●リプレイ本文
「参番艦‥‥ボロボロになっちまったな‥‥」
アルバトロスのモニターに映るUK参番艦「轟竜號」の傷ついた艦体を見やり、真山 亮(
gb7624)はため息をついた。その口には火こそ点いてないが、いつもの習慣で煙草が咥えられている。
自らバイオステアーとの戦闘に参加し、同艦を守り抜いた彼としては心痛む光景だった。
しかし、まだ油断はできない。
現在、台湾沖にある建造時の専用ドックを目指し北上しつつある参番艦であるが、周辺海域に潜むバグア側の水中ワーム、水中キメラもそうはさせじと追いすがり、繰り返し襲いかかってくる。
敵の攻撃は散発的だが、破損口からキメラに侵入されることにでもなれば厄介だ。そのため、参番艦の周囲には外からの援軍も含めて多数の水中用KVが展開し、それぞれ担当区域を決めて警戒にあたっている。
亮が加わっているのは、主に艦尾付近の防衛を担当する部隊だった。傭兵KVの他、正規軍のアルバトロスやテンタクルズ改も含む混成部隊だ。
「今度こそ、無事に帰してやりたいね。何があってもさ」
「無念であります。美海(
ga7630)の愛する参番艦の危機だというのに、美海は戦うことができないのであります」
彼女もまた、ビーストソウル(BS)の操縦席で嘆いていた。轟竜號護衛の応援として駆けつけたものの、直前の依頼で負傷してしまったため余り無理の利かない体だ。
しかし、仲間達はそんな美海に後方からの作戦支援を頼むというのだ。
「ここで奮い立たねば傭兵魂がすたるでありますよ」
一命に変えても任務を全うする覚悟で計器盤を凝視し、母艦や友軍KVから転送されるソナー情報に全神経を集中する。いわば情報管制役だ。
そんな美海が監視するモニター画面の一つが、母艦後方の深海から追いかけるように浮上する一群の不審な影を捉えた。
「早速来たでありますね!」
その情報は、直ちに艦尾付近に展開する仲間のKV全機へフィードバックされた。
「ここで参番艦を沈めさせる訳にはいかぬのでな。立ち塞がらせて貰うぞ」
榊兵衛(
ga0388)が武者鎧を思わせる朱漆色の塗装を施したリヴァイアサン、名付けて「興覇」の機首を美海機から支持された方角に向ける。
「まあ‥‥基本は空戦と同じ三次元機動だからコツさえ掴めば何とか‥‥?」
「貯金をほぼ根こそぎはたいて貸出権を購入したからには、ばっちり成果を出さないと割に合わないかな」
初の水中戦となるユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)、アーク・ウイング(
gb4432)らも、同じくリヴァイアサンを操り迎撃態勢に入った。
「これだけリヴァイアサンが揃うと壮観ですね。何だか負ける気がしないのです♪」
アルバトロスのモニターからその光景を眺めつつ、御坂 美緒(
ga0466)が頼もしげに微笑んだ。
その言葉通り、彼らの搭乗する機体は現時点で最新最強の水中用KVである。
だが引き続き敵の機影を観測していた美海は眉をひそめた。
少なくとも20機以上はいると思われるバグア水中部隊のうち、先陣を切って突入してくるのはゴーレムでもメガロ・ワームでもない。
「タロス‥‥?」
先の大規模作戦において存在が確認され、当初は「青銅の巨人」とも呼ばれたバグアの新鋭人型ワーム。
その情報は即座にKV各機へと伝えられた。
「あれがタロスか。新型って聞いてたが、もう水中戦対応機が出てるんだな」
亮の口から、やや驚いたような声がもれる。
深海から急速浮上してくる水中型タロスは潜水艦のごとく黒くカラーリングされ、その頭部には赤い狼――ロシア語で「ヴォールク」のエンブレムを掲げている。
