●リプレイ本文
●カメル共和国〜国際空港
「‥‥こちらへは観光で?」
「ああ。いま世界のあちこちを旅してるところでね」
パスポートをチェックする入国審査官に向かい、大きなバックパックを背負った鷹見 仁(
ga0232)はこともなげに答えた。
「カメルには、どなたかお知り合いでも?」
「いいや。でもこの国は親バグアなんだろ? だったらバグアとの戦闘が起こる心配が無くて安心じゃないか」
「まあ『親バグア』はUPCが勝手にそう呼んでるだけですけどね」
審査官は苦笑いした。
「この戦争に対する我が国の立場はあくまで『中立』。だからこそ、同じ中立国民のあなた方をこうして受け入れているのです」
続いて、審査官は仁の荷物の中にあったSES武器について問い質してきた。もっとも素人目に見れば、それはごく普通の小太刀と拳銃にしか映らなかったろうが。
「護身用だよ。こんな生活してると怖いのはバグアとかじゃなくて荷物を狙ってくる人間だからな」
仁が笑ってみせると、審査官も肩をすくめた。
「賢明ですな。密林地帯には凶悪な反政府ゲリラが出没しますし‥‥くれぐれも街から離れないことをお勧めしますよ。では、良いご旅行を」
(「ひとまず、潜入成功か‥‥」)
空港ロビーを出た仁は首都行きのバスを待った。
「さてと。他の仲間はうまく入国できたかな?」
●カメル首都・ザンパ
仁と同じく、カメル当局に疑われないよう少しずつ時期をずらして入国した傭兵達も、無事ザンパへの潜入を果たしていた。
叢雲(
ga2494)もその1人である。
(「こうして街に入るのは二度目。反抗勢力との関係も悪くないのはありがたい事ですね」)
L・Hのハイテク都市に比べると随分古めかしい街並みだが、とりあえずカメルの首都は平穏だった。そしていま、叢雲が立っている場所からは一際目立つ国営病院の白いビルが見える。
街角を警備していたカメル軍兵士が歩み寄り、厳めしく職務質問してきた。
「フリーの記者ですよ。戦時中の各国医療事情について取材しています」
スーツをラフに着こなし、口調も普段に比べて多少大雑把に。ザンパへは以前にも別件で訪れているため、一応伊達眼鏡やくわえ煙草で外見の印象も変えている。
パスポートや記者の身分証(これも偽造品だが)を一通り調べ、兵士も納得したように頷いた。
「まあ好きに取材してくれ。ただし軍関係の施設は一切立ち入り禁止だからな」
兵士が立ち去った後、叢雲は再び病院のビルを見上げた。外から眺める分には、どこの国でも見かけるような総合病院だ。
「‥‥では、周辺の聞き込みから始めますか」
「前は堂々と来たですけど、今度はこっそりなのですよ」
やはりザンパへは再度の来訪となるアイリス(
ga3942)も、髪を染めたり眼鏡をかけて外見を変え「中立国の学生」として潜入していた。
「これなら、すぐにアイリスだとは、判らないと思うですよ」
目的は国営病院の張り込み。病院になるべく近い宿を捜した所、ちょうど病院の裏口を見渡せる安ホテルの部屋を借りることが出来た。
間もなく同じ張り込み班に属する新条 拓那(
ga1294)、櫻小路・なでしこ(
ga3607)もホテルに現れた。
それぞれ「観光」「大学の卒論のため」と理由をつけての入国。今後は3人が交替で24時間、裏口からの出入りを見張る事になる。
まず最初の監視はなでしこが担当し、アイリスと拓那は市内観光を装い病院周辺の商店街を歩き回った。
「表面上は落ち着いてるけど、事情を知ってるとどこもかしこも胡散臭く見えて仕方ないね」
ほぼ半年ぶりに訪れる首都を見回り、拓那が率直な感想を述べる。
「前に来たときと、何処か変わったりして無いですかね〜」
