タイトル:マリアの求職マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/14 21:09

●オープニング本文


「貸して。‥‥暗視ゴーグルとジャングルブーツ」
 その少女は、本部斡旋所の受付に来るなり、抑揚のない声でいった。
「必要なの。今度の依頼に」
 まだ女子高生のような年頃である。銀色のショートボブヘアに色白の顔、そして青い瞳。
 華奢な白いドレス姿と、肩にかけた重そうな剣(ヴィア)が非常にミスマッチである。
 応対に出たULTの女性オペレータは、少女が差し出したIDカードをリーダーに通して検索した。

『氏名:マリア クラス:ファイター 2008年2月×日傭兵登録』

(「ああ、この子が‥‥」)
 かつて東南アジアのカメル共和国で行われた違法プロジェクト「DF計画」によりエミタ移植を受けた能力者。一時は仲間達と施設を脱走してバグア陣営への亡命を図ったが、その後UPCが派遣した傭兵部隊に拘束され、様々な経緯をたどり現在は逆にマリア自身が傭兵としてラスト・ホープに滞在している。
 彼女がヴィア1本だけ持って登録に来たときは、オペレータ達の間でも結構話題になったものだ。
 それはさておき――。

「申し訳ありません。そういうアイテムは、お貸しできないんですよ」
「なんで? 申請すれば貸してくれるって‥‥研究所のナタリア先生に教わった」
「ええと、アイテムの貸与にも一定のルールがありまして‥‥まず、既にショップで販売されている武器や道具は、原則お貸しできません。ただし例外もあって、依頼内容に予めアイテム貸与が含まれているケースもありますけど」
 相手が初心者という事で、オペレータも噛んで含めるように説明した。
「それと、あまり高価だったり特殊なアイテムも不可ですね。潜水用具とか、車とか‥‥いえこれも、依頼によっては現地のUPC軍で貸してくれるケースもありますが。原則として、こちらで貸与可能なのは小型無線機や携帯電話‥‥その他、コンビニで買えるような日用品レベルの品、ということになります」
 以前はこのあたりの基準も曖昧で、オペレータや研究所スタッフ個人の裁量で高価なアイテムを貸していた時期もあった。しかし名古屋防衛戦、五大湖解放戦と大規模戦闘が相次ぐ中で軍の物資も窮乏し、最近では「アイテム貸与の際は、たとえ軍手1組でも上司の許可を得ること」と上から厳しいお達しが来ている。
 要するに、それ以上の品は「自分で買って揃えろ」という事だ。

「‥‥そうなの」
 マリアは少しがっかりしたように答えると、踵を返して斡旋所のモニター前へと引き返した。
 彼女は『廃ビルの地下に潜むキメラ討伐』の依頼に参加するつもりだった。
 しかし場所が暗闇のうえ足場も悪いため、参加条件としてSES武器の他に暗視ゴーグルと頑丈なブーツが指定されていたのだ。
 モニターの前でぼんやり立っていると、間もなく数人の傭兵達がやってきて、
「おっ。この依頼よさげじゃね?」
「ラッキー! あたし、この間特別アイテムで暗視ゴーグル買ったばかりよ♪」
 ワイワイと楽しげに参加ボタンを押し、たちまち枠は埋まってしまった。

「‥‥」
 ぽつねんとその場に佇んでいるマリアを見かねて、オペレータは少しの間同僚に仕事を代わって貰い、少女のそばに駆け寄った。
「あのう‥‥何でしたら、特別な装備を必要としない依頼もありますよ? ボディガードとかイベント警備とか‥‥とりあえず、そういった依頼で資金を稼いでは如何です?」
「そういうの‥‥よくわからないから」
 マリアはポツリと答えた。
 諸般の事情により、彼女はカメルで能力者になる以前の記憶を殆ど喪失している。
 ファイターとしての戦闘技術はかなりの水準で訓練されているものの、逆に社会生活に必要な常識となるとすっぽり抜け落ちているのだ。
(「困ったわねえ‥‥」)
 このまま捨ておくこともできず、オペレータもしばし考えていたが。
 やがてポンと手を打ち、
「なら、バイトを捜してみたらどうでしょう? あなた自身が求職の依頼を出せば、きっと先輩の傭兵さんがお力になってくれますよ」
「でも私、そんなお金持ってない‥‥」
「心配ありません。うちはキメラ討伐だけでなく、そういった個人的な相談事を無料で仲介する依頼も扱ってますから」
 ためらいがちなマリアに、オペレータはにっこり笑ってアドバイスした。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
ハルカ(ga0640
19歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
八重樫 かなめ(ga3045
16歳・♀・GP
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
ケイン・ノリト(ga4461
30歳・♂・FT
時雨・奏(ga4779
25歳・♂・PN
忌瀬 唯(ga7204
10歳・♀・ST

