タイトル:山の分校〜墓参〜マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/17 12:17

●オープニング本文


『おい高瀬! 元気でやってっか?』
 携帯の向こうから飛び込んできた男勝りの少女の声に、高瀬・誠(gz0021)は思わずきょとんとした。
「あの‥‥失礼ですけど、どちら様ですか?」
『あんだよー、忘れちまったのかぁ? オレだよ、中島・茜!』
「あ‥‥な、中島‥‥さん!?」
 頭の中の靄がいっぺんに振り払われた。
 中島・茜――およそ1年前、「山の分校」事案として知られる一連の依頼で、バグアによる洗脳教育拠点から救出された8名の子供達の1人である。
「子供」といっても彼女は当時17歳。誠より年上だ。
「お、お久しぶり‥‥元気そうでよかった‥‥」
『さては本当に忘れてやがったな? この薄情者!』
「ごめん‥‥こっちも、色々あったから‥‥」
 そう。この1年で、誠の周囲はめまぐるしく変化していた。
 萩原真弓との再会と別れ。EAIS(東アジア情報部)のメンバーとして正規軍入りしたこと。幾度かの大規模作戦と、まもなく実行されるカメル共和国への再潜入作戦――。
(「中島さんや、他のみんなは‥‥どうしてたんだろう?」)
 自らの身辺の慌ただしさにかまけ、当然心配してやらなければならなかった「友人」達の事をすっかり失念していたことに気づき、自分が恥ずかしくなる誠。
 もっとも、電話をかけてきた茜はそんなことお構いなしに屈託ない笑い声をあげた。
『アハハ、冗談、ジョーダン。別に気にしなくっていいさ。まる1年連絡寄越さなかったオレ達も悪いんだし』

 茜の話によれば――。
 あの夜救出された7人、及びその時点で先に保護されていた茜を加えた8人の子供達は軍の施設で改めてエミタ適性検査を受け、その結果全員が「適性者」と判明した。
 といって、つい昨日まで親バグアの洗脳教育を受けていた子供達をいきなり能力者にするほどUPCもバカではない。
 まずULTが運営する「脱洗脳施設」(本来なら拘束された親バグア派の活動家などを社会復帰させるための施設だが)に入所させ、およそ1年かけて更正のための教育を施した後、改めて彼らに「能力者になるか、それとも一般人として新たな生活を始めるか?」の選択を迫ったのだという。

「そ‥‥それで、みんなどうしたの?」
『ま、年少組の連中はいくらなんでも早すぎるからな。とりあえず里親に引き取られて、もう何年か様子を見てから決めることになった。千尋と幹也は‥‥エミタ移植を断ったよ。2人とも一般人向けの高校に編入して、大学卒業したらどこぞのメガコーポに就職するってさ』
「そうなんだ‥‥」
 長谷川・千尋と三橋・幹也――「分校」の中では年長組にあたる2人。うち千尋の方は、バグアのヨリシロにされてスパイ活動にあたっていた父親を、目の前でUPC軍に焼き殺される現場を目撃してしまっている。幹也の事はあまりよく知らないが、おそらく同様の過去があるのだろう。
「バグアこそ侵略者」という現実を受け入れた今でも、能力者になって素直にUPCに協力する気になれない、という気持ちは誠にも理解できる。
(「普通に卒業して、会社員になって‥‥そんな生き方だって、別に悪くないよな」)
「で‥‥中島さんは?」
『オレ? へっへー、オレはエミタ移植したぜ? まだ訓練中だけどよ』
 誠は思わず携帯を取り落としそうになった。
「え? え? それじゃ、中島さんも能力者の傭兵になって‥‥L・Hに来るの!?」
『あー、「能力者の傭兵」までは合ってるんだけど――』
 なぜか茜は気まずそうに言葉を濁し、
『実は訓練中にSIVAって会社からスカウトされてさ‥‥色々迷ったけど、そっちに行くことに決めた』
「SIVAに‥‥!?」
『まあULTとどこが違うかよく知らねーけど。とにかく給料がいいんだ。オレはそんなにお金が欲しいワケじゃないけど‥‥あれだけ稼げれば、千尋と幹也の学費の足しになるかもしれないし‥‥』
(「そんな‥‥1人で全部背負い込むことなんてないのに‥‥!」)
 思わず声に出しそうになる誠だが、その言葉を苦い思いと共に呑み込んだ。
 茜の実家は、墜落したUPC軍KVに彼女の両親もろとも押し潰された。
 そしていま、自分はそのUPC軍の特務軍曹だ。
 言葉を失った誠の耳に、あっけらかんとした茜の声が響いた。
『っと、そうそう。そのSIVAの社員に聞いたんだけどよ、死んだキムもあそこの傭兵だったんだってな』
「あっ‥‥!」
 キム・ウォンジン。誠と時を同じくしてあの「分校」に生徒を装い潜入し、そしてバグア工作員の結麻・メイ(gz0120)に殺された能力者の少年。
「う、うん‥‥それは、僕も後で聞いたけど‥‥」
「でさ、こっからが本題。あの時約束したろ? もし平和になったら、もう一度みんなであのK村に集まって‥‥キムの墓参りもやろうって」
「‥‥うん」
「ま、K村のある九州の方はいまそれどころじゃないようだけど‥‥SIVAの人に、キムのお墓のある場所を教えてもらったんだ。オレ達も、もうすぐ散り散りになるし‥‥この際、同窓会を兼ねてお墓参りだけ済ませちまおうって思ってさ」
「‥‥」

