●リプレイ本文
●インドネシア共和国〜スラバヤ沖合
「水の底には都があると言うが‥‥今回はそのように洒落たものを捜す暇は無さそうだな」
空母「サラスワティ」艦上から穏やかに凪いだジャワ海を見渡し、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)はふと呟いた。
平均深度50mというエメラルド色の浅海。バグア襲来という災厄さえなければ、今頃は一時のロマンを求めてダイビングを楽しむツアー客向けのクルーザーが平和に往来していたことだろう。
「そうだ。遅くなったがマリアは昇進おめでとう」
「ん‥‥ありがとう」
振り向いた先には、プリネア海軍の制式パイロットスーツに身を包んだ華奢な少女、マリア・クールマ(gz0092)が佇んでいた。「サラスワティ」専属搭乗員である彼女は、つい先日同国軍の少尉に昇進したばかりだ。
「と‥‥こう、何だ。嬉しくてキャイキャイやれるタイプではないのでこんな感じだが‥‥マリアと一緒に居れるのは本当に嬉しいぞ」
「私も、イレーネと一緒に戦えて嬉しい‥‥これからも、よろしく」
イレーネの微笑に応えてぎこちなく微笑むマリアだが、士官となった事で新たに重みを増した責任感に緊張を隠せない様子だ。
まして今回の敵は水中戦では初の相手となる、あのEQである。
「オイルタンカーなどの輸送艦を襲うという戦術は古来、Uボートの時代から使われているからな。いつかくると思っていたが、まさかそれに関われるとは」
「サラスワティ」艦長、ラクスミ・ファラーム(gz0031)から事前に配布された資料――ここひと月で鰻昇りに増えた船舶被害のグラフを眺めつつ、緑川 安則(
ga0157)はやや複雑な心境で苦笑いした。
「‥‥戦車乗りだったご先祖様から言わせると、はみ出し者扱いかな?」
UPC側の分析により、この海域を荒らしている敵戦力はEQ、及びメガロ・ワームと予想されている。
EQといえば「地中ワーム」としての印象が強いが、かねてより水中でも行動可能という目撃例は伝えられており、20m超の巨体に似合わぬ俊敏さと頭部のドリルを武器にした呑込みや体当たりは、並の水中キメラなど比べものにならぬ脅威だ。
また大鮫を模したメガロ・ワームも、魚雷装備により戦闘力の向上が報告されている。
これら水中ワームに対抗するべく、「サラスワティ」が新規に配備したのが水中用KV・RB−196「ビーストソウル(BS)」2機であった。
「BSかあ‥‥実機は初めて見るなあ」
甲板上に潜航形態で並ぶマリンブルーのKVを眺めやり、井出 一真(
ga6977)が興味津々、といった面持ちで呟く。KV整備士の資格も持つ彼は、時間があれば空母側の整備班に協力し、この新型機の内部メカニックを己の目で確かめたいと考えていた。
それからふとマリアに笑いかけ、
「水中戦はマリアさんの方が経験ありそうですね」
「BSの操縦は問題ないと思う。でも、EQとの水中戦は‥‥やってみないと判らない」
それを聞いて、一真も思わず真顔になった。
「予想される相手が相手です。充分に気をつけて。俺はMW担当ですが‥‥こっちもすぐに片付けて、援護にいきますよ」
「民間軍事プロバイダー【SMS】の熊谷真帆(
ga3826)です」
甲板を吹きすさぶ潮風にセーラー服のスカートを必死に抑えつつ、真帆は所属小隊の紹介も兼ねてにこやかに営業スマイルを浮かべた。
「確かにBSはお高いですわね、私共でも予算の関係で1機配備するのがやっとでして、貸与権の譲渡が可能なら私も乗りたかったのですが」
「全くじゃな。値段相応の性能を見せて欲しいものだが‥‥」
顎に手をやって頷くラクスミ。先のアジア決戦では大きな戦果を挙げたBSだが、空母艦載機として実戦投入するのは今回が初めてだけに、やや不安もあるようだ。
