タイトル:【KM】Longestdayマスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 10 人
リプレイ完成日時:
2010/04/22 18:48

●オープニング本文


●カメル共和国北東部海岸地帯
 後に「バレンタイン休戦」といわれた停戦期間の1週間が過ぎて数日を待たず、サブ海に面するカメル本土海岸部は鉄と炎、そして光線の暴風が吹き荒れる戦場と化していた。

 フロレス島の仮設飛行場から出撃した数百機に及ぶKVがカメル領空に侵攻、迎撃に出たカメル空軍のMig29改を問答無用で蹴散らし、バグア軍HW群と激突する。
 UPC東アジア軍、及び東南アジア連合軍(インドネシア、マレーシア、フィリピン、プリネア王国)を主軸に、ULTとSIVAの傭兵部隊をも加わえた人類軍の上陸目標はカメル北東部海岸地帯。同国最大の港湾があり、首都ザンパへの最短距離でもある。
 バグア側もそのことは予想し、この1週間に沿岸住民の強制疎開、トーチカと塹壕を幾重にも連ねた防備態勢と陸・空ワーム部隊の集結を終えていた。
 KV部隊の攻撃に呼応し、沖合に展開した駆逐艦・巡洋艦多数が一斉に艦砲射撃、及び艦載巡航ミサイルを発射。これらの在来兵器はワームには効果が期待できないものの、バグア側とて急造りのトーチカ群全てにFFを展開できるはずもない。
 海岸部のあちこちが爆炎に包まれ、ほんのわずかな時間に地形が変わるかと思われる程の火力が注ぎ込まれる。
 ふいにカメル側上空の一角が目映いばかりに輝いた。
 上空待機していた女神型ワーム「エリン」数十機。彼女達が構えたリフレクト・シールドが地上のタートルワーム、REX−CANONが打ち上げた対空プロトン砲を反射・増幅し、凶暴なプロトン光線の範囲攻撃が回避し損ねたKV十数機を一瞬にして蒸発させ、さらには海岸近くで艦砲射撃を行っていた駆逐艦をも爆沈させた。
 人類側も直ちに反撃に移る。
 ロングボウを主力に、最新鋭機スピリット・ゴーストも含む遠距離砲撃型KV部隊が翼を並べ、機体スキル併用で一斉にK−02ミサイル、200mm4連キャノン砲を発射。
 合計1万発にも及ぶ超小型ミサイル、そして200mm砲弾の奔流が、単体ワームとしてはCW並に脆いエリンの編隊をまとめて打ち砕く。
 元より使い捨ての簡易ワームであるエリン第2波が音もなく離陸するが、彼女たちにシールドの反射角度を調整する隙を与えず、ワイバーン、シラヌイ、サイファー等の高速機部隊が先陣切って突入。さらにバイパー改、雷電改、シュテルンといった重武装機が後に続き、各種ロケット弾やフレア弾を至る所にばらまいた。

●カメル駐留バグア軍基地司令部
 最前線から次々と送られてくる報告は芳しいものではなかった。
 数の上では未だ旧式のゴーレム、タートルワームが主力であるカメル・バグア軍の防衛ラインは至る所で突破され、人類側KVの本土侵入を許している。
 司令官席に座ったまま押し黙り、空間モニターに投影され刻々と変わる戦況を見上げる司令官エリーゼ・ギルマン(gz0229)に、参謀のハリ・アジフ(gz0304)が歩み寄り、少なくとも表向きは恭しい態度で告げた。
「たった今、オーストラリア司令部より入電がありました。『当方からこれ以上の増援は困難なり。現有戦力をもってカメル本土を死守せよ』とのことです」
「‥‥つまり玉砕しろ、ということだな。ガーランドと同じように」
「悪い報せばかりではありません。本星が『ゼオン・ジハイド』の派遣を決定したのはご存じでしょう?」
「ああ。だが彼らが動くのは地球攻略の最終段階ではなかったのか? まだ時期尚早だと思うが」
「まあ詳しい事情は私も存じませんが‥‥上層部も業を煮やしたのでは? 残念ながらここ最近、我々地球派遣軍の戦果ははかばかしいとはいえませんからな。いくら『漸進派』が実権を握ってるといっても、瀋陽に続き重要拠点を奪い返されては元も子もないでしょう」
 エリーゼの眉が険しくつり上がった。
「我々」という言葉の中には、当然彼女ら「ゾディアック」の存在も含まれる。
「お気を悪くされたのなら失礼。‥‥しかし、『彼ら』が来るとなれば戦況は一変します。我々はあと半月かそこら、敵を内陸に引き込んで時間を稼げば良いのですよ。それで閣下の面目も保たれましょう?」
「‥‥連中の手など借りん」
 小声で呟くと、エリーゼはオペレーター席のNDF隊員に命じ、偵察衛星が捉えた戦域の全体図を表示させた。
「敵艦隊の動きは、今どうなってる?」
「はい。沿岸を砲撃している艦隊の後方に、さらに大規模な艦隊が展開しています。おそらく、強襲揚陸艦や輸送船を多数含む上陸船団かと」
 NDF−06「アブラハム」のコードネームを持つ少年が、冷静な口調で伝えた。
「KV部隊に橋頭堡を築かせ、陸軍部隊の揚陸か‥‥奴らも本気だな」
 瞼を閉じ、数秒思案していた女司令官は、やがて目を開くと何事かを決意したような口調でアジフにいった。
「少し外す。暫くここを頼むぞ」
「畏まりました」
 右手を胸に当て深々と一礼するアジフ。その口許がわずかに緩んでいることに、エリーゼは最後まで気づかなかった。

