●リプレイ本文
●1日目
「俺も現地の事にはそれほど詳しくは無いんだが‥‥東ヨーロッパきっての観光都市でもあるベオグラードの魅力を、少しでも松本少佐に伝えられれば御の字だな」
セルビア共和国、ニコラ・テスラ・ベオグラード空港のロビーに立ち、煉条トヲイ(
ga0236)は改めて仲間達に告げた。
人類側のイタリア半島解放作戦『Perl Necklace』を牽制するかのごとく、マケドニア方面で開始されたバグア軍の積極攻勢。そしてセルビア南方の山岳地帯で続く謎の群発地震――。
風雲急を告げるバルカン半島防衛の支援要員としてUPC日本本部から派遣されて来る松本権座少佐を迎え、彼の配属先となるベオグラードの市街を案内するのが、彼ら傭兵達の任務である。
ちなみに今回集まった8名のうち、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、リヒト・グラオベン(
ga2826)の2名は、過去に別の依頼で松本少佐とは面識があった。
(「もう半年前になるか‥‥」)
ふと思い起こすホアキン。バグアに寄生された両親と、その元から逃げ出した幼い少女――結局少女の両親を救う事ができなかった、忘れられない苦い結末。
それから2度に渡る大規模作戦をくぐり抜けてきたが、間もなく始まるヨーロッパ攻防戦は、おそらく過去の2作戦を上回るかつてない激戦となるだろう。
主戦場となるイタリアはもちろん、ここバルカン半島においても。
(「ベオグラード防衛戦は激しくなりそうだ。何とか生き伸びて欲しいな‥‥あの少佐にも」)
そのベオグラードの街は、今の所マケドニアでの戦火が嘘のように平穏を保っている。
季節は5月。日本に比べればやや涼しいが、それでも冬の冷え込みの厳しいこの地方では1年で一番過ごしやすい気候といえる。
表向きは休暇中の観光案内だが、防衛任務の参考となるよう、街をさり気なく案内し、少佐にその全貌を知ってもらおう――それがホアキンの考えだった。
「‥‥そろそろ飛行機が着く頃だな」
五大湖解放戦の功績により傭兵にも着用が許されたUPC軍服をきっちり着込んだ崔 南斗(
ga4407)が、腕時計をちらっと見やった。
今回、宿・交通・食事の手配など裏方の仕事一切を引き受けたのは彼でもあり、もちろん松本が搭乗する旅客機の到着時刻もきっちり把握している。
間もなく南斗の言葉通り、大柄な体格を軍服で包み、旅行カバンをカートで押した日本人将校がロビーに姿を現わした。
その厳つい風貌にも拘わらず、民間人で混雑する国際空港の雰囲気に慣れてないのか、やや不安そうに周囲を見回している。
そのうち面識のあるリヒトとホアキンの姿に気づき、安堵した様にカートを押しながら近づいてきた。
「お久しぶりです。ご無沙汰しておりましたが、覚えていらっしゃいますか?」
まだ傭兵として駆け出しの頃、2度依頼で世話になったリヒトが礼儀正しく挨拶する。
「ああ、久しぶりだな‥‥助かったぜ。何せ右も左もさっぱり判らねえ土地だ」
続いてホアキンが、そして初対面となる傭兵達も順番に挨拶していった。
「はじめまして、櫻小路・なでしこ(
ga3607)と申します。作戦でご一緒する事もあるかと思いますが、その際もよろしくお願い致します」
「崔 南斗です。少佐殿のご滞在を有意義なものにするべく、尽力致します」
「い、いや、こちらこそよろしく頼む」
いかにもお嬢様らしく丁寧にお辞儀するなでしこと、軍服姿で背筋を伸ばして敬礼する南斗。同じ傭兵とはいえまるで対照的な2人に、戸惑いつつも敬礼を返す松本。
さらに、
「どうも、遊ぶ馬と書いて、アスマ。遊馬 琉生(
