●リプレイ本文
●プロローグ
移動艇の中に「その男」が現れたときから、その場に集まっていた傭兵たちは一様に異様な気配を感じていた。
黒いロングコートを羽織ったその男は、影のように足音も立てず艇内に乗り組むと、空いている座席に腰掛け、灰色の瞳で一同を見渡した。
「‥‥ラザロだ。今回が初任務でね‥‥よろしく頼む」
「あなた、正規の軍人さんなんですよね? 何でも、訓練生としてラスト・ホープに来たとか」
最初に声をかけたのは真壁健二(
ga1786)だった。
「軍人? ああ、あれは表向きのことさ」
口許に皮肉げな笑いを浮かべ、ラザロが答えた。
「知ってのとおり、俺の本国はバグアとの戦争で政府も軍もガタガタの有様でね‥‥エミタの移植を受けたのはいいが、初期訓練もままならないから、とりあえず少尉の肩書きだけ付けてこっちに預けられた。‥‥まあ、そんなとこだ」
「クレア・フィルネロス(
ga1769)です。今回はよろしくお願いします」
「どうも」
「その‥‥正規の軍人でなくとも、バグアとの戦闘経験はお持ちなんですよね?」
「いや、全然。だから、俺の方こそあんた方に聞きたかったんだよ。バグアだのキメラだのってのが、いったいどんな連中か‥‥いや、もちろん知識としては知ってるが」
ラザロを除く全員が、怪訝そうに顔を見合わせた。
バグアやキメラと闘った経験がない‥‥?
1999年の大侵攻以来、人類とバグアの全面戦争はもう8年に及んでいる。だいいち本国が交戦地域なら、たとえ民間人でも、バグア本体はともかくキメラくらいは目にしているはずだ。
「ちょっと失礼なこと聞くようだけど‥‥おまえ、傭兵になる前は何やってたんだ?」
若い娘にしてはぶっきらぼうな言葉遣いで、ゴンタ(
ga2177)が尋ねる。
「『入院』していた。たまたま検査中に、能力者の適性が判明してね‥‥しかし驚いたよ。久しぶりに外に出てみれば、世界がすっかり変わってたんだから」
「入院って‥‥おまえ病気なのか? 体は大丈夫かよ?」
「なに、心配ないさ。任務に支障を来すほどのもんじゃない」
そういって横を向き、ラザロは移動艇の窓から見える青い空と海原を見渡した。
「いい眺めだ‥‥『病院』じゃなかなかお目にかかれないな」
「何だか、違和感を感じるな‥‥」
ツィレル・トネリカリフ(
ga0217)が率直な感想を口にした。
「傭兵に変わった人が多いのは確かですが‥‥少し注意した方がよさそうですね」
と鳴神 伊織(
ga0421)。前回の任務で受けた負傷がまだ完治していない彼女は、まだ万全の体調とは言い難かった。
「たまたま仕事で一緒になっただけの仲でしょ? 多少ソリが合わないだけで気にしてたら、傭兵稼業なんてやってられませんよ」
割り切った調子でいうのはスケアクロウ(
ga1218)。
そのとき、少し遅れて入ってきた新条 拓那(
ga1294)が一同に声をかけた。
「よろしくお願いするよ。頑張って救助者を安心させてあげよう!」
それから艇内の不穏な様子に気づき、
「‥‥どうしたんだ?」
ゴンタたちから事情を聞き、やや警戒したようにラザロを観察する。
「確かに‥‥妙な奴だな。今まで会った傭兵や軍人とは、何か違う感じがする」
「人命に関わる任務です‥‥この際、はっきりさせておきましょう」
それまで腕組みしてじっと考え込んでいた鋼 蒼志(
ga0165)がやおら立ち上がった。
つかつかラザロの方へ歩み寄り、
「一つ質問していいですか? 例えば敵となるバグアがいて、その近くに要救助者がいるとします。あぁ、詳しい容態などは不明ということで、あなたならどう対応します?」
「何だい、それは? 何かの心理ゲームか?」
「真面目に訊いてるんですよ。つまり、あなたの実戦に対する認識を伺いたいということで」
「なるほど。そりゃ当然、要救助者を助けるさ。‥‥ただし」
「ただし?」
