タイトル:【Woi】窮鼠の檻マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/25 00:43

●オープニング本文


●ラスト・ホープ島。UPC本部、最上階。(ロス時間、6:00)
「最高首脳会議からの提案は、やはり変わりませんか」
「‥‥ふだんはお飾りだが、どうにも自分たちの生存のチャンスであればなりふり構う余裕もないらしい。我々UPC軍各国首脳の下部組織だ。残念ながら決定は変わらない」
 四方を窓のない壁に囲まれた暗室において、UPC特殊作戦軍の長であるブラッドが褐色の肌の男と向き合っていた。
作戦内容を説明するモニターの映像は、ふだんならジャミングの影響で乱れもしようが、窓の格子で動く蟲の触覚の僅かな動きすらも鮮明に映し出している。

「限られた領域、限られた時間、限られた戦力‥‥私は軍事については君ほど詳しくはないが、極めて難しい作戦になる程度のことはわかる。‥‥にもかかわらず君に多くを望まなければならない」
 褐色の肌を持つ男の指が僅かに動き、資料映像がピタリと止まる。ビルの屋上から望遠カメラで撮影されたその映像には、部屋の中で部品を組み立てる一人の男が映し出されていた。

「ただでさえ軍への不信感が高まっている昨今だ。故意は勿論、住民的被害は認めない。市街地での戦闘などもっての他‥‥どうかね、君はできるかね? 『住民に事前通達なく、10時間以内にこのバグアをロスに被害を出さず抹殺し、尚且つステアーのパーツを無傷で奪う』ことが」
「作戦決行は只今より14時間後、一斉におこないます。吉報をお待ちください」

 ブラッドは人工分布図帯付のロスの地図に描かれた複数箇所の印を見据えながら、静かに言葉を紡いだのであった。

●UPC本部、作戦説明テープ(ロス時間、7:00)
『最初に通達する。諸君はこの依頼を受けた者である。これより作戦説明をおこなうが、説明を受けた後の依頼放棄は認められない。依頼関係者以外は直ちに部屋から出るように‥‥
 (10秒ほどの間)
 作戦を説明する。今回のミッションは、先の大規模作戦によって、撃墜した敵新鋭機『ステアー』の重要パーツ回収である。ステアーの胴体の一部はUPC軍が回収したが、欠損が多数存在する状態である。敵はこれらを保持し、ロサンゼルス市街地に分散して潜伏している。入手した情報によると、敵は今より10時間後、幅3m高さ2mほどの装置から、重力制御によって衛星軌道上までパーツを打ち上げることが予想される。
 諸君はこれから10:00到着予定の便でロスに向かい、準備の後、20:00に作戦を決行するように。
 今回のミッションは『KV非推奨依頼』である。KV使用は可能だが市街地に大きな影響を与えるような作戦は軍法会議の対象となる。臨機応変かつ、確実にミッションを遂行するように」

●L・A市街某所
「『怪しい機械を持った男がウロウロしてる』って通報を受けて来たんだけどなぁ‥‥」
 ボーイッシュなウルフカットヘアに金色の猫目を光らせた少女が、本部で渡されたメモと目の前の10階建て鉄筋コンクリート・ビルを見比べながら小首を傾げていた。
 ラフな服装だけみると下町のストリート・キッズのようでもあるが、その両手にはSES武器の鋭いファングが装着されている。
 こう見えても、彼女――チェラル・ウィリン(gz0027)はれっきとしたUPC軍軍曹なのだ(正確には軍曹権限の軍属)。
 いまチェラルが見上げているのは窓は殆ど破れ、壁には所々ヒビが入った無人の廃ビルである。以前はオフィスビルとして使われていたそうだが、先の大規模作戦の戦災を被り社員や従業員は全員避難してしまった。また戦闘の流れ弾を何発か被弾したこともあり、建物自体いつ倒壊するかしれないので、周囲には立ち入り禁止を示す黄色いテープが張り巡らされていた。
「このあたりの建物は一通り調べて、最後がこのビルかぁ‥‥ここも外れだと、無駄足もいいとこだよねー」
 そうぼやきながら、同行の傭兵たちに振り向き苦笑いするチェラル。
「とりあえずボクが偵察してくるから。何かあったら、無線で連絡するよ」
 暗視スコープを装着したチェラルはそう告げて、1人ビルの中へと入り込んでいった。
 その後ろ姿を見送りながら、傭兵達は煙草を吹かしたり、ペットボトルの水を飲んだりと思い思いにして過ごす。
「あーあ。退屈な依頼よね〜。通報ったって、匿名電話だったんでしょ? 単なるイタズラじゃないのぉ?」
「だとしても‥‥この辺りの廃ビルはUPCの監視から逃れるには格好の場所だしな。こないだの戦闘じゃまんまとシェイドに逃げられて‥‥せめてステアーのパーツくらい手に入れなきゃ、わざわざロスまで来た甲斐がないぜ」
 などと無駄口を叩き始めて5分も経たないうち――。
 3階の窓から黒い人影が飛び出し、受け身をとりつつ路上に転がった。
 驚いた傭兵たちの前に立ち上がったのは、ついさっきビルに踏み込んだばかりのチェラル。
 左腕の上腕に鋭い刃物で斬りつけられたような傷口が開き、鮮血が流れ出している。
「ぐ、軍曹!?」
「いったいどうしたんですか!?」
「キメラだよ! 3階に昇ったとき、いきなり襲われた!」
「で、でも軍曹ほどのグラップラーなら、キメラの1匹や2匹‥‥」
「それがおかしいんだ。キメララットをでかくしたようなヤツで‥‥大きさはせいぜい2mくらいの中型なのに、攻撃力も防御力も大型キメラ並みだった」
「大規模作戦の生き残りでしょうか?」
「判らない‥‥けど、あんな新種が出たなら、当然報告されてるはずだけどなあ」
 救急セットで傷口の応急手当を受けながら、チェラルは改めて問題の廃ビルを見上げた。
「ヤツは単なる野良キメラなんかじゃない‥‥このビルには、きっと何かある!」