 茜の携帯番号を登録して電話を切ったあと、誠は急いで自分の上官――EAISのロナルド・エメリッヒ中佐にかけ直した。
「あ、あの‥‥いま、『分校』事案の中島さんが――」
『知ってるよ。彼女に君の携帯番号を教えたのは私だ』
 こともなげな返答だった。
「で、でも彼女、SIVAに入社するって‥‥」
『それも知ってる。SIVAに彼女を推薦したのはこの私だからな』
「なんで‥‥?」
『簡単な話だろう? SIVAはいま即戦力となる能力者を集めている。そして中島・茜の場合、そのまま正規軍兵士やULT傭兵になるには心情的に抵抗がありそうだったからね』
「‥‥」
『彼女の要件は、キム・ウォンジンの墓参りについてではなかったかね?』
「ええ」
『だろうな。軍の方に例の分校生徒8名の外出許可が申請されている』
「‥‥」
『キムの故郷の街は今の所安全な人類側勢力圏だが‥‥適性者の子供が固まって動くとなると何が起こるかも判らん。ちょうどULTから護衛の依頼が出ているが‥‥よければ君も彼らに会ってきたらどうだ?』
「‥‥判りました」


 簡易光学迷彩をまとった中型HWが1機、人類側のレーダーを欺き低空飛行していた。
「ここから先は人類側の勢力圏です。護衛もなしに出歩くのは危険では?」
「わかってるわよ。あたしが呼ぶまで、あんたはその辺に機体を隠してなさい」
 パイロットを務める配下の強化人間に、結麻・メイはぶっきらぼうに答える。
 いつものごとく黒いワンピースだが、その頭を飾ってるリボンの色も黒。
 そして彼女の両手には、白い百合の花束が抱えられていた。

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
緑川 安則(ga0157
20歳・♂・JG
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD

●リプレイ本文

●L・H〜ヘリポート
「たまらないな。戦場にて使われる子供というものは」
 高速移動艇の前に集まった8名の子供達(といっても歳は8歳から18歳までまちまちだが)の姿を遠目に眺め、緑川 安則(ga0157)は表情を曇らせた。
「まあ、バグア侵攻以前から少年兵だの、学徒兵だのは実際にあるし、戦術論でいえば外道だが有効だ。カメル以外のUPC所属国がそんな戦術をほかに取っていないことを今は祈るしかないか」
「全くだ。年長組を除けば後は小学生の年頃か‥‥今能力者にならないのは正しい判断だな」
 白鐘剣一郎(ga0184)も頷く。彼の知っている能力者には小学生の様な年頃の傭兵もいるが、それはあくまで特殊な事例だろう。
「この子供たちは以前親バグアの洗脳教育を受けていると聞いたが‥‥本当に大丈夫なのだろうな? 何かあると大事になりかねん」
 須佐 武流(ga1461)は護衛に同行するUPC特務軍曹の高瀬・誠(gz0021)に確かめた。
「ええ。この1年で彼らの洗脳もすっかり解けましたし、現場も安全な人類側勢力圏ですから。ただ万が一の用心ということで僕らも同行するんです」
「そうか。大丈夫なら‥‥問題はないがな」
「‥‥キムの、お墓参り‥‥。僕たちが‥‥あの分校の依頼に、関わって‥‥もう、1年もたつんだね‥‥」
 自分と同世代の子供もいる元分校生徒達を見やり、リオン=ヴァルツァー(ga8388)は感慨深げに呟いた。
「あの時は‥‥状況が、状況だったから‥‥あの子たちと、まともに話したことはないけれど‥‥。せっかく、また会えるんだし‥‥今度は、ちゃんと、話とかできたら‥‥いいな」
(「‥‥そういえば、メイって言ったっけ‥‥あの子は今、何してるんだろ‥‥?」)
 ふとリオンは思った。
「結城・アイ」と名乗っていた頃の彼女には会っているが、強化人間としての結麻・メイ(gz0120)にはまだ会っていない。

「皆さん、こんにちは。お元気そうで何よりです」
 やはり当時の依頼に参加したリヒト・グラオベン(ga2826)が子供達に挨拶した。
 墓参に相応しく、喪服代わりのダークスーツ姿。ただし威圧感をあたえないようノーネクタイの軽装で、武器は雑貨類と共にバッグに忍ばせてある。
「俺は白鐘剣一郎という。護衛を務める事になるが、まぁ他の皆と同様案内役とでも思ってくれ」
 剣一郎も気さくに微笑すると、クーラーボックスに持参したラムネや乳酸飲料を子供達に配った。
「途中喉が渇いたら飲むといい」
「こちらこそ‥‥よろしく、お願いします」
 年長組にあたる三橋・幹也、長谷川・千尋がやや緊張したようにぎこちなく頭を下げる。その姿を真似するように、年少組の子供達も揃ってペコリとお辞儀した。
 そんな中ただ1人エミタ移植を志願し、能力者のフェンサーとなった中島・茜だけはニカッと笑い、
「よろしく頼むぜー、先輩たち!」
 などと元気に手を振っている。

「あら? 御機嫌よう誠さん。このような場所で。何かの作戦ですか?」
 背後からかけられた声に誠が振り返ると、そこには何時ものごとく狐面に黒い和服をまとった水雲 紫(gb0709)が佇んでいた。
「あ‥‥水雲さんも、参加されるんですか?」
「私ですか? 只の護衛依頼ですよ。まぁ‥‥」
「でも偶然ですね。今回はカメルの件とは直接関係ないのに」
「いえ、少しばかり『勘』が、ね‥‥」
「カン?」
「いえ、こちらのこと」
 とぼけたように視線を逸らし、悠然と扇で顔を煽ぐ。
(「まあ‥‥この前の保養所の件もありますしね」)
「?」
 首を傾げる誠に、今度はリヒトが声をかけた。
「誠‥‥貴方は茜に送るプレゼントの用意はしたのですか?」
「いえ‥‥?」
「いけませんね。彼女にとっては能力者として人生の門出でしょう?」
「ええ、それは、まあ‥‥」
 そこまで気が回らなかった、という顔で戸惑う誠に、リヒトは紫系天然石ストラップをすっと差し出した。
「これを贈ってあげなさい。『人生の転換期に所持すると良い』といわれてます」
「ええっ? でも――」
「俺が贈るより、誠からの方が彼女も喜ぶでしょう」
 そういってリヒトは微笑した。

