タイトル:【DR】北海の巨大蟹マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/25 19:40

●オープニング本文


●ラスト・ホープ軍港〜空母「サラスワティ」艦長室
『勝利の歓喜でこの空を震わせよう。我々は勝ったのだと、彼らにも知らせる為に』

 艦長室に置かれたTV画面から、UK壱番艦を率いて戦ったあの中佐の演説が響き渡る。
「ラインホールド撃沈、『ゲート』破壊、それにバークレー殲滅か‥‥まさに完全勝利じゃな。めでたいことじゃ」
 執務用デスクで頬杖をつき、プリネア王女にして空母艦長のラクスミ・ファラーム(gz0031)がいった。もっとも、口で言うほどその顔は嬉しそうではないが。
「しかし‥‥結局、今回の大規模作戦も本艦の出る幕はなかったか‥‥」
「やむを得ないでしょう。何しろ肝心の戦場がシベリアの奥地でしたから」
 傍らに控える侍従武官兼副長のシンハ中佐が、慰めるようにいう。
「そういえば、マリアはもう戻っておるのか?」
 マリア・クールマ(gz0092)少尉は今回の極東ロシア戦線へ参戦した唯一のプリネア軍士官である。ただし現地では一介の義勇兵として傭兵達の小隊に加わっての参加であったが。
「昨日、アンジェリカと共に帰還致しました。ただ本日は体調が芳しくないとのことで、殿下への報告は明日行う事になっておりますが」
「‥‥あの話は本当なのか? 最後の戦闘の時、『射手座』のステアーに向かって突撃しかけたというのは‥‥」
「どうも、そのようですな。所属の小隊長に制止されて、辛うじて思い留まったそうですが」
「ふうむ‥‥やはり、まだこだわっておるのかのう?」
 ラクスミは眉をひそめて考え込んだ。
「これ以上大規模作戦に参加させるのは‥‥危ういかもな」
「御意。今後も、戦場であのシモン(gz0121)と出くわす危険はありますし」
「まあ、その件は後で本人と話し合おう。‥‥それはともかく、今後の本艦の作戦行動じゃが」
 卓上に太平洋の海図を広げ、
「やはりまた船団護衛‥‥九州方面にでも行くか? 近頃、あの海域ではEQを乗りこなす敵のエースが暴れてると聞くし」
「それも結構ですが‥‥実はULTを通し、各国メガコーポレーションの連名で依頼が入っております」
「メガコーポから?」
「はっ。何でも、オホーツク海の航路を妨害する巨大キメラを退治して欲しいとか」

 今回の勝利を機に、UPCはこれまで戦略的空白地域だった極東ロシアを改めて人類側勢力圏として安定させたいという方針である。今後の対バグア戦争を有利に進めるためという意図もあるが、その裏にはシベリアの地下に眠る膨大な地下資源を開発することで新たな権益を確保したいという各国メガコーポの思惑が見え隠れしている。
 現在UPC極東ロシア軍の最大拠点であるウラジオストックだけでは、本格的なシベリア開発の窓口として何かと不便である。そこでいま注目されてるのが、さらに北のオホーツク海航路であった。大型タンカーが太平洋とシベリアを安全に往来するには、何を置いてもオホーツク海の制海権確保が重要となる。
 だがそのオホーツク海に、最近水中ワームより巨大なキメラが現れ、UPC軍艦や民間のタンカーを次々沈めているのだという。

「件のキメラが海上に現れた所を、UPC軍の偵察機が撮影した画像です」
 シンハ中佐が書類袋から数枚の写真を撮りだし、地図の上に並べる。
「蟹型キメラ? ‥‥去年の夏、こんなのが出てこなかったか?」
「それはUPCが制作した怪獣映画でしょう。まあ、あそこまで大きくはないようですが」
「とはいえ縦横の幅がおよそ30m‥‥キメラとしてはでかいのう」
 点けっぱなしのTVはニュースが終り、いつしか料理番組が始まっていた。
「何となく、タラバガニに似ておらぬか? このキメラ」
「いわれてみれば‥‥」
「‥‥食えるかのう?」
「まあ‥‥去年の暮れに本艦が釣った海老キメラが、そのままお節になりましたからなあ」
 ラクスミがちらっとTVを見やると、画面には本日の料理として『蟹鍋』が映っていた。
「‥‥蟹鍋でも‥‥食いにいくか」
「はあ? しかし、もう鍋の季節というには‥‥」
「オホーツクならまだ旬じゃ! 不埒なキメラを成敗し、ついでに蟹鍋を堪能する。実に有意義な作戦であろうが?」

 ‥‥っていうか鍋の方が本命じゃないか?