「間違いない。敵の指揮官はセルゲーエフであります!」
「セルゲーエフ? 願わくば高額の懸賞首になって欲しかったが‥‥これ以上見逃しては、賞金稼ぎとしての名声に傷が付くものね」
アナトリー・セルゲーエフ。あの伊万里湾での遭遇以来度々刃を交わしてきたゴールドラッシュ(
ga3170)は、リヴァイアサンを操縦する両手に力を込めた。
奴との戦闘もこれで5度目。そろそろケリをつける頃合いだろう。
「あたしもそうそう毎回、日和ってばかりもいられないのよね」
「いつまでもお前を野放しにしておいたのでは、次はいつ襲われぬのかと気が休まる時がない。今回で沈めてやらなくてはな」
セルゲーエフとは初の対決となる兵衛も、見敵必殺の意気込みで「興覇」の深度を下げていく。
「故郷大分を蹂躙するダム・ダル(gz0119)を討つにはまず手駒から」
藤田あやこ(
ga0204)の場合、敵エースと直接の因縁こそないが、バグア春日基地司令官として九州支配の機を窺うダム・ダルへの激しい怒りがある。そしてセルゲーエフは北九州攻防戦において人類側艦船多数を撃沈した、春日バグア軍所属の水中戦指揮官。
「覚悟おし穢れたよそ者」
スナイパーライフルD−06の射程にタロスを捉えるなり、立て続けにトリガーを引いた。距離からみて有効打は望めなくとも、手足を掠めて少しでも足止めになれば良い。
だが黒いエース機は速度を緩めることもなく、巧みにライフル弾を回避しながら距離を縮めてくる。
時間差攻撃でユーリが対潜ミサイルを、さらに多連装魚雷エキドナを放つがこれも全てかわされる。その運動性は同じ人型ワームでもゴーレムなどとはまるで違う。
黒いタロスの後に従い、配下と思しきゴーレム、メガロ・ワーム達も続々と姿を現わした。
「どうやれば参番艦に最大限打撃を与えられるか‥‥?」
敵側の視点から状況を捉え直した刃金 仁(
ga3052)は、即座に判断を下していた。
「メガロ・ワームは露払い、ゴーレムとタロスが主打撃だ!」
その結論を裏付けるかのように、広域に展開したメガロ部隊が一斉に魚雷を発射した。
セルゲーエフとて魚雷だけでギガ・ワーム並みの巨体を有する潜水空母を沈められるとは思っていないだろう。この攻撃は明らかに人類側KVの攪乱を狙ったものだ。
次々と起こる水中爆発。後方に抜けた魚雷の何発かは轟竜號にも命中している。
混乱に陥った正規軍のKV部隊に、先の大規模作戦でタロスとの交戦を経験した美海は通信で呼びかけた。自らは戦えなくとも、せめてその情報を活かすことで友軍の勝利に貢献するために。
「プロの軍人さんからすれば業腹かも知れないですが、美海の意見を入れて欲しいのであります」
「‥‥了解した。貴官の指示に従おう」
数秒の間をおき、正規軍指揮官から応答があった。水中戦にかけてはそれなりの経験を持つ彼ら正規軍兵達も、まさかタロスの襲撃までは想定しておらず、困惑しているのがその声からよく判る。
美海は素早く正規軍部隊を参番艦後方に集中配置すべく指示を下した。
テンタクルズ改は縦深陣を敷いて重要部分を集中防御。アルバトロスは傭兵と共にゴーレムやメガロ・ワーム迎撃に当たってもらう。
守るべきは最も重要な推進機関部である。たとえ撃沈は免れても、機関部損傷で速度が落ちれば遅れた分だけ轟竜號はバグア軍の攻撃を浴びつつけることになる。
「深追いは禁物でありますよ」
仁、アーク、美緒も態勢を立て直した正規軍部隊と共に、メガロ・ワーム達が放った魚雷の第2波迎撃にあたった。
