タイトル:怪談・むじな騒動マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/13 00:14

●オープニング本文


 十神・源二郎(とおがみ・げんじろう)は、ほぼひと月ぶりに故郷の町へ帰っていた。

 今年86歳になる老爺であるが、戦国時代より続く十神流棒術の奥義を極めた達人。そしてれっきとした能力者の傭兵でもある。ただしその高齢のため、平素は専らラスト・ホープで若い傭兵やUPCの軍人を相手に武術師範を務めているが。
 現在、大半の能力者たちは名古屋のUPC日本本部防衛作戦のため緊急配備についているが、かといって戦場から離れた後方地域をがら空きにするわけにもいかない。たとえ後方であっても、大規模戦闘の混乱に紛れてキメラやバグア側のスパイが侵入しないとも限らないからだ。
 そこでUPCは、一部の能力者を万一の事態に備えて日本各地で待機させていた。
 今回、源二郎が帰郷したのはそういう事情である。
 天下分け目の大決戦に参加できないのは不満ではあったが、能力者とはいえ老眼のひどい彼はナイトフォーゲルに乗れないのだから仕方がない。また、やはり能力者である孫娘の榛名も、まだKV操縦訓練が充分でないという理由から源二郎と共に実家で待機していた。

 ULTからの呼出しがない限り、待機中はこれといってやることもない。
 そこで源二郎は久しぶりに地元の道場に顔を出すと、弟子たちに稽古をつけてやり、夜は打ち上げの宴会でしたたか飲み、家路についたのは深夜となった。

 ほろ酔い加減で小唄など口ずさみつつ歩いていると、街灯の明かりの下に、若い女性と思しき人影がうずくまっていた。
 何やら具合が悪そうに小さくうめき声を上げている。
 心配した源二郎は声をかけてみた。
「もし‥‥どうかされたかの?」
「すみません。急に気分が悪くなって‥‥」
「ムウ、それはいかん。ご自宅はお近くかな? 何なら送ってしんぜよう」
「いえ‥‥お気遣いなく」
 そういいながら、ゆっくり振り向いた女の顔は――。
 目も鼻も口もない、のっぺらぼうである。
「うぉっ!?」
 驚く源二郎だが、そこは往年の武道家である。
「おのれっ、妖怪変化!」
 手にした赤樫の六尺棒を取ってのっぺらぼうの女に打ちかかると、女はひらりと身をかわし、道路脇のコンクリート塀に飛び上がるとケラケラ笑いながら逃げていく。
「待たんかーっ!」
 棒を構えて後を追う源二郎。しかし酔っていたこともあってか、十分ほど走ったところで息が切れてきた。
「ハァハァ‥‥くそっ、取り逃がしたか‥‥」
「どうしました?」
 マグライトの光が顔に当てられ、見れば、巡回の警官が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「おう、丁度いい。今そこに、怪しい女が‥‥」
「女‥‥ですか」
 警官はマグライトをすっと持ち替え、自分の顔を下から照らした。
「もしかして‥‥こんな女でしたか?」
 その顔もまた、卵のようにツルンとしたのっぺらぼう。
「わあっ!?」
 唐突に目の前が真っ暗になり、それきり源二郎の意識は遠のいた――。

