●オープニング本文
前回のリプレイを見る●L・H〜UPC本部内・EAIS(東アジア軍情報部)オフィス
「空爆‥‥ですか?」
高瀬・誠(gz0021)は呆気にとられ、デスクを挟んで向かい合うEAIS部長、ロナルド・エメリッヒ中佐の顔を凝視した。
「ああ。幸い、シモン(gz0121)のステアーはカメル駐留バグア軍の主力を率いて北米へ遠征中だ。それでも危険なことに代りはないが‥‥フレア弾装備のKV部隊でセルベルク基地を叩くには今が絶好のチャンスだろう」
「そんな‥‥ちょっと待ってください! あの基地には、首都の病院から連行された子供達がいるんですよ!?」
つい先日、誠はULTの傭兵達と共にカメル国内に潜入。彼自身はサポート任務を担当したが、一部の傭兵達がセルベルク基地内へ侵入を果たし、ヨリシロ化された心理学者ハリ・アジフからバグア軍による新たなDF計画――「NDF計画」に関する情報を聞き出している。
当然、次はカメルに再潜入し、実験施設の破壊と拉致された子供達の救出依頼を担当することになると思っていたのだ。
「いきなり空爆だなんて‥‥九州のK村分校では、生徒達の救出が優先されたじゃないですか!?」
「K村とカメルでは条件が違う。先の潜入調査でバグア側も警戒を強めている所にもう一度同じルートで潜入した場合、どれほどの危険を冒すことになるか、君にも想像が付かないわけではあるまい?」
中佐はデスク上で両手を組んだまま、鋭い目つきで誠を見上げた。
「さらに問題なのは‥‥子供達の一部が既に強化人間に改造されていることだ。しかもハリ・アジフの手で心理改造も加えられた『生きた殺人マシーン』としてな。一人改造するのにどれだけ時間がかかるか、成功確率が何%なのかは知らんが‥‥そんな連中が工作員として人類側勢力圏に放たれたら、いったいどんな混乱が起きると思う?」
「‥‥」
誠の脳裏に元DF隊員候補の強化人間、結麻・メイ(gz0120)の姿が過ぎった。
「山の分校」、バグア軍のカメル占領、そしてエリーゼ・ギルマン(gz0229)少尉拉致事件――彼女一人の暗躍が人類側にどれほどの被害をもたらしてきたか。
戦闘能力では「ゾディアック」クラスのエースに及ばないといえ、一人の優秀なスパイは時として数万の軍隊に匹敵する戦力と成り得るのだ。
しかもバグア側がいうようにそのメイさえ「失敗作」だとすれば、アジフから完全な心理改造を施されたNDF(ネオ・デビルフォース)の強化人間達が、この先人類側にとってどれほどの脅威になるかは想像に難くない。
「来るべきカメル解放作戦の前段階として‥‥私は早急に依頼を出し、セルベルク基地もろともNDF計画を叩き潰すべきだと考えている」
「‥‥あの‥‥」
「何かね? いってみたまえ。君は正規軍の下士官だ。抗命は許されないが、準備段階の作戦に対し意見具申の権利は認められている」
「少しだけ‥‥時間をください‥‥」
カラカラに乾いた喉で、誠は辛うじて答えた。
「せめて‥‥今まで僕とカメルに潜入したみんなの意見も、聞いてやってください」
「よろしい。1日だけ猶予を与える。ただし、結論がでなかった場合は――予定通り空爆を実施することになるだろう」
●リプレイ本文
●L・H〜UPC本部内
(「あの子と同じ子を更に‥‥素晴しいわね。吐き気がする程度には素晴しい計画」)
廊下の窓から外を見つつ、水雲 紫(
gb0709)は手にした扇子をしきりに閉じたり開いたりしていた。
空いている片手には、前回他の傭兵達により実施されたカメル共和国・セルベルク基地潜入調査の報告書。
(「‥‥次に首を刎ねる標的が決まったわ」)
ぴしゃり。音を立てて扇子を閉じる。
「水雲さん? そろそろ始まりますけど」
会議室の扉が開き、中から出てきた高瀬・誠(gz0021)が声をかけた。
「あぁ時間ですか? では、参りましょう」
何事もなかったように紫は答え、誠と共に会議室へと向かった。
「その‥‥水雲さんも、やっぱり空爆に賛成なんですか?」
「やむを得ないでしょうね。この報告書が事実であれば」
「ですよね、やっぱり‥‥」
浮かない顔で呟く誠の横顔を、新たに作らせた【OR】狐面【影打】で素顔を隠した紫の目がちらっと見やる。
「誠さん。貴方のように真っ直ぐ優しい選択が考えられれば、どれ程気も楽だったでしょう」
「そんな‥‥僕なんか、ただ優柔不断なだけです‥‥」