●移動艇内
「でも驚きましたわ。中島様がSIVAに入社されたなんて」
 櫻小路・なでしこ(ga3607)が、飛行中の艇内で茜にいった。
「まだ内定だけどさ。正式に入社するのはULTでの初期訓練が済んでからになるかな?」
「そうか、SIVAに‥‥あそこは凄腕揃いだからな。その分任務も大変なようだが」
 轟竜號内部を想定した警護訓練で、MSIの精鋭部隊と共に訓練にあたった経験を思い出し、剣一郎も頷く。
「まぁ焦らず基礎からじっくりやる事だ。強い力を身に付けるなら、尚更土台が出来ていないと必ず後で無理が出る」
「不肖中島・茜、及ばずながら努力いたします! ‥‥って、大先輩のエースさんにいわれると照れちゃうな〜。テヘヘ」
 おどけて敬礼してから、茜はペロッと舌を出して笑った。
「SIVAにねぇ‥‥また、地獄に片足突っ込むようなことを‥‥よくも決断したもんだ」
 少し呆れたように呟く武流。
 ゲック・W・カーン(ga0078)は茜の就職先ついてやや不安を覚えていた。
 念のため茜と携帯番号を交換し、機密に触れない範囲で自分が知るSIVAの情報を教えてやる。
「そういうわけで、何か困った時は、いつでも俺達に相談してくれよ」
「う〜ん‥‥まだ人事部の人としか会ってないから、よくわかんねーけど‥‥とにかくバグアと戦ってんだから、UPCやULTと同じようなモンなんだろ?」
 敵か味方か。正義か悪か――茜の価値観は実に単純だ。だからこそ、真っ先にバグアの洗脳教育から抜け出せたともいえるが。
 そんな彼女の姿を少し離れた座席から見守りつつ、紫は別の意味で危惧を抱く。
(「どうにも‥‥昔の私を見ているようで嫌ね。同族嫌悪ってヤツかしら? ‥‥青いわね。紫」)
 その間、リオンは小さな子供達に持参したチョコや飴を配ってやった。
「お兄ちゃんも、能力者?」
 1つ年下の橋本・一樹がおどおどと尋ねてくる。
 それをきっかけに、
「KVに乗ったりするの?」
「キメラと戦うのって、怖くない?」
 上条・ヒカリやユン・アムリタもあれこれ質問を浴びせてきた。
 3人とも、歳の近いリオンにはかなり親しみを感じているようだ。

●墓参
 キムの墓は、彼の故郷の町外れにある森の中の墓地にあった。
 西洋風の墓石に氏名と生没年月日だけが刻まれたシンプルな作り。最近の主流となっている無宗教型の墓である。
「ここはキメラも出ない安全な場所だ。心配せずに、お墓の掃除でもしてやりな」
 ゲックが声をかけると、移動艇を降りてからも怖々周囲を見回していた分校生徒達もホッしたような表情に変わり、思い思いに持参したポリタンクの水にタワシや箒を持って墓石や周りの掃除にかかった。
 もちろん、護衛役の傭兵達まで気を抜くわけにはいかない。
 子供達の周囲はリヒト、なでしこ、安則、リオン、ゲック、誠が護り、剣一郎、武流、紫の3名は少し離れて周辺の警戒を担当。
「今のところ異常はないか‥‥天気が良かったのは幸いだったな」
 一足先に紫が墓前に黙祷を捧げ、剣一郎はラムネを1本供える。そして周辺担当3名はそれぞれ別の方角に向い歩き出した。
(「一応のための護衛と言うことだが‥‥必要があるのかは疑問だな」)
 墓地の入り口付近の警戒にあたりながら、武流は思った。
 もっとも10歳にもならぬ幼児さえ混じっていることを思えば保護者の付き添いは必要だろう。迷子にでもなったら、それはそれで大事だ。
 そしてさらに考える。
 あの「適性者」の子供達は、この先どんな道を歩むのかと。
「あまり、能力者なんてなっても、いい事なんて無いからな‥‥個人的には‥‥なってもらいたくはない」