●参加者一覧

里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
小鳥遊神楽(ga3319
22歳・♀・JG
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
キムム君(gb0512
23歳・♂・FC

●リプレイ本文

●廃ビル玄関前
「大丈夫かっ!?」
 路上に飛び降りたチェラル・ウィリン(gz0027)軍曹にキムム君(gb0512)が駆け寄った。彼女の左腕の負傷に気づき、救急セットによる応急手当を行う。
「ああ、ありがと。‥‥しかし油断したよ。てっきり、単なる対人キメラかと思ったら‥‥」
「チェラルでさえてこずるとは‥‥既存キメラの強化版でしょうか?」
「中型なのに大型なみの力を持ったキメラか‥‥新種でもないなら、その場で強化改造でもしたのかな?」
 彼女のケガが大したものでない事に安堵しつつ、勇姫 凛(ga5063)も訝しんだ。
「う〜ん。見た目には、特別な改造を施したようには見えなかったけど‥‥」
 首を傾げて考えこむチェラルだったが、
「‥‥ただ、見かけは中型クラスでも、飛び抜けた能力を持つキメラはいるよ。たとえばヨリシロや強化人間が護衛として引き連れてるような」
「護衛。ヨリシロ‥‥ステアーのパーツ、てェことか!」
 聖・真琴(ga1622)が手を打って叫び、能力者達は改めて目の前にそびえたつ廃ビルを見上げた。
「当たりか、だが軍曹があっさり怪我するとは厄介な‥‥」
 龍深城・我斬(ga8283)が呟く。
「バグアの目的がパーツの打ち上げなら‥‥奴は屋上に居る筈だ」
 煉条トヲイ(ga0236)が推測した。
 本部からの情報によれば、ロスに潜伏した複数のバグアは、回収したステアーのパーツを小型の反重力装置により軌道上まで打ち上げを目論んでいるという。
 つまり、最低限「頭上が開けた場所」が必要ということだ。
「あんなのが何匹も待ちかまえてるんじゃ、生身で突入するのは危険だ。といってKVで攻撃したらビルごと壊しちゃうかもしれないし‥‥」
 チェラルは無線機を手に取る。
「とりあえず本部に増援を要請するから、みんなはしばらくここで待機してて」
「了解。ステアーのパーツは今後の為にも是非確保しておきたいわね。必ず成功させましょう」
 小鳥遊神楽(ga3319)が、手持ちの銃器をチェックしながら答えた。

●ロス近郊〜UPC軍仮設基地
「整備班長! 装備の取り付けはOKか?」
「おう、バッチリだ! 壊すんじゃねーぞ!」
 ゼラス(ga2924)の質問に、正規軍の整備班長が指でOKサインを出しつつ機体から離れる。
 操縦を担当する里見・さやか(ga0153)が始動キーを入れると、戦闘ヘリ「サイレントキラー(SK)」のローターが回り始め、やがてゆっくり機体が浮上した。
「作戦開始といこうか。行くぜさやか」
「ステアーのパーツ‥‥ギンバイさせていただきましょう」
 廃ビルに籠もりキメラに守られたバグア。そしてビルを破壊することなく、そいつが持っているステアーパーツを奪取、最悪でも破壊すること――困難なミッション達成のため、今回は生身の突入班7名に加え、2名搭乗のSKによる支援という異例の編制となった。
(「思い通り、掌の上なんざ真っ平ごめんだ。俺が裂き飛ばしてやる!」)
 勲章付きのUPC軍服を着込み、ゼラスは意気込みも充分だった。