「まぁ‥‥今更、でしょうか。詮無い事です」
会議室内では、既に本日の参加メンバーがテーブルを囲んでいた。
EAIS部長のエメリッヒ中佐。部下の誠。
――そして10名の傭兵達。
「難しい事を考える時には、糖分が良く効くそうなのです♪」
なぜかメイド服姿の御坂 美緒(
ga0466)が持ち込みの緑茶を一同に振る舞い、さらにお茶請けの菓子までテーブルに並べた。
この姿で「お帰りなさいませ、ご主人様♪」とでも挨拶すれば殆どメイド喫茶であるが、これも議題が議題だけに、少しでも場の雰囲気を和ませようという彼女なりの気配りだろう。
「さてと。まずは君らの選択から教えてもらおうか? ‥‥高瀬軍曹」
「は、はいっ」
席を立った誠がハガキ大のメモ用紙とボールペンを一人1組ずつ傭兵達に配っていく。
無記名投票。ただし「何か意見があれば備考として追記するのも可」という条件だ。
10分ほどの後、傭兵達が記入を終えたメモを誠が再び回収し、中佐の元に届ける。
中佐は10枚のメモにざっと目を通した。
「空爆に賛成の者が3名。生身での救出作戦を支持する者が7名か‥‥もっとも殆どの者が『条件付き』となっているな」
メモを卓上に置き、中佐が一同の顔を見回す。
「むろん単純に二者択一で決められるような問題でないことは承知している。私とて、ただアンケートを取るためにわざわざ依頼を出したわけではない。‥‥では、改めて諸君の忌憚ない意見を聞かせてもらおうか?」
「基地全体に空爆を行うといっても、NDF計画の関係者や資料データを本当に葬ったか確認をする事が出来ません」
最初に発言したのはリヒト・グラオベン(
ga2826)だった。
「何らかの備えをされていた場合は、その機に逃亡される恐れがあります」
「その可能性はあるな。しかしNDF計画の進行を一時的でも遅れさせられれば、我々にとって大きなメリットとなる」
「大義名分としては、それでUPC加盟国を納得させられるかもしれません。しかし、カメル国内の反バグア派やHFKの方々はどう思うでしょう?」
「‥‥」
「今回、犠牲にしようとしてるのは何の罪も無い‥‥国の未来の象徴とも言うべき子供達です。それを切り捨てる軍事行動は、彼等とUPCの間の信頼関係に深い亀裂を生じさせるのではないでしょうか?」
「空爆でNDF計画に一時歯止めをかけることには意義があると思います。ですが、もしバグア側が既に実験のデータや人員を他の基地に移していたら? 結局はカラの基地を爆撃する徒労に終わるだけではありませんか?」
と、櫻小路・なでしこ(
ga3607)。
「俺が救助作戦を選んだ理由は『助けられる可能性のある者は助けたい』それだけだ」
鷹見 仁(
ga0232)が腕組みしたまま、独り言のようにいう。
「それでもあえて理由が必要なら‥‥まだ改造されてない子供達を見捨てて爆撃するようなら、それをバグア側のプロパガンダに利用されかねない‥‥ってところかな」
「わたくしもそう思います。犠牲者が出ればもちろん、そうでなくとも爆撃跡に遺体を並べるなどして偽装され、敵の宣伝材料にされるのは間違いありません」
「リターンだけを考えると、空爆の方が今後の作戦行動に与える利点は大きいだろうと思うが、救出作戦で守れるのは『命』だ。軽視していいものではない」
冷静な口調の中にも強い意志を込め、レティ・クリムゾン(
ga8679)が進言する。
「大を取る為に小を切り捨てる必要があるのも理解できる。だが私は安易な選択で後悔したくはない。何が最良なのかを‥‥最後までよく考えてみたい」
最後に「無論、決まった方針には従う心算だ」と付け加え発言を終えた。
「助けられる人は、できるだけ助けたいですけど‥‥うぅ、難しい問題なのですよ〜」
救出作戦に投票したアイリス(
ga3942)だが、自ら前回の潜入調査に参加し、再潜入の困難さは充分予想できるだけに頭を抱えて悩んでいる。
「色々御託は並べましたが、結局、子供達を切り捨てられないってだけです。ヒューマニズムなんかに酔ってる場合ではないんでしょうけど」
新条 拓那(
ga1294)が救出作戦を支持する仲間達の心情を代弁するように答えた。
名目上とはいえ、中立国の基地へ攻撃することの政治的・外交的リスク。
地下シェルターの存在、あるいはデータ等の研究成果を移動させれば容易にNDF計画が続行できること――すなわち空爆の効果自体への疑問。
