タイトル:ナタリアの憂鬱マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/19 16:27

●オープニング本文


「‥‥は?」
 未来科学研究所のスタッフ、ナタリア・アルテミエフ(gz0012)は上司の言葉にポカンと口を開けて聞き返した。
 ソバカス顔に丸眼鏡をかけ、ブルネットの髪を三つ編みのお下げに振り分けたその容姿はまるで女子大生のようだが、彼女は優秀な外科医にして研究者でもある。
「聞こえなかったかね? 近々、ラスト・ホープで航空ショーも兼ねてナイトフォーゲルによるチーム対抗の公開模擬空戦を行う。ついては、研究所代表として君にも参加して欲しいんだ」
 まるで夜食の買い出しに行って欲しい、と頼むかのような気安さで上司がいった。
「でも模擬空戦って‥‥傭兵とか正規軍パイロットとか、そういう人たちがやるものじゃないですか?」
「うむ、確かにそうなんだが‥‥」
 上司は顔をしかめ、なぜか腹立たしそうな顔つきになった。
「実は、近頃軍の一部から研究所の予算を削れ、という声が上がっていてな。『俺達が前線で戦っている間、奴らはエアコンの効いた研究室で楽してやがる。あいつらに怪しげな研究をさせる金があったら、1機でも多くのKVを生産してこちらに寄越せ』‥‥と、連中はこう主張しているわけだな」
「そんな‥‥偏見ですわ! 私たちだって、SES技術の研究やバグア側の戦力分析を通して、立派に地球防衛に貢献してるじゃないですか!?」
「そうそう。君だって、そう思うだろう?」
 上司は身を乗り出した。
「そこでだな、君は幸い能力者だし、KV操縦訓練も受けている。この際我が研究所の心意気をガーンと見せつけて、軍人連中の認識を改めさせて欲しいのだ」
「あ、あのう‥‥それは、当然シミュレータの戦闘なんですよね?」
「いや、公開模擬戦だといったろう? 当然実機に乗ってもらう。当日は軍や大企業のお偉方、それに一般市民も多数見学に来るぞ。特にパイロットに憧れる子供達は大喜び‥‥」
 そこまでいいかけてから、ナタリアの顔が死人のように蒼ざめているのに気づき、上司は手を振って笑った。
「いやいや、心配いらんよ。実機戦といっても兵器は全てダミーだし、命の危険はないから」
「そ、その‥‥」
「うん?」
「私‥‥ダメなんです‥‥ひ、飛行機」
「‥‥何だって?」
「子供の頃、初めて乗った旅客機が乱気流で墜落しかけて‥‥そ、それ以来全然ダメなんです。飛行機はもちろん、遊園地のジェットコースターも」
「そんな馬鹿な!」
 上司は慌てて手元にあるナタリアの個人データを確認した。
「これによれば、君は能力者になったときの初期訓練でKVの操縦訓練も受けてるし‥‥適性にも問題なし、とあるが?」
「あれはシミュレータ訓練だから我慢できたんです! いくらリアルに再現しても、所詮は仮想現実ですから‥‥」
「仕事で島外に出るとき、いつも高速移動艇に乗ってるじゃないか?」
「その時は、なるべく窓を見ないようにして、読書や何かで気を紛らわせてます。でも、KVの場合は‥‥自分で操縦するんですよねえ?」
「当たり前だろう。エミタAIを介して戦闘機のシステムと一体化するのがKVの特性なんだから。私は非能力者だからよく知らんが‥‥何でも体ひとつで空を飛んでいるような、実に爽快な気分だと聞いてるよ」
「(ひいいいっ!)」
 ナタリアはその場で卒倒しそうになった。
「やっぱり無理です! 研究所には他にも能力者のサイエンティストが大勢いらっしゃいますし‥‥その、できればこの役目は他の方に‥‥」
「もちろん、他のスタッフにも打診してみたんだが‥‥あいにくみんな手持ちの仕事が忙しいそうでな。そこで、君に白羽の矢が立った、というわけさ」
「貧乏クジ」「イケニエ」――そんな単語がナタリアの脳裏を過ぎる。
「‥‥なあ、ナタリア君」
 慈父のごとき微笑みを浮かべ、上司が彼女の肩をポンと叩いた。
「食わず嫌いはいかんよ。かくいう私も、子供の頃はパセリが大の苦手だったが、今じゃ気にせず食べてるぞ?」
「(そんなモノと一緒にしないで下さいぃ――ッ!!)」
 ナタリアは内心で絶叫したが、表向きはひきつった笑顔にしかならなかった。
 とはいえ彼女も研究所スタッフである以上、上からの命令となれば拒否することはできない。
 もっとも飛行機を操縦するくらいなら、ナイフ1本渡されて「キメラと戦え」と命じられた方が遙かに気が楽だったが。
(「そ、そうだわ! わざと負ければいいのよ。そうすれば、搭乗時間も短く‥‥)」
 そんな彼女の胸の裡を読んだかのように、やはり穏やかな微笑を湛えて上司がいった。
「――そうそう。模擬戦とはいえ、研究所の名誉がかかってるからねえ。万一ブザマな負け方をするようなら、減棒くらいじゃすまんよ、君ぃ。いやもちろん、そんなことはないと信じているが」

