タイトル:亡びの国、遠い記憶マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/20 21:22

●オープニング本文


「北米の方で、大規模な戦闘があったようだ‥‥」
 シミだらけの白衣を肘までまくり上げたアレフは、井戸から汲んできた水と消毒薬で手を洗いながら助手の女性看護士にいった。
「どちらが勝ったんでんでしょう?」
「さあな。何でもUPCがユニヴァ‥‥何とかいうどでかい空中空母を造って、シカゴまで攻め込んだらしいが‥‥その後どうなったかは、よく判らん」
 バグアによる恒常的なジャミングのため、殆どの無線やTV放送が使用不能な中、数少ない情報源である短波ラジオ――それも雑音だらけのひどい受信状況であるが――から辛うじて聞き取った人類側放送の内容を思い出しつつ、アレフは看護士に答えた。
「どっちが勝ったにせよ、まあ我々には無縁の話だな。何しろここは、敵にも味方にも忘れられた土地だ‥‥」
 ため息をもらしつつ、男は窓の外に広がる廃墟の街を見渡した。

●東南アジア〜アラネシア共和国
 とりたてて資源もなく、平和と美しい自然だけがとりえだったこの小国は、およそ2年前、突如として大挙襲来してきたバグア円盤群によって滅ぼされた。
 オーストラリア攻略へと向かうバグア軍侵攻部隊の進路上にあったという、ただそれだけの理由で。
 当時UPCに加盟しておらず、装備も旧式だったアラネシア軍に抵抗する術はなかった。
 主だった都市は軒並み破壊され、全人口の9割は死亡するか、難民として他国へ流出した。1週間足らずで同国を焦土と変えたバグア軍は、その後占領軍さえ置かずオーストラリア方面へと飛び去っていった。

(「奴らにとっては、行軍の途中でたまたま踏み潰した蟻1匹にすぎなかったのだろうな‥‥このちっぽけな国は」)
 奇跡的に生き残ったわずかなアラネシア人――アレフもまたその1人である。
 元々軍医だった彼は、今では廃墟の街に小さな診療所を開き、限られた薬品や手術用具により細々と取り残された人々の治療にあたっている。
「ひとつ安心していいのは‥‥たとえUPC軍が負けても、もうあの円盤がここを襲いはしないってことさ。バグアの奴らもそこまで暇じゃないだろうし」
 ジョークのつもりでいったのだが、看護士はニコリともしなかった。
「‥‥そういえば、例の母子は?」
 ボロボロのタオルで手を拭いながら、アレフは話題を変えた。
「ええ、ファジャ君でしたら元気ですよ。お母さんの方は‥‥相変わらずですけど」

 2年前、バグア軍襲来による戦禍の中、崩壊する首都から逃げ延びてきた1人の若い女性がいた。当時妊娠していた彼女は頭部を負傷していたが、この診療所で保護され、幸い無事に出産し今では母子ともに健康でいる。
 ――ただし、母親が後遺症で記憶喪失に陥っていることを除けば。
 自分の名前も思い出せず、行き場もない女性は赤ん坊と共にこの診療所に引き取られる形となり、院長のアレフによって「ファジャ」と名付けられた男の子ももう2歳。
 患者や職員達からはマスコットのように可愛がられている。
「‥‥あの子の将来を思えば、一日も早く母親の記憶が戻るに越したことはないんだが‥‥仮に戻ったとしても、おそらく父親は‥‥」
 そういいかけたとき。
 激しい轟音と、地震のような揺れが診療所を見舞った。
「な、何だ!?」
 まるで飛行機事故――いや、本当に何か飛行機らしきものが墜落したらしい。
 元軍医のアレフはそう直感し、看護士に患者達を落ち着かせるよう命じてから、自らは診療所の外へ飛び出した。


 街を出て徒歩30分ほどの場所に、それは半ば地面にのめり込むような形で不時着していた。
「何だこれは? ‥‥UPCの戦闘機?」
 アレフは知らなかったが、それはオーストラリア方面を偵察中、バグア軍に撃墜されたUPC東アジア軍の偵察機「岩龍」だった。
 コクピットからの苦しげなうめき声を聞きつけ、機体の爆発を警戒しつつ歩み寄る。
 パイロットは重傷を負っているものの、どうやら息はあるようだ。
「おい、しっかりしろ!」
 半ば意識を失ったパイロットを引きずり出し、応急手当を施そうとしたアレフの目に、異様な物体が映った。
 遙か上空に浮かぶ、グロテスクな円盤。全長20mはあろうか。
 円盤の底部に音もなく穴が開き、そこから翼を生やしたキメラの群がわらわらと降りてくる。おそらく、目当てはこの戦闘機とパイロットだろう。
(「冗談じゃない! この国を、もう一度戦争に巻き込むつもりか!?」)
 心の中でバグアとUPC両軍を罵るアレフだが、かといって目の前の負傷者をみすみすキメラの餌食にするわけにもいかない。
『チャーリー3、ロビン。応答せよ。何があった?』
 コクピットの中から響いてくる声。
(「無線機‥‥通じるのか?」)
 とりあえずパイロットを地面に寝かせ、アレフは再びコクピットに潜り込んだ。

