●リプレイ本文
●「サラスワティ」への招待
夕暮れ迫る南太平洋上空。
プリネア海軍の輸送ヘリから眼下の海上を見下ろすと、白い航跡を引いて進む空母「サラスワティ」の甲板上では既にクリスマスの宴が始まっていた。
パイロットを別にしても、優に千名を超すクルー達が搭乗する大型艦である。艦の運航のため持ち場を離れられない者は別にして、それでも非番にあたる百名以上のクルーが空母の飛行甲板上に集い、思い思いに立食パーティーを楽しんでいる様子だった。
イルミネーションでライトアップされた空母の艦橋が、まるでそのまま巨大なクリスマスツリーのようだ。
「そ、そろそろ着きますわね‥‥」
研究所代表として招かれたナタリア・アルテミエフ(gz0012)が、なるべく外を見ないよう、開いた本で顔を覆い隠しながら呟く。先日の模擬空戦で傭兵達から鍛えられたといえ、生来の飛行機恐怖症は未だに克服しきれていないようだ。
それでもパーティーじたいは楽しみなのか、普段の万年白衣姿とは打って変わり、黒のイブニングドレスを新調したうえ眼鏡をコンタクトレンズに代えるなど、かなり気合いが入っている。
「偶には特に深い事も考えずに楽しむというのも良いな」
同じヘリに同席する九条・命(
ga0148)は、手持ちに良い服がないのでレンタルのタキシードを着用していた。
「パーティーもスーツも南半球も空母も初めてで――もう始まる前からドキドキです」
柚井 ソラ(
ga0187)が顔を上気させていう。彼はスーツ姿だったが、身長152cmと小柄なので、何となく服に着られている印象だった。
「‥‥金がなくてタキシードは、用意できなかったぜ」
同じくスーツ姿の雪ノ下正和(
ga0219)が、やや気落ちした表情で嘆息する。実は彼が落胆気味の理由は他にもあるのだが、今はあえて触れない方がよいだろう。
「たまにはこう言う世界に戻って来るのもいいものだ‥‥傭兵は初心な者が多くて気疲れる」
そういうUNKNOWN(
ga4276)の服装はダブルカフス仕立の白の立襟シャツの上にロイヤルブラックのフロックコート、ベスト、ズボン。さらにはワインレッドのポケットチーフと蝶ネクタイに白手袋。髪を軽くバックに撫で付けた正装である。
傭兵達の前歴は様々だが、彼の場合この種のフォーマルなパーティーにはかなり慣れているらしい。
「南の地にてのクリスマスは、初めてじゃのう」
愛刀・蛍火を胸に抱き、冬織・カミーユ・ダリエ(
ga4757)が 興味津々といった面持ちで眼下の空母を眺めやった。
彼女は日頃より着慣れた和服で参加。若緑の無地に、光沢を抑えた銀糸の花織り柄帯と、海上となる南太平洋の気候に合わせて初夏の瑞々しい若芽の印象を与える出で立ち。
小物として水色の布張り扇を持ち、また長い巻毛の銀髪は、サイドだけ後ろで留め流していた。
「ホワイトクリスマスになるやらならぬやらの地にばかり居ったゆえ、新鮮な心持じゃよ
。此度は招待頂き、ラクスミ王女に心より礼を申さねばのう。‥‥風の噂で愉快な娘御じゃと聞いておるゆえ、会えるは楽しみじゃな。如何な姫御前かのう?」
全長250m、幅40mにおよぶ「サラスワティ」飛行甲板は、今夜は自艦の搭載機であるヘリコプターなどは全て格納庫に収容、中央付近をパーティー会場に、艦尾部を送迎用ヘリの発着スペースに解放してある。
やがて傭兵たちの分乗する数機のヘリは、LSO(着艦信号士官)の誘導に従って順次空母に降り立った。
日本であれば真冬だが、現在南太平洋上を航行する空母の甲板上に吹く潮風は、まるで初夏のように心地よい。
「サラスワティにようこそ。ところで誠に恐れ入りますが、武器類は当方でお預かり致します。それと、撮影機材も‥‥」