「こ、これは悪い夢‥‥でなきゃ、何かの陰謀だわ‥‥」
 上司が研究室を出て行った後、ナタリアはがっくりとデスクに両手を突いてうなだれた。
 しかし悪夢だろうが陰謀だろうが、決まってしまったものは仕方がない。

 公開の模擬空戦は、既に数日後に迫っていた。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
ヒカル・スローター(ga0535
15歳・♀・JG
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
麓みゆり(ga2049
22歳・♀・FT
ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
明星 那由他(ga4081
11歳・♂・ER
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF

●リプレイ本文

「‥‥へ? ‥‥飛べない?」
 南部 祐希(ga4390)は驚きの表情で、目の前でパイロットスーツを着たまましょげかえるナタリア・アルテミエフ(gz0012)を見つめた。
 航空ショーの開催まであと数日。模擬空戦とはいえ、会場に招かれるUPC幹部や各国から招待されたVIPの面々、それにL・ホープの一般市民を前に恥ずかしくない試合を披露しようと、傭兵達も大いに張り切っていた。
 そこで同じAチームに属する選手同士で集まり実機によるリハーサルを行おう、という運びになったのだが、その時になって、研究所代表として参加しているナタリアが「やっぱり私、飛べません!」と言い出したのだ。
「どこか、体の具合でも悪いのか?」
 白鐘剣一郎(ga0184)が心配そうに尋ねる。
「いえ‥‥そういうわけではないんですが‥‥」
 ナタリアは渋々、自分が飛行機恐怖症であること、そして今回不本意ながらも模擬空戦に参加するはめになった経緯を告白した。
「なるほど‥‥しかし、無理解な軍関係者には困ったものだよねェー」
 ナタリアと同じサイエンティストである獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)がため息をもらす。
「前線で銃を執る者、後方でそれを支える者‥‥そのどちらが欠けても、戦争なんて出来やしないんだよー」
 ともあれここまで話が進んでしまった以上、今さらメンバー交代というわけにもいくまい。それは誰よりナタリア自身が判っている。
「む、う。差し当たってはあれの後席に乗って貰いましょう」
 滑走路の端に駐機する「岩龍」を指さし、祐希が提案した。
「岩龍」は本来単座式の電子戦偵察機だが、そこにあったのは今回の模擬戦にあたり、正規軍の訓練用複座機をベースに、撃墜判定を行うための各種センサーや専用ソフトウェアによる改造が施された特別仕様の機体である。
「そうだな‥‥まずは空の蒼さと広さを恐れずに感じる余裕を持てるよう、遊覧飛行からでも良いだろう」
 剣一郎、それに獄門もそのアイデアに同意を示す。
「あれに‥‥乗るんですか?」
 ゴクっと唾を飲み、ナタリアが一歩退いた。冷や汗が流れ落ち、ただでさえ色白のソバカス顔が紙のように白く変わる。
 そのとき。
「ナタリア・アルテミエフ殿はこちらかな?」
 同じ飛行場の離れた一角でやはりリハーサルの打ち合わせをしていたBチームの一人、ヒカル・スローター(ga0535)が声をかけてきた。
 先の名古屋防衛戦ではAチームの面々とも翼を並べて戦った戦友同士とはいえ、今回の模擬戦では敵味方に分かれている。加えてAチームには未来科学研究所のスタッフが特別参加すると聞き、気になって様子を見に来たのだ。
「――私に、何かご用ですか?」
 見れば、ついさっきまで顔面蒼白で震えていたナタリアが、何事もなかったかのような顔で微笑んでいる。
(「か、変わり身が早いッ‥‥!」)
 半ば呆れ、半ば感心しつつ見守る剣一郎たち。まあ彼女にも研究所スタッフとしての面子がある。相手チームにまでそうそう情けない姿は見せられないのだろう。
「おぬし、実機戦は初めてと聞いたが‥‥大丈夫なのか? 模擬戦とはいえ、シミュレータ訓練とはわけが違うぞ」
「あら、何の不安もありませんわ」
 ナタリアは(外見だけ)にこやかに笑い、背後に駐機するナイトフォーゲルS−01の機体を頼もしげに撫でた。
「KVは単なる戦闘機ではありません。SES技術が生んだ人類の英知の結晶ですわ。能力者の力をいかんなく引き出し、ごく短期間のシミュレータ訓練で従来の熟練パイロット並の力を発揮する――それを証明するために、私自ら試合に参加するのですから」
 立て板に水のごとく喋りまくるが、背後で固く握られた彼女の掌は汗だくだった。
「面白い‥‥当日の模擬戦、楽しみにしておるからな」
 それだけ言い残し、再びBチームの仲間達の元へ引き返すヒカル。
「‥‥ふにゅっ」
 ヒカルの姿が遠ざかると同時に、気が抜けてヘナヘナとその場にしゃがみ込むナタリアを、Aチームの3人が慌てて助け起こした。

