●リプレイ本文
現場付近の適当な平地に着陸、移動艇を降り立った傭兵達の前に、元々防砂林として植林されたという小さな森が広がっていた。密林という程でもないが、ここ数年まともに手入れされてないので見通しはあまりよくない。
この森を抜ければすぐ海岸。そこに保養所の建物もあるはずだ。
「競合地域で営業再開とは強気だな」
どこにキメラが潜んでいるかも判らぬ森の中を、三島玲奈(
ga3848)が入り口付近から注意深く覗き込む。
確かに現在は競合地域であるが、UPC東アジア軍がこの夏を目処にミンダナオ島を含め複数のリゾート地解放を計画している事から、銀河重工も一口乗ろうという算段なのであろう。
「キメラがいなけりゃのんびりしたいとこなんやけどな〜」
リンドヴルムを装着した鮫島 流(
gb1867)は、ちょっと恨めしげに南洋の青い空を振り仰いだ。
「事前の情報によれば、この近辺で活動しているのは中型キメラのガードビーストが若干数‥‥とありますね」
雪ノ下正和(
ga0219)が依頼内容のコピーを改めて確認した。
典型的な猛獣タイプの対人キメラだが、武装した能力者であれば余程数が多くない限りそう苦戦する事はないだろう。ULT本部もそう判断したか、「早めに任務が終了すれば海遊びも可」とのお墨付きだ。
「フリータイム付の依頼とは美味しい。是が非でも、とっととキメラを片付けんとな」
照りつける太陽の下、彼方から聞こえる波の音、潮の香りに海の気配を感じつつ、リュイン・カミーユ(
ga3871)は眩しげに周囲を見渡す。
「海水浴の為に頑張るですよ♪」
「早く終わらせて、海で遊びたいですよ〜」
御坂 美緒(
ga0466)やアイリス(
ga3942)はすっかり行楽気分。かくのごとく、傭兵達の間にはどこかリラックスしたユルい雰囲気が漂っていた。
「皆様、対人レベルとはいえキメラはキメラ。油断は禁物ですよ」
そう窘める櫻小路・なでしこ(
ga3607)も、実は所持品バッグの中にこっそり水着を忍ばせていたりする。
「ふむ‥‥何だかんだと、銀河重工にも縁があるものですね」
最後に移動艇を降りた水雲 紫(
gb0709)が独りごちた。
つい最近まで、彼女は日本国内で元銀河社員の起こした一連の事件に携わっていた。事件そのものは無事解決したものの、その結末は強化人間に関する過酷な現実を知らされる苦いものであったが。
(「そういえば‥‥誰に『託した』のか、聞いてなかったですね」)
手首のプロミスリングを見つめ、贈り主の少女の事をふと思う。
(「まぁ‥‥自身でなければ、大方の予想はつくのですけどね」)
やがて紫の胸に、やはり銀河重工絡みの別依頼で関わった「もう1人の少女」の姿が浮かんだ。
「そういえば『彼女』の父親も確か‥‥縁でしょうかねぇ」
確たる根拠があるわけではないが、この地で再び「彼女」と会える様な予感がする。
いや、そもそもこの依頼を受けたこと自体、キメラ討伐は建前である種の「勘」が働いたのが動機であったのかもしれない。
(「そういう事もあるかなぁ‥‥とは思うのですけどね。いささか不謹慎でしょうか」)
「水雲様、どうかされましたか?」
何事か思案している紫の様子に気づき、心配そうになでしこが尋ねる。
「え? いえいえ、まさかこんな時に1人で海水浴になんて来る人いないですよねぇと」
「海水浴? ‥‥どなたがです?」
――くしゅん!
