タイトル:【AW】祈りの町マスター:対馬正治
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 94 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2008/11/21 13:16 |
●オープニング本文
「‥‥あなたは信仰をお持ちですか?」
「若者」というには少々歳を食ったその男は、双眼鏡を覗きながらふいに尋ねてきた。
「いちおうカトリックだが‥‥あまり敬虔な信徒とはいえんな。ここ数年は教会にも行ってない」
アサルトライフルを携え、周囲を油断なく警戒しながら、エリーゼ・ギルマン少尉が答えた。
「僕は‥‥無神論者なんですよ」
「そうか? まあ、最近はそっちの方が多いのかもな。特にあんな光景を見せられると‥‥本当に神がいるかどうかも疑わしくなる」
北インド、パターンコートから東に70kmほどの場所。
先のアジア決戦で撃墜された多くのKVや地球軍兵器、あるいは敵のワームが残骸となって散らばる(もっともワームはほぼ例外なく自爆するので、パーツの原型さえ留めぬ黒い破片と化しているが)、文字通り「死の荒野」と化した大地に2人は立っていた。
そのさらに東、数十kmの先に、肉眼でも判るほど巨大なクレーターがぽっかりと穴を空けている。それはデリー攻防戦のさなか、バグア軍の移動要塞ラインホールドの砲撃により壊滅した町の「痕跡」だった。
「マールデウ」――それが町の名である。
元はメトロニウム合金原材料の産出都市として、90年代後半に成り立った町。最盛期は3万名をこえる人口を持っていたが、バグアによって周辺物流が寸断されるにつれて徐々に衰退。それでも砲撃前は5千名程度の人口があったはずだが、現在の生存者数は不明。この先、地図に町の名が残るかさえ疑わしい。
「それでもあなたは『神』というものを知っている。いざとなればそれに縋ることもできるでしょう。僕には‥‥それが、羨ましい」
「別に、羨むほどのことでもないと思うが」
「僕は無神論者ですから。どんなに罪を償いたくとも‥‥許しを請う相手がいないのですよ」
「罪? あなたは何かやったのか? ‥‥ひょっとして親バグア派か」
やや警戒し、エリーゼはいつでも射撃体勢が取れるようライフルを構え直した。
「いえ、何も。何もできなかった‥‥それが、僕の罪です」
(「妙なことをいう男だな‥‥確か、カークランドとかいったか」)
エリーゼは銃口を降ろし、改めて男を観察した。
歳は30代半ばくらい。髪と無精髭を無造作に生やし、大きなバックパックを背負った姿はどことなく昔のヒッピーを思わせる。北米出身だといっていたが、実際の国籍もはっきりしない。
「しかし、あなたはボランティアの医師として、この地で救援活動に参加してるんだろう? 立派なものだと思うが」
「僕個人の活動など‥‥『彼ら』の暴力の前ではちっぽけなものですよ。あなた方能力者の様に、直接バグアと戦うこともできない」
「いや‥‥私は今回の戦闘に参加していない。というより、させてもらえなかった」
ウェーヴがかったブロンドヘアを肩まで降ろした女士官は、その美貌を悔しげに歪めた。
UPC特殊作戦軍に所属する彼女は、インドでの戦闘が本格化する直前、ある偵察任務で指揮を誤り、部隊の傭兵に重傷を負わせてしまった。
その後査問会にかけられた彼女は1ヶ月の謹慎を命じられ、大規模作戦中は為す術もなくL・Hで待機。デリーでの戦闘が終わった後になり、ようやくインドへの派遣命令が下された。ただし対バグア戦ではなく、戦災を受けたインド北部各都市復興を支援する国際援助部隊として。
あるいは査問会じたい計画的だったのかもしれない。
軍は彼女が戦場で「父親」と接触する事態を恐れたのだ。かつての対バグア戦争の英雄、そして今は敵のエース部隊「ゾディアック」の1人、ハワード・ギルマン(gz0118)と。
(「何もできなかったという点では‥‥私も同罪だな。そして、これからも‥‥」)
エリーゼは背後に停車した軍のHMV(高機動車)と、その後部座席に座るダークスーツにサングラスの男を見やった。
悠然と新聞など読んでいる様だが、その視線は鋭く彼女の一挙一動を見守っている。
――UPC内務監察官。
FRは撃墜されたといえ、ギルマン本人が生存していた事が判明し、エリーゼの身柄は再び軍の監視下に置かれたのだ。
(「しかし、あの監察官もご苦労なことだ。こんな場所まで‥‥」)
半ば憐れみさえ覚えつつ、再び前方に視線を戻したとき。
医療用具のバックパックを背負い直して東の方角へ歩き出そうとするカークランドの姿を目にし、エリーゼは慌てて駆け寄り肩をつかんだ。
「どこに行くつもりだ!? 戦闘は下火になったといえ、この一帯はまだ競合地域だ。あなたが『視察したい』というからこうして護衛についてきたが、正直ここから東へ行くのは危険が大きすぎる!」
「しかし放っておくわけには行きませんよ。確かに被害は大きいですが、もしかしたら地下シェルターや町の周辺部に、生存者がいるかもしれない!」
「諦めろ。大きな声ではいえないが‥‥既に軍はマールデウの放棄を決定している。既に全滅した町より、デリーやその他復興の見込みのある都市への援助を優先しろ、とな」
