●リプレイ本文
「今回は緊急の依頼だ。物資の貸与は現地の正規軍に申請してくれ」
UPC士官の言葉通り、傭兵達は事前の準備もそこそこに、高速移動艇に飛び乗り日本へと出発した。
「‥‥両親をバグアに殺された挙句に、今度は操り人形か‥‥不憫だが、彼女だけが特別って訳じゃない。もっと酷い目に遭っている子供だっているだろう。‥‥そんな子供を1人でも多く救ってやらないとな」
資料として渡された「尼崎夫妻スパイ事件」の報告書に目を通しつつ、ゲック・W・カーン(
ga0078)はため息をついた。
「俺達の任務は破壊工作の阻止とキメラ殲滅だが‥‥できれば先の事件で傷ついた美帆という子の心も、助けてやりたいな」
と、鷹見 仁(
ga0232)がつぶやく。
「‥‥依頼には少女救出が含まれてなかったようですね。軍として正しいとはいえ、気に入りません」
リヒト・グラオベン(
ga2826)には、もうひとつ気がかりなことがあった。
キメラに襲われ、負傷しながらも事態をUPCに通報した能力者の訓練生――高瀬・誠(たかせ・まこと)は、以前ある任務で彼が救出した少年でもあったからだ。
「傷口を抉り続けるバグアの卑劣なやり方…許せません! 過去の悲劇は取り返せませんけれど、せめてミホだけは必ず救出致しましょう」
エリザベス・シモンズ(
ga2979)、通称「リズ」が、意を決したようにいう。
「バグアのせいで両親を失った‥‥そんな子だからこそ幸せにならなければいけないのに、これ以上心に傷を負わせることは避けないといけない」
かつて施設で育ち、施設への寄付のために傭兵の道を選んだ春風霧亥(
ga3077)にとって、とてもこんな事態は看過できるものではないだろう。
「ご両親が利用され亡くなってるのに‥‥娘さんまで同じ目にあわせる訳にはいきません」
田沼 音羽(
ga3085)も同意を示す。
その一方で、
「‥‥仮に救えたとして‥‥いえ、もちろん救うつもりですが、でも‥‥その子は喜ぶ‥‥? 幸せになれる‥‥?」
朧 幸乃(
ga3078)は自問自答していた。
「いや、私のやるべきことは、その人の命や人生の価値を決めることじゃない‥‥目の前の、護れる命を護ること、ただそれだけ‥‥」
やがて移動艇は日本に到着。適当な空き地に着陸させ、現場の尼崎邸へ向かうと、屋敷の前にはUPCのマークを付けた装輪装甲車、それに何台かのパトカーが止まり、周囲に集まった野次馬を警官隊が遠ざけようと躍起になっている。
「――だから、何度もいってるでしょう!? あの子は『寄生』されてるんじゃない! ただ操られてるだけなんです!」
中学生くらいの少年が、大柄なUPC将校に向かって叫んでいた。
「‥‥お、ようやくおいでなすったか」
とりあえず落ち着かせるように少年の肩に両手を置いて引き離し、将校は傭兵たちの方に歩み寄って敬礼した。
「松本少佐ですね? 海上プラント襲撃事件ではお世話になりました」
先方の自己紹介を待たず、リヒトが右手を差し出した。
「ああ、あんたあの時の‥‥」
松本は苦笑して握手を返す。
「この間も、あの任務に参加した別の傭兵さんに会ったぜ。どうも、よくよく縁があるようだなぁ」
「で、状況はどうなっている?」
佐間・優(
ga2974)が尋ねた。
「とりあえず、銀河重工の支社ビルと工場へは部下を派遣してる。といっても、何せいま部隊の半分以上を名古屋に引き抜かれてなぁ‥‥正直言って兵力は充分と言い難い」
うんざりした顔つきで、松本は答えた。
