●リプレイ本文
太平洋上、フィリピン沖合の海上は静かに凪いでいた。
一見するとバグアとの戦争など忘れてしまいそうな穏やかな海原を、空母「サラスワティ」は白波を蹴立てて進んでいく。
「それにしてもすごい空母だな、頼もしいものだ」
最近配備が始まったばかりの新鋭機、F−108ディアブロで飛行甲板に降り立った月影・透夜(
ga1806)は、初めての乗艦となる空母の威容を眺め、思わず声に出した。
満載排水量3万5千t。現代空母としては小型の部類に入るが、それでも第2次大戦当時の巡洋戦艦にも匹敵する大きさである。
「サラスワティでの参戦は二度目ですね。今回の相手はヘルメットワーム。F−108でどれだけやりあえるでしょうか‥‥」
対馬上陸作戦に引き続いての参加となる如月・由梨(
ga1805)は、自機の操縦席から降りつつ緊張した面持ちで呟いた。前回はKF−14による水中戦だったが、今回の敵はヘルメットワームだ。
「こちらが進化しても、相手もまた進化しているのでしょうから。気を抜いたら、一貫の終わりです」
傭兵達の間では、既に次の大規模作戦発動が近いとの噂も流れている。彼女にとっても、新型機の実力を試す意味で気の抜けない任務であった。
もっとも同じく対馬に続いて参加の御坂 美緒(
ga0466)は、
「W−01‥‥てんたくるすって、イカですよね? イカ対イカ‥‥正に海中大決戦なのです♪」
と相変わらずのマイペースだが。
彼女と井出 一真(
ga6977)は、今回「サラスワティ」に新規配備された水中用KV・W−01テンタクルス搭乗員としての参加となる。
一方、自己所有のW−01搭乗の潮彩 ろまん(
ga3425)、陸戦用KV・LM−01に水中用キットを装備しての参加となるミハイル・チーグルスキ(
ga4629)らは、輸送用の高速移動艇で機体ごと空母に乗り込んでいた。
どこで買ったのかオドロ半魚人のTシャツを着たろまんは、
「初めてこの子に乗って依頼に行くんだ、ボクとっても楽しみ!」
と、愛機のボディを撫でつつにこっと笑う。
コンビニ袋に入れた醤油とショウガを取り出し、
「えへへ、焼きイカパーティの準備もバッチリだよ♪」
どうやら、クラーケンを倒した後で食べる気満々らしい。
「(‥‥食えるのか?)」
仲間の傭兵や空母のクルー達は不安に駆られるが、あえて口には出さなかった。
ミハイルはデッキの片隅に佇むマリアに声を掛けた。
「久しぶり。花屋に顔をだしたとき、覚えていてもらって光栄だよ」
「あなたは‥‥」
見覚えのある傭兵の顔に気づき、少し驚いたように顔を上げるマリア。
「君にはこういう戦場の方が似合うのかな? どうだい戦う前の雰囲気というものは?」
「問題ない‥‥生身の戦闘と同じ。私はファイターだから、前に出てみんなの盾になるだけ」
ミハイルはわずかに眉をひそめた。
「‥‥デビル・フォースにいた頃何を習ったかは知らないが、一度全部忘れるべきだな。我々傭兵部隊は正規軍に比べると軍律はそう厳しくないが、たったひとつ忘れてはいけない掟がある」
「どんな掟?」
「『必ず全員生きて帰れ』だ。覚えておくといい」
「‥‥」
その言葉を理解するのに数秒を要したのか、少女は碧い瞳を瞬かせ、不思議そうな表情で長身のミハイルを見上げた。
やがてプリネア海軍士官の案内で艦橋の作戦会議室へと案内された傭兵達は、そこで王女にして艦長のラクスミ・ファラーム(gz0031)に謁見した。
「お初にお目にかかる。今回はよろしく頼む」
「対馬に続いてだが、今回も世話になる。艦長殿」
初対面になる透夜を始め、既に顔見知りの時任 絃也(
ga0983)、櫻小路・なでしこ(
ga3607)、由梨らがラクスミに挨拶すると、提督服の王女もうむと頷き敬礼した。
「‥‥では本題に入ろう。これから向かう海域は東南アジアの資源地帯と日本の大阪・名古屋を繋ぐ重要な航路じゃが、近頃例のクラーケンとかいうキメラ2匹が出没し、船舶の被害が相次いでおる」
