●リプレイ本文
「まあ、色々いわれているのは存じてますよ? 既に本社やUPC上層部からも通達は受けてます。コスト削減のためスペックダウンを検討せよ、と」
朝まだきのUPC陸軍演習場の一角。
銀河重工「雷電」開発プロジェクトリーダーは眼鏡を拭きつつ、研究所からオブザーバーとして同席するナタリア・アルテミエフ(gz0012) に語った。
「いくら単体としての性能が優れていても、兵器はまず数を揃えなければ意味がない。いつの時代にあっても『万能兵器』なんてものは幻想にすぎなかった‥‥それは充分に承知しています。とはいえ――」
拭き終えた眼鏡をかけ直し、男は彼らがいる仮設本部のテントから数百m先に駐機した2機の試作KVに視線を移した。
「技術者のサガとでもいうんでしょうかねえ? 我々は‥‥つい夢を見てしまったんですよ。あのシェイドの攻撃にすら耐えうる真の万能機‥‥空の不沈戦艦ってやつをね」
始めて実機としてお目見えしたXF−08D「雷電」改良試作機2機を前にして、今回の試験戦闘に参加する傭兵8名が興味深げにその機体を眺めていた。
「漸く雷電も試作の実機が出来たのですね。その出来を拝見致しますね」
かつて同機のシミュレータ試験にも参加している櫻小路・なでしこ(
ga3607)が嬉しそうに微笑んだ。
「でも、今日はちょっと意地悪をしてしまいそうですね」
それもそのはず、今回彼女は自機KVに乗り雷電の迎撃役を務めるのだから。といってもあくまでダミー兵器による模擬戦だが。
しかし評価試験である以上、より有用なデータを得るためにも、なでしこは手加減するつもりはなかった。
「これが雷電ですか。実物を見るのは初めてですよ〜」
やはり前回に引き続き試験に参加するアイリス(
ga3942)が感心したようにいう。前回も一応CG映像で機体の画像は見ているが、孔雀の羽の様に広がる4枚の主翼、あたかも宇宙ロケットを思わせる巨大なメインブースターは、やはり既存の銀河製KVと比べてかなり異色の印象を与える。
そしてアイリスはその雷電に搭乗しなでしこらの迎撃チームと模擬空戦を行うのだ。
「任されたからには、一生懸命頑張るです」
「これが‥‥雷電か‥‥!」
前々から同機の開発計画に興味があった井出 一真(
ga6977)は、実機を目に出来て一寸嬉しそうだ。
「やはり日本人としては銀河重工さんのこの新型に期待したいですし、そのお手伝いが出来るなら光栄ですね」
和服の似合う美女、加賀 弓(
ga8749)もまた物静かな口調で新型機への期待を口にする。
一方、迎撃チーム担当の飯島 修司(
ga7951)は、顎髭を撫でつつ不敵に笑った。
「拠点攻略戦の要となる機体の性能、堪能させて頂きます。それに、対KV戦というものを経験しておくべきでしょうね‥‥後々、役に立つこともあるでしょう」
同じく迎撃チームのみづほ(
ga6115)は、さっそく「敵」となる雷電試作機の機体回りやウェポンラックの位置などを入念にチェックしている。
むろん事前に能力データは傭兵達に伝えられているが、カタログ値だけでは判らない意外な欠点というものも存在するのだ。
やがて予定の時刻が来た。
「今回の模擬戦は雷電による強襲降下作戦です。強襲という戦術は今後増えるでしょうし、雷電の重装甲はまさに対エースに対する楯となるはず。皆さん頑張りましょう」
今回、もう1人の雷電パイロットを務める緑川 安則(
ga0157)が改めて評価試験の意義を強調した後、傭兵達はまだ朝靄の煙る演習場に翼を並べる各自の搭乗機へと乗り込んでいく。
※雷電チーム(搭乗機)
安則(雷電1番機)
アイリス(雷電2番機)
一真(阿修羅)
弓(バイパー改)
※迎撃チーム
シエラ(
ga3258)(S−01改)
なでしこ(アンジェリカ)
みづほ(バイパー)
修司(ディアブロ)
今回空戦は省き、迎撃班は始めから地上に展開。上空から降下する雷電&既存KVの混成部隊を迎え撃つ。雷電本来の開発コンセプトである「空挺強襲機」の性能に絞ったデータの取得を優先するためだ。
