●リプレイ本文
●プロローグ
作戦前日、ラスト・ホープから現場近くのUPC空軍基地に到着した傭兵達は、出撃を前にして正規軍の偵察機「岩龍」が撮影した航空写真――目的地となる廃墟のビル街――をチェックしながら、最後の打ち合わせに入っていた。
そこはかつてバグアの占領地区だったが、どういうつもりか主力部隊を移動させ、自ら放棄した都市の一つであった。
元々巨大なバグア遊星と共に地球へ侵略してきた異星人たちは、人類に比べ「領土」への執着が薄い。一度占領した土地でも(戦略的な重要拠点は別として)必要な資源や労働力となる住民のみ奪い去ると、さっさと撤退してしまうケースも珍しくない。
そのため、一部の学者達はバグア軍を評して「その行動様式は正規軍というより野盗や海賊に近い」と述べているほどだ。
もっともただ放棄するわけではない。再び人類が取り戻し反攻拠点にするのを防ぐため、大小無数のキメラを残していくのが常である。ごく一部の実験種を除き、彼らにとってキメラとは「兵士」というより地雷や浮游機雷に近い、安値で量産の利く使い捨て兵器といった位置づけなのだろう。
その街も、過去の戦闘の際市民達が死ぬか避難するか捕虜となり、ただ荒れ果てた無人の廃墟と、その中で徘徊するキメラの群のみが残された都市の一つだった。
UPC側では当初フレア弾の絨毯爆撃により街ごと「処分」する案も検討されたが、現在難民として保護されている元市民達の強い要望もあり、また後の復興のため、なるべく現状を留めた形で奪還すべくキメラ掃討作戦が立案された。
目下その最大の障害となっているのが、何枚かの望遠写真に写った灰色の巨大な影――超大型キメラ「ケルベロス」である。
「相手は巨大な犬ですか‥‥躾けてあげなければいけませんね」
三つの頭を持ち、犬とも狼ともつかぬ巨獣を望遠レンズで捉えた写真を眺めつつ、リディス(
ga0022)が冷ややかにいった。
廃墟のビル街には、「地獄の番犬」として神話に登場する例の怪物をそのまま再現したような巨大キメラ3匹の存在が確認されている。さすがに陸軍部隊だけでは手こずると判断した正規軍から、傭兵たちのKV部隊にキメラ殲滅の依頼が入ったのだ。
「祭の前哨戦の一つッスね〜。景気付けにガツンと行くッスよ〜!」
と、露出度の高い戦闘服にバスト百cm級の巨乳を揺らしてエスター(
ga0149)が気勢を上げる。
彼女のいう「祭」とは他でもない、近く発動が噂される新たな大規模作戦だ。
前回の名古屋防衛戦同様、空陸でKV戦闘がメインになると予想されるだけに、傭兵達にしてみれば今回の任務は格好の予行演習ともいえる。
「Dolphinの記念すべきデビュー戦ね」
愛機R−01のボディに描かれたイルカのエンブレムを誇らしげに見上げ、思わず声に出して呟くシャロン・エイヴァリー(
ga1843)。
背後から不思議そうに見守る仲間達に気づき、
「‥‥なによ、その白い視線は。イルカに乗るのは人類共通の夢でしょ!?」
その一方で、今回が初のKV戦となる高瀬・誠(gz0021)は、対地攻撃用に武装変更した自機S−01を点検しつつ緊張を隠せなかった。
「シミュレーター訓練は随分やったけど‥‥本当にうまく飛ばせるかな?」
そんな誠の肩を叩き、ラスト・ホープに来て以来の顔なじみである美川キリコ(
ga4877)が、緊張をほぐしてやるように声をかける。
「実戦で一緒になるのはお初、だね。ま、アタシもそれ程コレにゃ乗りなれてるってワケじゃあないけど、宜しく頼むよ。誠が援護してくれりゃ、おねーさんも頑張れるってもんさ♪」