褐色の肌の兵士が、慇懃な口調で告げた。おそらくプリネア軍の海兵隊員だろう。パーティーとはいえ、ここは軍艦であり、しかも王族の乗艦でもある。
よく見れば、目立たない形ではあるが、艦上の要所には武装した海兵隊員が警備兵として目を光らせている。彼らの一部は能力者という話だった。
ちなみにプリネア王女ラクスミ・ファラーム(gz0031)が空母艦長としてラスト・ホープに滞在していることは知られているものの、彼女の顔写真などの画像は一切公表されていない。
バグア側による暗殺・誘拐などを防ぐためである。
従って、これまで依頼などで直接ラクスミと対面した者を除き、殆どの傭兵達はまだ王女の顔を知らなかった。
傭兵達が自らの武器やカメラ等を渡すと、海兵隊員は「サンキュー・サー」といって恭しく受け取り、後の案内を一般のデッキクルー達に任せた。
●王女との謁見
既にほろ酔い加減となっているクルーたちの間を通り抜け、傭兵たちはパーティー会場の中央へと進んでいく。
その一人、私服のうちで一番可愛い服を着ておめかしした綾峰・透華(
ga0469)は、やがて人だかりの中心にゆったりした民族衣装をまとった、見覚えのある小柄な少女の姿を発見した。
「アヤミネか!?」
向こうが先に気づいたのか、ラクスミはパタパタ走り寄ると、握手もそこそこに抱きついてきた。初対面の見学会から既に3度目、しかも同年配の少女としてかなり親しみを抱いているのだろう。
「名古屋ではかなりの激戦と聞いて心配しておったが‥‥無事にまた会えて嬉しく思うぞ」
「王女様久しぶり〜! 元気にしてた? 今日はパーティに招待してくれてありがとうね」
透華もニッコリ笑い、気さくに挨拶した。
「うむ。軍艦ゆえ何かと不自由な所もあるが、今宵はゆるりと楽しんでいってくれ」
「ラクスミ王女、今宵はお招きいただきありがとうございます」
やはり見学会以来の顔見知りである緑川 安則(
ga0157)が、片膝をついて王女の手の甲に口づけした。
迷彩服にベレー帽、聖盾従軍章で歴戦の勇士を演出している。
――残念ながら、装備してきたハンドガンとレイピアはヘリから降りた時点で警備兵預かりになってしまったが。
「おお、ミドリカワか。そなたも九州沖の海戦では大儀であった」
「どうですか? この際、独立した親衛隊を設立なされては?」
安則は、この機に以前からの考えを進言してみた。
「親衛隊を作り、隊員に名誉ある称号としてラクミス親衛隊員の名を送るのです。多くの傭兵が称号と親衛隊員としての誇りを求めて参加するでしょう」
「ほう‥‥どう思う? シンハ」
ラクスミは振り返り、背後に影のごとく控える長身の侍従武官・シンハ中佐に意見を求めた。
「そうですな‥‥近々、ラスト・ホープの兵舎内に我が王国の大使館を開設する予定ですし、そちらを窓口にしては如何でしょうか?」
「判った。よきにはからえ」
再び安則に向き直ると、
「ともあれ、そなたの志は嬉しく思う。先の海戦の戦功も含め、この場を借りてプリネア王国名誉騎士の位を授けようぞ」
王女は中佐が腰に差すイアリスを借りて跪く安則の肩に軽く置き、その場で略式の騎士叙勲が行われた。
このとき「プライウェン」作戦で同空母パイロットとして搭乗した雪ノ下正和、沢村 五郎(
ga1749)、そして透華にもそれぞれナイトの称号が授けられた。
ナイトといえばれっきとした貴族だが、この場合はまあ名誉の勲章といったところであろう。
周囲を取り巻く空母の将兵達が姿勢を正して敬礼し、その後一斉に拍手を贈る。
安則が静かに一礼し引き下がった後、引き続き初対面の傭兵たちが王女に拝謁した。
「王女様、本日はお招きいただき誠にありがとうございます♪」
正和は礼儀正しく、また務めて明るく挨拶したが、やはりどこか沈んだ表情は隠せない。
「おお、そなたも博多湾沖で世話になった‥‥ところでどうかしたか? 気分がすぐれんようじゃが」