「素人はいえ、あの底知れぬ自信‥‥やはり研究所が代表として送りこんできただけのことはある。油断はできんな」
 Bチームへ戻ったヒカルが、仲間達に報告した。
「それじゃ、あたしたちも気を引き締めてかからないとね」
 と、やや緊張気味にいう熊谷真帆(ga3826)。
「でも、未来科学研究所‥‥サイエンティストの憧れの人と同じ仕事が出来るなんてうれしいです」
 今回の参加選手では最年少のサイエンティスト、明星 那由他(ga4081)が少し眩しそうな目で遠くにいるナタリアを見やった。
 ――世の中には「知らぬが仏」という事もある。
「航空ショーに参加するのは久しぶり、とっても楽しみよ」
 元テストパイロット、趣味でグライダーも乗りこなす根っからの飛行機好き、麓みゆり(ga2049)が目を輝かせていう。
 彼女の場合、模擬戦の勝敗そのものにはさして拘っていないようだった。
「一般市民や子供達には見て『素敵!』と思える様なフライトを。軍や企業関係者には『あの飛行士は誰?』と思われる様なフライトをプレゼントしたいわね」
 その場での打ち合わせを済ませ、Bチームの面々はリハーサルのため各自の搭乗機に向かった。
「こないだの戦争から間がないゆえ換装が間に合わなかったが‥‥まあ、何とかなるか」
 メトロニウムフレームの3倍掛けですさまじく無骨なスタイルになっている自機を見上げて、ヒカルはそう呟いた。
 コクピットに乗り組んだ那由他は、まず操縦席の計器類を入念にチェック、自機のコンディションを確認した。
「航空ショー中にって‥‥テレビの衝撃映像の定番だから‥‥一応」
 ナタリアがそれを聞いたら、その場で卒倒していたであろう。

「あわわ、飛んでる‥‥ホントに飛んでる〜〜ッッ!!」
「岩龍」の後部座席から眼下に広がるL・ホープを見やり、ナタリアはヘルメットの中でくぐもった悲鳴を上げた。覚醒により抵抗力が増してなければ、パニック状態に陥りとうに気を失っているところだ。
「何で? 何でこんな重い鉄の塊が、鳥みたいに空を飛べるんですかぁーーっ!?」
 先刻まで「人類の英知が云々」と語っていた研究所スタッフとしての理性もプライドも、今は完全にすっ飛んでいる。
 むろん彼女も知識として航空機の飛行原理は理解しているのだが、生理的恐怖感がそれを拒絶しているのだ。
『落ち着いてください! ナタリアさん』
 全部座席で操縦桿を握る祐希が、機内電話で声をかけた。
『空戦というのはね。一人でやるものじゃないんです。誰か助けてくれると信じて初めて成立する。悪くないですよ? 誰かと一緒に飛ぶ空というのは』
『まずは心を落ち着けるんだ。大丈夫、今は俺たちを信じろ』
 随伴して飛ぶKVR−01の剣一郎も無線で激励した。
「は‥‥はいっ」
 仲間達の励ましの声に、辛うじて気を取り直すナタリア。
 覚醒変化で淡く光を放つ両眼を見開くと、彼女は勇気を振り絞って風防の彼方に果てしなく広がる、バーチャルではない蒼空をしっかり見据えた。

