●リプレイ本文
「『傭兵の皆さんにお礼がしたいからご招待』か‥‥ちょっと見え透いてるわよね」
九州へと向かう移動艇の中。「睦中隊」一同からの依頼内容を思い出し、百地・悠季(
ga8270)はクスリと笑った。
昨年の「烈1号作戦」により、人類側は辛うじて佐賀県一帯を奪回した。
北の久留米方面では未だにバグア軍の不穏な動きはあるといえ、戦闘が一段落し心に余裕が出来れば、バレンタインシーズンという時節柄、若者としてはイベントのひとつも催したくなるところだろう。
「その辺は学生だと無理ないし。慰問パーティで騒ぎたい年頃よね」
――と、彼らと同世代である悠季は思う。
彼女としても乗らない手は無いと考えたので、それ相応の準備は整えての参加である。
「折角演奏要員も誘った事だし、楽しんで貰えると良いわよね」
と、隣席に座る澄野・絣(
gb3855)へ話しかけた。
「はい。戦いの合間の休息は大事ですよね。しっかり楽しんでもらいませんとねー」
愛用の【OR】横笛「千日紅」を手に持ち、笑顔で頷く絣。
「そ、そういえばニッポンはヴァレンタインデー発祥の地ですよね? お父さんもニッポンの製菓会社は上手くやったもんだって言ってました」
フランスの実家が菓子屋で、自らも甘いものに目がないレア・デュラン(
ga6212)は、お土産として手作りのPetite amieとトッピングしたガトー・ド・ショコラを山ほど用意していた。
さらにテーブルワインとシャンパンをフルボトルで数本ずつ。ただし慰問先の睦中隊はその殆どが未成年の学徒兵と聞くので、ノンアルコールのシャンパンや葡萄ジュースも追加で運び込んでいる。
「せっかくの機会ですからね。中隊のみんなが楽しんでくれると良いのですけど」
今回の参加メンバーの中では唯一人睦中隊と共に戦闘経験のある榊 刑部(
ga7524)は、彼らとの再会を楽しみにしながらいう。
「あら? 榊様、そのお荷物は何でしょう?」
妙に重そうに膨れあがった刑部のカバンに目を留め、キャンベル・公星(
ga8943)が訝しげに尋ねた。
「いえ、これは‥‥ちょっとした慰問の品ですよ。ははは」
(「おっと。危ない、危ない」)
何事もないかのように取り繕いながら、刑部はカバンを人目につかない座席の下におしやった。
●福岡県・大牟田市近郊
高速移動艇は間もなく駐屯地の前に着陸。
およそ120名の睦中隊一同が規律正しく整列し、艇内から降りてきた傭兵達が姿を現わすなり、一斉に歓迎の拍手で出迎えた。
「どうもお忙しいところ、わざわざのご訪問感謝致します」
中隊長の須賀大尉が歩み寄り、背筋を正して敬礼する。
そう。今回の依頼は表向き「傭兵たちの厚意による前線慰問」ということになっているのだ。
中隊を代表して前に出た5人の女子隊員から、傭兵達に感謝の花束が贈られる。また唯一の男性傭兵である刑部にはバレンタインのハート型チョコも贈呈された。
続いて隊員一同による熊本士官学校校歌の斉唱、中隊長訓辞等々、いかにも堅苦しい行事が続くが、これは割愛。
一通り歓迎のプログラムを終えると、後は無礼講による中隊員と傭兵達の「親睦会」ということになった。
「では、自分達は軍務がありますので、後は若い方同士でお気楽に‥‥おい貴様ら、あまりハメを外してお客様に迷惑をかけるんじゃないぞ!」
須賀大尉は部下の学徒兵達に釘を刺すと、他の正規軍士官達と共に駐屯地の仮設指揮所へと引き返していった。
まだ中高生のような歳の少年少女達が傭兵達を取り囲むが、いざ間近に来ると、何を話したららよいのか判らない様子でもじもじしている。
彼らにとって「能力者の傭兵」といえば、一連の大規模作戦や北九州攻防戦でも華々しく活躍した、いわば「憧れのヒーロー」であるが、そのため却って近寄りがたいイメージを抱いてしまうのだろう。
「あの、お菓子作ってきたんですけど‥‥よろしければ」
まずはレアが持参したチョコやケーキを取り出すと、中隊のおよそ1/3を占める女子隊員達が歓声を上げて集まった。
ただでさえ甘い物に目がない年頃である。日頃軍から配給される僅かなおやつ程度ではとても満足できなかったのだろう。
空き箱を積み上げ、ブルーシートをかけて作った即席のテーブルにお菓子類やドリンクを並べ、それを切っ掛けに賑やかなバレンタイン・パーティーが始まった。
「『覚醒』するって、実際にはどんな気分なんですか?」
「KVの操縦を習得するのって、すごく大変なんじゃないですか?」
傭兵達を取り囲み、口々に日頃からの疑問を尋ねてくる。
また中隊員たちの関心は、先頃グリーンランドのゴット・ホープで行われた「バレンタイン中止(略)」のイベントにも集まっていた。
