タイトル:恐怖! 暴走姉さんマスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/07 12:22

●オープニング本文


「何で‥‥僕だけが、こんな目に‥‥」
 少年の苦悩は日々深まるばかりだった。

 ◆◆◆

 テミストは今年13歳。
 故郷の街、メトロポリタンX陥落という混乱のさなかに両親を喪い、辛くも生き延びた姉と共に、現在は難民としてラスト・ホープへ保護され、浮游島の中にある学園の中等部に通っている。
 動乱の時代、たった二人の姉弟――だが、移住申請時の身体検査の結果、2つ年上の姉・ヒマリアが「能力者」としての適性保持者である事実が判明。
 姉は自ら志願してエミタの移植手術を受け、現在は傭兵見習いとしてUPC本部で訓練に明け暮れる日々を送っている。残されたテミストは、学園の男子寮で独り暮らし。
 かように複雑な境遇にある少年だが、目下彼の悩みは全く別のところにあった。

「数学のテスト、30点か‥‥仕方ないなあ、ここんとこバタバタして、落ち着いて勉強もできなかったし」
 寮の自室でため息をつき、赤点のテスト用紙を丸めてクズ籠に捨てようとした、そのとき――。

「やっほーっ! テミスト、元気してたあーっ!?」

 叩き破らんばかりの勢いでドアが開かれ、金髪をおかっぱ風に切りそろえ、クリっとした碧眼を見開いた、小柄で童顔の少女が飛び込んできた。
 顔つきも身長もよく似ているためよく双子に間違われるが、実際には15歳の姉・ヒマリアである。
「ね、姉さん‥‥何しにきたの!?」
「やーねぇ。今日は休暇だっていわなかったっけ? 可愛い弟の身が心配だから、こうして様子を見に来てあげたんじゃない♪」
(だからって、よりによってこんな時に来なくても‥‥)
 たった今、テストを捨てたばかりのクズ籠を横目で見やりつつ、テミストは硬直したまま冷や汗を流した。
「あ〜あ。やっぱり男の子の独り暮らしはダメねえ‥‥部屋ん中グチャグチャじゃないの。まずは掃除洗濯、それから晩ご飯の支度を‥‥」
 テミストが止める間もあらばこそ。真っ先にデスクのすぐ脇にあるクズ籠を取り上げ、中のゴミをポリ袋にまとめようとしたヒマリアの動きが、ピタリと止まった。
「なにコレ? ‥‥数学のテスト?」
「あっ! そ、それは――」
「‥‥て〜み〜す〜とぉ〜」
 それまでにこやかだった姉の表情が一変し、フワリと舞い上がった髪が炎のような茜色に変わる。
 まさに「怒髪天を衝く」というやつだ。
(ヒィッ!? 始まった‥‥!)
 まだ中学生のようにあどけないヒマリアだが、訓練生とはいえ彼女も能力者だ。ひとたび覚醒すれば、常人を遙かに超えたパワーを発揮する。
「覚醒」は本来己の意志で制御できるはずなのだが、まだ未熟なせいなのか、それとも別に原因があるのか――ヒマリアの場合、弟と二人でいる時に限り、本人の意志と関係なくいきなり覚醒してしまうという困った性癖があった。
 そんなとき、姉を怒らせようものならテミストは地獄を見ることになる。
 そしてその日も、例によって例のごとく――。
「何よっ、この点数は!? 人類存亡の危機を前に、あんたタルんでるわよっ!!」
「あの、この場合、人類の危機は別に関係ないんじゃあ‥‥」
「問答無用! お仕置きよっ!!」」

 およそ30分の後、残されたものは竜巻でも通過したように荒れ果てた室内と、その中央で生ゴミのごとく倒れたテミストの姿だった。
「‥‥ほぇ? あたし、何してたんだっけ‥‥?」
 部屋ごと弟を蹂躙した挙げ句、覚醒の解けたヒマリアはきょとんとしてつぶやいた。
(ね、姉さん‥‥本当に、何も覚えてないの?)
 大の字にぶっ倒れたままテミストは問いただしたかったが、実際には「ふぎゅうぅ〜」という意味不明のうめき声にしかならなかった。
「ふわあぁ〜‥‥何だか、疲れちゃった。ごめーん、部屋の掃除は、また今度ね☆」
 覚醒の反動で体力を消耗したのか。ごく普通の少女に戻ったヒマリアは、ペロっと舌を出して弟に詫びると、そのままさっさと部屋から立ち去っていった。