●参加者一覧

鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
河崎・統治(ga0257
24歳・♂・FT
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
明星 那由他(ga4081
11歳・♂・ER
美海(ga7630
13歳・♀・HD
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN

●リプレイ本文

●2009年5月×日〜オホーツク海上
「‥‥5月も末といえ、さすがにオホーツクは冷えるのう」
 分厚いフード付き防寒コートに身を包んだ空母「サラスワティ」艦長ラクスミ・ファラーム(gz0031)は、白い息を吐きつつ身を震わせた。
 こんな寒気に身を晒すのは、かつて欧州攻防戦の際、砕氷船と共に北極海を強引に突っ切って以来の事だ。
「しかし流氷もいい加減溶ける時期ですからな。本艦の航行に支障はないでしょう」
 傍らに立つ副長のシンハ中佐が応える。
 やはり軍用防寒外套を羽織っているものの、彼自身は能力者なのでこの程度の寒さならいかほどのこともないようだ。
「今回の大規模作戦、場所が場所だけに本艦の出る幕はないと思っておったが‥‥最後になってこんな形で出番が回ってくるとは思わなかったぞ」
 寒さにもめげず、褐色の肌に白い歯を覗かせニヤリと笑うラクスミ。
「戦(いくさ)は勝てば良いというものではございません。この度の勝利で再び人類の手に取り戻したシベリアの大地‥‥いかに開発を進めるかで、今後の戦局にも大きく影響するのは必定といえましょう」
「そのためにも輸送船を脅かす例の蟹キメラを成敗し、オホーツク航路の安全を確保するのが最優先課題‥‥というわけじゃな」
 飛行甲板上にはKVパイロットのマリア・クールマ(gz0092)少尉、双子の李兄姉、そして依頼参加の傭兵達も既に集合を終えている。
 ‥‥蟹。
「さて、今回はキメラの討伐だ」
 鷹見 仁(ga0232)は改めて己の任務を確認した。
 ‥‥蟹。
「相手は水中に潜み船を襲う巨大生物‥‥ラインホールドほどでないにせよ、強敵だな」
 ‥‥蟹。
「なんとしても倒して海の安全を確保せねば」
「今回の相手は巨大タラバガニか。さっさと倒して、みんなで蟹鍋だな」
 ‥‥じゅるり。
 河崎・統治(ga0257)の身も蓋もない一言を聞くなり、突如として仁は空腹を覚え、口の中に唾が湧いてきた。
「へぇ、あの映画の時みたいな蟹が本当にいるとはねえ。キメラって食える奴多いらしいから今度の蟹もきっと大丈夫だろ」
 龍深城・我斬(ga8283)は去年の夏、UPC制作で演習も兼ねて大々的に行われた怪獣映画の撮影を思い返していた。
 さすがにあの映画に登場した蟹モンスターほどの巨大さではないにせよ、偵察写真から推定されるキメラの大きさは縦横30m前後。水中キメラでもこれほどのサイズは滅多に見かけないので、あるいは最初からタンカーなど大型船舶の撃沈を目的に造り出された実験種なのかもしれない。
「デカいやつはそれだけ強いと相場が決まっているもの。巨大キメラと聞いては黙ってられないわね」
 と意気込む鯨井昼寝(ga0488)のような者もいたが、傭兵達の関心は専ら