彼は交友関係にあった女性傭兵を今夜のパーティーに誘っていたのだが、あいにく断られ独りフラレモードに入っていたのだ。
「‥‥いえ、何でもないです」
やや哀愁の漂う背中で、せめて料理や飲み物をおいしくいただき、普通にパーティーを楽しむべくパーティー会場に向かう正和であった。
挫けるな正和。明日はきっといい事があるさ――と思わず励ます誰かの声が聞こえるのは、たぶん南海の風の悪戯であろう。
「初めまして、ラクスミ王女。今宵はお招き頂きありがとうございます」
堅苦しくない程度にフォーマルな服装で出席した白鐘剣一郎(
ga0184)が挨拶した。
「先だっては仲間の傭兵がお世話になりました」
その傭兵の名を聞き、ラクスミはポンと手を叩いた。
「そうそう。見学会に来ていた、あの胸のでかいスナイパーじゃな。‥‥KV陸戦形態で飛行甲板を壊しかけた」
ちなみに現在の「サラスワティ」は大幅に飛行甲板を強化したので、陸戦形態での離発着にも充分耐えられるように改造されている。
「福岡でのワーム迎撃戦でも友軍機の離脱支援をして頂いたようで、王女並びにクルーの皆さんに改めて感謝を」
「何の。福岡や名古屋でのその方らの活躍も聞き及んでおるぞ。今後とも、地球防衛のためよろしく頼む」
「お招き頂きありがとうございます。ところで、王女様は恋人はいらっしゃるんですか? 凄く興味があります♪」
御坂 美緒(
ga0466)がドキドキしながら聞く。
思いもよらぬ質問に目をぱちくりさせるラクスミだが、すぐニッと笑い、
「まあ、いなくもないがな‥‥ほれ、あそこに」
と、クリスマスを祝うイルミネーションで満艦飾となった「サラスワティ」の艦橋を指さした。
「王女様も中佐殿もご健勝でなによりです」
スーツ姿の沢村 五郎はラクスミたちに挨拶を済ませた後、ネクタイを緩め、相棒の大山田 敬(
ga1759)と共にシャンパン片手にパーティー会場をブラリとひと周りした。
かつて博多湾沖の戦闘で共に戦った一般クルーたちに挨拶するためである。
向こうもこちらの顔を覚えていたのか、何人かのクルーは杯を上げ、
「よう、傭兵のパイロットさん! あれから元気にやってるかい?」
「こっちきて一杯やろうや!」
と上機嫌で酒を勧めてくる。
「あんときゃ世話になったな。ありがとよ」
ざっくばらんに話しかけながら、五郎はふと思った。
(「やっぱりこっちの方が楽しいな。シンハ中佐も、案外こういうのが好きなのかもしれないが‥‥ま、偉い人にゃ立場ってもんがあるだろうしな」)
「本日はお招きいただきありがとうございます。もしよろしければこちらをどうぞ。友人のお店で出しているアイスです」
キョーコ・クルック(
ga4770)は友人が兵舎で販売しているアイスを王女に手渡した。
もちろん、食品関係は空母に到着した際、衛生兵による検疫をパスしてある。
彼女の服装は背中を大きく空けた、露出高めの黒いパーティードレスだった。
「うまい!」
バニラ、ストロベリー、プリン味のアイスを一口ずつ食べ、ラクスミが子供のように喜ぶ。
「兵舎の中でアイス屋を開いておるのか? 面白いのう‥‥ところでシンハ、わらわはいつラスト・ホープへ遊びに行けるのじゃ?」
「それは‥‥いまUPC本部とも調整中ですので、今暫くお待ちを」
娘に高い玩具をおねだりされる父親のような表情で、中佐は答えた。
「サラスワティへ御招待頂き恐悦至極」
寿 源次(
ga3427)は一張羅のクリーニング済スーツで頭を下げた。
「聖盾従軍章を身に着ける事が出来たのは、貴女方の活躍があってこそ。貴女方のお陰で帰る家を失わずに済んだ戦士達に代わり、一言お礼申し上げる」