 それから20分ほど後、緑色のパイロットスーツに身を包んだエリーゼは、基地内のハンガーに立っていた。
 彼女の目の前には、同色のパイロットスーツを着込んだ男達7名が直立不動で整列している。
 ウランバートルから連れてきた親衛部隊。副官のガーランドを失ったいま、エリーゼが最も信頼をおく直属の強化人間達である。
「KVなど、練力が切れてしまえばそれまでだ。我々は奴らの前衛を強行突破、上陸船団を直接叩く!」
「Yes,sir!!」
 男達は一斉に叫び、彼らの司令官に敬礼した。

●フロレス島〜UPC軍司令部
 カメル本土上陸作戦「ガルーダ」を指揮する司令部内。それまで順調な作戦経過を伝えていた前線からの通信が不意に途絶えた。ほぼ同時にレーダーも乱れ始め、司令室に詰めていた将兵やオペレーター達から戸惑いの声が上がる。
 同じく最前線から高性能カメラで現場の情勢を伝えていた斉天大聖が送ってきた最後の映像は、飛行形態を取った濃緑色のタロス数機と、その周辺を取り巻く数知れぬCWだった。
「タロス編隊が最後に確認された位置は?」
「カメル北岸の沖合‥‥わ、我が方の上陸艦隊のすぐ近くです!」
 総司令官グナワン・ムハマド中将の質問に、オペレーターがうわずった声で答える。
「バカな! あの方面には、いま300機近いKVを投入してるはず――どうやって突破して来たんだ!?」
 一斉にざわめく参謀達をよそに、ムハマド中将は皺深い顔を背後に向けた。
「‥‥どうやら、君らの出番のようだな?」
 そこに待機していたのは「敵精鋭機対応」を任務とするL・Hの傭兵達だった。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
御坂 美緒(ga0466
17歳・♀・ER
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
月神陽子(ga5549
18歳・♀・GD
風間・夕姫(ga8525
25歳・♀・DF
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD

●リプレイ本文

●カメル共和国北部沖合〜サブ海上空
『Hello.MyMaster』
「レイヴン、緊急出撃です。システム起動」
『YesSer.』
 叢雲(ga2494)搭乗のシュテルン「レイヴン」の音声認識型AIが主の指示に従い、高々と南洋の蒼空へ舞い上がる。
 フロレス島のUPC軍基地で待機していた傭兵たちと正規軍、支援機も含めれば計68機のKV部隊もまた、上陸艦隊援護のため戦闘空域へとスクランブルをかけていた。
 現状で確認された敵機はタロス7機とCW群だが、これだけの戦力でKV300機にも及ぶ人類軍の前衛部隊を中央突破できるとは考えられない。おそらくはゾディアック「蟹座」エリーゼ・ギルマン(gz0229)のFRも光学迷彩をまとい出撃している。
 仲間の協力で決戦仕様となった愛機雷電改2、その名も改め「アンラ・マンユ」の機内で、漸 王零(ga2930)は指にはめた「幻夢の具現」を固く握りしめた。
「この気配‥‥奴か‥‥なんだ‥‥らしくない感じだ‥‥」
 久しく心待ちにしていた「奴」との決戦の刻。だが同時に、今までの戦いとは何か違う、名状し難い違和感が王零を苛立たせていた。
「だが‥‥我らが因縁‥‥ここで終わらせる」
 理由は不明だが、奴は勝負を焦っている。決着を付けるなら、あるいはこれが最後のチャンスになるかもしれない――そう思い直し、改めて前方を見据える。
「あの蟹座が平凡な手を打ってくるとは考え難いです。ここは慎重にいきましょう」
 対照的に冷静なリヒト・グラオベン(ga2826)の声が、ディアブロ改「グリトニル」の無線機を介し友軍各機に警告を発した。
「エリーゼさんとの決着ですね‥‥」
 斉天大聖の操縦席で、御坂 美緒(ga0466)はプリネア皇太子から贈られた指輪をそっと撫でた。
「カメル攻略の為、ひいては想いを実らせる為に頑張るのです♪ 恋する乙女はただの乙女には負けないのですよ!」
「そういえば蟹座とは第1次五大湖解放戦の時に戦って負けたことがありましたね」
 シュテルン「ミモザ」の操縦桿を握りつつ、セラ・インフィールド(ga1889)は過去の大規模作戦を回想していた。
 既に2年近く昔のことである。あの時、奴はまだバグア軍の前線指揮官に過ぎず、また元米軍大佐ハワード・ギルマン(gz0118)の肉体をヨリシロとしていたが。
「かなり昔のことですしもうそれほど未練はありませんが、もし出て来るならリベンジといきたいところです」
 KV編隊の中でも一際威容を誇る大型全翼機、スピリットゴースト「カノーネ」の機内で、イスル・イェーガー(gb0925)は以前に会話を交わしたバグア強化人間の事をふと思い出した。
 少なくともまだ「地球人の心」を残した強化人間と違い、バグアに寄生されたヨリシロはもはや異星人そのものだ。
「‥‥あの人は、もう‥‥何も感じてないのかな? ‥‥もし感じてたら、どんな気持ちなんだろう‥‥?」
「‥‥」
 雷電改「Bicorn」を操りながら、鋼 蒼志(ga0165)は不機嫌そうに黙り込んでいた。
 UPC上層部が軍の慣習に従い、ゾディアック「蟹座」のバグアをエリーゼ・ギルマンの名で呼ぶことに不快感を覚えていたからだ。
(「‥‥エリーゼの名は彼女だけのものだ」)
 蒼志は彼女をヨリシロにした「蟹座」をそう呼んだ事は無いし、呼ぶ気も無かった。