●リプレイ本文

「‥‥あのときの彼女が、今はこちらにやってきてバイト探し、ですか。彼女のことはずっと気になっていたんですが‥‥少し安心しましたね。問題は山積のようですけど」
 過去、カメル共和国で逃亡するマリア達DF隊員の追跡依頼に関わったリディス(ga0022)が感慨深げにいった。
「依頼に入れない。その理由が装備が揃えられないから‥‥というのはほんと〜に悔しいよねぇ‥‥いや、実は最近同じことがあったもので。だからですかねぇ、なんとかしてあげたいと思うのです」
 と苦笑するのはケイン・ノリト(ga4461)。
 自らの実体験と重なるとあってか、やはり人事とは思えないらしい。
「初対面だけど、何かマリアちゃんの役に立てればイイな」
 ハルカ(ga0640)はハルカで、今回の依頼成功はもちろんだが、同時に近頃遊戯場のカジノで負けが込んで廃れた己の気分を癒したい、とも思っていた。
 ULTオペレータを通してマリアの窮状を知った傭兵達は、無報酬にも拘わらず、何とか手助けしようと兵舎内にある彼女の部屋に向かっている所である。
 そんな中、新条 拓那(ga1294)は独り浮かない表情だった。
 やはりDF計画絡みの依頼に参加し、マリアの仲間であり、あるいは恋人であったかもしれないシモンを倒したのは、他ならぬ自分なのだから。
 あのままバグア側への亡命を許せば、人類側にとって重大な危機を招くところだった。
 あの時点ではやむを得ない選択だった――それは判っていても、心情的に彼女の大切な人を奪ってしまったという負い目はいかんともし難かった。

 マリアの部屋の前でインターホンのボタンを押したが、返事はない。試しにドアを開けてみると、実は鍵すらかかってなかった。
 ひと声かけて中に入った傭兵達は、奇妙な光景に眉をひそめた。
 ベッド、デスク、クローゼットなど備え付けの家具を除き、殆どインテリアらしきもののない殺風景な室内。そしてそのベッドの上に――。
 1人の少女が腰掛け、虚ろな視線を宙に投げかけていた。
「‥‥」
 部屋を訪れた傭兵達に気づき、無表情のまま振り向いたマリアだったが、その中にリディスの顔を見たとき、初めてビクっと身を強ばらせた。
 カメルで戦った際、マリアは囮役としてリディスを誘き出し、結果としてシモンの狙撃で負傷させている。彼女自身が手を下したわけではないが、あの時自分がどういう役割を果たしたかは自覚しているのだろう。
「お久しぶり、マリアさん。お元気にしてましたか?」
 少女を怯えさせないよう、リディスはにっこり笑って挨拶した。
「心配ないよ。この前いったとおり、ボクらはもう仲間なんだから、ね?」
「うむ。バイトを捜しているそうだな? 及ばずながら、力になろう」
 拘束後のマリアを一度故郷の街まで護衛し、ある程度うち解けている八重樫 かなめ(ga3045)とイレーネ・V・ノイエ(ga4317)が傍らに寄り添い、彼女を落ち着かせるように来訪目的を説明する。
「マリアちゃん、よろしくね〜」
「えと‥‥ボクも‥‥応援‥‥します‥‥」
 初対面となるハルカや忌瀬 唯(ga7204)からも声をかけられ、動揺していた少女は、ようやく納得したようにこくん、と頷いた。
「ほな、さっそく本題に入ろうか〜?」
 場の空気がやや和んだタイミングを見計らい、時雨・奏(ga4779)がパンッ! と手を打った。

