●リプレイ本文
「奴らは陸軍基地から脱走するときに、SES兵器も含む大量の武器弾薬を盗んで逃げた。そして3日前、基地の南にある村を襲撃し‥‥おそらく食料の調達だろうな。それ以降、今の所これといった情報はない」
ソファに悠然と腰掛けた野戦服の男がいった。
カメル共和国陸軍少尉、そして一時はラスト・ホープの傭兵でもあった能力者「ラザロ」。もっとも彼は本当の意味での軍人ではないし、その経歴さえ定かでない。
新条 拓那(
ga1294)と嶋田 啓吾(
ga4282)は既にラザロと面識があるが、どこか爬虫類を思わせる男の灰色の目で見つめられると、未だにキメラを相手にしているような薄気味悪さを拭えなかった。
もっともやはり前回の依頼を共にした八重樫 かなめ(
ga3045)は、元来の楽天的な性格のためか、あまり細かいことは気にしていないようだったが。
彼らが再びラザロと会っているのは、カメル陸軍基地内で極秘裏に勧められた「DF計画」から生み出され、施設から脱走した3人の能力者の拘束について協力を得るためだった。
今回新たに加わったリディス(
ga0022)、幸臼・小鳥(
ga0067)、流々河 るる子(
ga2914)、UNKNOWN(
ga4276)、ミハイル・チーグルスキ(
ga4629)らと共に、高速移動艇でカメル領内にある空軍基地へ着陸。滑走路に降り立った瞬間からカメル側のMP(軍警察)に取り囲まれ、まるで囚人のごとく監視を受けつつ、基地内の一室でようやくラザロとの面会を許されたのだ。
「迷惑かけてすまんね。だが前にもいった通り、ここはL・ホープと違うんだ。俺にしたって、あれ以来この基地から出ることも許されず軟禁生活でね‥‥まあ、前の『特殊施設』に比べればまだマシだが」
ラザロは苦笑した。
「で、始めに訊いておきたんだが‥‥あんた方は、逃げた3人を捕まえて一体どうしたいんだ? 殺るのか? それとも生け捕りか?」
「能力者同士で戦うのは‥‥正直あまり気は進みませんが。仕事ですしね」
一同の心情を代弁するように、リディスがため息をもらした。
「拘束」といっても、元々バグア陣営への亡命を目的に脱走した能力者たち、しかも既にカメル軍将兵を多数殺傷した連中がそう大人しく投降してくれるわけもないだろう。
「人間だからといって手加減無用、さ。全力で戦い、捕獲できるチャンスがあればする、というスタンスね。ま、出来るだけ脚の方を狙ってみましょ」
あっけらかんと割り切った口調で、るる子がいう。
「ふむ、能力者。これを知るにはいい機会、というものだ。どこまでしぶといか試してみようじゃないか。――血は赤いのかね‥‥?」
UNKNOWNは、むしろ同じ能力者同士の戦いを心待ちにしているようだ。
その一方で、啓吾はあくまで「生け捕り」を主張していた。
敵能力者を証人としてDF計画の存在を立証し、カメルへのUPCの介入権を確立するのためである。
「東南アジアが敵に侵略されれば、次は確実に日本ですしねえ。同じ過ちを繰り返さない為にも、彼らにはDF計画について‥‥」
そういいかけた啓吾を身振りで制し、ラザロは手元に隠した1枚のメモをちらっと見せた。
『この部屋は盗聴されてる。言葉に気をつけろ』
「(カメル側は信用できないってことですか)‥‥とにかく、可能な限り生きた状態で拘束しろ、というのが本部の指示ですから」
「なるほど‥‥ね。いや面白い」
何がおかしいのか、ラザロは口許を押さえてクックと笑った。
「3人とも俺が『狩る』つもりでいたが‥‥むしろ、君らが連中をどう扱うかの方に興味が湧いてきた。今回はギャラリーに回らせてもらおう」