 数日後――。
 UPC主催による航空ショーは華々しく開催された。
 通常は関係者以外立ち入り禁止の軍用空港が一般市民にも広く開放され、人々は普段間近で見ることのない各種KVやその他軍用機、搭載兵器の展示に興味深く見入っている。
 傭兵達が各兵舎ごとに出店した屋台の間を子供達が大はしゃぎで駆け回り、バグア軍との戦いで日頃沈みがちな市民たちの心に一時とはいえ明るいお祭り気分をもたらす。
 そしてメインプログラムである展示飛行が始まると、人々は滑走路脇に設営された観客席へと押し寄せた。
 正規軍アグサレッサー部隊によるアクロバット飛行。最新鋭機KVF−104「バイパー」を始め、各メガコーポレーションによる新型機のデモフライト。
 そして今回のショーの目玉でもある、傭兵たちのKVによる模擬空戦の時間が近づいた。

「一度、こいつに乗ってみたかったんだ」
 複座式「岩龍」の後部座席に乗り込み、ファルロス(ga3559)は興味深そうにその操縦席や計器類を見回す。
「それじゃあ、操縦と審判役は自分が担当しますので。ファルロスさんは、司会の方よろしくお願いしますよ」
 前部座席に乗り込みながら、審判役の正規軍パイロットが声をかけてくる。
 もっとも、音速単位で展開する空戦の勝敗は自機センサーや各KVに装備されたダミー兵器から転送されるデータを元に岩龍のコンピュータが厳密に判定を下すので、事実上岩龍じたいが今回の主審といえるが。
 やがて岩龍が滑走路から離陸すると、試合に参加するKV各機も後を追うようにA・Bチームの順に次々と大地から飛び立っていく。
『存分にショーを盛り上げて行こうか!』
 無線を通し、ファルロスは8機のKVに呼びかけた。