「ま、前から横暴な姉さんだったけど‥‥あの手術を受けてから、ますますひどくなってる‥‥いったい能力者って何なんだよ〜!」
 ようやく気を取り直して立ち上がったテミストは、半ベソをかいて部屋を片付けつつ、我が身の不幸を嘆いた。
(確か、体の中に『エミタ』って金属だか何かを埋め込むとか‥‥)
 そのとき、ふとテミストは思った。
 ――ひょっとして、姉の体内に移植されたエミタは不良品なのではあるまいか?
 そうとでも考えなければ、自分だけがこんな理不尽な目に遭う説明がつかない。
(だとしたら‥‥一応、UPCの本部か研究所で、調べてもらった方がいいのかなあ)
 むろん、自分の口から姉にそんなことを進言できない。
 それはテミストにとって、竹槍一本でキメラに突撃するのに等しい行為だ。
 男の子の割には華奢で内気なテミストは、幼い頃からよくいじめの標的になりかけたものだが、そんなときいつも体を張って庇ってくれたのはヒマリアだ。その意味で姉には感謝しているし、そもそもこれまで「姉に逆らう」などという発想すらなかった。
 とはいえ、このまま姉が能力者としてパワーアップしていけば、そのぶん己が被る被害も増大していくのは火を見るよりも明らかだ。

 さんざん悩んだ末、ついに少年は決断し、部屋の電話機を取った。
「もしもし、UPC本部ですか? 実は、そちらで訓練中の、僕の姉さんのことでご相談が‥‥」

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
御坂 美緒(ga0466
17歳・♀・ER
七瀬 帝(ga0719
22歳・♂・SN
クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
シア・エルミナール(ga2453
19歳・♀・SN
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
忌咲(ga3867
14歳・♀・ER

●リプレイ本文

●プロローグ
 ラスト・ホープ、UPC本部内の一角にあるブリーフィングルーム。
 今回の依頼のために集まった能力者たちが、互いの自己紹介も兼ねて打ち合わせを始めていた。
「UPCの情報によれば、覚醒後の変化はともかく覚醒自体が勝手に起こる事例はないはず。今回はヒマリアさんの個人的な性質が原因になっている気がしますが‥‥」
 まだ中学生のような年齢ながら、生真面目な口調で意見を述べるのは稲葉 徹二(ga0163)。
「ふむふむ。暴走するお姉さんを何とかして欲しいのですね。頑張りますよ♪」
 やはりまだ女子高生のような御坂 美緒(ga0466)が、おっとりした口調でいう。
「どうかよろしくお願いするね‥‥姉弟の素晴らしき兄弟愛を、僕らでより良いものに直して差し上げようじゃないか!」
 宝塚もかくや、という衣装に身を包んだ美形スナイパー、七瀬 帝(ga0719)が優雅に微笑み、一礼した。
「微笑ましい依頼じゃないか。もっとも、弟さんの方は楽観できる状況じゃないな」
 と、伊達眼鏡を光らせながら寿 源次(ga3427)。
「何というか‥‥あまり他人事のように思えなくなってきました。どうして姉というものは、こうも横暴な人が多いんでしょう」
 深くため息をつきつつ、シア・エルミナール(ga2453)がかぶりを振る。何やら、我が身に覚えるところがあるらしい。
「私は、お姉さんがテミスト君に対する家族愛と、男性に対する感情をうまく区別できなくて混乱しているような気がします」
 やや踏み込んだ解釈を口にするのは三島玲奈(ga3848)。
 だが、中にはテミストの通報にあった通り「移植したエミタが壊れているのでは?」との疑いを持つ者もいた。
「エミタに不良品ですか。もしそうなら怖いですね」
 能力者なら誰でも抱く不安を代弁するように、忌咲(ga3867)がいった。
「埋め込まれたエミタがこのような不具合を起こすとは、本来あってはならない事ですよ。至急調査して、原因を特定する必要がありますね」
 と、クラリッサ・メディスン(ga0853)。自らの体内に埋め込まれた未知の装置の安全性に対して、興味と不安を覚えるのは当然といえよう。
 一通り意見が出尽くした所で、一同は調査の手順と具体的な担当者を決める段取りに移った。