サマーベッドの上で眠りこけていた結麻・メイ(gz0120)はくしゃみとともに跳ね起きた。
「あー、いっけない。ついウトウトして‥‥」
目の前に広がるのは、相変わらず紺碧の水平線と沸き立つ入道雲、そして抜けるような南国の青空。
「ふぅ‥‥いい景色だけど、さすがに見飽きたわねぇ」
念のため保養所を警備する洗脳兵の指揮官に連絡を入れ、異状のない事を確かめる。
「っていうか‥‥なーんか退屈なのよね。1人じゃ」
その時、陸側の森の方から銃声が轟いた。
銀河側から提供された海岸の見取り図を参考に、傭兵達は二手に分かれてキメラ掃討を開始した。
すなわち、森の入り口から西回りに移動し保養所に直行するA班と、東回りに動き浜辺を横切るB班。互いに無線で連絡を取り合い、両者が保養所で落ち合えば無事任務完了という手筈だ。
A班:雪ノ下、御坂、三島、鮫島
B班:リュイン、櫻小路、アイリス、水雲
「偵察は得意だ任せろ」
KV戦では偵察専門の小隊に属している事もあり、A班では玲奈が先導役を買って出た。またスナイパーの彼女は生身の偵察任務にも適任といえる。
猛獣タイプのキメラを相手にする場合、怖いのは見通しの悪い場所で不意打ちを食うことだ。そのため、玲奈は森林でも空戦の実技を実践した。
「奇襲には頭上から見下ろす早期警戒で対抗だ」
A班前衛よりやや先行し、手頃な樹木があればスルスルと登り樹上から双眼鏡で索敵。
特に大型動物の移動を示す連続した草木のざわめきに注意する。
「こちらシエラ27、前方20m先の茂みに敵影を認む」
コード名で本隊に報告するや、素早く地面に降りアンチマテリアルライフルを構える。その反動ゆえ能力者でさえ地面に固定しなければ扱えない大口径ライフルの銃口を目標の進行方向に向け、出鼻を挫く形で初弾を発射。
銃声が森中に轟き、「ギャンッ!」という獣の悲鳴が上がった。
前衛の正和、流が鳴き声の方へと向かう。といっても行く手を阻む雑草や低木も多いので、手持ちの剣を鉈代わりにして薙ぎ払いつつの前進だ。
間もなく茂みの奥から、手負いのガードビーストが1匹牙を剥いて襲いかかってきた。
すかさず覚醒した正和はヴァジュラを構え直し、スマッシュ併用の斬撃で迎え撃つ。
頭部にダメージを負い怯んだキメラを狙い、流が竜の翼で一気に間合いを詰め、グラファイドソードで薙ぎ払うように攻撃。
1分足らずの戦闘で、まず1匹目のキメラを仕留めた。
美緒の錬成治療で負傷を回復させつつ、一行はそこで小休止。正和が持参した野菜ジュースとトリュフチョコで精を付ける。
「キメラ以外にも、毒を持つ動植物にも気をつけて下さい」
正和が仲間達にアドバイスした。覚醒中の能力者ならキメラ以外の毒蛇、毒虫程度でダメージを受ける事はないが、彼は練力温存のため戦闘時以外は非覚醒で行動していた。
やがて休憩を終えると玲奈は再び偵察役として先行、正和達も雑草を刈り取りつつ移動を再開した。
一方、東回りルートをとったB班ではスキル「探査の眼」を発動させた紫が索敵役となり、続いてアイリスとなでしこ、殿をリュインが務める形で、各員が離ればなれにならないよう注意しつつ森の中を進んでいた。
「木が多くて、見通しが悪いですよ〜」
視界を塞ぐ枝葉の煩わしさに、思わずアイリスがぼやく。
「敵は確認されているだけで4〜6体。まぁ、それ以上いると思っておいた方が良いのだろうな」
既に覚醒状態に入ったリュインは側面や背後からの敵襲を警戒する。
そのとき、先頭を進む紫がふと足を止め、片手を上げて仲間達に合図した。
「そこの茂みの奥‥‥殺気を感じますね」
「何か居る。‥‥得物の準備は良いか?」
リュインが警告を発した直後、枝葉を跳ね上げ凶暴な4足獣が飛び出してきた。