「ありがとうございます、美川さん。僕もしっかり援護します!」
「おにーちゃん、はじめましてだよね? あたしリリィ(
ga0486)。よろしくねっ」
背後から挨拶されて振り返ると、まだ10歳くらいの愛くるしい少女傭兵がにっこり笑いながらこちらを見上げていた。
「あ‥‥よ、よろしく」
初めてラスト・ホープに来た時も年下の能力者に案内してもらったので、さすがにもう驚く事はないが、
(「こんなちっちゃな女の子が傭兵だなんて‥‥きっと色々あったんだろうなぁ」)
と思わず同情してしまう誠。
もっとも可愛らしい外見とは裏腹に、リリィは戦場育ちで根っからのソルジャー娘なのだが、初対面である誠はそんな事まで知らない。
また今回がKV初出撃となるのは誠だけではなかった。
新人グラップラーである梶山 裕哉(
ga6105)もその一人である。
「オレの初任務だしな。どうせだ、標的は全て仕留めてやるよ!」
大口を叩いてはいるが、内心では初の実戦に対する不安と恐怖を抱えている。それでも己の実力を誇示するため、あえて直接戦闘にあたる地上班を志願していた。
やがて、出撃命令を告げるサイレンが基地内に鳴り響く。
「よし、行こうぜ誠。奴らを叩きのめしに!」
佐間・優(
ga2974)に声をかけられ、誠も、そして他の傭兵達も各々の搭乗機に向かって駆け寄った。
●コンクリート・ハンティング
(「しかしまぁ、ホントにコンクリートのジャングルだね、こりゃ」)
所々が崩落したビル街をR−01で低空飛行しながら、キリコは思った。
彼女自身は地上班の担当だが、とりあえず人類側の制空権下ということもあり、自ら事前の偵察役を買って出たのだ。
中央を走るメインストリートの長さは約10km。中規模の都市だが、ギリギリの低速でもKVでならほんのわずかな時間でひと周りできる。
道路や廃ビルの屋上を中小型のキメラがうろついているのが見えるが、これは今回の殲滅対象ではないので無視。
あわよくばここでケルベロスを誘き出せれば――と思ったのだが、残念ながら敵も低空からのジェット音を聞きつけ警戒しているのか、今の所姿を見せない。
やむなくもう一周し、巨大キメラが身を隠せそうなポイントをチェック。後の哨戒は上空班に引き継ぐ事にして、仲間達が待機する街外れの一角まで戻ると、人型形態に変形し着陸した。
キリコの偵察情報を元に、KV小隊は予め打ち合わせた通りの班分けで行動を開始した。
上空班(コールサイン・ペガサス):優、エスター、誠
地上班:リディス、リリィ、大山田 敬(
ga1759)、シャロン、キリコ、裕哉
KVが陸戦形態で移動できるのは幅の広いメインストリートのみ。時速20kmで約30分。ただし建物の間にはKVで入り込めない路地が複雑に入り組み、その何処に敵キメラが潜んでいるか判らない。
戦闘状態に入ってもどん詰まりにならない様、またいざという時いつでも飛行形態に移行できる様、各機は前後に50mほどの距離を取りつつ、2列縦隊で慎重に前進を開始した。
「ちっ、視界が悪いな‥‥ビルをブチ壊して進みたい気分だぜ」
先頭に立って索敵役を務めつつ、コクピット内でリリィが毒づく。可愛らしい外見からは想像もつかない言葉遣いだが、実はこちらが彼女の「地」なのだ。一応、表向きには「覚醒変化」ということにしてあるが。
そんなリリィ機の隣から、
『良かったらご一緒しない? 斧好き同士ってことで』
同じR−01にブレイク・ホーク装備のシャロンが、笑いながら通信を送った。