今回のVDイベントはバグア側の目を欺き、グリーンランド戦線に能力者達を終結させる欺瞞作戦なのだが、むろんそれを知っているのはUPCでも一部の軍幹部クラスに限られる。一般マスコミや軍の広報では、あくまで「去年L・Hで始まったのを切っ掛けに恒例行事となった傭兵達のお祭り騒ぎ」として報道されているのだ。
「面白そうだなあ〜。俺も参加して思いきり暴れてえ!」
「ウフフ、あんた絶対中止派でしょ? 去年も全然チョコ貰えなかったし」
「何だとぉ!?」
妙な口喧嘩があちこちで起きたりしている。
UPC軍全体の中で比較すれば、彼らも士官候補生としてそれなりの待遇を受けているはずだが、こうして最前線で泥と汗に塗れて軍務の日々を過ごす少年・少女達の目には、能力者達が暮らすハイテク都市ラスト・ホープでの出来事は、それ自体「別世界の夢物語」のごとく映っているのかもしれない。
「‥‥選ばれた存在なんて言っても、それでモテる訳でもありませんからね。兵舎と戦場の往来がほとんどですよ」
そんな彼らに、刑部は同年代の気安さもあり、L・Hでの生活を赤裸々に語った。
「能力者だって実情は普通の人間と変わりません。普段は依頼に追いまくられて、彼女を作る暇もないほどですよ」
「なるほど‥‥」
「そうなんですかぁ〜」
刑部の話を聞きながら、一部の男子生徒達が腕組みし、妙に納得したような顔つきでウンウン頷く。
一方、悠季は今回のパーティーの目玉として、駐屯地から借りた資材やコンロを用い、即席のクレープ屋台を設営した。食材などはL・Hからの持ち込みである。
本家菓子屋の娘であるレアも作業や調理を手伝い、やがて会場にクレープの焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。
軍から配給されるお菓子は板チョコ、あんパン、甘納豆などシンプルなものが多いためか、街の店でしか食べられないクレープを見るや、わっと歓声を上げ男女問わず隊員達が集まってきた。
トッピングは当然、チョコレート中心。
付け合せにバナナ、生クリーム、ココナッツetc.
模擬店につきお代はタダとあって、たちまち中隊員からのオーダーが殺到した。
「チョコとバナナ、それに生クリームのトッピングお願いします!」
「えーと、僕はココナッツ味を‥‥」
食べ盛りの若者達のリクエストに応えるべく、悠季は慣れた手つきで次々とクレープを焼き上げ、各種トッピングを包んで助手のレアへと手渡す。オーダー受付と包装は彼女の担当だ。
「え、えーとチョコが2つにチョコが3つ‥‥ちょ、チョコが5つですよね?」
グループからの注文があれば、ウェイターのごとく食卓まで運ぶサービスぶりだ。
「こ、これがそっちであっちがこれで‥‥あ、あれ? これはどこでしょう?」
その忙しさを見かねた刑部も、途中から助太刀に入る。
「『烈1号作戦』に参加された傭兵さんですよね?」
戦車兵の高橋美香が、刑部の顔を見るやにっこり笑いお辞儀した。
「その節は、色々とお世話になりましたっ」
刑部はちらっと悠季の方を見やり、こっそりトッピングを増量サービスして美香に手渡す。
「‥‥これは他の皆さんには内緒ですよ」
そういって不器用にウィンクするのだった。
「能力者になってからは稽古時間が減ってしまいましたが、日舞と茶道は幼い頃から続けています。その茶道の心得に『一期一会』という言葉があります」
やはり空き箱を積み上げ、その上に畳を敷いた即席の「座敷」に正坐し、キャンベルは目の前に集まった学徒兵達に説明した。
「たとえ毎日顔を合わせていても、それは今とは別の出会い。過ぎてしまった時間は、やり直したくとも二度と繰り返すことはできません。今、会っているこの瞬間を大切に――今日の出会いが、新しい明日を創る手助けとなるなら嬉しい限りです」
彼女はこの機会に、自身の経験を活かし「一日茶道教室」を開催したのだ。
「茶道」といってもそう堅苦しい内容ではない。あまり形式にはこだわらず、雰囲気を楽しんでもらうのが目的である。
希望者を順次数名ずつ「座敷」に上げ、L・Hから持参の茶器を用意。
日本人でありながら本格的な茶道など知らない若者達を相手に、手取り足取りレクチャーしてやる。
「はじめは少々苦いかもしれませんが、慣れると美味しいですよ」
初めて口にする抹茶の苦さにちょっと顔をしかめる女子隊員に優しくアドバイスを送った。
さらにお茶請けとしては羊羹、桜餅、こんぺいとうを持参。
「チョコレートは本来茶菓子には向きませんが、今回は特別に無礼講としましょう。これもまた『一期一会』の心。よろしいですね?」
これはバレンタイン・チョコのプレゼントを躊躇っている一部女子隊員達への、無言の後押しでもある。
その甲斐あってか、隣り合ってお茶を習いつつ、さりげなくペアの男子にチョコを手渡すカップルが続出し、キャンベルも思わず微笑した。