アイリスも当時の事を思い出し、現在の状況と比較した。
変化はあった。前回は派手に軍事パレードなど行っていたバグア軍の姿が殆ど見あたらないのだ。時折遙か上空を小型HWの編隊が過ぎっていくが、これは主にインドネシア方面から飛来するUPC軍の偵察機を警戒してのものだろう。
「みんな基地に隠れてるんですかね〜?」
街の各所を武装したカメル兵が巡回しているのは相変わらずだが、彼らが本物のカメル軍なのか、あるいはバグアの洗脳兵等が混じっているかまではよく判らない。
その晩、同じ病院近くにある安アパートの1室では――。
「ええっ!? な、何でここに‥‥」
「同じ清掃員としてサポートに来ましたよ。必要書類などは全て用意してくれてます。期間中『誠さんと同居』して調査にあたる事になりましたので。ちなみに紫ですよ。覚えてます? 服装や面がないから分かり辛いかも知れませんが。ご質問は?」
目を白黒させる高瀬・誠(gz0021)に向かい、水雲 紫(
gb0709)は一気に挨拶と状況説明を済ませていた。
「いえ、サポートの件は聞いてますけど‥‥その、同居とまでは‥‥」
「花見の件で生活能力が疑問視されまして。教授せよと中佐の配慮です」
チラっとキッチンの方を見ると、案の定、流しやテーブルに病院の売店で買ったと思しき菓子パンの空き袋や牛乳の紙パック等が散乱している。
「大丈夫、家事全般もお任せを」
もはや誠に拒否権など与えず、紫は甚平の上に割烹着、そして【OR】割れた狐面【右狐】を顔に付ける。
「あれ? 水雲さん、それって確か」
誠は自分の鞄を探り、中から【OR】割れた狐面【左狐】を取り出した。元は1つの面だった、もう一対の片割れだ。
「どこかで見た様な気がしてたけど‥‥あなたのお面だったんですね」
「私の? それは真弓さんのですよ。‥‥何と言って『渡され』ました?」
「『大切な友達から貰った御守り』だって‥‥あと『あたしが元気になったら返してもらうわよ?』とも‥‥」
少年は口ごもり、辛そうに顔を伏せた。
「そんな希望、殆どないって‥‥あいつ自身が一番よく解ってるはずなのに」
「そう‥‥それを『託した』のね」
「え?」
「いえ、独り言です」
紫は誠に向き合って正坐すると、改めて座礼した。
「誠さん‥‥不束者ですが、宜しくお願いします」
「え、あの――?」
予想外の状況になぜか赤面してうろたえる誠。紫は顔を上げ微笑んだ。
「深い意味はないですよ。守る優先順位が(自身より)上がった程度と思ってて下さい」
●カメル国営病院
煉条トヲイ(
ga0236)の場合、病院内のロビーにある売店の店員として潜入していた。
表向きは「故郷の家族のため出稼ぎに来た青年」として真面目に働きつつ、さりげなく院内の様子や人の出入りを観察する。
不審に思われない範囲で職員に昼食を奢ったり、夜勤のナースステーションに差し入れを届けたりして徐々に院内での人脈を広げていったが、建物や設備が旧式なことを除けば、ここはごくありきたりの大病院だった。
最初に違和感を覚えたのは、ある日の昼下がり。売店の休憩時間に病院の中庭に出てみると、入院患者の男の子が、1人でベンチに腰掛け缶ジュースを飲んでいる。
トヲイは隣に座り、さりげなく話しかけてみた。
「君、1人? 他のみんなはどうしたのかな?」
少年は驚いた様にトヲイを見上げ、不思議そうに答えた。
「知らないよ。だって僕の病室、他は大人のひとばっかりだもん」
「あれ? 君くらいの歳なら小児科じゃない?」
少年は首を横に振った。
聞けば、半月ほど前に交通事故で骨折し入院したものの「いま小児科病棟は閉鎖中」という理由で直接外科病棟に回されたのだという。
