タイトル:【KM】蘇る悪夢マスター:対馬正治

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/20 17:48

●オープニング本文


●カメル共和国〜駐留バグア軍基地
 ゴシック調の装飾が施された広い部屋の中央にグランドピアノが据えられ、黒いドレスをまとった少女の指先が滑らかに鍵盤の上を走る。
「ほう‥‥その歳にしては巧いものだな」
 少し離れた椅子に腰を下ろし、シモン(gz0121)はゆっくりとワイングラスを傾けた。
「ありがとうございます。幼稚園の頃からママに教わって‥‥もうバイエルなんかとうに卒業してますから」
「――といっても私はバグアだからな。ヨリシロの記憶を参照してるだけで‥‥正直、人類が音楽というものを楽しむ感覚が、いまひとつ判らん」
「そうですか‥‥」
 得意満面でピアノを奏でていた結麻・メイ(gz0120)は、シュンとなって演奏を止めた。
「それはともかく、明日からカメルを離れる。ひと月ほど留守にするかもしれん」
「‥‥北米ですか?」
 UPC北中央軍が主体となって再度の大規模作戦を発令。世界各地のUPC軍が北米の五大湖方面に集結しつつあるという情報は、既にここカメル基地にも届いている。
「一度は失敗した五大湖解放‥‥奴らは性懲りもなく繰り返すつもりでしょうか?」
「さてな」

 極東ロシアの戦闘では退却を余儀なくされたものの、統治官ジャッキー・ウォンが采配を振るい出して以来、アジア地域における戦況はバグア側有利に運んでいた。
 もはや陥落寸前の北京。事実上の競合地域と化した北インド。日本においても、春日司令ダム・ダル(gz0119)率いる福岡バグア軍は、九州の北半分を占領する勢いで破竹の進撃を続けている。
 そんな中、人類軍がなぜいま再び五大湖解放など企てたのか、シモンにはどうも腑に落ちない。ただ『博士』からの要請もあるし、何より配下の軍団の一部――ことに遙々ウランバートルから連れ帰った本星組がうるさいのだ。
 曰く『バークレー閣下の仇を討たせてくれ!』と。
 いわゆる「急進派」残党である彼らの目から見ると、他のバグア占領地域に比べて緩やかな――要は傀儡の親バグア政権に丸投げしてあるだけだが――シモンのカメル統治は「手ぬるい」と映るらしい。

「‥‥まあ連中にガス抜きさせる必要もある。我々も出兵しないわけにいくまい」
「ぜひあたしもお供を――」
「いや。おまえはカメルに残ってセルベルク基地周辺の警備にあたれ」
「セルベルク? 以前にカメル軍基地のあった場所ですか?」
「そうだ。いまは我が軍が接収して使わせて貰ってるがな」
「でもあんな辺鄙な基地‥‥密林ゲリラへの対策なら、せいぜい対人キメラでも放っておけば済むことでは?」
「今まではな。だが近頃、ゲリラどもも国外からの支援を受け始めたようだ」
「‥‥UPC、ですか‥‥」
 メイはわずかに思案してから、おずおずとシモンに尋ねた。
「その‥‥あの基地には何があるのですか? わざわざUPCが目を付けるほどの施設とは‥‥」
「今知る必要はない。いずれ時が来れば、自ずと判ることだ」
「申し訳ございません‥‥出過ぎた質問でした」
「それより、もう1曲弾いてくれないか? 音楽というのはまだよく理解できんが‥‥おまえがピアノを弾いてる姿は、見ていて興味深い」
「あ、はい――」
(「北米か‥‥きっとあいつらも行くんでしょうね」)
 工作員としての活動を通して知り合った何人かの人類側傭兵の顔を思い浮かべる。
 留守番役に甘んじる残念さと、反面どこか安堵が入り交じったような複雑な心境で、メイは細い指を鍵盤に当て演奏を再開した。

●カメル共和国〜セルベルク基地
「どーゆーことよ!?」
 配下の洗脳兵、それに中型キメラを引き連れ基地に入ろうとしたメイを、なぜか「友軍」である基地側の警備部隊が押し留めた。
「あたしはシモン様のご命令でこの基地の警備に来たのよ? さっさと中に入れなさいってば!」
「君が受けた命令は『基地周辺の警備』だろう?」
 基地側兵士の背後から、青い詰め襟服に身を包む14、5の白人少年が進み出た。
「誰よ、あんた?」
「僕はマルコ。基地内の警備は、全てシモン閣下から委任されてる‥‥この僕がね」
「‥‥」
 メイの頭の両側に垂れ下がった赤いリボンの先端が、触手のごとく跳ね上がる。
 鋭利な刃物と化して伸びたリボンナイフの切っ先は宙を掠め、次の瞬間間合いに踏み込んできたマルコとメイは、互いの鼻先に光線銃の銃口を突きつけ合っていた。
(「こいつも強化人間‥‥?」)
「というわけで、君らはその辺を適当に見回っててよ? 妙な野良犬が基地に近寄らないように、ね」
「――判ったわよ! ならお言葉に甘えて『適当に』やらせて貰うわ!」
 憤然として踵を返し、配下の兵に命じて装甲車へと引き返すメイ。
 車内に乗り込む直前、もう一度基地の方へ振り返った。
 冷ややかな薄笑いを浮かべて見送るマルコ。その遙か後方に、少年と同じ制服姿の子供――白人もいれば褐色肌のカメル人もいる――が3人、こちらを見つめている。
 そしてその傍らに立つ、白衣姿の初老男性。
(「‥‥ハリ・アジフ!?」)

