●リプレイ本文
「この船まだ蟹臭いでありますよ」
空母「サラスワティ」艦尾ウェルドック。出撃を前にしてビーストソウル(BS)に乗り込みながら、美海(
ga7630)は小鼻をヒクヒクさせた。
オホーツク海の巨大蟹キメラを肴に極東ロシア戦の祝勝会を催した同艦内には、まだその残り香が漂っているようだ。
目下、KV百機以上にも及ぶ正規軍部隊により空と海中からバグア軍の要衝・旅順口への猛攻撃が行われている。それに対抗して、あの「水中戦にしか現れない」奇妙なバグア軍エース、セルゲーエフの襲来は確実という噂が空母クルーの間でも囁かれていた。
「高雄港戦では取り逃がしたでありますが、今度は逃がさないでありますよ」
奇しくも同じ水中戦闘依頼を専門とする美海は、再戦の機会に張り切っていた。
「奴に1千万くらい懸賞金がかけられれば良いのに」
本格的な大規模作戦への参加を前に一稼ぎしたいゴールドラッシュ(
ga3170)も愛機BSの点検に余念がない。
ふと顔を上げ、やはり隣で黙々とBSの計器類をチェックするプリネア海軍少尉、マリア・クールマ(gz0092)に声をかけた。
「それじゃ宜しく頼むわよ、マリア」
「うん‥‥こちらこそ」
水中戦時には彼女とマリアが2機1組でペアを組み、正規軍水中KV部隊が帰還するまでの間、旗艦であるUPC空母の直衛にあたるのだ。
「あまり、無茶をなされない様にお気を付け下さい」
艦長ラクスミ・ファラーム(gz0031)を始め、プリネア義勇軍の面々に挨拶を済ませてウェルドックに降りてきた櫻小路・なでしこ(
ga3607)もマリアに話しかけた。
先の蟹キメラ討伐で会った時以来、どこか思い詰めた様子のマリアの身を案じてのことである。
「私たちが必ずフォロー致しますから」
「‥‥ありがとう」
薄暗いドック内で、色白で無表情の少女の顔が、ややぎこちなく微笑んだ。
UPCの機体コンペを勝ち抜いたメルス・メス社の新型水中用KV・アルバトロスの搭乗権が発売されたばかりとあり、今回依頼参加のKVはアルバトロスとBSが多かった。
現在、英国王立兵器工廠においてBS以上の性能を持つ水中用KV開発の噂も流れているが、残念ながら本作戦の時点では未だ実戦配備に至っていない。
そんな中、独りKF−14改で参加の柚井 ソラ(
ga0187)は、ちょっとドキドキしながらも「ハク」と名付けた愛機に語りかけていた。
「俺たちも頑張ろうね、ハク」
ドック内を見回すと、友人のクラウディア・マリウス(
ga6559)の姿が目に入った。
(「水中戦で友達と一緒になるのは久々で‥‥頑張らなきゃっ」)
クラウディアの方もこちらに気づき、アルバトロスの操縦席から通信を送ってきた。
「ふふふ、ソラ君、頼りにしてますっ」
ソラ、クラウディアの2人と共に迎撃を担当するのが真山 亮(
gb7624)。
「初水中戦‥‥というかKV戦闘自体も初めてなんだが‥‥かなり緊張するな」
煙草の1本も吸いたいところだが、さすがにKVの機内で一服するわけにいかない。とりあえず口にくわえるだけにして、アルバトロスのシートで気分を落ち着ける。
やがて出撃の時刻が来た。
「任せて王女様、凛達がしっかり空母を守ってくるから」
勇姫 凛(
ga5063)は艦橋のラクスミに通信を送ると、アルバトロスの機体を艦尾発進口から海面へと滑り込ませた。水中戦じたい初体験だが、気合いは充分だ。
「海の亡霊だかなんだか知らないけど、みんなが帰ってくる場所を、お前達の好きにさせはしないんだからなっ!」
「2ヶ月近く遅れたけどやっとお前のデビュー戦だ。行くよ、アルバトロス!」