作戦卓に広げられた海図を指揮棒で差し、
「おまけに沖縄に居座るバグア基地からHワームまで飛来してタンカーを攻撃する有様じゃ。どうやら、壱岐・対馬を奪還された事への報復らしいがの」
沖縄方面から来襲する飛行ワームの数は少ないが、その動きには明らかにクラーケンとの連携が見られるという。
つまり今回は、空陸両面から襲来する敵を同時に迎え撃たねばならないということだ。
一通りのブリーフィングを終え、傭兵側の部隊編成と空母側の支援体制について概ね合意ができた所で、
「そういえば、以前から気になってたのですけど‥‥」
美緒が手を挙げ、ラクスミに尋ねた。
「何じゃ? 苦しゅうない。申してみよ」
「ラクスミさんや海花さん‥‥お仲間でしょうか?」
「仲間? ‥‥何の話じゃ?」
訝しげに首を傾げるラクスミ。
本当はこの場でふにふにして王女の「成長具合」を無性に確かめたい美緒であったが、副長シンハ中佐以下、室内に厳めしく居並ぶプリネア海軍参謀達の手前、ぐっと堪えるのであった。
「(残念‥‥でも、いつか必ず確かめるのです!)」
最後の打ち合わせを終え、傭兵達は各々空戦班は飛行甲板、水中戦班は艦尾のウェルドックへ駐機させた各自の搭乗機へと向かった。
空中班:絃也、由梨、透夜、なでしこ、岩龍×2(海狼、海花)
水中班:美緒、ろまん、ミハイル、一真、マリア
まずHワームの空襲に備えて空中班の6機が発艦。次いで哨戒ヘリ部隊も相次いで飛行甲板から舞い上がり、母艦のソナー索敵範囲の外周にソノブイを投下することで、空母を中心とした半径およそ6km圏内に水中索敵網を形成した。
その間、飛行KV隊は3機ずつ2組のフォーメーション――由梨・透夜機を前方、絃也機を後方に配した前衛V字編隊、そしてなでしこ機を先頭に岩龍2機が後方左右に続く後衛逆V字編隊――を組んで上空警戒にあたる。
『無理は禁物ですよ。お二人はラクスミ王女にとって大切な方々なのですから』
護衛も兼ねて岩龍隊を率いるなでしこが、李兄姉に通信を送った。
『‥‥それは同じです。僕らにとっても』
通常、後方の安全空域から電子戦支援のみ担当する事の多い岩龍だが、今回は2機とも副兵装にホーミングミサイルと8式短魚雷を装備している。場合によっては、Hワームの標的となり撃墜される危険もあるのだ。
いかに超人的な力を持つ能力者とはいえ、まだ幼児のような双子を戦場に出すなど常識では考えられない事態だ。それを思うとなでしこの胸も痛んだ。
「(でも、これが現実‥‥ここまでしなければ、私たちはバグアに勝てない)」
一方、水中班も出撃の準備を急いでいた。
自機持ち込み、あるいはマリアの様に最初から搭乗員として待機していた者はともかく、W−01を借りて戦う美緒と一真は、自ら持参した兵装を機体に装備する必要があるのでその分少々時間がかかるのだ。
一真はマリアとは初対面だが、出撃前から一言も口を利かない少女のことがやや心配になり、時間待ちの間少し話しかけてみた。
「このW−01は現行機中、最も装甲が厚いんです。しっかり守ってくれますから落ち着いていきましょう」
「うん‥‥」
(「この子、水中戦は初めてなのかな? ‥‥まあ俺も初めてだけど」)
マリアの場合、水中戦どころかKV戦じたい初体験なのだが、さすがに一真もそこまでは知らない。
やがて出撃準備が整い、まず第1陣のろまんとマリア搭乗機がウェルドックのハッチから海面へと滑り降りていった。
「3番機、井出。出撃します」
続けて美緒と一真が出る。
4機のW−01が発進するのを見届け、最後に水中用キット装備のうえ人型形態に変形したミハイルのLM−01が海中にエントリーした。
「初の水中戦だね。さて、私の愛馬はどう動いてくれるかな?」
母艦や岩龍のレーダー、ソノブイのソナー音等、全ての索敵情報は艦内コンピュータのデータリンクを介して一元化され、KV全機が共有できるシステムになっている。
