●リプレイ本文
●プロローグ〜ラスト・ホープ
「しかし、セコイキメラだね。酔っぱらいを彷彿とさせる様な?」
出発を待つ移動艇の座席で、陸 和磨(
ga0510)が苦笑いした。
「全く! どぉしてあのちんちくりんは、いっつも子供達の楽しみを奪うのよっ?」
腹立たしげにいうのは聖・真琴(
ga1622)。今の所被害は食料品だけといえ、この戦時下で数少ない子供たちの楽しみが奪われたことに怒りを隠せない様子だ。
「弟か。家族がいるのは幸せなことだ。仲が良いなら尚更な。2人や子供たちが無事にハロウィンを楽しめるよう、手を貸そう」
バグアに奪われた家族のことに思いを馳せているのか、静かな言葉の中にも固い決意を滲ませつつ、真田 一(
ga0039)がつぶやく。
「ここまで我慢したのだ。大丈夫とは思うが、ヒマリアの気が急かぬよう‥‥」
案ずるようにいうのは、ジェット 桐生(
ga2463)。
「は、初仕事‥‥大丈夫かな、こんな子どもがって思われてないかな‥‥」
傭兵たちの中でも11歳とひときわ幼い明星 那由他(
ga4081)が、小さな体を緊張に震わせる。
そのとき、残りの3名が何やら大きなダンボール箱を抱えて乗り組んできた。
「ごめん。買い物してて遅くなった‥‥」
艇内の空きスペースにドサっと箱を置き、ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が詫びる。
箱の中には一杯のお菓子が詰められていた。
「こ、子供達に‥‥取られた分は‥‥返してあげないとぉ‥‥」
おどおどした口調で幸臼・小鳥(
ga0067)がいう。那由他と大差ないほど幼く見えるが、実は友人のロッテと同じ18歳である。
「気が利きますね。ロッテさんたちが自腹で?」
と感心する和麿に、
「いや、俺たちも少しはカンパしたけど、最初に5千クレジット出したのは一だ。ああ見えて、結構優しいとこがあるな」
笑いながら工藤 悠介(
ga1236)が指さす。
「別に‥‥」
一は少し頬を赤らめ、プイっとそっぽを向いた。
●オレンジ・ジャックを倒せ!
移動艇を適当な空き地に着陸させ、一行は目的の町へと入っていった。
町の住民はキメラが居座る広場から離れた場所に避難し、その中には子供たちに混じったヒマリアの姿もあった。
「すみません。あたしが迂闊でした‥‥つい後方地域だと油断して、武器を置いて来るなんて」
「いいのよ。楽しい時間もテミスト君も、無事に取り戻しましょ‥‥必ずね」
ロッテは涙に頬を濡らした子供たちをぽむぽむ撫でながら、ヒマリアにいった。
「私のナイフ、一つ貸してあげる♪ これでテミスト君を守ろっ! ね♪」
真琴が2本装備したアーミーナイフの1本を、ヒマリアに渡す。
訓練生とはいえ、彼女も能力者だ。それはまた、「自分の手」で弟を助ける作戦に参加させてやりたいという、真琴の心遣いでもあった。
「は‥‥はい! ありがとうございます!」
先輩傭兵から借りた武器を握りしめ、緊張したようにヒマリアは頷いた。
問題の広場では、パーティー会場を占拠したオレンジ・ジャックが、相変わらず傍若無人にお菓子やジュースを貪っていた。
傍らにはカボチャマスクを被ったテミストもいる。
今の所、仲間のキメラと勘違いされているため危害は加えられていないが、少年が恐怖のあまり硬直状態なのは遠目にもよく判った。
攻撃するのはたやすいが、下手をすればテミストまで巻き込んでしまう。しかもジャックは動きが素早いので、倒そうとすると意外に厄介な相手なのだ。
傭兵たちとヒマリアは、テミストを助け、しかも確実にジャックを仕留めるため、慎重に策を練った。