凜とペアを組む赤崎羽矢子(
gb2140)も、新品の機体で勢いよく発進。
潜水を開始したクラウディア機の計器盤に、サラスワティから先に発艦し上空を警戒する李兄妹の斉天大聖、及び対潜哨戒ヘリからのレーダー、ソナー情報が色鮮やかなCGで表示された。
初めての水中機体にのっての水中戦。
モニター越しに広がる深い蒼に、閉塞感と強い不安さえ覚える。
(「ここは自分の知っている優しい海じゃない‥‥」)
そう思うと、怖い。
「だけど、大丈夫‥‥一人じゃないから。一緒に戦う仲間がいる、それに、仲良しのソラ君も一緒‥‥」
真新しい機内を見回し、クラウディアは深呼吸した。
胸を飾る【OR】星のペンダントに触れ、いつもの如く祈るように呟く。
「星よ、力を‥‥」
やはり水中戦の初陣となる亮も、直衛担当のC班&D班の攻撃範囲の外側を、空母の周囲を周りつつ警戒。
敵ワーム部隊にはEQもいると予測されるので、アクティブ・ソナーの探査により海底の様子にも気を配る。
「どこから来るか分からないからな‥‥」
迎撃班
A班:亮、クラウディア、ソラ
B班:羽矢子、凛
直衛班
C班:美海、なでしこ
D班:ゴールドラッシュ、マリア
傭兵部隊9機のKVが海中で所定の位置について間もなく、上空の哨戒機からアンノウン(所属不明機)接近の警報が伝えられた。
KVの戦術コンピュータが直ちにソナー情報を解析、メガロ・ワーム4機と推定する。
「美海データバンクによると前衛班が出払ったところを狙って、直下からの奇襲を仕掛けてくる可能性が大であります」
過去の交戦経験を踏まえ、僚機に警戒を促す美海。
水中用KVの到達できない深海で待ち伏せし、アスロックや対潜爆雷で迎撃できない艦隊真下からの奇襲は、セルゲーエフが「G3P」関連の輸送船団襲撃に使った例の戦法だ。加えてMW4機きりの攻撃というのも却って怪しい。
「おそらく深々度には後続の部隊が控えていると思われます。各班、くれぐれも僚機と離れすぎないよう注意であります」
美海の通信で、KV各機に緊張が走る。
「凛達が、空母には一体たりとも近づけさせはしないんだからなっ!」
迎撃班の先鋒となる凜と羽矢子、2機のアルバトロスが深海の闇から浮上するワーム群に向い潜行速度を速めた。
センサーに映る機影を狙い、まず射程の長いホールディングミサイルから発射。
眼下で膨れあがる水中爆発の泡を突き抜け、ワームが撃ち返してきたバグア式魚雷が白い尾を曳いて襲いかかってくる。
「魚雷接近! 空母は回避、直衛は弾幕で迎撃して!」
予めサブアイシステムと水中マイク、ソナーをアクティブにして警戒していた羽矢子は直ちに僚機と水上の空母に警告、自らもガウスガンによる弾幕で魚雷を阻む。
打ち込まれてきた魚雷4発のうち2発はB班の砲弾が命中して爆発、前衛をすりぬけた残り2発も直衛班の水中弾幕により阻止された。
息をつく暇もなく、水泡の彼方から大鮫を思わせる水中ワーム4機が突進してくる。
「緊急チェンジだ、アルバトロス!」
挌闘戦の間合いに入ったと判断した凜と羽矢子は強化変形機構により素早く人型変形、各々メトロニウムシザース、レーザクローで鮫型ワームを迎え撃った。
MWの後方から水中用ゴーレム4機が浮上してくるのをセンサーで確認したソラは、多連装魚雷エキドナを放って敵の出鼻を挫いた。
「正規軍の人が戻るまで持ちこたえてみせます」
ソラの援護射撃を受けつつ、クラウディアと亮が前進、ゴーレムに対し攻撃を仕掛ける。
直衛班のうちゴールドラッシュとマリアは、凜と羽矢子を援護しMW対応に回った。