●ラスト・ホープ〜UPC本部
「緊急依頼‥‥アラネシアから?」
 オラン・ベンディークは斡旋所のモニターを凝視し、思わず口に出して呟いた。
 元アラネシア陸軍中尉の彼は、2年前のバグア襲来時ある孤島に取り残され、能力者の傭兵部隊に救出されたのが、つい半年ほど前の事である。
 ラスト・ホープの病院で祖国は滅亡したと聞かされ、今では彼自身が能力者(スナイパー)の傭兵としてバグアと戦っている。
 その日はちょうど北米の大規模戦闘が一段落し、休養のため久々にL・ホープへと戻ってきたばかりだった。
「偵察中の岩龍が墜落‥‥通報者は‥‥現地の医者? まだ生存者がいたのか‥‥」
 さらに依頼の詳細を読み進むオランの顔色が変わった。
 わずかな数の生存者が保護された診療所。そこの患者には、2歳の子供を連れた若い母親もいるという。
(「まさか‥‥!?」)
 当時、彼には妊娠中の妻がいた。
 祖国の滅亡と共に死亡したものと思っていたのだが――。
 UPCの依頼目的は「墜落した岩龍パイロットの救出」だが、もはやそんな文面はオランの目に入っていない。

 考えるより先に、彼の手は参加ボタンを押していた。

●参加者一覧

天上院・ロンド(ga0185
20歳・♂・SN
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ハルカ(ga0640
19歳・♀・PN
赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
黒崎 美珠姫(ga7248
20歳・♀・EL

●リプレイ本文

●ラスト・ホープ〜UPC空軍基地
(「小さな国だろうと、どんなに少ない人数だろうと、そこに困っている人がいるのなら、助けに行かない理由は無いわ」)
 愛機S−01の操縦席に乗り込みながら、黒崎 美珠姫(ga7248)は思った。
 一刻も早く現地へ駆けつけ、バグア軍の襲撃を受けている診療所を救わねばという気持ちが胸を締め付ける。
「敵にも味方にも忘れられた土地ですか‥‥」
 レールズ(ga5293)もまた、白を基調として翼に青いラインが入った塗装の自機とエンブレムを見上げつつ、バグアによって亡ぼされた小国の人々に思いを馳せた。
「‥‥この翼が少しでも人々の希望になれますように‥‥」
 小さく呟いてから操縦席へのタラップを昇る。
(「敵と戦えば市民に被害が出る事になる。長居をすればまた新たな敵を呼び寄せる事になる」)
 赤村 咲(ga1042)は自分達の部隊が派遣されることで、アラネシアを再び戦渦に巻き込む事態を憂慮していた。
(「早々に決着をつけて、立ち去るのがこの国の人々の為になるのだろうか‥‥それでも、何か。出来る事があるのなら‥‥」)
 そう思い直し、改めて操縦桿を握りしめる。
 そんな仲間達の緊張をほぐすかの様に、
『通常の依頼でKVに乗るのは初めてです。足引っぱらないように頑張りま〜す♪』
 傭兵と巨乳グラビアアイドルを兼業するハルカ(ga0640)が、無線で明るく挨拶した。

