●リプレイ本文
「これが、名古屋上空で偵察機『岩龍』のガンカメラが捉えた映像です」
移動艇の中でノートPCのモニターを示しつつ、研究所スタッフのナタリア・アルテミエフが説明した。
そこに映っているのは、黒い影のようにピンぼけしているものの、中世の紋章にしばしば使われるワイバーン(翼竜)に似た怪物だった。
「そういや『撃墜』されたんだっけこのキメラ。サイズは大型かな? 的がでかい方がやりやすいし楽しくていいんだけどな」
と、ぶっきらぼうな口調で角田 彩弥子(
ga1774)が尋ねた。
「『超』がつく大型ですよ。翼長は推定10m。おそらく空戦専用に合成されたキメラでしょう。報告によれば、ナイトフォーゲルのレーザーやミサイルを被弾しているそうなので、既に瀕死の状態にあるとは思いますが‥‥それでも油断は禁物ですわ。何しろキメラですから」
「状況も分からない中、手負いのキメラに一人は危険すぎるな‥‥」
寿 源次(
ga3427)が腕組みしていう。
「私もそう思います。それと、このタイプのキメラで警戒しなければならないのは、やはりブレス攻撃ですね。射程距離は短いですが、一度に広範囲の目標を攻撃可能ですから」
確かに、能力者とはいえ実戦経験皆無のサラリーマン、山田・紺平一人では荷が重そうな相手だ。
「これは24時間戦える無敵のソルジャー、ジャパニーズ・お父さんでもピンチだにゃあ」
フェブ・ル・アール(
ga0655)がゴクリと唾を飲んだ。
「‥‥最悪の事態を考えると震えが来ます。家族の元に返してやらねば。無事に」
元陸自の女性隊員、196cmと見上げるような長身の割には気の優しい南部 祐希(
ga4390)が心配そうにつぶやいた。
「ともあれ、山田氏とは早急に連絡を取り合う必要があるな。我らが申請した貸与品は?」
陽気な復讐者(
ga1406)が尋ねる。
「はい、まず携帯電話ですね。アドレスに山田さんの番号も登録してありますけど‥‥ただし現場は街から離れた山中なので、連絡が取れるかどうかは‥‥むしろ、照明銃で合図した方が先方も判りやすいんじゃないでしょうか?」
傭兵たちに貸与品の携帯を配りながら、ナタリアがいった。
「それと、申請のあった暗視ゴーグルですが‥‥申し訳ありませんが、今は研究所にも在庫がなくて。何しろ、大規模作戦の最中で前線へ貸し出す分が最優先ですから‥‥その代り蛍光塗料入りのペイント弾を用意しましたから、うまく利用してくださいね」
「それは残念だな‥‥で、例のモノは?」
「あ、それはご安心ください。手配できましたから」
なぜか嬉しそうに、ナタリアは足許の大きなダンボール箱を指さした。
箱の側面にはご丁寧にも赤のサインペンで「最重要物資」と大書されている。
「チアリーダーの衣装全員分。もちろん寿さんの分もご用意しました♪」
「ちょっと待てーっ!」
源次が慌てて叫んだ。
「急ぎの依頼なのに、何でそんなのが準備できるんだ!?」
「いえ、たまたま研究所のチアリーディング部に友人がいまして。それに面白‥‥あ、いえ、何でもないです」
ナタリアはふいに口を押さえて顔をそむけた。
おそらく必死で笑いを堪えているのだろう。
「山田さんは戦うお父さんなのですね! 頑張って応援します♪」
御坂 美緒(
ga0466)が目を輝かせてファイティングポーズを取る。
一方、
「チアはその、流石にきっついんで遠慮したいかな‥‥せめて5年前だったらねえ?」
彩弥子はぼやくが、「チア服によるお父さん応援」はもはや作戦の一部として認定されてしまったようだ。
「ぷぷっ‥‥ご、ごめんなさい‥‥じゃあ、私はこれで‥‥」
ナタリアは片手で口を覆ったまま、そそくさと艇を降りていった。
「さぁて、頑張るおっちゃんを見習って、ちょっくら頑張りにいこぉかねぇ」
ブラッディ・ハウンド(