その戦闘管制ネットワークが、沖縄方面から急速接近する飛行物体を捉えた。
小型Hワーム。数は3機。
「第1世代のこの機体で、何処までやれるか‥‥」
絃也はR−01の操縦桿を握る手に、思わず力を入れた。
敵もこちらの機影には気づいているはずだが、速度を変える事もなく一直線に近づいてくる。
いち早くワームがプロトン砲を発射してくるが、KV隊は最小限の回避行動はとりつつも、敵機が有効射程に入るのをじっと待った。
『――敵機補足、これより一斉射を行う!』
由梨と共に最前衛に位置する透夜が、各機に合図を送る。
同時に後方の岩龍隊も含め、6機のKVがスキル併用で各種AAM、G放電装置、ロケットランチャー等長射程兵器を一斉に放った。
閃光と爆煙、G放電の稲妻が蒼空を染め上げる。
Hワームも慌てて回避行動に移るが、特にディアブロのA・フォースで攻撃力を上乗せした由梨のG放電装置と透夜のUK10−AAM、そしてブレス・ノウで命中力を上げたなでしこ機のK−01Hミサイルの効果は大きく、この第一波攻撃で敵ワーム3機にかなりのダメージを与えたようだ。
ここから先は双方距離を詰めての挌闘戦となる。
岩龍2機は後退し、以後は電子支援に専念。
『些細な事でも、何かを察知したら即座に教えて下さい』
なでしこは李兄姉に指示を下すと、自らもデータリンクによる戦況のモニタリングを行い伏兵等に備えた。
一方、前衛3機は辛うじて編隊を組み直そうと図るHワームから各々ターゲットを選んでドックファイトを挑む。
「1対1、新型でどこまでやれるか‥‥だがここで落ちるつもりはないし、誰も落とさせはしない!」
「悪魔と異名をとる機体の力、見せてさしあげます!」
透夜と由梨のディアブロが、先陣切って敵編隊に斬り込んでいく。
『可能限り速やかに敵を殲滅し援護に回るつもりだが、可能ならそちらでケリをつけてくれ。ただし無理はせんでくれよ』
水中班に通信を送りつつ、絃也のR−01もその後に続いた。
同じ頃、ミハイル機を要とした扇型を描く形でフォーメーションを取った水中KV隊も、データリンクのソナーから海中を接近する2つの巨大物体を察知していた。
大きさは優にシーサーペントの倍以上、そしてソナーが伝えるその影は、巨大なイカそのものだ。
『大きかろうとイカはイカ。イカ墨には要注意、基本は射撃だ。近接武器は足を切り取っていくように戦おう』
水中での電子支援、及び戦闘管制を務めるミハイルがW−01各機に通信を送る。
『マリア君、魚雷は2発だから一発一発確実に頼むよ』
『行くよマリアちゃん、ボク達の手で海の平和を取り戻すんだ!』
『‥‥了解。敵影確認、攻撃開始します』
前衛に位置するろまん、マリア両機が戦闘機形態で一気に接近。
KVを捉えようと伸ばされてくる吸盤付きの触手を、各々ガウスガン、ニードルガンで牽制。充分間合いを詰めた所で人型に変形、ろまんは「氷雨」、マリアは水中用ディフェンダーで近接戦に入る。
ろまんは水中用太刀を振い、得意の剣道そのままに襲い来る触手を斬り飛ばし、そのまま巨大キメラの本体を狙った。
「そんな攻撃、この子には通じないもん!」
ダメージを受けたクラーケンがたまらずスミを吐く。大量の水泡も交えたそのイカスミは、ソナーの音響さえ攪乱するいわば水中煙幕だ。
目標を見失ったマリア機が数本の触手に絡みつかれ、行動を封じられる。
『無理をする必要はない! 君は一人で戦っているのではないのだ』
ミハイルがすかさず後方からガウスガンの援護射撃を行った。
「お爺ちゃんが良く言ってた。目に頼るから見えない、自然の流れを感じて、心の目で見れば見られない物はないって‥‥」
視界をスミで閉ざされた中、ろまんは水泡の弾ける音に妨害されたソナー音から微かに響く敵の存在を感じ取るべく、じっと目を閉じ耳を澄ませた。
「心眼センサーフルオープン! そこだ〜っ、波斬剣!!」
正義の太刀で、悪の大怪獣を真っ二つ!