まずは、どうやってテミストをジャックから引き離すかだが――。
「ぼ、僕が、行きます‥‥」
最年少の那由他が、自ら志願した。
確かに体格から見てジャックの同類を演じられそうなのは那由他か小鳥ということになるが、スナイパーである小鳥には、もう一つ重要な役目がある。
「使うといい」
悠介が自分のハロウィンメットを那由他に被せた。さらに街の雑貨屋から借りた黒マントも羽織り、見かけ上はジャックによく似た姿となった。また「餌」として出発前に買いこんだお菓子もひと抱え持たせる。
他の仲間たちが所定の配置につくのを確認後、那由他はおどおどと広場に向かって歩き出した。
その姿に気づいたジャックは一瞬警戒するような素振りを見せたが、やはり自分と同じキメラだと信じ込んだのだろう。すぐに「おまえもこいや!」という様に手招きした。
和麿が指摘したとおり、その仕草は何やら飲み屋でできあがった酔っぱらい親父に似てなくもない。
那由他は身のすくむ思いだったが、ここで怯えたら怪しまれる。精一杯の勇気を奮い起こし、いかにも嬉しげな演技を装ってジャックたちの方へ走り寄った。
その頃、広場から40mほど離れた物陰に身を潜めた小鳥は、隠密潜行で気配を消し、長弓をひきしぼってジャックを狙っていた。といっても、今は射線上にテミストがいるので矢を射ることができない。
作戦の成否は、全て那由他の双肩にかかっていた。
何とかジャックの側までたどり着いた那由他は、まず手土産とばかり持ってきたお菓子の山をテーブルの上に置く。元からあったお菓子をあらかた食べ尽くしていたジャックは、大喜びで新たなお菓子に飛びついた。
その隙を見て、那由他はササっとテミストに近づき、隠し持ったメモ用紙をこっそり渡す。
『助けにきました。僕のいうとおりにして』
テミストは驚いたように那由他を見つめたが、すぐ事情を察したのか、無言のままコクンと頷いた。
そのとき、ジャックが「キィ〜ッ!?」と甲高い悲鳴を上げて喉をかきむしった。
那由他がお菓子の中に混ぜておいた特製・超激辛スナックを口にしたのだ。慌てたように、テーブルの端にあったジュースのペットボトルを取りに走る。
「テミスト君から‥‥離れましたぁ! 今ですぅ!」
小鳥が鋭角狙撃で放った弾頭矢が、見事にジャックの片足に命中した。
「キキィ――ッ!」
那由他は急いでテミストの手を引きその場から離れ、同時にやはり付近の物陰に隠れていたロッテ、和麿、悠介が飛び出す。30mの圏内に入ったところで瞬天速で一気に間合いを詰め、3方からジャックに襲いかかった。
最初に接敵したロッテは、覚醒変化で蒼く変わった髪を靡かせ、白い眼で冷徹に見つめ、頬を紅潮させてポツリと一言、
「‥‥お仕置き」
2本持ちで逆手に握ったアーミーナイフをジャックに突き立て、引き寄せるように肉を裂く。
続けて悠介がファングの斬撃を浴びせ、その間に和麿がテミストと那由他を安全地帯まで待避させた。
だが敵もさるもの。ダメージを負いながらも、マントを広げるなり持ち前の俊敏さで空中に飛び上がる。
それは予測済みの行動だった。逃げ足の速いジャックへの対策として、傭兵たちは小鳥の射線上は避けつつ、小型無線機で連絡を取り合い広場に二重の包囲網を敷いていたのだ。
空を飛んで逃げようとするジャックを、小鳥が鋭角狙撃による二の矢を放ち撃墜。
広場の端に墜落したところを、伏兵として潜んでいた残りのメンバーが追撃した。
「このヤローッ! よくも、弟を!」
ヒマリアが怒りを込めてナイフで斬りつけるが、これは紙一重でジャックにかわされる。
逆に反撃しようとしたジャックを、庇うように飛び出した真琴が瞬天速で回り込み攻撃。さらに一が豪破斬撃で追い打ちをかける。