 森の奥に向かった紫は覚醒し、探査の眼で周囲を索敵した。
 覚醒変化によって彼女の身体から現れた黒い蝶の1匹が群れを離れ、森のさらに奥を目指して舞い始めた。
 紫もまた、己の勘の赴くまま、蝶の後を追い進んでいく。

 ――そして「彼女」はそこに居た。

「今日はまた狐のお面なのね」
 さして驚く様子もなく、メイがいった。
「墓参りがまだならして行きますか? それとも、ご学友と昔話に花を咲かせに行きますか?」
「学友‥‥?」
 一瞬小首を傾げるが、すぐ思い出した様に頷いた。
「ああ‥‥来てるのね、あの子達も。別にあたしは構わないわよ?」
「そうですか。では、こちらへどうぞ」
 探査の眼には反応がなかった。つまり今のメイに少なくとも攻撃の意志はないということだ。

 一通り掃除を終えた後、最年長の茜がキムの墓前に花束を供え合掌する。その後、他の子供達も1人1人、かつての級友の冥福を祈った。
 子供達の墓参が済むと、次は護衛の傭兵達もキムの墓に黙祷した。中には生前のキムと面識のない者もいたが、バグアとの戦いで命を落したという点では、彼もまた人類軍の一員であった事に変わりない。
 最後になでしこが竜胆、桔梗、秋桜等から見繕った花束を供えて手を合わせた時、ふいに周囲の子供や傭兵達がざわついた。
 紫がメイを案内して戻って来たのだ。
 傭兵達は一斉に覚醒し、隠し持っていた武器を装備した。
 分校の一件でのバグアのやり方には未だに怒りを覚えるリオンは気色ばんで小銃を構えかけるが、墓前であることを思い出し銃口を降ろす。
 その頃には無線で報せを受けた剣一郎や武流も引き返し、墓の周囲は異様な緊張に包まれた。
「‥‥てめぇ‥‥!」
 真っ先に切れたのは茜だった。訓練生といえども武器は携帯している。腰から抜いたアーミーナイフを構え、メイに斬りかかろうとした茜を盾扇で制止したのは紫だった。
「墓前ですよ。死者の眠りを妨げる蛮行は慎みなさい」
「‥‥っ」
 厳しい口調で叱責され、渋々ナイフをしまう茜。他の生徒達は、ただ困惑した様子で成り行きを見守っている。
「招かれざる客だったかしら?」
「こちらも死者の眠る場所で事を荒立てるつもりはない」
 油断せず身構えながら、剣一郎が答えた。
「あら、そう」
 メイは墓石の前に進み出ると、しゃがみ込んで白百合の花束を供える。
「‥‥律儀なこったな、手前ェが殺した相手に花束たぁよ?」
 ゲックが背後から声をかける。別に皮肉ではなく、単に感心して出た言葉だ。
「趣味なのよ」
 悪びれもせずにメイがいった。
「小さな時から、親に連れられてお葬式やお墓参りに行くと、なんだか遠足みたいにワクワクして‥‥よく『変わった子だ』っていわれたわ」
 献花を済ますと、しゃがみ込んで軽く手を合わせる。
「――もっとも、肝心のパパとママのお葬式には出損ねたけどね」
「今更、人間を恨む事を辞めろとは言わん。だがそれなら、ヨリシロにだけはなるな」
 ゲックは以前、メイに言おうとして果たせなかった言葉を伝えた。
「あくまでも、お前だけが持つその怒りを、お前のままぶつけてこい。気の済むまで俺らが相手してやるよ」
「‥‥」
 紅い瞳でゲックを睨むと、少女は無言のまま立ち上がる。
「用が済んだのであれば行ってくれ」
 剣一郎が告げた。
「いわれなくたってそーするわよ」
 踵を返し立ち去ろうとするメイを、なでしこが呼び止めた。
「これからお弁当にするんですが‥‥よろしければ、ご一緒に如何です?」
 その場の緊迫した空気に春風が吹き込むような、おっとりした声。
「いいのかしら?」
「何やら予感がしていました。こうなるのではという」
 にっこり微笑むなでしこ。
「折角だ。昼飯でも食っていったらどうだ?」
 武流もぶっきらぼうに言った。
「今さら情報が欲しかったり、子供たちを拉致する気でもないだろう?」
「まあね。色々状況も変わったし‥‥もうその子達を狙う必要もないわ」
「なら、今回は敵も味方も‥‥無しと行こう」
「仕方ないな‥‥」
 軽くため息をつく剣一郎であった。