 何はともあれ、バイト捜しから――これは、予め傭兵同士の打ち合わせでも決まっていた。問題はマリアに適したバイトは何か、そしていかにして捜すか。
 まずはオーソドックスに、各自が持ち寄った求人誌、求人広告などをまとめて彼女に見せてみる。能力者の傭兵も含め25万の人間が生活するL・ホープはそれ自体が一つの都市であり、新聞配達からコンビニ店員、喫茶店等あらゆる職種に渡り求人があった。
 しかし能力者とはいえ未成年でこれといった資格や職歴もないマリアの場合、おのずと職種も限られてくる。
「よくわからない‥‥私、何をすればいいの?」
「俺達は何も強制はしないよ。自分で決めるんだ。それが自分の足で歩くってことさ」
 拓那はそう諭したが、13歳のとき違法組織に拉致されて以来、常に周囲の大人達から命令されるがままに生きてきたマリアにとって「自分の意志で働く」という事自体、まだピンとこない様子だ。
 そこで傭兵達も手分けして、何とか彼女でも務まりそうな求人をピックアップしてやることにした。
「こういうことをしていると、本当に親になったような気分ですね」
 求人誌をめくりながら、思わず微笑するリディス。
 その結果、セレクトした幾つかの求人――「喫茶店」「花屋」「ペットショップ」からマリア自身に選ばせる事になった。これには「接客」、あるいは「花や動物のとの触れあい」により、過去の辛い記憶から未だに心を閉ざしている彼女にとっての精神的セラピーという意味合いもあった。
「‥‥」
 目の前に並べられた求人広告を無言で眺めていたマリアだったが、やがて顔を上げ、ポツリといった。
「‥‥お花屋さんが、いい‥‥」
 その視線の先には、デスクの上でコップに活けられた、小さなチューリップの花束がある。
 無機質な部屋の中で、唯一年頃の少女らしい装飾。
 それは、先日のバレンタインパーティーである傭兵から贈られたものだった。

「職種が決まったら、次は就職活動だな。こういう事は、まず身嗜みが大事になってくる」
 とイレーネ。
「‥‥どうもドレスしか着る物無いみたいやし、バイト以前に生活用品とかいるかな」
 奏の意見により、一同はとりあえずマリアを連れ、L・ホープのショップへと足を運んだ。

「というわけで、ここがわしら傭兵御用達の店や」
 あいにく看板娘の少女は所用で外出しており、その日の店番は別のULT職員が務めていたが。
「毎日の始まりか終りは、支給品貰って使えん物はその場で売る! これ傭兵の基本な」
「あれ‥‥お金になるの?」
 マリアが不思議そうに聞き返した。どうやら傭兵達に一日一度支給される無料アイテムの事は教わっているらしい。聞けば、今日まで食料や飲料、その他日用品はショップの無料支給アイテムで細々とまかなってきたとのことだった。
「でも、煙草は捨ててた。‥‥吸わないから」
「もったいないな〜、わしが買い取ってやったのに」
 そこで一度彼女の部屋へ戻り、今まで支給されたアイテムのうち不要な物をまとめてショップで売ると、けっこうまとまった金額となった。
「じゃ、他所の店いくで‥‥ここは高いし種類もそんな無いしな。女の子やからアクセサリもいくつか買って、みんなで飾ったろ」
 そこまでいってから、奏はふと思い出したようにポケットをまさぐり、
「そーいや、前にチョーカーがわしの支給品で出たからやるわ」
(「男性用と女性用くらい分けろや腹黒福袋め‥‥」)
 ちなみに特別アイテムは男女区別なく、ランダムに支給される。故にたまたま当たったセーラー服を、宝物として隠し持つ男性傭兵も多いとか、多くないとか。
 能力者専用のネックレスを受け取ったマリアはやや戸惑ったように見つめていたが、やがてほんの少し嬉しそうに、自分の首に付けた。