●廃ビル玄関前
「いま連絡が入った! ゼラス君と里見君の乗ったSKが、こちらに向かってるそうだよ」
 チェラルの声を合図に、突入準備を整え待機していた傭兵達も一斉に立ち上がった。
 電気を始めビルのライフラインは全て切断されているため、チェラルとトヲイは暗視ゴーグルを、それ以外の者も懐中電灯をベルトで肩や頭部に固定するなどして暗所戦闘の対策を取っている。
 当然エレベーターも停止しているため、屋上へのルートは2箇所。すなわちビル内にあるバックヤードの階段、そして外壁に沿って設置された鉄製の非常階段である。
 生身で突入する7名はとりあえずビル内の階段から屋上を目指すが、途中で例のキメラが妨害してくるのは明らかだ。
 そのため傭兵達は直接屋上を目指す対ヨリシロ班、及びキメラ出現の際に足止めを担当するキメラ対応班の2班編制を取った。

 ・対ヨリシロ班:トヲイ、神楽、チェラル
 ・対キメラ班:真琴、凜、我斬、キムム君
  ※対キメラ班は真琴&キムム君、凜&我斬がペアで行動

「生身班、状況開始‥‥ヘリ班は待機。ゼラっさん宜しく頼むよ♪」
 上空に姿を見せたSKに真琴が通信を送った。
 凜は対ヨリシロ班として行動するチェラルをちらっと見やり、
(「気を付けて」)と目で合図すると、彼女も無言で頷く。
 到着したSKが待機ポイントでホバリングするのを確認後、7人の能力者達は一団となってビルのエントランスへ駆け込んだ。

●廃ビル屋内
 バックヤードの階段の幅は思いの他広かった。ただし窓のない階段室は電灯が切れて完全な暗闇だ。
 傭兵達は階段を昇りつつ、各フロアにヨリシロやキメラが潜んでないかドアを開けて確認していく。
「暗いですね‥‥奇襲に注意しなければ」
 腰に下げたランタンの明りを頼りに、慎重に階段を昇るキムム君。
 各階ではまず斥候役として神楽が隠密潜行を発動し、フロア内を素早く索敵する。
「何もいないわね‥‥キメラの奴、どこへ行ったのかしら?」
 さらに4階、5階、6階‥‥と上がっていった時、上方の踊り場から獣の様な唸り声が聞こえた。
 姿は直立した鼠そのもの。ただし体躯は熊並みのキメラが、嫌らしく齧歯を剥きだし階段を降りてくる。
「アレか? ‥‥普通のキメラにみえるが」
 拍子抜けしたように我斬がいう。
 数は4匹。侵入者を察知した段階で、屋上への最短ルートであるこの階段で待ち伏せていたのだろう。
 直ちに対キメラ班4名が応戦する。
 真っ先に吶喊したのは真琴だった。
 腰から抜いた照明銃をキメラの顔面に撃ち込み、一瞬だけ敵の視界を奪うや、グラップラーの俊敏を活かし接近、足に装備した砂錐の爪によるハイキック。
 続いてペアを組むキムム君がイアリスを抜刀して前に出た。
「まずは冷静に、相手の戦闘力を測ろうか」
 軽やかにステップを踏み、フェイントを多用したフットワークでキメラへの距離を詰める。彼が独自に編み出した剣技「夢見幻想」だ。
 敵に暗視能力があるのが逆に幸いし、夜行性キメラは苛立つ様な咆吼を上げ、殆どでたらめに前肢の爪を振り回してきた。
 その一発が壁に当り、鈍い音を上げコンクリート壁の一部を深々と抉り取る。
「でえぇ! マトモに攻撃喰らったらヤバイぜアレは」
 我斬も認識を改めざるを得なかった。知能は低そうだが、その攻撃力、そして真琴やキムム君の先制攻撃を受けてもビクともしない防御力はただものではない。
「ここで戦うのは不利だな――夢幻踏、こっちだ」
 巧みな挑発で、キムム君はキメラを6階フロアに続くドアの方へと誘い出す。
 ちょうど先頭の1匹がドアの前まで来たところで、側面に回り込んだ凜が獣突併用で大鎌「紫苑」を振るった。
 大きく弾き飛ばされたキメラが、ドアをぶち破り6階フロア内へと転がり込む。
 そこは1フロアがそのままオフィスに使われる広々とした空間だった。
「――今だっ!」
 対キメラ班4人が6階フロアに飛び込むと、残りのキメラ3匹も後を追って6階へと殺到する。
「‥‥すまん。後は頼んだぞ‥‥!!」
 1つ下の踊り場に身を隠していた対ヨリシロ班は、屋上目指して階段を駆け上った。