 秋晴れの空の下、レジャーシートの上に一同が輪になって座ると、なでしこは今日のため腕によりを掛けた精進料理風和食弁当を開き、各種ドリンクと併せみんなに振る舞った。
「コーヒーミルにポットセット、数は少ないがレーションも持ってきたし、貴重品になってしまったキリマンジャロコーヒーも持って来たよ」
 安則はレーションのビーフシチューを温め、そして紅茶、珈琲を紙コップに注いで一同に勧める。
「どうかな? 君たちの制圧下のキリマンジャロ産コーヒーが少しだけだがあるのだが。それとも飲み飽きているかな」
 笑いながら、メイにも珈琲を淹れてやった。
「珈琲って苦手なのよね〜。苦いから」
 といいつつ、角砂糖とクリームをたっぷり入れて飲むメイ。
「そういえば、シモン(gz0121)のステアーが私の妹を含む傭兵部隊に大破させられたそうだ。彼は無事なのかね?」
「南米での事なら聞いてるわ。でもシモン様自身にお怪我はないし、何かあればHWですぐ戻るって話よ?」
 一方、誠は例のストラップをおずおず茜に贈っていた。
「えーっ!? もしかして、オレ告られてる?」
「そ、そんなんじゃ――」
「冗談。初任給貰ったら、お礼にパーっと奢ってやるよ」
「よっ、もてる男は辛いな?」
 ゲックからも肩を小突かれ、照れ笑いを浮かべる誠。
 だが目の前の茜に真弓の姿が重なったのか、一瞬だけ複雑な表情になった。
「SIVAに所属している傭兵でラザロ(gz0183)という風変わりな知人がいましてね。もし彼に会ったら、これを渡して頂けませんか?」
 リヒトは一通の封書を茜に預けた。
 手紙の内容は茜が困った時手助けをして欲しい事。その対価として、ラザロが興味を示しそうなNDF計画とハリ・アジフとの会話内容(傭兵の守秘義務に触れない範囲でだが)を記してあった。

「機会も少なくなるでしょう? 記念に、一枚撮っときましょうか」
 ランチの後、紫が使い捨てカメラを取り出し全員に提案した。
 そのまま立ち去ろうとしたメイも呼び止め、やや強引に列の端に加える。
「安心して下さい。メイさんにも、次に会った時にちゃんと渡しますから」
「‥‥それが戦場じゃないことを祈りたいわね」

 別れ際、メイはなでしこに耳打ちした。
「いっちゃ何だけど、能力者にしない方がいいわよ、あの子達。それこそあたし達みたいに敵味方に分かれて、後戻りできなくなるから」
「それでも、私は諦めませんから‥‥」
 メイは気まずそうに目を伏せ、なでしこから顔を背けた。



「留守中、アジフ博士より通信がありました。『グレプカ』の第1次稼働試験を行うので、ぜひメイ様にも立ち会って欲しいとのことです」
「グレプカ? あれ、もうそこまで出来上がってるの?」
「失礼。私の階級では、それ以上の情報は知らされておりません」
「‥‥まあ、いいわ。あれが完成したら‥‥じき終わるわね。この戦争も」
 メイは部下に答えると、HWの座席から遠くを見るような目でため息をもらした。

<了>