いよいよ轟竜號に接近してきたタロスとゴーレム部隊を、傭兵側のKV6機が迎え撃った。
「恨みはありませんが、参番艦を沈めさせる訳にはいきません。全力で参ります!」
須磨井 礼二(
gb2034)はまずタロスに向けて魚雷セドナを発射。これもあっさりかわされるが、目的は命中ではなく直衛のゴーレム部隊を散開させることにあった。
ゴーレムの数とその移動方向をすかさず美海機に連絡、その情報はリアルタイムで友軍全機へと転送される。
「美しい自然を滅ぼす者には滅びが訪れる。自然の摂理の美学よ」
あやこのBSが引き続きSライフルでタロス周辺を狙撃、護衛機と分断を図ると共に、セルゲーエフが傭兵達のKVと戦わざるを得ないようその行動範囲を狭めた。
兵衛もまたホーミングミサイル、ホールディングミサイル、ガウスガンと交戦距離に応じて遠距離兵器を叩き込み、タロスからゴーレム部隊の引きはがしにかかる。
ふいにゴーレム達がタロスから離れ、傭兵達を迂回するコースで轟竜號へと向かい始めた。おそらくセルゲーエフ自身の命令だろう。突撃を阻まれた敵エースの焦りが見て取れる。
「そうそう貴方の思い通りにはさせないってね!」
僚機と連携しつつ、ゴールドラッシュはタロス目がけて火力を集中した。
『‥‥俺は、貴様ら傭兵が憎かった‥‥』
ふいに無線を通し、若い男の声が響いた。
『軍人としての苦労も知らず、ただ能力者だというだけで優れた兵器を与えられ、UPCの将軍どもにちやほやされる‥‥辛く長い訓練の末に潜水艦乗りとなった俺達一般人の水兵が次々犬死にしていくというのに』
「それは貴方のひがみでしょ!? あたしたちだって、エミタやKVの性能だけで戦ってるわけじゃないわ!」
『ならばその言葉、今この場で証明して貰おうか?』
タロスの機体から連続して放たれる水中ロケットと重機関砲。それらは尽く傭兵達のKVに命中し、容赦なく機体生命を削っていく。
FRやステアーのように一撃必殺の威力こそないが、その攻撃力はやはりゴーレムの比ではない。
だがリヴァイアサンもまた、英国王立工廠が威信をかけて開発した新鋭KVだ。
アクティブアーマーにより敵の攻撃を凌ぎつつ、包囲から接近しての集中波状攻撃へと持ち込んでいく。
「リヴァイアサン、流石新型だな。馬力が違う。だが、俺達も負けてられないよな」
やや後方についた亮のアルバトロスは、その身軽さを活かしてガウスガンにより僚機を援護射撃。
あやこのBSは轟竜號へ向かったゴーレム達をナンバリングし、母艦に近い機体から優先に狙撃していった。
「アークさん、刃金さん、一緒にガンバなのです♪」
いよいよ母艦に迫ってきたゴーレム部隊に先手の魚雷を放った美緒は、続いてアサルトライフルによる狙撃を開始した。
「白兵戦になる前に、できるだけ数を減らさなくちゃね」
アークはエンヴィー・クロックやシステム・インヴィディアを起動、接近してくる敵ワームに対潜ミサイルで迎撃、ミサイルが弾切れになるや多連装魚雷エキドナを、魚雷が尽きればガウスガンを撃ちまくった。
正規軍のKV部隊も、突撃してきたメガロ・ワームと各所で交戦状態に入っている。
複数のワームに囲まれピンチに陥った友軍機を見るや、美緒はライフルで援護射撃し後退を支援した。
「生きて帰ってこその勝利なのです。無理はいけませんよ」
「今、護らずに何時護るというか。やるそリヴァイアサン」
BCアクスを振りかざし機関部付近に取り付こうとしたゴーレムに対し、仁が至近距離から重魚雷を発射。