「あまりKVは得意ではありませんが‥‥。少しでも‥‥慣れておかないと‥‥。隊を守る‥‥盾になれませんから‥‥」
覚醒により視力を取り戻したシエラは白と淡い紫の機体色、シールドにパーソナルエンブレムを施した愛機『アインツ』を起動させ、陸戦形態で空を見上げた。
審判役を務める正規軍の岩龍と共にいったん飛行形態で離陸し、高度を上げ演習場から遠く離れた雷電チーム4機は、そこでUターン。改めて目標の降下ポイントを目指して侵攻を開始した。
接近する雷電チームを目視で確認した迎撃チーム4機は、牽制のため上空から撃ち込まれてくるロケット弾を蛇行してかわしつつ降下予測ポイントへと移動。
各々が長射程兵器を構え、敵部隊が陸戦形態での有効迎撃高度である約50mまで降下した所で一斉射撃を開始した。
『敵戦力はKV、しかも最新鋭機やらカスタム機ばかりだ。下手すると墜とされるぞ』
無線による安則の警告に従い、打ち合わせ通りまずはアイリスが降下ポイント付近を狙って煙幕弾を発射。
雷電試作機は当然無改造だが、機体アクセサリの装備によりそれなりに防御は上げていた。
さらに安則は機体特殊性能を使用。
「超伝導アクチュエータ起動、雷電よ。駆け巡れ!」
翼面を走り抜ける超伝導エネルギーで増幅した回避能力により対空砲火をかわしつつ、ギリギリまで高度と速度を落とした所でおもむろに機体を人型変形させた。
「井出くん。攪乱を頼む。神楯の騎士、緑川安則。ここに見参! 我が前に立ちふさがる敵は殲滅する!」
雷電の陸戦形態を目にした迎撃チームは一様に驚いた。
(「何だ、こいつは‥‥!?」)
「人型」という点では既存KVと同じだが、ディアブロやアンジェリカのスマートさに比べると、重装甲・重武装の武骨な外観はまさにあのゴーレムと見まがうばかりだ。
それでもすぐ気を取り直し、降下直前の最も無防備な瞬間を狙って4機のKVは砲火を集中させた。
長射程兵器の主軸となるのは、なでしこ搭乗アンジェリカのM−12強化型粒子加速砲。
前回は知覚兵器に対し脆弱さが指摘された雷電に向け、SESエンハンサー併用で強力なビーム光線が走る。
加速粒子の光条が緑川機を直撃したが、設計変更により抵抗を大幅に上げた雷電はその攻撃を受けきり、悠然と大地へ降り立った。
次発射の時間を稼ぐためなでしこ機はいったん後退、しばらく高分子レーザーによる中距離攻撃に切替える。
「アイリスも降下するですよ〜」
煙幕、そして超伝導アクチュエータの回避向上により、2機目の雷電も着地に成功。
安則は赤いKVマントを優雅に翻し、
「銀河の新型のテスト中だが‥‥伯爵には感謝しよう。このような遊び心あるアイテムは嫌いではない!」
以後はアイリスと共にスナイパーライフル、滑空砲、ガトリング砲等の牽制射撃により後続の友軍機降下を援護する。
戦場は完全に地上へと移り、迎撃チームも前進しての中・近距離戦へと戦法を切替えた。
「顔見知りが相手だと‥‥妙に力が入りますね」
先の大規模作戦では一真と同小隊に属した修司は、吶喊してくる雷電2機に対しバルカン砲、次いでG−44グレネードで足止めを狙った。制限時間10分の短期決戦なので、もちろんスキルの出し惜しみもなしである。
シエラはシールドを構えながらブレス・ノウをユニコーンズホーンに付与し、機体もろともアイリス機にチャージアタックを加える。
横合いから重心を低めに狙い、衝撃を与えるのと同時に転倒を狙った一撃だったが、僅かに装甲を削ったのみで雷電の巨体は揺るぎもしなかった。
対する雷電チームも、無事降下を済ませた一真の阿修羅と弓のバイパー改が、各々安則・アイリス両機の援護に入っていた。
「ようし、行きます!」
一真はG−44グレネードを敵チームにお見舞いした後、機動力を活かしてソードウィングによる一撃離脱の攻撃を繰り返す。
弓もまた目標との距離に応じてSライフルD−02、レーザー砲、金曜日の悪夢を使い分けつつ雷電を直援。さらに煙幕弾を放って時間を稼ぐ。
「10分持てばいいのなら無理に倒す必要はありません。生き残ればそれで私達の勝ちなんです。多少卑怯でもそういうルールなんですから」