ga0089)の言葉を合図に、移動艇はラスト・ホープのヘリポートを離陸し一路日本を目指した。
予めUPC側から市の方へ連絡が行き、着陸許可が出た中学の校庭へと移動艇は降下した。現場となる山中へは、ここから徒歩で30分というところだ。
念のため紺平の携帯にかけてみたが、帰ってきたのは「圏外です」との素っ気ないアナウンス。ULTにも問い合わせてみたが、やはり最初の連絡を入れたとき以来音信不通だという。
なお、UPC軍のレーダーが最後に捉えた各種データから推測し、おそらくキメラは既に現場の山中に墜落しているだろうとのことだった。
「やはり、現場で直接合流する他ないな。だが、その前に‥‥」
陽気な復讐者が音頭を取り、傭兵たちは早速着替え始めた。
赤いチアガール服にピンクのボンボン。
「お父さんの奮戦を全力で応援する会」発足である。
キャッキャと楽しげにコスを着込む美緒やフェブと対照的に、源次は殆ど男泣きでスカートを履いている。場所が人気のない深夜の校庭、というのがせめてもの慰めだったが。
全員が着替え終えて見ると、なぜかブラッディ1人がバンカラ服・赤い鉢巻・白手袋と体育会系の応援団風だった。
「おい待て‥‥男物の衣装もちゃんとあるじゃないか!?」
源次の抗議に対し、
「まぁ人にはそれぞれキャラってもんがあるからねぇ。いくら何でも、俺にチア服は似合わないさぁ」
「くっくっく‥‥意外と似合ってるじゃないか、寿」
口に手を当て、笑いをかみ殺す陽気な復讐者。
「(くうっ、図られた‥‥!)」
またひとつ、人生で何か大切なものを失ったような哀愁を覚える源次であった。
とはいえ、任務は任務である。
「陽気な復讐者‥‥別件ではお目に掛かれなかったがその二つ名、今回は拝見させてもらうぞ」
山中に入る直前、傭兵たちは二手に分かれて紺平、およびキメラの捜索にあたることにした。
A班:彩弥子・祐希・美緒・ブラッディ
B班:フェブ・陽気な復讐者・源次
「我が舞台の糧となれ‥‥って、今回の主役はお父さんか‥‥」
陽気な復讐者がヴィアの柄に口づけし、覚醒。
続いて他の傭兵たちも覚醒し、草木を分けて山中に踏み行っていく。
二手に分かれて捜索すること、小1時間――。
「これ、人の通った跡じゃないですか?」
A班の祐希が、他の3名を呼び止めた。
いわれてみれば、地面の腐葉土に自分達のものとは別の足跡が、そして周囲の小枝が何本か折れている。
「これは、ごく最近‥‥いえ、ついさっき誰かが通った痕跡ですね」
スナイパーの知覚、そして元陸自隊員としての経験から祐希が推測する。
とりあえず陽気な復讐者から借りていた照明銃を空に打ち上げ合図。
5分後にはB班の3名が合流。さらに5分ほどの間を置き、闇の奥から一人の中年男が姿を現した。
山田・紺平である。
通勤用スーツの上にケブラー・ジャケット(「秘密基地」に準備してあったらしい)を着込み、右手に刀を携えている。
ポマードで整えた髪の毛が所々寝癖のようにピンピン跳ねているのは「覚醒」の影響であろうか。
訝しげに眼鏡をかけ直し、傭兵たちの姿を確かめた紺平は、
「わあっ!?」
と叫んでその場に尻餅をついた。
「な、な‥‥何者ですか? あなた方は」
深夜の山中に集う、チアガール姿の一団――ある意味でキメラ以上に怪しい存在ではある。
「UPC本部の援護要請で参上した。援護する!」
源次の言葉に合点がいったらしく、紺平も気を取り直したように立ち上がった。
「こ、これは失礼しました‥‥お初にお目にかかります」
直立不動で深々一礼すると、すかさず懐から名刺入れを取り出し、手早く一人一人に挨拶しながら配る。
『(株)大福製薬 営業部係長 山田・紺平』
こんな所で名刺交換しても仕方ないのだが、これはまあサラリーマンとして身についた習慣というものだろう。