端的にいえば、このまま正規軍部隊の帰還まで時間を稼げば任務は成功となる。
しかしゴールドラッシュはあえてタイムアタックのつもりで敵ワーム殲滅を目指し魚雷を発射、次いでガウスガンのトリガーを引いた。
量産ワーム部隊を指揮するセルゲーエフは、この暗い水底のどこかでじっと機会をうかがっているはずだ。
(「今まで戦った時の奴の性格からして、負ける戦いは仕掛けてこない筈。正規軍が戻ってくればさっさと逃げる魂胆でしょうけど――」)
目前の敵エースをみすみす無傷で帰すようでは、賞金稼ぎの名折れである。
何としても「奴」を引っ張り出し、このチャンスに首を獲ってやりたい。
「それがプロの心意気ってものよね」
迎撃班を擦り抜けてきたMWの1機に体当たり気味にツインジャイロを食らわせ空母から引き離すと、さらにマリアと連携し挟み込むように退路を断った。
「よろしく頼むよ。先輩方」
ソラとクラウディアに一声かけ、亮は人型変形させたアルバトロスで一気に飛び込み、先頭の敵ゴーレムにレーザークローで白兵戦を挑んだ。
ほの暗い海中で光の爪が閃き、回避を図ったゴーレムの装甲を切り裂く。
ゴーレム部隊の動きを読みつつ、航行形態で接近したクラウディアはそこで人型変形。亮の動きに合わせて同じゴーレムの反対側面に回り込み、スクリュードライバーでその脇腹を抉る。
アルバトロスの機体特殊性能、強化変形機構――従来より短時間で可能になった形態変形が、既存の水中用KVに対応した無人ワームのAIを戸惑わせているようだ。
間もなく、1体目のゴーレムが力尽き自爆した。
後続のゴーレムの懐に飛び込む亮を援護し、ガウスガンを連射するクラウディア。
MW相手に戦う凜も、変幻自在に人型と航行形態の変形を繰り返し敵のAIを翻弄する。
中距離から加速しての体当たりでKVを牽制、空母を狙い魚雷発射のチャンスを窺っていたMWだが、直衛班のBS2機の援護もあり、間もなく残り3機も全身をズタズタにされて海底に沈むと、そこで自爆した。
凜と羽矢子はすかさず方向転換、残るゴーレム部隊に向かう。
新手のKV接近を察知したゴーレムが、巨大な出刃包丁を思わせる特殊サーベルを振り上げ斬りかかってくる。
海水を裂いて振り下ろされた刃を、凜はメトロニウムシザースで受け止めた。
「剣を引けぬ白刃取り‥‥これはお返しなんだからなっ!」
動きを止めた敵にガウスガンの零距離射撃を存分にお見舞いしてやる。
「前座はさっさと退場しな!」
一方羽矢子はガウスガンの中距離射撃でゴーレムの足を止め、ある程度弱らせた所で間合いを詰め人型変形、レーザークローによる斬撃と、堅実な戦法で確実に敵にダメージを与えていく。
2機目のゴーレムが自爆し、敵ワーム部隊の全滅も時間の問題となった時――。
全く別の方角から、水中ロケット弾が巨大な空母の艦底めがけて一直線に打ち込まれた。
「やらせません!」
なでしこと美海が展開したガウスガンの弾幕が、済んでの所でロケット弾を爆破する。
直後、海蛇を思わせる巨大な影が凄まじい速さで浮上してきた。
ワーム部隊の苦戦に痺れを切らしたか、指揮官のセルゲーエフ自らが空母を狙い緊急浮上してきたのだ。
『新型か‥‥その性能、どの程度のものか見せて貰おうか?』
今後は目標を少しずつずらした水中ロケット数発が、立て続けに打ち込まれる。
傭兵達のKVが一斉に弾幕を張りロケット弾を迎撃している隙に、それ自身が長大な魚雷と化したかのような勢いで、セルゲーエフのEQが空母に迫る。
「同じ手は何度も食らわないのです」
EQの突進を食い止めたのは美海だった。