「放棄? マールデウの存在そのものを地図から消し去って、歴史にはただ『ラインホールドに消された町』と、一行で終わらせるつもりですか?」
そうかもしれない――エリーゼは思った。
多大な犠牲を払いつつもバグア軍の侵攻を撃退した栄光の戦場・デリーに比べれば、敵巨大ワームの主砲一発で壊滅した小さな町など士気高揚の材料にすらならない。
軍にとっては「さっさと忘れてしまいたい記憶」そのものだろう。
「とにかく、僕は行きますよ。たとえ1人でも助けを待っている人がいるのなら‥‥そして、あの町で何が起こったかを世界中の人々に伝えるために」
言い争う2人を目にして、HMVの車内にいた監察官も、何事かと驚いて車を降りてきた。
「とにかく、落ち着け‥‥一度パターンコートに戻ろう。私からも上層部にかけあってみるから。‥‥監察部は邪魔するなよ。いいな?」
事情を聞き、エリーゼとカークランドの顔を代わる代わる見つめた監察官は、やや戸惑いながらも答えた。
「自分は構いませんよ? 軍規に背かない限りは‥‥貴方のご自由になさって下さい、少尉」
その後、エリーゼ少尉の上申、そして各地のNPO団体を通したカークランド医師の働きかけがUPCを動かすことになった。
ウーフーの偵察により、全滅したと思われたマールデウの町に予想以上の数の生存者を確認。
UPCは未来科学研究所のナタリア・アルテミエフ(gz0012)博士を中心とする、大規模な復興支援部隊の派遣を決定した。
●リプレイ本文
●マールデウへの道
「人命救助に戦災復興か‥‥これも戦争の一面だな‥‥とはいえ‥‥我にできるのは露払いくらいしかないか‥‥」
その日の未明、漸 王零は雷電を起動させると、東に向けてパターンコートの町を出発した。
主要交戦区域からは外れているといえ、競合地帯であるインド北部にはバグア軍がトラップ的にばらまいた大小のキメラが多数徘徊している。民間人も含むUPC復興援助部隊のキャラバンに先行して、障害となるキメラ群を排除するのが彼らの役割だ。
先行部隊は王零機を先頭にデルタ型の陣形を取ったクラーク・エアハルト、西島 百白、ハイン・ヴィーグリーズらが搭乗するKV4機。
突出した王零がキメラを誘い出してダメージを与え、後方で百白とハインがとどめを刺し、クラークは全体の援護を行いながらバランスを取る。
大型キメラの類は殆ど王零のロンゴミニアト一撃で絶命したが、むしろ厄介なのはKVで相手にするには小さすぎる中小型キメラだ。
一匹でも取り逃がして物資輸送のトラックや医療団を乗せた車両が襲われたら取り返しがつかないので、決して気は抜けない。
「あれほど奪っておきながら‥‥まだ‥‥奪い足りないか‥‥貴様らは!」
王零機の脇を擦り抜けてきた中型キメラを、百白のソニックブレードが一刀両断した。
「先行部隊クラークより、エリーゼ少尉へ。ポイントに到着。敵を認めず。この先のルートは?」
「了解。こちらも出発する。ルートは予定通り、KVのAIナビゲータに登録したコースの確保を願う」
やがてクラークからの連絡を受けたエリーゼ・ギルマン少尉が指示を出し、援助部隊の本隊となる車列もマールデウ目指して動き出す。
(「価値がないからって町ごと見捨てるのか、これが軍のやりかたかよ!」)
当初「消滅した町」としてマールデウ放棄を決めていたという軍上層部の方針に対し、月村新一は激しい怒りを感じていた。他ならぬ彼自身が戦闘に巻き込まれ負傷し、その治療の過程でエミタ適性が判明した、という過去があるからだ。
自分も知らない誰かに助けられて生き延びた。
(「だから今度は俺が一人でも多く助けるんだ!」)
そう決意を固めつつ、R−01へと乗り込んでいく。
「KVの集団飛行‥‥壮観ですね」
50両を超すトラック、軍用車両を中心とする本隊の周囲や上空を傭兵が操縦する多数のKVが護衛する光景に、セレスタ・レネンティアは思わず感慨を覚えた。
緑川安則は叢雲、ラシード・アル・ラハルらと共に上空警戒を担当。
「重装甲型の雷電でこれだけの火力。並大抵のキメラやワーム相手なら何とか防げるだろうな」
パターンコート・マールデウ間の距離はおよそ百km。援助部隊が現地に到着するまではルート上の、到着後はマールデウ上空の哨戒が任務となる。
事前申請して入手した地図や航空写真、僚機とのローテーション、自機の武装等を確認の後離陸。
警戒されたHWの襲撃こそなかったものの、周囲から群がってくる鳥型や翼竜型の飛行キメラを掃討しつつ、上空からの地上警戒も合わせて実施。
CWの存在こそ確認されなかったが、相変わらずアラブ方面からのジャミングが強い。
LM−01に搭乗する八重樫 かなめはイスル・イェーガーのウーフーとも協力し、異なる機種によるジャミング中和効果を重複させる事で、部隊間の通信・連絡網の確保を図った。
「通信確保と維持、完了‥‥八重樫さん‥‥よろしく」
リンク完了を告げる応答がイスルのウーフーから返る。
キャラバンの側面を守る抹竹のバイパーが、素早く這い寄ってくる大蜘蛛の様な中型キメラを発見し、護衛の各隊に連絡した。
「敵性ユニット発見‥‥キャラバンに被害を出させる訳にはいかないな」
すかさずR−P1マシンガンを発射。いざ間合いを詰められたらBCアクスで迎え撃つつもりだったが、主兵装を使うまでもなく蜘蛛型キメラはバラバラになって吹っ飛んだ。
ロジー・ビィは自ら持ち込んだジーザリオを運転し、キャラバンに加わっていた。