●ラスト・ホープ〜EAIS(UPC東アジア軍情報部)オフィス
「ハリ・アジフ。男性、58歳。カメルきっての臨床心理学者。そして‥‥あの『DF計画』において結麻・メイへの『心理改造実験』を担当した関係者です」
 PCのモニターに映し出された老人の顔写真を見つめ、EAIS部長・エメリッヒ中佐は部下の説明にじっと聞き入っていた。
「バグア軍によるカメル占領後、その消息は全く不明でしたが――」
「そのアジフが、首都の病院から夜な夜な子供達を連れ出していた張本人‥‥というわけか」
 先日、カメルの首都ザンパから戻った傭兵達の報告書を卓上に置き、エメリッヒはため息をついた。
「はっきりしたな。奴らの目的は『DF計画』の再現だ。いや、バグア側の技術と融合させた新計画と見るべきだろうが」
「しかし、彼がそう簡単にバグアに与するでしょうか? 最後に面会した傭兵の証言では、随分と自らの罪を悔いていたとのことですが」
「従わせる方法などいくらでもある。脅迫、拷問、洗脳‥‥いや一番手っ取り早いのは、そのままヨリシロにすることか?」
「その後、調査を引き継いだHFK(カメル人類戦線)からの情報によれば、子供達は首都から遠く離れたカメル国内のセルベルク基地に移送されている様です」
「元は密林ゲリラ監視のため使われていた旧カメル陸軍基地か‥‥今度ばかりは、偽造パスポートでのんびり入国、というわけにもいかんだろうな」
 しかし人類側の大規模作戦準備に対抗するかの如く、カメルからもステアーを含む大規模なワーム部隊が北米に移動した事が確認されている。
「今なら敵の守りも手薄になっているはずだ。UPC海軍に潜水艦の手配を‥‥それと、ザンパにいる高瀬・誠(gz0021)軍曹にも連絡を取ってくれ」

●参加者一覧

鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
御坂 美緒(ga0466
17歳・♀・ER
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
アイリス(ga3942
18歳・♀・JG
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

●カメル共和国〜密林地帯
「またこんな所で悪巧みか。どこまでも搦め手の好きな野郎だね。あいつも」
 旧カメル陸軍基地、そして現在はバグア軍によって管理されるセルベルク基地を双眼鏡で観察しながら、新条 拓那(ga1294)は毒づいた。
 もっとも彼のいう「あいつ」――カメル駐留バグア軍司令官・シモン(gz0121)は現在配下の軍団を率いて北米方面へ遠征中である。その意味では、現在のカメル国内におけるバグア軍勢力は比較的「手薄」といってよいだろう。
 いま拓那がいるのはちょうど基地を見渡せる高台の上だが、周囲を樹木に覆われてるため、基地側から気づかれずに偵察するにはもってこいの場所である。
 セルベルク自体はさほど大きな基地ではない。広さは日本の小中学校の敷地くらい。コンクリート壁の類はなく、その代り周囲を鉄骨と有刺鉄線を組み合わせたバリケードで囲っている。
 その内側には監視用の高い塔、土嚢を積み上げた機関銃座、古びた木造の倉庫や兵舎らしき建物等が立ち並んでいる。元は密林ゲリラ監視用に使われていたと聞くが、こうしてみると本格的な「軍事基地」というよりは「野戦陣地」といった表現が似合うように思えた。
 しかし拓那が引っ掛かったのは、そんな基地の敷地内に立つコンクリート2階建ての白いビル。大きさは中規模の病院といったところか。
「あの建物だけ、妙に真新しい‥‥気になるな」
 できればもう少し近づいて詳しい様子を探りたい所だが、あいにくこちらから密林を出れば敵の監視塔からすぐ発見されてしまうだろう。
 それだけではない。密林から基地まではおよそ5百mほどのなだらかな斜面となっているが、その間を定期的にカメル人らしき歩兵、そして5、6匹で群れをなした狼型キメラが入れ替わり立ち替わりで巡回警備していた。
「どうです? 何か変わった動きは」
 背後からかけられた声に振り返ると、そこに迷彩服で身を固めた叢雲(ga2494)が姿勢を低くして慎重に近づく姿があった。
「相変わらずだね。野戦陣地には不似合いな研究所風のビル。おまけにキメラや親バグア兵の護衛付きときた。怪しさ満点だよ」
「‥‥先日の子供の行き先がここ、ですか」
 叢雲は拓那から借りた双眼鏡で、自らも眼下のセルベルク基地とその周囲を見渡した。
 彼らが前回の首都ザンパに潜入した後、引き続き同市に残ったEAIS(東アジア軍情報部)の高瀬・誠(gz0021)軍曹、そしてHFKメンバーの調査により、少なくとも30名以上の子供が首都の国営病院からあの基地へ移送されたことが確認されている。