「いいや、ギガ・ワームを墜としたのも、例の黒い新型機を追い払ったのもそなたら能力者の功績じゃ。やはりその聖盾の証、汝らが身につけるのが相応しいぞ」
眩しげに聖盾従軍章を見上げ、ラクスミがいった。
「俺にも艦内を見学させてもらえませんか?」
一通り挨拶を済ませた後、時任 絃也(
ga0983)は切り出した。
服装は衣装屋で見繕って貰ったモードスタイル・ピークドラペル1ツボタンメンズスーツの黒を着用、ノーネクタイ。フォーマルな衣装は着慣れないため、何処か窮屈そうである。
「できれば一般見学コースの他に‥‥動力炉、艦載兵器、格納庫、艦載機の昇降機、艦橋なども」
「何のためにですかな?」
王女より先に、シンハ中佐がやや厳しい声で問いただしてきた。
「依頼によっては護衛対象、命を預ける艦となる故に色々知っておきたいですからね。まぁ『need to know』って言葉もあるし、それを出されたら大人しく見れる場所だけ見させてもらいますが」
元より絃也は船上パーティーより、軍艦としての空母そのものの方に興味があった。
「ふむ‥‥」
中佐は腰を屈め王女と小声で会話を交わした後、再び顔を上げて答えた。
「承知した。さすがにSES機関の動力部と艦橋内の指揮中枢は機密保持のためお見せできないが、それ以外の場所についてはなるべくご希望に沿うよう配慮しよう」
士官の一人を呼び、案内役を務めるよう命じる。既にクルーたちと一杯やっていた命、剣一郎、それにキョーコも、そちらの見学につきあうことにした。
「玉露でのうてすまんの」
冬織は招待の礼として王女に緑茶をおくった。
「ほう、日本のグリーンティーか? これはかたじけない」
それから自分をまじまじ見つめる冬織の視線に気づき、
「‥‥わらわの顔に何かついておるか?」
「これは失礼を。じゃが、美しきを愛でたく思うは、老若男女同じじゃと思うぞえ?」
そういって屈託なく微笑む冬織。
これが男であれば「無礼」と取られても仕方のない発言だが、自らも神秘的な美貌をまとった和装の女傭兵にいわれて、悪い気はしなかったらしい。
「ははは。世辞がうまいのう、そなたは」
若き王女は少し照れたように笑った。
●艦内にて
さて、甲板上での王女への謁見が続いている間、御坂 美緒はヒマリア・ジュピトル(gz0029)、そして弟テミストと共に艦内のPXでショッピングを楽しんでいた。
昔風にいえば「酒保」、要するに軍艦内の売店だが、最新鋭の大型艦だけあってL・ホープのコンビニ並に殆どの日用品や雑誌類などが購入できる。
また、どういうわけかPXと隣接して土産物屋まであり、東南アジア系の民芸品や、果ては「サラスワティ」をモデルにしたミニチュアやカレンダー、ペナントまで売っていた。
「ミーティナちゃんとは、あれからうまく行ってますか?」
テミストのほっぺをふにふにさせつつ、美緒が尋ねる。
「えと‥‥あれから、時々映画や買い物につきあったりしてますけど‥‥でも、あの子とはただそれだけで‥‥」
「なーにが『時々』よ? ちょっと御坂さん聞いてください。最近、休みの日なんかいっつもミーティナとお出かけで留守なんですよー。あーもう、姉さん寂しいっ」
片肘で弟の肩をグリグリさせ、ユピテルがからかう。
「まあまあ。ヒマリアさんも、素敵な男性とめぐり合えるかもですよ♪」
「えー? そんな、あたしなんて‥‥」
「そうなったらきっと、テミスト君に構う時間が少なくなるかもですけれど‥‥お姉さんの幸せの為ですから、テミスト君は寂しくても我慢ですよ♪ ‥‥助かるとか思っても駄目ですよ?」
(「でも、ちょっと助かるかも‥‥」)
チラリと思うテミストであったが、さすがに姉の前では口に出せない。
やがて3人は土産物店を物色すると、ミーティナへの土産も含め民芸品風の携帯ストラップなどを買いこみ、再び甲板上へと引き返した。
●艦上パーティー!