蒼河 拓人ら希望者も同乗させ、本隊からやや先行する形で、やはり障害となる中小型キメラを排除していく。
拓人は前回参加したアジア決戦、その中で消え去った街の存在を思った。
「自分に何が出来るか分からないけど、何もしないのは駄目だよね」
そしてにっこり笑う――この任務を無事終えるまで、何を目にしようと決して笑顔を絶やすまいと。
「この町がバグアの恐怖の象徴になるか、人間の希望の象徴になるか、ね」
同様に自前のジーザリオを駆るシャロン・エイヴァリーは片手の拳をぐっと握り締めた。KVの様な戦闘力はないものの、小回りが利き一般人も乗せられるジーザリオは、マールデウ到着後も救援活動のため貴重な「足」となるだろう。
やはりジーザリオを運転するレティ・クリムゾンは和泉野・カズキ、カルマ・シュタットと同乗。バイク形態のAU−KVで随伴するヨグ=ニグラス、同行グループの篠原 悠、砕牙 九郎らとも協力し、対キメラ用の機動防御役を担った。
双眼鏡により索敵、KV部隊の死角をかいくぐった小型キメラを発見次第、仲間達と無線連絡を密に取りつつ確実に潰していく。
「‥‥危うく見捨てかける所だったからな、その分、復興の手助けになれりゃ良いんだが」
キャラバンの輸送トラックに護衛として乗り組んだ風羽・シンは、車両に取りつこうとしたリザード型キメラにショットガン20の銃火を浴びせた。傷ついたキメラがもんどりうって転がりバックミラーの彼方へ消えていく。とどめを刺すのは後続のKV部隊に任せ、シンは先を急ぐよう運転手へ促した。
彼の使命は、あくまで援助スタッフと物資を守る事だ。
「最近良く同じ依頼に参加しますね」
トラックの荷台で、神無月 るなは傍らに座る美環 響に話しかけた。
「良かったらおいしい洋菓子の作り方や狙撃の要領とか教えましょうか?」
「ええ、ぜひお願いします。僕のマイブームなんですが、似顔絵を描くことなんです」
一見呑気なお喋りだが、これも車中の雰囲気を明るくし、同乗の兵士やスタッフ達を安心させるための気配りだ。危険は覚悟の上といえ、彼ら一般人が競合地域で感じる恐怖と緊張は能力者の比ではないのだから。
会話の最中、荷台に飛びつこうとしたキメララットの1匹を、るなのショットガン20が影撃ちの1発で仕留める。
「憐れなキメラに祝福を‥‥ですわ♪」
「流石るなさんです。その奥義しっかりと覚えさせてもらいます」
感心したように、響がいった。
レールズは、輸送トラックの護衛にあたる傍ら、車内で災害救助用のマニュアルに目を通していた。
瓦礫に埋もれた場合、72時間過ぎると生存率が絶望的に下がる。
最大の死亡要因は脱水と感覚遮断による極度のストレス。
乾燥や気温が低いと更に生存率は下がる‥‥。
――この季節、北部インドは乾期にあたり、しかも寒暖の差が激しく夜間や早朝の気温は5℃前後。
「シェルター以外で埋もれた生存者が1人だけでも居たら奇跡か‥‥」
ため息をもらしつつ、レールズはマニュアルを閉じた。
「人類が初めて無差別爆撃を行った、あのスペインの町‥‥ラインホールドに吹き飛ばされたマールデウ‥‥」
ふと手元にある花束――出発前に購入したアネモネを見やる。
20世紀の偉大な画家に習い、現地に供えるため用意したものだが――。
「あまりアネモネって好きじゃないんですよね‥‥再生を意味するのは良いですが、花言葉が『儚い希望』というのが何とも‥‥」
ウーフーにより上空から通信網確保と早期警戒を行いつつ、アグレアーブルは「軍が一度は見捨てた街」を救うため百人近い能力者が集まる光景を不思議、と感じていた。
善意か。偽善か。或いは、ただ壊す事に疲れただけなのか。
――戦場では守る事ですら、何かを屠る事で成立つ。
「最終的に能力者へ求められるものは、兵器としての力‥‥」
ただ、それを認めたくないだけなのかもしれない。
(「じゃあ、日常を守りたいだけの私は――」)
そんな考えを巡らせながら、彼女は他の電子戦機とも連絡を取りつつ、ウーフーの機首を東へと向けた。
ヨネモトタケシのウーフーは本隊に先行してマールデウ上空に到達後、自機のレーダーと搭載カメラを使って町と周辺の捜索を開始した。
(「ひどいな‥‥」)
町の中央部は直径2km近くに及ぶクレーターに抉られ、周辺のビルも軒並み爆風と衝撃波でなぎ倒されている。
最盛期は3万の人口を擁した鉱山都市は、その面影さえなかった。
比較的被害の少なそうな町の外縁部を調べようと、タケシが高度を下げたとき――。
操縦席のモニターが、何か地上で動くものを捉えた。
人間だ。それも十人や二十人という数ではない。
それまでシェルターの中に身を潜めていたのか――。
友軍機の飛来に気づいた町の住民達が、あるものは両手を千切らんばかりに振り、またあるものはシーツか何かで作ったらしい旗を振って、口々に大声で何事かを叫んでいた。
●戦火の爪痕
キメラの散発的な襲撃に何度か足止めは食ったものの、百名近い傭兵達の厳重な警護もあり、本隊のキャラバンは被害を出すことなく昼過ぎには無事マールデウへ到着した。
事前にタケシからの報告を受けていたといえ、いざ町の惨状を目の当たりした傭兵達は言葉を失った。
「ラインホールドを足止めする前の一撃の結果がこれか‥‥」
周囲を見渡し、白鐘剣一郎が憮然とした表情で呟く。
もう少し早く動けていたら、この街の惨状は避けられただろうか――?