「支社ビルと工場にいた民間人はもう避難させた。ただ支社はまだしも、工場のラインまで一晩で何処かに移すわけにもいかんしな。それと、問題は‥‥」
「あ、あなた! 確か、海上プラントで僕らを助けてくれた方ですよね!?」
兵士たちの制止を振り切り、高瀬・誠がリヒトの前に駆け寄った。
「何とかいってやってください! この人たち、あの女の子までキメラと一緒に殲滅するつもりなんですよ!」
「しょうがねえだろう。俺達が部隊を動かすときは‥‥原則、キメラやバグア宿主の殲滅が前提なんだから」
「僕は見たんです! あの子が、この家の庭で女の顔をしたキメラと喋ってるのを――あれ『セイレーン』っていう奴でしょ? 訓練所で教わりました!」
「このボウヤはこういってるんだが‥‥実際のところ、どうなんだ?」
助けを求めるように、松本が傭兵達の顔を見渡した。
「わたくしは、以前に同じタイプのキメラと闘った経験があります」
リズが答えた。
「歌声で人間を洗脳する、怖ろしい敵ですわ。ですから、彼の言葉に嘘はないと思います」
「フム‥‥」
松本はじっと考え込み、
「俺が上から受けた命令は、あくまで『殲滅せよ』だが‥‥あんた方は傭兵だ。作戦行動にもそれなりに裁量権が与えられてるんだろ? なら、尼崎美帆を発見した時の判断は任せよう‥‥ただし、重要施設や民間人に危険が及ぶと判断したときは、こちらも殲滅行動を実施させてもらうからな」
「判りました。必ず、守ってみせましょう‥‥施設も、少女も」
リヒトは松本に誓ってから、誠の方に向き直った。
「君はどうします? もし、能力者として迷いを感じているならば、この事件の行く末を見届けませんか? 何か、答えを得ることが出来るかもしれません」
「連れて行ってください!」
誠が迷わず叫んだ。
「海上プラントの時も、能力者に登録した時も‥‥僕はただ、周りの状況に流されるだけでした。でも今度だけは――悔いのないよう自分の意志で選びたいんです! どんな結果に終わろうと!」
「いいだろう。君のクラスは?」
「‥‥ファイターです」
結局、霧亥が練成治療で誠の負傷を癒し、ゲックが装備品のナイフを貸して同行させることになった。
いったん装甲車の中に戻った松本が、申請していた無線機と防音装置を抱えて戻ってきた。防音装置は、ちょうどヘッドフォンを思わせる耳当てタイプだ。
「射撃演習なんかに使うやつだ。まあこれで百%防げる保証はないが、ないよりゃマシだろう。それと爆発物探知機と冷却剤は一応現場の処理班に持たせてあるが‥‥あれは爆弾のすぐ側まで近づかなきゃ使えねえからなぁ」
艇内の打ち合わせ通り、傭兵たちは2班に分かれて施設の警戒に当ることにした。
A班(銀河重工支社ビル):仁、優、霧亥、朧
B班(同社工場):ゲック、リズ、リヒト、音羽、誠
※両班は適時無線連絡、一方で美帆発見の場合他班は速やかに合流。
支社ビルと工場の距離は、自動車で約15分ほど。両班の移動のため松本少佐が正規軍のHMV(高機動車)2台を手配してくれた。
なお、松本自身が率いる「殲滅部隊」は両施設の中間に待機し、状況に応じて行動する。
「向こうに着くまでの間も、あの子を捜してみるよ」
支社ビル警備に回った優がいった。
「もし見つけても、すぐに保護しに行ったり近くにいるかもしれないセイレーンを倒したりはしないで、周りに他のバグアがいないか確かめるべきだろう」
彼女が警戒する理由は、美帆が抱えていたという「人形」にあった。
「その人形が爆弾なのかバグアなのかわかんねーけど、爆弾なら人と同じか、それ以上の知能を持った敵が近くにいるはずだからな」
