タイトル:家族の残影マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/27 11:33

●オープニング本文


 その日、高瀬・誠(たかせ・まこと)は「訓練所」からの帰り、家から少し手前のバス停で降り、そこから自宅へ向かっていた。
 特に理由はない。ただ、家に帰るまで少し歩いてみたい気分だった。

 14歳の誠は、つい2ヶ月前まで、ごく平凡な中学生として勉強や部活にいそしむ日々を送っていた。
 だが、あの悪夢のような出来事――学校の社会見学で訪れた海上プラントでバグア軍の襲撃を受けた事件が、その後の彼の生活を一変させてしまった。
 親しい友人たちを全て喪い、唯一共に救出されたクラスメートの萩原真弓(はぎわら・まゆみ)は、精神的ショックが大きく未だに入院中だ。

 いま、誠は中学ではなく「能力者」として県内のUPC訓練施設に通っている。既にエミタの移植は終え、初期訓練が終われば傭兵の卵としてラスト・ホープに送られる予定となっていた。ちなみに向こうにも学園があるので、希望すればそちらに編入できるとのことだった。
 ついこの間まで、学校で悪友達とバカ話などしてふざけ合っていた日々が、ひどく遠い昔のことに思われる。
(学校に戻っても‥‥もういないんだよな。‥‥あいつらも、真弓も)
 オーディオプレーヤーのイヤホンを耳に挿し、お気に入りのポップミュージックを聴きながら、人気のない宵の口の住宅街をぶらぶらと歩いていく。

 ふと、一軒の民家の前で足を止めた。

「尼崎」と表札の掲げられたその家は、高いブロック塀に囲まれたかなり立派な邸宅だったが、母屋の窓や扉には立ち入り禁止を示す黄色いテープが張り巡らされている。
 先日、この家で何が起きたかは、誠もニュースや新聞で知っていた。
 日本最大の軍需企業「銀河重工」の社員とその妻がバグアに寄生され、同社がライセンス生産しているナイトフォーゲルの情報を敵側に流そうとした事件だ。
 結局、能力者の傭兵たちがUPC正規軍と協力し、夫妻および同家に潜伏していたキメラを「殲滅」したと聞いている。
 家のブロック塀はひどいことになっていた。
 誰がやったのか、ペンキスプレーで「バグアのスパイ」「裏切り者」「地獄に堕ちろ!」‥‥等々、見るに堪えない悪戯描きが壁一面に描かれている。
(ひどいよなあ‥‥別に、あの人たちだって好きで『寄生』されたわけじゃないのに)
 思わず気の毒になるが、自分もいずれ正規の傭兵になれば、結局そうした人々を「殲滅」する側に立つのだと気づくと、誠は何やら複雑な心境になった。

 海上プラントから救出された当初、世間やマスコミは「奇跡の生存者」「級友の少女を守った勇敢な少年」として誠を称賛した。だが、後に彼が「能力者」の適性を持ちながらエミタ移植を拒んでいた事実が知れると、風向きは一変し「臆病者」「人類防衛の非協力者」と非難する電話やFAX、手紙が殺到した。
 UPCの方針として、あくまで能力者の登録は「本人の自由意志」であるが、日本本土に対するバグア軍の攻勢が一段と激しさを増すいま、世間一般には「適性者なら当然能力者になって闘うべし」という風潮が広がっていたのだ。
 周囲からの圧力で父親は会社を退職し、母親はストレスで寝込んでしまった。もはや高校受験どころではなくなり、皮肉なことにこれまでエミタ移植に反対していた両親からの懇願により、誠は否応なく「能力者」への道を選択せざるを得なかったのだ。
(でも、本当にこれでよかったのかな‥‥)
 むろん友達の命を奪ったバグアは憎い。あのとき自分に能力者の力があったなら――とも思う。
 ただ「敵」といっても誠はバグア本体を見たことさえないので、未だに実感が湧かなかった。

 ため息をついて歩き出したとき、ふと妙なことに気づいた。
 立ち入り禁止のはずの尼崎邸の門が、わずかに開かれているのだ。
(‥‥?)
 不審に思った誠は、門の陰からそっと覗き込んだ。