「もしそのバグアが人間に取り憑いていたら‥‥いったいどうやって『要救助者』と区別すりゃいいんだい?」
さすがに蒼志も口ごもった。
バグアに依代とされた人間の判別――これは、未だに人類側の抱える難題の一つでもある。捕獲して精密検査でもすれば判るだろうが、実際問題として戦闘中にそんな悠長なこともできまい。
「ともかく、判ってるでしょうが‥‥くれぐれも予断だけで、救助対象の人間とバグアを取り違えないでくださいよ」
「ああ。気をつけよう」
それだけいうと、ラザロは目を細め、両手に装備したファングの刃をひどく嬉しげに見つめた。
「なあ、高速艇なんだが、差し支えなければ俺に操縦させてもらえないか?」
ツィレルがふと言い出した。
「後々のため、色々やれるようになっておきたいんだ。あと、必要な物資として鎮静剤を申請しておこう」
出発の時間が迫っていた。
希望通りツィレルに操縦を任せ、浮上した移動艇は目的地を目指して動き始めた。
●怪虫の島
日本近海、沖之亀島。全島民合わせても二百人弱という小島だが、その小さな港に押し寄せた避難民の姿は上空の移動艇からも視認できた。
「かなりの数ですね‥‥とてもこの艇には乗せられませんよ」
伊織が不安そうにいう。
初操縦の割には巧みに移動艇を操り、ツィレルが艇を港近くの海岸へ降ろした。
「UPCの方ですか? どうも、お疲れ様であります」
島の警官が駆け寄って敬礼する。バグア襲来前の時代であればのどかな「島の駐在さん」で済んだのだろうが、今や対キメラ用の武骨なSMGを肩から吊っている。
警官ばかりではない。後方とはいえいつキメラに襲われるか判らないこの時代、かつて銃規制の厳しかった日本ですら、一般市民による武器の所持が黙認されているのが実情だ。
「早速ですが、島に現れたというキメラと、住民の避難状況をお聞かせ願えますか?」
傭兵たちを代表して、蒼志が警官に尋ねた。
「はあ。目撃者の話では、体長が2m近くもあるカブトムシみたいな奴が2匹‥‥数は少ないですが、猟銃程度じゃとても歯が立たなかったそうです」
「ビートル‥‥でしょうかね? 甲虫タイプのキメラとしては、一番報告例が多い」
クレアがつぶやいた。
「だとすれば大した特殊能力はないはずですが‥‥ただし防御が固いのが厄介ですね」
「負傷者も含めて、住民は港の前に避難させてます。UPCの海軍さんが輸送艦を回してくれるそうですが‥‥どうも、あと2時間はかかりそうですなあ」
そこで警官は言葉を濁し、
「実は‥‥まだ6名が行方不明なんですよ」
移動艇の中で確認した島の地図を思い描き、蒼志は考え込んだ。
取り残された生存者がいるとすれば、島に唯一ある小さな町の何処か。1時間もあれば充分歩いて回れる広さだ。ただし、途中でキメラに遭遇する可能性を考慮すれば、捜索班と掃討班は行動を共にした方が無難だろう。
また、輸送艦が来るまでの間、港にいる避難民を警護する必要もある。
仲間たちも交え、それぞれの担当を決めた。
第1班(キメラ掃討):蒼志、クレア、健二
第2班(生存者捜索・救助):ツィレル、スケアクロウ、拓那
第3班(避難民警護):伊織、ゴンタ
※キメラ遭遇時、第2班は第1班の援護に回る。
「問題は、あの男か‥‥」
「おいっ、ラザロがいないぞ!」
拓那が叫んだ。
慌てて一同が見回すと、いつの間にか例の傭兵は港の前で不安そうに集まった避難民の間をうろつき、時折愛想良く話しかけたりしている。
「戻ってこい! 作戦中に勝手な行動を取るな!」
「いやあ、すまん。ちょっとばかり、調べたいことがあってね」
引き返してきたラザロは、悪びれもせずいった。
「調べる? キメラの情報をか」
「そうじゃなくて‥‥いってみれば彼らの『恐怖』をね。キメラを相手にどれだけ怯えているか‥‥それが判れば、敵の脅威度だってある程度推測できるだろう?」
――何なんだ、こいつは?