『こいつは食えるのか?』

 の一点に集まっていた。
「こんにちは王女様、カニ沢山食べに来たよ♪」
 ポン酢とお箸と包丁を抱えて「サラスワティ」に乗り込んできた潮彩 ろまん(ga3425)は既に過程をすっとばして結論に達している。
「いや、まあ‥‥食べる前にまず退治する必要があるわけじゃが」
「知ってるよ? 海で悪さをするなんて、絶対許せないもん! それに、ボク、カニ料理大好きなんだ」
 ニパっ! と笑うろまん。
「美海(ga7630)はいつかこんな日が来るだろうと、蟹調理師免許を取得しているのであります」
 通信教育で得た怪しげな免許を振りかざして意気揚々と乗り込んできた彼女は、本作戦に合わせて自らのビーストソウル(BS)を調理師仕様にチューンナップするという念の入れようである。
「蟹喰うのが超楽しみであります!」
「‥‥ん。蟹。食べ放題。楽しみ」
 蟹をたらふく食す為だけに参加した最上 憐(gb0002)の脳裏に浮かぶイメージは、もはや巨大キメラではなく「海中を移動する生きた蟹料理フルコース」。

 ともあれ食べる前にまず倒さねばならない。しかもなるべく原型を留めた姿で。
 それを思えばこの依頼、ただ殲滅すればいいという通常のキメラ討伐に比べてなかなかの曲者といえる。
「予備機のBSと試作・KV用漁網をお借りしてよろしいですか?」
 リヒト・グラオベン(ga2826)がラクスミに申請した。
 メトロニウム合金製のKV用漁網は去年の暮れ、「サラスワティ」がお節の食材確保のためL・H近海の漁に使用したものだ。
「それは構わぬが‥‥あの網でも、さすがに今回のキメラを丸ごと包むのは無理じゃと思うぞ?」
「ええ、判ってます。頃合いを見てうまく使わせて頂きますので」
 そういうと、リヒトは空母整備班の手を借り、自らが持ち込みの水中用装備と共にリースのBSに装着し始めた。

 うまく倒して死骸を回収できれば蟹食い放題――とはいえ敵もUPC海軍の軍艦さえ沈める巨大キメラ。決戦を前にして「サラスワティ」クルー達の表情も緊張に引き締まり‥‥

 ‥‥甲板上でせっせと大鍋や各種調理器具、テーブルなど蟹鍋パーティーの準備に余念がない。
 って食う気満々かよ!

 いつのまにかパーティーの準備作業を仕切っているのは美海。
「これで準備は万端。あとは大蟹をマナ板にのせるだけなのでありますよ」
 ちょうどその時、上空から周辺海域の捜索にあたっていた正規軍の対潜哨戒機より「巨大キメラらしき水中遊泳物体を確認」との連絡が飛び込んだ。
 かくしてオホーツク海沿岸の港湾都市・マガダン沖合で待機していた「サラスワティ」は、流氷混じりの波を蹴立てて現場海域へと出撃。
 傭兵やプリネア軍パイロット達も、上空班は飛行甲板、そして水中班は艦尾ウェル・ドックに待機させた各々の搭乗機へと向かった。

●北海のモンスター
【先行】
・α班(水中戦)
 リヒト(BS)
 ろまん(テンタクルス改)
 我斬(BS)
 マリア(BS)

・β班(空戦)
 明星 那由他(ga4081)(岩龍改)
 憐(ナイチンゲール改)

【後続】
・γ班(水中戦)
 仁(ディアブロ)
 統治(雷電)
 昼寝(KF−14改)
 櫻小路・なでしこ(ga3607)(BS)
 美海(BS)

