●リプレイ本文
●UPC本部〜傭兵用ミーティングルーム
「カミーラ? 聞いたことが‥‥って、あの時の!」
自らも関わった去年の依頼を思い出し、寿 源次(
ga3427)はポンと手を打った。
「障害が大きいほど恋は燃えるというが、今回は冗談では済まないな」
「全くだ。人間関係などデリケートな問題もあるので、皆慎重に行こう」
同じ能力者の女性を妻とする白鐘剣一郎(
ga0184)にとっても、今回の一件は人事と思えない。
「俺には恋人とか今の所居ないけど、こういうのでその仲が引き裂かれるのはいやだな‥‥」
カルマ・シュタット(
ga6302)が率直な感想を口にする。恋人のいない彼でさえ、カミーラと彼女の恋人ルドルフが置かれた困難な状況は想像がつく。
「そのホルストって課長、ずいぶんと性根が捻くれた人みたいだね」
アーク・ウィング(
gb4432)が腹立たしげにいった。
「個人の好き嫌いにまで口を出す気はないけど、仮にもそれなりの社会的立場の人がこんな露骨な嫌がらせをするとはね」
「しかし他ならぬ僕自身が、以前は能力者の皆さんを誤解していた1人ですし‥‥その点では、あまり課長のことを悪くいえません」
傭兵達とテーブルを挟んで向き合うスーツ姿の青年、ルドルフががっくりうなだれる。ちなみに営業社員である彼は「外回り」を口実に時間を作り、こうして担当オペレーターのヒマリア・ジュピトル(gz0029)、並びに傭兵達と面会しているのだ。
「そんなこといわないで、ルドルフ! あなたを助けるため、みんなこうして集まってくれたんじゃない」
隣に座るカミーラが恋人の身を案じるように励ました。
「生まれた場所や皮膚や目の色、そんな他愛の無いことでも人は人を差別してきました‥‥」
やはり源次と同じ依頼に参加した真田 音夢(
ga8265)が哀しげに呟く。
だがすぐに2人に向かって顔を上げると、
「理解を得るのには時間がかかります。でも、決して諦めないでください。かつて、虐げられた人々が、決して諦めなかったように」
「ヒマリアさん、後でちょっとご相談があるのですが‥‥」
夜明・暁(
ga9047)がヒマリアにそっと耳打ちした。
「しかしその営業課長、何だってそこまで能力者を嫌うんだ?」
源次が腕組みして思案する。
「無闇に疑うのも何だが、万一ということもある。‥‥ヒマリア君、念のためバグアや親バグア派に関わった企業や個人のリストを閲覧させてもらえないか?」
「あ、ハイ。過去の報告書や報道記事なんかのデータからピックアップして、後でリストをお渡ししますね」
「ところでルドルフ君。ホルスト課長は以前から能力者に対してそんな態度を? それともある時期から突然に?」
「さあ‥‥少なくとも、社内の上司や顧客先の能力者には礼儀正しく接していました。だから、僕の結婚も当然祝福してくれるものと‥‥」
ルドルフも首を傾げるばかりだ。
「それ以外となると、ちょっと‥‥うちの課に能力者の社員はいないし、僕の前に能力者と結婚した同僚もいませんから」
「ふむ‥‥ところでお願いしていた物は?」
「ええ、課長の写真ですね。社内報に掲載されたもののコピーですが‥‥」
ヒマリアからの事情説明、依頼者であるカミーラやルドルフとの対面を済ませ、傭兵達は各々の分担を決めてホルストの身辺調査を行う段取りを打ち合わせた。
「では、ホルスト氏の方はよろしく頼む」
部屋を出て行く仲間達に一声かけると、剣一郎は室内の電話を借り、ルドルフの勤務先であるクルメタルL・H支社へかけた。
「忙しいところすまない。ホルスト・エッカルト氏の上司にアポを取りたいのだが」