夜が更けるにつれて、甲板上の宴もいよいよたけなわとなった。
アルフレッド・ランド(
ga0082)がL・ホープから持ち込んだ新鮮な果物や野菜など、パーティー用の食材(衛生兵の検疫済)を差し出すと、厨房班のコックは顔をほころばせた。
「やあ、すまねえなぁ。お客さんに気を遣わせちまって」
東南アジア諸国にはヒンズー教徒やイスラム教徒の人口が多い。それぞれの宗教戒律に気を遣いあえて牛肉や豚肉の持ち込みは避けたアルフレッドだが、その話をコックにすると、
「ああ、それだったら気にしなくていいぜ。パーティーの料理は、クルーの宗教別にきちんとテーブルを分けてあるから。そもそも空母の運用なんて初めてだから、プリネア海軍の他に米国、ロシア、英国、インド‥‥要するに世界中の空母保有国から、ベテランのクルーを引き抜いたって話だ」
コックはニヤリと笑い、
「かくいう俺も、半年前まではタイ海軍で働いてたクチでね‥‥ま、立場はあんた方傭兵と似たようなもんさ。だからあまり気にせず、気軽に楽しんでってくれ」
榊兵衛(
ga0388)は友人であるクラリッサ・メディスン(
ga0853)の誘いを受け、エスコート役としてパーティーに参加していた。
「‥‥着慣れない物を着るんじゃないな」
一応、TPOに合わせて恥ずかしくない礼服を借用しパーティーに臨んだつもりだが、やはりこの手の礼服は馴染めない。
「まあ、クラリッサの引き立て役くらいにはなっているんだろうが」
そんな風にぼやく兵衛に対し、
「たまには戦いの事を忘れて、リフレッシュするのも大切ですわよ、ヒョウエ」
そういうクラリッサの衣装は、胸元を強調したパーティードレスにシックな銀の装飾品、さらに自らの魅力を最大限に魅せるべくメイクを施している。
その艶やかな姿は、野郎率が異様に高い空母の甲板上では明らかに注目を浴びていた。
「‥‥別にヒョウエの為ではありませんから、誤解しないで下さいね」
「おお、榊殿!」
そんな二人に声をかけてくる小柄な老人がいた。たった今到着したのか、ヘリポートの方からやってきた十神・源二郎と孫の榛名である。
源二郎はいつもの紋付き袴、榛名の方は大正風の矢絣着物に赤い帯袴という出で立ち。
「いつぞやのむじな退治では世話になったのう」
風邪の方はすっかり快方したらしい。
兵衛の方も慣れないパーティー会場で見知った顔に会えたことに安堵し、
「十神先生、元気になられたようでほっとしております。近いうちにまた手合わせをお願いできたらと思います」
「うむ、望む所じゃ――それはそうと、そちらの美しいご婦人はお連れかの?」
クラリッサとも挨拶を交わした後、すすっと兵衛の傍らに近づき、
「‥‥なかなか隅に置けんのう、榊殿も。ヌフフ」
肘で小突きながら、意味ありげに笑う。
「いえ、彼女とは単なる友達で‥‥」
「そのとおり、彼とはただの傭兵仲間です」
といいつつも、クラリッサは戸惑う兵衛をからかうようにわざと身を寄せ、
「こちらの可愛いお嬢さんもヒョウエのお知り合い? 是非私にも紹介して頂けます?」
「十神・榛名と申します。榊様からは、日頃より祖父共々お世話になっております」
自ら挨拶し、丁寧に頭を下げる榛名だが、その顔にごく微かではあるが複雑な色が浮かんでいた。
何やら美女二人に挟まれた格好になり、兵衛がすっかり弱り果てた時。
「よう、クラリッサじゃないか」
ちょうど源次、ナタリア、そして艦内から戻ってきたヒマリア姉弟が近づいてきた。