 ※リヒト、なでしこ、マリアは【捕縛】も担当

 現場海域に近づいたところで、一足早く李兄姉のウーフー、そして対潜仕様サイレントキラーが空母の飛行甲板から飛び立っていった。
 最初に通報があったポイントから敵キメラが移動している可能性も高いし、何より「サラスワティ」本体が海中から奇襲攻撃を受けてはたまらないからだ。
 サイレントキラーが投下式ソノブイをばらまき、2機のウーフーが索敵データをリンクして空母のCDC(戦闘指揮センター)へと転送される。
 間もなく「サラスワティ」を中心とした広範囲に対潜索敵網が形成され、空母の前方2時の方角、海面下およそ百mの水中を移動する不審な影が探知された。
 全長およそ30m、鯨にしては妙に四角張った「それ」がターゲットの蟹キメラに間違いない。
 この報せを受けて、先行のα・β両班が出撃を開始した。彼らの任務はまず敵キメラの「釣り出し」である。
『G3P』計画の産物、MSI製ダイバーフレームの装備でテンタクルスの潜航性能を強化したろまんは大張り切りだった。
「ボクのテンちゃん、ダイなんとかって言うインド直輸入の奴で獣魂の魂宿したから、深い所もへっちゃらだよ!」
 といっても、決して七つの化身に変形できるわけではない。
 ろまん機に続き、リヒト、我斬、マリアのBSも艦尾の発進口から相次いで海中へと滑り出す。
「もう暖かいから炬燵は着ないが、今回は獣魂の見た目に凝ったぞ」
 我斬はBSの回避を上げるため、装備重量を減らしKVペイント「スィニエーク」による冬季迷彩、さらにKV用猫耳アンテナを装備。
 ネコミミの白いBSである。
「‥‥今いちカッコ良くなさげなのは気のせいだろうか?」
 水中用KV全機の発進を確認後、那由他と憐のKVも空母のスキージャンプ甲板を蹴った。
「鍋ってしたことないから‥‥、ちょっと楽しみだな」
 岩龍改の機上から、甲板上にならぶ大鍋の列をちらっと眺めて呟く那由他。

「反応が近づいてきました。各機速度を落としてください」
 リヒトが僚機に通信を送った。
 既に「敵影」は各水中用KVのセンサーにもはっきり捉えられている。
 蟹型キメラは鋏を含めた8本の手足を縮めた形で潜水艦のごとく航行していた。本物の蟹なら海底を這っているところだが、キメラだけに生体水流ジェットなど何らかの推進能力を備えているのだろう。
 キメラの方も接近するKV4機の気配に感づいたらしい。
 進路を変更し、前肢にあたる2つの巨大な鋏を振り上げ突進してきた。動きこそ鈍そうだが、そのサイズから見ても直撃を食らえば装甲の厚い水中用KVといえどもタダではすむまい。
「行くよ、テンタクルスダイバー‥‥新たな力を見せるんだ!」
 敵を海面近くまでおびき寄せるべく、ろまんはあえてW−01を前進させて挑発。
 その間リヒトは後続のβ班、そして上空のγ班にキメラ発見を通報した。
「皆様、さっそく獲物がかかったようです」
 β班の情報管制を担当するなでしこが僚機に呼びかけ、後方で待機しつつ周囲に別の水中キメラが活動していないか警戒していた同班5機も動き出した。
 β班のうち仁のディアブロ、統治の雷電は水中キット使用で潜航しているため移動力が劣る。そこでなでしこ、美海のBSと機体をロープで結びつけ曳航してもらった。
 むろんこのままで戦闘はできないので、現場に到着しだいロープは外すことになるが。
 やがて合流を果たしたα・β両班は、それぞれ蟹キメラの左右に展開し水中用ガウスガン等の中距離兵器で牽制射撃を開始した。
 ここで集中的に重魚雷でも叩き込めば簡単にケリがつくであろう。だがそれでは中身もろとも吹っ飛んでしまい、蟹鍋どころではなくなってしまう。
 昼寝は鋏の間合いに注意しつつ正面から足止め。その他の傭兵達は大鋏の死角となる後方や側面、腹の方へと回り込み、中距離攻撃で少しずつキメラの体力を削っていく。
 当初は鋏を振り回し、また水属性のブレスを吐いて荒れ狂っていた巨大蟹も、ガウスガンによるダメージがジワジワ効いてきたか、やがて逃げるように浮上を開始した。