 連れ去られた子供達にはある「共通点」があった。
 いずれもキメラ災害、あるいは同じ人間の犯罪により家族を喪い、そのため心に深い傷を負った子供ばかり。そのことは、拓那達と同じ調査依頼に参加し、自ら清掃員として病棟内に踏み込んだ女性傭兵の証言が裏付けている。

(「ハリ・アジフ‥‥また同じ過ちを繰り返すつもりか? 俺達の前で見せたあの後悔の姿は演技だったのか? それとも、もう‥‥」)
「いずれにせよ、内部に潜入してみなければこれ以上詳しい情報は得られそうもありませんね‥‥」
 双眼鏡から目を離した叢雲が、空を見上げた。
「だいぶ日が高くなってきました。一度キャンプに引揚げましょう。そろそろ、『本番』の潜入プランを詰める必要もありますし」
 日中陽射しが強くなると、その分双眼鏡のレンズが反射したりして基地側の監視塔から発見されるリスクが高くなる。
 拓那も腰を上げ、叢雲と共に密林の奥へと引き返していった。

 傭兵達がUPC海軍の潜水艦でカメルに潜入し、既に2日が過ぎようとしていた。

 カメル国内での協力者であるHFKのメンバーは予め上陸地点で出迎えてくれた。HFKとの接触にはいわゆる「割り符」など幾つかの手順が決められているが、今回は事前に首都から脱出し彼らと合流していたEAISの誠が仲介役となるため、その必要はない。
 また10名ほどの小隊を率いるHFKの指揮官は、過去依頼で叢雲、アイリス(ga3942)、イレーネ・V・ノイエ(ga4317)、レールズ(ga5293)らと面識のあるゲリラ兵だった。
 その場にはいないが、HFK司令官であるディアゴ・カイロスによる配慮だろう。
「お久しぶりです。最近の情勢はどうです?」
「UPCからの物資援助で前より楽にはなったがな。しかしバグアの連中も最近、こちらの動きを嗅ぎつけたらしい」
 レールズと握手を交わす指揮官の話によれば、まだバグア軍自体がゲリラ狩りに乗り出すほどではないが、最近になって密林地帯に新たな対人キメラ群が放たれたという。
 これに対し、ディアゴ率いるHFKも密林の奥地に複数設営したアジトを常に移動し続けることで辛うじてキメラの追跡を逃れているのが現状だ。
「今北米で大きな作戦が展開中です。UPCもなかなか支援できないかもしれませんが、我々はあなた方を見捨てません。頑張ってください」
「ああ、そう願いたいね。本当なら、能力者の傭兵も派遣して欲しい所なんだが‥‥」
 そこまでいって、指揮官が言葉を濁す。カメル国内にエミタ保守可能な施設が存在しない事が、能力者を長期間滞在させる障害となっている事情を承知しているのだろう。
 カメルに潜入してそろそろひと月近い誠も、今回の作戦が終了しだい潜水艦でひとまずL・Hへ帰還することになっていた。

