タイトル:コーヒー豆を届けにマスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/20 23:10

●オープニング本文


 そこは街から離れた山奥の村の、さらにその外れにある小さな喫茶店だった。
 店の名前は「フォセット」。エフィーという名の若い娘が一人で経営している。
 古びた木造の一軒家だが、その壁はペンキで綺麗に塗り直され、赤い屋上に黄色い風見鶏が回る光景は、まるで絵本の1ページでも見るかのようだ。
 カラーン‥‥。
 ドアの鈴を鳴らし、行商人のフレッドがいつものように玄関から入って来た。
「毎度ぉーっ。エフィーちゃんいるかい?」
 月に一度、街から軽トラックで様々な雑貨を運び、村人達に売るのが彼の仕事だ。
 その中には、喫茶店に欠かせないコーヒー豆や紅茶葉も含まれていた。
「あらフレッドさん、こんにちは」
 ちょうど奥で洗い物をしていたエフィーが、手を拭きながらいそいそとカウンターに姿を現した。
「いつもお疲れ様です‥‥よかったら、お茶でもいかがです?」
「ああ、悪いね。それじゃブレンドを一杯もらおうか」
 人気のないカウンター席に腰を下ろし、フレッドはエフィーが淹れてくれたコーヒーの香ばしい匂いを楽しんだ。
 窓から外を見やると、晴れ渡った空の下、のどかな緑の山並みが一望できる。
 こうしていると、たった今人類が存亡をかけて異星人と戦争を続けている事など嘘のように思えてくる。
「しかし‥‥あんたもよく頑張るねえ。こんな辺鄙な場所じゃ、客だってそうそう来ないだろう?」
「あら、そうでもないですよ? ここは村ではただ1軒の喫茶店だし、けっこう常連さんもいるんです。今日はたまたま暇ですけど」
 仕入れたばかりのコーヒー豆をカウンターの棚にしまいながら、エプロン姿の少女がにっこり笑う。
「それにしたって、あんたもまだ若いんだし‥‥いっそ店を畳んで街に来たらどうだい? 仕事なら紹介するぜ」
「ありがとうございます。でも、私やっぱりここが好きなんです。父さんたちが遺してくれたお店だし‥‥」
 エフィーは少し目を伏せ、カウンターの他は5つばかりのテーブルが置かれた狭い店内を見やった。

 今からおよそ2年前――突如村を襲ったキメラの群により、エフィーの両親は殺害された。
 キメラが出現した際、彼女の父親は警察に通報したが、結局助けは来なかった。
 当時のエフィーには知る由もなかったが、地球最大の都市・メトロポリタンXを巡る大攻防戦のさなか、UPCには辺鄙な山里にまで救援部隊を送る余裕などなかったのだ。
 キメラが過ぎ去った後、生き残ったエフィーは両親が遺したわずかな蓄えにより、たった一人で辛うじて店を再建した。

「それに‥‥死ぬ時は、どこにいたって同じですから」
 カウンターの下には、父親の形見である猟銃を隠してある。
 むろんこんな銃でキメラには歯が立たないだろうが、いざとなれば彼女は最後までこの店と運命を共にする覚悟だった。
「そんな、縁起でもない‥‥それに今は、ラスト・ホープって所に連絡すりゃ、能力者とかいう連中を寄越してキメラを退治してくれるって話だぜ?」
「能力者‥‥ですか?」
 あれ以来キメラはこの近辺に姿を見せていない。
 従ってエフィーは能力者の傭兵に会ったこともなく、話を聞いてもピンと来ない様子だった。