「‥‥と、いう事がゆうべあったのじゃ」
 氷嚢を頭に乗せ、寝床に横たわったまま源二郎が事の次第を打ち明けた。
 その後の記憶はなく、朝になって目覚めると彼は路上に倒れていた。
 特に実害はなかったが、一晩冬の路上に転がっていたのが災いしたのか、家に帰り着くなり熱を出して寝込んでしまったのだ。
 枕元で看病にあたっている和服姿の少女は、孫の十神・榛名(とおがみ・はるな)。18歳の楚々とした乙女だが、彼女もまた能力者の傭兵であり、非覚醒状態であっても棒を取れば大の男さえ叩き伏せる十神流棒術の使い手でもある。
 無言で祖父の話を聞いていた榛名は、やがて袖の裾を目許に当て、よよと泣き崩れた。
「おいたわしや、お祖父様‥‥病のためとはいえ、とうとう頭まで‥‥」
「バッカモーン! ワシゃ正気じゃ!」
「あら‥‥そうでしたの?」
 榛名は泣くのを止め、居住まいを正した。
「あれは噂に聞く『むじな』の仕業じゃ! ワシが子供の頃、死んだ祖父さんの知り合いが田舎で化かされたと聞いたことがある」
 といわれても、現在86歳になる源二郎の、そのまた祖父の話などいったいいつの時代になるのか、榛名にさえピンとこない。
「むじな、ですか‥‥確かに、民話や昔話ではよく聞きますが‥‥」
 考え込んでいた榛名だが、やがてハッとしたように顔を上げ、
「――ひょっとして、それはキメラではないでしょうか?」
「キメラじゃと?」
「UPCの訓練で習いましたでしょう? キメラは人類側の恐怖心を煽るため、神話や伝説の怪物をモデルに作られる場合が多いと。今の所、西洋の怪物が主体のようですが‥‥日本の妖怪が対象になっても不思議ではありませんわ」
「しかし‥‥鬼や龍ならまだしも、むじななんぞキメラにしてどうするんじゃ?」
「さあ、それは私にも‥‥何しろ宇宙人の考えることですから」
「とにかく、キメラごときに化かされたとあっては武門の名折れじゃ。こうなればワシ自らの手で退治して‥‥うっ、ゴホゴホッ!」
「あ、いけませんお祖父様――今年の風邪はたちが悪うございます。こじらせては命に関わりますわ」
 とりあえず源二郎を落ち着かせ、榛名は医者から貰った薬を飲ませてやった。
「とはいえ、もしキメラだとすれば町の安全にも関わることですし‥‥放ってはおけませんわね」

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
メディウス・ボレアリス(ga0564
28歳・♀・ER
エリザベス・シモンズ(ga2979
16歳・♀・SN
春風霧亥(ga3077
24歳・♂・ER
ランドルフ・カーター(ga3888
57歳・♂・JG
八神・刹那(ga4656
20歳・♂・BM
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

「やることは驚かすだけ‥‥ですか‥‥しょぼい、ですね」
 鋼 蒼志(ga0165)が呆れたようにいった。
「まぁ、敵には変わりませんから退治するとしましょう」
 ここは日本の十神本家。キメラと思しき怪物に化かされ、ついでに風邪までひいて寝込んだ十神・源二郎(とおがみ・げんじろう)の枕元を囲み、傭兵達が見舞いがてら今後の対策を相談していた。
「MUJINAというのは、badger(アナグマ)‥‥ではありませんのね。goblinのようなものですかしら。日本の妖精は変わった驚かし方をしますのね。いえ、キメラではなく本物(?)の方ですけれども」
 エリザベス・シモンズ(ga2979)、通称「リズ」は日本関連の書籍から得た知識を思い出しつつ首を傾げた。
「面白い、前時代から生き延びている遺物が現代社会に挑戦するか。良いだろう、物質文明の科学の力を見せてやる!」
 と息巻く爆乳美人はメディウス・ボレアリス(ga0564)。
 それから苦笑して手を振り、
「‥‥ん? ああ、解っている、単なる気分出しの為だ。異星人の下僕より単なる妖怪変化としておいた方が盛り上がるだろう?」
「皆様、本日は祖父のためにわざわざご足労頂き、ありがとうございます」
 床の間で源二郎の看護にあたる孫娘の十神・榛名(とおがみ・はるな)が、畳に三つ指を付き丁寧に頭を下げた。
「今回はご災難でした、先生。解決は俺達に任せて頂けますか? 無事に解決したら一杯やりましょう」
 以前の依頼で奇縁の出来た榊兵衛(ga0388)が、見舞いの日本酒を畳に置いた。
「かたじけない、榊殿‥‥こんな体でなければ、ワシ自らの手で退治してやるところを‥‥ゴホゴホッ」
「ああ、お祖父様はゆっくり寝ていて下さいまし」
 身を起こそうとした源二郎は、榛名に窘められて再び床に伏した。
 ちなみに「バグア寄生」という最悪の可能性も考慮して、彼の血液サンプルはUPCの医療機関で検査を受けたが、その結果特に異常は発見されず、
『単なる感冒ですね。まあ暖かくして暫く安静にしてれば治るでしょう』
 との返答だった。
「貉‥‥か。耄碌爺の戯言じゃなければ良いんだが。あぁ、爺さんはゆっくり寝ていろよ? キメラなら僕達が片付けておくから。‥‥孫に心配なんてかけさせる物じゃない」
 口は悪いが、老体に気を遣いつつ八神・刹那(ga4656)がいう。そんな彼の目に、ふと壁に立てかけられた源二郎の六尺棒が映った。
(「然し棒術か…懐かしいな。今の腕じゃ出来ないが、昔は僕も教えを受けていたんだよ。‥‥そう言えば昔も良く扱かれた事があったな‥‥丁度、あんな感じの爺さんにね」)