その間、自部隊の左翼から回り込んだみずほは敵後衛の阿修羅、バイパーをガトリング砲で牽制。味方機と近接戦で組み合うアイリス機の背後をとり金曜日の悪夢を叩き込む。
KV用巨大チェンソーが唸り、雷電の装甲を火花と共に削り取った。
確かにダメージは与えた――はずなのだが、元の防御に加えメトロニウムフレーム4重の鎧をまとった重装甲KVは、何事もなかったかのように進撃を続ける。
アイリスは一真機が修司のディアブロとやり合っている隙をつき、後方のなでしこ機を狙って滑空砲を発射。直撃を受けたアンジェリカは大きくよろけるが、その時にはM−12ビーム砲の次発チャージが完了していた。
朝靄を切り裂く強烈な光条がアイリス機に命中。
『雷電2番機、現在の損傷率72%――危険レベルに達しています』
上空から戦闘状況を判定する岩龍から警告のメッセージが発せられた時、ちょうど制限時間の10分が経過し模擬戦は終了した。
「雷電は結構無茶が出来る機体だと思うですけど」
評価試験の報告のため本部のテントに集まった傭兵達のうち、始めにアイリスが口を開いた。
「これなら高くても、十分売れると思うですけどね‥‥下げるなら知覚を大きく下げて、攻撃と回避ももう少しだけ下げるとかはどうでしょう?」
同じく雷電に搭乗した安則は、貸し出し価格の上限をアンジェリカ並みと仮定したうえで、回避をR−01並に、足りなければ攻撃力をバイパー並みにするよう意見を述べた。
「現行機であるR−01初期型並であれば回避は十分ではないでしょうか? 後はできれば下げたくないけど攻撃力でしょうか」
「重火力、重装甲を持つ雷電は、大型目標や拠点に対し、高い成果が得られると思います。ただその分、格闘戦にやや不向きですね」
迎撃チームとして実際に雷電と戦ったシエラはいう。
「ならば命中と回避を大幅に落とし、格闘戦を切り捨て、拠点制圧に重きをおくべきかと。物理と知覚に対する防御を強固に、また生命も補助的に高めに‥‥回避は防御面を充実させれば問題はないかと思います」
防御面について自説を述べるなでしこ。
「あと攻撃と命中は共にバイパーと同等くらいでも良いか考えます。装備面については、装備の充実が雷電の魅力ですので現状で良いかと思います」
一真は実機を操縦した2人の意見を聞いた上で、雷電の重装甲に注目していた。
「コストダウンについては、命中と回避を削るのが良いでしょうか。特殊能力でのリカバーが効きますし、回避性能は装甲でカバーできるのではないかと思います」
それからニッと笑い、
「個人的には期待大です。早くこいつにも乗ってみたいですね」
「素人意見ですが、コンセプト的に外せない能力。防御・抵抗・装備・生命、あと余裕があれば練力ですか。‥‥それ以外を全てを少しずつ下げるのはどうでしょうか?」
此処まで高いレベルでバランスが取れてるなら、下手に弱点を作るよりは多少全体のレベルを下げる程度でコストダウンするのが良策――というのが弓の意見だった。
「とにかくみんな、よくやってくれた。攻撃や回避といった性能は若干削られることになるだろうが‥‥『空挺強襲機』としての雷電のコンセプトは、量産機においても充分活かされるのではないかね?」
傭兵達の意見をひとしきり聞き終え、研究所代表の蜂ノ瀬教授は満足げに頷いた。
既に傭兵達や銀河重工関係者が撤収準備を始める中、模擬戦を終えた雷電試作機を名残惜しそうに見つめる開発プロジェクトリーダーの姿に気づいたナタリアは、ふと気になって尋ねた。
「この改良試作機は、この後どうなるのですか?」
「また本社工場へ運ばれた後、残りの性能テストや耐久試験を行い‥‥その後解体されるでしょうね。会社にとって『商品』にならない彼らは『幻の戦闘機』となって消え去る運命にあるわけです」
「それは少しもったいないですわね‥‥これだけの機体を造り上げながら」
「いえ、いいんですよ」
そう答える技術者の目は、未だに暁の空を駆けめぐる「雷電」試作機の姿を追い求めているかのようであった。
「たとえ一瞬の雷鳴であっても‥‥我々は確かにこの手で造った、夢の戦闘機が空を飛ぶ姿を目にすることができたのですから」
<了>