「ラザロ。私はお前とやりあえないのが残念だ」
UNKNOWNの言葉に、男はニヤリと笑い両手に装着したルベウスの爪をかざした。
「もし、そんな機会があったら‥‥その時は刃物で頼むよ。銃は嫌いなんだ。殺るにせよ殺られるにせよ‥‥実感が湧かないんでね」
「良く考えたら‥‥追うべき相手のこと‥‥何も知らないんですよねぇ‥‥」
おどおどした口調で小鳥がいう。
「今回は俺達が少尉から戦い方や相手についてご教授願うべきかも?」
拓那がラザロに尋ねた。
確かにプロジェクト関係者が殆ど死亡してしまった今、逃亡した3人について詳しいのはラザロだけということになる。
「別にモンタージュ写真までは必要ないだろう。連中は俺と同じくこの国の生まれじゃない。たとえ盗んだ服で変装しても、肌の色や顔つきが違うからすぐに判るさ」
ラザロは天井を見上げ、
「まずシモンは‥‥まだ22、3の若い男。極めて優秀なスナイパー。非覚醒状態でも相当な射撃の腕前だったから、昔は本職の狙撃兵‥‥でなけりゃどこかの組織の暗殺者だったかもしれんな。ペテロは身長160cmもない小男で、グラップラーとしての力量は並だが‥‥ただし爆弾とトラップの扱いにかけては一流だ。ま、どっちもあまり密林で戦いたい相手じゃないね」
「もう1人、マリアという女性がいますね?」
チーグルスキの質問に、ラザロは肩をすくめた。
「すまんが、彼女の事はよく知らん。ちょうど俺がL・ホープに派遣された日に入れ違いで施設に送られてきた被験者で‥‥まだ若い娘でファイターってくらいしか聞いてない」
そして傍らから取り出したカメル領内の地図を、テーブルの上に広げる。
「国内の主要幹線道路や駅、港は全て軍が警備しているが‥‥見ての通り、国土の大半は熱帯のジャングルだ。いつキメラに遭うかも判らんし、軍の連中も恐れをなして密林の奥までは踏み込めない、というのが実情さ。おまけに近頃バグア側のジャミングがひどくて、無線も携帯も殆ど使えない‥‥さて、我々はどこからあたるかね?」
「とりあえず、襲われた村に案内してくれないか?」
拓那が要求した。
「連中の狙いが食料だとしたら、いったいあと何日分を確保したのか‥‥それでこちらの作戦も変わってくる」
「密林の小さな村だ。例の移動艇じゃ着陸できる場所がないな‥‥軍の連中にかけあって、輸送ヘリを都合しよう」
「さてさて、それじゃジャングルにゴーゴーなんだよっ!」
かなめが立ち上がり、元気よく叫んだ。
東南アジア最南端にあたるカメルは、日本とは逆に今が夏の盛りだ。
ヘリを降りるなり、むっとするような熱気が一行を襲った。
「ひどいな、こりゃ‥‥」
村の惨状を見るなり、啓吾がつぶやいた。
以前に爆破された陸軍基地ほどではないにせよ、木の壁にシュロの葉を屋根にした集落のほぼ1/3が全焼し、住民達が汗水垂らして焼け落ちた村の再建にあたっている。
死人が出なかったのが不幸中の幸いといえ、村人達にとっては災難もいい所だろう。
ともあれ、傭兵達は村長に自らの身分と来訪理由を告げ、手分けして焼け跡の調査と村人への聞き込みにあたった。
村人の大半は火事場の後始末にかかりきりで、調査協力どころか、
「何だ、援助に来てくれたんじゃねえのかよ?」
と嫌味をいわれる始末だったが、それでも火災を免れたとある民家から、食料と飲料水がまとめて盗まれたという証言が得られた。
盗られた量から推定して、ちょうど大人3人で5日間は食いつなげる計算である。
「村が襲われたのは3日前‥‥てことは、あと2日で連中の食料は尽きるってことか」
拓那はつぶやいた。