●ビル屋上
 最上階のドアを開けると真っ先に目についたのは、屋上の中央付近に据え付けられた奇妙な機械と、いびつな形に膨らんだデイバッグを背負った中年男。
 その手前には、あの大鼠が2匹、主を守る番犬のごとく立ちはだかっている。
 中年男、いやバグアのヨリシロは驚いた様子でこちらに振り向き、苦々しく舌打ちした。
「あのデイバッグの中身が、例のパーツか‥‥?」
「多分ね」
 トヲイの言葉にチェラルが頷く。
「チェラル、あのバッグ‥‥奪えるか?」
「やってみるよ。ただあれを奪って抱えてる間、ボクはまともに戦えないから‥‥ヨリシロとキメラの相手は任せたよ」
 いうなり、瞬天速でキメラ2匹の間をかいくぐり、一気にヨリシロに迫った。
「くそっ、肝心な時に‥‥!」
 ヨリシロの両手の甲から長い金属のかぎ爪が伸び、振り払う様に攻撃してくる。
 チェラルは床面を蹴って高々とジャンプ、空中でトンボを切って敵の背後を取った。
 ファングの爪が唸る。だが断ち切られたのはヨリシロの体ではなく、デイバッグの肩紐だった。
「いっただきーっ♪」
「き、貴様っ!? こら待て!」
 パーツの詰まったバッグを両手に抱えたチェラルを、慌ててヨリシロが追いかけ始める。主と共に彼女を捉えようとしたキメラどもに、トヲイがシュナイザーの爪で斬りつけた。
「‥‥何処を狙っている? 貴様の相手は、この俺だ‥‥!!」
(「あれがヨリシロ? 思ったより鈍いのね‥‥」)
 小銃S−01でトヲイを援護射撃しつつ、神楽は奇妙な違和感を覚えた。
 いかに相手がチェラル軍曹だといっても、重要なパーツをこうもあっさり奪われるとは間抜けすぎる。
 バグアとしては格下のザコで、だからこそ強いキメラを連れて来たのか?
 いや、それとも――。
 だが考える暇もなく、迫り来る鼠キメラに対しS−01の連射を浴びせる。
 チェラルが逃げ回って時間を稼いでいる間、こいつら2匹とヨリシロを片付けなければならないのだ。

●屋内〜6階フロア
 窓から差し込む陽光により比較的見通しの良いオフィスで、傭兵達とキメラ、4対4の戦闘は続いていた。
「いい加減、くたばりやがれっ!」
 瞬天速でキメラの懐に飛び込んだ真琴が、相手の胸にキアルクローを装備した掌を押しつけ、全体重を乗せた踏み込みで一気に拳を捻じ込む。
 彼女が独自に編み出した近接戦技「寸打」である。
 手応えはあった。だがキメラの両腕は少女の身体を軽々持ち上げ、床面に叩きつける。
 代わって斬りつけるキムム君の剣が敵の脇腹に突き立った次の瞬間、爪の一撃で弾き飛ばされた。
「こんのぉ! 喰らいやがれ!!」
 オフィスの別の一角では我斬が真デヴァステイターの銃弾を叩き込み、凜が紫苑で肉迫するが、やはり反撃を受け鋭い齧歯で肩に噛みつかれてしまう。
 このまま消耗戦が続けば、いずれ傭兵達の体力が先に底をつく――。
 その時、心待ちにしていたローター音が彼方から近づいてきた。
 SKがビルの近くへ到着したのだ。
『今6階東側の窓際! 何時でもいいぞ!』
 ゼラスの声が傭兵達の無線から響く。
「っしゃあ! 待ってました☆」
 体勢を立て直した真琴は再び瞬天速で間合いを詰め、蹴りと寸打のコンボでキメラの巨体を東の窓際まで押しやった。
 奥の方で戦っていた我斬がキメラの足元に銃撃で牽制、凜が獣突を駆使し2匹のキメラを立て続けに窓際へと弾き飛ばす。