 そして2日目――。密林の奥に設営されたベースキャンプに戻った拓那と叢雲を、他の傭兵仲間や誠、そしてHFKメンバーが待っていた。
 最初の2日を費やし、能力者達はHFKと協力してセルベルク基地周辺の地勢や警備体制について綿密な下見を行っていた。
 迎えの潜水艦が海岸に接近するのは明日の夜。つまり基地へ潜入して直に調査するタイムリミットが迫っているのだ。
「えと、認識に齟齬が無い様に、確認しておくですよ」
 全員が揃ったところで、アイリスが一同の顔を見回していった。
 基地潜入の決行は明日未明。敵の警備兵が(人間ならば)もっとも警戒の薄まる時間帯である。戦闘は極力避けたいところだが、今回ばかりはそうも行かないだろう。
「とりあえず、これが奴らに占領される前の基地の見取り図です」
 元カメル軍士官、現在はHFKの一員である男がバグア占領前の記憶に基づき書き起こした図面を広げた。
「もっともこれは自分があそこに配属されていた頃のもので、奴らに中を作り替えられている可能性もありますが」
「それでも、時間的に見てきっと大きく変わってはいないですよ」
 御坂 美緒(ga0466)は、この2日間で外から観察した印象と比較しつつ図面を覗き込んだ。
 彼女の言葉通り、外から見た限り基地内の兵力が大幅に増強された形跡はない。外部からの増援といえば、周囲を警備するカメル人兵士とキメラ群くらいのものだ。
「とはいえ、もし中にヨリシロか強化人間が1人でもいれば‥‥なまじの洗脳兵百人よりよほど厄介だな」
 レティ・クリムゾン(ga8679)が極東ロシア戦線での戦いを回想しながら呟く。
「問題は‥‥この白いビルだな」
 拓那が図面の一角を指さした。以前は基地司令部として使われていた建物ということだが、妙に真新しくリフォームされているところからみて、バグア側により改装された可能性が高い。
 そしてこのビルの中に、おそらくあの男――ハリ・アジフもいる。
「DF計画の再現‥‥だと? 気に喰わん、非常に気に喰わんことになっているようだな」
 吐き捨てるようにイレーネがいった。
 旧カメル軍内部で行われた違法プロジェクト「DF計画」は、元々は千人に1人という希少な能力者を確保するため囚人や人身売買組織から買い取った「適性者」を強制的にエミタ移植で能力者兵に改造するという、いわばその場凌ぎの必要に迫られて始まったものだった。
 しかしある時点から計画の方針が大幅に変更され、反抗的な大人の犯罪者より、むしろ従順な子供の「適性者」を心理改造し、命令を与えれば殺人も厭わない「完璧な兵士」を造り出そうというさらに非人道的なプロジェクトへ変貌していく。
 そこで重要な役割を担ったのがカメル有数の心理学者であるハリ・アジフ。そして第1号被験体がDF−05「サロメ」――すなわち結麻・メイ(gz0120)。
 カメルを占領し「DF計画」のデータを入手したシモンがこれを利用しない手はないだろう。皮肉なことに、ヨリシロ化される前の彼自身がDF計画で能力者にされた1人でもあるのだから。
 加えていえば、バグア側には一般人でも強化人間に改造する技術があるため、もはや新たな被験体が「エミタ適性者」である必要はない。
「とりあえず今判明している事実はこれくらいですね。今回、アジフが自らバグアに与したのか、強制されてやむなく協力しているかは判りませんが‥‥」
 バグア軍による占領以前、カメルを訪れアジフと面会した1人であるリヒト・グラオベン(ga2826)が一同に説明した。
「子供に酷い事をしてるなら、アイリスは許せないのですよ」
「全くだ。カメルという国、バグアにしてはうまく統治しているようだが‥‥裏で泣いている人間は必ずいる」
 憤るアイリスの言葉に、レティも同意する。
 バグア占領地にしては珍しく、カメル国内においてバグア軍による民間人へのあからさまな虐待が行われている様子はない。だからといってヨリシロのシモンが「人類に好意的」と考えるのは早計だ。
「それにしても――あの基地で、いったい何が行われている?」
「以前、シモンはメイを手先に使い、九州のK村である『実験』を行いました‥‥」
 リヒトはあの「山の分校」依頼を思い返していた。
「目先の安全を約束することで、人間から抵抗の意志そのものを奪い取る‥‥その裏で、子供達に反バグアの洗脳教育を植え付けようと目論んでいたのです」
 そしていま、1国を手中に収めたシモンはハリ・アジフを抱き込み新たな「実験」を開始している。たとえ命や生活を保証されたとしても、檻の中のモルモット同然の「平和」にいかほどの価値があるというのか?
「メイ様も‥‥あの基地にいらっしゃるのでしょうか?」
「さーてね。シモンの奴にくっついて、北米の方に行っててくれりゃ助かるけど」
 不安げにいう櫻小路・なでしこ(ga3607)に対し、拓那は肩をすくめた。
 今回のメンバーのうち何人かはメイに顔を知られている。後々厄介なことにならないように、各々髪型を変えたり、フェイスマスクで顔を隠すなど予防策を取ってはいるが。
「アジフは‥‥まだ『人間』なのかな?」
 地面に腰を下ろし、基地の図面を眺めていた鷹見 仁(ga0232)がふと呟いた。
「もし強制されてやっていることなら、何とか救出してやりたい」
 今回の依頼では、そこまで求められていない。目的はあくまで基地の内情を探ることだ。
 だがアジフもバグア版「DF計画」に関わっている以上、強化人間に関する技術を習得している可能性はある。
(「もし、もし、もし‥‥だ。僅かでもその可能性があるなら、見過ごせない‥‥見過ごしたくない」)
「気持は判るが、くれぐれも無茶はするなよ? 仮にアジフがヨリシロにされていたら、我々にとって最大の敵になる」
「‥‥ああ。判ってるさ」
 レティの忠告に軽く頷く仁。
 その横顔を見ながら、リヒトは思った。彼もまた、自分と同じ「目的」を心に秘めているのではないか――と。
 それから顔を上げ、ゲリラ達に混じったまだ中学生のような少年に視線を向ける。
「今回、誠はHFKと共に俺達のサポートをお願いします」
「判りました。皆さんの撤退路は、僕とHFKの人たちで必ず‥‥」
 UPC本部に預けていた「月詠」その他の装備をリヒトから受け取りながら、誠は改めて表情を引き締めた。
「そういえば、情報部の人からカメラをお借りしたのです♪ 誠さん、使い方教えて貰えますか?」
 出発前に調査用のカメラ貸与を申請したところ、ULTではなくEAISの情報士官が現れ直接渡されたカメラを取り出し、美緒が尋ねた。
「ああ、これ‥‥情報部専用の特殊カメラですね」
 それは一見市販用の使い捨てカメラに似せているが、赤外線使用の高性能デジタルカメラだった。これ1台で数百枚の画像が撮影できるという。
「オートフォーカスですから、普通のカメラと同じに撮影できますよ。ただし中のメモリーカードを取り出すには、EAISの士官以上でないと知らない特殊な手順があるんです。無理に開けると全てのデータが電磁的に消去されてしまうので、注意して扱ってくださいね」
 これは敵にカメラを奪われた時の用心だろう。
 また何か物証になりそうな品を回収するため、布製のバッグも貸与されていた。
 潜入経路については元カメル軍人メンバーからの情報により、外部から潜入可能な下水道の位置が判明している。
 基地への潜入にあたり、傭兵達は部隊を3班編制に分けて行動することを決めた。