「ごめんね、ママ。美帆、悪い子だった‥‥」

 声が聞こえた。
 荒れ果てた庭の片隅。生い茂った雑草の前にしゃがみ込み、幼い少女が何事かブツブツとつぶやいている。
(何だろう? あの子、いったい誰と喋ってるんだ‥‥?)
 目をこらして少女が向かい合った草むらを見つめたとき、誠はゾッとした。
 高さ30cmもない雑草の間から、白い女の顔だけが覗いていたのだ。
 女の口が開き、人語の代りに歌うような囀りが微かに響いた。
(お、オバケ‥‥いやキメラ!?)
 誠は咄嗟に「覚醒」し、同時にオーディオのボリュームを最大に上げた。
「訓練所」で受けた講習で、「歌声で人間を操るキメラがいる」と教わったばかりだったからだ。
「うん。うん‥‥わかった。ママのいうとおりにする」
 少女はそういって立ち上がると、門の方へ向かって歩き出した。
 その胸に、可愛らしいフランス人形を抱えている。
 人形を抱いた少女は虚ろな表情のまま、少年には目もくれず歩き去っていく。
「君! ちょっと待――」
 慌てて呼び止めようとした誠に、上空から闇波動の攻撃が襲いかかってきた。
 ひとたまりもなく路面に弾き飛ばされ、薄れていく意識の中で、女の上半身に鳥の体を持つキメラが、嘲笑を上げて飛び去っていく姿が映った。

 気絶していたのはどれだけの間だったか。
 意識が戻ったとき、周囲はすっかり夜の闇に覆われていた。
 もうキメラも、少女の姿も見えなかった。
 体の痛みを堪えながら、誠は辛うじて身を起こした。実際、覚醒状態でなければ即死していただろう。
 鞄から携帯を取り出し、液晶画面を見つめる。
(頼むよ、つながってくれ‥‥)
 バグアによるジャミングのため、地域によって携帯は非常に使い辛い状況になっている。
 だが幸い、ここでは使えるようだった。
 訓練所で教わったラスト・ホープ直通のナンバーをプッシュし、誠はひたすらオペレーターが出るのを待った。

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
鷹見 仁(ga0232
17歳・♂・FT
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
佐間・優(ga2974
23歳・♀・GP
エリザベス・シモンズ(ga2979
16歳・♀・SN
春風霧亥(ga3077
24歳・♂・ER
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
田沼 音羽(ga3085
18歳・♀・ST

●リプレイ本文

「今回は緊急の依頼だ。物資の貸与は現地の正規軍に申請してくれ」
 UPC士官の言葉通り、傭兵達は事前の準備もそこそこに、高速移動艇に飛び乗り日本へと出発した。

「‥‥両親をバグアに殺された挙句に、今度は操り人形か‥‥不憫だが、彼女だけが特別って訳じゃない。もっと酷い目に遭っている子供だっているだろう。‥‥そんな子供を1人でも多く救ってやらないとな」
 資料として渡された「尼崎夫妻スパイ事件」の報告書に目を通しつつ、ゲック・W・カーン(ga0078)はため息をついた。
「俺達の任務は破壊工作の阻止とキメラ殲滅だが‥‥できれば先の事件で傷ついた美帆という子の心も、助けてやりたいな」
 と、鷹見 仁(ga0232)がつぶやく。
「‥‥依頼には少女救出が含まれてなかったようですね。軍として正しいとはいえ、気に入りません」
 リヒト・グラオベン(ga2826)には、もうひとつ気がかりなことがあった。
 キメラに襲われ、負傷しながらも事態をUPCに通報した能力者の訓練生――高瀬・誠(たかせ・まこと)は、以前ある任務で彼が救出した少年でもあったからだ。
「傷口を抉り続けるバグアの卑劣なやり方…許せません! 過去の悲劇は取り返せませんけれど、せめてミホだけは必ず救出致しましょう」
 エリザベス・シモンズ(ga2979)、通称「リズ」が、意を決したようにいう。
「バグアのせいで両親を失った‥‥そんな子だからこそ幸せにならなければいけないのに、これ以上心に傷を負わせることは避けないといけない」
 かつて施設で育ち、施設への寄付のために傭兵の道を選んだ春風霧亥(ga3077)にとって、とてもこんな事態は看過できるものではないだろう。
「ご両親が利用され亡くなってるのに‥‥娘さんまで同じ目にあわせる訳にはいきません」
 田沼 音羽(ga3085)も同意を示す。
 その一方で、
「‥‥仮に救えたとして‥‥いえ、もちろん救うつもりですが、でも‥‥その子は喜ぶ‥‥? 幸せになれる‥‥?」
 朧 幸乃(ga3078)は自問自答していた。
「いや、私のやるべきことは、その人の命や人生の価値を決めることじゃない‥‥目の前の、護れる命を護ること、ただそれだけ‥‥」

