●リプレイ本文
●まずはご挨拶
「よろしくお願いしま〜す!」
Wデーを目前に控えたとある日の午後。兵舎の管理人に掛け合って借りた厨房で、集まった8人の傭兵達に向かい、ヒマリア・ジュピトル(gz0029)と弟のテミストはペコリと頭を下げた。
テミストと手をつないだミーティナも、おずおずと頭を下げる。ちなみに彼女の兄で傭兵のレドリックは、まだ大規模作戦の後始末で北米に残っているとの事だった。
今回の依頼の趣旨は「お菓子教室」だが、参加の面々は「お菓子作りならお任せ!」という強者からこれを機会にジュピトル姉弟と一緒に教わろうという初心者まで、その顔ぶれも様々である。
「私も洋菓子系は知識として知っていますが馴染みは無いので、この機会に勉強させて頂きます」
依頼人のヒマリアと主賓(?)のテミストに、初対面となる石動 小夜子(
ga0121)が、神社の娘らしく丁寧に挨拶した。
「私の知っている自家製御菓子といえば‥‥まずは小麦粉と卵と砂糖を混ぜて少量の水で溶き、団子状の塊にします。それを熱したフライパンの上に転がすと、焼けた部分が剥がれ落ちてきます。これに砂糖醤油を塗れば『こんがり小麦板』の完成です。お金が無い時のおやつ代わりに最適‥‥あら、趣旨がずれてしまいましたね」
「では、お願いいたします」
やはり初対面の姉弟にペコっと頭を下げたメイド姿のヒカル・マーブル(
ga4625)は、
(「そういえば‥‥お世話になってるULTのオペレータさんからチョコレートをいただきましたので、お返しもしなくてはいけないですね‥‥」)
ふとそんな事を思い出す。
件のオペレータも女性なので、いわゆる「友チョコ」というやつだ。
「あなたが噂の弟さんですかぁ。初めまして〜」
ヒマリアと同じ兵舎に所属するアルタ・クラウザー(
ga6423)は、いつも眠そうにしている目を擦りつつテミストに挨拶した。
「アルタと申します。ヒマリアさんにはいろいろお世話になってますっ」
「あ、こちらこそ始めまして‥‥きょ、今日は、よろしくお願いします」
GFが出来たとはいえ、相変わらず姉以外の女性に免疫の少ないテミストが照れくさそうに頭を下げる。ヒマリアからいつも聞かされている姉弟のエピソードを思い浮かべ、ついニヤニヤ笑ってしまうアルタ。
「後で、ミーティナちゃんとの馴れ初めも聞かせてくださいね〜」
「そういえばヒマリアさんは、あれから牛乳を飲み続けてるのでしょうか?」
御坂 美緒(
ga0466)がヒマリアに尋ねた。
「実は姉さん、あれから牛乳の飲み過ぎでお腹を壊して――」
代わりに答えかけたテミストが、姉にジロっと横目で睨まれ黙り込む。
「確認の為に、ちょっと触って確かめてみるのです♪」
‥‥ぷにぷに。
「‥‥」
「――大丈夫! 私達はまだまだ成長期なのですよ!」
何やらうちひしがれてガックリ跪くヒマリアの肩を叩き、慌てて慰める美緒。
何の成長期なのか、ここではあえて書くまい。
「新条さんとは、ホワイトデー宣伝のお仕事でご一緒しましたね」
小夜子は友人の新条 拓那(
ga1294)に挨拶がてら話しかけた。
「バレンタインのお返しも、人一倍苦労なさってるのではないですか?」
「いやあ、どうだかね〜?」
苦笑を浮かべて頭を掻く拓那。
「はは、実はお菓子作りは俺も初めてなんだ。一緒に頑張って、彼女達喜ばせるじゃん? そんじゃ、先生方、よろしくお願いするよ♪」
その言葉をきっかけに、傭兵達は各々先生役と生徒側が組む形でグループを作った。
かくして始まった傭兵お菓子教室。能力者として超人的な力を持つ彼ら彼女らだが、お菓子作りの腕前や、果たしていかに?