『失礼ですが、お客様のお名前は‥‥』
「ULTの傭兵、白鐘剣一郎だ」
『シロガネ様‥‥? これは失礼致しました。少々お待ち下さいませ』
以前、剣一郎は同社製のKV「シュテルン」のテストパイロットとして開発に協力。その後UPCに制式採用された同機は傭兵達の間で好評を博し、一躍クルメタルの名を高める結果となった。
その一件で剣一郎の名前も社内では有名なのだろう。
間もなく電話口に戻ってきた受付嬢は、ホルストの直属上司にあたる営業部長が支社で面会に応じること、そしてその日時を伝えてきた。
「カミーラさん達の愛の深さを証明するような映像を撮影できないでしょうか?」
廊下に出た所で、暁がヒマリアに提案した。
彼女の意見としてはこうだ。
場所はUPCかULT名義の静かで落ち着いて話せる施設。そこでカミーラとルドルフにくつろいで愛を語らって貰い、2人の絆の深さを記録することで、ホルストに考え直してもらう。ただし演技では説得力がないので密かに撮影し、後でカミーラ達に事情を説明して了解を取ってもらう。
「う〜ん‥‥夜明さんの考えは判るけど、やっぱり隠し撮りはマズいんじゃ‥‥」
ヒマリアは言葉を濁した。
確かに後で事情を話せば、2人は快諾してくれるだろう。ホルストにそれを見せて納得してくれればよし。だが下手をすれば「おまえら能力者は盗撮の趣味があるのか?」と突っ込まれ藪蛇になりかねない。
しばらく相談した末、2人の姿を警備用のカメラでモニターし、その様子を暁が口頭で説明する事とした。
●L・H市街
「とりあえず、今の所はシロか‥‥」
街中の喫茶店でヒマリアから借りたリストに一通り目を通し、源次は大きくため息をもらした。
現段階で、ホルストとバグアを関係づける証拠は見つからなかった。
「とにかく、後は自分の足で調べてみるしかなさそうだな」
ホルストがよく訪問する得意先の会社や行きつけの飲み屋などは、既にルドルフから教わっている。
氷が溶けて薄まったアイスコーヒーをぐっと飲み干すと、源次は刑事か私立探偵にでもなったような気分で席を立った。
アークの選んだ手段はホルスト本人の尾行だった。
朝から晩までぴったりマークして、怪しげな組織や個人と接触があるかどうかを確かめるのだ。
さっそく翌朝から行動を開始した。
エッカルト家のある高層マンションのドアが開くのを路上でじっと待つ。
周囲にホルストを見張る不審者がいないかもチェックしたが、特に怪しい人影もないのでそのまま尾行を始める。
通勤用チューブトレインに乗って会社へ向かうホルストを、同じ車両の少し離れた位置からさりげなく見守った。
見れば、ホルストは耳にイヤホンを挿し、何か聴きながら朝刊など読んでいる。
(「音楽でも聴いてるのかな?」)
何となく気になるアークだが、この距離からは内容まで聞き取れなかった。
●クルメタルL・H支社
「なるほど‥‥だいたいの事情は了解しました」
相手が自社主力KVの開発に貢献したテストパイロットとあり、自ら面会に応じた営業部長は、剣一郎の話を聞くと眉間に皺を寄せて腕組みした。
「誠にお恥ずかしい。貴方の仰ることが事実なら、当社にとっても由々しき事態です」
「ちなみに御社は『能力者の婚姻』に関してどうお考えでしょう?」
剣一郎はぐっと身を乗り出し、相手の目を見据えた。
「能力者の婚姻に懸念を持つ向きもありますが、我々も人間。だから人を護れる。恋愛もまた然り、です」
「それはもう、仰る通りですよ?」
むしろ意外そうな顔で部長は答える。
「能力者に限らず、性別・宗教・出身地――当社では社内におけるあらゆる『差別』を禁じております。もっとも親バグアの様な危険思想はその限りでありませんが」