「それじゃ、アルバイト探しながら街でも歩こうか?」
 アイテム売却の資金でひと通り外出用のドレスなど買い揃えてやった所で、かなめがマリアに提案した。
 自らマリアと共に働くつもりだった彼女は、予めULTに申請し、未成年でもバイトができるよう身元保証書など必要な書類を発行してもらっていた。一応履歴書も書かせてあるが、既に家族も故郷の街も失ったマリアには、名前と兵舎のアドレス以外殆ど書くべき内容がなかった。
 人混みの中を一緒に歩くときは、はぐれないよう手をつないでやる。
 道すがら、さりげなく質問して抜け落ちている常識がどれ位あるか確かめてみた。さしあたり日常生活に支障があるほどではないものの、外で働くにはまだ教えるべき事は多そうだ。
「最初のほうは色々と怒られたりもすると思いますが、それはきっとあなたのためになりますから。辛抱強く、その言葉の意味を考えてみてください。分からないことも沢山あると思いますが、そんな時は素直に聞くこと。指示待ちになるのではなく、自分から積極的に動くこと。バイトでも傭兵の仕事でも、その辺は変わらないですよ」
 まるで姉か母親のように、親身になってリディスがアドバイスした。

 求人誌に何件かあった花屋店員の募集のうち、傭兵達が目をつけたのは、兵舎からそう遠くない場所にある花屋『ヴィオラ』だった。未成年可で比較的時間に融通の利くパート店員を募集しているのが、そこしかなかったのだ。
「ここは‥‥アットホームな‥‥感じ‥‥?」
 商業区の一角にこじんまりと建つ店内をさりげなくチェックする唯だが、一見の客には花屋などどこも同じに見えてしまう。

「うちは場所柄、傭兵のお客さんはよく来るけどさ‥‥まさか傭兵さんが応募してくるとはねぇ」
 30代半ばの女店主・ローザは、殆ど白紙に近いマリアの履歴書と、スカートの端を両手で掴んだまま固く俯く本人を見比べながら、困ったような顔でいった。
 マリア自身についてはむろんDF計画絡みの部分は伏せ、ただ戦災孤児で様々な経緯により過去の記憶を喪失していること、そのため一般常識に疎く、社会復帰の途上であることを事前にイレーネが説明した。
「気の毒な身の上だってのは判るけど‥‥こう見えても、花屋の仕事って意外にキツいよ? 客商売だってのはもちろんだけど、その他にも仕入れた生花の手入れだの、商品の種類だの、フラワーアレンジメントだの、覚える事も多いし‥‥この前雇った子なんか、3ヶ月足らずで音を上げて辞めちまったしさぁ。悪いこといわないから、もっと簡単なバイトでもいいんじゃない?」
(「やっぱり駄目か‥‥」)
 がっかりしたように顔を見合わせる傭兵達。
 そのとき、初めてマリアが顔を上げ、
「でも、私‥‥やりたい」
 小さな声だが、きっぱりといった。
 そこで傭兵達は改めてローザと交渉し、マリアが慣れるまで拓那、かなめ、イレーネがサポート要員として無償で働くこと、何かトラブルが起こったら自分達が全責任を負うことを条件に、ようやく女店主にマリアの採用を承諾させた。
 とりあえずバイトの口は見つかったものの、前途は多難である。
「マリアさん‥‥大丈夫でしょうか‥‥?」
 不安を隠せない唯に対し、
「まー過保護になる事もないやろー。失敗も経験やでー」
 あっけらかんという奏であった。