源次は十神家の面々が初めてL・ホープに来たとき以来の知己。またクラリッサやナタリアとは、かつてヒマリアの「覚醒暴走事件」に関する依頼で面識がある。
まずは年長の源二郎に挨拶し、
「お久しぶりです。物の怪相手に大奮闘されたとか。ご健勝で何よりです」
「あ、いや、あれは‥‥の」
気まずそうに髭の先をいじる源二郎。その一件で、彼は被害者第1号として寝込んでいたのだから無理もない。
「初めまして、かな? 寿という者だ」
不思議そうな顔のテミストに、ヒマリアには聞こえないよう小声で、
「きみがお姉さんの件で駆け込んで来た時、請け負った者さ。何、直にお姉さんを心配してやる立場になるさ」
「ねーっ、二人とも、ナニ内緒話してるの?」
「なあに、男同士の話さ」
ヒマリアにウィンクした後、改めて兵衛の方に向き直り、
「榊氏、きみが榛名嬢を案内してあげてはどうだろう?」
「いや、俺は‥‥」
とクラリッサの方を見やると、彼女は旧知のナタリアやヒマリアと談笑している。
「なら‥‥少しご一緒しましょうか? 榛名さん」
クラリッサに断りを入れ、兵衛は榛名と二人で歩き始めた。
「この船は空母なのか戦艦なのか分からないシロモノになりつつありますね‥‥」
シェイド対策として新たに加速粒子砲とG型放電管が艤装された「サラスワティ」の艦橋を見あげつつ、透華がいった。
先ほどから南国風のエスニック料理やトロピカルドリンクを堪能しつつ王女と談笑していたのだが、やはり巨大メカ好きの血が騒ぐのか、いつの間にか武装が追加されている「サラスワティ」艦橋が気になって仕方がない。
「うーむ。最初はこんなはずではなかったのじゃがなあ‥‥」
その近くでは、見る物全てが珍しいのか、冬織が士官の一人を捕まえ、
「彼の物は何じゃ? 此れは如何なる物かえ?」
と質問攻めにして弱らせていた。
「就航してまだ日が浅いと聞いたが、既に随分と手が入っている‥‥大したものだ」
艦内見学から戻ってきた剣一郎が、ナタリアに告げた。
「先日はお疲れさま。その後仕事の調子はどうだ?」
「ええ、飛行機嫌いはなかなか治りませんけど‥‥何とか気絶せずに飛べるくらいには」
「はは、あの時の勇ましい掛け声は悪くなかった。改善の兆しがあるなら大丈夫だ、きっと治るさ」
「だといいんですけど‥‥このところ研究所の仕事が益々忙しくて‥‥正直、操縦訓練もままなりませんわ」
「そうか。なら今日はしっかり気分転換をしていこう」
剣一郎はグラスを上げ、にっこり笑った。
「一曲弾かせてもらうぜ!」
いつものボロ帽子になるたけ上等な服、そしてギター片手に乗り込んでいた大山田 敬は、甲板上で演奏していたクルーの軍楽隊に飛び入り参加し、自らギターを弾き始めた。
最初こそクリスマスソングだったが、そのうちとんでもないスラング交じりの歌ばかりへと変わる。
『♪俺たちは、ちっとも後悔なんかしねぇ♪』
それがまたクルー達に受け、一斉に口笛や拍手喝采が上がった。
負けじとばかりアルフレッドがバイオリンとハーモニカ(ブルースハープ)を、UNKNOWNがサックスを持って参入。
会場の一角で所在なさげにジュースを飲んでいた高瀬・誠(gz0021)をめざとく見つけた敬は、
「よう! おまえもコッチ来て歌え!! 歌詞なんてすぐ覚える」
と半ば強引に引っ張り込み、しまいには軍楽隊や他のクルーも一緒になってわけの判らない大合唱となった。
そのさなか、士官の一人がシンハ中佐の元へ駆け寄り、慌てたように何事か囁く。
