●リプレイ本文
「お久し振りです。お元気でしたか? 今回もよろしくお願いします」
櫻小路・あやめ(
ga8899)が挨拶すると、雷電操縦席の通信機から聞き覚えのある男の声が返ってきた。
『――ああ。誰かと思ったら、いつぞや訓練で世話になったお嬢ちゃんか』
「SIVA」部隊指揮官のラザロ(gz0183)だ。
『あんたも九州に来てるのかい?』
「はい。沖端川の‥‥有明橋手前付近です」
『なるほど。こっちは柳川沖合だが、早速始まってるよ。HWがわんさか押し寄せてる』
その言葉通り、海の方角からは遠雷のごとく砲声や爆音が轟いていた。
有明海から柳川のバグア軍陣地に向けて艦砲射撃と巡航ミサイルを撃ち込むUPC海軍艦隊。その艦隊を狙い襲来してくるHW群を迎撃するSIVAのKV部隊。ラザロ自身は指揮官機のフェニックスから通信しているとのことだった。
北米での大規模作戦中、短期決戦で佐賀奪還を目指す「烈1号作戦」は既に開始されているのだ。
一方久留米方面から南下してくる鹵獲KVを含む親バグア軍に対してはUPC陸軍部隊が応戦中である。
あやめを含む傭兵KV部隊はちょうどその真ん中、バグア軍が南北に分かれ手薄になった隙に有明橋を奪還し、正規軍主力が大川方面へと進撃する橋頭堡を確保するのが今回の任務だ。
戦闘に参加するのは傭兵達だけではない。
熊本士官学校から引き抜かれ、いきなり最前線に投入された第206特務機動中隊、通称「睦中隊」も同行している。95式戦車15両を主力とする機械化部隊だが、その大半はまだ十代の少年少女である。
「士官学校の生徒とはいえ、一般の子供を戦場に出すなんて‥‥いくらなんでも早すぎるだろうに」
アンジェリカの機内からまだあどけなささえ残る初年兵達の姿を見やり、春風霧亥(
ga3077)は浮かない顔で呟いた。
「とにかく、未来のある子達を死なせたくないな‥‥」
年齢に関していえば、傭兵側にも彼らと同世代、いやそれより幼い者さえいる。とはいえ能力者と一般人では条件が全く違う。
「睦中隊、私と、同じ位の、方が、多いの、ですね‥‥。ともかく、気を、引き締めて、当たり、ましょう」
「同年代の少年少女まで正規軍に駆り出されているのを見ていると少しやるせない気がしますね。彼らを一人でも多く助ける為にも、微力ながらも私も全力で任務に当たることとしましょう」
ルノア・アラバスター(
gb5133)と榊 刑部(
ga7524)が交信する。
能力者専用の軍学校「カンパネラ」生徒でもあるアリステア・ラムゼイ(
gb6304)はさらに複雑な心境だ。
フェニックスのモニター越しに睦中隊の様子を見て溜息をもらし、
「‥‥一つ違えば俺もあの中にいたかもしれない‥‥守らなきゃな‥‥」
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)が搭乗する雷電のサブアイカメラが捉えた睦中隊の隊員達は、戦車や装甲車の天蓋から顔を出し、まるで遠足にでも来たかの様に笑い合っていた。
「青春真っ盛りか‥‥いいねえ。ま、そいつを謳歌してもらう為にも、オレらも頑張んなきゃな」
「望んだわけではないけれど、僕は偶々能力者になった‥‥もし、そうで無かったら、今頃はどうしていたんだろう?」
ほぼ同世代の若い兵士達の姿を目に、流 星之丞(
ga1928)の脳裏にふとそんな考えが過ぎる。
だがそんな睦中隊の面々も、目的地が近づくにつれいよいよ実戦が近いことを肌で感じたのか、ある者は青ざめた顔で押し黙り、またある者は緊張の余り小刻みに震え始めた。