「オラン・ベンディーク? ‥‥以前、作戦で救出した狙撃兵か‥‥?」
 F−104の操縦席で依頼内容を確認した煉条トヲイ(ga0236)は、思わず口に出して呟いた。
(「あの救出作戦から既に半年も経つのか‥‥まさか、あの時の狙撃兵が能力者になっていたとは‥‥驚いたな」)
 かつて救助した相手が、今回は傭兵として同じ依頼に参加する巡り合わせに、何ともいえぬ感慨を覚える。
 積もる話は色々ある。また、生死不明という彼の家族の事も個人的にずっと引っ掛かっていた。もちろん、今はそれどころではないが。
(「‥‥もし、生きているのなら、これも何かの縁だ」)
 絶対に救出してやろう――固く心に誓うトヲイの目に、風防越しに滑走路を移動していく濃緑色のS−01が映った。褐色の肌の若いパイロットが、思い詰めた表情で空を見上げているのが遠目にも判る。
『今回貴方とペアを組む事になったリヒトです。この作戦‥‥何か見落としはあると思いますか?』
 おそらく家族の安否が気がかりであろうオランの心境を案じ、リヒト・グラオベン(ga2826)は彼に通信を送った。
『差し出がましいかもしれませんが、今回の任務で何か気なる事があるのでしょうか?』
 同じ事を思ったのか、櫻小路・なでしこ(ga3607)も無線で問いかけた。
『ああ。そうだ‥‥な』
 我に返った様なオランの返信。
『中型ワームには気をつけた方がいい‥‥俺もソウルや北米で奴らとやりあったが、小型の奴に比べて遙かに手強いぞ』
 あえて家族の件には触れず、自らの戦闘体験だけを端的に語るオラン。
『墜落した岩龍一機のためにこんな大それた物を投入してくるとは‥‥何かよほど見られてはマズイものでもあるのですかね?』
 天上院・ロンド(ga0185)が疑問を呈する。
『どうかな? 何しろオーストラリアといえば今やバグアの聖域だ。単なる示威行為とも考えられるが‥‥』
 そのとき、KV各機にUPC本部から通信が入った。
 出撃に先立ち、傭兵達が問い合わせていた墜落機(岩龍)の処分、パイロット確保後の処置、そして廃墟の街に残されている生存者――アラネシア国民に関する対応等への返答である。
 まず岩龍の機体については回収不可能なら破壊――といっても、現時点で既に中型ワーム内に運び込まれてしまった可能性が高いので、それはすなわちワーム撃墜命令と同義となる。
 またパイロットの身柄については医療班を乗せた高速移動艇を待機させてあるので、ワーム及びキメラの掃討が完了した時点で現地に派遣し収容する。
 そして他の生存者については、現地の状況について詳しい報告を受けた後で追って指示する、という連絡だった。
 最後に敵ワームのジャミング対策として正規軍の岩龍1機を同行させる旨が伝えられ、いよいよ傭兵達のKVは旧アラネシアへ向けて出撃することとなった。

