●リプレイ本文
●ミシガン州〜スー・セント・マリー空軍基地
「まわせーっ!」
ブリーフィングが終わると同時に、8名の傭兵達はパイロット待機所を飛び出し、滑走路上に待機した各自の機体に向かって走り出した。
「エンジン温めてる時間がない、Booby、いくぜ!」
愛機S−01にTACネームで呼びかけると、ルクシーレ(
ga2830)は一気にタラップを駆け上り、コクピットへと飛び乗った。
ミシガン湖を挟んだ向こう岸、ミルウォーキー北方でキメラの追撃を受けた陸軍207大隊からSOSの緊急通信を受けてはや20分。
もはや一刻の猶予も許されない。
「騎兵隊の登場! となるかはビミョーッスけど、急いで間に合わせるッス!」
エスター(
ga0149)始め他の傭兵達も同様にして操縦席に乗り込むと、計器類のチェックを手早く済ませてメインエンジンを吹かし、次々とスクランブルをかけていった。
「『歴史的大勝利』ね‥‥これが世に言う大本営発表って奴かな。オマケに撤退する味方の援護もしないなんて、ムカつくったらありゃしないぞー!」
R−01の機内で、ミア・エルミナール(
ga0741)が憤ったように叫ぶ。
およそ2ヶ月に及ぶ長期戦となった五大湖解放戦――この大規模戦闘で果たして人類・バグアのいずれが勝ったのかは、実は当のUPC軍内部でさえ意見が割れている。
確かに敵の最大拠点であるシカゴに殴り込みをかけ、対衛星砲SoLCを奪還した意義は大きい。またバグアの最強兵器であるシェイド、ギガワームさえ撃退した事実は大きく人類側の士気を鼓舞し、その意味では充分「戦略的勝利」といえるだろう。
だがそれらの華々しい戦果は、あくまで主戦場となったシカゴ・ミシガン方面の話である。
北の都市ミルウォーキーを巡る攻防戦に限っていえば、元々投入された陸軍戦力が貧弱だったこともあり、それは友軍と一般市民に夥しい犠牲を出した末の撤退命令という不毛の幕切れであった。
あるいはミルウォーキー解放戦自体が、バグア軍の一部戦力を北方に足止めするための陽動作戦であったのかもしれない。
しかし軍上層部の意思がどうであれ、傭兵達に目の前で苦戦する陸軍部隊を見殺しにするつもりはなかった。
『あの戦いで頑張ってくれた同胞達を救いに行きますか。彼らの助けがあってこそ、我々も戦えましたから』
TACネーム「Bircorn」、蒼でペイントされたF−104搭乗の鋼 蒼志(
ga0165)から仲間達に通信が入る。
『ミルウォーキー解放を断念したのは空港奪還に失敗した私達にも責任の一端がありますからね‥‥せめて撤退支援くらいはキッチリやらせていただきます』
セラ・インフィールド(
ga1889)が応答した。
MW解放断念の決定は正規軍主力のシカゴ撤退に基づくUPC北中央軍の戦略的判断であり、別に傭兵達に責任があるというわけでもない。
またセラのR−01にはつい先日ジェネラル・ミッチェル国際空港を巡るゴーレム部隊との戦闘によるダメージが残っていたが、それでも今回の任務に志願したのは、この戦いにケジメをつけておきたいという、彼なりの使命感によるものであろう。
『絶対に‥‥絶対に、陸軍の皆さんを助け出してみせます!』
編隊の後方につく里見・さやか(
ga0153)からも、強い決意を込めた返信が来る。
彼女が搭乗する電子戦偵察機「岩龍」は戦闘主体のKVに比べるとスペックこそ落ちるものの、バグア側のジャミングを中和する電子支援能力は戦闘全体の成否を握る要ともいえた。
●空の魔竜
戦場となるMW北方の平原までおよそ5百km。KVならば通常の最高速度で10分少々の距離である。やや速度の劣るさやかの岩龍のみブーストで速度を合わせ、傭兵達のKVは現場へと急行した。
眼下の湖面が陸地に変わって間もなく、救援対象である陸軍機械化部隊が視認できた。
元は1個大隊あった兵力も既にM1戦車2両、装甲車数両にまで減り、それでも3匹のケルベロス相手に悲壮な抵抗を続けている。
『こちら陸軍207大隊、トーマス少尉‥‥』
KV各機の無線に、ノイズ混じりで弱々しい男性士官の声が入った。
『状況は極めて不利。大隊長は既に戦死‥‥現在小隊単位で応戦中‥‥』
『今すぐ行くから、もうちょっとだけ耐えててね‥‥!』
ミアが大声で励ますが、その声が相手に届いているかは判らない。
「間に合ってくれ‥‥!」
井出 一真(