「見ろ、目的を持ち、知恵を絞り、強い意志で作り上げられたこの艦。美しいとは思わんか? この艦におまえらの汚い手を触れさせてなるものか!」
友軍機にリアルタイムの戦術データを送る一方で、美海は轟竜號にも支援砲撃を要請、量産ワームどもを駆逐していく。
「参番艦は美海の命、亡霊如きにくれてやるわけにはいかないのです」
「この海で墜ちて貰うぞ、セルゲーエフ! この『興覇』の初陣の手柄首となって貰おうか」
エンヴィー・クロックとシステム・インヴィディアを併用した兵衛が水中用ディフェンダーの斬撃を浴びせた。
黒いタロスの機体に裂け目が走るが、次の瞬間それは見る間に塞がっていく。
従来のワームにはない再生能力である。
反撃の水中練剣による知覚攻撃が、リヴァイアサンの重装甲を貫きさらに機体生命を奪う。
だがエース機タロスの性能に悩まされつつも、傭兵側KV6機の絶え間ない攻撃は徐々にセルゲーエフへダメージを与えていった。
下から回り込んだユーリはブーストに加えスキル全使用でスクリュードライバーによるチャージング。
礼二はブーストで肉迫するや機体を人型変形、やはりスキル全使用による水中練剣「大蛇」の2連撃を決めた。
「旅順沖でやり合って以来か。今度は逃がさないぜ‥‥?」
同じく下を取った亮が右腕のレーザークローで大振り気味に攻撃、タロスが回避した先を狙い左手で抜いた本命「大蛇」の刺突。
「聖戦の刃を食らい反省の血を飲め」
あやこは可能な限りサーベイジを連続使用、仲間達の攻撃の間を縫って水中太刀「氷雨」、レーザークローを叩き込む。
しぶとく抵抗を続けるタロスの再生がふいに止んだ。
ダメージが一定レベルを超えると再生機能も停止するらしい。漆黒の機体の各所に亀裂が走り、血のような潤滑液が海中に広がっていく。
だが、ゴールドラッシュはあくまで気を抜かない。
(「奴の真価は最後の最後、ピンチに陥った後に発揮されるはず――!」)
残り練力が僅かとなったのか、練剣の光も消えたタロスの機体に、兵衛がディフェンダーの刃を深々と突き立てる。
その時。いざという時のため温存していたのか、タロスは「興覇」めがけて零距離で水中ロケットを発射した。
激しい爆発が海水を沸騰させ、傭兵達の視界を塞ぐ。
ゴールドラッシュが待っていたのはまさにその瞬間だった。
エンヴィー・クロックによる制動を用い、爆風を回避。水泡に紛れて逃走を図ったタロスに追いすがり、背後からスクリュードライバーの一撃!
「思い通りにはさせないって、言ったでしょう!」
タロスの動きが一瞬止まり、内部から破裂するようにその下半身が弾け飛んだ。
アラートの鳴り渡るタロスの操縦席で、セルゲーエフは震える指を脱出ボタンに伸ばしかけた。
が、すぐに思い直し拳を握り締める。
粛清が怖ろしいのではない。
肉体改造を受け、KVより優秀な水中ワームさえ与えられれば。
戦術と知略の勝負ならば、傭兵ごときにひけはとらない――。
そんな思い上がりを完膚無きまでに打ち砕かれたからである。
「俺の負けだ‥‥‥‥ご苦労だったな、ヴォールク」
次の瞬間タロスは自爆し、コクピットもろとも強化人間の肉体を粉砕した。
指揮官機を失った量産ワームは、予めAIにそうプログラムされていたのか、潮を退くように撤退していった。
「勝利の後の一服。堪えられないな‥‥」
参番艦の喫煙室で、心地よさげに紫煙を吐き出す亮。
一方別室の休憩所では、
「プリネア名誉騎士の名声も一層広まって、クリシュナ様も鼻高々間違いなしです♪ これで玉の輿計画に一歩近付くのです♪」
美緒は晴れやかな笑みを浮かべつつ、プリネア皇太子へ宛てた手紙をせっせと認めるのだった。
<了>