A班(周辺陽動):なでしこ、アイリス、誠(HFKとの連携も含む)
B班(基地内陽動):レールズ、レティ
C班(基地内調査):リヒト、拓那、叢雲、イレーネ、美緒、仁

「いざというときは、これを‥‥」
 リヒトが自分の閃光手榴弾を1個、なでしこに手渡す。
 その傍らで、イレーネは過去の依頼で傭兵仲間から伝授された「ペットボトルその他の日用品」を材料とする簡易サプレッサーを作成していた。
 底に穴を開けたボトルを2つ割りにし、さらにスチールウール、アルミ箔、ダンボール紙などをサンドイッチ状に詰め込み、再び閉じる。ただしあくまで間に合わせの品なので、使用できるのは精々十発程度となるが。

●未明の襲撃
「それでは皆さん、ご無理をなさらない様、ご自愛ください」
 3日目の朝4時。周辺陽動のためアイリスと共に出発するなでしこが、誠とHFKのメンバーに挨拶した。
「はい。なでしこさん達も、くれぐれも気を付けて‥‥」
 旧式の武器しか持たないHFKではまずバグア軍に歯が立たない。彼らの役割は誠と共に密林で待機し、任務を果たした傭兵達の退路を確保することだ。
 まずはA班の2人が先行、基地の周辺で騒ぎを起こし警備の目を引きつける。
 その間、B・C班が下水道から基地内へ侵入。内部での陽動・調査に分かれ行動する計画だ。
「えと、逃げる時はこっちで、万が一の時はここに隠れて‥‥」
 具体的な撤退ルートをHFKメンバーと打ち合わせしつつ、アイリスは早くも頭を抱えている。
「あう〜、迷子になりそうですよ〜」
「‥‥例の医者が関与してる基地であれば、強化人間についての情報があるかもしれません。そちらは俺が当たってみます」
 リヒトの言葉に、一瞬何か言いたげな表情になる仁。だが結局口は開かない。
「基地内で活動できるのはせいぜい60分が限度‥‥この時間を過ぎたら、調査の収穫がどうあれ全員脱出します」
 レールズが改めて確認し、一同は各々時計の時刻を合わせる。さらに声を出さず互いに意思疎通するためハンドサインも申し合わせた。

 先行して出発したなでしこ、アイリスの前に、未明の薄闇の向こうから狼型のキメラが数頭襲いかかってきた。
 すかさずアラスカ454を構えるなでしこ。スキル併用で発射された貫通弾がキメラの頭部を正確に撃ち抜く。
 アイリスもまた小銃シエルクラインの弾幕を張り、キメラどもを怯ませる。
 銃声を聞きつけたのか、監視塔の方から探照灯の光が投げかけられ、警告のサイレンが響き渡った。
 最後のキメラにとどめを刺した頃、今度は人間の兵士を乗せた四輪駆動の軍用車がヘッドライトを光らせ走ってきた。10mほど手前で停車し、武装した兵士達がバラバラと飛び降りてくる。
 アイリスは閃光手榴弾の安全ピンを抜き、射撃体勢を取る兵士達に投擲した。
 凄まじい閃光と爆音。一瞬目や耳を押さえて戦闘不能に陥る親バグア兵の小隊めがけ、2人の能力者は疾風の如く駆け寄るや、立ちふさがる者は銃床で殴り倒し、運転席にいた兵士を力任せに摘み出して首尾良く車両ごと乗っ取った。
「ちょうどいい足が手に入ったですよ!」
 アイリスがハンドルを握り、なでしこは身を伏せて追いすがる洗脳兵からの銃撃をよけつつ、もう1発の閃光手榴弾を投げつける。
 2人を乗せた軍用車はエンジンを唸らせ走り出し、潜入班のルート上から引き離す形で敵兵やキメラを誘い出した。


