●リプレイ本文
「それ」を何時、何処で手に入れたのか、漸 王零(
ga2930)には確かな記憶がない。
ふと気づけば己の指にはまっていた黒曜石と翡翠輝石、二重螺旋の指輪。
自ら「幻夢の具現」と名付けた指輪をぐっと握り締め、漆黒の雷電「闇天雷」の機内で王零は不敵に笑った。
「この感じ‥‥奴が近くにいるな‥‥楽しみだな‥‥くくく」
●中国・陝西省山中
山間の街道、といってもきちんと舗装された近代的な高速道路を、成都から西安の最前線へとUPC中国陸軍部隊が進軍していく。戦車や装甲車はむろんのこと、大量の軍需物資を積んだ百両を超す輸送トラック群も同行していた。
「戦争は巨大な浪費行為だというのがこの補給部隊の大きさでよくわかるよ」
随伴する人型形態のゼカリアから、延々と続く車列を眺め渡し、緑川 安則(
ga0157)は少し皮肉げに笑った。
「隘路での挟撃‥‥、前後を塞いで撃ちたい放題爆撃し放題‥‥」
明星 那由他(
ga4081)は、壁の如く左右にそびえる秦嶺山脈の山肌を不安げに見回した。
「でも‥‥、それさえ防げば敵との接点は最小‥‥、内側に喰い込まれる前に叩けば、道は‥‥ある」
むろん中国側もバグアによる襲撃を警戒し、傭兵達のKV10機とは別に総数50機に及ぶKV部隊を護衛として陸と空に展開させてる。岩龍改、翔幻改から新鋭機の斉天大聖に至る奉天製KVに加え、ULTから払い下げのS−01改、R−01改を含む混成部隊だ。
「中国軍か、KV隊は雑多な編成だが皆腕は良さそうだな」
陸軍部隊に合わせ陸戦形態の雷電から上空を飛行する中国軍KV編隊を見上げ、龍深城・我斬(
ga8283)は感心したようにいった。
しかしいかに友軍の戦力が多かろうと、この隘路では自ずと地上戦力の機動は限られてしまう。
「うわ、やな地形だなここ。所謂落鳳玻ってこういう所の事言うんだっけ?」
中国の故事を思い浮かべ、思わず我斬も不安に駆られる。
「北方から接近するアンノウン多数。友軍識別信号に反応なし!」
特殊電子波長装置βによりワームの発するジャミング派を逆探知していた斉天大聖のパイロットから、全部隊に緊急通信が入った。
慌てて臨戦態勢に入る中国軍部隊の上空で、警報を発した斉天大聖が爆散。
直後、50機を優に超す小型HWの機影が北の空に出現した。
数知れぬCWの大群が各々数百mの距離を保ちながら天空を覆う。
KV部隊の電子機器が大きく乱れるが、中国軍の電子戦機に加え霧島 亜夜(
ga3511)のウーフー「緋閃」のジャミング中和により、最低限の通信は確保されていた。
「楽に通してくれるとは思わなかったが、やっぱりおいでなすったか」
怪音波の頭痛に耐えつつHW編隊を睨み付けた亜夜の目が、その中の1点に釘付けとなった。
奇しくも彼の「緋閃」と同じく機体を赤くカラーリングしたバイパー改。だがHW群の一部を統率するようなその動きから、おそらくバグア側の鹵獲機体であろう。
「‥‥妲己!」
亜夜は唇を噛みしめた。
「ふざけやがって‥‥貴様は命に代えても破壊してやる!」
時を同じくして、ノビル・ラグ(
ga3704)もロングボウの機上から妲己を視認していた。彼自身は妲己と初遭遇だが、鹵獲の経緯や現在のパイロットに関する情報は知っている。
ゾディアック「蟹座」エリーゼ・ギルマン(gz0229)の腹心、フィリップ・ガーランド。
「妲己が出撃してるっつー事は、ガーランドの上官――蟹座のFRも一緒に居る可能性が高いって事だよな?」