 ◆◆◆

 それからひと月後。
 いつもの様に軽トラに商品を積み、村を目指し出発したフレッドは、山道の途中でUPC軍の兵士に停車を命じられた。
「この先は通行禁止だ。街へ引き返せ!」
「何かあったんですか?」
「この山中でキメラを目撃したと通報があった。安全が確認されるまで、この道は封鎖する」
「キメラ? どんな奴です? それに、この先に村があるんですが‥‥そちらは無事なんですか?」
「さあな。目撃者の話じゃ、何でもカブトムシをでかくしたようなキメラらしいが‥‥とにかく詳細は調査中だ。当分の間、民間人はここから先は一切通れん!」
 やむなく車をUターンさせ、街へと戻るフレッド。
「クソったれ! キメラの野郎、何もこんなド田舎に攻めてこなくたっていいものを‥‥」
 目的地の村は畑や牧畜による自給自足で食料をまかなっている。彼が商っている品物は煙草やお菓子、歯ブラシといった雑貨類なので、別に今月届けなかったとしても村人が干上がるわけではない。
 またフレッドにしても、商品は別の安全な村へ売りに行けば済むことだ。
 とはいえ、彼の頭からは顔なじみのエフィーの事が離れなかった。
(「このコーヒー豆を届けなかったら‥‥あの子、がっかりするだろうなぁ」)
 ふと、自分がエフィーに話したラスト・ホープを思い出す。
 ――能力者の傭兵を呼んで、村への護衛を頼もうか?
 しかし依頼料もタダではあるまい。危険なうえに、彼自身の商売も大赤字だ。
(「けどなぁ‥‥」)
 自宅に戻ったフレッドは、しばらく悩んだ末、意を決して電話に向かった。
「やれやれ。俺も、商人失格だな‥‥」

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
御坂 美緒(ga0466
17歳・♀・ER
クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
百瀬 香澄(ga4089
20歳・♀・PN
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER

●リプレイ本文

 高速移動艇から降り立った傭兵達を出迎えた行商人フレッドは、まだ24、5の若者だった。
「どうも、わざわざ遠い所から‥‥」
 ニット帽を脱いで頭を下げるが、彼自身も「能力者」に会うのは初体験のためか、やや緊張を隠せない様子だ。
「挨拶は後回しだ。それより、トラックをもう1台都合して貰えないか?」
 真っ先に要件を切り出したのは白鐘剣一郎(ga0184)だった。
 依頼ではフレッドが自分の軽トラックを出すことになっていたが、9人の能力者に彼自身を含めた計10名では、とても乗り切れない。
 そこで剣一郎は知人のULTオペレータを通して現地のUPC軍からジープを1台借りようと交渉を試みたのだが、軍からの返答は、

『我が方もキメラ捜索のため、人手も車も足りない状況だ。通行は許可するが、車はそちらで調達して欲しい』

 と素っ気ないものだった。
「うーん‥‥判りました。ちょっと家に戻って、知り合いをあたってみましょう」
 フレッドが電話をかけるため自宅に戻っている間、傭兵達はしばし雑談に耽って時間を潰した。
「ご一緒出来て心強い限りだ。宜しく頼む」
 まずは寿 源次(ga3427)が、同行のメンバーに挨拶する。
「新米エクセレンターが心配なんでくっついて来た。戦友として宜しくな、ヒマリア君」
 悪戯っぽく笑うと、傍らに立つ小柄な少女の頭をポンと叩く。
「あーっ、寿さんたらひどーい! 新米だなんてぇ」
 少女は一瞬むくれたが、すぐニッコリ笑い、
「今回が初任務のヒマリア・ジュピトル(gz0029)です。よろしくお願いしまーす☆」
 先輩傭兵たちに向かい、ペコリと頭を下げた。
「俺は蓮沼千影(ga4090)。コーヒー好きなファイターだ。無事に豆を届け、エフィーの美味しいコーヒーを頂けるよう、頑張るぜ」
 千影はそういうと、
「よぅ、ヒマリアちゃん。一緒に頑張ろうな」
 と兵舎で面識のある後輩に微笑みかける。
 今回は依頼内容のためか、参加者にはやけにコーヒー好きの者が多い。
 その一人、百瀬 香澄(ga4089)が依頼人フレッドを評して語る。
「うん、商人として失格でも男としては十分合格だね。村の平穏と二人の未来と‥‥そして美味しいコーヒーのため、一つ気合入れて行こうか」
「そんなに美味しいコーヒーなら是非飲んでみたいですわね。それにそのエフィーさんという方にも是非お会いしてみたいですから」
 と楽しげにいうのはクラリッサ・メディスン(ga0853)。
「封鎖区域を抜けてまで‥‥商売に行く‥‥。普通じゃ‥‥あまりしないかな‥‥。何か‥‥理由がある? 例えば‥‥喫茶店に大事な人がいる‥‥とか‥‥」
 幡多野 克(ga0444)が指摘する通り、傭兵達のもう一つの関心は「フレッドとエフィーの関係は?」に集中していた。
「コーヒー豆のお届けと二人の縁結び、頑張りますよ♪」
 いわゆる乙女のカンか、御坂 美緒(ga0466)などはすっかり恋のキューピッド役を務めるべく張り切っている。
 その一方で、アルヴァイム(ga5051)は現地の地図を広げ、山道のルートを確認するなど準備に余念がない。もっとも、彼もまた大の珈琲党であったが。