「侵入者ですって?」
 指揮通信車の中で、メイは配下の兵に問い質した。
「はっ。先程、巡回中のウルフキメラ3匹が倒され‥‥その後高機動車1両を奪い、基地周辺を逃走中です」
「キメラを返り討ちに? ‥‥ただのゲリラじゃないわね」
「如何致します? 基地の方へ増援を――」
「必要ないわ」
 あっさりいうと、メイはすまし顔で座席に腰を下ろした。
「連絡だけしときゃ充分よ。中の警備はあのマルコってガキが仕切ってるんでしょ? なら、お手並み拝見といこうじゃない」

●セルベルク基地内
 A班の陽動攻撃に紛れ、潜入担当のB・C両班は巧みに基地への接近を図っていた。
 基地の監視システムや地雷源の位置などについては、既にHFKよりレクチャーを受け頭に叩き込んである。不安があるとすればバグア側による新たなトラップだが、敵側も能力者による襲撃までは想定していなかったらしく、幸い妨害を受けることもな下水道のマンホールまでたどり着くことができた。
 基地を挟んだ反対側から、A班と基地警備兵が争う銃声が盛んに聞こえる。
「60分間‥‥何とか凌いでくださいよ」
 祈るような気持でレールズは呟き、仁と協力して重いマンホールの鉄蓋を開いた。

 下水道の中には見張り代わりのスライム型キメラが配置されていたが、小型で数も少なかったためさほど苦労せず退治することができた。
 これもHFKからの情報を頼りに地下水路を移動、5分とかけずに基地の真下へと到着。マンホールの蓋を下から僅かに持ち上げると、ちょうど兵舎の裏手付近の地面が目に入る。幸い兵士達は非常事態に出払っているのか、周囲に人気はなさそうだった。
「やれやれ。傭兵でくいっぱぐれても、これなら泥棒でも食ってけそうかな」
 苦笑いしつつ拓那が、そして他の傭兵達も相次いで地上に上がった。
 問題はこの先。限られた時間で基地の何処を捜索するか?
「研究施設、武器庫、管制室、倉庫や兵舎‥‥全部を調べるのは難しいですね」
 基地の見取り図を思い起こしつつ、叢雲が呟く。
「俺達はとりあえず発電設備を破壊します」
「ああ。警備の連中を思いきり引っかき回してやろう」
 陽動班のレールズとレティが告げ、素早く走り去る。
「自分達はまず警備室の制圧だな。基地の警備システムを麻痺させてから、各所の調査だ」
 イレーネが拓那、その他調査班メンバーに提案した。
 警備室の場所は、大きな変更がなければ元司令部として使われていた例の「白いビル」だ。
「そうしよう。何かの研究施設があるとすれば、あのビル以外考えられないしね」

 ビルへ向かう途中、何名かの洗脳兵に誰何されたが、グラップラーの拓那やリヒトが素早い動きで接近し、発砲を許さず昏倒させた。
 また遠方から射撃してくる敵兵に対しては、イレーネの番天印、叢雲のドローム製SMGで足を撃ち抜き無力化する。その間、美緒はカメラを片手に基地内の写真をあちこち撮りまくっていた。
 ビルの入り口までたどり着いたとき、ふっと建物の明りが消えた。
「レールズ達がうまくやってくれたようだな」
 そのままビル内に侵入、見取り図にあった警備室の方向へと進んでいくと――。
 廊下の向こうから、ポツンと灯る橙色の明りが近づいてくる。
「ほら、僕のいった通りだろう? 彼らがここに来たってことは、やっぱりサロメはしくじったのさ」
「まああの子は『失敗作』だものね。本来なら処分されてもおかしくない所を、シモン様のお情けで使って貰ってるようなものだし」
 まるで世間話のように言葉を交わしているのは、青い詰め襟服を着込んだ白人少年と、同じく青いドレスをまとったカメル人の少女。どちらも年の頃は13、4といった所か。
 橙色の明りは、少女が手にしたカンテラだった。
(「あいつ、あの時アジフと一緒にいた‥‥!」)
 拓那は思わず声を上げそうになったが、とりあえず無言のまま仲間達に警告のハンドサインを送った。
 他の傭兵達も戸惑いながら少年と少女を見守る。
 当初の予定では、施設に連行された子供達との接触は避ける方針だった。彼らが「要救助者」なのか、それとも既に肉体改造された「敵」なのか、現段階では判断できないからだ。
「これは失敬、ご挨拶が遅れまして‥‥僕はマルコ。こちらはルカ。どうぞお見知りおきを」
 先に話しかけてきた少年が、芝居がかった仕草で恭しく一礼した。
「あなた方は、ここで何をなさってるんです? 子供がいるような場所ではないはずですが」
 極力穏やかな口調で問い質す叢雲。ただしSMGのトリガーにかけた指は離さない。
「ええ、アジフ先生の言いつけで皆さんをお待ちしてました。――先生が、お部屋で皆さんにお会いしたいとのことです」