その傍らでは、今回「サラスワティ」からのリースでBSに搭乗する風間・夕姫(
ga8525)が、マリアとお揃いでプリネア海軍のパイロットスーツを着用し、着心地を確かめていた。
「ふむ。面白いな‥‥」
ウェットスーツのごとくボディにフィットした青いスーツ。ヘルメットを装着すれば潜水服の役目も果たすプリネア軍独自の機能に、夕姫はいたく興味を示しているようだ。
自己専用のBSで参加の桐生 水面(
gb0679)は大規模作戦以外では初めてのKV戦、しかもBS初搭乗とあって緊張気味ではあったが、海そのものは好きなので、水中戦に対する怖れはなかった。
「折角の新型や。しっかり活躍せんとな」
もちろんBSだけが今回の戦力ではない。従来からの主力水中戦機であるW−01改や、通常KVに水中用キット装備で参加する者も多い。
W−01改に搭乗のゴールドラッシュ(
ga3170)の参加目的は、いかにも傭兵らしく「金と名声」。さらにプリネア王国直々の依頼なら箔が付く、という期待もあった。
派手に勝つ必要は無い。確実に勝利し、賞金稼ぎとしての評価を上げるのだ。
「さあて、それじゃ今日も頑張って稼いじゃうわよ♪」
やがて空母が作戦海域に到達すると、水中用KVは甲板エレベータで艦内へと降ろされ、傭兵達も空戦班で出撃する真帆と李・海狼(リー・ハイラン)、李・海花(リー・ハイファ)の双子を残し艦尾ウェル・ドックへと移動していった。
●音速・雷撃隊
対潜作戦の成否を決するのは一にも二にも索敵に尽きる。これは敵が潜水艦であれ、水中ワームであれ同じ事だ。
バイパー改に空対潜「爆雷」3発を満載した真帆は、同じく爆雷を搭載した李兄妹のウーフー2機、さらに空母艦載機の哨戒ヘリ6機を率いて飛行甲板から飛び立っていた。
「これより、空母機動部隊による対潜陣形を形成します」
無線から真帆の指示を受けた哨戒ヘリは3機1組で二手に別れ、作戦予定海域をV字型に挟む様にソノブイを投下。
間もなく――広範囲に投下されたソノブイが、20mを超す大海蛇のような潜影、そしてその左右に随伴したこれも十数mの影2つを捉えた。
各ブイ列が捉えた音紋のドップラー効果により、敵ワーム群の移動方向を推定。
真帆はさらに敵の位置を絞り込むべくヘリ部隊に指示を送ると、敵影を仮想の五角形の中心に据え、各頂点に新たなソノブイを投下させた。
いかに40ノット超の高速で水中を動き回るワームといえども、空中を飛行するヘリやKVの速さには及ばない。
「逃がすか!」
真帆のバイパー改とウーフー2機は、位置の判明した水中ワーム群の上空まで急行した後に速度を落とし、相次いで爆雷を投下した。
「猛獣使いの称号、伊達じゃないって事を!」
巨大な水柱が立て続けに上がり、海底火山の噴火のごとく海面が沸き返る。
命中の手応えはあった。が、ダメージの程は定かでない。
爆発の衝撃と大量に発生した泡のため、海上のソノブイは一時的に敵影を見失った。
●魔鮫逆襲
爆雷の余波による水泡が収まるのを待ち、空母のウェルドックに海水が注入され、艦尾発進口から水中KV部隊が次々と出撃していった。
水中戦班はBS×3、W−01改×2、そして水中用キット装備の雷電×2。
各々水中速度が同じ機体同士で3班編制をとり、上空のKV隊とも適時連携を取りつつ目標を攻撃する。
キット装備といえども速度的に不利になる通常KVは戦闘水域まで水中用KVにワイヤーで曳航してもらうが、これは牽引側のKVまで大幅に運動性が落ちるので注意が必要だ。
頭上からぼんやり薄明の差し込む浅い海底を、水中対応のSESエンジンで潜航していく。
爆雷投下地点に近づくか近づかないかのうち、KVの水中用センサーが前方から急接近する魚雷らしき複数の影を探知した。