 第1班(エミタ調査):クラリッサ、源次、忌咲
 第2班(テミスト担当):美緒、シア
 第3班(ヒマリア担当):徹二、帝

 なおエミタ調査にはUPCと研究所の許可を取った上でヒマリア自身の身体検査も含める関係上、第1班は調査終了後に第3班と合流。
 また、玲奈は単独行動を希望した。
「ヒマリアだってそろそろ男性を意識し始める年齢です。もし彼女に特定の彼氏がいたとして、2人の仲がうまくいってなければストレスが溜るでしょう? そういった怒りのはけ口が、テミスト君に向いてるんじゃないかな?」
 という独自の推理から、自らヒマリアの交友調査を申し出たのだ。
 とりあえず危険性の少ない調査依頼であること、またあらゆる可能性をあたるのがベターとの意見もあり、その希望は全員の承諾を得た。
 かくして始まる、暴走姉調査計画。
 果たして、テミストに安息の日は訪れるのか――?

●未来科学研究所
「エミタが暴走? そんなこと、あり得ませんよ!」
 研究所スタッフの一人、そしてヒマリアへのエミタ移植の担当医でもあるナタリア・アルテミエフは驚いた様にいった。丸眼鏡を掛けたソバカス顔がまるで女子大生のような彼女だが、既に博士号も持つ能力者のサイエンティストだ。
「確かに、機密保持上の理由から一部のテクノロジーが非公開になってるのは事実ですが‥‥でもエミタの品質管理、それに手術の安全性は万全です!」
「いえ、決して研究所の技術やナタリアさんの手術を疑っているわけじゃありませんが‥‥でも、現に弟さんから被害届けが出ているわけですし、念には念を入れて、ということで」
 そうとりなした上で、クラリッサはヒマリアの手術に関する記録、及び過去に似たような事例が報告されていないか、その資料の閲覧を申請した。
「そうですか? じゃあ、私の権限で公開が許される範囲内になりますけど‥‥」
 そう断って、ナタリアは研究室内にある3台の端末から、己のパスワードでデータベースにアクセスした。
 調査時間は60分。プリントアウトや外部媒体への記録は一切禁止。厳しい条件の元で、クラリッサ、源次、忌咲は手分けして調査にあたった。
 その結果――少なくともヒマリアへの移植手術は完璧。加えて過去「能力者」暴走の事例も確認できなかった。
「どうです、何も問題なかったでしょう? それにヒマリアさんは訓練生としての成績も優秀で、訓練中の暴走なんて一度も起こしてませんし」
 ほっとしたように、ナタリアがクラリッサにいう。
「‥‥ところで、先日お願いしておいた、ヒマリアさんの身体検査の件ですが」
「はあ。表向き『定期検診』の名目で、ご本人を呼んでありますけど‥‥」
 ちょうどその時、部屋のインターホンが鳴り、受付の警備員がヒマリアの来訪を告げた。

「こんにちはーっ、ナタリア先生! ‥‥って、あれ?」
 片手を挙げ、元気よく挨拶しながら入室してきたヒマリアが、不思議そうに能力者たちを見渡した。
「この人たちは‥‥?」
「ええと、能力者の傭兵さんたちです。その、研究所の施設や訓練生の状況を、見学されたいと仰るので‥‥」
「えーっ!? ってことは、実際にバグアやキメラと闘ってる?」
 その瞬間、少女のくりっとした碧眼が、まるでアイドルでも目の当たりにしたかのように輝いた。一人一人と握手を交わし、
「お会いできて光栄です! あの、ぜひ実戦のお話を聞かせて頂けますか?」
「ははは、自分たちはサイエンティストだからねえ‥‥戦闘の話は、後から来る仲間たちの方が詳しいんじゃないかな?」
 源次が謙遜して笑った。
「わあ、他にもいらっしゃるんですかぁ? 楽しみです!」
「その前に、検査の方を済ませましょうね。ヒマリアさん」
「ハーイ!」
 ナタリアの言葉に従い、ヒマリアは研究所の医療スタッフと共に、検診室に行くため部屋を出て行った。
「あの‥‥仮にヒマリアさんの側に何らかの心理的問題があった場合、無意識に覚醒状態に入ってエミタを起動させたりする可能性はありますか?」
 忌咲がナタリアに尋ねた。
「それだってあり得ませんよ! エミタは独自のAIで制御され、能力者の感情で左右されるものじゃないですから」
 そういってから少し考えこみ、
「でも‥‥ヒマリアさんの能力者としての潜在的ポテンシャルを考えると‥‥いいえ、やっぱりあり得ません! あったとすれば、まさにレア中のレアケースですよ」
「何か科学者の本能がうずきますね。こうした事があるから、何時までも科学は進歩を遂げていくのでしょうね」
 こころなしか胸躍るような表情で、クラリッサがいった。
 研究室の壁にかかったモニターは、検査着に着替えるため私服のブラウスを脱ぐヒマリアの姿を映し出している。
 源次が「おっと」とつぶやき後ろを向いた。
 クラリッサと忌咲は引き続き画面を眺めていたが、やがて2人はハッとしたように顔をそむけた。
 ヒマリアの背中に残る、大きな傷痕を目にしてしまったからだ。
「メトロポリタンX陥落の時に受けた、負傷の跡です‥‥」
 ナタリアが哀しげに俯いた。
「弟さんと一緒に救出された時‥‥彼女は、瀕死の重傷だったんです」