キメラとしては高い知能を持つといわれるセイレーンだが、果たして子供を操って重要施設を爆破するなどという芸当ができるのか。それを思えば、他にも破壊工作の要を担う「敵」が存在している危険性は充分にあった。
B班の傭兵たちが工場に着いたとき、既に深夜の10時を回る時刻だった。
広い敷地内には防音ヘルメットを被った兵士達が対キメラ用の大口径ライフルを構えて警備に当っていたが、松本もいったとおり数も少なく、いかにも心許ない。
傭兵達は車を降り、一斉に覚醒状態に入った。
誠もそれにならって覚醒する。電子回路を思わせる青白い幾何学模様が、少年の体表面に淡く浮き上がった。
「やはり気になりますね。美帆ちゃんが持っている『人形』‥‥」
超機械で仲間の武器を練成強化した音羽が、不安げにいった。
「もし爆弾なら、一発で工場やビルを破壊できるほど強力なもののはず‥‥あるいはバグアだとしても、正体を見破られた瞬間美帆ちゃんに『寄生』する怖れも――」
その言葉が、途中で止まった。
闇の向こうから、ジュニアドレスにカーディガンを羽織った小さな人影が、ふらふらと近づいてくる。
――フランス人形を胸に抱いた、幼い少女。
ゲックとリヒトが身構えた。瞬天速の有効圏である30m内に接近すれば、すかさず美帆から人形を奪って救出すためである。
正規軍の兵士達も一斉にライフルを構えるが、松本少佐から言い含まれているのか、発砲はしない。
リズはセイレーンの襲撃に備え、アーチェリーボウを夜空へ向けた。
投光器の明かりが、虚ろな瞳で人形を抱き締めた美帆の姿をくっきりと浮き上がらせる。
30m圏まであとわずか――だが、そこで不意に少女は立ち止まった。
「美帆ね、悪い子だったんだ‥‥」
誰にいうともなく、小さな唇から声がもれる。
「だから、パパとママはどっかへ行っちゃった‥‥でもね、ママがいってくれたの。いうこと聞いたら、2人ともおうちに帰ってきてくれるって‥‥」
「違うわ美帆ちゃん! あなたはキメラに騙されてるの!」
思わず音羽が叫ぶが、その声は少女の耳に届いていない。
「ママ‥‥美帆、今度こそいい子になるよ」
少女に抱かれた人形が、顔を上げてニタリと笑った。
カッと見開かれたドールアイから淡紅色の熱線がほとばしり、工場ビルの一角を吹き飛ばす。
「なっ!? こいつバグア‥‥いえ、キメラですわ!」
リズが急いで標的を人形に変えるが、美帆がいるため矢を射ることができない。
「う、うわぁーっ!」
ナイフを握りしめた誠が突進するが、足許の地面に熱線を受け、その爆発で弾き飛ばされた。
だがその隙に左右から回り込んだゲックとリヒトが、それぞれ瞬天速で間合いを詰める。
ゲックが少女の手からもぎ取った人形を放り捨て、リヒトが美帆を確保。
人形が手から離れた瞬間、美帆は気を失い、力なくリヒトの腕の中に崩れ落ちた。
いったん地面に落ちたものの、そのままピョンピョン飛び跳ねながら工場へ迫るドール型キメラに向け、音羽が超機械の電磁波攻撃を浴びせる。
さらにリズの放ったアーチェリーボウの矢がその小さなボディを射抜いた。
『ギギギ‥‥ギギッ』
矢の串刺しになりながらも、ガクガク揺れながら所構わず熱線を撃ちまくるドールキメラ。
だが黒い疾風が駆け抜けた瞬間、その五体がバラバラになって飛び散った。
ゲックのファングが敵を切り裂いたのだ。
「バグアの野郎‥‥薄気味悪いモノ作りやがって」
地面に倒れた誠の元へ、リヒトが慌てて走り寄る。
幸い、気絶しているだけで大したケガは負っていないようだった。
そのとき、頭上を黒い影が過ぎり、同時に歌うような囀りが響いた。