●カメル沖海空戦
 天気は晴れていたが、上空に発生した積乱雲が所々に湧き上がり、岩山のごとく視界を遮っている。
 その雲の向こうで盛んに爆発の閃光が煌めいていた。
 上陸艦隊の駆逐艦や巡洋艦から槍衾のごとく打ち上げられる対空機関砲、そして艦対空ミサイル。
 間もなく眼下に展開するUPC軍の大艦隊と、その上空に到達した濃緑色のタロス7機の姿が目視でも確認できた。
「妙ですね‥‥この大事な局面に、何故NDFがいないのでしょう」
 リヒトが訝しげに呟く。
 ともあれ友軍艦隊が危機に見舞われているのは一目瞭然だった。
 広域に展開したCWのジャミングにより艦のレーダーは狂わされ、対空砲火が尽く外される中、7機のタロスは護衛艦など無視して艦隊中央に密集した揚陸艦と輸送船団を狙い降下していく。
 紫檀卯月(gb0890)の岩龍、鹿嶋 悠(gb1333)の雷電改2が周辺空域のCW掃討に着手した。
 斉天大聖搭乗の番場論子(gb4628)は他の電子戦機とも協力し戦域に展開したCWの密集度・進攻方向を把握、適時ナンバリングしてその情報を友軍機にもフィードバックした。自らもリニア砲を発射し進路上のCWを撃ち抜いていく。
 Anbar(ga9009)は骸龍でCWを狩る一方、特殊電子波長装置γを展開して本体を電子支援、同時に逆探知能力を駆使して伏兵、ことにFRの索敵を行う。
 終夜・朔(ga9003)とエミル・アティット(gb3948)は共にワイバーンで連携をとりながらCWを掃討しつつ、IRSTにより前方警戒にあたった。

 支援の傭兵達と正規軍KVの働きによりCWはみるみるその数を減らし、一時は使用不能に近かったレーダーも徐々に機能を回復していく。
 FR出現に備え前衛に王零、終夜・無月(ga3084)、月神陽子(ga5549)、後衛にリヒト、風間・夕姫(ga8525)という布陣を敷いたアルファ班5機を残し、傭兵と正規軍KV部隊はタロス編隊へ向けて加速した。

「ブラボー1、SilverFox、敵タロス部隊を捕捉」
 狐月 銀子(gb2552)がレーダーが捕らえた7機のタロスをそれぞれナンバリング、前衛に正規軍のバイパー改×2、自機フェニックスの両翼にディアブロ改、S−01改を従えるフォーメーションで迅速に攻撃を開始した。
「前衛の2機はタロスを警戒して。後衛部隊はあたしと一緒に前方のCWを排除してね」
 銀子のフェニックス「SilverFox」の主翼パイロンからロケット弾が火を吐きながら飛び出し、タロスを援護するように立ちふさがるCWに命中する。
 エース機タロスを相手に狭い空間での機動戦は不利――と判断した銀子は機体を大きく旋回させ、余裕を持った軌道から攻撃態勢に入った。
 エニセイの牽制弾を交えた接近離脱を繰り返し、僚機と共にCWによるジャミングの影響が低下するのを待つ。

 時枝・悠(ga8810)はディアブロ改を駆り、友軍のバイパー改×2、ディアブロ改×1、S−01改×1と共に艦隊上空でタロスを迎撃した。
「前菜にしては随分と重そうだな」
 敵の再生速度を上回るダメージを与える事を念頭に、悠は可能な限り複数機で同時・波状攻撃をかけるべく僚機に要請した。また迎撃バルカン対策として、ミサイルよりも接近してのバルカンやガトリング砲主体の攻撃を主体とする。
 正規軍の火箭を容易くかわしながら高度を下げるタロスの1機が、悠のディアブロから放たれた電磁加速砲「ファントムペイン」の一撃を受け、空中でもんどりうつ。
「――いける!」
 Pフォースのスキル使用も出し惜しみせず、タロスへの攻撃を畳みかける悠。だが、何処にいるかも判らぬFRへの警戒も怠るわけにはいかない。