それは剣一郎のみならず、その場に居合わせた傭兵達の心に重苦しくのしかかる疑問だった。
「‥‥想像はしてたけど‥‥酷いなこれは‥‥」
井出 一真は呻くように声をもらし、共に参加のロジャー・ハイマンも無言でかぶりを振る。
(「俺は本当に、人を救えているのか‥‥?」)
暁・N・リトヴァクは自問自答する。
欧州の時もそうだ。支援要請があればすぐに駆けつけるが、その時には遅かった時も多かった。
傭兵になってからも、守れなかった時もあった。
(「何の為の力だろう? 何の為に生き残ったんだろう?」)
そんな彼を元気づけるように、相棒のレオン・マクタビッシュが背中を叩く。
「とにかく、出遅れた分少しでも早く出来るだけの事をやろう」
剣一郎の言葉に促されるように、気を取り直した傭兵達のある者は生身で、またある者は再びKVに乗り込み打ち合わせ通りの作業にかかった。
これから何ヶ月、いや何年かかるかも判らぬマールデウ復興――今日がその第一歩なのだ。
臨時の救援本部となるトレーラー型の指揮通信車が停まり、UPC軍指揮官エリーゼ少尉、各国から派遣された医師団の代表エムラド・カークランド、そして未来研から派遣され援助活動全般を監督するナタリア・アルテミエフらが姿を現わした。
「お久しぶりです、エリーゼさん。お互いこうしてまた無事に生きて会えてよかったです」
「話は聞いている、色々とあったみたいだな」
「お疲れ様少尉。思ったよりは元気そうで安心した」
以前に依頼を共にした鋼 蒼志、風間 夕姫、ブレイズ・カーディナルらに挨拶され、矢継ぎ早に部下に指示を下していた女士官も顔を綻ばせた。
「ご無沙汰だな。みんなもアジア決戦を切り抜けたようで何よりだ」
その表情に、かつて初対面の際「裏切り者の娘」として総本部から左遷された直後の投げやりさはない。わずか1個小隊といえ、自ら部下を率いて町を復興する今回の任務に、彼女はUPC軍人としての誇りを見出しているようだった。
「でも良かったよ。あれから気になってたんだ、大丈夫かなって? 少尉にはあんなことで潰れてほしくなかったから」
ブレイズは天山回廊の偵察任務の後、エリーゼが査問会にかけられたと聞いて心配していたのだ。
「あの時は心配をかけた。だが、いつまでも悔やんだところで仕方がない。今は、自分に与えられた任務に最善を尽くすまでさ」
「えぇ‥‥生きてさえいれば何かをする事ができる。俺もあなたも、そして街の人達も。だからこそ俺達は顔をしっかり上げて、街の人達に生きる気力を与えなくては、ね」
(「‥‥過去をバネにして生きているのは俺もですから」)
蒼志は思ったが、あえてそれは口に出さない。
もう彼女は大丈夫だろう――そう安堵すると、同じ小隊の相棒であるシンと共に自らの作業へと戻った。
「お久しぶりです。天山回廊以来ですね」
3人が立ち去った後、鏑木 硯もエリーゼにペコリと頭を下げた。
「あの偵察では俺たちのせいでいろいろ大変だったそうで、ご迷惑おかけしました」
「気にするな。あれは私の未熟さが原因だと思っているし、それに‥‥」
エリーゼは顔を上げ、廃墟と化したマールデウを厳しい顔つきで見やった。
「今回の任務に就けてよかった。もし総本部に籠もったままでいたら、気づかないまま終わってたろうからな‥‥この戦争の最前線で、一体何が起きていたかを」
一方、秘色は面識のあるカークランド医師の顔を見て声をかけていた。
「久しいのう、カークランド。相変わらず戦地を巡っておるのじゃな」
「ああ、あなたはワクチン入手に同行して下さった‥‥今回も、ご協力感謝します」
他の医師達と今後の行動について打ち合わせていたカークランドは、人懐こそうな笑顔を浮かべて握手を求めた。
「わしは医療に詳しく通じてはおらぬが、其れでも手伝える事はあろう。びしばしとこき使うが良いぞえ」
「助かります。もちろん医者や薬も大切ですが、いま一番必要なのは人手ですから」
カークランドは真顔に戻り、目前の廃墟を見上げた。
「UPCによる本格的な援助活動が始まるまで、早くても2、3日‥‥それまでの間、皆さん能力者のお力に頼るより他ありません」
「こちらはUPC派遣援助部隊の先遣隊です。本隊は間もなく到着します」
その頃、本隊より一足早くマールデウにたどり着いた先行隊のクラークは、大きく赤十字を描いたシールドを掲げ、KVの外部スピーカを使い生存者の住民に呼びかけていた。
「町の代表者の方は居ますか?」
シェルターの奥から。倒壊を免れたビルの中から。
ぞろぞろと集まってきた老若男女のうち、齢70近い老人が片手を挙げた。
「町長のナジャだ‥‥とりあえず、援助隊の派遣に感謝する」
「とりあえず」という言葉に微かな皮肉を感じ取り、クラークの胸が痛む。
煤と泥と垢にまみれ、疲労困憊した住民達からはあからさまな非難や罵倒の声こそ上がらないものの、その視線には一様に「UPCは本気でこの町を救う気があるのか?」という不信の眼差しが入り交じっている。