「それならば――ルドルフ氏の左遷の件も、貴方のお力で何とか撤回して頂けないものでしょうか?」
「それなんですがねえ‥‥」
弱ったような面持ちで部長は顎を撫でた。
「シュテインの転勤については、あくまで『彼の営業成績が芳しくないので、新しい環境で発奮させたい』――エッカルトからそう報告を受けているのです。もちろんお知り合いの女性の件も、いま初めて聞いた次第で」
部長の話によれば、仮にホルストが社内の能力者社員に「能力者だから」という理由で不当な圧力を加えたのならば、当然社則違反として厳しく処分しなければならない。
だが現状でルドルフの異動とカミーラとの結婚に明確な因果関係が立証されない限り、営業課長であるホルストの報告を信用するしかない――という。
「彼も課長職ですからね。いくら私が上司といっても、確たる証拠もなしに部下の人事に口を挟むわけにもいきません。頭の痛い問題です」
(「なるほど‥‥会社というのもままならないものだな」)
剣一郎はしばし考え込み――。
やがて、部長に対しある提案を出した。
同じ頃、同社1階のエントランスホール。
「‥‥こんなものかな?」
一応会社訪問らしくスーツ姿。さらにハクを付けるため過去の大規模作戦で授与された鉄菱勲章を胸に飾り、カルマはネクタイを締め直した。
受付嬢に名前と傭兵の身分証を見せ、
「おたくのシュテルンに乗ってまして。ちょっと機体のことで幾つか相談したいのですが」
「それはお世話になっております。すぐ担当の者をお呼び致しますので」
まもなく営業の社員が現れ、丁寧な物腰で名刺を差し出すと、テーブルに椅子、そして衝立で仕切られた商談用スペースへと案内してくれた。
「――ところでルドルフ・シュテインさんの事は知ってますか? 俺の知人ですが、何でも急に中国の方へ転勤するって聞いたんですけど」
しばらくKVの機体性能などについて当たり障りのない会話を交わした後、カルマはさりげなく切り出した。
「ああ、シュテイン‥‥存じてますよ。同じ営業課ですから」
それから営業社員は急に声を落とし、
「‥‥実は、いま課内でもその話題で持ちきりなんですよ。『何であんな激戦区に?』ってことで」
「ルドルフさんには何か問題でもあったんですか? 左遷されるほど仕事の成績が悪いとか‥‥」
「いいえ。まあトップとまではいいませんが、月々のノルマはきちんと達成してましたし‥‥だからみんな不思議がってますよ。ひょっとして、課長と何かトラブルでも起こしたんじゃないかって」
●L・H市街
「ああ、たまに飲みに来るわねえ」
ホルストの行きつけというパブのカウンターで、ホステスの1人が源次に答えた。
「最近、彼の身に何か変わった事はなかったか?」
「さあ? 仕事のグチとか、趣味はクラッシック音楽の鑑賞だとか‥‥まぁ退屈なオッサンね」
気怠そうに煙草の煙を吐くと、ふと思い出したように、
「――そうそう。この間『掘り出し物のCDを手に入れた』とかいって自慢してたわね」
「CD?」
「その場で聞かせてもらったけどさ、妙なCDだったわよ〜。科学者みたいな爺さんが何か演説してんの。エミタや能力者がどうとか‥‥あたしなんか学がないからサッパリ判んない。ま、『すごーい』っておだててやったらバカみたいに喜んでたけどさ」
「‥‥分かった。ありがとう」
店を出た源次はアークに無線機で様子を聞いてみた。
『こっちは異常なし。ホルストさん、今は中古CDショップに寄ってるよ。音楽聴くのが趣味なのかな?』
(「趣味‥‥か」)
後で落ち合う場所を伝え、源次は無線を切った。