ga8257)です。よろしくお願いします、松本さん」
「愛紗・ブランネル(
ga1001)だよっ。よろしくね、松本のおじちゃん」
まだ15歳の琉生と8歳の愛紗に自己紹介され、松本は驚いたように目を見張った。
「おまえらも‥‥傭兵か」
「そーだよ。ねー、おじちゃんの下の名前、何て読むの? 愛紗読めなーい!」
「ああ、『ごんざ』って読むんだ‥‥ゴンザレスじゃねえぞ?」
‥‥一応冗談のつもりだったらしい。
傭兵達の反応を見て、外したことに気づいたのか。
「と、とりあえずホテルに案内してくれねえか? こんなとこで立ち話もなんだしよ」
照れ隠しのように制帽を目深に被り直し、松本はいった。
空港からバスでおよそ30分。ベオグラード市内のホテルでチェックインを済ませ、荷物を部屋へ置いた松本と傭兵達は、改めて市街地へと繰り出した。
「愛紗も観光するのー♪」
パンダのヌイグルミ「はっちー」にパンダリュックを背負い、片手に団体旅行のような小旗、もう片手で松本の袖を引っ張り先頭を歩く愛紗。
最初の観光場所はトヲイがガイドを担当するクネズ・ミハイロバ通りだった。
明日行く予定のカレメグダン公園と旧市街を結ぶ、石畳の遊歩道である。
「幾多の戦禍で市街の古い建物はほとんど消失したものの、ここだけはネオルネサンス様式の建物が多く残っているので、まるでパリの街を歩いている様ですよ?」
「そうだな‥‥思ってたより洒落た街じゃねえか」
通りの左右には、ブランド品を扱ったブテックやカフェが並び、道の中央には絵葉書、CDなどを売る露店なども店を構えている。
ちょうど日曜のためか、大道芸人がパフォーマンスを披露し、道行く人々の目を楽しませていた。
「日本で例えるならば『銀座』‥‥と、言った所でしょうか? この通りは、ベオグラードの流行の最先端をいく場所でもあります」
「なるほど。まあ日本の銀座は、いまバグアどもに占領されちまってるけどな」
まだ平和だった時代に銀座を散策した思い出でもあるのか、松本は昔を懐かしむように異国の街並みを見渡した。
一通り散策を終えた後、一行は手近なカフェでお茶を飲んで一息。
その後、共和国広場とセルビアで最も古く、伝統ある国立博物館へ向かう。
「ちなみに、共和国広場の中央に立つ駿馬像は、ミハイロ・オブレノビッチ公。トルコ支配からベオグラードを解放し、都をここに移した人物。デモや集会等、歴史的事件の舞台としても注目を集めて来た場所ですね」
「いわば『救国の英雄』ってやつか」
トヲイの説明を聞きつつ、感心したように松本はミハイロ像を見上げた。
共和国広場を横切り、一行は次の目的地であるスカダルリヤ通りを目指した。
「こちらの観光案内を担当させていただきます、水鏡・シメイ(
ga0523)です。よろしくお願いしますね、松本少佐」
銀髪碧眼に和服という出で立ちの青年傭兵が、改めて自己紹介する。
「ああ、こちらこそ。で、ここの目玉は何かあるのかい?」
「ここは『バイラクリ・モスク』ですね。1660年から1688年にかけて建てられたものだそうです。バイラクリとは旗という意味で、昔は祈りの時間になると、このモスクに旗が掲げて、市内の他のモスクに伝えていたそうですよ」
「モスク‥‥か。解放されたといっても、トルコ文化の影響はしっかり残ってる訳だな」
「トルコ支配時代、ベオグラードにはモスクが100にも及んだそうですが、今市内に残っているのはこのモスク1つだけだそうですよ」
シメイがさらに説明を続ける。
「トルコ支配時代のトルコ人、シェイク・ムスタファの墓です。荒れ果ててしまってはいますが、トルコ統治の証として、今もなお存在している貴重な建物です」