その中の1組に、高橋美香と円藤賢二の姿もあった。
茶道教室が終わると、次の演し物は歌舞音曲。
「良かったら私の演奏、聴いていってくださいねー」
鮮やかな紅色を基調とした横笛「千日紅」を手にした絣は、座敷の上から笑顔で挨拶したのち、静かに笛を吹き始めた。
しっとりとした笛の音に合わせ、キャンベルが日本舞踊を舞う。
やはり生まれて初めて目にする日舞を物珍しげに見守る若者達を、キャンベルと絣は数名ずつ壇上へと招き、振り付けなどを教えつつお互いに和の趣を楽しんだ。
「さてと。こっちはそろそろ一段落って感じね」
一時は鈴なりだった客足が引き、クレープ屋台の中で悠季は大きく背伸びした。
用意した食材も底を尽き、作り置きのクレープも残りはあと1個。
その時、ふと微妙な視線に気づいた。
同じ駐屯地内にディアブロ改1機が飛行形態のまま駐機し、その機上から一人の能力者パイロットがこちらを眺めている。
おそらく非番なのだろう。ヘルメットも脱いだその顔は、睦中隊の学徒兵とさして変わりない年頃の少女だった。
「見慣れたディアブロだけど、あのエンブレムは正規軍でもULTの傭兵でもないわね‥‥SIVA所属機だっけ?」
悠季はレアと目配せしあい、二人してディアブロの方へと足を向けた。
「ねえ食べない? ちょっと良いでしょ?」
「え? でも、オレは‥‥」
羨ましそうに遠くから見ていたのがばれ、ややバツの悪そうな中島・茜。
「お、美味しいお菓子と、美味い飲み物さえあれば人はみんな仲良くできるってお父さんも言ってましたよ?」
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ‥‥」
とKVから降り、パーティー会場へ向かう。
「はい! 美味しいお菓子は心を満たしてくれますから!」
「‥‥あ、ごちそーさん」
レアから渡された最後のクレープを受け取り、茜はぎこちなく礼をいって食べ始めた。
その姿に、悠季は何となく共感を覚える。
(「この子‥‥あたしと『同類』のようね」)
能力者の直感とでもいうべきか。最初に視線を感じたときから、薄々察しはついていたのだ。
彼女には何か正規軍やULTの傭兵とうち解けにくい「理由」があるのだろうと。
(「二年前――先に親類が入った避難所を目の前で銃撃破壊したのはKVだったわね」)
自らの過去を振り返る悠季だが、あえて口に出すのは控えた。
日舞教室が終わると、再び学徒兵達は思い思いの仲良しグループに分かれ、クレープやチョコレートケーキ、飲み物などを片手に歓談に耽った。
キャンベルは悠季が取り置きしてくれたクレープを賞味し、絣は座敷の前に残った若者たちのアンコールに応え単独で横笛を演奏する。
また賢二と美香を始め、何となく恋愛フラグが成立したカップル同士が寄り添い合う姿も少なからず見えた。
そんな中、結局本命チョコに恵まれなかった男子連中は刑部を取り巻き、最近の新鋭KVや対バグア戦の戦況など色気のない話題に花を咲かせていた。
正しくは「色気のある話題を忘れたかった」というべきだろう。
こんなこともあろうかと予期していた刑部は、艇内でも女性傭兵の目からは隠していた例のカバンを持ち出した。
中身はエロ本……というほど過激でもないが、際どい水着姿のグラビアアイドルが誌面を飾る、ちょっと大人向けの雑誌類。
男子連中が息を呑み、続いて「おおーっ」と低い声が上がる。
「気の利いたお土産が思い付きませんでしたので少々ベタですが‥‥くれぐれも女性陣には見付からないように細心の注意を」
「師匠! 師匠と呼ばせてください!」
同期の賢二に差を付けられた岡崎優作が、うるうる泣きながら刑部の手をガシッと握り締めた。
やがて予定の刻限が迫り、荷物をまとめた傭兵達は「睦中隊」一同が手を振って見送る中、L・H帰還のため移動艇へと向かった。
「皆さんに楽しんで頂いてよかったですねー」
嬉しげにいう絣の言葉に、
「そうね‥‥」
いつの間にか中隊の女子達に混じって談笑する茜の姿を見やり、悠季も微笑する。
移動艇の前で、中隊長の須賀大尉が苦笑しながら待っていた。
「申し訳ありませんな、うちの若い連中の我が儘を聞いてくださって。‥‥ですが、自分も若い頃はあんなものでした。どうぞ勘弁してやってください」
その口調からすると、大尉自身も隊員達の思惑を知りつつ、見て見ぬフリをしていたらしい。
「司令部からの情報によれば、久留米付近にダム・ダル(gz0119)のFRとタロス部隊が現れたそうです。あるいは、ここもいずれまた戦場になるかもしれない。そのときは我々『睦中隊』も再び実戦に出ることになるでしょう」
真顔に戻った須賀大尉の敬礼に送られ、傭兵達はL・Hへの帰途に付くのだった。
<了>