とりあえず友軍の中国KV部隊に警告を発する。翔幻改には友軍機周囲に展開してもらい、いざという時は幻霧による支援。岩龍改は広域に展開して貰い、戦闘区域で電子支援の穴が空かない様にして貰う。そして斉天大聖には逆探知能力でFRの捜索。
その間、妲己は30機ほどの小型HWを従え急速に高度を下げてきた。途中で編隊を2つに分けたことから、那由他や我斬の危惧通り前後からの挟撃を狙っているのだろう。
「来ましたか。防空と前衛部隊、並びにUPC中国軍の皆さん。頑張りましょう。踏ん張りどきですよ! この物資と部隊を護り抜きましょう」
安則が中国陸軍部隊に檄を飛ばし、自らも地上戦に備える。
中国軍も脆弱な輸送車両を他の戦闘車両や人型KVが守る形で、前後からの襲撃に応戦する陣形を取った。
「来たな、機械化部隊には手を出させねえ‥‥って、あの鹵獲機はあの時奪われた奴か? よりにもよって厄介な」
我斬もまた見覚えのある鹵獲機体を目にしてぼやき、上空からHWと共に降下してくるCWを対空機関砲ツングースカで墜としにかかった。
地上10mほどの超低空まで降下した先行のHWが、地を這うような動きでプロトン砲を放ってくる。
「まずはご挨拶にこれを進呈しましょう!」
安則は最も射程の長いSライフルRにより陸軍部隊に迫るHWめがけ狙撃を開始した。
さらに接近するHWに対しては、
「420ミリ、バレル展開! 目標HW! 弾種! 対FF徹甲! 装填確認! 発射!」
大口径滑空砲から発射された対FF徹甲弾が敵の外装甲に風穴を穿った。
那由他は手持ちの兵装では比較的威力低めで射程のある滑空胞を使い、目標のHWを足止めしつつ接近、ヘビーガトリングとシールドキャノンで撃破。
発売当初、「常識外の大口径」と謳われた115mm滑空砲だが、シールドキャノンの口径はそれを上回る127mmだ。
「技術の進歩はすごいな‥‥。でも『妲己』や噂の『雷公石』みたいな鹵獲の可能性を考えると‥‥強力になりすぎるのも一長一短か‥‥」
と、やや複雑な心境を覚える。
その頃、上空では――。
「奴が居ない‥‥」
空に留まった小型HW20余機を相手に立ち回りつつ、風間・夕姫(
ga8525)はシュテルンの風防越しに存在が予想される「蟹座」FRの姿を探し求めていた。
中国軍KVとも連携しつつ、スラスターライフルでダメージを与えたHWの1機にソードウィングの斬撃でとどめを刺す。
(「何を企んでる‥‥考えろ、奴の思考を盗め‥‥」)
もし彼女が「本気」なら、FRの光学迷彩を活かした一撃離脱で中国陸軍などものの数分とかけず壊滅させているだろう。
「この、状況‥‥必ず、居る、筈、です」
ルノア・アラバスター(
gb5133)もまた、メタルレッドのS−01H「Rot Sturm」でHWや数知れぬCWに対応しながらも、目視とレーダーを駆使してFRの奇襲に警戒した。
「敵は、エース、私、では、足元、にも、及ばない、でしょう、ね‥‥でも、味方の、お手伝い、位は、出来る、筈、です!」
ノビルは専らCWの駆逐を担当した。あまりに数が多いので全機撃墜はまず無理だろうが、敵も広域に散開しているだけに、1機を墜とせばその分ジャミング効果範囲に穴が増える。
「先ずは、妲己上空周辺のCWから片付けてくんで、HWはヨロシク頼むぜ」
僚機に通信を送り、敵のバイパー上空付近に漂うCWに向けスラスターライフルを掃射。
夕姫とルノアの火線をかいくぐったHW数機がこちらに向けて淡紅色の光線を浴びせてくる。
「‥‥すんなりと片付けさせてはくんねーか。しゃーねー‥‥来やがれってんだっ!」
ノビルはロングボウの機体得能を起動。接近する敵HWにマルチロックオンをかけた。
「ミサイル誘導システムON‥‥K−02ターゲットロック――ド派手にぶちかますぜッ!!」