「‥‥ところでその服装、ラスト・ホープの制服ですか?」
「違ーうっ!」
全霊を込めて源次が否定した。
「私たち、『戦うお父さんを応援する会』会員なんです♪」
ボンボンを振りつつ、にこやかに美緒がいう。
「同じく、会員No.2でーっす!」
とフェブ。
ちなみに発起人の会員No.1、ディオネ・グラスタム(
ga3057)は残念ながら急用のため今回は不在であるが。
まずバンカラ服のブラッディが前にたち、後列に他の6名が並ぶ。
傭兵たちは一斉にお父さん応援のエールを送った。
「ふれーふれー、お父さん! 頑張れ頑張れおとうさーん♪ えるおーぶいぃー、らぶ・だでぃー!!」
もはや開き直った源次も、心の中で号泣しつつ、男らしく胸を張り威風堂々と応援。
装備の上から無理やりチア服を着込んでいるのが、ささやかな反抗であった。
紺平は一瞬ポカンと口を開けてその光景を見守っていたが、ふいに眼鏡を取って感極まったように目頭を押さえた。
「ううっ‥‥ありがとうございます。私なんかのために‥‥会社じゃいつも部長にどやされ、家でも邪魔者にされてる、こんな私のために‥‥ひっく」
放っておくと、このまま朝までグチが続きそうである。
「と、とにかくこんな所で長話も何だ。ところでキメラの方は?」
速攻でチア服を脱ぎ捨てた源次が問いただした。
「それなんですが‥‥一度、この近くから怪しい鳴き声が聞こえたので調べに行こうとしたら、お恥ずかしいことに自分が道に迷ってしまいまして」
頭を掻きつつ紺平がいったとき。
ウオォーーン――‥‥
夜の空気を震わせ、不気味な咆吼が木霊した。
「近いな‥‥」
陽気な復讐者がつぶやき、源次以外の傭兵たちも一斉にチア服を脱ぎ捨て戦闘体勢に入った。
「い、いよいよ実戦ですね‥‥」
緊張を隠せない紺平に、
「実は私もキメラと戦った事が殆ど無いんです」
「頑張って下さい。‥‥此方も可能な限り援護します」
と、美緒と祐希が励ましの言葉をかける。
「ダメだと思ったら逃げて下さい‥‥絶対に死んだらダメですよ」
普段はぶっきらぼうな彩弥子も、同じ子を持つ親として案じるように忠告した。
美緒が超機械により仲間たちの武器を錬成強化。
紺平を加えた8名は、咆吼の聞こえた方角を目指して移動を開始した。
照明弾の明かりの中に浮かび上がったのは、偵察機の画像に映っていた個体と同じ超大型の飛行キメラだった。
しかしその翼はボロボロに破れ、胴体の所々に穿たれた大穴から体液を流すという、かなり悲惨な状況。その巨体に比べるとやや貧弱な二本足で、辛うじて歩くのがやっとという有様である。
とはいえ、本来は戦闘機とも互角に渡りあう強敵である。傷ついているからといって、決して油断は出来ないが。
できれば遠隔攻撃で無難に仕留めたいところであるが、あいにく今回のメンバーはスナイパー×1、グラップラー×1、ファイター×4、そしてサイエンティスト×2と、かなり前衛に偏った編成である。
まずは唯一のスナイパーである祐希が蛍光塗料のペイント弾を発射。キメラの体に青白く光る染料が飛び散り、照明弾が燃え尽きた後も格好の目標となった。
「通気孔でもどうだ? 風通しが良くなるぞ」
キメラの傷口を狙い、陽気な復讐者がハンドガンの銃弾を撃ち込んだ。
「ギャハ! ショータイムのぉ始まりだぁ、楽しもうぜぇベイビー!」
全身の刺青を赤く光らせたブラッディが突入し、俊敏さを活かしてキメラの注意を攪乱する。
既に敵の飛行能力は喪失、と判断したフェブは主に足を狙ってスコーピオンを連射。
祐希もまた、味方への誤射を警戒しつつ、後方からアサルトライフルで支援する。
「飛び道具を用意できなかったんでなあ、俺様じきじきに跳んでやるよ!」
大地を蹴った彩弥子が、キメラのどてっ腹めがけてドリルスピアの豪破斬撃を加えた。
ギャオォーン!