 上空で待機していた那由他と憐の眼下でにわかに海面が泡立ち、水飛沫を上げて怪物の巨体が姿を現わした。
「うわ‥‥、ホントにそのまんま‥‥タラバガニだ‥‥」
「‥‥ん。蟹見えた。お腹空いてきた」
 驚き呆れる那由他とは対照的に、最初から相手を「ご馳走」としてしか見てない憐は落ち着き払っている。
 彼女の関心はただひとつ「如何にして蟹の風味を損なわず仕留めるか」にある。
 γ班2人のKVには一応対艦攻撃も可能なロケットランチャーも装備してあるが、これはあくまで僚機がピンチに陥った時など非常事態に備えてのものだ。
「‥‥ん。蟹味噌が。吹き飛ぶと。一大事。危険」
「例のものを、使います‥‥皆さん、有効エリア外へ‥‥、退避して下さい」
 那由他は海中のKV部隊に警告を発すると、岩龍改の速度をギリギリまで落とし、蟹キメラに向けて急降下の態勢を取った。
「3、2、1――0!」
 海上にポッカリ浮いた小島の様な蟹キメラ目がけ、Gプラズマ弾投下。
 直径百mに及ぶ放電光がキメラの巨体を包み込む。
 さしもの巨大蟹もこれには堪えたらしく、片方の鋏を振り上げた姿勢のままでピタリと硬直した。
「‥‥、そういえば‥‥、『プラズマ弾頭』と『カニ』に縁のある大規模作戦だったな、今回」
 G4弾頭輸送におけるゾディアック「蟹座」撃墜。さらにそのG4弾頭を搭載したガリーニンによるラインホールド攻撃の際の陽動作戦など、数々の功績で勲章まで授与された那由他だったが――。
(「まさか‥‥最後の敵が、こんなイロモノだなんて‥‥、思わなかった‥‥」)
 那由他機の後に続き、憐のナイチンゲールが高度を落として蟹キメラに迫る。
 これは憐自身使うかどうか迷っていた戦法だったが、敵の動きが完全に止まったのを好機と見計らい使用に踏み切った。
「‥‥ん。今が。チャンスかも。やってみる」
 ブーストオン。ハイマニューバ起動。
 慎重に狙いを定め、ちょうど真上を向いた大鋏の関節部分にソードウィングで斬りつける。
 ――巨大な鋏がベキッと音を立てて中程から折れ、海中に落下。
 その直後、蟹キメラも再び動き出し、自ら海面下へとブクブク沈み込んでいった。

 上空からの攻撃でダメージを負い、這々の体で海中へ引き返してきた巨大蟹に対し、Gプラズマ弾の有効エリア外で待機していたα班、β班の水中部隊がブーストで距離を詰め、一斉に襲いかかった。
 片方の鋏を失い、動きもかなり鈍ってきたキメラに対し、今度は白兵戦によりとどめの攻撃を加えるのだ。
「何よこいつ! 図体だけで見かけ倒しじゃない!?」
 強大な敵と命を張っての死闘を期待していた昼寝は、不甲斐ない蟹キメラへの怒りをこめてレーザークローで歩脚を切り取りにかかる。
「暴れるな、茹でガニ、カニ鍋、カニ味噌‥‥ボク、絶対逃がさないもん!」
 水中用太刀「氷雨」を嬉々として振るうろまんの目に、それはもはや「キメラの姿をした蟹料理フルコース」としか映っていない。
「脚を全部切り飛ばせばもう抵抗できないだろう。貰ったぜ!」
 我斬もまたレーザークローで蟹脚を狙う。
 仁も「氷雨」を構えて脚の根元へ斬りつけた。
 そんな中、統治の雷電は慎重にガウスガンによる援護射撃に徹していた。
「流石にコイツで水中格闘はしたくないんでね」
 鋏を含め殆どの脚を失い、一回り小さな甲羅だけの姿となったキメラを、
「なでしこ、マリア‥‥準備は良いですか?」
 リヒト、なでしこ、マリアが操るBS3機がKV用漁網で巧みに包み込む。
「むウ、見事な絡めとり! さすが俺の水中戦の師匠」
 九州沖海戦の折、KVの水中戦闘についてマリア少尉からレクチャーを受けた我斬が関心したように唸った。
 ついに力尽きて動きを止めたキメラを3機のBSが網で引っ張り空母へと曳航する一方、残りのBSとダイバーフレーム装備のテンタクルスは水深200mまで潜航し、海底に散らばった蟹脚を回収した。