「蟹座を殺せるのなら俺が直接相手できずともいい」
 同じく正規軍KVと混成小隊を編制した蒼志は、超伝導アクチュエーター起動、僚機の支援も受けつつ1機のタロスへ狙いを定め、まず短距離AAM、次いで螺旋弾頭ミサイルを放った。迎撃バルカンによりミサイルのダメージを凌いだタロスに対し、すれ違いざまにソードウィングで斬りつける。
 飛行形態のタロスが大きく仰け反った。
 敵も有人機だけに、傭兵たちのKVが正規軍の同型機に比べ遙かに強化されていることを悟ったのだろう。艦隊への降下攻撃を諦めたかのようにプロトン砲、重機関砲の火箭をこちらに向けてきた。
 タロスに再生の時間を与えぬため、正規軍KV部隊が包囲しつつ火力を浴びせ続ける。
「奴を倒す為、全力で目の前の敵を排除するだけだ」
 蒼志もまたBicornを旋回させ、30mm重機関砲の砲火をタロスへと叩き込んだ。

「担当友軍の皆さん、よろしくですよ♪」
 朗らかに挨拶すると、美緒は正規軍KVと協同でタロスの1機を取り囲み集中攻撃を開始した。
 彼女の斉天大聖は本来偵察機なのであまり無茶はできないが、それでも敵のハルバードや再生不可能と思しき金属部分に狙いを定め重機関砲のトリガーを引く。
 敵の矛先がこちらに向かったらすかさず回避。また僚機にも同様に回避優先の攻撃を呼びかけ、タロスを艦隊へ近づけぬよう翻弄し続けた。

「私が囮になって敵を引き付けます」
 セラは行動を共にする正規軍KVにそう伝えると、ミモザを加速させタロスに急接近、スラスターRの弾雨を浴びせた。目的は敵ワームの外装甲を引き剥がすことだ。
 いかにも空中挌闘戦が出来そうな外観にも拘わらず、タロスは手にしたハルバードを使おうとしない。むしろドッグファイトを嫌うかのように慣性制御で間合いを取り、プロトン砲と重機関砲で反撃してきた。
 ある程度外装甲が剥がれのを確認したセラは、改めて友軍に支援射撃を要請。バイパー、ディアブロ、S−01各機がスキル併用でタロスに多方向から砲火を集中させる。
 再生の時間を稼ぐつもりか、急上昇して高々度へと逃れようとするタロス。
「そうはさせませんよ!」
 この動きを予め予想、上空に回り込んでいたセラはPRMシステムで練力を攻撃に注ぎ込み、パワーダイブの勢いに乗せて翼刃でタロスのボディを切り裂いた。

「‥‥チャーリー2‥‥各機攻撃を開始します」
 イスルは僚機に連絡後、カノーネの照準用モニターに視線を映した。
「‥‥ターゲット、インサイト‥‥200mm4連キャノン砲‥‥ファイア」
 空飛ぶ自走砲ともいうべきスピリットゴーストの4連装主砲が火を吐く。が、ファルコン・スナイプで命中を上げたにも拘わらず、タロスはこの砲撃を回避した。
 反撃のプロトン光線がカノーネの巨体を揺さぶる。
 正規軍KVがタロスの左右から挟撃を仕掛けた。
「‥‥悪いけど、墜ちてもらうよ。次の仕事があるんだ‥‥」
 動きを封じられたタロスに照準を合わせ、イスルは再びトリガーに指をかけた。

●サブ海の赤い悪魔
 本隊がタロスの足止めを図っている間にも、支援戦力のデルタ班はCW掃討の一方で近辺に潜んでいるはずのFR探索を続けていた。
 ディスタン改搭乗のアルヴァイム(ga5051)はCWの妨害電波濃度分布を収集、主戦力への影響力漸減を念頭に目標を選択し、SライフルD−02で墜としていく。
 その一方で、タロスと交戦を続ける本隊の動向からも目を離さなかった。
 ふいに、タロスを攻撃していた正規軍のディアブロが虚空から放たれた一条の光線に貫かれ爆発した。続いて1機、また1機とタロスとは別方向から仕掛けられる攻撃により友軍KVが墜とされていく。
「現れやがったか‥‥!」
 骸龍の逆探知モニターを食い入るように見つめ、Anbarはアルヴァイムから指示されたFRの予想進路を索敵する。しかし他のCWのジャミングが被さるため、中々「本命」らしき発信源が掴めない。
 綾河 零音(gb9784)のアンジェリカがG放電装置やレーザーカノン等、SESエンハンサーで威力を高めた知覚兵装を総動員してひたすら撃ちまくり、予想進路上に展開するCWを潰しにかかった。
「‥‥こいつだ!」
 周辺のCWが一掃された後の空域に、ただひとつ反応を示すジャミング発生源。目視ではもちろん、レーダースクリーンにさえその機影は映らない。
 その情報は他の電子戦機を介して瞬く間に友軍全機へ伝えられた。
 井出 一真(ga6977)の阿修羅改を始め、周辺空域に位置した全ての人類側KVが、Anbarの報告したポイントを狙い一斉にペイント弾の弾幕を張った。
 着色弾に染め上げられ、空間を突き破るかのように出現する鏃のような機影。
 ついに姿を現わした「蟹座」FRは、光学迷彩を見破られたことなどお構いなしに正規軍のS−01を重機関砲で粉砕すると、デルタ班の攻撃を尽く回避しながら本隊へと突撃した。
 満を持して待機していたアルファ班5機もFRに機首を向け加速する。
「神機の領域に到る道‥‥其の道を進む我が闇を裂く牙‥‥白皇‥‥」
 ミカガミB「白皇 月牙極式」を駆りつつ無月が呟く。
 王零のアンラ・マンユ、陽子のバイパー改「夜叉姫」もこれに続いた。
「今までどおりだと思うなよ、エリーゼ‥‥いや、キャンサー!!」
 夕姫のシュテルン「ヴァナルガンド」もまた、リヒト機と翼を並べその後を追う。