県道の先に見えてきた沖端川の手前にはゴーレム5体、向こう岸にはタートルワーム4体が橋を守るため布陣している。しかしUPCからの情報によれば、他にも洗脳兵が操作する自走式の多目的誘導弾が1基、いざというとき橋を破壊するため潜伏しているらしい。
ゴーレムやタートルを撃退しても、肝心の橋を落されては意味がない。
「橋の奪還はもちろんですが、彼らが一人でも多く生き残れるよう迅速に処理しますか‥‥」
後方の睦中隊をちらっとみやり、鹿嶋 悠(
gb1333)が僚機に通信を送る。
「油断は出来ません、気を抜かずに引き締めて参りましょう。フォローはこちらでします」
初陣となる若者達の身を案じ、あやめは睦中隊に対しオープン回線で呼びかけた。
『あ‥‥ど、どうも‥‥』
『よろしくお願いします‥‥』
おそらくは初めて聞く能力者傭兵の声に対し、隊員達からの戸惑うような反応。だがそれらに被さるように、中隊指揮官の須賀大尉から応答が入った。
『本隊への支援は出来る範囲で構いません。後続部隊のため、何より橋の確保を最優先にお願いします』
聞きようによっては部下の損害すら「想定内」とする指揮官の言葉に、明星 那由他(
ga4081)の気分がますます重くなる。
「損害に‥‥計算する側される側、どっちも想像力を働かせちゃ‥‥やっていけないのかも」
それでも気を取り直し、陸戦形態のイビルアイズを前進させた。
「でも‥‥、何かを、守りたいっていうところだけは‥‥絶対同じだって信じたいな‥‥」
バグア側に橋の破壊を許さず、かつ迅速に制圧するため、傭兵達が立案したのは空挺強襲による前衛のゴーレム、後衛のタートルへの同時攻撃だった。
・空挺強襲班(タートル、及び誘導弾の撃破)
白鐘剣一郎(
ga0184)、星之丞、悠、ジュエル、霧亥
・ゴーレム対応班
刑部、ルノア、アリステア、那由他、あやめ
敵側のゴーレム部隊も既にこちらに気づいたか、まだ射程外にも拘わらずしきりにプロトン砲や重機関砲による威嚇射撃が始まっていた。それでも向こうから接近してこないのは、やはり橋の防衛を第1に命令されているからだろう。
「敵が橋を壊そうと思う前に決着をつけよう」
剣一郎が同じ強襲班のメンバーに通信を送る。彼のシュテルンを始め、計5機のKVは飛行形態を取り、橋に対し風上にあたる方角から敵陣へ向けて飛び立った。
「対空迎撃に注意だ。行くぞ!」
ここで重要な役目を担うのは星之丞の偵察KV「骸竜」だ。他の戦闘用KVに比べて防御は脆いものの、驚異的な運動性と高感度カメラの搭載により、その偵察能力は同じ奉天製の岩龍改を遙かに凌ぐ。
対岸から打ち上げられていくプロトン光線をかわしつつ敵陣上空に到達した星之丞は、まず偵察カメラによりバグア側の戦力配置を把握、直ちに友軍機へも連絡した。
巨大なゴーレムやタートルの位置はすぐに判った。問題は、橋を落すため配備されているという誘導弾の居場所である。
「ジャミング中和開始‥‥この骸龍の目が、全てを見通します」
上空からははっきり確認できなかったものの、橋を狙える格好の角度にあり、そして誘導弾を搭載した高機動車を隠すのに丁度よさそうな廃屋を幾つか発見した。
剣一郎はゴーレム対応班支援のため、上空から人型ワームに向けてSライフルRで牽制射撃。そのまま上空を通過後、一端Uターンしてタートル陣地へ機首を向ける。
剣一郎達の攻撃にタイミングを合わせ、那由他がBRキャンセラーを起動。これは降下班の援護と同時に、ゴーレム対応班突入の切っ掛けを作るためでもある。
「骸龍からのデータを、転送します‥‥敵陣形の手薄な方角から、攻撃開始して下さい‥‥」
その間、睦中隊の95式戦車は3両1小隊、計5個小隊が後方に展開しゴーレムへの砲撃を開始した。