●オホーツク蟹道楽
 脚を失いひと回り小さくなったとはいえ、そのまま空母に引揚げるにはやはり大きすぎる。
 そこでリヒト達3機が漁網を広げ、息の根を止める意味も含め美海とろまんがレーザークローと「氷雨」を使い分け蟹キメラの解体作業にかかった。
「わぁ、レーザー当たったとこの回り、じゅるって汁が溢れて、美味しそう‥‥コックピットの中まで香りが漂ってきそうだよね♪」
「甲羅はいらないから、ここで捨てるでありますよ」
「あ、一部だけ残しといて。ボクが使うから」
 一足先に空母に帰投した憐は、その光景を艦上から指をくわえて眺めていた。
「‥‥ん。蟹。大きいね。食べ応えが。ありそう」
 かくして解体された巨大蟹の身と蟹味噌、さらに我斬達が回収してきた蟹足は空母のクレーンで甲板上へ引揚げられた。
「これで何人分になるんだ?」
 積み上げられた蟹の身と蟹足を見渡し、雷電を降りた統治が首を捻った。
「通常のタラバの約30倍。単純計算で質量・体積が通常のタラバの2万7千倍、つまり2万7千杯分の蟹肉を持っているって事だ」
 仁がざっと暗算する。
「‥‥クルーを全員連れてきても食いきれるかどうかって量だな」
「構わぬ。余った分は冷凍庫に運んで、しばらく本艦の食材にすればよいのじゃ」
 とラクスミ。
「それなら、後で私が蟹クリームコロッケを揚げて作り置きにいたしますね」
 おっとりした笑みを浮かべ、なでしこが申し出た。
 既に飛行甲板の各所では大鍋がグツグツ煮られ、輪切りにした蟹足で出汁を取ったうえ、切り刻まれた蟹の身が味噌や野菜、その他の具材と共にドンドン放り込まれている。
 これもなでしこの提案で野菜は多めに準備され、メインの鍋は和風・洋風・中華の3種類の味付けが用意されていた。
 さらに美海のリクエストで刺身と揚げ物も。
 我斬は鍋以外の料理についてもネットでレシピを調べて材料を買いこんでいた。もっとも彼の場合独り暮らしが長いので、簡単な蟹料理くらいならお手の物だが。
「俺は身とカニミソを贅沢に使った雑炊が食べたいな」
「あら、日本人なら雑炊は最後の締めに食べるものよ?」
 昼寝が口を挟む。
 そういう彼女は基本的に勝負の人なので、食べる時も勝手に勝負。
 今回の蟹鍋に関しては、他の食材には一切手をつけず、カニだけを選んでひょいぱくひょいぱく。下品にならない程度に黙々と平らげていく。
「‥‥味付けはシンプルな方が好みね」
 那由他はサイエンティストらしく、回収したキメラの肉の毒性やウィルス等の検疫を一通り行った。
「毒が盛ってある‥‥なんてことはないと思うけど、一応‥‥」
 その結果、一応の安全は確認できた。
「えっと、それで‥‥、鍋ってどう食べればいいんだろう?」
 勝手が判らずちょっとオロオロしていると、
「明星さーん!」
「那由他! 一緒に食べるアル」
 両手に箸と小皿を持った李兄姉がトコトコ駆け寄ってきた。
 そのまま3人でフーフーやりながら熱々の鍋をつつく。
「そういえば心なしか今回は‥‥大人の男の人と女の子が多い‥‥感じだ」
「大人の女の人って、鍋が嫌いなんでしょうか?」
 そういって小首を傾げる海狼。
 まあ女の子といえば憐もそうだが――。
「‥‥ん。大きいけど。美味。おいしい」
 彼女の場合、もはや完全に己の世界に没入している。
「‥‥ん。食べても。食べても。無くならない。ここは天国」
 KVを降りた後も覚醒したまま、脇目もふらずひたすら食らう。
「‥‥ん。蟹味噌。蟹味噌。蟹味噌」
 底なしの胃袋が満腹になるまで、一心不乱に延々と食らう。
 憐の魂は独り蟹の桃源郷に遊んでいた。
 その傍らで、海底から引揚げた甲羅の一部を鍋代わりにコンロにかけたろまんがオリジナル蟹鍋の調理に勤しんでいる。
「ボク、ちっちゃな頃からお手伝いしてたから、海の料理ならバッチリだもん!」
 一方、美海はといえば、
「そこ、鍋が煮えすぎ! そこ、具が切れてるでありますっ!」
 甲板中を駆け回り、鍋奉行として八面六臂の忙しさである。
 統治などは、ごく普通に鍋料理を食べまくり堪能していたが。