KVから降りたクラークら先行隊は、それでも諸般の事情で初期救助が遅れた事を詫び、間もなく自分達の後続として本格的な復興援助活動が始まる旨を辛抱強く説得した。
一通り説明を聞き終えた町長が、最後に尋ねた。
「‥‥デリーはどうなったかね?」
クラークの答えを聞き、やせ細った体を杖で支えながら深くため息をつく。
「そうか‥‥ならば、この町の犠牲も‥‥必ずしも無駄ではなかったのだな」
町長の説明によれば、ラインホールド接近の時点でUPC側から警告を受け、住民に対しても迅速な避難命令が下された。
「はっきりした数は判らんが‥‥シェルターで難を逃れた生存者が、少なくとも3千人以上はいるはずだ」
(「そんなに‥‥!?」)
予想外の多さに、傭兵達も思わず息を呑む。
また、町の北にある鉱山の坑道へ避難した住民も相当数いるはずだが、ジャミングがひどく無線連絡が取れないという。
「町中で回収できる遺体は、できる限り我々の方で埋葬した。瓦礫の下敷きになった者達は‥‥時間的にもう手遅れだろうな」
●瓦礫の下より
「KVって案外向いてるかも、土木作業。器用に作ってくれた開発者に感謝。よーし、そっち持って。あげるよー! せーぇのっ!」
新条 拓那が僚機に合図し、タイミングを合わせて大きなコンクリート塊を取り除いた。
まず援助部隊のレスキュー隊が救助犬やリモコン操作のカメラ付き小型ロボット等を使い瓦礫の下の生存者を捜索、安全が確認された時点で傭兵達のKVが重機代りとなって瓦礫を撤去する。
赤崎羽矢子のバイパー改も、倒壊したビルの残骸にワイヤーを結び、レスキュー隊の進入路を開くべく引きずり起こす。この惨事を引き起こしたバグアへの怒りが、彼女を突き動かす原動力となっていた。
「地球(ここ)に奴等の居場所なんかないんだってこと、いつか絶対に思い知らせてやる‥‥!」
鯨井起太、鯨井昼寝の兄妹はゴーラルラッシュ、エメラル・ドイーグル、アグレアーブル、その他有志の傭兵らと共にサーチチームを構成。レスキュー隊とも連絡を取りつつ、専ら生身による捜索活動、及び情報収集と管理に尽力した。
KVによる瓦礫撤去作業は確かに効率的ではあるが、なまじの土木機械より巨大なメカだけに思わぬ二次災害が起きないとも限らない。
(「あの砲撃から一ヶ月か‥‥口にしたくはないが、生き埋めになった被災者の生存は絶望的だろうな」)
起太は思ったが、あえて感傷的な態度は示さない。
エメラルドが「探査の眼」により、爆発物や化学汚染などの危険が無いことを見極めてから瓦礫の隙間に侵入。
「ボス、ここの鉄筋ぶった切って突入するってのはどう?」
「こっちはいけそうだと思うが‥‥昼寝、念の為レスキューの人呼んでくれ」
ゴールドラッシュの提案を受け、双子の妹に指示を下す。あくまで安全と効率を優先に、淡々と作業を進めていった。
(「もう少し、自分達能力者に力があれば被害は抑えられたかもしれないのに‥‥」)
遠石 一千風は内心で悔しさを噛みしめつつも、一縷の望みを託して生存者の捜索活動にあたった。彼女自身はグラップラーだが、代々医者の家系で自身も医師を目指していたこともあり、必要ならば後で医療団の方へも協力するつもりだった。
「俺にできるのは、これくらいなんだ‥‥」
バイパーの挌闘戦武器をスコップと箒代わりに、瓦礫の撤去と街路の舗装を行うエドワード・リトヴァク。
(「私も瓦礫の山で暫く生活していた。可能な限り、助けたい。命があるなしにかかわらず、一人でも多くの人を‥‥助けたい」)
黙々と捜索活動を続けるひなたに、姉のまひるが心配そうに声をかけた。
「ひなた、大丈夫‥‥?」
「‥‥うるさいわね‥‥あんたこそ大丈夫なの‥‥まだ捜すなら黙って探しなさいよ」
(「まだよ‥‥私はまだやれるわ‥‥ふざけるんじゃないわよ‥‥」)
廃墟の町を見上げる。
ついひと月前まで、ここに5千からの人々が住み、バグアの脅威に晒されつつも笑い、泣き、怒り、互いに愛したり憎みあい――そんな風に日々の生活を営んでいた。
全てを消し飛ばした、あの一発の砲撃。
壊すのはただ一瞬。「指令を下した者」にとっては、実に容易いこと。
「こんな不条理‥‥無念‥‥だれが汲み取って上げられるというのよ‥‥!」
「ガキの頃、思い出すわ‥‥」
破壊し尽くされたクレーターの周辺部を岩龍で捜索飛行しながら、ジングルス・メルはポツリと呟いた。
状況こそ違えど、かつて似たような荒廃した街に、幼い自分はいた。
戦闘で失くした居場所。すすり泣く声。
――肌を刺す、覚えのある感覚。
(「モノが食えないしんどさとか、いつ死ぬともしれない恐怖とか。ホントなら‥‥体験しなくてヨイ筈のもの、だから」)
「悔しいよな。悲しいよな。‥‥ごめん、な」
誰に詫びるともなく、そんな言葉が口からもれる。
だが無人の廃墟と見えたそんな場所にも、よくよく観察すれば所々で生存者が歩き回り、こちらの機影に気づくと大きく両手を振ってきた。
急いでジングルスは無線機のボタンを押し、本部の指揮通信車を経由して付近で捜索にあたる傭兵に発見した生存者達の位置情報を伝えた。