 一通りの挨拶が済んだところで、一同の話題は今回のキメラ対策へと移った。
「相手は幻影を使う何者か分からない物‥‥さて、どうやって退治するものですか‥‥」
 辰巳 空(ga4698)が腕組みして考え込む。
「なんだか、源二郎さんの見間違いと言う線もありそうな気もしますが‥‥それにどこにも怪我をしていないみたいですし、誰かの悪戯ということもありえるでしょう? ‥‥でもまぁ本当にキメラならば大きな被害が出ないうちに何とかしなければいけないのは確かですね」
 訝しげに春風霧亥(ga3077)がいう。サイエンティストの彼としては、どうしても「キメラに化かされる」という現象じたいが胡散臭く思えてならなかったのだ。加えて、当時の源二郎は酒に酔っていたという事実もある。
「幻影‥‥人間の認識を狂わせて別の物の様に見せかける‥‥どの様にそんな物を見せるのか興味はあります」
 空の疑問に対し、
「セイレーンの洗脳は歌声によって。ではこのキメラの幻術の媒体は‥‥声、ガス、光? 複数を対象に出来るかも気になりますわ。それにゲンジロウが気を失ったのは、驚いたからだけですの? 念の為、催眠術にも警戒致しましょう」
 と、リズが自らの意見を述べた。
 そのとき、
「おかしい。手ぬるい‥‥今回は余りにも手ぬるい!」
 だしぬけにランドルフ・カーター(ga3888)が声を張り上げた。
「幻覚を見せ恐怖を振り巻くなら、その姿を見ただけで正気を失う恐ろしさを持った超越的な存在‥‥そう私の友人が書いた宇宙的恐怖小説に出るおぞましき姿を持った超越的存在を再現すれば済むというのにッッ!! そもそも――」
 両手を振り上げ、そこまで演説をぶったところで、他の傭兵たちに制止される。
 普段は温厚なランドルフには珍しい事だが、彼の側にも冷静でいられぬ事情があったのだ。
 何しろ名古屋における大規模戦闘のさなか、バグア側はかつてランドルフが敬愛した高名な科学者(それが本人か偽物か、それともバグアに寄生されたかについては未だに不明だが)を代理人として堂々と人類を挑発してきたのだから。
「‥‥フム。カーター氏の言葉にも一理あるの」
 メディウスが作ってくれた出汁割り卵酒を啜りつつ、源二郎がボソっといった。
「バグアが日本の妖怪に似せてキメラを作ったとして、何でわざわざ『むじな』なのか‥‥ワシなりに色々考えておったんじゃが、ちと思い当たるフシがあっての」
 そこで照れ笑いを浮かべつつ、
「実は、死んだワシの祖父さんは話し上手でのう。特に祖父さんの話してくれる怪談話のおっかない事といったら‥‥ワシゃガキの頃から喧嘩三昧で怖い者なしじゃったが、祖父さんからあのむじなの話を聞いた晩は、それはもう怖ろししゅうて‥‥おかげで厠にも行けず漏らしちまったわい」
「つまり‥‥奴は、人間が無意識に抱く恐怖の対象を幻影で具現化させると?」
 ランドルフは、日本に来る前ラスト・ホープで連絡を取った研究所スタッフ、ナタリア・アルテミエフの言葉を思い出した。

『今の所、人間を洗脳できるキメラはセイレーンなどごく一部に限られますが‥‥長く続くこの戦争で、バグア側も人類側の精神構造に対する研究を深めつつあります。幻覚などで直接心理攻撃をしかける新種が現れても、不思議ではありませんわ』

「このキメラがバグアの試験運用であるなら、芽の内に摘む事が肝要ですわね」
 やや深刻そうに、リズがいった。

 周囲を山に囲まれた小さな田舎町である。キメラが再び人間を狙うとしても、その場所は限られた範囲になるだろう。
 そこで傭兵達は、榛名を加えた9名で3班に別れ、それぞれ1名を囮役としてキメラを誘き出す計画を立てた。

Aチーム:榊兵衛、八神・刹那、十神・榛名(囮)
Bチーム:鋼 蒼志、エリザベス・シモンズ、春風霧亥(囮)
Cチーム:辰巳 空、メディウス・ボレアリス、ランドルフ・カーター(囮)