●新生・悪魔の部隊
 マルコとルカに案内された先は建物の2階、見取り図でいえばちょうど基地司令のオフィスにあたる部屋だった。野戦基地にしては立派な木製の扉を開くと、中は壁際にズラリと本棚が並べられ、「書斎」と呼びたくなるような雰囲気である。
「ようこそ。首都の病院を嗅ぎ回っている者がいるという情報を聞いてから、そろそろ『お客』が来る頃だと思っていたよ」
 PCの置かれた事務用デスクの向こうから、白衣姿の初老男性が声をかけてきた。
(「ハリ・アジフ‥‥!」)
 リヒトは瞬天足を使い有無を言わさず取り押さえる――つもりだったが、目の前に立つマルコ達が邪魔でスキルが発動できない。この2人はさりげなく、しかし意図的にアジフへの射線を塞ぐ位置に立っているようだ。
 アジフの視線がリヒトや拓那に向けられた。
「おや? これはこれは、お久しぶり。いや‥‥やはり『始めまして』というべきかな?」
 その一言に、傭兵達は衝撃を覚えた。
「あんた‥‥ヨリシロかよ? 本当のアジフに何をした?」
 拓那が鋭い口調で問い質す。
「お察しの通り。シモン様は『DF計画』再開のためアジフをバグア基地に連行したが、彼は隠し持っていた毒を飲んで自決してしまった‥‥いやはや、地球人の心理と図りがたいものだね」
 アジフの姿をしたバグアは悪びれもせず肩をすくめた。
「――だから私がこの『器』を頂いた。君らはバグアといえば、兵士やワームパイロットのイメージしか持たないようだが‥‥私の場合そちらの世界でいう心理学の専門でね。つまり同じ心理学者であるハリ・アジフの体は、実に都合のいいヨリシロだったというわけさ」
「それで、俺達に何の用だ?」
「なに、簡単な質問だ。諸君の中で、ジョージ・バークレーの最期に立ち会った者はいるかね?」
 傭兵達は顔を見合わせた。確かにこの中の何名かは、極東ロシア戦線における最後の決戦、バークレー討伐に参加している。
「そこで聞きたいのだが‥‥彼の最期はどうだったかね?」
「ブザマなものだったぞ。司令官の威厳などカケラもなかった」
 一同を代表するように、仁が答えた。
 彼の胸には深い失望がある。仮にアジフがまだ「人間」であれば、何としても聞き出したい事があったからだ。
「自らが『猿』と蔑む地球人に追い詰められ‥‥惨めに死んでいったよ。恐怖を剥きだしにしてな」
「やはり、そうか‥‥素晴らしい! これで私の仮説は証明された!」
 アジフは怒るどころか手を打って歓声を上げた。
「いや、誤解せんでくれ。私とて同胞として彼の死を悼むに吝かでないよ? ただ知りたかったのだよ。我々バグアでも、やはり『死の恐怖』を覚えるかどうかをね」
「‥‥?」
 拓那は眉をひそめた。かなり以前、別の人物から同じ「疑問」を耳にした憶えがあるからだ。
「あんた達バグアは不老不死なのか?」
「君ら地球人の時間感覚でいえばそうなるな。ただし決して不死身ではない。絶えず戦争を続けていれば、バークレーの様に命を落す者もいる。多くのバグアは認めたがらないが‥‥我々にも無意識に抱えた『死の恐怖』は存在するのだよ。むしろ長命であるが故に、その感情は君らより遙かに深刻かもしれん」
「当然だろう? 死の恐怖とは、いわば生存本能の裏返しだ」
 イレーネがいった。
「生存本能を欠いた生物がまともに生きていけるはずがなかろう」
「だが‥‥その本能を維持したうえで、なおかつ『死の恐怖』を自ら制御できることが可能だとしたら?」
 人差し指を立て、アジフはニタリと笑う。
「それがあの『DF計画』が目指したもの‥‥まさに完璧な兵士だ。カメル軍の貧弱な施設では中途半端な心理改造しかできなかったが、我がバグアの洗脳技術と融合させれば、今度こそ――」
「貴方は強化人間の改造も手がけているのですか? 例えばその延命法とか」
 老人の話を遮ったのはリヒトだった。
「なぜそんな事を知りたがる?」
「強化人間といえども人間です。もし彼らを捕虜にした場合、やはり人道的に扱う必要がありますから」
 努めて平静を装い取り繕うリヒト。むろん強化人間を保護する法律など存在しないが、ここで真弓の生存をバグア側に悟られては一大事だ。