●東南アジア〜旧アラネシア領上空
 緊急依頼のためL・ホープ発進後全機ブーストをかけた9機のKVは、瞬く間に墜落現場上空へと到達していた。
 中型とはいえ、直径20m近い飛行ワームが高度百mほどに滞空する姿はレーダーを見るまでもなく、すぐ目視で確認できた。
 バグア側もKV編隊の接近を探知したのか、地上を徘徊していたバフォメットが20匹近く、本能的にワームを守るため舞い上がってくる。
 これは傭兵達にとってはむしろ好都合だった。下手に地上で戦い市街地に被害を及ぼすくらいなら、向こうから空に上がってきてくれた方が遙かに戦いやすい。
 まずは対キメラを担当するスイープ隊、リヒトをリーダーになでしこ、レールズ、そしてオランがバフォメットを迎え撃つ。
「ここは1匹も通らせませんよ!」
 レールズ機の放ったG放電の雷撃が、西洋の悪魔を思わせる有翼キメラの群を遠距離からひるませる。
 次いでなでしこ機がK−01ミサイルを発射。嵐のごとく斉射される小型ミサイル250発を浴びたキメラ5匹が黒こげの肉塊と化し、バラバラ地上へ墜ちていった。
 それでも第1波の攻撃を潜り抜けた残りの十数匹が近接距離まで肉迫し、小さなブラックホールにも似た闇弾、あるいは目も眩むような光弾を両手から放ち反撃してくる。
「シェイドに比べれば遅い!」
 レールズ、なでしこ両機はキメラの攻撃をかわしつつ、高分子レーザー砲により一匹、また一匹と確実に墜としていった。大規模作戦でシェイドやステアーといった怪物機を相手にしてきた彼らにしてみれば、所詮「翼で空を飛べる」程度の中型キメラの動きなど鈍いものだ。
 その間、リヒトとオランは診療所を守るため先行して地上降下。
 そしてトヲイをリーダーとするデバッグ隊――ロンド、ハルカ、咲、美珠姫は最大の敵である中型ワームへと向かった。
 目視で確認したところ、地上に墜落したという岩龍の機体は見あたらない。
 既にバフォメット達の手により、ワーム内へと持ち去られたのだろう。
『やはり、奴を墜とす他ないな――行くぞ!』
 護衛のキメラでは太刀打ちできないと判断したか、ワーム本体からKVを狙い淡紅色のプロトン砲、紫色の収束フェザー砲がさかんに放たれる。
『此方の機体が改造してあるといっても、相手は中型ですからね‥‥油断は禁物です』
 ロンドの忠告どおり、シェイドやギガワームに比べれば遙かに格下といえ、侮れぬ相手であることに違いはない。
 5機のKVはなるべく市街地から引き離す形でワームを引きつけてから、ミサイルやG放電装置等の中・遠距離兵器による集中砲火を浴びせた。
 慣性制御によりしぶとくかわすワームだが、機体の大きさが災いしてか何発かを被弾した。フォースフィールドの赤い輝きと共に、閃光と爆煙が円盤を包み込む。
 敵の攻撃が途絶えた間隙を縫い、トヲイのバイパーが先陣を切って突入、空戦スタビライザーを使用しつつ高分子レーザー砲を照射。
 続くハルカ機が肉迫してガトリング砲の弾幕を浴びせ続ける。
「診療所は撃たせないわよ!」
 ワーム側の反撃も受けるが、彼女は敵の注意を自機にひきつけ、市街方向への攻撃を防ぐため執拗に食い下がった。
「ただ‥‥狙い撃つのみ‥‥!」
 ロンドはスナイパーライフル、咲はG放電装置による支援射撃を行う。
 また美珠姫は威力が大きい代わり命中率に難のあるP−115mm滑空砲を、ブレス・ノウで補いつつ撃ち込んだ。
 慣性制御を駆使して攻撃をかわし、各種光線を乱射して抵抗を続けたワームだが、G放電の集中放射とトヲイ機のレーザー攻撃によるダメージが効いてきたのか、徐々にその動きが鈍ってくる。
 ここぞとばかり、咲が温存していたUK−10AAM4発を発射。
 他の僚機も一気に距離を詰め、レーザーやガトリング砲による近接攻撃を浴びせかけた。
 ふいにワームの巨体がガクガク震えたかと思うと、力尽きた様に大爆発を起こす。
 内部に鹵獲した「岩龍」もろとも、その機体は木っ端微塵に爆散し、眼下の山岳地帯へと墜落していった。

●祖国への想い
 デバッグ隊が上空で中型ワームと死闘を演じているさなか、リヒトを始めとするスイープ隊は先行して廃墟と化した旧アラネシア市街へ踏み込み、地上へ残ったキメラの掃討にあたっていた。
 生き残り数は少ないものの、キメラとしては知能の高いバフォメットは建物の陰に隠れ、KV側が近づいてきた所で闇弾、光弾により攻撃してきた。
 対するリヒトとオランは、生存者を巻き込む可能性を考慮して火器の使用は避け、ライト・ディフェンダー等の白兵戦兵器により一匹一匹仕留めていく。
 やがて上空のキメラを片付けたレールズ、なでしこも合流し、一行は人型形態のKVに搭乗したまま目的地の診療所へと向かった。
 本部より伝えられた街区に到着すると、廃棄されたオフィスビルで現在は「診療所」に使われているという建物と、そこに侵入を図る1匹のバフォメットの姿が見えた。
「不味いですね‥‥」
 ここでKVの武器を使えば診療所に被害が及ぶ。
 すかさずリヒトとレールズが機体から飛び降りて白兵戦を挑み、スナイパーのなでしことオランはコクピットから援護の狙撃にあたった。
 生身の敵としてはかなり手強いバフォメットであったが、4対1の戦闘で徐々にその体力を削られていく。
「一撃で仕留めさせてもらいます!」
 最後はリヒトが切り札の瞬即激でとどめを刺した。