 やがて、もう1台の軽トラを運転したフレッドが引き返してきた。
「遅くなってすみません。片っ端から電話して、ようやく友人の車が借りられましたよ」
 フレッド本人の車に負けず劣らずオンボロの中古車である。それでもサイエンティストが三人がかりで点検し、何とか山道を走るのに支障がない程度に整備し直した。
 運転席と助手席に各2名ずつ。納品用のコーヒー豆はわずかダンボール箱2つ分なので、残り6名が荷台に分乗しても充分余裕があった。

 先頭車:千影(運転)、剣一郎、アルヴァイム、源次、クラリッサ
 後続車:フレッド(運転)、克、香澄、美緒、ヒマリア

 先頭車には傭兵のみが乗り込み、後続車のフレッド、及びコーヒー豆の護衛。2台の車は無線機で適時連絡を取りつつ走行する。
「敵に車は傷つけさせない! 修理代を払う余裕は俺にはない‥‥」
 ひどく遠い目で呟き、千影が先頭車のハンドルを握る。
「ヒマリアさんは正式な傭兵さんになって、初めてのお仕事でしょうか? 改めてよろしくお願いしますね♪」
「あまり固くなっちゃダメよ」
 美緒とクラリッサは新米エクセレンターに相次いで声をかけつつ、各々の車に乗り込んだ。

 麓の街を出発し、およそ小一時間で山中の封鎖区域へとたどりついた。
「ULT所属の傭兵だ。俺はペガサス分隊の白鐘剣一郎、この先の村に用があるので通行許可を貰いたい」
 対キメラ用の大口径ライフルを肩に吊ったUPC兵士に、剣一郎が事情を話す。
「ああ、話は聞いてるよ。例の村に行くんだって?」
 許可証を発行する兵士に、剣一郎はその後の情報を尋ねた。
「こちらも捜索は続けてるんだがなあ‥‥今の所、これといった情報はない。村の方も、さっき電話した時には異常なかったよ」
 もし何か発見したらこちらにも無線連絡をくれ――そういって、兵士は許可証を渡した。

 抜けるような青空の下、未舗装の山道を2台の軽トラがガタゴトと走っていく。
「いいねえトラックの荷台、季節はさておき青春満載って感じでさ」
 やや肌寒い風に吹かれながらも、心地よさそうに香澄が呟く。
 何やらピクニックに行くようなのどかなムードに、荷台の上でマイ座布団に座った源次は、思わず有名な童謡の替え歌を口ずさんだ。
「それって市場に売られてく仔牛の歌ですよねえ? 縁起悪いですよ」
 同じ荷台の上、双眼鏡で周囲を監視するアルヴァイムにツッコまれ、
「いや‥‥キメラが群れてたら、何てな」
 と苦笑いしてごまかす。
 覚醒状態で瞳を底光りさせたクラリッサは、高い知覚を利用して周囲の警戒に当たっていた。
 後続車の荷台に乗る克もまた、森の中の気配、木々の揺れや動く音、足跡、羽音、あるいは動物の屍骸などを観察し、キメラの襲撃に備えた。