「うっ‥‥!?」
意識が遠のくような感覚に、傭兵たちが頭を抱えてよろめく。
防音装置のおかげで幾分和らげられているとはいえ、頭骨を通して響いてくるその「歌声」は甘く優しく、『コワセ、コワセ‥‥ナニモカモ』と心の奥底に呼びかけてくる。
「セ‥‥聖ジョージのご加護の‥‥あらんことを!」
強靱な意志力で「歌声」に耐えつつ、リズがアーチェリーボウを構え直し、鋭覚狙撃で上空の黒い影を狙って矢を放つ。
『ケエェ――ッ!』
翼の根元を射抜かれたセイレーンが、悲鳴を上げながら落下してきた。
羽根をもがれたキメラは、それでも窮鼠の反抗とばかり闇波動や光波動を放ちまくり、傭兵たちや正規軍部隊を寄せ付けない。
そのとき、1台のHMVがタイヤを軋ませながら急停車し、中から4つの人影が飛び出した。
「大丈夫か!?」
支社ビル警備を担当していたA班だった。
工場方面へ向かう美帆の姿を目撃した松本隊の連絡により、彼らは既にこちらへ急行していたのだ。
優と幸乃が瞬天速で突入し、セイレーンの喉笛を狙って斬りつける。
苦痛と憎悪に顔を歪め、それでもなお鋭い鉤爪で挑みかかる怪鳥に、仁の蛍火による豪破斬撃がとどめを刺した。
「建物はいくらか破損したようだが、工場は無事か‥‥任務完了だな」
優はファングに付いたキメラの血を振り払った。
「んん‥‥ここ‥‥どこ?」
ふと目覚めた美帆が、まだ夢うつつのような顔つきでいった。
「‥‥大丈夫か?」
歩み寄った仁が、かがみ込んで尋ねる。
「お兄さんたち‥‥だれ?」
「俺達は‥‥傭兵だ。『能力者』の」
「――!」
少女の瞳が大きく見開かれ、声にならない叫びを上げて仁の顔や胸を叩いた。
幼いとはいえ、新聞やTVの報道から自分の両親がどんな最期を遂げたか知っていたのだろう。
仁は美帆のなすがままにさせ、やがて殴り疲れてぜいぜい息をつく小さな体をぎゅっと抱き締めた。
――少しでも、自分の体の温もりが伝わるように。
「大切なお父さんやお母さんを奪われた君の気持ちは、分からない訳じゃない。だから‥‥許してくれとは言わない、でも、見ていてくれないか? きっと取り戻してみせるから。君のお父さん達が、君に渡したかった世界‥‥みんなが笑って暮らせる世界を」
「パパたちが‥‥美帆に渡したかった世界?」
目を真っ赤に泣きはらし、頬を涙で濡らした少女が、小さくつぶやいた。
五日ほど後。
幸乃を除く傭兵たちは、美帆の見舞いのため病院を訪れた。
「あのね、昨日、ちょっと怖い顔のおじさんが来たの‥‥」
ゲックが買ってきたヌイグルミを受け取りながら、少女がいった。
「パパとママを殺したのは自分だって‥‥だから、能力者のお兄さんやお姉さんたちを恨んじゃダメだって‥‥」
どうやら、松本少佐が先に見舞いに訪れていたらしい。
「美帆、難しいことはよく判らない‥‥けど‥‥」
ヌイグルミを抱き締め、俯いた少女の顔からポタポタ涙が落ちる。
「きっと取り戻してね‥‥みんなが、笑って暮らせる世界を」
「今は辛いかも知れないけど‥‥いつか見つけてください。美帆ちゃん自身の幸せを」
その為になら、俺も力になりたい――霧亥はそう思った。
同じ頃、幸乃は独り、旧尼崎邸の庭に立っていた。
中身は違えど自分は美帆の両親を救えなかった「能力者」の一員だと思うと、やはり少女と顔を合わせるのは気が重く、同じ兵舎に属する霧亥に後を託して自らはこの場所を訪れていたのだ。
荒れ果てた庭にそっと花束を置き、廃屋と化した母屋を見上げる。
そこには、かつて明るく笑い声に溢れていたはずの、幸福な家族の残影だけがあった。
<了>