「出来立てカニ料理で熱燗をきゅーっと一杯、いやたまらんねぇ!」
 持参の日本酒をお銚子で飲み干し、我斬が思わず声に出した。
「全くじゃ。『南極に建てた温室の中で冷えたビールを飲むのが最高の贅沢』というが、こちらの方が断然上じゃな」
 分厚い防寒服を着たまま、熱い蟹味噌の荒汁をすすりつつラクスミも頷く。
 北海の寒風吹きすさぶ甲板上は氷点下近い温度。だがそんな中で食べる熱々の鍋がまた格別なのだ。
「こいつもどうだい?」
 鋏の一部を使った手製の焼き蟹を仁が勧めた。
「すまぬのう‥‥おお、なかなか美味ではないか?」
 仁は同じ料理をマリアにも勧めたが、なぜか彼女は食が進まない様子だった。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
 ふと気になったなでしこは、マリアに声をかけ甲板の隅に誘った。
「ラクスミ殿下から伺ったのですけど、大規模作戦の時――」
「そう。あのひとの‥‥シモン(gz0121)のステアーに突っ込もうとした‥‥」
「どうしてそんな無茶を?」
「終わらせなくちゃいけないと思った‥‥でも、やっぱり‥‥私ひとりの力じゃ、とても無理‥‥」
 そう呟いたきり、マリアは俯いてじっと黙り込んだ。
 その様子を遠目に見やり、仁はふと独りごちる。
「しかしこんな戦いがいつまで続くのか‥‥ああ、でも‥‥戦いが終ったらラクスミ達とも逢えなくなるのか」
「もし平和になったら、一度プリネアに遊びに来るがよい。小さな国じゃが‥‥わらわにとっては世界一美しい場所じゃ」
 南の方角を遠い目で見つめながらいうと、王女は残りの荒汁を冷めないうちに掻き込んだ。

 やがて時は過ぎ、大鍋に炊きたてのご飯が投げ込まれると、昼寝の意見通り傭兵やプリネア兵達は蟹雑炊を食べて鍋パーティーの最後を締めた。
「‥‥ん。久しぶりに。満腹になった。暫く。動けないかも」
 食うだけ食った憐が、そのままポテッと甲板に大の字になる。
 パーティーの最中鍋奉行として走り回っていた美海もまた、最後の雑炊を一口二口食べたきり、疲れの余りバタンキュー。
「おなかいっぱい、もう食べれないでありますよ〜、むにゃむにゃ」
 そのまま2人とも眠り込んでしまう。
「能力者とはいえ、こんな場所では風邪をひくであろう。誰ぞ、艦内の休憩室に運んでやるがよい」
 苦笑いしつつ、ラクスミが配下の兵に命じた。
 無事蟹キメラ討伐(と蟹鍋パーティー)を終えた「サラスワティ」は、マガダンの港へ向けて進路を取る。
「蟹‥‥、蟹座‥‥か‥‥」
 李兄妹と一緒にパーティー会場の片付けを手伝いながら、那由他はふと極東ロシアの方角を見やった。
 彼が仲間達と共に撃墜したゾディアック「蟹座」ハワード・ギルマン(gz0118)――だが奴は娘のエリーゼ・ギルマン(gz0229)にヨリシロを乗り換え復活した。
「まだ‥‥終わってないんだ‥‥、何も‥‥」
 オホーツクの寒風に吹かれながら、那由他の脳裏にはなぜか次の依頼の地であるゴビ砂漠の光景が広がっていた。

<了>