「エフィーさんとはどんな関係なのですか?」
 後続車の助手席からキメラを警戒しつつ、美緒は運転席のフレッドに尋ねた。
「実は、俺もあの村の生まれでさ。学生時代、『フォセット』でバイトさせて貰ってたんだよ。あの頃はエフィーもまだほんの子供だったけどな」
 砂利道にハンドルを取られないよう巧みに軽トラを走らせつつ、懐かしそうな顔でフレッドがいう。
「高校を出てから、俺は街に出て商人になったけど‥‥仕事で久しぶりに村に戻ったら驚いたなあ。あいつ、すっかり美人になりやがって――」
 とそこまでいいかけてから、
「あ、いや、そんなんじゃねえからな? エフィーは単なるお得意様で‥‥」
 慌てて言いつくろうが、耳まで赤くした若者の表情から察するに、とても「単なるお得意様」というレベルの好意ではなさそうだ。
 その時、後続車から危険を報せる通信が入り、2台の車はタイヤを軋ませ急停車。
 先頭車の前方、左側の森の奥から、体長2m近い甲虫型の怪物が2匹、ズルズルと這いだしてくる。頭部に生えたカブトムシの様な角が、体当たり用の武器なのだろう。
「現れたか‥‥」
 降車した剣一郎は月詠・蛍火の鞘を払い、二刀流に身構える。
「さて、硬いのは外殻だけか?」
 覚醒した源次が超機械γを構えた。
 鈍重そうな巨体に似合わぬ素早い動きで突進してくる甲虫キメラに対し、まずアルヴァイムがスコーピオンの弾幕を浴びせるが、赤く光るフォースフィールドを突破した銃弾は鎧のようなキメラの外殻に弾かれた。
「ちっ、やはり威力不足か」
 すかさず武装をフォルトゥナ・マヨールーに切替える。
 千影はまずドローム社製SMGの銃撃をお見舞いしてから、本来の武装である蛍火とヴィアに持ち替えた。
「大丈夫、落ち着けば勝てる敵だ」
 クラリッサが錬成弱体で敵の防御力を抑え、源次の超機械からはレーザーを思わせる可視光の矢が迸った。
 苦手な非物理攻撃を浴びてややたじろぎながらも、次の瞬間には体勢を立て直し突進してくる甲虫キメラ。
「気をつけて‥‥後ろからも、来る‥‥!」
 後続車で索敵にあたっていた克が叫ぶ。その言葉通り、後方の崖下から同様の甲虫キメラが2匹這い登ってきた。
「どぉりゃあーーっ!!」
 荷台の上でアサルトライフルを構えたヒマリアが、強弾撃で威力を上乗せして狙撃。
 助手席から降りた美緒もフレッドを庇いつつ、超機械γの電磁波攻撃を浴びせる。
 銃弾と非物理攻撃で弱った1匹に対し、瞬天速で間合いを詰めた香澄がカデンサの急所突きでとどめを刺した。

「‥‥天都神影流・斬鋼閃」
 敵の甲殻のつなぎ目に急所突きを決め、1匹を葬った剣一郎が静かに呟く。
 同じ頃、アルヴァイムがフォルトゥナ・マヨールーでダメージを与えたもう1匹に千影が急所突きで引導を渡し、とりあえず前方を塞ぐキメラは排除した。
「今だ、先に行ってくれ!」
 残る1匹と戦う後続車の仲間に、剣一郎が大声で呼びかける。
 今回の任務は、何をおいてもフレッドとコーヒー豆の護衛なのだ。
 それを合図に後続車の傭兵達は車に撤収し、後の事を剣一郎達に任せてフレッドに軽トラを発車させる。
「ヒマリアさんは大丈夫ですか?」
 荷台で負傷した仲間達に錬成治療を施しつつ、美緒が心配そうに声をかける。
「うん。あたしは平気、平気☆」
 エクセレンター独自のスキル「ロウ・ヒール」により、ヒマリアの腕のケガはみるみる塞がっていった。

 フレッドの車が村に着くと、ライフルや散弾銃を手にした村人達が家から出てきて車の周りに集まってきた。今の所被害はないといえ、2年ぶりのキメラ出現の報に、彼らも不安を隠せないようだ。
 山中でキメラに襲われた事をフレッドが話すと、村人達の間から怯えるようなざわめきが上がった。
「フレッド、おまえも無茶するなぁ。こんな時に‥‥」
「いや、俺は護衛を頼んだから‥‥それより、エフィーは無事か?」
 村人の一人が、困惑した顔で答えた。
「それが‥‥村へ避難するよう説得したんだが、彼女頑として店から動こうとしないんだ」
「やっぱりか‥‥」
 その時、遅れてやってきた千影たちの車が村に到着した。
「村は無事か?」
「キメラは片付けたぜ。他にもいるかもしれないが‥‥軍の方にも連絡しといたから、帰り道は安全だと思う」
 フレッドからエフィーの件を聞くと、傭兵達は再び車に乗り込み、村はずれにある喫茶店を目指した。