 ローターをぶつけないようビルから適度な距離を保ちつつ、6階付近に高度を下げたままSKをホバリングさせていたさやかは、仲間の傭兵達がフロアの壁際に退避し身を伏せるのを確認した。
「ゼラスさん、今ですっ!」
「粉塵と流れ弾に気を付けろよ! 蜂の巣だ!」
 屋内の仲間に警告し、ゼラスの指がトリガーを引く。
 多連装機関砲の銃身が回転し、機銃弾が嵐の如く屋内のキメラに襲いかかった。
 硝子と窓枠が砕け、フロア全体が灰色の粉塵に覆われる。
「油断するな! 来るぞ!」
 すかさず銃弾をリロード、我斬がデスクの陰から射撃姿勢を取った。
 同様に他の傭兵達も各々の武器を構え、粉塵が収まるのを待つ。
 やや薄れかけた煙の向こうから、全身ボロボロになりながらも、なおもしぶとく1匹のキメラが飛びかかってきた。
 その動きを見越していた真琴は限界突破と疾風脚を発動、風車のごとくキメラの胴に回し蹴りの連打を浴びせる。
「甘い、霊夢斬!」
「チェラルに怪我させたお前達を、凛、絶対許さないんだからなっ!」
 キムム君の剣が、凜の大鎌が振り下ろされ、ようやく1匹目のキメラを絶命させた。
 その直後――。
 やはり機関砲の銃撃に耐えたはずのキメラ2匹が、突然糸の切れた人形のごとくその場に倒れた。
「待って‥‥何か変だ‥‥みんな、気を付けてっ!」
 異変に気づいた凜が仲間に警告を発する。
 見れば、SKの攻撃を免れた最後の1匹も急に動きが弱々しくなり、戸惑うように周囲を見回している。何かの魔法が解けたかの様に。
 キムム君が屋上の対ヨリシロ班に無線連絡を取ると、丁度いまヨリシロとの交戦が始まったという。
(「キメラが弱体化した‥‥? バグアが戦い始めた途端に。もしや‥‥」)
「全て見えた! キメラの強さの真相はバグアの能力! バグアの戦闘力をキメラに与えていた!」
 屋上の仲間達に状況を伝えた後、4人はただの対人キメラに戻った大鼠を集中攻撃で葬り去った。

●屋上
 唐突にヨリシロの動きが加速。それまでとは別人の様な素早さで、チェラルの背中を鉄の爪が切り裂いた。
 血飛沫が舞い、前のめりに転倒するチェラル。2撃目は辛うじてファングで受け止めるも、荷物を小脇に抱えての片手戦闘では不利を免れない。
 再び大きくクローを振り上げたヨリシロが、立て続けの銃声と共によろけた。
「なるほど。ついに本性を現わしたってわけね」
 対キメラ班からバグアの能力を知らされた神楽が、貫通弾を装填したフォルトゥナ・マヨールーを強弾撃で連射したのだ。
 弱体化したキメラ2匹をようやく屠ったトヲイも直ちに駆け寄る。
「そろそろ終幕だ‥‥嘶きながら散れ――‥‥『斬華』」
 紅蓮衝撃・急所突き・スマッシュを同時発動させての猛攻撃。全身から紅いオーラを放つトヲイのシュナイザーが、ヨリシロの脇腹を深く抉った。
「ぐぬ‥‥何の、これしきぃっ!!」
 ヨリシロの着衣が千切れ飛び、その全身が何か異形の生命体へと変化していく。
「――!?」
 雷鳴の様な砲声が轟く。上空から掃射されたバルカン砲弾が、屋上の反重力装置を破壊し、変異しかけたヨリシロの身体を引きちぎった。
「時間切れだ! ネズミじゃ空は目指せなかったな!」
 ビル上空でホバリングするSKのコクピットで、ゼラスとさやかが互いに掌を打ち合わせた。


 バッグから出てきたのは、ドロリと赤い粘液に濡れた「機械」の一部だった。
「‥‥これが、ステアーのパーツなのか‥‥?」
 人類側の機械とは似て異なるグロテスクな物体を、トヲイがしげしげと眺める。
 その傍らでは、
「キメラに能力を分配する能力、ですか。これを『メルセズドア』と名づけましょうか」
【OR】Grimoire of Kimumに今回の戦闘記録を書き付けるキムム君。
 さらに屋上の片隅では、戦闘で負傷した者達がさやかの錬成治療を受けていた。
(「私も人生が違えば、海自の対潜哨戒ヘリを操縦したのでしょうか」)
 すぐそばに駐機させたSKを見やり、過ぎ去った自衛官時代へと思いを馳せるさやかであった。

<了>