とっさに盾扇で敵の爪を捌いた紫は下段に構えた月詠で斬りつける。
左右に分かれた2人のスナイパー――なでしこはアラスカ454、アイリスは小銃シエルクラインを構え、後方から鋭角狙撃でキメラに銃火を浴びせる。
「成功してこその奇襲。獣の知恵に過ぎないといったところか」
紫と並んで前衛に出たリュインはなおも突進してくるキメラの体当たりを鬼蛍で受け流すと、身を翻そうとした獣に向けて一歩踏み込み急所突きの斬撃を入れた。
それでも抵抗を続けるキメラだったが、
「海がアイリスを待ってるです。だから邪魔しちゃダメなのですよ」
妙に気迫のこもった銃撃を頭に受け、あえなく絶命。
傭兵側の負傷はかすり傷程度だったが、念のためなでしこが救急セットで各員に応急手当を施した。
「元は防砂林だろうが、南国だけに樹木の生長が早い。これではジャングルと変らないな」
リュインの言葉に、なでしこはふと同じ東南アジアのカメル共和国にいる(はずの)強化人間の少女を思った。
(「そういえば、メイ様はどうされているのでしょうね‥‥」)
そのメイはすぐそばの浜辺で、保養所の最上階から双眼鏡で森を見張る配下の兵士と通信を交わしていた。
「敵の戦力はどれだけよ!? はぁ? ‥‥UPC軍にしちゃ少ないわね」
数秒考え、
「‥‥まあいいわ。そっちに奴らが来たら、あたしが指示する通りになさい」
小銃シエルクラインのマズルフラッシュが閃き、3匹目のキメラが地面に倒れた。
「私が撃つ物は万死に値するものだ」
銃口から硝煙をたなびかせつつ玲奈がキめる。
A班は既に森の海側出口へ辿りついていた。目的地の保養所は森から百mも離れぬ場所に建っている。
だがそこで彼らが目にしたのは、保養所の前で自動小銃を携え歩き回る野戦服の男達。
傭兵達はとっさに木陰に身を隠し、そっと様子を窺った。
「こんな所に人間の兵士‥‥?」
「あの軍服、正規軍じゃないな。まだ、敵がいたのかっ!?」
再度覚醒した正和がヴァジュラの柄を握り締める。
玲奈が小銃を構え大声で誰何すると、兵士達は互いに顔を見合わせ何事か話し合っていたが、間もなく指揮官らしい男が銃を地面に置き、両手を上げて歩み寄って来た。
「撃つな。抵抗はしない」
「おまえ達、何者だ?」
答え代りの様に、男は顎で海岸の方を指した。
同じ頃、やはりキメラを排除しつつ森を進んでいたB班も、西側から森を抜けて海岸に出ていた。
人気のない浜辺にポツンと立ったビーチパラソル。その陰にはサマーベッド。
「‥‥無粋ねぇ。人が折角の休暇を楽しんでるってのに」
油断無く武器を構えて近づく傭兵達を前に、水着姿の少女がゆっくり立ち上がった。
「誰だ、汝は?」
「バグア工作員のメイさんです〜」
訝しげに尋ねるリュインに、アイリスが小声で囁いた。
「ああ、確か強化人間の‥‥」
「正直、戦いたくないですよ〜。戦ったら絶対に護衛がたくさん出てくるですよ」
「それはあちら次第だがな」
「えと、メイさんは何しに来たですか?」
「見ての通りよ。ちょっと早いけどバカンスに来たの♪」
「あ、え、ええっと。お元気でしたか?」
ついさっきまでメイの事を考えていたなでしこが、思わずペコリとお辞儀する。
「あら、お久しぶり‥‥って、あんた達こそ何しに来たのよ?」
つられて挨拶しかけたメイが、慌てて手にした光線銃を構え直す。
「銀河重工からの依頼でキメラ掃討に来た。汝がいるとは聞いてなかったが」
「銀河が? だってあの保養所は――」
「今年の夏から再開するですよ〜」
「へえ‥‥」
メイはBFの潜航する沖合を横目で見やり、僅かに思案していたが、やがてニヤっと笑い光線銃を下ろした。