●はじめの一歩
先生:美緒、クラリッサ・メディスン(
ga0853)、月影・透夜(
ga1806)、春風霧亥(
ga3077)、ヒカル
生徒:小夜子、拓那、アルタ、ヒマリア、テミスト、ミーティナ
まずは基本から――ということで、先生役の傭兵達が提案したのは「手焼きクッキー」。
「贈り物に対して、きちんとお返しをする事は良いことですわね。少々みばが悪くても、心が籠もっていれば、ミーティナちゃんも喜んでくれると思いますわ」
クラリッサがテミストにアドバイスする。
彼女が教えたのは、バター、砂糖、薄力粉、それに卵黄を使ったごくシンプルなクッキーだった。
「薄力粉や砂糖はきちんとふるっておく事、バターをきちんと室温で予め溶かしておく事、オーブンは予めきちんと暖めておく事。工程自体は難しくありません。一つ一つを丁寧にする事が、美味しさに繋がるのですよ」
「はーい!」
さっそくボールに材料を入れ、生地作りから挑戦するヒマリア達。
「丁寧にする事が良い結果に繋がりますから。贈る相手の事を思って美味しく作りましょうね」
(「ここは一つ、おにーさんが一肌脱ぎますか‥‥♪」)
「ミーティナちゃ〜ん、よかったら少しテミスト君を手伝ってくれないかな?」
さりげなく拓那が気を利かせ、テミストの作業を手伝うようミーティナにも促す。
「よろしく頼む。と言っても教えるより教えられる側なんだが」
と苦笑しつつ、透夜はヒマリア達に道具の使い方や基本を教えた。
「刃物は果物を切る程度だから大丈夫だろうが、火やオーブンを使うから火傷には気をつけろよ。分量はちゃんと量って、混ぜるときは手首のスナップをと‥‥こんなものか?」
クッキーの型枠を用意しながら、彼もまたWデーのお返しに贈る「相手」のことを思い浮かべていた。
(「そういえば彼女はクロスが好きとか言ってたな。十字の型はあったかな? それと定番のやつを幾つかと。トッピングは‥‥」)
などと考えているうち、練習用に焼き上げた分をこっそりつまみ食いするヒマリアに気づき、
「味見もいいが、自分でも挑戦してみような?」
「お菓子作りにおいての鉄則は何と言っても『分量を守ること』コレに尽きます」
サイエンティストらしくきっちりした口調で、霧亥が説明した。
お菓子作りは久しぶりであったが、施設にいたとき年下の子供達にせがまれて色々と作ってやった経験が、こういうとき役に立つ。
「出来るだけ近くにいるから、分からないことがあればいつでも質問してくださいね」
テミスト他、生徒役の傭兵達にも声をかけた。
今回、霧亥が選んだのは「さつま芋クッキー」。
「電子レンジで焼いたさつま芋を丁寧に裏ごしし、その半分にバターと砂糖、卵、小麦粉、塩を混ぜ合わせて冷蔵庫で休ませれば生地の完成です。後は普通に型を抜いて焼き上げてください」
ちなみに材料のさつま芋は多少多めに用意してある。
これはまた、後で別のメニューに使うのだ。
「胡麻は外せませんよっ、胡麻はっ!」
先生役の傭兵達から教わった事をメモしつつ、また持参した料理本を時折覗きながら、アルタは胡麻入りクッキーに挑んでいた。
「この芳ばしい香り‥‥どんな料理に入れても違和感のない、協調性の高さっ!」
いきなり胡麻の素晴らしさを語りながら、クッキーの生地に胡麻を練り込んでいく。
一方、小夜子がクッキーの具材として選んだのはレーズンだった。
「ほんのりした甘みが好きなのです。疲れ目にも良い、素晴らしい食べ物ですから」
一言にお菓子作りといっても、そのこだわり方は人様々なのだ。
「お菓子作りは基本手順通りに作るのがコツですよ」
料理計りで薄力粉の分量をマメに計りながら、美緒がいう。
「最初のうちは、きちんと計量もするのが失敗しない近道なのです。キッチンタイマーを使うと、クッキーが消し炭になる確率も減るですよ♪」
‥‥実体験に基づく発言らしい。
「ふふふ‥‥失敗は成功の母なのです♪」
やがてテーブルの上にはそれぞれ皿に盛られた各種焼きたてクッキーが並んだ。
多少形はいびつだが、ジュピトル姉弟とミーティナが作った分も混じっている。
●目指せ! パティシエ
クッキー作りが一段落した所で「次はもう少し凝ったものを」という事になった。
初心者のヒマリア達には、比較的手軽なホットケーキを。
後は各人がお好みで。
「もちろん市販のホットケーキの元で作るのもいいのですが、今回は一から作りましょう」
「ぼ、僕に作れるかな? ホットケーキなんて‥‥」
「実はそう難しくないですよ?」
ややおじけづくテミストに、ヒカリがにっこり微笑んだ。
「材料は4人前で‥‥小麦粉4カップ、ベーキングパウダー小さじ4、砂糖1カップ ・ 塩小さじ1弱 ・ 卵4コ ・ 牛乳1カップ強と言ったところでしょうか」
そう説明しながら、ヒカリは自らボールに材料を入れる。小麦粉、ベーキングパウダー、そして砂糖と塩という順番に入れ、泡立て器でかき混ぜるところを実演した。
「これに卵と牛乳を加えて混ぜ、ポテッとした固さにします。ここで香り付けにバニラエッセンスを数滴加えても良いかと思います」