キメラの方には「味方を援護する」などという思考はないらしい。
ろまんに成敗された同類には脇目もふらず、空母目がけて突進するもう1匹の前に、美緒と一真のW−01が立ちふさがった。
両機はガウスガンを発射して牽制するが、あまりに距離を詰められたため前方にいた一真がやむなく人型に変形。ディフェンダーを盾に触手攻撃を防ぎつつ、レーザークローによる白兵戦を挑む。
キメラの体当たりを受けるも、元々高い防御に加えメトロニウムコートの鎧をまとったW−01は何とかその衝撃に耐えた。
「伊達に装甲を厚くしているわけじゃない!」
人型変形した美緒機もレーザークローで援護に入り、下に回り込んでイカスミを避けつつ、一本一本敵の触手を切断していく。
そのとき海中が一瞬明るく照らし出されるほどの閃光が頭上で輝き、巨大な物体が3つ、相次いで落下して遙か海底で爆発した。
『敵ワーム編隊を殲滅した。ただ今より航空雷撃による援護に入る!』
絃也からの通信だ。
水中班のKV隊は残り一匹となったクラーケンの位置情報をデータリンクに送ると共に、自らも距離を取って8式短魚雷を発射。
最後は海中と空からの集中雷撃によってクラーケンの息の根を止めた。
「返す前に、きちんと機体を洗わないとですね♪」
空母に帰投後、キメラのスミで真っ黒になったW−01のボディをホースの水でせっせと洗う美緒。
一方、
「あ〜あ。もったいない‥‥」
任務成功にも拘わらず、なぜかろまんはガックリ肩を落としている。
クラーケンの体を何とか空母に持ち帰りイカ焼きを賞味するつもりだったのだが、2匹とも水中用KVの潜れぬ深海へ沈んでしまったのだ。
その姿を遠目に見ながら、
「イカでイカを討つか、なら締めはイカ焼きでも食いに行くか」
と苦笑いする透夜。
しかしクラーケンのイカ焼きは本当に美味かったのか?
ちなみに同じ大イカでも、海洋生物のダイオウイカはアンモニア臭くてとても食用に向かないというが、さてキメラの方はどうであろうか。
その頃、甲板の片隅ではミハイルと一真がマリアの労をねぎらていた。
「危ないところだったね」
「大丈夫でしたか? KV戦は不慣れのようでしたが‥‥」
「うん‥‥もう平気」
「君はここまでの戦い、道のりで自由を手に入れた。これは君にこそ相応しい」
ミハイルは自らの自由解放軍章をマリアの胸に付けてやった。
驚くマリアに、さらに支給品で入手したセーラー服を手渡すと、
「これは水兵の服らしいから、たまに着てみるといいよ」
そういって微笑むミハイル。
少女は頬を染め、少しはにかんだように顔を伏せるのだった。
<了>