ドラグーンの文月、雨衣・エダムザ・池丸、エリザらがバイク形態のAU−KVで通常のKVでは入り込めない隘路を通ってすかさず救助に向かう。負傷者の場合はエマージェンシーキットで必要最低限の応急措置を施してから本部近くの医療テントに搬送した。
(「もう長い時間が経ってる。でも、奇跡的に生き残って震えてる人や、死の恐怖に怯えてる人がいるかもしれない‥‥」)
「救難員の技術と誇りにかけて全力を尽くすぜ!」
恋人の藍紗と共に捜索にあたっていた緋沼 京夜の耳に、微かな声が聞こえた。
一瞬空耳かと疑ったが、瓦礫の下から確かに助けを求める人の声が聞こえる。
それも1人ではなく、複数の声が。
「生存者がいるぞっ。生きてる‥‥まだ生きてる!」
豪力発現でコンクリート塊を取り除きながら叫ぶ京夜の声を聞きつけ、周囲で捜索にあたっていたリュドレイク、テミス、占部 鶯歌、天地 明日美、柿原ミズキ、柿原錬らも駆けつけた。
KVも協力して慎重に瓦礫を撤去していくと、やがて頑丈な金属製の床と扉らしき蓋が現れた。
それはUPCの指導により建造された公共シェルターの一つ。メトロニウム合金の防壁により難を逃れたものの、倒壊したビルのため出入り口を塞がれていたのだ。
それでも換気装置が生きていた事、シェルター内に備蓄された非常食や飲料水を少しずつ分け合う事で、閉じこめられた三百名近い住民が細々と命を繋いでいた。
衰弱は激しいものの、辛うじて生き延びた人々がレスキュー隊員の手で次々と救出されていく光景は、まさに京夜の信じた「奇跡」そのものだった。
それより少し前の時間。
「‥‥まさか、又ここに来る事になるとは、なぁ‥‥」
九十九 嵐導はR−01を飛ばし、事前に入手した坑道の地図を頼りに、町の北にそびえる山岳地帯を捜索していた。
坑道の入り口付近に辛うじてKVが離発着できる程度のスペースを発見して着陸。
「‥‥このあたり、だったと思うんだが‥‥」
百mほど先の岩陰で何者かが動く気配。一瞬キメラかと思い銃を構えるが、それはキメラでなく人間だった。
ラインホールド襲来の直前、町から脱出して坑道の中へと避難していた住民達。固い岩盤が幸いしてEQの襲撃も免れた彼らの数は、およそ五百名にも及んだ。
各地で劇的な救出報告が伝えられる一方で、事前の悪い予想通り、瓦礫の下からは多数の遺体も発見されていた。
ラインホールドの主砲はHWのプロトン砲同様に強力な知覚兵器と推測されるが、その種の攻撃を浴びた一般人は、通常骨さえ残さず「消滅」する。すなわち砲撃地点から半径1kmに及ぶクレーター内には、埋葬すべき遺体すら残らない。
しかし衝撃波で倒壊した建物の下やクレーター近くのシェルター内となると、そうはいかない。
遺体であっても、五体満足で発見された者はまだ幸せだ。
知覚攻撃で半身が消滅した遺体、瓦礫に押し潰され原型さえ留めぬ肉塊と化した遺体が相次いで運び出される度、生存者救出の報に一度は躍った傭兵達の心を重くする。
「‥‥地獄だな、まるで」
惨状を目にして、キリル・シューキンは呟いた。
「これがそうだというのか。人民の無差別虐殺が『進化』だとでも言うのか、ロクデナシどもめ」
運び出された遺体の中に、ごく最近まで生きていたと思われる小さな子供を見てしまった悠は、思わず抱き締め子守歌を口ずさんでいた。
「‥‥ごめんね、ごめん。助けてあげられなかったね。苦しかったよね。ゆっくり、おやすみ」
集められた遺体は身元確認のための遺品、それすら見つからない場合は歯形やDNAのサンプルだけ採取された後、速やかに荼毘に付された。
「バグアの理想が例え褒められるものだとしても‥‥それで多くの哀しみを生み出すのなら、俺はこんなの、もう2度とごめんですよ‥‥!」
憤りの言葉を洩らしつつも、亡骸の前では丁重に合掌して黙祷する拓那。
ドッグ・ラブラード、ランディ・ランドルフらが十字を切って黙祷。同じクリスチャンでも新教徒のアンドレアス・アーセンは十字は切らず、ただ死に逝く者の手を取って冥福を祈る。
「私はロシア人だ。インドの神々も、ナーナクの教えも知らん。だが、私が埋葬を手伝ってはならないという教えは無い筈だ」
キリルもまた、インド人の救援スタッフから指示を仰ぎ、現地の作法に従い死者の弔いを手伝った。
(「インドなら‥‥僕と同じ、イスラム教徒も、多いのかな‥‥」)
その光景を遠くから眺め、ラシードはふと思う。
「でも、僕はもう知ってる‥‥祈り方は違っても‥‥望んでることは、みんな同じ、なんだ」
荼毘の炎に向かって跪き、少年は自らの信ずる神に祈った。
「‥‥還るところは、きっとみんな同じ空‥‥」
●銃火なき戦場
黒桐白夜は瓦礫の山を見渡しながら、昔を思い出していた。
昼も夜も解らないぐらいに真っ赤に燃えた空や、迫り来る炎、すぐ隣にある死の感触。
瓦礫の下で、ただ呆然と死神の足音を聴くしか出来ない無常。
自分に差し伸べられる救いは無いのだと言う、あの絶望。
――そんな思いを、ここに居るどれだけの人間が感じたのだろうか?