 結局、エミタの動作チェックも含めて、ヒマリアの肉体からは何の異常も発見されなかった。

●テミストの通う学園
 学園側の許可を取り貸してもらった面談室で、美緒とシアはテミストと対面していた。
「あの‥‥お姉さんたちも『能力者』なんですか?」
 おとなしげな少年は、向かい合って座る年上の少女たちを前に、どぎまぎしたような様子で尋ねた。
「そんなに緊張しなくたっていいんですよ〜。覚醒してない間は、君たちと同じ普通の女の子ですから」
 テミストの気分をほぐそうと美緒は気さくな口調でいったが、それを聞いた少年は却って頬を赤らめ、ますます畏まった。
「す、すいません‥‥姉さん以外の女の人と話すのって、あんまり慣れてなくって‥‥」
 その表情に、思わず母性本能をくすぐられてしまう美緒であった。
「早速ですが、あなたがUPCに相談したお姉さんの暴走について、詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
 シアが本題へと話を進める。
「そうですね‥‥姉さん昔から思いこみが激しくて、突っ走りやすい性格で‥‥僕が男として不甲斐ないときなんか、つい厳しくなるのは今に始まったことじゃないんですけど‥‥」
 要するに、ヒマリアがテミストに対して過激に振る舞うのは元々のこと。能力者になってからそれに「覚醒・暴走」という被害が上乗せされたということらしい。
 ちなみにヒマリア自身の意志で正常に覚醒した場合、性格変化はあってもテミストに被害を及ぼすことはないという。
「でも、決して悪い姉じゃないんです! 子供の頃から、仕事で忙しい父と母に代わって色々と面倒も見てくれたし‥‥それに、あの日バグア軍の攻撃から避難するとき、姉さんは僕を庇って‥‥」
 そこまでいって、急にテミストは涙ぐんだ。
「やっぱり通報なんかするんじゃなかった‥‥もしこれで姉さんの立場が悪くなったりしたら、僕‥‥」
「だ、大丈夫ですよ! これはあくまで不慮の事故ですから‥‥お姉さんが罰を受けるとか、そんなこと絶対ありませんって」
 慌てて少年を窘めてから、美緒は隣のシアに小声で囁いた。
「どう思います?」
「そうね‥‥推論の一つですが、ヒマリアさんのテミスト君を守るという意識が過剰であり、それがAIを通じて反応してしまったんじゃないでしょうか? つまり、逆に弟離れができていないのかもしれません」
「やっぱり、シアさんも同じ考えですか‥‥」
「とりあえず、研究所のみんなに報告してきます。美緒さんは、テミスト君のことお願いしますね」
 そういって、シアは学園の電話を借りるため席を外した。
 残された美緒が、少年を労るように隣に座り直す。
「テミスト君のいうとおり、お姉さんは亡くなったお母さんの代わりみたいに君のことを心配してくれてるんですよ。だから、君もお姉さんを心配させないようしっかりしなくちゃ」
「でも、どうすれば‥‥」
「まずは『努力している』って姿を見せる事ですよ‥‥というわけで、一緒にお勉強しましょう♪」
「え?」
「大丈夫、判らない所は私が教えてあげますよ。今度のテストは目指せ百点なのです♪」
 戸惑うテミストを、美緒はむぎゅっと抱き締めた。