 同じ頃、ブラボー・チャーリー班とタロス部隊も引き続き死闘を繰り広げていた。
「ほら、早くしないと貴方のご主人様が堕ちますよ?」
 距離に応じてアハト・アハトとスラスターRを使い分け、つかず離れずの攻撃を繰り返しながら挑発する叢雲の通信に、
『笑わせるな。貴様らごときがギルマン司令とやりあおうなど、百年早いわ!』
 強化人間らしきパイロットの嘲笑が応える。
「やれやれ、大した自信ですね‥‥ではお好きなように」
 正規軍KVの援護射撃による牽制に乗じて肉迫した叢雲のレイヴンが、タロスの死角からDR−2粒子砲を撃ち込んだ。
 再生の隙も与えぬ人類側の波状攻撃に、タロスパイロットの大口も途絶えて重機関砲を乱射。バイパーの1機が片翼を打ち砕かれ墜落する。
 だがこれを敵の焦りと見抜いた叢雲はPRMで知覚強化したG放電装置を発射。
 青白い放電光が投網のごとくタロスの機体を包み込む。
 同時に残りの僚機にブーストオンと機体スキル使用を指示する。タロス周囲に展開したKV各機から、最大限に威力を高めた高分子レーザーが照射された。

 戦域にいたCWがほぼ墜とされたのを確かめ、銀子は攻勢に転じた。
 僚機のバイパーに空戦スタビライザー使用を指示、自機SilverFoxも同時に空中変形スタビライザーを起動させる。
 前衛のバイパー2機が牽制射撃を加えつつ突入、タロスの反撃前に急降下で離脱。
 後衛のディアブロ、S−01も同様に突入、下方へと退避する。
 人型形態となったSilverFoxは銀色の機体を赤光のフィールドに包み込み、僚機とは逆方向に機体を浮かしてタロスへ肉迫、オーバーブーストAを起動。
 正規軍KVの動きに釣られ、一瞬下方に気を取られたタロスを電磁加速砲の砲弾が撃ち抜いた。タロスが爆発する衝撃波を背中に感じる。
 戦果確認の暇もあらばこそ、彼女は直ちに飛行形態に戻り、手近のタロスを狙い同じフォーメーションで攻撃を仕掛ける。
「息つく間は無いわ。どちらが先に折れるか‥‥って奴よ」