 そして仁と目配せしあう。
 ――やはり、2人ともこの事を知りたかったのかと。
「知らんね。さっきもいったように私の専門は心理学だ。強化人間の改造やメンテは、また別のセクションの仕事さ」
 にべもなく答えると、アジフは基地司令の椅子に深々と背を預けた。
「さて、私の要件はここまでだ。‥‥とはいえ折角こんな所まで尋ねてきてくれたわけだし‥‥ついでにもう1つだけ付き合って貰おうか?」
 マルコとルカが、微笑みを湛えたまま一歩前に進み出た。いつしかその手にはサーベル状の剣が握られている。
「私の可愛い子供達‥‥ネオ・デビルフォース。NDF−01、02の実戦訓練にね」
 その言葉が終わらぬうち、少年と少女は剣を抜き一瞬で間合いを詰めてきた。
 拓那とリヒトが咄嗟に斬撃を受け止めるが、相手の速さは並のグラップラーをも凌ぐ。
 リヒトは二連撃を発動、マルコの顔面を狙い目にも止まらぬ速さでライガークローの正拳と裏拳を叩き込んだ。バランスを崩した相手の脇腹目がけ、さらに瞬即撃で風火輪の回し蹴りを放つ。
 少年の整った顔が僅かに歪む。だが次の瞬間、何事もなかったかの様な無表情でカウンターの刺突を繰り出してきた。
(「効いてない‥‥!?」)
 子供だからと手を抜いたつもりはない。並のキメラなら大ダメージを与えたはずのコンボを食らいながら、涼しい顔で受けきったのだ。
 イレーネと叢雲は背後に下がって援護射撃の態勢を取るが、狭い部屋の中では仲間に誤射しかねない。美緒はカメラを構え、辛うじてアジフやマルコ、ルカの顔を写真に収めていた。
「皆さん、退き時です。脱出しましょう」
 叫ぶが早いか、リヒトは閃光手榴弾を投擲。光の炸裂に紛れて部屋から脱出すると、傭兵達は廊下の窓を破り数m下の地面へと飛び降りた。
「おじちゃんたち、いったいなにしてるのー?」
「鬼ごっこ?」
 だしぬけにかけられる幼い声。顔を上げると――マルコ達よりやや年下だが――やはり青い服を纏ったカメル人の男の子と白人の女の子が、ニコニコ笑いながら立っていた。
 ――その片手に光線銃を構え。
「こいつらも強化人間か!?」
 イレーネが叫び、叢雲と共に銃弾をばらまく。
 確かに命中しているはずだが、2人の子供が動じる様子はない。無邪気な笑顔を絶やさぬまま、容赦なく光線を浴びせてきた。
「ぐ‥‥っ!」
 仲間の盾になる形で前に出た仁が傷口を押さえ呻く。光線の種類は不明だが、その威力は相当なものだ。
 派手な爆発音と共に基地の一角で火の手が上がり、あたり一面が昼間のごとく照らし出された。
 直後、1両の軍用車がこちらに向けて突っ込んでくる。
 ハンドルを操るのはレティ。助手席にはレールズもいた。
「発電施設のガソリンで兵器庫に火をかけました! 脱出しましょう!」
 時刻は潜入後からおよそ1時間。撤退のリミットだ。
 C班の6名はすかさずB班が強奪した敵の車に飛び乗り、洗脳兵達を蹴散らしながら兵舎の裏手へと回り込んだ。

 最初に潜入したマンホールから地下道を伝い、逆ルートで基地を抜け出す。
 地上に顔を出すと、打ち合わせ通りアイリスの運転する高機動車が待機していた。
「そろそろ時間なのです。撤収するですよ」
 仲間達に声をかけ、アイリスが車を出す。負傷者は車上で美緒から錬成治療を受けた。
 C班から事の次第を告げられたなでしこが、表情を曇らせる。
「メイ様は‥‥このことをご存じなのでしょうか?」
「判らない。だが、もし知っていたとしても‥‥シモンについて行くんだろうな、あの娘は」
 仁は大きくため息をもらした。
「いずれにせよ命を弄ぶ所業‥‥許してはおけません」
 背後に遠ざかるセルベルク基地。立ち上る炎と黒煙を見つめ呟くリヒト。
 物証として得られたのは美緒が撮影した写真くらいだが、アジフのヨリシロ化、そして子供達の一部が既に強化人間にされていること――この情報だけでも充分過ぎるくらいだ。
 辺境の基地で、再び繰り返される悪魔の計画――傭兵達はそれぞれ重い気持を抱え、誠とHFKのゲリラ達が待つ密林へと一路軍用車で走り抜けていった。

<続く>