その上空を、先行して3機のKVが飛行形態で低空飛行していく。
「しっかり見といてくれよ〜! 低空で音速は出すな〜! 出すならマッハ2以上だ〜。マッハ1だと衝撃波の跳ね返り受けて墜落するぜ〜!!」
その中の1機、誠の搭乗するS−01に向け、殿に並ぶ敬が機体のスピーカから大声で蘊蓄を飛ばす。
「お、大山田さん‥‥アドバイスなら無線でしてくれればいいのに‥‥」
操縦桿を握ったまま、恥ずかしさに赤面する誠。
ちなみに敬が使ったスピーカはUPCから借り出し、一夜漬けで機体に備え付けたものである。彼はこれを使ってビル街にハウリング音を流し、ケルベロスを誘き出せないものかと考えていた。
そのため用意した音声データのメモリーカードを、敬はコクピットのコンピュータに挿入した。
『石〜焼き〜イモ〜、おイモッ!』
誰でも知っているあの懐かしいアナウンスが、廃墟の街に鳴り響く。別にふざけているわけでなく、これは犬が仲間同士を呼び合う鳴き声と似ているのだという。
「あの屋台が近づくと、犬が遠吠えするっていうしな‥‥」
側道や交差点を過ぎる時は要注意しつつ、移動中の前方警戒は仲間を信じ自らは後方を警戒。
さらにケルベロスらしき生物の排泄物が落ちてないかもチェックする。
(「イヌ科はナワバリの中に糞をするが、居住区には臭いを気にしてしたがらねえ。あるなら居住区域の端って事になるな」)
そのとき、先頭に立つリリィ機から無線が飛び込んだ。
『きったねぇーっ! 何だよ、このでっかい落としモンは!?』
同じ頃、地上班に先行した上空班は、キリコから得た情報に基づきケルベロスの隠れ家になりそうな建造物を空からチェックしていた。
「5mの犬が入れそうな建物となると、それなりッス〜」
エスターらが目を付けたのは、壁面の一角が崩れ大穴の開いた劇場らしき建物だった。
巨大生物が身を隠すには、いかにも具合が良さそうだ。
『奴ら隠れてるんでしょうか? 炙り出してやります!』
覚醒して口調も女らしく変わった優が地上班の位置を確認。誤射の心配はなさそうだったので、一端旋回してから急降下し127mmロケット弾を発射。
バロック風建築の広壮な劇場は爆発と共に粉塵を巻き上げ崩落、内部から泡を食ったように2匹のケルベロスが飛び出した。
『ペガサス1、フラーリ。目標を視認、そちらに誘導する!』
『ケルベロスの数を確認して! 3匹に足りないなら、潜んでるわよ!』
シャロンからの返信。
『ペガサス3、タスラム。数は2匹。今からそっちへ追い込むっス!』
ペガサス隊の3機は上空40mまで高度を下げ、それぞれロケット弾、ガトリング砲、バルカン砲などで地上を走るケルベロスを攻撃。
天空から降り注ぐ圧倒的な火力からひたすら逃走を図る巨大キメラ2匹の先には、地上班のKV6機が待ちかまえていた。
「にしても誠の実戦訓練も兼ねてるのになんかわりぃな、せめて参考になるように犬っころにブチかましてやるぜ」
シャロン機と並んで前衛に立っていたリリィは、ニヤリと笑ってブレイク・ホークを構えた。
突然の航空攻撃にパニック状態に陥りながらも、2匹のケルベロスは3つの首からそれぞれ炎を吐きながら猛然と突っ込んできた。
そんなケルベロスに対し、
「首を3つ刎ねるのは面倒だな‥‥縦に真っ二つだぜ!!」
「その‥‥しまりのない口、ちょっと閉じてなさい!」
リリィとシャロンのブレイク・ホークが、アグレッシヴ・ファングで攻撃力を上乗せされて相次いで振り下ろされる。SES兵器の斧から電撃が閃き、瞬時に1匹の巨獣をズタズタの肉塊に変えた。