(「閉鎖だと‥‥?」)
休憩が終り売店に戻った後、今度は一緒に働く女性店員に話題を振ってみた。
「そう言えば、小児科病棟の前で兵隊さん達を見掛けたけど‥‥何かあったのかい? ずっと前からあんな感じ? 何かちょっと怖いよね」
「あー、あそこねえ‥‥」
人の好さそうな中年の女性店員は、仕事の手を休め声を潜めた。
つい3ヵ月ほど前に突然カメル軍部隊が乗り込んできて小児病棟を閉鎖。それまで入院していた子供達は全員大人用の病棟に移されたのだという。
「院長の話じゃ、何でも悪い伝染病が発生したんだってさ」
「それじゃ、今は完全に使われてない?」
「さあ? 兵隊さんが番してるくらいだから、何かには使ってるんだろうけど‥‥あ、こんな話外でしちゃダメよ? 病院の評判が悪くなるから」
(「皆は何かを隠し、何かに怯えている‥‥この感じは以前、何処かで‥‥」)
何気ない同僚との会話の裏に、トヲイは深く大きな闇の存在を感じた。
●ザンパ市内
「キミたち、何して遊んでるの? ボクも混ぜてくれないかな?」
病院近くの街角でサッカーをして遊んでいたカメル人の子供達は、親しげに声をかけてきた異国の若者を怪訝そうに見上げた。
「誰だよ、おまえー」
「さあ、誰だと思う?」
鯨井起太(
ga0984)は大真面目に自分の顔を指さした。
「アハハ、変なヤツー!」
「そう。実は変なヤツなのさ」
何だかんだといいながら、十分後にはすっかりチビっ子達の輪に溶け込み、一緒になってサッカーに興じる起太。
時おり派手にコケて笑いを取ったりしつつ、頃合いをみて子供達に尋ねてみた。
「キミたち、もし怪我したり病気になったらどうしてんの?」
「母さんにいって病院に連れてってもらうー」
「注射はイヤだけどなー」
口々にいいながら、子供達はすぐ側に建つ白いビルを指さす。
「そういえば、あの病院でみんなの友達が消えちゃったとか‥‥そんな話聞いたことない?」
子供達は互いに顔を見合わせた。
「知らなーい」
「オレ、聞いたコトあるぜ!」
年長の少年が得意げに手を挙げた。
「あそこに入院してると時々『黒い車』が来て、子供を連れてっちゃうんだってさ。兄ちゃんがいってた」
「へえ、怖い話だね。キミは怖くない?」
務めて平静を装いつつ、起太はさらに突っ込んでみる。
「へっちゃらだい。だって『黒い車』が連れてくのは僕らと違う特別な子なんだって」
「ふうん‥‥その子達はどう『特別』なの?」
「???」
さすがにそこまでは判らないのか、少年は首を傾げながらも器用にボールをリフティングしている。
もうこの話題には飽き、早くサッカーを続けたくてたまらない様子だった。
一方、叢雲は病院周辺に住む市民への「取材」を続けていた。
「そういえば、さっき病院にも行ったけど、小児病棟だっけ? あそこに軍人さんいたんだよね。何かあったの?」
「ああ、入院してる子供が消えるって例の噂ですか? いえ、詳しい事は私も知りませんけど」
営業マンらしいカメル人男性が答える。
「へぇ‥‥それじゃマスコミとか親も大騒ぎだろうね」
「いや、それはないでしょ。そもそも騒ぐ親がいないんですから」
「‥‥え?」
「今あの病棟にいるのは、みんな事故やら何やらで親を亡くした‥‥おっと、お得意様に会う時間だ。では、私はこれで」
やむなく取材メモを閉じた叢雲を、バックパッカーの仁が背後から呼び止めた。
「たまたま異邦で出会った同国人」を演じつつ、2人は互いの情報を交換する。
「病院の件、噂としては結構広まってるな。ただし一般市民は関わり合いを避けているようだが」