 源二郎が怪現象に遭遇したポイントを中心に、町内を3ブロックに分割して警戒にあたる。囮役がむじな(キメラ)に襲われたら、少し離れて後をつける護衛役はもちろん、無線機で連絡を取り合い他の2班も急行、という手はずだ。
 ちなみに地元の警察署に事情を話し、当日の夜は一般市民の外出を控えるよう回覧板を回して貰った。
 敵の警戒を招かぬよう、囮役はギリギリまで覚醒を控え、当然武器も護衛役に預けておく。
「得物が手元になくて不安を与えるかも知れない。だが、俺を信用して任せてくれないか? 榛名、君ならば大丈夫だと信用している。お前の事は護ってみせる」
 同じAチームとなった兵衛にそういわれた榛名は一瞬、ぽっと頬を染めたが、
「‥‥判りました。私の命‥‥榊様にお預けいたします」
 自らのロングスピアを兵衛へと差し出した。
「うちの班は春風さんが囮役ですね」
 Bチームの蒼志にいわれ、霧亥は腕から外した超機械を己のバッグに隠す。万一の護身用として、アーミーナイフをジャケットの内ポケットに入れた。
(「出るなら榛名さんの方に出そうな気がするのが何とも‥‥」)
 と、蒼志は内心で思っていた。
 Cチームでは年長者のランドルフが囮を務めることになり、同班のメディウスにアサルトライフルを預けた。
「我らは特攻野郎ではないので冷静に事を運ぼう。獲物が引っ掛ったら他のチームに連絡を入れ、獲物を包囲してフルボッコだ」
 ブラウスがはち切れんばかりの爆乳を突き出して腕組みし、女王様然とした口調で言い放つ銀髪の美女を眺めつつ、
(「彼女が囮だと、キメラじゃなくて別のモノが寄ってきそうだな‥‥」)
 男性陣が一様にそう思ったのは、ここだけの秘密である。
 日暮れ時を待ち、傭兵たちは行動に移った――。

「ウィ〜、ヒック! 研究所の合成でアイテムが鉄屑になったぞ〜、バカヤロウ!」
 ネクタイを鉢巻のごとく額に巻き、片手に折り詰めを提げ、スブロフの瓶片手に千鳥足で夜の町を行くランドルフ。
「(こんなこともあろうかと! 作家稼業のときに酔っぱらいの行動を学んでいたのだ! 見よ、この計算された千鳥足を!)」
 作家業と酔っぱらいの行動とどう結びつくのかは定かでないが、ともあれ堂に入った酔漢ぶりである。
 もちろん酒は一滴も飲んでない。榛名に借りた化粧道具で顔を赤く塗り、昭和時代の怪奇ドラマでは犠牲者第1号の確率トップ(推定)といわれる「酔っぱらいオヤジ」を演じているわけだが――。
「(しかし、こう寒くてはかなわん。本当に熱いお湯割りウィスキーでも一杯やりたいものだが‥‥)」
 そう思いかけたとき。
 背後に名状しがたい不気味な気配と異臭を覚え、恐る恐る振り向くと――。