 小さな木立に囲まれた「フォセット」の周囲は静かだった。
 赤い屋根の上で、黄色い風見鶏が何事もないかのように平和に揺れている。
 降車した傭兵たちは、覚醒状態のまま素早く店の周囲に展開。
 辺りにキメラの気配はなかった。
「さ、お先にどうぞ♪」
 美緒に背中を押されるようにして、ためらいながらも店内に入って行くフレッド。
 5分ほど後――若者はエプロン姿の少女を連れて姿を現した。
 エフィーの顔はやや青ざめていたが、その手には気丈に猟銃が握られている。
「あの‥‥この方たちは?」
「ほら、前に話したろ? ラスト・ホープから来た『能力者』さん達だよ」
 まだ事情が飲み込めないのか、少女はポカンとした表情で傭兵達を見渡している。
「ほらほら、コーヒー豆忘れちゃダメでしょ? フレッドさん♪」
 トラックの荷台から下ろしてきたダンボール箱を、ヒマリアが地面に置いた。
「まさか‥‥これを届けるために? 皆さん、こんな危ない所まで‥‥?」
 猟銃を置いたエフィーは箱詰めのコーヒー豆の前に駆け寄り。
 ――そして、泣き出した。
 その光景を遠巻きに見守りながら、
「ここまで来た事が無駄にならず何よりだ。せっかくだしコーヒーを頼めるかな」
 剣一郎が安堵したように微笑んだ。

「フォセット、ね。笑顔の似合ういい名前だ」
「父がつけた店名で‥‥フランス語で『えくぼ』って意味なんです」
 淹れ立てのブレンドを傭兵達のテーブルに運びながら、エフィーが香澄に笑いかけた。
 こぢんまりした店内に香ばしい匂いが漂い、窓の外に広がる緑の山並みを眺めていると、ついさっき戦ったキメラの事さえまるで夢のように思えてくる。
「‥‥ということで、フレッドさんは身銭を切ってわたし達を雇って、ここへ荷物を届けて下さったという訳です」
 クラリッサが、今回の顛末をかいつまんでエフィーに説明した。
「フレッドさんて、良い方ですわね。よっぽど、ここの、エフィーさんが入れて下さるコーヒーが気に入って居るんですね。それとも‥‥」
 意味ありげに微笑んで2人を見比べると、エフィーは頬を赤らめ俯き、フレッドは飲みかけのコーヒーを吹きそうになった。
「そ、そりゃあ‥‥納期厳守は、商人の鉄則だからな」
 照れくさそうにいうフレッドだが、今回彼が依頼のためULTに支払った料金は、自らが店を持つためこつこつ貯めてきた貯金を崩したものなのだ。
 もちろん、フレッドからは固く口止めされているが。
 エフィーはさらに手作りのアップルパイを焼き上げ、傭兵たちに振る舞った。
「最近いつも缶コーヒーばかりなんだけど‥‥やっぱり淹れたてのコーヒーは美味だな。ありがとう、エフィー。早く平和を取り戻し‥‥心配せず喫茶店営めるようにしたいぜ」
「人々のざわめき、こんな雰囲気も美味いコーヒーのエッセンスになる、か。いいねぇ。」
 千影の言葉に、源次もしみじみと頷く。
 アルヴァイムはカップを持ち上げ匂いを味わいつつ、無言で思いに耽っている。
 コーヒーの香りには、人それぞれに何か大切な思い出を蘇らせる、魔法の力があるのかもしれない。
「危険を冒してまでも‥‥助けたくなる程‥‥大事な人がいる‥‥。それはなんだか‥‥羨ましいね‥‥」
 克はブレンドを一口飲み、
「‥‥ん、甘くしすぎた‥‥かな‥‥」
「このコーヒーは、きっと恋の味ですよ♪ ヒマリアさんにも、いつかこんな情熱的な殿方との出会いがあるですよ♪」
 初任務を終えた後輩傭兵に、美緒がそっと囁いた。

 夕刻――山中を捜索していた正規軍より「あの後さらに1匹のビートルを仕留め、他にキメラの存在は確認されず」との連絡を受け、傭兵達はL・ホープへ帰還することになった。
「今度何かあったなら、気軽に連絡をして下さいね。このコーヒーの為に駆けつけますから」
「エフィー。また来るから、次もよろしくな」
 一同を代表するようにクラリッサと香澄が別れの言葉を述べ、喫茶店を後にする。
「今日は本当にありがとうございました。もしお仕事で近くに寄ることがあったら、ぜひまたおいで下さいね」
 玄関まで送りに出て、エプロン姿の少女がにっこり笑って頭を下げた。

 それから暫くの後、傭兵達の元に、手紙と共に一枚の写真が届けられた。
 それは「フォセット」のマスターに転職したフレッドと、その隣で微笑むエフィーの姿であった。

<了>