「こっちも同様です。薄情なものですね、自分や家族に危害が及ばないと」
「俺は、全く同じ様な連中に会ったことがある‥‥」
仁は遠く日本の方角に目をやった。
「九州の‥‥K村で」
●国営病院
夕刻、売店の仕事を終えたトヲイはその足で職員用食堂へ足を運び、作業服姿の紫、そして誠と落ち合った。
自販機のコーヒーなど飲みつつ、雑談を装っての情報交換である。
紫はこれから誠と交替で夜勤シフトに入るとの事だった。仕事中の彼女はお面を外しているが、幸い病院内ということもあり、眼帯や顔の傷痕はさほど目立たずに済んでいる。
「今日の清掃場所は小児科病棟で、そうそう、今は閉鎖されてるそうですね」
いかにも世間話風に、今夜の担当場所を伝える紫。
「そうか。くれぐれも気を付けろよ」
紫に忠告した後、トヲイはふと思いだし、なでしこからの言付けを誠に伝えた。
『お元気ですか? 多少の無理は良いですが、無茶はしないで下さいね。今のお気持ちは私なりにわかっているつもりです。お手伝いが必要ならお姉さんに何でも言って下さい』
「ありがとうございます。僕も一応正規の情報部員になりましたし、もうあんな自棄は起こさないと‥‥なでしこさんに、そうお伝え下さい」
少し照れ臭そうに、誠は頭を下げた。
「『山の分校』の一件と酷似していると思います。違いは舞台が病院へとなり、規模が大きくなったことかと」
張り込み用のホテルで、なでしこは拓那とアイリスに己の所見を述べた。
別動班の仲間とも折りを見て喫茶店等で接触しているため、既に病院内外の情報も一通り共有している。
「やはり目的はエミタ適合者の子供を集めるためでしょうか‥‥?」
「うーん。とにかく今夜、紫ちゃんが直接小児病棟に入るそうだから、それである程度手がかりがつかめるかもだね」
拓那は双眼鏡を取ると、カーテンの影から病院の裏口を覗いた。今夜は彼が徹夜で監視にあたるのだ。
「出てくるなら出てくるで早くしてくれよ〜。こちとらあんまり待つのは得意じゃないんでね‥‥」
ぼやきながらも監視を続けること、数時間。街灯の明りの下に、黒いリムジンが音もなく滑り込んできた。
「あんな車がどうして民間病院に‥‥。緊急車両ってわけでもなさそうだし」
訝しむ拓那を余所に、車の後部ドアが開き、まず1人の少年が降りてきた。
年の頃は14、5。青い詰め襟服を着た白人少年である。
「初めて見る顔だな‥‥それにカメル人でもない?」
だが続いて車内から現れた初老の男を見るなり、拓那の口から小さな叫びが洩れた。
「‥‥ハリ・アジフ!?」
(「『あの子』が来ても、声以外は割れていない。上手くやりなさい紫」)
入り口の兵士に病院側の許可証を見せた紫は、掃除道具を両手に小児病棟へと踏み込んだ。
幸い『あの子』――結麻・メイ(gz0120)と出くわす事もなかった。
だが、清掃作業を始めた紫は各病室の中を覗くなり眉をひそめた。
病棟に子供の患者がいたのだ。
しかしある少年は何かに怯える様にシーツにくるまりガタガタ震え、ある少女はベッドに腰掛けたまま虚ろな視線を宙に投げかけている。
紫が病室に入っても全く関心を示さず、ヌイグルミを抱いたまま何事かブツブツ呟く少女の歳は、ちょうどメイと同じくらい。
「ここが小児科病棟? この子達はいったい――」
「何でヤツがここに!? くそうっ‥‥バグアの連中、まさか!」
歯がみする拓那だが、ここで下手な手出しはできない。
間もなくアジフと少年は患者服の子供数名を連れて院内から引き返し、黒いリムジンは再び闇の奥へと走り去った。
後の調査をEAISに引き継ぐため、車種やナンバーを素早くメモする。
今の拓那にできるのは、それが精一杯だった。
<了>