高雄港沖の戦訓からセルゲーエフの行動を読んでいた彼女は、水中ロケット迎撃は僚機に任せて水面下75mまで浮上してきたEQ頭部を狙い魚雷を発射。次いで強装アクチュエータ「サーベイジ」を起動させると、レーザークローによる全力攻撃をかけた。
頭を振って魚雷をかわしたEQ頭部のドリルと美海のクローが激突し、深海に火花を散らす。
それを合図に、残りのゴーレム2機を直衛班のKVに任せ、他の傭兵達は一斉にEQ攻撃の態勢に入った。
「あんた強化人間かい? 見捨てられた恨みで化けて出て来たなんて言うんじゃないだろうね?」
羽矢子の問いかけに対し、
『まだ足はあるから幽霊ではないな。そして俺は俺だ』
からかうように応答する男の声が、ふいに低く重い怨嗟の響きを孕んだ。
『生きながら海底に見捨てられた潜水艦乗りが、どんな惨めな最期を遂げるか想像できるか? 愚かな軍上層部の奴らにそれを思い知らせるまで、ヨリシロにはならん――それがバグアとかわした契約だ!』
(「ダメだ、こりゃ‥‥」)
羽矢子は溜息をもらした。どんな事情があるにせよ、今のセルゲーエフはUPCへの憎しみをバグアの洗脳によって増幅された「亡霊」に過ぎない。
「空母はやらせない‥‥再び深い海の底に還れ!」
執拗に空母への体当たりを狙うEQを足止めするため、凜は航行形態で肉迫した後再び人型に戻り、先刻の白刃取りの要領でワームの胴から無数に生えた特殊合金ブレードを受け止めた。
「しつこい男は嫌われるわよっ!」
EQの注意を近接する友軍機から逸らすべく、ゴールドラッシュがやや離れた位置からガウスガンで牽制射撃を加える。
指揮官機の援護に向かおうと動いた2機のゴーレムが、彼方から航走してきた十数発の対潜ロケットを浴びて爆散した。
旅順口攻撃を終えた正規軍水中KV部隊が帰ってきたのだ。
『ちっ、時間切れか』
長い胴をうねらせて海底へ方向転換するセルゲーエフ。だがその機体が衝撃と共に急制動をかけられた。
『なにぃ!?』
「おっと。何処にいくつもりだい?」
羽矢子の声だった。敵エースの早期撤退を予想していた彼女は戦闘中密かに深みへと潜り、予め退路を断つべく待ち伏せていたのだ。
EQ胴体後部のブレードにソードウィングを引っかけ、そのままブーストで強引に引っ張り上げる。
「もうすぐ本隊が戻って来る。その時がお前の最期だよ亡霊!」
護衛のワームが全滅したことで、直衛班を含むKV全機が集中攻撃を開始した。
好機とみたなでしこはブーストで接近、温存していた「蛍雪」の刃を振り下ろす。
「この一太刀で当たれ!!」
やはりブーストオンで間合いを詰めた亮が水中練剣「大蛇」を実体化、EQの土手っ腹に斬りつけた。
『やむを得ん‥‥この手は使いたくなかったが』
セルゲーエフの声と同時に、EQの機体が閃光を放った。
(「自爆――!?」)
慌てて後退しようとする傭兵達のKVに襲いかかる水中爆発の衝撃波。
が、それは予想したものより遙かに小さかった。
「‥‥ミミズかと思ったら、トカゲかよっ奴は!」
悔しげに舌打ちする羽矢子機の主翼に引っ掛かっていたのは、EQの胴体後部1/3くらいの切れっ端だった。
第1次攻撃を終えた正規軍アルバトロス隊が続々UPC空母へと帰投していく。
だが戦いはまだ終わったわけではない。中破以上の損傷で出撃不可と判断された機体を除き、直ちに補給と応急修理を済ませ、休む間もなく反復攻撃へと再出撃していく。
その後数日間に及ぶ激戦の末――。
ついに旅順口を守っていたバグア軍プロトン砲台と水中ワーム部隊は沈黙し、瀋陽攻略を目指す陸軍部隊を満載したUPC軍揚陸艦が、続々と旅順口を通り湾内への上陸作戦を開始するのだった。
<了>