「エリーゼ!! ハワード!! 貴方達は悔しくないのですか!?」
 ブーストと空戦スタビライザーを併用、FRの放つプロトン砲の被害など意に介さず突入した陽子は無線機に叫んだ。
 彼女は魂の不滅を信じていた。たとえ体はヨリシロにされようと、バグアとの戦いに身を捧げた父娘の心はまだ何処かに生きているはずだと。
「自分や娘の身体を奪われ‥‥守りたかったはずの物を傷つけられて‥‥もしも悔しいと思う心がまだ残っているのならば、人類は――人の心は、そんな事で負けはしないのだと、彼らに教えて差し上げなさい!!」
『‥‥くくっ、まだそんなことを言ってるのか?』
 含み笑いと共に、若い女の声が答えた。
『確かにあの2人は肉体的にも精神的にも強靱な地球人だった――だからこそ、私の器に相応しかったのだ。この私が、より強いバグアとなるために!』
「ならばわたくしが教えてあげましょう! あの父娘に代って!!」
 夜叉姫の翼刃突撃を紙一重でかわしたFRに、続いて無月の白皇が迫る。
「新たな銘‥‥新たな力‥‥其の真髄を此処に‥‥」
 鉄壁の防御力にものをいわせた夜叉姫の突撃とは対照的に、高機動を活かしたヒット&アウェイでFRの外装甲を削っていく純白のミカガミ。その動きはさながら達人による居合い斬りを思わせる。
 白皇のレーザーガトリングに機体を灼かれ、一瞬動きの鈍ったFRを、旋回した夜叉姫の剣翼が深々と切り裂いた。
 慣性制御で180度ターンしたFRは夜叉姫の後を追い、空中変形で手にした機斧を振りかざす。
 だがその瞬間、王零のアンラ・マンユがK−02ミサイルの奔流を浴びせていた。
 ゴビ砂漠の戦闘ではエリーゼの同じ戦術で撃墜された王零だが、なればこそ、このカウンター攻撃のタイミングを狙えたともいえる。
 慌てたように飛行形態に戻ったFRの機体が赤光に輝いた。
 本来なら最後の切り札として使われる一時強化。あるいは、UPC軍の前衛を強行突破した時点で既に相当の練力を消耗していたのかもしれない。
 ほぼ同時に、後衛の2機も攻撃に加わった。
「散々煮え湯を飲まされたFRだ、そっちがこっちの機体特性を把握してるようにこっちも散々やりあったデータからある程度は特性を把握してる!」
 夕姫のヴァナルガンドはやや後方からスラスターRを発射、専ら抑え役として前衛3機の攻撃を援護する。チャンスと見れば急接近して剣翼で斬りつけ、自ら囮となり僚機に攻撃の隙を与える危険さえ辞さない。
 同じく長射程のブリューナクで援護射撃を続けていたリヒトのグリトニルも、FRがいよいよ追い詰められたと判断するや、兵装をロングレンジライフルに切替えた。
「小さな矢でも見縊ればどうなるか」
 FRの損傷箇所や装甲の隙間を狙う精密狙撃で小刻みに敵の装甲を削っていく。
 プロトン砲の反撃を受けるも、いったん急降下で離脱した後、反転・急上昇。旋回しつつ狙撃を再開した。
 リヒトと夕姫の攪乱に引っかき回され、さらに王零、無月、陽子の猛攻撃に晒された司令官機を救おうと、残り3機となったタロスが機首を翻しFRに向かうが――。
「決着の邪魔はさせないのです!」
「望んで来たんだ。無様は晒せんだろう、ディアブロ?」
 美緒や悠を始め、ブラボー・チャーリー班の傭兵達と正規軍KVが追いすがり、次々ととどめの攻撃を加えていく。タロスの数が減るに従い、余裕の生じた人類軍KV全機の集中砲火がFR1機を目がけ降り注いだ。
 アンラ・マンユと夜叉姫の翼刃に立て続けに切り裂かれ、機関部付近に白皇のM−12強化型粒子砲の直撃を受けたFRの赤光が衰え、目に見えて動きが鈍る。
 勝機と見た夕姫が再びFRへ肉迫、スラスターRの照準をコクピット付近に合わせた。
「‥‥これで‥‥終わりだ!」
 狙いは僅かに逸れた。だが赤い機体から黒煙が吹き出し、大きく弧を描きながら高度を落としていく。
 刹那の後、爆炎の塊が膨れあがり、木っ端微塵となったFRの破片がサブ海へと落下していった。
「やった‥‥のか?」
「まだ油断しちゃダメなのです!」
 斉天大聖の高性能カメラでFRの動向を追っていた美緒が叫ぶ。
「いま、何か小さな物がFRから飛び出したです!」
「脱出カプセルか!?」
 KV部隊がFRの爆発ポイントに向けて降下、周辺の捜索にあたろうとした、そのとき。
 球状に広がった衝撃波が、出鼻を挫くように各機の機体を揺るがせた。

●高度3千フィートのゲリラ
 所々に入道雲が立ち上る南洋の蒼空に、ポツンと小さな人影が浮かんでいた。
 長い金髪を風に靡かせた美しい女。
 ただし、その背中からは蝙蝠を思わせる黒い翼が広がっている。
「あの人は‥‥」
 その姿をモニターで確認したイスルは、思わず絶句した。
 ラインホールドに破壊されたマールデウ復興の陣頭に立ち、傭兵達と共に被災者の救助にあたった、あのエリーゼ少尉。
「‥‥なんで、あの人があんな事に‥‥」
 覚悟していた事といえ、あまりに残酷な現実を前に、イスルの顔が歪む。
 女は唇の両端をつり上げて笑った。と同時に、身を翻してKV並みのスピードで近くの積乱雲の中へ逃げ込んだ。
「逃がしません!」
 陽子が夜叉姫を旋回させ、エリーゼを追い雲の中に突っ込んだ。
 視界が雲で覆われたのでレーダーに視線を落とした陽子は、機体に何かがぶつかるような震動を覚えた。
「‥‥?」
 次の瞬間、さらに激しい衝撃と共に夜叉姫の風防が砕け散る。
 驚いて顔を上げた陽子のすぐ目の前に、生身のエリーゼが仁王立ちに立っていた。
 片手に構えたプロトン銃をこちらに向けて。
「フロレス島では、ガーランドが世話になったな」
「‥‥彼は何も言い残しはしませんでした」
 素早くKVをオートパイロットに切替え、【OR】夜叉姫の守り刀の柄に手を掛けてパイロットシートからすっくと立ち上がる陽子。
 ふいにエリーゼが真顔でいった。
「おまえは、バグアがどうやって子を為すか知っているか?」
「? いいえ」
「むろん我々には性別などないし、地球人とはやり方も全く違うが、バグアも子を為すのだよ。かくいう私も、もう何十年か前に一度子を為した」
「‥‥まさか‥‥」
「ガーランドは‥‥いや、あの男をヨリシロにしたバグアは私の息子だった。おまえら人類の流儀でいえばな!」
 その言葉が終わらぬうちに、続けざまに放たれた光線が陽子の胸と腹を貫いた。
「ぐぅ‥‥っ!」
 シートにくずおれながらも、咄嗟にバルカン砲のトリガーを引く。
 機体脇の砲口から突然火を噴いた20mmバルカンは命中こそしなかったが、エリーゼの気を引くには充分だった。
 その隙を狙い、陽子は残る力を振り絞り、猛然とバグアの女に体当たりした。両手に握りしめた守り刀がエリーゼの腹に深々と食い込む。
「なっ――!?」
「地上では勝ち目は無かったでしょう‥‥けれど、今、この場所でわたくしは一人じゃない。貴方に冒涜されたこの子が‥‥夜叉姫が共に戦ってくれていたのです」
「ちぃっ!」
 腹の傷を押さえつつ、エリーゼは片足で陽子を操縦席に蹴落とした。
 もはや身動きできない陽子を残し、自動操縦で飛び続ける夜叉姫の機体から離れる。