傭兵たちの疑念はますます深まった。
「彼は俺たちの班に加えましょう」
蒼志は小声で健二たちに耳打ちした。
「確たる根拠はないのですが‥‥あの男を要救助者に近づけるのは危険な気がします。みんなも充分気をつけて下さい」
表向き「早めに実戦経験を積むため」という名目で第1班に加わるよう伝えると、ラザロはあっさり承諾した。
「では住民の皆さんの護衛は、私とゴンタさんで‥‥輸送艦が来るまでに、手持ちの救急セットで負傷した方々をできるだけ介抱してあげましょう」
「おう。行こうぜ」
伊織とゴンタは、そのまま港の方へ向かった。
●生死を分かつもの
「しっかし、見事に肉弾戦野郎ばかりのチームが出来上がりましたねぇ」
人気のない町を捜索しながら、スケアクロウが肩をすくめた。
その言葉通り、ラザロも含めてグラップラー3名、ファイター2名。遠距離攻撃の支援として期待できるのはサイエンティストであるツィレルの超機械くらいだ。
「まあ、相手もどうやら頑丈さだけが取り柄のキメラのようですし‥‥ちょうどいいんじゃないですか?」
健二が苦笑しながらいう。
スナイパーの索敵に頼れない代替策として、一人覚醒状態に入ったクレアが、増幅した五感で生存者やキメラの索敵にあたっていた。3時間過ぎたら、他の者が交代することになっている。
「ちょっと待って下さい! 人の声‥‥泣き声が聞こえます!」
クレアが叫び、右腕のエミタから光の粒子を振りまきながら、前方にある一軒の店を指さした。たぶん島で一軒きりであろう、昔ながらの豆腐屋である。
全員が即座に覚醒状態に入った。
ラザロの肌の色が青白く変わる。瞳孔が収縮し、鋭く牙が伸びた姿は、どこか伝説の吸血鬼を思わせた。
第1班の4名が店の周囲を警戒し、第2班の3名が慎重に店内、および屋内まで捜索する。
5分ほど後、拓那が泣きじゃくる小さな男の子を抱き、他の2人と共に店から出てきた。
「2階の箪笥の中に隠れてたんだ」
「この子は運がいいですよ」
生存者を救出した割には、浮かない顔でツィレルがいった。
「店の中で、夫婦の遺体を発見しました‥‥おそらく、ご両親でしょう」
「死者2名、生存者1名‥‥残るは3名か」
暗澹とした表情で、蒼志がつぶやく。
「その子は、私が港まで‥‥」
「待て、クレア。2人しかいないファイターに行かれるのは困る」
覚醒の影響によりやや荒っぽく変わった語調で、蒼志が止めた。
「となると、グラップラーのうち誰かだな‥‥」
――ラザロは論外だ。
「判った。俺が連れて行くよ」
拓那は抱き上げた男の子を背中におぶりなおすと、UPCから貸与された通信機を蒼志に渡し、港の方に向かい走り去っていった。
男の子を背負った拓那の後ろ姿が、ちょうど町の端から消えたとき。
今度は全員の五感が、近くの民家の奥から何か大きな生き物がはい出て来る気配を捕らえた。
島の警官がいっていたとおり、巨大なカブトムシを思わせるキメラ「ビートル」が2匹。
「出やがったな‥‥!」
まずは先陣を切って、蒼志が刀を振るい豪破斬撃で斬りつけた。
続いてラザロがファングで攻撃。実戦経験がないという割に動きは悪くなかったが、これはキメラにかわされる。
後方にいる1匹をツィレルの超機械が攻撃を浴びせて牽制。