「‥‥KVが着艦許可を? 聞いておらんな」
「しかし、識別信号は明らかに友軍機ですが‥‥」
「やむを得ん。ちょうど甲板の強化が済んだ所だし‥‥陸戦形態で、ヘリポートの方へ降りて貰え」
自ら購入した最新鋭機・KV104バイパーで会場に乗り付けたのは鷹見 仁(
ga0232)だった。
「折角新型機が手に入った事だし乗っていってお披露目しようか? 噂じゃ主催者はこういうのが好きらしいし喜んでくれるかもしれん」
空母側からの指示に従い、上空でギリギリまで速度を落とし、機体を人型に変形させてヘリポートのスペースへ無事着艦。
噂の新型機が到着したとあって、会場にいたクルーや傭兵達がどっと押し寄せた。
●今宵、南十字星の下で
バイパー登場の喧噪がひとしきり収まったのを見計らい、UNKNOWNは指を鳴らしていったん楽曲を止め、楽団には目で「音色に付いてこい」と指示。
自らサックスでJAZZYな音色を奏で始めた。
それを合図のように艦上の照明が落とされ、パーティーは自然とダンスタイムへと流れていく。
といっても男女比が相当偏った軍艦のこと、クラリッサやナタリア、キョーコら華やかに着飾った女性陣にはクルー達からたちまちダンスの申込みが殺到し、いつ順番が回ってくるかも判らない。
UNKNOWNはラクスミを誘うべく王族席へと向かったが、そこで見たのはキャアキャアはしゃぎながら飲み食いする美緒やヒマリア、透華たちの姿だった。
「王女様? さっき『ちょっと風にあたってくる』って行っちゃったよ」
「どうしましょう。俺、ダンスなんてしたことないです」
「踊ってみようか。うん、教えてあげるよ‥‥昔ちょっとね」
戸惑う柚井 ソラの手を取り、国谷 真彼(
ga2331)がステップを踏み始めた。
緊張かつ一生懸命なソラは、男同士という状況や周囲の空気など気にする余裕はない。
自分のリードに合わせて必死についてくる小さな友人を見やりながら、真彼はふと亡くした者達のことに思いを馳せた。
(「妹と踊るためにと、散々幼馴染に練習につき合わされたっけ」)
――お陰で女役はちょっとしたものだ。
幼馴染と妹。幸せになるはずだった2人を失い、生きる意義を見失った
復讐という生きる意義を得るため、能力者となった
だけど、磨耗した。憎しみと悲しみを維持できない、自身の覚悟の浅さに辟易した
(「そんな僕に、『喫茶ことり』で会った小さな彼は『友達になりませんか』と声をかけてくれた。一人でいた僕は、いつのまにか捻じ曲げられていたのかもしれない。まっすぐに僕を尊敬してくれる瞳は、僕の本質を教えてくれた」)
大切なことを思い出させてくれた、この小さき友人に、最大の感謝と、年齢を越えた友情を伝えたい――真彼はそう思った。
いつか彼が大人になり、想いを寄せた女性と、上手く踊ることができるように願って。
一方、ソラもまた考えていた。
(「国谷さんに会えて、本当に良かったです」)
高校生だった頃と違い、能力者として依頼に参加すれば大人の間で一人前として行動しなければならない。
早く大人になりたい、強くなりたい――そう思っている。
そんなソラにとっては真彼は憧れであり、目標だった。
芯が通った性格、周囲に対する気遣い、接しやすい暖かな雰囲気、少しお茶目な感じのところ――全てが。
真彼の揺るがない、けれど穏やかな雰囲気に、精神的に揺らぎやすい自分はどれだけ助けられたか。
