりの品質で揃う。『マルジルシですから!』が掛け声の量販店である。
源次自身も普段から愛用しているのか、買い物籠を取るや自分用の買い物を始めた。
今日の目当ては掃除機代わりに使える粘着式のカーペットクリーナー。
「ホントに、安くて品揃えも豊富ですわね♪」
負けじとばかりに、ナタリアも買い物籠を持って目に付く品から放り込んでいく。
彼女の場合、クリップやファイルやボードなど、やはり仕事関連の雑貨・小物が多いようだ。経費で落とすつもりなのか、しっかり領収書まで貰っていた。
美月姫が紹介したのは和風小物店『京小町』。
様々な和風の小物(日用品から装身具まで)、また各種お香も扱っている店である。
「店長さんが色々と調香をして下さるので、自分専用のお香も出来ます。お値段もリーズナブルで良心的です」
「いわゆるアロマテラピーですね? 医師としても興味がありますわ」
「お勧めする理由は、これまでの報告書を拝見してナタリアさんは気苦労が絶えないのではないかと思ったからです。精神的な疲労が知らずに溜まりストレスとなってある日‥‥と言う事もありますので」
「それは確かに‥‥怖ろしいですわね」
何やら心当たりがありすぎるのか、ナタリアがやや引きつった微笑を浮かべる。
「お香の種類は、火を付けるタイプではスティック(お線香型)やコーン型に渦巻き型、常温で香るタイプでは匂い袋ですね。香木は高価ですから外しましょう」
美月姫は「匂い袋」の中からストレス緩和に効果のある香りを数種類見繕い、ナタリアの気に入ったものをプレゼントしてやった。
「う〜ん‥‥贈るとしたらどっちがいいかなぁ?」
「どうしたんですか? 新条さん」
「あ、いや、相方にちょっとしたプレゼントを、ね? ‥‥ナタリアちゃんだったらこういうもの貰えたら嬉しいかな?」
と、両手に持った和装小物を見せて尋ねる新条。
「お相手はどういう方なんです?」
「実家が神社で、兵舎の『鶴亀神社』でも巫女さんをやってるんだけど」
「まあ‥‥オリエンタルなお仕事ですのね」
ナタリアはにっこり笑い、
「でも、新条さんが心を込めて選んだものなら‥‥何だって、その方もきっと喜んでくださると思いますわよ?」
PM05:00。
「お、いつもの白衣もいいけど、今日は一段と可愛らしいな」
開口一番、ニカッとサムズアップしたのはジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)。
彼が合流したことで、本日の参加メンバーはこれで全員集合となる。
(「休日に女の子と街へ繰り出す‥‥これはもうデェトと言っても過言ではあるまい!」)
と内心で意気込むジュエルであったが、男も含む団体さんご一行を目にして、思わず地面に突っ伏しそうになる。
‥‥が、そこは持ち前のノリの良さで立ち直り。
「ま、ナタリアちゃんてば日頃のストレスが溜まってるみたいだし、これはなんとしてもリフレッシュさせてやんなきゃな」
当初は行きつけのスポーツクラブを紹介し、一緒に体を動かして‥‥とも考えたが、せっかく着飾ってるところを汗だくにさせるのも気が引けるので、それは次の機会においておく。
そこで案内したのが、やはり日頃から利用しているL・Hでも有名な大型書店だった。
「ここは世界中の本が色々あるし、ぶらぶらするだけでも結構楽しめるぜ」
「まあ本当‥‥研究所にも図書室はありますけど、どれも専門書や学術論文ばかりですから、却って新鮮ですわ」
「ふっ。こう見えて、俺も読書家でね‥‥ところで、これが毎号愛読している雑誌。よければナタリアちゃんもどう?」
『月刊・特攻野郎』と題された飛行機専門誌をドーン! と目の前に突きつけられ、ナタリアの笑顔が一瞬強ばった。
ちなみに彼女は大の飛行機嫌いなのだが、この事実を知る者は極めて少ない。
「きょ、興味深い雑誌ですけど‥‥また、次の機会にしておきますわ」
「ナタリアちゃんはいつもどんな本を読んでるんだ?」
彼女は幾つかの書名を口にしたが、殆どが医学関連の専門書なのでジュエルにはちんぷんかんぷん。それでも彼女がオフに愛読している文学書や詩集などを聞き出し、同じ作者の著書を何冊か選んで贈呈した。
●L・Hの日は暮れて
PM07:00。
本日の締めくくりとなるのは、剣一郎推薦の中華料理屋に全員集合しての食事会。
その名も『猫娘飯店(まおにゃんはんてん)』。
名前に反して萌え要素皆無の中華料理店。繁華街から微妙に外れた場所にあり、店内はカウンター8席、店外に4人卓を幾つか出して営業している。
「おお、白鐘サン。お待ちしてたヨ」
痩身、細顔、糸目、辮髪の店主兼料理長が、厨房から顔を出し歓迎した。
「店長、今日のお勧めコースでよろしく」
行きつけの店なのか、剣一郎は慣れた口調でオーダーした。
本日は予約貸し切りなので、店主は大人数用に回転式の円卓を準備して待っていた。
「今日というすばらしい一日に乾杯しよう」
「ナタリア先生の日頃の苦労をねぎらい、カンパーイ!」
ミハイル、ついで拓那が乾杯の音頭を取り、一同は次々運ばれてくる前菜、コーンスープ、棒々鶏、春巻&焼売、海老チリ、青椒牛肉絲、卵炒飯などを堪能した。
「ここは四川系の味付けで、麻婆豆腐やエビチリ、それに拘り抜いた卵炒飯が絶妙なんだよ」
今度は男女で固まらないようにと、ナタリアの左右に剣一郎と拓那が座る形になる。
「スゴイな、今日は終日両手に華じゃないか。ふふ」
源次がからかうようにいい、赤面したナタリアに保冷剤と同梱したアイスクリームのお土産を差し出した。
バニラ・ストロベリー・チョコ・ラムレーズン・チョコミント・プリン。
「友人の兵舎で売ってるものだ。疲れた時にアイス分を補給して欲しい」
小食なミオは自分が食べるより専ら仲間のため料理を小皿に取り分け、美月姫もモデルやアイドル業などの話題で他の傭兵達とワイワイ談笑。
やがてデザートのマンゴープリンを食べ、夕食会もお開きに。
多少予算をオーバーしたが、
「あいや。白鐘サンは大事なお得意様ね。今日の所はうちがサービスするよ」
かくして精算を済ませた一行が店外に出ると、L・Hの街にもすっかり夜の帳が降りていた。
「良ければ送って行こう。こういう催しは帰宅するまでが、とも言うしな」
傭兵達はそのまま兵舎へ戻るが、剣一郎のみはナタリアを自宅マンションまで送り届けるため付き添う事にした。
「ナタリア、今日のご感想は?」
「ええ。とても楽しかったですわ‥‥皆さんにもよろしくお伝えくださいね」
微笑して尋ねる剣一郎に、ナタリアもにっこり笑って答える。
「これで次の休みに行きたい場所でも見つかったなら幸いだが」
「そういえば‥‥今度、ULT主催で大規模作戦の慰労会が企画されているそうですね‥‥何でも、九州の方へ温泉旅行だとか」
「とすると次の目標は温泉だな。ははは」
そんな会話を楽しげに交わしつつ、2人の影は街灯の明りの向こうへと消えていった。
<了>