その頃には、既に時刻は夕暮れ近くなっていた。
「ここには民謡の生演奏を聞きながら料理を楽しめるレストランやカフェがあります。よろしければ寄っていきますが、どうされますか?」
「そうだなあ‥‥そろそろ腹も減ってきやがったし」
予め南斗が予約しておいたレストランの1軒に入り、松本と傭兵達はセルビア民謡の生演奏を聞きながら伝統料理を楽しんだ。
炭を乗せた鉄釜で焼いた料理が有名な店である。メニューはチーズ入りサラダ、子羊やマッシュルームのグリル等。
伝統的なセルビア料理は羊などの肉食中心で、結構油っこい。
「油っこいのは大丈夫ですか?」
「ああ。結構いけるじゃねえか? 駐屯地の不味いメシにゃ飽き飽きしてたからな」
心配そうに尋ねるなでしこの言葉に笑いながら、松本は上機嫌でビールのジョッキを重ねた。
南斗や愛紗などは彼の体を心配して胃薬まで用意していたほどだが、さすが元陸自のレンジャー部隊で鍛え上げたというだけあって、厳つい顔に劣らず胃の方も頑丈そうだ。
「俺は親父の仕事の関係で、ラストホープに行く前はインドに居たんです‥‥日本とは色々勝手が違うでしょう。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってください」
親子ほど歳が離れた上官とはいえ、海外旅行は初めてとなる松本に、琉生は色々とアドバイスしてやった。
まず海外に出た日本人が一番困るトイレの件。予め場所をチェックし、店舗や公衆トイレを使うときはチップを払うことなど。
「治安も少し不安ですからね。スリや置き引きなんかには注意してくださいよ?」
「へえ‥‥ずいぶん詳しいんだな」
「慣れてますから」
ちょっと得意げに答える琉生。
「そういやあの中学生‥‥高瀬とかいったっけ? 今どうしてるんだい?」
ふと、松本がリヒトに尋ねた。琉生と話しているうち、同じ年頃でやはり能力者である高瀬・誠の事を思いだしたらしい。
「彼なら、もう一人前の傭兵ですよ。先の五大湖解放戦にも参加しましたし」
「そうか‥‥あのボウヤがなぁ」
何やら複雑な面持ちになり、松本はビールのジョッキを空けた。
●2日目
「ベオグラードの街はサヴァ川によって2つに分けられる」
カレメグダン公園の一角に立ち、この場でのガイドを担当するホアキンが説明した。
「北西の新市街には、各国の大使館などがあり、近代的な建物が多い。南の旧市街には、東ローマ帝国やオスマン帝国等、交通の要衝たるこの街を奪い合った戦争の歴史が織り成す観光名所が多い。多彩な宗教や民族の刻んだ文化が残っている」
「ふむ‥‥」
手元の市街地図に目を落としながら、松本は真剣な顔つきでホアキンの言葉に耳を傾ける。頭の中では、既にこの街がバグアとの戦場と化した際の防衛体制を思案しているのかもしれない。
「ベオグラードっていう名はね、セルビア語で『白い町』を意味して、ドナウ川沿いに建てられた白く輝く要塞が由来らしいよ」
負けじと愛紗もいった。幼いとはいえ彼女もドイツ出身。その辺の日本人の大人よりずっと欧州圏には詳しい。
その日彼らが訪れたカレメグダンもまた、愛紗のいう「川沿いに建てられた要塞」跡のひとつである。
「サヴァ川と、街の北に寄り添うように流れるドナウ川。大河の合流地点を一望できる戦略上の要地にこのカレメグダン要塞が築かれ、ドナウ川の向こうに広がるパンノニア平原を監視していた。現在、要塞跡は広い公園となっている」
引き続きホアキンが説明しながら、古代から第2次大戦までの展示がされている戦争博物館へと松本を案内した。