 上空にKVの編隊が姿を現すと、観客席から一際大きな歓声が上がった。
 先の日本における大規模戦闘で、名古屋に侵攻したバグア軍を撃退し人類側に勝利をもたらした彼ら能力者の傭兵は、今や人々にとって希望の星だ。
 模擬戦とはいえその英雄たちの空戦を間近で観戦できるとあって、観客の期待もいやがうえにも盛り上がっていた。
 まずは剣一郎機を先頭にAチームが右翼に、Bチームが左翼に並ぶ鏃陣形を描いて会場上空に飛来するや陣形維持のまま宙返り1回の後、8機は扇状に展開。
 その様子は、地上に設置された超大型スクリーンに岩龍からの実況映像としても上映されていた。
 展開後、各チーム4機でダイヤモンド編隊を組んでから反転。両チームが会場上空でクロス状に交差した所で、岩龍より模擬戦開始の信号弾が打ち上げられた。
 いよいよ、試合開始である。
 なお安全対策として、試合中のブースト及びKVの形態変更は禁止。
 戦闘は必然的に在来機時代のドッグファイトに近いものとなる。
『さあ、名古屋防衛戦を制した歴戦の傭兵に挑むは研究所代表、実機戦初体験のナタリア博士! まさに異色の対戦です!』
 岩龍機内で実況のマイクを握るファルロスの声が、会場のスピーカから熱く響き渡る。
 一方、KVS−01を操縦するナタリアの無線には、
『何も考えずに撃ちまくれ! とにかく真っ直ぐに最高速度で飛ばせれば良いんだねェー』
 と獄門からのアドバイスが飛ぶ。
 彼女の機体を援護する形で、上空から剣一郎機と獄門機がカバーする。
 既にナタリアも腹を括っていた。
 装備もレーザー砲にH12ミサイルポッド(のダミー)。ただひたすら一撃離脱の命中率を重視した仕様である。
 ‥‥まあ、あくまで模擬戦だからこんな無謀な戦術が取れるわけだが。
 戦意高揚のため、コクピット内にBGMのロシア国歌を大音量で流す。
「ウラーーーーーッッ!!」
 雄叫びを上げつつ、通常の最大速度で吶喊をかけた。
 Bチーム編隊の先頭に位置するヒカル機を狙い、射程に入るなりロックオン、ミサイルポッドとレーザー発射。
 ――が、岩龍から撃墜判定は出ない。
「え? 当たったのに墜ちない‥‥?」
 ナタリアは知らなかったが、ヒカルの機体は名古屋防衛戦の際大幅に強化され、その耐久値は今回の判定プログラムにも加味されている。
 確かに攻撃は命中したが、一撃必殺とはいかなかったのだ。
 慌ててUターンし再攻撃に入ろうとした所を、Bチーム3番機・那由他の放ったミサイルを被弾した。
「‥‥へ?」
『おーっと、ナタリア博士、無念のリタイア! IQ200の頭脳も修羅場を潜った傭兵たちには及ばなかったぁーっ!』
 ファルロスの実況を聞きつつ、ナタリアは軽く翼をバンクさせ戦場を離脱。
 狐につままれたような気分で、そのまま空港に着陸した。
 さて、彼女がリタイアした後も、両チームによる模擬戦は引き続き続行。
 まず先頭に位置し、しかも機体にダメージを負ったヒカル機がAチームの標的となった。
 剣一郎機と獄門機から相次いでレーザーによる一撃離脱の攻撃を浴び、メトロニウムフレーム3重の強固な鎧もついに限界に達して撃墜判定。
「ちっ。やはり機体が重すぎたか‥‥」
 悔しげに舌打ちしつつ、やはり翼を振って離脱。
『さあ、これで両チーム再び3対3の互角! 勝負の行方は判らなくなったぁーっ!』
 編隊戦から僅かに離れた場所ではみゆり機と祐希機が単独戦闘を繰り広げた。
 ブレス・ノウ併用でレーザー発射の機会をうかがう祐希に対し、シザース、バレル・ロール等の空戦術を駆使し翻弄するみゆり。在来機時代の基礎戦術だが、ブーストや変形を封じたKV同士の空戦では充分に有効だ。最後に回り込み、背後からロックオンしてレーザーで撃墜。
 だがその間、剣一郎と獄門の息の合った連携により、那由他機を墜とされてしまった。
 次の標的となった真帆は獄門機の方にミサイルを発射して攪乱するも、紙一重で回避され、その後は典型的なロッテ戦術で追い詰められ撃墜判定を受ける。
「あ〜あ。悔しいけど、操縦レベルは向こうが上ね‥‥」
 2対1となった不利な状況にも拘らず、みゆりは持てる戦技を駆使して奮戦した。
 ついには大技、ブガチョフ・コブラでバックを取って獄門機を墜とすも、上空からダイブをかけた剣一郎機からサブアイで命中率を上げたレーザーを浴びて力尽きた。
 かくして対抗戦は最後の1機が生き残ったAチームの勝利。
「俺も随分慣れたものだな。ギガ・ワームとの戦いは糧になったか」
 剣一郎は空中で8の字を描き、翼を振って勝利をアピールした。

 試合終了後、両チームの傭兵たちはナタリアも交えて皆笑顔で握手を交わし、互いの健闘を称え合った。
 そのさなか、研究所の上司が走り寄ってナタリアを呼び出した。
「いやー、お疲れ様。よくやってくれた」
「も、申し訳ありません‥‥真っ先に墜とされてしまって」
「いやいや。勝負はともかく、殆ど素人の君が実機戦で歴戦の傭兵と立派に渡り合った。これこそKVの優秀性、ひいては我が研究所の存在意義を改めて世間に知らしめるものだ」
「‥‥はあ?」
 てっきり叱責されると思っていたナタリアは、きょとんとした顔で聞き返す。
「さっそく、各メガコーポからも引き合いが来とるよ。各社が開発中の新型機を実機操縦し、医学者の立場から意見が聞きたいと」
「‥‥」
 口許に微笑を湛えてナタリアは凝固する。
 ――彼女はそのまま気絶していた。
 すかさず白衣の研究所スタッフ数名が取り囲み、傭兵たちの目から隠すようにナタリアの体を運び去っていく。
 その光景を遠目に見ながら。
「ナタリアさんて、そんなに飛ぶのが好きなんだ‥‥今度、趣味のグライダーに誘おうかしら?」
 思いついたように呟くみゆりであった。

<了>