(「俺も国谷さんみたいな人でありたいですし、なりたいです。そうなれるよう努力していきたいと思ってます」)
ソラは内ポケットからプレゼントのネクタイを取り出し、そっと真彼に手渡して微笑んだ。
「いつも有難うございます。これからも、よろしくお願いしますね」
会場をぶらりと歩いていた兵衛と榛名も、その場の雰囲気に押されて自然と踊り始めていた。とはいえ、お互い武道一筋に歩んできた2人である。いつもの稽古とは勝手が違い、見よう見まねでぎこちなくステップを踏む。
「私の服装‥‥場違いではないでしょうか? 祖父の見立てですし‥‥」
頬を染めて俯く榛名を見つめ、
「‥‥俺は似合っていると思う。こんな綺麗な榛名の目の前にしたら、たいていの男は口説かずに居られないだろうな」
「そんな‥‥クラリッサ様のほうが、ずっとお綺麗ですわ」
「彼女は、さっきもいったとおり単なる傭兵仲間だ。いや戦友というべきかな?」
「戦友‥‥良い言葉ですわね。共に戦い、安んじて背中を預けられる友‥‥私も早く、仲間からそう呼ばれる様、精進したいと思います」
「はなはだ頼りないが、何か困った事があれば、俺を頼って欲しいと思う。力になれると安請け合いする事は出来ないが、悩みを分かち合うくらいなら出来るはずだからな」
それは何の下心もない、先輩たる傭兵としての言葉であった。
「ふう、参った」
バイパーから降りた途端、新型機についてあれこれ質問攻めにあっていた仁は、ようやく人混みを抜け出し、会場で貰ったシャンパングラスを持って人気の少ない艦首の方で一息ついていた。といっても、自分が飲むためではない。
「――乾杯」
そう呟いて、シャンパンを甲板にこぼす。
「何をしておる? 艦を汚すでない!」
背後からいきなり叱責されて振り返ると、そこに民族服の小柄な少女が腰に手を当て険しく睨み付けていた。
それが王女のラクスミだとは、仁には知る由もない。
「いや、ごめん‥‥なんとなく似たもの同士だと思ってな」
付近に立っていた警備兵が動きかけたが、ラクスミに目で止められ、再び彫像のごとく直立不動の姿勢を取る。
「俺もこの艦も、前の作戦で決して働きが小さかった訳じゃない。でも大きな戦果を挙げたわけでもない。だから‥‥次はお互いがんばろうぜ、ってな」
「ほう?」
ラクスミは興味深そうに、仁の側まで歩み寄ってきた。
「ところで‥‥お前、誰?」
「な、名乗るほどの者ではない。‥‥偶々、身内に誘われたのでな」
「ふぅん? そう言えばこのパーティーに、プリネア王国の王女が参加しているって聞いたんだが‥‥知ってるか?」
「さあ?」
「是非一度会ってみたかったんだが、うん、やっぱり可愛いのかね?」
「どうじゃろうなあ」
ラクスミはわざとらしく腕組みし、
「わら‥‥わたしは会ったことはないから知らんが‥‥しかし、皆が思っているほど楽な身分でないと思うぞ。ましてや、己の指揮で死人が出る事を思えば‥‥」
「ははは‥‥面白いヤツだな、おまえ」
「そうかのう?」
仁は少女に微笑みかけ、
「王女様には会えなかったけど、お前と会えたからな。来た甲斐はあったよ」
そういって、会場へと引き返していった。
同じ頃、五郎と敬は艦尾に立ち、暗い海原にシャンパンを注ぎ込んでいた。
「余りもんだからって拗ねんなよ。お前ら底無しなんだからな」
人知れぬ戦死者たちへの追悼である。
そのすぐ後ろでは、甲板に寝転がった源次が、満天の星空に向かいグラスを掲げる。
「メリークリスマス‥‥こんなのも悪くない」
<了>