そして何より、被験者である子供達を巻き込むことに対する懸念。
各々視点の違いはあれど、これらは救出作戦支持派の代表的意見といえる。
「両者を比べれば空爆の方が安全で効率的だって事は理解してます。それでも、破壊前に何か出来るのではないでしょうか?」
「ふむ‥‥」
中佐は卓上で両手を組み、しばし考え込む。
その隣席では、ノートPCを広げた誠が書記役として傭兵達の発言を記録していた。
「空爆案を支持する者も3名いるが‥‥ここは少数派の意見も聞いておきたい」
「理由としては、作戦成功率のある程度の高さや今後の動向への影響が見込める点でしょうか」
そう発言したのは叢雲(
ga2494)だった。
「いかに表向き中立を主張しようと、親バグア政権が成立した時点でカメルとUPCは戦争状態に入っているのも同然です。この空爆を切っ掛けに本格的な交戦が始まるとしても‥‥将来的に同じことになるなら早い方がいいと思われます」
さらに叢雲は言葉を重ねる。
「再度の潜入も情報の収集などを考えると有意義だと思うのですが‥‥正直、『救出作戦』という観点で見るなら反対です。子供達が強化されていない保障はありません――いえ、事実何名かの子供は既に強化人間にされていました。そうでなくとも、洗脳や深層催眠でスリーピングテロリストなんてやられたら目も当てられません」
「私も叢雲さんの意見に賛成です」
紫がゆっくりと立ち上がった。
「現状単なる潜入作戦だと、施設破壊はともかく、重要人物及びデータを尽く逃す危険があります。また未だ無事の子供と、洗脳済みの子供の見分け方が不明ですね‥‥『安全と思って近付いたら刺されました』じゃ洒落にならないでしょう」
そこまで言ってから、救出作戦を支持する傭兵達の視線に気づいたのか。
「‥‥現状から判断した迄の事です」
狐面に隠された紫の顔から、その真意を読み取るのは難しい。
ただし彼女も無条件で空爆案を支持しているわけではなかった。むしろ内心では子供達を何とかしてやりたいという気持はある。
(「‥‥分かってはもらえないでしょうね。『あの子』への最後の対応と重ねている私の葛藤など」)
「その点についてはアイリスも同感なのですよ。洗脳されているかどうかなんて、見た目には判んないですし。保護した時点で一時拘束して、後で調べればいいですけど、拘束した子供を連れて逃げ切れるほど甘くないと思うですし、強化されているなら、拘束しても破りそうなのですよ」
「基地が計画の大元として『アタリ』かどうか。既にデータ、重要人物が移動していて、『囮化』されていないか‥‥これらの見極めのため、再度の偵察を試みるのならば賛成するに吝かではありませんが?」
紫が中佐に尋ねた。
「今のところ基地から子供達が連れ出されたり、ハリ・アジフと思しき人物が出て行ったという情報はない‥‥」
現在、セルベルク基地監視に当っているHFKからの情報を中佐は伝えた。
「俺は一応空爆に投票しましたが、実際には空爆と並行して救出作戦も同時に実行できればと考えています」
レールズ(
ga5293)が挙手して発言を求めた。
「具体的には‥‥正規軍が空爆準備を整えたうえで俺達傭兵が基地に潜入し、資料の入手と被検体の確保を行います。そして時間通りに航空部隊を投入し、混乱に乗じて潜入班は脱出という計画は可能でしょうか?」
「つまり正規軍との連携作戦ということかね?」
「はい。空爆を行うという事はUPCの関与を隠す意味もないですし。何より敵の追撃等も配慮したら、それなりの規模の部隊は用意してもらいたいです」
前回の調査では確認できなかったものの、基地の重要施設は堅固な地下シェルターに守られている可能性が高い。そのため、レールズはバンカーバスターやクラスター弾等も用いた大規模空爆で徹底的に殲滅を図る事を主張した。
「確かに、空爆を実施した時点でカメルとの本格開戦は避けられんだろう。UPCでも既に周辺諸国への根回しと、インドネシア領内への兵力移動を密かに始めている」
そこで中佐はやや苦い表情になり、
「とはいえ事はそう簡単ではない。ASEAN諸国もカリマンタン島の解放戦でだいぶ戦力を消耗したし‥‥開戦準備が整うのは早くても10月。だからこそ、その前にNDF計画だけでも妨害しておきたいのだ」
「あの‥‥ちょっといいですか?」
それまで黙々とキーボードを打っていた誠が、おずおず片手を挙げた。