付近の空堀に野ざらしにされた戦車の前を通りかかったとき、松本はふと立ち止まり、軍帽を脱いで合掌した。
「ねーっ、みんなで記念写真撮ろうよー!」
戦争博物館を出てサヴァ川の畔まで来たとき、リュックからカメラを取り出して愛紗がウキウキした様子でいった。
タイマーのない使い捨てカメラなので、手近にいた観光客に頼んでシャッターを押して貰う。
「写真は焼き増しして、後でみんなに送ってあげるよー。もちろん、松本のおじちゃんにもね♪」
「そ、そうか? すまねえな」
「今回は愛紗たちと一緒だけど、おじちゃんはこの後も、しばらくこの街にいるんだよね?」
「まあな」
「なら、お仕事以外でもいっぱいお友だち作った方がいいよ? それに防衛戦が控えてるなら、よけい街の人たちと仲良くしなくっちゃ」
「‥‥」
昨夜の琉生同様、やはり親子ほど歳の離れた愛紗からいきなり正論を説かれ、驚いたように目を瞬かせる松本だった。
●3日目
そして最終日。いささか観光にも疲れたであろう松本にのんびり過ごしてもらおうと、傭兵達が選んだのはドナウ川の遊覧船、その水上レストランでの食事会だった。
これにはもうひとつ、視点を変えて陸と同じく川からも街を見ておいて欲しいという意図もあった。
メニューはドナウ川で取れる魚料理。これに、なでしこが店側にチップをはずんで持ち込んだ緑茶を添えて差し出した。
「松本さんは能力者、嫌いですか?」
食事の後、お代わりの緑茶を飲みながらくつろぐ松本に、琉生は他の傭兵達に聴かれぬよう、声を落として尋ねた。
「いや、別に嫌いじゃないぞ? 部下には能力者の兵士だっているしな」
「俺は‥‥嫌いです。親父は能力者となった俺を‥‥人間として扱ってくれませんでした」
これまで見せていた元気少年の顔とは打って変わった思い詰めた表情で、琉生は呟くようにいった。ちょうど父親くらいの年齢の松本と行動を共にしているうち、つい普段抱えている悩みを打ち明けたくなったのだろうか。
「そうか‥‥そりゃ、ひでえ親父さんだなぁ‥‥」
松本はどこかばつの悪そうな顔で、ドナウの川面に目を向けた。
「とはいえ‥‥俺も人の事はいえねえ。おまえさんよりもう少し年下の娘がいるが‥‥ここ十年近く、父親らしい事は何一つしてやれてないし」
「松本さん。戦う道具として生み出された俺達は‥‥バグアを倒した後で、生きる道はありますか?」
「生きる道か‥‥俺がおまえくらいの歳には、そんなこと考えても見なかったがなぁ‥‥」
テーブルの上で太い指を組み、松本は大きくため息をついた。
「もっとガキはガキらしく‥‥いや、そういう世界を用意してやれなかったのは、俺達大人の責任か‥‥すまん」
そういって深々と頭を下げたとき、はっちーを抱いた愛紗がトコトコ駆け寄ってきた。
「2人とも、いったいなにお話してるのー?」
松本は愛紗と琉生の顔を見比べながら、
「‥‥もし今回の作戦が無事終わったら、今度は家族を連れてこの街を観光させてやりてえな。そんときゃ、また案内してくれないか?」
普段の正規軍少佐とはまた違う、父親のような顔つきで松本は笑った。
(「無事に終われば、だがな‥‥」)
『正直、今回の作戦は我々にとって分が悪い‥‥これは極秘だが、総本部はイタリアとバルカン半島を失った場合の、最悪のシナリオさえ想定しているほどだ』
日本を発つ前、上官からはそう言い含められていた。
「これから、ベオグラードの防衛司令部に着任挨拶で出頭しなくちゃならん。とにかく楽しかったぜ‥‥礼をいう」
遊覧船を降りた後、松本少佐は姿勢を正して傭兵達に敬礼した。
「ご武運をお祈りする」
そういって差し出されたホアキンの手を、松本は無言で固く握り返した。
<了>