ga6977)も思わず操縦桿を握る手に力を込める。
そんな彼らの前に、低空から舞い上がってきた3つの黒い影が立ちふさがった。
蝙蝠に似た翼を広げ、伝説のドラゴンを象ったような飛行型キメラ。
翼長約10m、対KV戦用に生み出された超大型タイプだ。
ヘルメットワームに比べると運動性・攻撃力は大幅に落ちるものの、それでも在来型戦闘機を容易く撃墜するだけの力を有し、特に接近されてのブレスは攻撃範囲が広いだけに侮れない。なお厄介なことに、大規模戦闘後に生産されたばかりなのか、キメラ達は全くの無傷だった。
だが地上に降下して友軍を救うには、まず奴らから排除せねばならない。
傭兵達のKVは一斉にブーストをかけて急接近、有効射程に入った飛行キメラ達に対してまず長射程の対空兵器を斉射した。
「遠慮はいりません。全弾差し上げます」
セラの言葉とおり、 アウトレンジから一斉に叩き込まれるミサイル、ロケット弾、スナイパーライフル――よけきれずに被弾したキメラどもが悲鳴を上げ、もがくように錐もみ状態で体液をまき散らすが、それでもしぶとく体勢を立て直す。
KV部隊を地上に降ろすまいと、ギリギリの距離から炎や雷のブレスを浴びせてきた。
在来型機なら一撃で破壊されるほどの高熱や雷撃だが、能力者達はその超人的な操縦能力とKVの防御力により辛うじて耐え凌いだ。
『雷を吐いてるヤツを先に狙うっ! 異存があるなら突っ込む前に頼むぜ! Booby、エンゲージ!』
ルクシーレが第2波攻撃に備えて温存していたHミサイルとガトリング砲を放ちながら一撃離脱攻撃を仕掛ける。
「さて、まずは数を減らすのが常套‥‥」
鋼 蒼志(
ga0165)は比較的ダメージの大きそうな1匹を狙い、すれ違いざまに高分子レーザー砲の一閃で空の怪物を痛めつけた。
「キメラハンター真帆、ただ今参上!」
熊谷真帆(
ga3826)は同じSライフルを装備するエスター機とコンビを組み、互いのリロード時間のロスを補いつつ絶え間なく銃弾を浴びせた。ただし流れ弾が地上の友軍を誤爆しないよう、両機は下に位置を取り仰角での狙撃に努める。
「あたしたちの邪魔はさせませんよ!」
運悪く先頭にいたため集中砲火を浴びたキメラの1匹が、大きくバランスを崩し、そのまま地上へと墜落していく。
陸戦を担当する4機――セラ、蒼志、ミア、一真が降下に備えて翼を揃えた
それを合図に、エスターは先ほど通信を送ってきたトーマス少尉に強行着陸の旨を連絡、次いで地上に向けてM−122煙幕装置を使用した。
いったん機首をケルベロスの群に向け、45度位の角度で降下しながら煙幕装置が地上10〜30mで作用する様に高度を調整し発射。
再び反転上昇し、真下からの狙撃で2匹目の飛行キメラに引導を渡した。
濛々と煙幕に覆われた地上に向け、人型に変形しながら降下していく4機のKV。
降下阻止のため追いすがる最後の飛行キメラに、そうはさせじと空中班のKV4機が食らいついていった。
煙幕の煙は敵の対空砲火による被弾率を下げてくれるかわり、降下するKV側にとっても視界を奪われる諸刃の剣だ。
『これより電子支援を開始します。支援可能範囲にご注意を!』
さやかの岩龍が仲間達のレーダーレンジを確保するためECCMを開始。同時にキメラ目がけて自らUK10ーAAMを発射し、フライパスによる反復攻撃を繰り返した。
●地上の魔犬
陸上で待ち受けていた敵は3匹のケルベロスだった。
犬型の胴体に3つの首を持つ超大型キメラ。傭兵達にとっては既にお馴染みの敵であるが、対KV用に強化されているらしく、真ん中の首一つが切断されプロトン砲と思しき兵器が移植されている。
もっとも彼らはドラゴン型キメラと違い陸軍部隊への攻撃に夢中になっていたせいか、突然空から撃ち込まれた煙幕弾、その直後に大地へと降り立った4機の人型KVを前にして当惑したように吠え狂った。
「地獄の門番‥‥ね。名前負けしてるように見えるがな――!」
煙幕が晴れる前、敵にプロトン砲を撃たせる暇を与えぬうちに、蒼志は一気に距離を詰め、近接兵器であるレッグドリル、及びツインドリルで白兵戦を挑んだ。
これはまた、敵の注意を陸軍の残存兵達から逸らす目的もある。
回転する鋭いドリルを手足に装備したその姿は、伝説の怪物を模したケルベロスにも劣らぬ威容を備える鋼鉄の巨人だ。