250発の超小型ミサイル群が蒼空に5つの航跡を描く。立て続けに命中した弾頭の炸裂が複数のHWを炎に包み込んだ。
王零の闇天雷は最後尾で敵の背撃に警戒しながら近づくHWを迎撃。亜夜の緋閃は中国軍偵察機からのデータを管制し、仲間のKVや中国陸軍に絶えず情報を送った。
敵味方数十機が入り乱れる激しい空戦でやがてHWは10機ほどまで数を減らしたが、まだFRは姿を現わさない。
やむなく夕姫が地上班援護のため、シュテルンのVTOL機能で降下していった直後。
逆探知を続けていた斉天大聖の1機から「FRらしき反応を探知」との急報が入った。
「FR、確認、各機、警戒!!」
ルノアが叫ぶ。
「‥‥やっぱし来やがったな――照明銃発射っ!」
ノビルが放った照明弾の光に浮かんだ機影めがけ、一斉にペイント弾の弾幕を展開。色鮮やかに空間を染め上げた染料の雲間から、あのFRが鏃の様な機体を露わにして飛び出した。
王零はいち早く通信を機密回線に切替え、仲間に聞かれぬようエリーゼに呼びかけた。
「会いたかったぞ‥‥カルキノス‥‥待ち焦がれすぎて幻の可能性を夢見るほどにな!!」
『ほう、どんな夢かぜひ聞きたいものだな』
通信機の向こうから、妖艶な女の含み笑いが響く。
『もっとも私を墜とせればの話だが。――来い、王零! いや呼びにくいな‥‥零と呼ばせて貰おうか!』
光学迷彩が破られたことなど意に介さず、方向転換したFRから多目標ミサイルが発射され、たちまち中国軍KV数機が犠牲となる。
「逃がしはしない‥‥汝の相手はこの我だ」
闇天雷の4連ブースターを吹かし、最後尾から一気に前へ出る王零。
「汝の名は必ず我が奪ってみせる!!」
「今の蟹座って、俺が前に戦った事のあるオッサンじゃないんだよな?」
かつてハワード・ギルマン(gz0118)の肉体をヨリシロにしていた同じバグアの事を思い返しながら、ノビルは闇天雷の動きを目で追った。
「それにしても、何か王零が随分と熱くなってるケド‥‥大丈夫かなー?」
地上の高速道路でも、陸軍輸送部隊を前後に挟む形で激しい攻防が続いていた。
井出 一真(
ga6977)は4足形態の阿修羅改を駆り、俊敏さを活かして陸軍部隊を狙うHWを撃破していった。
改造に改造を重ねた彼のカスタマイズ機は、実は行動力4と極めて高い性能を誇っている。だがある理由から、あえて攻撃回数のペースを抑えそれを隠していた。
安則、一真、我斬、鈴葉・シロウ(
ga4772)に加え夕姫のシュテルンが増援に入ったことで、浮遊戦車として前後からの挟撃を狙ったHWも1機、また1機とダメージを受けて山肌に激突し、地上側のHWも既に半数を切っている。
「こっちは大分片付いた、向こうに回って散弾をたっぷり食らわせてやれ」
我斬が安則に声をかけ、北側に降下した妲己へと向かわせる。
「了解。二人とも巻き添えになるなよ! 弾種、徹甲散弾! 目標、妲己!」
後方より指揮をとっていた妲己も、焦燥に駆られたか自ら前衛に立って戦闘に加わった。
「やぁ、この国の古典は楽しんだかい?」
シロウは二度目の対決となる妲己に雷電から通信を送った。
『その機体は見覚えがあるな。また撃墜されにきたのか?』
「いい事を教えてあげよう。私はね、熊なんですよ」
『何だと?』
飛熊、すなわち妲己を討伐した太公望の号であるが、ガーランドにはそこまで理解できなかったようだ。
機盾を構え、バグア式チェーンガン、さらに自動式バルカンを乱射しながら突進してくる。
おそらく強大な破壊力を誇る機槍の連撃でカタをつけるつもりだろう。