キメラが苦しげに吠えた。
くわっと顎を開き、周辺一帯に炎のブレスを吹き付ける。
彩弥子たちが慌てて紺平を庇って後退するが、苦し紛れのブレス攻撃は幸い狙いが逸れ、周りの樹木を燃やすに留まった。
その隙に瞬天速で周りこんだブラッディが、ファングの爪でキメラの片足に斬りつける。
足の腱を切られた巨獣が、地響きを上げて大地にくずおれた。
「さあ、とどめだ――行くがいい」
陽気な復讐者に背中を押され、紺平が刀を振り上げ突進する。
「母さん! 里美! 徹平! 父さんはやるぞーっ!!」
必死で身を起こそうとあがくキメラの頭部めがけて一撃。
ついに怪物の息の根を止めた。
戦い終わり――。
ここは夜明け前の移動艇内。
「ははぁ。女手一つでお子さんを‥‥それは、ご苦労なさってるんですねえ」
傭兵たちと共に熱いコーヒーで体を温めながら、紺平が彩弥子の話に相づちを打つ。
「しかし、やはりキメラ相手の戦いは楽じゃないですね。うちの息子は私たち能力者に憧れているようですが‥‥正直、あいつが大きくなる前に、この戦争は終わらせたいものですなあ」
しみじみとした口調でいう紺平。
「いつまでも家族に隠し通せる訳では無いでしょう。だがいつでも駆けつける。今度は秘密基地に案内して欲しい」
源次の言葉に、
「歓迎しますよ。といっても、単なる安アパートですがね。ハハハ‥‥」
「私たち能力者が戦えるのも、お父さんみたいな人があっての事だからな。ラストホープに移住するのは無理でも、自信は持って欲しいね! 私たちの事も、忘れないでおいてくれよにゃー♪ 娘もそのうち、本当の良さを分かる様になりますともさー!」
と、フェブが親指を立てサムズアップ。
一晩の戦いでボロボロになった紺平のスーツを見て、美緒が心配そうにいった。
「何なら私が送っていきましょうか?『暴漢に襲われたところを山田さんに助けてもらった』って説明すれば、ご家族も見直してくれるかもしれないですよ♪」
「申し訳ありません。何から何まで――」
そのとき、紺平の胸ポケットで携帯が鳴った。
「ちょっと失礼‥‥あっ、部長? どうもおはようござ――ええっ? 弁天商事さんに納品予定の胃腸薬30ケース、配送部の手違いでまだ届いてない!?」
携帯で話す紺平の顔が、みるみる青ざめる。
「はいっ、はいっ‥‥ええもう、今日朝イチで先方に伺ってお詫びしますから!」
携帯を切るなり立ち上がり、
「す、すみません‥‥急用ができましたので、私はこのへんで――」
一同に向かって深々と頭を下げ、朝靄の中に走り去っていく。
24時間戦うサラリーマン能力者、山田・紺平に安らぎの時はない。
がんばれ、日本のお父さん――。
<了>