「だけど、それでも、生きてさえいるなら。救われない事なんて、きっとないんだって。俺達が、しっかり見せていってやらないとな」
正規軍、医療団、レスキュー隊、科学者、そして傭兵など優に二百名を超す援助部隊のスタッフに指示を下し、さらに各地から寄せられる救援要請や救出報告等の情報を一手に管理する救援本部(指揮通信車)の中はまさに戦場同然だった。
アルヴァイムやファイナが情報管理、事前調査も踏まえたスタッフの行動計画作成に協力するも、やはり人手が足りない。
生存者が予想以上に多かったのは喜ばしいが、それに比例して運び込まれる負傷者や病人の数に医療スタッフが追いつかないのだ。
三田 好子、忌瀬 唯、アンドレアスらサイエンティスト達も重態者への錬成治療のためたちまち錬力を使い果たし、その後は救急キットやエマージェンシーキットによる通常の応急治療に切替えざるを得なかった。
「サイエンティストの方は、錬成治療は必要最小限に留めて錬力をセーブしてください。ローテーション通り、皆さん必ず休憩を取って錬力回復を行うように――」
ナタリアが無線で矢継ぎ早に指示を送るが、当の本人は出発前の準備も含め、ここ数日間まともに睡眠も取っていない。
それは医療団のリーダーを務めるカークランドも同じ事だった。
ふと見れば、もう「青年」というほど若くないボランティアの医師は、それでも疲れた様子など微塵も感じさせず、他のスタッフ達に大声で指示やアドバイスを飛ばしている。
(「私は能力者だからまだよいですけど‥‥カークランドさんは大丈夫なのかしら?」)
ナタリアは心配になったが、新たに運び込まれてくる負傷者への対応のため、すぐ思考を切替えざるを得なかった。
傷病者以外にも、シェルターや鉱山から続々と救出されてくるマールデウ住民の受け入れ場所が必要だ。
不知火真琴、卯衣・ナタス・藤原らはナタリアやエリーゼの指示に従い、被災者達の避難所となる拠点の確保に努めた。
とりあえずは大型テントの組立。パターンコートからの輸送ルートが確保されれば、電気やガス・水道も完備された仮設住宅の建設が開始される予定だ。
イレーヌ・キュヴィエは錬成治療に加え、被災者のメンタルケア、後日の健康管理や家族捜索のための被災者リスト作成、さらに避難所の衛生環境を整え、二次災害の予防を図る。これには同じサイエンティストの羽衣・パフェリカ・新井も協力した。
守原有希は出発前、インドで広く使われる食用油「ギー」を可能な限り調達していた。
「ギーは保存性もよく栄養価も優れてますし、祭儀にも使う。多く用意したかです」
さらに医療団の栄養士やインド人スタッフとも打ち合わせ、現地の宗教や風習に合わせたメニューによる食事配給を提案した。
「最近は宗教から離れとるかもしれんけど長年の慣習はかけがえない当たり前。それの奪還が、また歩く力になる筈です」
傷病者と共に問題となったのは、町の子供達の扱いだった。中には例の砲撃やその後の2次災害で孤児となったり、心に深い傷を負った子らも少なくない。
月神陽子は自らのリッジウェイに妊婦や乳幼児、幼児やその母親用の物資を満載して参加していた。本部近くに設置された託児用テントの脇に配布所を設置し、粉ミルク、オムツ、離乳食からマタニティドレスまで、妊婦や母子が必要とする物資を配給。
水の節約のためドラム缶でお湯を沸かしてタオルと洗面器を配り、物資を降ろした後のリッジウェイを個室代りにして母親と幼児を優先に体の清拭所として解放した。
医師は万人に平等であるが、陽子は医師ではない。だからこそ彼女は「弱い立場の人間」をえこひいきする。否、えこひいきが許される。
「ごめんなさい‥‥わたくし達は貴方達の街を守れませんでした」
配布所を訪れた赤ん坊や幼子達を抱き締め、陽子は語りかけた。
「だから、ありがとうございます。生きていて下さって‥‥貴方達が大きくなる未来では、必ず、平和を取り戻してみせますから。強く、強く、生きてください」
リディスは要救助者や確保後救助者をリストアップし医療スタッフに協力する一方、幼児というにはもう少し大きな子供達の世話も引き受けた。この戦争が起きなければ教師を目指していたはずの彼女としては、必然的な行為といえるかもしれない。
子供達をテントに集め、色々な話を聞かせたり、遊んだり、食事を与えてやり――。
親を喪い泣いている子供がいれば、そっと抱き締めてやる。
(「いつかこの戦いを終わらせる事が出来たなら‥‥今度こそ教師になって、この町や同じような所を回りたい。希望をなくしかけた子供たちに色々と教えてあげたい。それが私の出来ることだと思うから‥‥負けられませんね、絶対に」)
「オープンユアマインド、そしてシェイクハンドだ。ボーイズ&ガールズ&レディ達よっ。そして握手して仲良くなれれば、その次はふわもこだ。フフーフ、私の毛皮は天下一品ですよ?」
覚醒変化で頭部だけシロクマとなった鈴葉・シロウは、その姿で子供達のテントを慰問して回った。
着ぐるみと勘違いして面白がった子供達に散々ふわもこの毛を引っ張られて結構痛いが、その程度は覚悟の上だ。
子供達が笑顔でいられない、そんな世界は間違っている――との信念の元、彼ら彼女らに笑顔を振りまき、笑顔で返してもらうのがシロウの喜びなのだから。
テントの外では、ドッグがピエロ服とメイクで手品を演じて子供達を喜ばせていた。
「大丈夫‥‥だから、せめて、笑いましょう!」
リヒト・グラオベンも被災者達のテントを訪れ、相手が大人なら温かいコーヒーを振るまいながら愚痴や悩みを聞いてやり、男の子なら漫画雑誌やソフト剣、ハンマー、女の子にはぬいぐるみを贈って元気づけた。
日が落ちても廃墟の各所では煌々とライトが照らされ、レスキュー隊による不眠不休の捜索活動が続けられている。