刑部の駆るミカガミB型が150mm対戦車砲を発射。続いてR−P1マシンガンを乱射しつつ、ブーストダッシュで先頭のゴーレムへと一気に距離を詰める。
間合いに入った所で接近仕様マニューバを起動、真ツインブレイドを振りかざし、敵のバグア式ディフェンダーと白兵戦に突入した。
フェニックス搭乗のアリステアもまた、前衛に出るとトゥインクルブレードで敵のディフェンダーと切り結んだ。
「攻撃、開始‥‥」
メタルレッドに塗装したルノアのS−01H「Rot Sturm」はストライクシールドを構え、敵が対空機関砲ツングースカの射程に入った所で牽制射撃を行う。
「この、弾幕、そう簡単に、抜かせは、しません!!」
モニター上の目標にNo.1〜4までナンバリングされたマーカーが重なる。
さらに接近すると、僚機が戦っているのとは別のゴーレムを狙い30mm重機関砲による本格的な攻撃を始めた。
H−12ミサイルポッドで中距離から支援砲撃を行うあやめの目に、川岸からワラワラとはい上がってくるフナムシの様な中型キメラの群が映った。
「あれは‥‥!?」
デス・リギア。北九州攻防戦の初期、橘湾に侵入し長崎への奇襲上陸を図ったのと同タイプの水陸両用キメラは河原を乗り越えた後、KV部隊は無視して後方の睦中隊を目指し進撃を開始した。奴らの目的はただ人類軍の歩兵を食い殺すことだけにある。
あやめから連絡を受けた那由他が押し寄せるキメラ群に対しヘビーガトリングの弾幕を展開。
「グレネード、いきます‥‥!」
ルノアの放った榴弾が炸裂、十数匹のキメラをまとめて吹き飛ばす。
睦中隊もキメラを狙い、95式戦車の主砲、及び多目的誘導弾を発射した。
だが潰しても潰しても、何百匹とも知れぬデス・リギアの群れは大地を抉る弾着の間をかいくぐり、後方の正規軍へと突進する。
「歩兵部隊、降車! 対キメラ戦闘態勢取れーっ!」
須賀大尉の号令の下、装甲歩兵輸送車のキャビンから中隊員達が飛び出す。各々迫撃砲や携行用無反動砲を携え、まだ中高生のような歳の「兵士」達は殆ど半泣きの表情で迫り来るキメラ群に対し応戦を開始した。
那由他の重力波ジャミング、星之丞とジュエルが展開した煙幕に紛れるようにして、空挺強襲班は敵前への着陸を敢行していた。
「そういやTWを見るのも久しぶりだな。相変わらずシケた顔してるぜ‥‥」
独りごちるジュエルの機体を、危うく淡紅色のプロトン光線が掠める。
「おっとと、聞こえたか?」
タートル部隊の対空砲火を突破するや、手頃な平地を選び着陸、雷電を人型変形。
「こういう無茶も久しぶりだぜっ」
剣一郎のシュテルンはあえてタートルの正面に強行着陸した。一見無謀とも思えるが、これは敵のプロトン砲が向こう岸のゴーレムへの誤爆を誘う角度を計算してのことである。
「さて、俺の相手をして貰おうか。参る!」
機刀セトナクトが超音波震動の唸りを上げ、正面にいたタートルのプロトン砲塔を一撃の下に粉砕した。
最大の武器を失った亀型ワームの巨体を盾に取る形で、他のタートルをスラスターライフルで砲撃。
別のタートルの前へ着陸した悠の雷電は、そのままブーストをかけカラサルシールドと試作型機槍「黒竜」を構え、騎兵のごとくランスチャージをかけた。
敵のプロトン砲がメトロニウムの盾を貫き機体を灼くが、強化された雷電の抵抗がその知覚攻撃を凌ぎ切る。
「その程度の攻撃に怯んで『騎士姫の盾』が務まるかぁっ!!」
最大加速で叩き込まれた黒竜の穂先がタートルの砲塔を貫き、また1門バグアの対空砲を無力化した。
「当たれば一撃‥‥だからこそ、そうそう当てられはしません」