テミストも見よう見まねで、ミーティナにボールを支えて貰いつつ、懸命に泡立て器でかき混ぜる。
熱したホットプレートにタネを広げ、
「焼き方は、片面を焼いて表面にぽつぽつが出たらひっくり返して、竹串を挿してタネが付かなくなったら焼き上がりです。お二人で和気藹々と焼くのもいいかもしれませんよ?」
「ふむふむ‥‥っと。こんなカンジだね。今じゃ料理も出来ない男なんて相手にもされないからなー。これも男を磨く修行だよ? テミスト君」
一応火を使うので、拓那がそばについて監督してやる。
その間、ヒカリは自分がWデーギフト用にするチョコレートケーキの制作に着手していた。
クッキー作りでウォーミングアップを済ませたアルタは、テミストのためケーキ作りを手伝う――はずだったが、なぜか胡麻のパウンドケーキ作りに熱意を上げていた。
「ケーキ作りは未知の領域。だが負けるものかぁっ!」
一方、透夜はやはり自分のプレゼント用にマドレーヌを作っていた。
(「彼女からのリクエストだからな‥‥」)
気になる相手へのお返しだけに、できる限り美味しく作りたい。
下拵えで薄力粉とベーキングパウダーを振るい、オーブンも余熱。
焼き加減が悪いのか、思ったようなふっくら感がでないので、その辺りは他の先生役に聞いてみる。
「‥‥メレンゲの泡立てが弱いのか?」
訝しげにつぶやき、納得がいくまで再チャレンジ。
霧亥はクッキー作りで余ったさつま芋の裏ごしを使い、スイートポテトを調理。
砂糖ではなく蜂蜜で甘さを追加、バニラエッセンスでちょっとした香り付けを。
「シナモンは‥‥苦手な人がいるかもしれませんから入れません。おっと、その合間にチーズケーキも作って冷蔵庫へ入れておかないと」
クッキーはサクッとした歯応えもあり、スイートポテトとは違った味わいがある。
(「この2つはまぁ、お返しを送る相手もいないから、皆さんで楽しんでもらえればいいなぁ」)
そんな風に思いつつ、つい口許に笑みがこぼれた。
●みんなでお茶を
無事完成したクッキーやケーキのうち、出来の良いものはそれぞれが意中の相手に贈るため丁寧にラッピング。
厨房の片付けを済ませると、練習用などで余った分のお菓子を皿に盛り、まだ夕食前で人気のない食堂に移動する。
「飲み物は何にする? コーヒー、紅茶、緑茶と。所属兵舎では喫茶も兼ねて仕込まれてるからな」
テーブルにティーカップを並べながら、透夜が一同に尋ねた。
アルタが手を挙げ、
「あ、私はお砂糖抜きでお願いしますぅ。糖分は食べ物で取ったほうがお得ですから〜」
色とりどりのクッキーその他のお菓子がテーブル狭しと並び、各人に希望の飲み物が行き渡った所で、やや遅めのお茶会が始まった。
美緒はクラリッサやヒマリアの協力も得て、しっかりテミストとミーティナが隣り合って座るよう画策。
「テミスト君、積極的に行くのですよ♪ 」
そういってポンと少年の背中を押す。
緊張に身を強ばらせつつも、テミストはラッピングしたクッキーとホットケーキの詰め合わせを3つ年下の幼いGFに贈った。
「え〜と、これ、バレンタインのお返し‥‥これからも、よろしくね」
「あ、ありがとうございます‥‥先輩」
包みを受け取ったミーティナははにかんだように俯き、わずかの間黙りこんでいたが、やがて突然立ち上がると、テミストにギュっと抱きついてその頬に口づけした。
真っ赤になるテミスト。
傭兵達が一斉に拍手喝采した。
「いやー、微笑ましいねえ」
うんうん頷きながらも、現在シングルの自分を少しだけ情けなく思ったりする拓那に、傍らから小夜子がおずおず声をかけてきた。
「あの、宜しければこれ‥‥以前、お世話になったお礼です」
喜んで貰えるのかどうかが不安なのか、やや緊張した面持ちで自ら焼いたクッキーの包みを差し出す。
アルタもまた、Wデーのお返しに作ったチョコチップクッキーを拓那に贈った。
「この前はありがとうございました‥‥あの、これ、お返しです」
テミストは別にラッピングしておいたクッキーを、以前空母「サラスワティ」で催されたパーティーでチョコを貰った美緒とクラリッサに贈った。
「テミスト君、わざわざありがとうね」
クラリッサはにっこり笑い、
「これは今日頑張った君へのプレゼント。ヒマリアさんと一緒に食べて下さいね」
自分の焼いたクッキーを手渡した。
この場での贈答はひとまず終わり、一同は歓談タイムに入った。
「月影さんはどなたに贈るのですか?」
「だ、誰だっていいだろ」
美緒に追求され、思わずクッキーとマドレーヌの包みを隠す透夜。
食堂に漂う甘い香りは、傭兵達それぞれが手作りのお菓子を贈る相手に向けた気持ちであるかのようだ。
明日からは、またバグアを相手に過酷な戦いの日々が待っているだろう。
だが、時にはこんなくつろぎの一時があっても悪くない。
「やっぱり、こうして皆さんで一緒にお茶出来るのが一番の楽しみですわね」
ホッとため息をつき、クラリッサがしみじみと呟く。
やがてパーティーが幕を下ろすと、傭兵達は残ったお菓子をお土産として包み、それぞれの兵舎へと帰っていくのだった。
<了>