「全身が貴様ら世界の異物を穿つ為のドリルだ。‥‥はっ、ケルベロスを穿つバイコーン(二角獣)! 中々良いじゃないか!」
敵のプロトン砲とブレス攻撃を避けるべく側面に回り込み、懐に飛び込んでの肉迫攻撃。
甲高い回転音を上げてドリルの先端がフォースフィールドもろともキメラの土手っ腹を突き破り、巨大な怪物は悲鳴を上げて大地に転倒しのたうち回った。
「亀のように硬くないと穿ちがいがないな!」
徐々に煙幕が薄れ、視界が戻ってくる。
仲間がやられている間に後退し、距離を取ってプロトン砲を放とうとする2匹のケルベロスに対し、セラ、ミア、一真のKV3機が素早く装輪走行で包囲。
「先手必勝! 即行粉砕! ゴーアタック! お犬さんは地獄で番でもやってなよって!」
間合いを取らせない事、そして逆に正面から近づきすぎてブレス攻撃を浴びないよう注意しつつ、蒼志と同じくツインドリルを装備したミアが巨獣の脇腹を穿つ。
「タートルの奴ほどの威力はないけど、当たらないに越したことは‥‥!」
「飛び道具が無くなれば、護衛も楽になりますからね!」
やはり左右に回り込んだ一真とセラが、それぞれライト・ディフェンダーとディフェンダーにより斬撃を加える。
強化されたといっても所詮は急造兵器の哀しさ。左右に向けた2つの首からブレスを放つ間もなくケルベロスはプロトン砲座を、ついで頭部そのものも叩き潰され、ミアの言葉とおりその名に相応しく地獄へと旅立っていった。
その間、死の包囲網から抜け出すことに成功した最後のケルベロスは、2百mほど逃走したところで立ち止まり、ぐるっと踵を返した。
左右の頭部で眼光が怪しく輝き、KVの1機を狙いプロトン砲の発射態勢を取る。
だが発射の寸前、横合いから撃ち込まれたSライフルの衝撃で大きく巨体が揺れ、狙いを外した淡紅色の光線は虚しく彼方へと消えていった。
「どこに行くの? お帰りはこちらです!」
飛行キメラを全滅させた真帆、エスター、ルクシーレの3機も既に地上降下していたのだ。
ルクシーレが浴びせるガトリング砲の嵐がプロトン砲座を破壊し、真帆の高分子レーザーがキメラの内蔵を焼く。
それでもブレス攻撃で反撃すべく突進してくるケルベロスに向けて、エスターが冷ややかにSライフルRの照準をロックオンした。
「Rest in Peace!(安らかに、眠れ!)」
頭部の一つを撃ち抜かれ、地響きを上げて横倒しになるケルベロス。
四肢を痙攣させ、最後に残った頭から弱々しく炎のブレスを吹き上げていたが――やがて、力尽きたようにその動きを止めた。
「各部チェック‥‥行動に支障なし。助かった‥‥」
仲間達からの通信によりキメラ殲滅を確認した一真は、ヘルメットの上から汗を拭おうとして、やや強張った苦笑を浮かべた。
●生への道
「俺達は‥‥助かったのか?」
APC(装甲兵員輸送車)の車体にもたれかかるようにして座り、信じられないといった表情でトーマス少尉が呟いた。
元は4百名いた207大隊は既に50名足らずにまで減っていたが、少なくとも全滅は免れたのだ。
「ご無事で何よりです。‥‥手当てを致しますので、傷口をお見せ下さい」
現在、エスターとミア、セラがKVに搭乗してミルウォーキー方面から再度追撃してくるかもしれないバグア軍の警戒にあたり、さやかを始め他の傭兵達は救急セットやエマージェンシーキットを手に、手分けして生き残りの兵士達の応急手当にあたっている。
スー・セント・マリー基地からの通信によれば、ようやく準備の整った正規軍KV部隊がこちらに向けて発進した所だという。
彼らが到着次第、傭兵達は負傷者の救護と安全地域までの護衛役を正規軍に引き継ぐ事となっていた。
「待たせて悪かったな。生き残った悪運、大切にしようぜ」
ルクシーレに声をかけられ、ようやく実感が湧いてきたのか、トーマスは弱々しく笑った。
だが再び表情を曇らせ、
「‥‥なあ、あんた達どう思う? 俺達は‥‥やはり、SoLC奪還の捨て石にされたのか?」
「‥‥」
それは、さすがに傭兵達にも答えられない質問だった。
「いやすまん。つまらん事を聞いた‥‥とにかく、今日こうして生き延びただけでも感謝しないとな。基地に帰れば、また次の任務が待ってる‥‥それが、俺達軍人の役目さ」
ふと自分の腕を這う1匹の黒蟻に気づき、トーマスはそっと摘み上げ地面に放してやった。
「よかったな‥‥おまえも、うまく生き残れよ」
<了>