第一の死線を突破した残りの1匹が、後方のKV隊へ向けて突進する。
「うわっ!?」
風防越しに迫ってきた巨大キメラの前に、裕哉は操縦席で思わず固まってしまった。
頭の中ではかっこよく敵を倒す己の姿をイメージしていたのに、いざその時が来ると思うように体が動かない。
だがケルベロスが彼の機体に体当たりする前に、リディスのディフェンダー、そしてキリコのブレイク・ホークがその巨体を情け容赦なく切り刻んでいた。
「なァ、犬っころ! 首輪と鎖はどうしたよ? ちょっくら地獄まで取りに行ってくるかい?」
かつて生身の傭兵達に天敵のごとく怖れられた巨大キメラも、陸戦型KVの前にはもはや狩られる獲物に過ぎなかった。
(「く、くそっ! 何でだよ? ‥‥こんなハズじゃなかったのに」)
意気込みばかりが空回りしてしまう己の悪癖に、内心で臍をかむ裕哉。
「残るは1匹か‥‥」
仲間達が戦っている間、油断なく後方の警戒に当たっていた敬が呟いた。
「2匹殲滅」の連絡を受けた上空班は、最後の1匹を求めて索敵を続けた。
『ペガサス2、タカセ。あの倒れたビルのあたり‥‥怪しいんじゃないですか?』
これといったTACネームが思いつかず、安直に自分の名字をそのまま付けた誠が、僚機へ通信を送った。
そこは横倒しになったビルに蓋をされ、ちょうどトンネルのようになった路地のひとつだった。
『でも困りましたね。地上班の近くなんでロケット弾が‥‥』
『了解。こっちで燻し出す!』
敬が返信し、こんな事もあろうかと装備しておいた煙幕銃を構える。
「一発しかねえからな‥‥よーく狙って。ていっ!!」
路地の間から濛々と煙が噴き上がり、戸惑うような咆吼が上がった。
トンネルの内部に潜んでいた最後のケルベロスが、地響きを上げて飛び出す。
だが、あいにく陸上班の待ち伏せするメインストリートとは反対側の方向だった。
『誠、エスター、優、ビル街へ1匹逃げ込むわ! 位置は‥‥!』
シャロンの通信を受け、すかさず回り込んだ上空班3機が、ロケット弾で周囲のビルを破壊し敵の退路を塞ぐ。
立ち往生したケルベロスを狙い、上空からガトリング砲の雨が降り注いだ。
瀕死の状態でもがくキメラの頭部を、エスターが駆るF−104のスナイパーライフルが撃ち抜き、息の根を止める。
「Rest in Peace!(安らかに、眠れ!)」
隻眼の女狙撃手はカメラアイのごとく機械的に収縮した右目の虹彩を光らせ、弔いの文句を唱えた。
――任務完了。
●エピローグ
「KV戦闘は服が汚れないのがいいぜ!」
基地に帰投後、愛機から降りたリリィは可愛い子ぶるのも忘れて豪快に笑った。
その傍らで、覚醒を解いたリディスがいつもの癖で煙草を一服している。
「ここで梃子摺るわけにもいきませんしね。次の作戦はもっと大変なんですから」
ヘルメットを脱いでホッとしたようにため息をつく誠の肩を、キリコがポンと叩いた。
「お疲れさん! KVデビュー戦後の気分はどうだい?」
「ええ。緊張しましたけど‥‥でも、みんなケガもなくてよかったです」
「ハ、ハハ‥‥やっぱり、オレが居れば楽勝ってな」
初の実戦に恐怖しながらも、任務成功の達成感に浸った裕哉が軽口を叩く。
「‥‥そういえば、梶山さんは今回が初仕事なんですよね?」
ふいに誠が尋ねてきた。
「え? ああ、そうだけど」
「凄いですね。僕なんか、最初の実戦の時は怖くて震えが止まらなかったのに」
「ま、まーな。ハハハ‥‥」
尊敬するような少年の眼差しから顔をそらし、裕哉はどうしたものかと頬を掻いた。
<了>