「いい距離だ。外す気がしないな」
ダメージを負った1匹をクレアのロングスピアとスケアクロウのファングが相次いで攻撃し、健二の銃撃がとどめを刺す。
残った1匹が怒ったようなうなり声を上げながら突進、前衛にいたラザロを弾き飛ばした。
変わって前に出たスケアクロウが疾風脚で側面に回り込み、関節部を狙って斬撃。
動きが鈍ったところで、残りの傭兵たちが集中攻撃を浴びせて沈黙させた。
「おい、大丈夫か?」
ビートルの体当たりを喰らって地面に倒れたラザロに、蒼志が声をかけた。
「今のがキメラか‥‥大したバケモノだな」
頭を振って起き上がりながら、ラザロがいう。
「ああ。こんな怪物が、いま世界のあちこちにウヨウヨしてる。しかも、今のはそれでもザコのうちだぜ」
「しかし、エミタの力も素晴らしい。今の衝撃は普通の人間なら即死ものだろう? 人類もえらい技術を手に入れたものだな」
初めて闘ったキメラに恐怖を覚えるどころか、自らが手にした「能力者」の力の方に感心している様子だった。
「おーい!」
どこか遠くから呼ぶ声がある。
傭兵たちが顔を上げると、百mほど先にある民家の2階から、手を振って合図する男の姿が見えた。
民家から出てきたのは、猟銃を携えた中年男とその妻、そして小学生くらいの女の子だった。
「いやあ、助かりました‥‥最初の警報が出たときに逃げ遅れましてね」
ちなみに少女は娘ではなく、やはり逃げ遅れた近所の子供だという。
これでちょうど3人。キメラも倒し、一応任務完了ということになる。
「その銃は置いていってくれ。もう必要ない」
蒼志が命じたが、男は武器を手放すのが不安なのか「いや、しかし‥‥」となかなか素直に応じない。
そのとき。
「ほう、あんたらがバグアか? なるほど、良く化けたもんだ」
後ろにいたラザロが、だしぬけに大声でいった。
「――なに?」
突然男が猟銃を構え、至近距離から蒼志の頭を狙った。
しかしすかさず瞬天速で接近したスケアクロウが猟銃を切断し、健二がフォルトゥナ・マヨールーの2点射撃で男を倒す。
「近寄るな!」
中年女がヒステリックに叫び、隠し持っていた包丁を女の子に突きつけた。
「覚醒を解いて武器を捨てろ! でないと、このガキを――」
その言葉が終わらないうち、フッと黒い影が動いた。
「え‥‥?」
女が呆けたようにつぶやく。
消えていたのだ。人質の少女も、そして己の両腕も。
「ほら、『要救助者』だ」
そういって、ラザロが奪還した少女を蒼志に引き渡した。
男はニタリと笑い、踵を返して腕を失ったバグアの女に襲いかかる。
もはや、誰にも止める術はない。
高笑いを上げながらラザロが敵の女を「解体」する光景を、呆然と眺めるばかりだった。
火がついたように泣き出した少女を、慌ててクレアが抱き締める。
「なぜ‥‥判ったんだ?」
我に返った蒼志が、訝しげに尋ねた。
「簡単なことさ。あの夫婦の目には『恐怖』がなかった‥‥迫り来る死に怯える恐怖がな」
ファングの爪についた血を舐めながら、ラザロが悠然と答える。
「いくら取り憑いて人間になりすまそうと‥‥これだけは、誤魔化せんよ」
まるで、そんな人間の目を数知れず覗いてきた――そんな口ぶりだった。
<了>