それでもなおしぶとく広場を逃げ回るジャックの前に、カボチャ頭の黒い影が立ちふさがった。
「???」
同類にしてはのっぽだが、それでも仲間と思ったのか救いを求めるように走り寄るジャックを、カボチャ頭の怪人は刀を抜いて容赦なく面抜き胴で斬り捨てた。
「悪く思うな」
それは黒いコートにハロウィンメットを装着したジェットであった。
ついに力尽き、ぱったり地面に倒れるオレンジ・ジャック。
かくしてハロウィンの町を騒がせたカボチャキメラは、あえない最期を遂げたのであった。
さらばジャック。また来年のハロウィンも会える‥‥かどうかは定かでないが。
●やり直しのハロウィンパーティー
「このバカ弟! 心配させないでよ、もうっ!」
まだ救出された実感が湧かないのか、やや青ざめた顔で立ちつくすテミストを、涙目のヒマリアが抱き締める。
「作戦終了ね‥‥ご苦労様」
覚醒を解いた銀髪をかきあげつついうロッテに対し、
「ご苦労様は目下の人間に使う言葉だ。気をつけた方が良い」
と、ぶっきらぼうに悠介。
無事囮役を果たした那由他は、超機械による錬成治療で負傷者の介抱にあたった。
「でかしたよ、那由他君。小鳥ちゃんも、よく頑張ったね」
和麿が小鳥の頭を撫でてやる。
「うー、私は子供じゃ‥‥ないですよぉ‥‥はううっ」
慌ててロッテの背後に隠れる小鳥だが、それでも狙撃手の大任を果たしたことに安堵しているようだ。
「それじゃあ‥‥ハロウィン、やり直し‥‥しましょうかぁ?」
ヒマリア姉弟も手伝い、傭兵たちはまだ移動艇に大量に残してあったお菓子やジュースを広場に運んだ。
ついでに戦闘で荒らされた会場なども、改めて設営し直してやる。
「さぁみんな‥‥パーティーのやり直しよ」
「お菓子、いぃ〜っぱいあるよぉ〜☆」
ロッテと真琴が声をかけると、恐る恐る遠巻きに見守っていた子供達も、歓声をあげて駆け寄ってきた。
「のーりょくしゃのお兄さん、お姉さん。どうもありがとう!」
子供らのあからさまな感謝に照れたのか、ジェットは会場の隅に逃れてこっそりジュースで喉を潤した。
「ヒマリアは何となく俺の姉に似ているな。もっとも俺はテミストより‥‥勇敢だった‥‥と思う。いや、蛮勇と呼ぶべきか」
周りを取り囲む子供達に、
「お礼はあのお兄さんにな」
と悠介は一を指さそうとしたが、姿が見えない。
子供達に笑顔が戻ったのを確かめてから、一はそっと会場から離れていた。
どうしてもバグアのために喪われた家族や恋人のことを思いだし、辛くなってしまうからだ。
(俺たちのような家族を少しでも出さないためにも。もっと安心して暮らせるようにするためにも。これからも静かに復讐の炎を宿しつつ戦っていこう‥‥)
移動艇に引上げようとする傭兵達を、町長を筆頭にした町の大人達が呼び止めた。
「この度は誠にありがとうございました。これは、僅かですがお礼に‥‥」
と、かなりの金額が入った封筒を差し出してくる。
UPCから報酬を受け取るからいい、と断ったが、町長は頑として聞かない。
「実は毎年この季節、ここでは収穫祭も兼ね町を挙げた盛大なハロウィンパーティーを開くのが習わしで、これはそのための予算だったのですが‥‥こんなご時世、あまり贅沢な祭りを催すわけにも参りません。『せめて子供達だけでも』と企画したのが、今回の野外パーティーだったのです」
傭兵たちは話し合った結果、一が負担した5千クレジットの他、各自がカンパしたお菓子代だけ受け取ることにした。
いつか平和が戻ったとき、もう一度この町を訪れ、本当のハロウィンパーティーを楽しむ子供達の笑顔を見てみたい――そう思いつつ、傭兵達は移動艇に乗り込み町を後にするのだった。
<了>