「つまりキメラさえ片付ければいいのよね? なら、今日はやめときましょ。ここでやり合ったって、お互い骨折り損だし」
「それでも構わん。流石にやりあう準備はしていないのでな」
「あっ、い、妹が失礼な事を申しまして申し訳ございませんでした。あの子は思い込むと一途ですので‥‥」
同じ傭兵の妹から中国上空の戦闘について聞いていたなでしこは、しどろもどろになって詫びを入れる。
「そんなの別に謝るようなことでも‥‥そもそもあたし達、敵同士なんだし‥‥」
「直にお会いするのは、これで二度目でしょうか? 前回は、無断で自宅に上がって申し訳ありません」
黙って仲間達とのやりとりを見守っていた紫が、初めてメイに声をかけた。
「? その声‥‥聞き覚えあるわね」
「『妙な狐面の女』ですよ。水雲 紫です。是非お見知りおきを」
「思い出したわ。確かクーデター前のカメルで会った‥‥」
メイも納得した様に頷いた。
今日の紫は般若の面なのですぐには判らなかったのだ。
「折角の静養を邪魔して御免なさいね。また機会を改めて頂けると嬉しいです」
その間、リュインは無線でA班に状況を伝えようとしたが、その必要はなかった。
武装解除した洗脳兵達に武器を突きつけ、A班の面々が保養所の方角からやって来たからだ。
その1人、美緒はメイの姿を見るなりビシッと指をさした。
「それでは30点なのです!」
「何でよ! しかもこの前より減点!?」
「海は女の子の魅力を見せるチャンス! きちんとシモン(gz0121)さんを誘わなくてはダメなのです!」
「え‥‥で、でも‥‥」
にわかに赤面したメイは、モジモジしながら掌に「の」の字を書く。
「ほら、シモン様も色々お忙しいし‥‥やっぱり身分が違うし‥‥」
「そんなの関係ないです。たとえ相手が興味無さそうでも、理由を付けて引っ張り出せばこっちのものなのです♪」
誘った後も魅力をアピールすべく、自らシモン役を演じ「相手の前で自然に一回転から『サンオイルを塗って攻撃』」あるいは「ボール遊びに誘ってせくしーアングル攻撃」など多彩なバリエーションを駆使する方法を手取り足取り伝授し始めた。
「とりあえず依頼の方は終了だな‥‥」
すっかり緊張感が失せたリュインは適当な木陰を見繕って横になり昼寝。
流はAU−KVを解除してのんびり浜辺を散歩している。
「まだ遅くないです。今すぐカメルに戻ってシモンさんにアタックするのです♪」
「そ、そうかしら‥‥?」
美緒の「個人授業」により何となく自信が付いたのか。無線機らしき装置をメイが操作すると、海面を割って輸送型マンタ・ワームが浮上した。
荷物をまとめ、護衛の兵士達と共に乗り込もうとしたメイを紫が呼び止めた。
「また機会があれば、お会いしましょう。私は、貴女を知りたい。そして、私を知って欲しい」
「‥‥そう」
少女の赤い瞳が興味深げに紫を見やる。
「お互い縁があれば‥‥ってとこね。ただし、戦場じゃ手加減しないわよ?」
「では、さようなら」
メイを乗せたマンタが海中に姿を消し、再び静けさを取り戻した海岸で、傭兵達は残りの一日を思い思いに過ごした。
水着持参の女性傭兵は森の中で着替え、波打ち際にでるとキャアキャアはしゃぎながら水を掛け合う。
陽が落ちた後は、丁度メイの配下が片付けた保養所でシャワーを浴び、のんびりくつろいだ。
「はぁ〜、生き返るなあ」
夜のテラスで正和が背伸びをし、美緒は浜辺で拾った貝殻をせっせと真水で洗っている。
「これを同封してクリシュナ様にお誘いの手紙を送るですよ♪」
玲奈は日本の流儀とばかり腰に手を当てフルーツ牛乳を一気飲み。
「卓球台はないのか? 保養所と言えば卓球やで!」
無事奪還された保養所に卓球台が設置されたか、それは定かでない‥‥。
<了>