「どうしたんだ、月神!?」
 突如通信の途絶えた夜叉姫に呼びかける夕姫の機体が揺れ、風防が砕け散った。
 目の前に立つエリーゼの姿を目にして状況を悟った夕姫は、やはり操縦をオートに切替えると、デヴァステイターとツインブレイドを手に立ち上がった。
「参ったな‥‥こうなった時に言いたい事がそれなりにあったんだが‥‥全部吹っ飛んでしまった」
「おまえのことは憶えている。中国のあの村でも会ったしな」
「‥‥初めて依頼で一緒に仕事したときは良い飲み仲間になれると思ったんだが‥‥まさかこうなるとは思ってもみなかったよ」
「残念だったな。エリーゼも生きていればそう思っていたろうさ」
「ならば私も腹を決めるだけだ!」
 デヴァステーターの銃撃で牽制し、ツインブレイドによる斬撃を狙う夕姫。
 だがいったん羽ばたいて飛び上がったエリーゼからプロトン光線を浴び、意識を失った夕姫はシートに転げ落ちた。
 とどめを刺す暇も惜しみ、再び飛翔するエリーゼ。
「勝負はこれからだ――行くぞ、能力者ども!」

 その頃になると、他の傭兵達も積乱雲の中で起きている異常に感づいていた。
 リヒト、蒼志、叢雲、無月、王零が状況を確かめるため雲の中に侵入。
 他のKVは周辺空域の警戒にあたった。

●一鬼討ち〜そして決着
「俺達と貴方、どちらが信念を貫けるか‥‥決着をつけましょう」
 機体にエリーゼが取り付いた事を悟ったリヒトは、自ら風防を開き彼女と向かい合った。
 多少の攻撃は黒鎧「ベリアル」で凌ぐつもりで瞬天速の接近。
 距離を詰められたエリーゼは武器をアーミーナイフに持ち替え、腰を落として迎え撃つ体勢を取る。
 だがこの突進はフェイント。バックステップでエリーゼの間合いを狂わせ、続く瞬即撃で打ち込んだ左手のシュバルツクローは彼女の胸を深々と穿っていた。
「げほっ――!」
 口から血を吐き、一瞬動きを止めるエリーゼ。
 が、すぐに顔を上げ、血だらけの口を嗤いに歪めた。
「なかなかやるな‥‥相手が並のキメラなら、これで決まっていただろうが、な!」
 ナイフの刃が閃き、鎧もろともリヒトの胸から腹にかけてを切り裂いた。

「ほう。これはまた、懐かしい顔が揃ったものだ」
 蒼志がソニックブーム併用で繰り出したドリルスピアの矛先をひらりとかわしながら、エリーゼがせせら笑う。
 蒼志は笑わない。ただ青い瞳に煮えたぎる怒りを湛え、蟹座の女を睨み据えていた。
「エリーゼの名を! エリーゼの命を! エリーゼの存在を! 愚弄した貴様を生かす気は無い!」
「仕方なかろう。優れた生命体がいればその存在を取り込み、より遙かな高みを目指す――それが我らバグアの本能なのだから!」
「黙れ! 貴様だけは許さん! 我が螺旋の鋼槍で――穿ち殺す!」
 再び機上に降りた蟹座が、お返しとばかりプロトン銃を連射した。
 淡紅色の光線に貫かれた蒼志の肌が灼け、血が迸る。だが彼は微動だにせず、ドリルスピアを構え直した。
「きっ‥‥貴様、なぜ倒れない!?」
「聞こえなかったか? ‥‥穿ち殺すと!!」
 全ての力。そして全ての怒りを込めたドリルスピアの刺突。
 それは再度宙に舞い上がって避けようとした女の太腿を貫通していた。
「ぐぬっ‥‥!」
 蒼志の怒りに気圧されたか、そのまま逃げるように飛び去る蟹座。
 雲間に消えていくその姿を見送りながら、蒼志の意識は遠のいていった。