●クルメタルL・H支社
「こんなに愛し合う二人に能力者かどうかなんて関係あるのでしょうか?」
数日前にカルマが使った商談スペースで、暁が(警備用カメラで)目撃した2人の互いに労りあう様子を語り、ホルストの説得にかかった。
「心が‥‥痛まないのですか?」
いっているうちに彼女自身が悲しくなり、つい泣き出してしまう。
ホルストも気まずそうに目を逸らしたが、
「勘違いも甚だしい。彼の転勤と結婚の話は何の関係もない。たまたま時期が被っただけだ!」
「ルドルフさんの異動に疑問があります‥‥」
音夢がおもむろに口を挟んだ。
「彼はカミーラさんと寄りを戻してから、成績ノルマをキチンと達成しています。彼を異動する理由をお聞かせください‥‥」
「何だと? なぜおまえらがそれを――」
「悪いけど、部長さんの許可を得て営業データを調べさせて貰いましたよ。貴方はルドルフさんの成績をわざと低くして上に報告しましたね?」
カルマと剣一郎が、営業課のコンピュータで照会した動かぬ証拠を突きつける。
「くっ‥‥」
「‥‥エッカルトさんは能力者がお嫌いですか?」
静かに問いかける音夢。
「す、好き嫌いの問題ではない! おまえらは怪物だ! 一般人と結婚? 冗談じゃない、そんな人類の遺伝子を汚す行為を――」
「おじさん、鞄の中にCD一杯持ってるでしょ? アーちゃん見たいなあ」
唐突なアークの言葉に、ホルストはぎょっとした顔で鞄を抱き締めた。
「ちょっと失礼」
剣一郎が立ち上がり、素早くその鞄を奪い取った。
蓋が開き、中身が卓上に散らばる。仕事の書類、ポータブルプレイヤー、何枚かの音楽CD――その中の1枚にCD『カッシングの演説』があった。
「なるほど‥‥『掘り出し物』ってわけか」
源次がため息をつく。
何のことはない。ホルストの「能力者批判」は全て例の演説からの受け売りに過ぎなかったのだ。
「――もういい。充分だ」
衝立の向こうで彼らの会話を聞いていた営業部長が姿を現わし、唖然としたホルストを軽蔑の眼差しで睨んだ。
「仮にも地球防衛に貢献する我が社の社員が、そんな物を持ち歩いていたとは‥‥呆れてものもいえんよ、エッカルト君」
「部長! わわ、私は、決して親バグア派などでは――」
「言い訳はいい。貴様は今日限り解雇だ!」
「待って下さい、部長さん」
声を上げたのは音夢だった。
「私達は、ただルドルフさんの転勤さえ中止して頂ければ良いのです」
「しかし‥‥許せるのかね? あんな侮辱まで受けて」
「何も不思議な事はありません。私達は異端の存在。それは紛れも無い事実。それに対して、嫌悪や欺瞞を持つのは特別な事ではありませんから」
音夢はカミーラとルドルフを見やった。
「直ぐに理解を得られるとは思っていません。ですが、能力者もそうでない者も、共に戦い、支えあっている。‥‥『彼ら』のように」
死人の様な顔色で、ホルストが椅子にもたれかかる。たとえ解雇を免れても、もはや彼の社内的信用は失われたも同然だった。
ルドルフの中国転勤は撤回。予定通りカミーラと式を挙げる運びとなった。
「ともあれジェーンブライド、世界の皆に幸せを!」
UPC本部への帰路、源次が青空に向けて大きく背伸びする。。
「しかし、俺たちの敵はバグアだけじゃない。時にはああした偏見とも闘っていかなければならないんだろうな」
どこか深刻な表情で剣一郎がいう。
「構いません。私はリスクを承知で能力者の道を選びました。人の心だけが人の進化を促すと、信じているから‥‥戦える」
言葉こそ不器用だが、確かな決意の籠もった表情で音夢は呟くのだった。
<了>