 やがて移動艇は日本に到着。適当な空き地に着陸させ、現場の尼崎邸へ向かうと、屋敷の前にはUPCのマークを付けた装輪装甲車、それに何台かのパトカーが止まり、周囲に集まった野次馬を警官隊が遠ざけようと躍起になっている。
「――だから、何度もいってるでしょう!? あの子は『寄生』されてるんじゃない! ただ操られてるだけなんです!」
 中学生くらいの少年が、大柄なUPC将校に向かって叫んでいた。
「‥‥お、ようやくおいでなすったか」
 とりあえず落ち着かせるように少年の肩に両手を置いて引き離し、将校は傭兵たちの方に歩み寄って敬礼した。
「松本少佐ですね? 海上プラント襲撃事件ではお世話になりました」
 先方の自己紹介を待たず、リヒトが右手を差し出した。
「ああ、あんたあの時の‥‥」
 松本は苦笑して握手を返す。
「この間も、あの任務に参加した別の傭兵さんに会ったぜ。どうも、よくよく縁があるようだなぁ」
「で、状況はどうなっている?」
 佐間・優(ga2974)が尋ねた。
「とりあえず、銀河重工の支社ビルと工場へは部下を派遣してる。といっても、何せいま部隊の半分以上を名古屋に引き抜かれてなぁ‥‥正直言って兵力は充分と言い難い」
 うんざりした顔つきで、松本は答えた。
「支社ビルと工場にいた民間人はもう避難させた。ただ支社はまだしも、工場のラインまで一晩で何処かに移すわけにもいかんしな。それと、問題は‥‥」
「あ、あなた! 確か、海上プラントで僕らを助けてくれた方ですよね!?」
 兵士たちの制止を振り切り、高瀬・誠がリヒトの前に駆け寄った。
「何とかいってやってください! この人たち、あの女の子までキメラと一緒に殲滅するつもりなんですよ!」
「しょうがねえだろう。俺達が部隊を動かすときは‥‥原則、キメラやバグア宿主の殲滅が前提なんだから」
「僕は見たんです! あの子が、この家の庭で女の顔をしたキメラと喋ってるのを――あれ『セイレーン』っていう奴でしょ? 訓練所で教わりました!」
「このボウヤはこういってるんだが‥‥実際のところ、どうなんだ?」
 助けを求めるように、松本が傭兵達の顔を見渡した。
「わたくしは、以前に同じタイプのキメラと闘った経験があります」
 リズが答えた。
「歌声で人間を洗脳する、怖ろしい敵ですわ。ですから、彼の言葉に嘘はないと思います」
「フム‥‥」
 松本はじっと考え込み、
「俺が上から受けた命令は、あくまで『殲滅せよ』だが‥‥あんた方は傭兵だ。作戦行動にもそれなりに裁量権が与えられてるんだろ? なら、尼崎美帆を発見した時の判断は任せよう‥‥ただし、重要施設や民間人に危険が及ぶと判断したときは、こちらも殲滅行動を実施させてもらうからな」
「判りました。必ず、守ってみせましょう‥‥施設も、少女も」
 リヒトは松本に誓ってから、誠の方に向き直った。
「君はどうします? もし、能力者として迷いを感じているならば、この事件の行く末を見届けませんか? 何か、答えを得ることが出来るかもしれません」
「連れて行ってください!」
 誠が迷わず叫んだ。
「海上プラントの時も、能力者に登録した時も‥‥僕はただ、周りの状況に流されるだけでした。でも今度だけは――悔いのないよう自分の意志で選びたいんです! どんな結果に終わろうと!」
「いいだろう。君のクラスは?」
「‥‥ファイターです」
 結局、霧亥が練成治療で誠の負傷を癒し、ゲックが装備品のナイフを貸して同行させることになった。

 いったん装甲車の中に戻った松本が、申請していた無線機と防音装置を抱えて戻ってきた。防音装置は、ちょうどヘッドフォンを思わせる耳当てタイプだ。
「射撃演習なんかに使うやつだ。まあこれで百%防げる保証はないが、ないよりゃマシだろう。それと爆発物探知機と冷却剤は一応現場の処理班に持たせてあるが‥‥あれは爆弾のすぐ側まで近づかなきゃ使えねえからなぁ」

 艇内の打ち合わせ通り、傭兵たちは2班に分かれて施設の警戒に当ることにした。
 A班(銀河重工支社ビル):仁、優、霧亥、朧
 B班(同社工場):ゲック、リズ、リヒト、音羽、誠
 ※両班は適時無線連絡、一方で美帆発見の場合他班は速やかに合流。