(「彼女が困難に直面した場合、全てを自分達が解決するのではなくて、適度な助言を与え、彼女自らの力で困難を乗り越えさせる‥‥と言った形が望ましいかな」)
 いつもの戦闘服を普段着のドレスとエプロン姿に着替えたイレーネが、かなめと共に店内の鉢植えに水をやるマリアを見やりつつ思う。
 唯一の男手である拓那は、倉庫の棚卸しだの商品の配送だのと、早速あれこれこき使われていた。
「なんで、私のためにここまでしてくれるの? ‥‥報酬は払えないのに」
「それは、ボクもそうだったんだからなんだよ」
 問いかけるマリアに、かなめが答えた。
「此処に来て直ぐでお金も無くて、色々在った時に同じように助けてくれた人が居たんだ。ボクはその助けてくれた人に恥じないように在りたいと思ったんだよ」
 自らがL・ホープに移住した当時を回想しつつ、述懐するかなめ。
「同じ境遇の人が居るなら、困ってる人が居るなら助けるように動く。何もせずに後悔するよりも何倍も良いんだよ」
 そのとき、
「ちょっと、お客さんだよー! こっちは手が離せないから、お願いねーっ!」
 店の奥から女主人の声が響く。
「さっ、お仕事、お仕事。接客中は常に笑顔を忘れない、注文を聞き漏らさない、明るく元気良く。理不尽な要求にはぐっと感情を堪えて応対、だよ?」
 にっこり笑顔のかなめに背中を叩かれて、マリアも「‥‥うん」と小さく頷き、レジの方へと向かった。

 一緒に働いている3人を除くメンバーは、時間をおいて普通の客を装い、さりげなくマリアの様子を窺った。
 まずはケインと唯。実年齢はさておき端から見ると兄姉、いや親子ほど歳が離れて見える2人なので、とりあえず親子連れを装い店に顔を出す。
「1人で‥‥お店に入るのって‥‥苦手‥‥なんです‥‥」
 おどおど周囲を気にする唯に比べ、
「どうですか〜、初めてのアルバイトは」
 ケインの方はいつものごとく、至ってのほほんと構えている。
「いらっしゃい‥‥ませ」
 かなめに背中を押されるように応対に出たマリアは、何とか笑顔を作ろうと努力している様だが、まだぎこちなさが抜けていないようだ。
 とりあえず作り置きの花束を一つ購入すると、
「今後も何か困ったことがあったら、遠慮せず連絡下さいね〜。借金以外の相談なら喜んでのりますよ〜」
 のんびりした口調で少女を励まし、ケインは唯と共に店を後にした。

 続いて店を訪れたのはハルカとリディス。
「ん〜っとね、これとあれと‥‥それと‥‥これ。あと、それとあれと‥‥これも下さい♪」
 悪戯っぽく笑い、わざとあれこれ注文してみるハルカ。
 いちいち真面目に対応しようとしてあたふたするマリアを見て、
「かわいいなぁ‥‥マリアちゃん、頑張ってね♪」
 と、思わず頭をなでなでしてしまう。
「社会へ出ることは、必ずあなたの可能性を広げてくれます。きっと忘れたものだって、その中で取り戻せるはずです。楽しいことばかりではないけど、辛いことばかりでもありません。頑張ってくださいね」
「‥‥はい」
 リディスの言葉に照れくさそうに微笑むマリア。まだぎこちなさは残るものの、最初に兵舎で会った頃に比べると、その笑みはずっと自然なものになっていた。

 配達から戻ってきた時、イレーネやかなめが休憩に入り、たまたまマリアが独りで花の世話をしている所を見た拓那は、歩み寄って話しかけた。
「『彼』も一緒にここにいれば良かったんだけどね。すまない、俺の力不足で『彼』を‥‥」
 そこで初めてシモンを倒したのが自分であることを告白した。たとえ彼女から憎まれようと、これだけは打ち明けておきたかったのだ。
「‥‥」
「それでも君は自ら未来へと歩き出そうとしてる。筋違いかもしれないけど、それが俺は凄く嬉しいよ。ありがとうな」
「‥‥あの人は‥‥いつもいってた。この世界にはもう何の価値もない‥‥人類は、選ばれた一握りの人間だけ残して‥‥バグアに滅ぼされるべきだって」
 マリアは拓那から目を逸らし、目の前に並ぶ花の棚を見つめた。
「私は、選んでもらえなかったけど‥‥後悔してない。まだこの世界で‥‥生きていける気がするから」
 花束作りの際、余って切り落とされた一輪のチューリップを摘み上げ、少女は拓那に差し出した。
「ね‥‥そうでしょ?」

<了>