もちろん知識さえあればジャングル内での自給自足も可能だろう。しかし、彼らの目的が南海岸からオーストラリアへの脱出にあるとすれば、そんな悠長な真似もしていられまい。
「ここから南側」「徒歩5日で移動できる圏内」
2つの条件で地図を調べた結果、該当する集落は1カ所だった。
傭兵達は部隊を二手に分け行動することに決めた。
A班:拓那、小鳥、るる子、かなめ、ラザロ
B班:リディス、UNK、啓吾、チーグルスキ
A班はカメル軍のヘリで南の村へ先行し待ち伏せ。残るB班は徒歩で密林を南下し、もし2つの村の間を移動しているはずのシモンたちを発見したら背後から襲撃する。うまくいけば、A・B両班による挟撃も可能だ。
無線連絡が取れない状況下で部隊を分けるのにはやや不安が残るが、敵が能力者とはいえ生身の人間である以上、これが彼らを捕らえる最も確実な手段に思われた。
「年増親父Bチーム‥‥いや、忘れてくれ」
満天の星空に浮かぶ南十字星を見上げ、チーグルスキは携帯ボトルのウォッカをグイっと呷った。
「いいんですか? 任務中ですよ」
窘めるようなリディスの言葉に、
「そうはいっても、敵の足跡すら見つからず、夜は蒸し暑くて眠れない。酒でも飲まなきゃやってられませんね」
B班4名がDFナンバーズの追撃を開始して、はや4日目。
未だに敵の姿は見えず、明日になればA班が待機する南の村へ到着してしまう。
「あるいは私達の待ち伏せに感づき‥‥コースを変えたのかも」
「油断はするな。静かに、深く、暗く――奴らは目の前かもしれん」
UNKNOWNがそう警告したとき。
かさっ――。
密林の奥で、微かに草を踏む音が聞こえた。
一斉に緊張する傭兵達。
「(私が行きます)」
真っ先に覚醒したリディスが仲間達に手で合図し、漆黒に変化した髪を靡かせて疾風脚で森に踏み込む。
が、暗視スコープの中に浮かび上がった人影を確かめた瞬間、彼女は愕然とした。
「そんな――」
そこに立っていたのは、細身のヴィアを携えた、15、6の少女だった。
おそらく「マリア」だろう。既に覚醒しているのか、翡翠色のショートヘアが妖しい燐光を放ち、風に吹かれるように揺れている。
ラザロから「若い娘」とは聞かされていた。しかし、まさかまだ子供のような少女とは思わなかったリディスの動きが、一瞬鈍る。
銃声が轟き、右肩を撃ち抜かれたリディスが苦痛の呻きを上げて跪いた。
「――シモンか!?」
UNKNOWNがすかさずスコーピオンを構えるが、敵は隠密潜行しているのか位置がつかめない。
啓吾が慌ててリディスを助け起こして後ろに下がらせ、代わってチーグルスキが少女と対峙した。
「きみが、マリアか?」
少女の唇が僅かに開いた。
「‥‥なぜ、私たちを追うの?」
「私は君に興味がある。君が背負う罪はなんなのか、そしてどうして能力者になったのか‥‥」
まるで娘のような歳の「敵」に、微笑みながら問う。
「ツミ? ‥‥わからない」
マリアが答えた。
「でも、シモンの邪魔をするなら‥‥あなたたちは‥‥敵」
もはや説得は無理、と悟ったチーグルスキは覚醒し、狐獣人の姿に変貌した。
「この姿となった限り手加減はできないよ、お嬢さん」
マリアは顔色一つ変えず、ヴィアを振り上げ斬りかかってくる。
咄嗟にイグニートで受け止めたものの、少女の細腕からは信じられない一撃だった。
「‥‥くそっ!」
白兵戦を演じる2人の背後で、啓吾が舌打ちしていた。
肝心の超機械1号を装備し忘れてしまったのだ。これでは覚醒してもスキルが使えず、傷ついたリディスに救急セットで応急措置を施すのが精一杯だった。