 そこに、『奴』がいた。

 源二郎の証言にあった「のっぺらぼう」ではない。
 普通の人間ならば、一目見ただけで正常な精神を失うであろう、おぞましき怪物。
 そう。まさに彼の友人が書いた小説に登場する「超越的存在」が、2mも離れぬ距離から生臭い息を吐きかけてきたのだ。
「うわぁーー!?」
 悲鳴を上げつつも、咄嗟に覚醒するランドルフ。
 その声を聞きつけ、ただちに駆けつけるメディウスと空。
 だが、2人の目に映ったのはまた別の「怪物」だった。
 四足の体に犬に似たどう猛そうな3つの頭部を持つ、巨大なキメラ。
「ケ、ケルベロス――!?」
 陸戦形態KVでもあればともかく、生身の能力者では十数名が束になってかからねば、まず勝ち目のない相手である。
 こんな大型キメラが、UPCの監視網をかいくぐり、どうやって後方地域へ侵入したのか?
 わけもわからぬまま、メディウスはランドルフにライフルを投げ渡し、自らも超機械一号による電磁波攻撃を浴びせる。
 だがライフルの銃弾も電磁波も一向にケルベロスにダメージを与えず、敵キメラは3つの頭を振って威嚇するように咆吼を上げた。
(「おかしい‥‥なぜ、奴は攻撃してこないんだ?」)
 不審に思った空は、無線でA・B両チームを呼びつつも、自らの持つシグナルミラーで街灯の光を反射させ、ケルベロスに当ててみた。
 ミラーによって収束された強烈な光は、キメラの体を突き抜け夜空へと消えた。
「やっぱり‥‥皆さん、あれは幻影です!」
 ビーストマンとして覚醒した空は瞬速縮地で接近し、ファングをふりかざして斬りかかるが、もとより幻影であるキメラに対してその攻撃は宙を斬るばかりだ。
(「くそ! 奴の本体はどこにいるんだ‥‥?」)
 そのとき他の傭兵6名も駆けつけたが、一様に顔を強ばらせ、武器を握りしめたままその場に立ちつくした。
 おそらく各々が過去に戦った最も手強いキメラ、もしくは源二郎のごとく記憶の中に封印していたおぞましい「何か」を目の当たりにしているのだろう。
 能力者の強靱な抵抗力があるから辛うじて耐えられるものの、普通の人間ならその場で発狂してもおかしくはない。
「‥‥漸く現れたか――、ッ‥‥久遠‥‥お前はもう、出て――」
 ふいに刹那が低く呟いた。
「――くるな‥‥なんて言うなよ、刹那? コレがオレの存在意義なんだからよ」
 覚醒変化により、日頃は封じられた彼のもう一つの人格、憎悪と殺戮に満ちた『久遠』が表に現れたのだ。
 いったい彼は何を幻視しているのか――。
 そのとき空はケルベロスの姿が旧いTV画像のようにブレるのを見た。
 巨大な怪物が姿を消し、やや離れた場所に、白イタチを一回り大きくしたような獣型キメラが出現した。
 奇妙なことに、感情を持たぬはずのキメラが全身の毛を逆立て、怯えたような叫声を上げている。
 人間の心に潜む「恐怖」を具現化する新種キメラ。だがその能力が仇となり、自らの幻影化キャパシティを遙かに超える「狂気」を刹那の中に見いだしてしまったのだろうか。
「化物同士殺し合おうぜ? なぁに――退屈はさせねぇよ」
 漆黒の龍に獣化した『久遠』――刹那が、自滅を厭わない狂躁と共に瞬速縮地で吶喊。
 キメラが繰り出す鋭い爪に傷つきつつも、すれ違いざまにアーミーナイフの斬撃を浴びせる。
 キシャアーーッ!!
 自らもダメージを負ったキメラは身を翻して逃走を図るも、そこに待ち受けていたのは槍を並べて立つ兵衛と榛名、そしてアーチェリーボウを構えるリズ。
 ロングスピア2本による豪破斬撃と鋭覚狙撃の矢を受けたキメラに、
「逃がしはしねぇよ! わざわざ日本の妖怪なんて真似やがって、潰す!」
 覚醒変化で口調の変わった蒼志が刀で斬りかかる。
 とどめとばかりメディウスと霧亥の超機械が電磁波攻撃を浴びせ、謎のキメラは己の生み出した幻影と同じく、地面に黒い焦げ跡だけを残して消滅した。
「ああ、しまった! 研究用に持ち帰るサンプルが‥‥」
 悔しげにいうランドルフを尻目に、
「我は生物に対する学術的興味は薄い。生殺どちらでも構わん」
 メディウスはクールにつぶやき、長い銀髪をかき上げた。

 翌朝――。
「あんなキメラが、町の人達を襲っていたら一大事になるところでした‥‥本当に、皆様のおかげですわ」
 榛名の見送りを受け、傭兵達は十神邸の門を出た。
 ふと榛名が刹那の右腕を取り、
「あのとき、八神さんが敵の幻影を打ち破ってくださったのですね‥‥ありがとうございます」
 その邪気のない笑顔に、刹那は少しドキリとする。
(「榛名‥‥だったか、確か‥‥何て言うか、在り方がキレイでイイね。真逆だから焦がれるのかな。オレはキレイではいられないから」)
 それに仲間というのもいい。
 共にいるのが一時とは言え、背中を預けるのも悪くない。
 傷付けたくないという気がする。
(「あぁ――オレは憎悪以外の想いも抱けるのか?」)
 そんな事を思いつつ、刹那は仲間たちと共に帰りの移動艇へと向かうのだった。

<了>