僚機がタートル部隊の気を引いている間を見計らい骸龍で巧みに垂直着陸した星之丞は、事前の偵察であたりを付けた廃屋をSライフルRで砲撃。
半ば吹き飛ばされた建物の中から、ミサイルランチャーを搭載した高機動車が泡を食った様に走り出した。
「――見つけました!」
通信を聞いたジュエルは相手にしていたタートルにソードウィングで斬りつけ様に方向転換、高機動車を狙い多目的誘導弾を発射。内部のミサイルの誘爆も相まって、バグア軍車両は宙高く吹き飛んだ。
「俺の最大の一撃、受けてもらいます!」
霧亥がSESエンハンサー起動、練槍「天」を繰り出す。大量の練力で実体化した超濃縮レーザースピアがタートルを袈裟懸けに斬り上げ大ダメージを与えた。
苦しげに巨体を痙攣させるタートルに対し、一端後退して距離をおくとレーザー砲撃により耐久を削りにかかる。
「悠ちゃん‥‥そちらに、敵が‥‥」
ルノアからの通信を受けた悠が橋の方へサブアイカメラを向けると、対岸で戦っていたゴーレムのうち2機が橋を渡りこちらへ向かってくる姿を捉えた。
「やはりそう来たか、セオリー過ぎる!」
機槍と盾を構え、Uターンした雷電で迎え撃つ悠。
その頃には4機いたタートルワームもほぼ全滅し、手の空いた空挺班も後に続いた。
「ブースト・オン‥‥いくぞ、フェニックス」
相手のゴーレムがかなり弱ってきた頃合いを見計らい、アリステアは奥の手を出すことに決めた。
「‥‥スタビライザー起動、オーバーブースト‥‥オン!」
スキル併用、ブーストをかけ敵の懐へ飛び込むや、左腕のデアボリングコリダーでかち上げ、さらにトゥインクルブレードで袈裟斬りに。
「これが俺の‥‥切り札だ‥‥」
動きを止めたゴーレムの胸に右腕を押し当て、零距離から掌銃「龍破」を発射。
胸部装甲を爆砕された陸戦ワームはそのまま川の中へと転げ落ち、そこで自爆した。
ほぼ同じ頃、至近距離からのマシンガン砲撃でゴーレムの体勢を崩した刑部は接近マニューバ併用で内蔵「雪村」を実体化。
「榊の名を辱める訳には生きませんから。ここで墜ちて貰います」
ミカガミの右腕から伸びた光の刃がゴーレムの機体に深々と食い込み、バグアの巨人は煙を吹き上げてくずおれた。
ワーム全滅後、傭兵達のKVは正規軍と協力し残りのデス・リギアを掃討し、有明橋をほぼ無傷で確保する事に成功。睦中隊の損害も最小限に留まった。
とはいえ、キメラとの戦闘による死傷者十数名。
KVを降りた霧亥は正規軍の衛生兵と共に、錬成治療と救急セットで負傷者の応急手当にあたった。
負傷で済んだ者はまだ運がいい。中にはキメラの強酸を浴び、性別も判らぬほど焼け爛れた遺体さえあった。
停車した95式の前にうずくまった正規軍兵の少女が、軍服が汚れるのも構わず泣きながら嘔吐していた。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません‥‥彼女、こういうのにまだ慣れてなくて‥‥僕もですが」
心配して問いかけるあやめに、戦友の背中をさすりながら少年兵が詫びる。そういう彼の顔も蒼白だったが。
「皆さん、お疲れ様でした‥‥」
労りをこめてそう語りかけるのが、あやめにできるせめてもの励ましだった。
その様子を見守りながら、
「彼らが経験を積めば今後戦線を支える大きな力になる筈だ」
「彼らのような若者が一人でも多く戦後を迎えられるよう俺達も頑張らなくてはいけませんね‥‥」
剣一郎と悠が言葉を交わす。
だが時間は睦中隊の若者達を待っていてはくれない。
熊本防衛の命運を賭けた「烈1号」作戦は、まだ始まったばかりだった。
<了>