「止まれ! 貴様ら‥‥バグアか!?」
 KVから降りた傭兵達が診療所に入ろうとした時、入り口に白衣を羽織った中年男性がショットガンを構えて立ちふさがった。
 彼が無線を通して通報してきた元軍医のアレフだろう。
「あ、アラネシアが侵攻された時はまだ能力者やKVは無かったんでしたっけ?」
 レールズの言葉どおり、エミタ移植による「能力者」の出現は2006年10月のこと。それ以前に壊滅し、以後外部の情報から殆ど隔絶されてきたアラネシア人にとって、覚醒状態の能力者などそれこそ「宇宙人の仲間」と映ってもおかしくはない。
「軍医殿! 彼らは友軍です。貴方の通報を受けてUPCから派遣されて参りました」
 覚醒を解いたオランが一歩前に進み出て、姿勢を正し敬礼した。
「貴様‥‥アラネシア人か?」
「陸軍第228中隊狙撃班所属、オラン・ベンディーク中尉。ただいま本国に帰還いたしました」
「‥‥あの部隊は、どこかの島で全滅したと聞いていたが‥‥よく生きてたな」
 同胞の言葉を聞いてようやく納得したのか、アレフが銃口を下に降ろす。
 ちょうどその時、北の山地の上空で大爆発が起り、バラバラになった中型ワームの破片が煙を引いて落下していった。
「あの戦闘機が、ラジオで聞いたKVか‥‥せめて2年前、あれが救援に来てくれればな‥‥」
 複雑な表情を浮かべ、アレフが呟いた。

 遅れて合流したデバッグ隊の面々も含め、傭兵達はアレフの案内で診療所の一室へと招かれた。
 ベッドの上で、救出された「岩龍」パイロットが点滴を受けながら眠っている。
「両手両足骨折の重傷だが、命に別状はない。早いところ、設備の整った病院に運んでやるんだな」
 この場にサイエンティストがいれば練成治療してやれるのだが、残念ながら今回のメンバーには参加していない。UPC本部には既に連絡済なので、間もなく医療班を乗せた高速移動艇が到着する手筈になっていた。
「五大湖の作戦は引き分けです。ただ敵に大打撃を与え、特殊な兵器の奪還に成功しました」
「なるほど‥‥この2年間に色々あったようだな」
 レールズの説明を受け、興味深げに頷くアレフ。
「救援には感謝する。ただ申し訳ないが、このパイロットを収容したら早めに帰ってくれないか? またバグアどもに攻めてこられてはかなわん」
「全ての生存者を助けられる訳では無い事位、理解している‥‥だが、出来る限りの事はしたい。例え偽善者と罵られたとしても」
「岩龍がこの国に墜落したのは、この国を戦争に巻き込むためじゃないわ。この国に、必死に生きている人達がいることを、私達に教えるために起きた出来事なの」
 トヲイと美珠姫が、アレフの不信感を晴らそうと、懸命に説得する。
 なでしこは本部の了承を得て、診療所の看護士と共に入院患者の治療にあたっていた。
 ただし患者といっても、この診療所に入院できた者はまだ運のいい方だ。
 全土が廃墟と化したこの国で、いったいどれだけの生存者が残っているのかは、アレフ自身にすらよく判らないとのことだった。
 そんな中、落ち着かぬ表情で診療所内を見回していたオランが、胸ポケットから一枚の写真を取り出しアレフに見せた。
「この診療所に、赤ん坊を連れた若い母親が入院していると聞きましたが‥‥もしやこの女性では?」
 アレフはじっと写真を見つめたが、やがてすまなそうに首を横に振った。
「残念だが、別人だ」
「そうですか‥‥」
 オランの肩ががっくりと落ちる。
「気を落とさないで、オランさん‥‥奥さんやお子さんだって、きっとどこかで生きてますよ」
 見かねたハルカが、そっと慰めた。

 やがて移動艇が到着し、岩龍パイロットの他、診療所の患者で特に症状の重い10名ほどをL・Hの病院に運ぶべく搬送していった。
 アラネシアの復興については、近々ASEAN(東南アジア諸国連合)が調査団を派遣、その後段階的に救援部隊を送り生存者の支援や街の再建にあたるとの事だった。
「ここはまた戦火に巻き込まれるかもしれません。勝手なのはわかりますが‥‥また助けに来ます。必ず」
「その言葉を信じよう‥‥よろしく頼む」
 真剣な表情でいうレールズに、アレフが握手を求めた。
「人類が人類を見捨ててはいないことを証明したいの。少なくとも、その努力をすると約束する」
 美珠姫は不足している医療品の足しに、と自らの救急セットを寄付した。

「あんたには2度世話になったな‥‥今回と、あの島で助けられた時と」
 帰り際、KVへ向かうトヲイにオランが声をかけた。
「短い間だったが、一緒に戦えてよかった‥‥KVをUPCに返したら、俺はまたここに戻る。家族を捜すのももちろんだが‥‥能力者としての力を、少しでも祖国の再建に役立てるために」
 そういって、若き狙撃兵は診療所のビルを名残惜しそうに振り返った。

<了>