「前に真弓とお花見に行った皆さんならご存じかと思いますけど‥‥強化人間はほんの些細な事故――たとえばガラスの破片で手を切りそうになった程度でも、本能的にFFを展開するようです。これを利用すれば、強化された子供とそうでない子供は判別できるんじゃないでしょうか? ‥‥あ、もちろん叢雲さんや水雲さんがいうとおり、洗脳されてるかどうかまでは判らないでしょうけど」
一同の視線が少年の顔に集まり、しばし会議室を沈黙が覆った。
「この辺で一息つきませんか? あまり根を詰めすぎるのも良くありませんし」
なでしこの提案で、会議は10分ほどの小休止。彼女は参加者のため、持参した緑茶や紅茶、珈琲などを淹れた。
「みなさん、お好みの飲み物を仰ってくださいね」
その間、美緒は煙草で一服する中佐の背後に回り、肩もみなどしてやっている。
「おじさまも軍の偉い人や現場との調整で大変なのですね♪」
「判るかね? まあ我々情報部門は実戦部隊に比べて、どうしても立場が弱いからな」
「爆撃という大雑把な方法では要人を倒すのは難しいですけど、潜入して直接なら、確率は上がるかも‥‥なのです」
「要人――アジフの事かね?」
「はい。あの博士はここで仕留めないと危ないと、乙女の勘が告げてるのです」
「なるほど。その手があったか‥‥」
一瞬中佐の目が鋭く光ったが、後は無言のまま煙草を燻らせるのだった。
再び会議が再開された時、中佐の口から傭兵達の希望通り空爆と救助作戦を並行して実施する事、また空爆には正規軍も協力する旨が告げられた。
叢雲は傭兵のKVサブシートに潜入要員を乗せた独自の空挺作戦を提案したが、「KVについてはUPC側で何とか都合をつける」というのが中佐の意向である。
「潜入して子供達を助け出すに当たって一番の難関は、彼らを連れての脱出だろうな」
作戦が実行された光景を想像しながら、仁がいう。
「脱出についてはHFKの協力が必要となるだろうが‥‥これは司令官ディアゴの回答が来るまで何ともいえん」
現在首都の病院からセルベルクへ送られた子供の人数は32名。そのうち少なくとも4名が強化人間に改造されている。
「まだ病院に居る子供たちは、助けられないでしょうか?」
「その後の調査によれば、例の小児病棟は突然開放されて‥‥今ではごく普通の病院に戻っているそうだ」
アイリスの質問に中佐が答えた。
「結局、我々の動きは読まれていたわけだが‥‥当面の犠牲者が増えるのを止めたという意味では、怪我の功名というべきかな」
それでも子供の数は(無事ならば)28名。基地から連れ出すのは相当の負担だ。
輸送方法について拓那はリッジウェイを、リヒトはサイレントキラーの使用をそれぞれ提案した。
「いや。リッジウェイはさすがに潜水艦では運べないし、サイレントキラーでは大人数の運搬に向かんな」
中佐はわずかに思案し、
「エピメーテウス‥‥あの人質戦艦対策にも使われた輸送ヘリなら、何とかなりそうだ」
同機の積載人数は最大24名。傭兵達を含めても2機あれば充分足りるという。
今回傭兵達から寄せられた作戦案を叩き台に、正規軍KV部隊、そしてエピメーテウスの投入を前提とした空陸同時の強襲作戦――それが中佐の示した新たな作戦概要だった。
「‥‥しかし基地にはヨリシロのハリ・アジフを始め、NDFの強化人間達が待ちかまえている。正規軍の支援を加えたとしても、至難の作戦になる事は間違いない。覚悟は出来ているかね?」
「難しい話なのは分かるけれど、価値は十分にあるのではないだろうか」
中佐の問いかけに、一同を代表するかの様にレティが答えた。
「何れにせよ広報部の腕が問われますね。バグアはUPCが中立国に工作部隊を投入したとか、民間人や子供が居る施設を空爆したとか宣伝するはずですから」
レールズの懸念に対しては、逆に中佐が苦笑いを浮かべた。
「そちらの方は任せたまえ。プロパガンダにかけては、それこそ我々情報部の領分だからな」
「今日はどうもありがとうございました。作戦の実行時には僕もご一緒しますので‥‥そのときは、またよろしくお願いします」
会議を終え、部屋から退出していく傭兵達に誠が頭を下げた。
それからおよそ一週間後――EAISエージェントを通し、HFK司令官ディアゴ・カイロスから短いメッセージが届けられた。
『人民と正義の名の下、我々HFKはUPCの計画を全面的に支持し、かつこれを支援する』
(続く)