 一方、能力者候補生の訓練施設を訪れ、ヒマリアの交友関係を探った玲奈の首尾は芳しくなかった。成績優秀なうえ性格も明るいヒマリアは男女問わず友人は多かったが、特に深く交際している異性は発見できなかったのだ。
 これは彼女がプライベートタイムの殆どを対バグア戦の模擬訓練か、もしくは弟の身の回りの世話に費やしているのも一因と思われる。
「うーん。これは見込み違いだったかしら‥‥?」
 結局これといった情報は得られぬまま、公園のベンチに腰掛けた玲奈は、自販機のドリンクを飲みつつ嘆息するばかりだった。

●未来科学研究所・応接室
「いやあ、UPCから訓練生の視察を依頼されましてね。どーも傭兵候補の諸君に気合いを入れろって趣旨らしくて‥‥」
 検診終了後、私服に着替えたヒマリアは、エミタ調査班も交え、後から合流してきた徹二、帝らと歓談していた。
「自分の親父もバグアに殺られたクチであります。‥‥物心つく前だったのが良かったのか悪かったのか」
「そうだったんですかぁ‥‥でもご立派です。弟とたいして変わらない歳なのに、もう傭兵として闘ってらっしゃるなんて」
「いやあ、それほどでも」
「はぁ〜‥‥テミストも、せめて徹二さんの半分でいいから、しっかりしてくれたらいいのになぁ」
 そのとき、シアからの連絡を受けていたクラリッサが応接室に戻り、仲間たちにその内容を小声で伝えた。
「なるほど‥‥ね。だいたい状況は把握できたよ」
 帝が頷き、
「では、打ち合わせ通り、後のことは僕に任せてもらえるね?」
「ど、どうしたんですか?」
 事情が飲み込めず、きょとんとして周囲を見回すヒマリア。
「実は、UPCに訓練生でも特に優秀な君の覚醒状態をテストして欲しいと頼まれていてね‥‥協力してもらえるかな?」
「え? か、構いませんけど」
 傭兵たちと主治医のナタリアを残し、一般スタッフが全員部屋から退去する。
 ヒマリアが精神を統一するようにすぅ‥‥っと深呼吸すると、やがて覚醒が始まり、彼女の金髪は炎のような茜色に変わってフワっと浮き上がった。同時にその顔から無邪気さが消え、やや挑戦的な半眼で正面の帝を見据える。
 帝を含め、その場にいる能力者たちも、万一に備えて覚醒状態に入った。
「さて、ヒマリア君‥‥君は、どうして能力者になりたいのかな?」
「敵と‥‥バグアと、闘うため‥‥父さんと、母さんの仇‥‥」
「弟君をどう思っている?」
「テミスト‥‥守ってやりたい‥‥父さんたちに代わって‥‥」
「例えば、だ。弟君が何者かの仕業により、傷ついていたら‥‥君はどうする?」
「――ユルサナイ!」
 一瞬、その場にいた全員は部屋全体が震えるような錯覚を覚えた。
 帝は片手をすっと伸ばし、落ち着かせるようにヒマリアの肩に置く。
「よく思い出してごらん。他ならぬ君自身が‥‥弟君を傷つけ、怯えさせていた‥‥そんな覚えはないかな?」
「アタシ‥‥ガ‥‥」
「バグアとの闘いも大事だが、身近の大事な人の動きに気が向かないのならば‥‥君は能力者ではなく、一般人に戻った方がいいと思うんだ」
「‥‥」
 憑き物が落ちたようにふっと覚醒が解け、ヒマリアはドサっとソファの背にもたれかかった。暴走中の記憶が蘇ったのか、見開いた碧眼から大粒の涙がポロポロ零れる。
「全然気づかなかった‥‥あたし、そんなことしてたんだ‥‥」
「キツいこといってごめんね。‥‥でも僕は、君が立派な能力者で、なおかつ立派なお姉さんでいられることを信じているよ」
 ふっと優しく微笑み、帝がいう。
「気負う心は判りますが、俺もあなたもまだガキであります。‥‥余り溜め込まないで、少し周りに頼っても許されるんじゃねえかな?」
 泣きじゃくるヒマリアの頭を、年下の徹二がまるで妹のように撫でてやった。

 不思議なことに、この日を境にヒマリアの「暴走現象」はピタリと収まった。
 とはいえ、人間の元来の性格などそうそう変わるものではない。
 テミストは姉の脅威から解放されたのか? それは神のみぞ知る‥‥。

<了>