 足に刺さったスピアを引き抜きながら舞い降りたエリーゼを見るなり、叢雲は迷わず「罪人の十字架」を構え、SMGの弾幕を浴びせていた。
「効かんなぁー!」
 嘲りながら発射されたプロトン光線が叢雲の肉体を傷つけていく。
 銃弾と光線が飛び交う中、じりじりと間合いを詰めた叢雲は、一気にエリーゼの懐に飛び込むと連続でステークをぶち込んだ。
「だから効かんと――ぐぁ!?」
 自ら十字架を投げ捨てた叢雲が、片手にはめた機甲でエリーゼの左目を抉ったのだ。
「さすがに眼球は早々治せないでしょう‥‥!」
「おのれ‥‥!」
 潰された左目を押さえ、右手に持ったナイフで叢雲に斬りつけるエリーゼ。血飛沫と共に操縦席に倒れ込む叢雲だが、エリーゼもまた、その拍子にプロトン銃を眼下の海へ取り落としていた。

「貴方の旅も‥‥此処で終りです‥‥」
「それはどうかな?」
 白皇の機上で静かに告げる無月と相対し、不敵に笑うエリーゼ。
 無月は神経を研ぎ澄まし、両手に構えた明鏡止水で全身全霊を込め斬りつけた。
 持てるスキルを駆使し、グリーンベレー流のナイフ術で襲いかかる蟹座の女と切り結ぶこと数分。幾度かは手応えを感じたが、敵の闘志も一向に衰えない。
 エリーゼがふいに動きを止め、気を溜める様な仕草を見せた。
「‥‥!」
 咄嗟に飛び退いた無月は、彼女の全身から放たれた衝撃波に弾き飛ばされまいと機体にしがみつく。
 衝撃波をやりすごし、武器を魔創の弓に持ち替えるが、狙った先に女の姿がない。
「甘い!」
 背後の脇腹に激痛が走る。
 機体の底部から回り込んだエリーゼのナイフが、無月の肝臓付近に深々と突き立っていた。

「‥‥待たせたな」
 アンラ・マンユの機上に降りてきたエリーゼに対し、王零はまず彼女の両翼を狙いショットガン20を全弾発射した。
「汝は‥‥誰にも‥‥渡さん」
「ふふ。望むところだ」
 妖しい笑みを浮かべ、ボロボロになった翼を縮めるエリーゼ。
「さぁ‥‥始めよう‥‥因縁の決着を」
 その肉体に鬼神装具を顕現させた王零の国士無双と、エリーゼのナイフが激しく火花を散らす。
「なぁ‥‥カルキノス‥‥」
 死闘のさなか、ふと王零の口から言葉が漏れた。
「我らに‥‥共に歩み高め合う道は‥‥なかったのか?」
「――私はおまえが欲しかった。その身も心も」
 答えにならない答えが、女から返る。
「だが、もうその時間もない。ゼオン・ジハイドが動くのではな」
「何だそれは?」
「まあ戦場の始末屋という所さ。いずれ判る」
 背後に飛び退いたエリーゼが、深く身を沈めたと見るや、全身のバネを効かせ刺突をかけてきた。
「奴らに盗られるくらいなら、私がこの手で――!」
「!」
 迸る殺気に反応した王零も、差し違え覚悟で大きく踏み込み、全スキルを発動させて大刀を上段から振り下ろす。
 エリーゼのナイフが王零の腹に。国士無双の剣が女の肩から胸に。まさに相討ちのごとく深く食い込んでいた。
「‥‥ごふっ」
 吐血と共に跪いたのはエリーゼだった。
 王零もようやく気づく。仲間の能力者達との戦いで、彼女の生命はもはや風前の灯火だったということに。
「カルキノス!?」
 思わず抱き留めた王零の腕の中で、ぼんやり赤い光に包まれた女の体が砂の如く崩れ、たちまち風圧に吹き飛ばされていく。
「こうなったら‥‥誓って貰うぞ‥‥零」
 消えゆくエリーゼの唇が動き、微かに囁いた。
「私以外のバグアに負けるのは、許さん――」
 そこまで言ったとき、体全体がボロリと崩れた。
「まる2年本当に長い日々だったな‥‥」
 王零の頬を涙が伝い落ちた。
「さらば、愛しき宿敵よ‥‥先に聖闇の底で待っててくれ」


「‥‥これで、あの人を解放して‥‥ううん、‥‥なんでもないです‥‥帰還します」
 重傷を免れた傭兵達を代表し、イスルが司令部に報告した。
 胸に手を当て、静かにエリーゼの冥福を祈る美緒。
「‥‥すまない‥‥エリーゼ」
「さようなら‥‥悲しき英雄よ‥‥」
 オートパイロットのKV機内で、夕姫と陽子は負傷の痛みを堪えつつ各々涙する。
「蟹座殲滅」の報を受けたUPC艦隊から一斉に轟く祝砲の音に見送られ、傭兵達はそれぞれの哀しみを胸に帰還の途に着いた。

<了>