妲己の強さは、他ならぬシロウ自身がよく知っている。彼は井出機に合図を送り、自らの雷電もブーストをかけた。
中距離からのK−01ミサイル発射。小型ミサイルの噴煙を隠れ蓑のように距離を詰め、スラスターライフルの牽制から翼刃突撃へと矢継ぎ早に攻め立てる王零。
対するエリーゼは慣性制御で巧みに距離を置き、プロトン砲とチェーンガンをメインに応戦してくる。得意の空中変形攻撃を使わないのは、完全な空戦仕様で固めてきたため挌闘用兵装を積んでいないからだろうか。
「称号と、機体の、名‥‥伊達で、ない、所を、見せ、ます!!」
王零機との空戦に気を取られたFRに、ルノアのRot Sturmが側面からKA−01エネルギー集積砲を打ち込む。
うるさそうに機首を転換したFRに向けて闇天雷が再び翼刃の猛攻。王零とルノアは機体に損傷を負いつつも、息の合った時間差攻撃でFRの足止めを続けた。
安則の徹甲散弾、那由他のBRキャンセラーによる支援を受けつつ突貫したシロウは、バグア式機槍で装甲の一部をそぎ取られるのも構わず片腕に装備したデアボリングコレダーの高電圧を叩き込む。
「家出にしちゃぁ、キバりすぎですよ、我等が愛し児よ。おばあちゃんが言っていた――泣いてる子は助けてあげろ、ってね」
『貴様の言ってることはさっぱり判らん!』
苛立ったように機槍の連撃を加えようとした妲己に、一真の阿修羅改が襲いかかった。
「SESフルドライブ。ソードウイング、クラッシュテイルアクティブ! ここが最初で最後のチャンスだ!!」
妲己の頭部、ボディに向けてMSIバルカン&クラッシュテイル2連撃。さらにとどめとばかり剣翼で脚部に斬りつけた。
この時のために、今までわざと機動力を鈍く見せかけていたのだ。シロウと一真が対妲己用に考案した連携攻撃【黄飛虎】である。
片脚にダメージを受けた妲己が、グラリと傾く。
KV部隊の攻撃が妲己に集中している隙に陸軍部隊を狙って突撃したHWは我斬の雷電に阻まれた。
「ここで食い止めなきゃ妲己に向かった奴らが安心して戦えねえんだ、絶対に通さねえ!!」
『いかん‥‥この場は引くぞ!』
配下のHWが残り5機足らずに減ったのを見たガーランドはやむなく撤退を指示、自らも重力制御で浮き上がり、飛行形態に戻る。
「この瞬間を待ってたぜ。消えな、偽姫!」
予め妲己の早期撤退を予測し、上空で様子を窺っていた亜夜が離陸の瞬間を狙ってブーストオンで急降下、妲己をロックオンし続け粒子砲・G放電を可能な限り叩き込んだ。
『ぐあっ!?』
空中で妲己が大きく揺らぐ。かなりのダメージを与えたようだ。
上空で友軍機と戦っていたFRが突如離脱・急降下してくるのを見た夕姫は、自らもシュテルンを垂直離陸させた。
「王零、ルノア! 私もまた上がる!」
FRが自ら陸軍部隊を狙うなら、あのゴビ砂漠での空戦同様徹底した攪乱戦術で足止めし練力切れに追い込むまでだ。
「恋人が見てる手前なんでな、無様な所は見せられないんだよ!!」
だがエリーゼは意外にも中国軍には目もくれず、妲己の傍らまで降下するとチェーンガンを乱射しその撤退の援護を開始した。
『この未熟者め! 機体の防御力に頼りすぎだ!』
『も、申し訳ありません』
2機の赤い戦闘機は上空高く飛び上がると、残存のHW部隊を率いて遙か北方へと退却していった。
遠ざかる機影を見つめ、夕姫は深々と溜息をもらす。
(「‥‥ハワードは死んだ後にヨリシロとされた、故に自我は既に無かったはず。なら‥‥生きた状態でヨリシロにされたエリーゼの自我は?」)
「‥‥‥‥呼び覚ませるのか‥‥彼女を」
それは、まだ誰にも答えの出せない謎であった。
<了>