事前に懸念されていた住民達の――主に食料や物資を巡る――暴動は発生しなかった。町長ナジャを指導者にこのひと月を生き延びてきた彼らのモラルは高く、むしろ体力を残した男達は進んで援助活動に参加するほどだった。
残る不安といえばキメラによる襲撃だが、リヒトがエリーゼに提案し、町の外周は傭兵達のKVが、また正規軍兵士を10名1班ほどの交代制で町内の巡回警備にあたらせる事となった。
むろん傭兵側もローテーションを組み、赫月、水流 薫、アブド・アル・ラズラムらが夜間警備にあたった。
非番の時間を利用し、鬼非鬼 つーはこっそり懐に持参した酒をストローで隠れ呑みして昼間の疲れを癒した。
インドでは公共の場での飲酒が禁じられているための気遣いだ。
「こんなに不便な国だったとは思いもよらなかった‥‥」
錬成治療の必要な重傷者がいると聞いて夜道をひた走るアンドレアスは、夏に想いを遂げられなかった「彼女」と一瞬すれ違い、少しの痛みと大きな信頼を感じ。
(「せめて‥‥頑張ろうな」)
胸の裡で呟いた。
そして帽子からフロックコート、革靴まで黒一色で統一したUNKNOWNは、咥え煙草でゆるりと、町を歩く。
見て、記憶する。
動き、市井を助ける復興支援する傭兵や軍人を見る。
嘆きの言葉、悲しみの涙、自失した希望。
お気に入りの古い歌を軽く口ずさみながら歩く。
――人が動く、意志が繋がっている。
この町は、力強く生き返るであろう。
その全てを乗り越えて。
その全てを糧にして。
●祈りの夜、希望の朝
2日目を迎えると、援助部隊の活動も初期の「捜索・救助」から後の「復興」に重点をおいた内容に移行しつつあった。
「我々が守れなかったもの、失ったもの‥‥だが、まだ出来ることがあるならするべきだ」
リヴァル・クロウはR−01改にKV用カメラを搭載してマールデウ上空を改めて視察。直径2kmの荒野と化したクレーター内に、臨時の仮設空港を建造するプランを立案した。
物資の運搬、配布も考慮しクレーターの中心に一か所、そこから十字に分割し4つのブロックに分け各ブロックに一か所づつ物資集積所を建設。
さらに集積所を中心に碁盤目のような形で道路が確保できるよう仮設住宅を建設する事も併せて提案した。
いつ再び崩落するか判らぬ市街地の復旧には、それこそこの先何ヶ月かかるかも判らない。それならいっそ地上に何もないクレーターを利用した方が合理的だろう。
結局ナタリアやエリーゼもこの案を了承し、佐伽羅 黎紀、鳳覚羅らがKVで整地と道路整備にあたった。
「これで物資がきちんと流通すれば、復興も進むかな‥‥」
その日の夜。本部近くの空き地で、有志の傭兵によるミニコンサートが開催された。
コンサートといっても援助物資のコンテナを即席のステージに仕立てた、ごくささやかなものだ。
武藤 煉が己のリッジウェイに積んできた楽器類やライトをステージに並べる。ソニックフォン・ブラスターはマイクに繋げ、スピーカーとして使用。
「哀しみは受け止めなきゃいけねぇ。受け止めた哀しみは捨てなきゃいけねぇ。‥‥このライヴが、その手助けになればいいと俺は思う。そんじゃ、宜しく頼むな」
「さて‥‥ShowTimeだな」
まずヴィンセント・ライザスが舞台に立ち、明るくポップ調のボーカル曲を歌った。
命があるならば
そこに希望があるさ
終わりなき闇はない
そこに希望があるさ
テミスはアコースティックギターを弾き、沖縄出身の金城 ヘクトが祖父の形見である三線で「島唄」を奏でる。
羽矢子は楽器は使わず、ハンドクラップと歌で参加。
「この祈りと想いを、明日を生きる力にかえて―――」
始まりは犠牲者への鎮魂の思いを。だがその歌声は、徐々に残った人々へエールを送るかのように明るいコーラスへと変わっていった。
ラシア・エルミナールは激しい曲を避け、ソウル、バラード、フォーク、そしてラストをゆったりしたロックで締める。
「あたし達が出来るのはここまで。後はあんた達が頑張るんだぜ。‥‥けどまた助けが必要なら、何時でも呼んでくれよ!」
煉力も底を尽きフラフラになりつつも辛うじて参加、アコースティックギターで魂込めて優しい鎮魂と希望の曲を奏でるアンドレアス。
(「自分に何ができるのかずっと悩み続けてきたけれど‥‥結局、これが俺の祈り、なんだよな)」
最後に舞台に上がった聖・真琴が、アコースティックギターをつま弾きつつ、静かにソロで歌う。
逝ってしまった人々への追悼の祈りを。
そして、残された人々へ「希望は捨てないで」というメッセージを込めて。
前を見て でも忘れちゃ駄目
前を見て 全てを受け入れ
泣きたい時は泣けば良い
寂しい時は甘えれば良い
大切な人 大切な物
いつでもあなたを見つめている
七色の光り 大地を包み
新しい今日が また 始まるよ
いつしか小さな「コンサート会場」の前には人だかりが出来ていた。
正規軍兵士が。傭兵が。医師やレスキュー隊員が。
そして、手に1本ずつ蝋燭を携えた、何千というマールデウの人々が。
拍手も喝采もない。だが、ステージを見つめる彼らの頬には、一様に光るものが流れていた。
翌朝――クレーター内に仮設された臨時滑走路に、正規軍KVの護衛を受けた輸送機編隊の第1陣が到着した。
ナタリア博士の報告結果を受け、マールデウ復興活動は本格的にUPCへと引き継がれることになったのだ。
役目を終えた傭兵達も、坂井 胡瓜の様に言葉に尽くせぬ達成感に半泣きになる者、次の依頼に供えてL・H帰還の準備につくもの、そしてまひる&ひなた姉妹の様に帰還命令が出るギリギリまで捜索活動を続ける者など、各人各様だった。
帰路のトラックへ乗り込もうとしたセレスタは、最後にもう一度マールデウの町を振り返り、ポツリと呟いた。
「アジア決戦‥‥払った犠牲も大きすぎましたね‥‥」
<了>