UNKNOWNは密林の奥に、必死で敵の姿を追い求めていた。
スナイパーとしての腕が互角としても、シモンが暗視スコープを装備しているとすれば、位置が丸見えのこちらは圧倒的に不利だ。
リディスの暗視スコープを取ろうと手を伸ばしたとき、足許の地面に銃弾が突き刺さった。
闇の奥から、嘲るような含み笑いが響く。
「子供に手出しできないグラップラー。超機械を忘れるサイエンティスト‥‥ブライトン博士の言葉どおり、つくづく人類とは‥‥不完全な生き物だな」
シモンの声だ。
そのとき、南の方角から立て続けの爆音と共に火の手が上がった。
「何だ‥‥!?」
「君らの仲間が、ペテロの襲撃を受けたようだな。待ち伏せするつもりが罠に嵌るとは、滑稽な話じゃないか」
闇からの声が、さらに続く。
「選択肢をやろう。ここで我々と戦うか、それとも南へ向かって仲間を助けるか」
「何だと? おまえたち、ペテロを見捨てるのか?」
やや意外な思いで、UNKNOWNは聞き返した。
「奴は理想も信念もない、単なる爆弾魔だ。所詮、我々と共に進化の道を歩む器ではなかった」
「――南の熱気は、人を狂わすらしいな‥‥」
UNKNOWNは悔しげに呟いたが、選ぶ道は一つしかない。
彼がスコーピオンの銃口を下げると、チーグルスキと戦っていたマリアも背後に飛び退き、そのまま密林の奥へと走り込んだ。
罠にかかったのは、村の入り口付近に怪しい人影を見つけて後を追ったかなめだった。
ワイヤーと手榴弾を組み合わせた、実に単純なトラップ。
だがそれはいつのまにか、A班が待ち伏せのため潜んでいた村の周囲に巧妙に張り巡らされていたのだ。逆に傭兵側が仕掛けた罠は全て排除されていた。
仕掛けられていた手榴弾が次々誘爆し、村を取り巻く密林は火の海と化した。
既に覚醒していたこともあり、咄嗟に瞬天速で離脱したかなめは、幸い軽い火傷で済んだ。
「ひゃーっはははぁ! 燃えろ、燃えろぉ!」
紅蓮の炎の中で、小柄な人影が飛び跳ねる。
「わざわざバグアに与して何しようってンだ! 世界の覇者でもなるってか?」
拓那が怒って叫ぶが、その声は相手に届いていないようだ。
己の生み出した炎に酔いしれたペテロは、ゲラゲラ笑いながらファングを振りかざして襲いかかってくる。
拓那とかなめ、そしてラザロが迎え撃つが、他にトラップが残っているやもしれず、傭兵側も思うように身動きが取れない。
「いつの世でも人同士は争い合う‥‥噫無情なる哉。なんつって」
るる子が軽口を叩きつつスコーピオンの弾幕を張るが、猿のように身軽なペテロにはなかなか命中しない。
その後方で、暗視スコープを装着した小鳥がアサルトライフルを構えた。
「手足を‥‥使えなくすればぁ‥‥!」
「――ぐぎゃっ!?」
鋭覚狙撃の一発が、見事にペテロの右腿を撃ち抜いた。
かなめが瞬天速で一気にダッシュ。
ペテロのエミタを抉り取るつもりでいたが、グラップラー同士の戦闘で、激しく動く手首のみを狙うのは極めて難しい。
結局、面倒になりファングの峰で後頭部を殴り倒した。
翌朝――。
「すまない。一生の不覚だ‥‥」
「気に病むことはありません。私が甘かったんです」
がっくり肩を落とす啓吾を、傷口に包帯を巻いたリディスが慰める。
「‥‥それに、ともかく1名の拘束には成功したんですし」
再び合流した傭兵たちの足許には、気絶して縛られたペテロが倒れている。
「能力者の追っ手がかかったと知った以上、連中もそう易々とは人里を襲えまい。まあ暫くは密林に身を隠すだろうな」
ラザロが薄笑いを浮かべた。
「‥‥つまり、ゲームは延長戦に入ったってことだ」
<了>