 支社ビルと工場の距離は、自動車で約15分ほど。両班の移動のため松本少佐が正規軍のHMV(高機動車)2台を手配してくれた。
 なお、松本自身が率いる「殲滅部隊」は両施設の中間に待機し、状況に応じて行動する。

「向こうに着くまでの間も、あの子を捜してみるよ」
 支社ビル警備に回った優がいった。
「もし見つけても、すぐに保護しに行ったり近くにいるかもしれないセイレーンを倒したりはしないで、周りに他のバグアがいないか確かめるべきだろう」
 彼女が警戒する理由は、美帆が抱えていたという「人形」にあった。
「その人形が爆弾なのかバグアなのかわかんねーけど、爆弾なら人と同じか、それ以上の知能を持った敵が近くにいるはずだからな」
 キメラとしては高い知能を持つといわれるセイレーンだが、果たして子供を操って重要施設を爆破するなどという芸当ができるのか。それを思えば、他にも破壊工作の要を担う「敵」が存在している危険性は充分にあった。

 B班の傭兵たちが工場に着いたとき、既に深夜の10時を回る時刻だった。
 広い敷地内には防音ヘルメットを被った兵士達が対キメラ用の大口径ライフルを構えて警備に当っていたが、松本もいったとおり数も少なく、いかにも心許ない。
 傭兵達は車を降り、一斉に覚醒状態に入った。
 誠もそれにならって覚醒する。電子回路を思わせる青白い幾何学模様が、少年の体表面に淡く浮き上がった。
「やはり気になりますね。美帆ちゃんが持っている『人形』‥‥」
 超機械で仲間の武器を練成強化した音羽が、不安げにいった。
「もし爆弾なら、一発で工場やビルを破壊できるほど強力なもののはず‥‥あるいはバグアだとしても、正体を見破られた瞬間美帆ちゃんに『寄生』する怖れも――」
 その言葉が、途中で止まった。
 闇の向こうから、ジュニアドレスにカーディガンを羽織った小さな人影が、ふらふらと近づいてくる。
 ――フランス人形を胸に抱いた、幼い少女。
 ゲックとリヒトが身構えた。瞬天速の有効圏である30m内に接近すれば、すかさず美帆から人形を奪って救出すためである。
 正規軍の兵士達も一斉にライフルを構えるが、松本少佐から言い含まれているのか、発砲はしない。
 リズはセイレーンの襲撃に備え、アーチェリーボウを夜空へ向けた。
 投光器の明かりが、虚ろな瞳で人形を抱き締めた美帆の姿をくっきりと浮き上がらせる。
 30m圏まであとわずか――だが、そこで不意に少女は立ち止まった。
「美帆ね、悪い子だったんだ‥‥」
 誰にいうともなく、小さな唇から声がもれる。
「だから、パパとママはどっかへ行っちゃった‥‥でもね、ママがいってくれたの。いうこと聞いたら、2人ともおうちに帰ってきてくれるって‥‥」
「違うわ美帆ちゃん! あなたはキメラに騙されてるの!」
 思わず音羽が叫ぶが、その声は少女の耳に届いていない。
「ママ‥‥美帆、今度こそいい子になるよ」
 少女に抱かれた人形が、顔を上げてニタリと笑った。
 カッと見開かれたドールアイから淡紅色の熱線がほとばしり、工場ビルの一角を吹き飛ばす。
「なっ!? こいつバグア‥‥いえ、キメラですわ!」
 リズが急いで標的を人形に変えるが、美帆がいるため矢を射ることができない。
「う、うわぁーっ!」
 ナイフを握りしめた誠が突進するが、足許の地面に熱線を受け、その爆発で弾き飛ばされた。
 だがその隙に左右から回り込んだゲックとリヒトが、それぞれ瞬天速で間合いを詰める。
 ゲックが少女の手からもぎ取った人形を放り捨て、リヒトが美帆を確保。
 人形が手から離れた瞬間、美帆は気を失い、力なくリヒトの腕の中に崩れ落ちた。
 いったん地面に落ちたものの、そのままピョンピョン飛び跳ねながら工場へ迫るドール型キメラに向け、音羽が超機械の電磁波攻撃を浴びせる。
 さらにリズの放ったアーチェリーボウの矢がその小さなボディを射抜いた。
『ギギギ‥‥ギギッ』
 矢の串刺しになりながらも、ガクガク揺れながら所構わず熱線を撃ちまくるドールキメラ。
 だが黒い疾風が駆け抜けた瞬間、その五体がバラバラになって飛び散った。
 ゲックのファングが敵を切り裂いたのだ。
「バグアの野郎‥‥薄気味悪いモノ作りやがって」
 地面に倒れた誠の元へ、リヒトが慌てて走り寄る。
 幸い、気絶しているだけで大したケガは負っていないようだった。
 そのとき、頭上を黒い影が過ぎり、同時に歌うような囀りが響いた。
「うっ‥‥!?」
 意識が遠のくような感覚に、傭兵たちが頭を抱えてよろめく。
 防音装置のおかげで幾分和らげられているとはいえ、頭骨を通して響いてくるその「歌声」は甘く優しく、『コワセ、コワセ‥‥ナニモカモ』と心の奥底に呼びかけてくる。
「セ‥‥聖ジョージのご加護の‥‥あらんことを!」
 強靱な意志力で「歌声」に耐えつつ、リズがアーチェリーボウを構え直し、鋭覚狙撃で上空の黒い影を狙って矢を放つ。
『ケエェ――ッ!』
 翼の根元を射抜かれたセイレーンが、悲鳴を上げながら落下してきた。
 羽根をもがれたキメラは、それでも窮鼠の反抗とばかり闇波動や光波動を放ちまくり、傭兵たちや正規軍部隊を寄せ付けない。
 そのとき、1台のHMVがタイヤを軋ませながら急停車し、中から4つの人影が飛び出した。
「大丈夫か!?」
 支社ビル警備を担当していたA班だった。
 工場方面へ向かう美帆の姿を目撃した松本隊の連絡により、彼らは既にこちらへ急行していたのだ。
 優と幸乃が瞬天速で突入し、セイレーンの喉笛を狙って斬りつける。
 苦痛と憎悪に顔を歪め、それでもなお鋭い鉤爪で挑みかかる怪鳥に、仁の蛍火による豪破斬撃がとどめを刺した。
「建物はいくらか破損したようだが、工場は無事か‥‥任務完了だな」
 優はファングに付いたキメラの血を振り払った。
「んん‥‥ここ‥‥どこ?」
 ふと目覚めた美帆が、まだ夢うつつのような顔つきでいった。
「‥‥大丈夫か?」
 歩み寄った仁が、かがみ込んで尋ねる。
「お兄さんたち‥‥だれ?」
「俺達は‥‥傭兵だ。『能力者』の」
「――!」
 少女の瞳が大きく見開かれ、声にならない叫びを上げて仁の顔や胸を叩いた。
 幼いとはいえ、新聞やTVの報道から自分の両親がどんな最期を遂げたか知っていたのだろう。
 仁は美帆のなすがままにさせ、やがて殴り疲れてぜいぜい息をつく小さな体をぎゅっと抱き締めた。
 ――少しでも、自分の体の温もりが伝わるように。
「大切なお父さんやお母さんを奪われた君の気持ちは、分からない訳じゃない。だから‥‥許してくれとは言わない、でも、見ていてくれないか? きっと取り戻してみせるから。君のお父さん達が、君に渡したかった世界‥‥みんなが笑って暮らせる世界を」
「パパたちが‥‥美帆に渡したかった世界?」
 目を真っ赤に泣きはらし、頬を涙で濡らした少女が、小さくつぶやいた。


 五日ほど後。
 幸乃を除く傭兵たちは、美帆の見舞いのため病院を訪れた。
「あのね、昨日、ちょっと怖い顔のおじさんが来たの‥‥」
 ゲックが買ってきたヌイグルミを受け取りながら、少女がいった。
「パパとママを殺したのは自分だって‥‥だから、能力者のお兄さんやお姉さんたちを恨んじゃダメだって‥‥」
 どうやら、松本少佐が先に見舞いに訪れていたらしい。
「美帆、難しいことはよく判らない‥‥けど‥‥」
 ヌイグルミを抱き締め、俯いた少女の顔からポタポタ涙が落ちる。
「きっと取り戻してね‥‥みんなが、笑って暮らせる世界を」
「今は辛いかも知れないけど‥‥いつか見つけてください。美帆ちゃん自身の幸せを」
 その為になら、俺も力になりたい――霧亥はそう思った。

 同じ頃、幸乃は独り、旧尼崎邸の庭に立っていた。
 中身は違えど自分は美帆の両親を救えなかった「能力者」の一員だと思うと、やはり少女と顔を合わせるのは気が重く、同じ兵舎に属する霧亥に後を託して自らはこの場所を訪れていたのだ。
 荒れ果てた庭にそっと花束を置き、廃屋と化した母屋を見上げる。
 そこには、かつて明るく笑い声に溢れていたはずの、幸福な家族の残影だけがあった。

<了>