「敵影、こちらに向かって急速接近、牽制射撃する」
安則は雷電のSライフルD−06とハープン、ガウスガンで牽制射撃を開始。同時に自らを牽引する僚機にワイヤー切断を指示した。
バグア式魚雷の爆発による水中衝撃波がKVの機体を激しく揺さぶり、再び湧き上がった水泡がセンサーやアイカメラの視界を塞ぐ。
その彼方から、マッコウクジラに匹敵する大きさの影が2つ突進してきた。大鮫を思わせるMW。空中班の爆雷攻撃からは逃げ切れなかったらしく、その機体表面の所々は焼けこげ、かなりのダメージを負っている様子だ。
水中班としてチームを組むA班の安則、水面、一真。そしてB班のイレーネ、夕姫は突進するワームから母艦を護る形で前進し、各々1機ずつのMW迎撃に向かった。
安則の援護射撃を受けつつ、水面のBSが、続いて一真のW−01改が泡の航跡を引いて海中を走る。
手負いの鮫とはいえ、MWの動きは素早く挌闘戦兵器による攻撃もなかなか当たらない。
水面のBSが体当たりで弾き飛ばされるが、強固な耐水圧装甲のため損傷は軽微だった。
「さすがビーストソウル。これぐらいじゃビクともせんな」
やがて敵の下方に潜りこんだ一真が、ツインジャイロでMWの腹を抉り貫いた。
「よし、捉えた! ――桐生さん!」
合図を受けた水面はすかさず機体得能「サーベイジ」起動。
「さぁ『獣の魂』の本領、見せたるで!」
MWが放つ魚雷をWH114バルカンで迎撃しつつ突入、ツインジャイロで頭部に風穴を開けてとどめを刺す。
一方、B班イレーネはSライフルD−06の狙撃で夕姫のBHを援護していた。
「先の爆雷攻撃で、些か動きは鈍っているようだが‥‥油断は禁物だな」
W−01に比べれば運動性の向上したBHだが、やはりMWの動きも素早く至近距離からの魚雷を食らってしまう。
「多少の損害は仕方ないとしても、大破させて弁償だけは勘弁だからな」
着弾の衝撃に耐えた後、舌打ちしながら損傷状況をチェックする夕姫。とりあえず戦闘に支障はない。
魚雷対策は回避から水中用ガトリングの迎撃に切替え、イレーネの狙撃しやすい位置にうまくMWを誘導する。
「でかいのを叩き込むぞ! 気をつけろ、風間」
雷電から発射されたB3重魚雷が立て続けに命中。大鮫の巨体が泡の中に踊る。
「よし、後は任せろ!」
人型変形して肉迫、レーザークローを振るって夕姫はMW2機目を撃破した。
●海底の邪龍
MW対応班が戦っている間、ゴールドラッシュとマリアのKVは姿を消したEQの動向を注意深くセンサーで索敵していた。
爆雷攻撃の瞬間、奴は地中に潜行して難を逃れたのかもしれない。
間もなく、海上のソノブイからウーフーを介し、こちらに接近する巨大物体の反応が伝えられた。
地上でこそ神出鬼没の猛威を振ったEQだが、水中においてその移動音は誤魔化しようがない。
「それじゃあ、こっちも作戦通りにいくわよ、マリア」
「了解」
W−01改、BSが同時に動き出す。
位置が判明したといっても、KV2機で相手にするにはいささか手に余る敵だ。
とりあえずMWが片付き戦力が集中できるまでは、囮となって時間を稼ぐ――というのがEQ対応班の作戦だった。
(「接近戦しかできない相手に近づく道理は無いわね‥‥」)
ゴールドラッシュは思った。
その高い攻撃力が注目されがちなEQだが、最高速度時の機動力は侮れない。ことにこちらの動きが制約される水中戦となればなおさらだ。
ただし、KV側にもセンサーやソナーで敵の位置を把握できる強みがある。
海底の泥を跳ね上げ、大口を開けて出現したEQから素早く間合いをとり、ゴールドラッシュとマリアは熱源Hミサイル、ガウスガン等の遠距離兵器で牽制攻撃を開始した。
ただし距離をおきすぎ、EQが他の友軍機や空母の方へ向かってしまっては意味がない。
微妙な距離を保ちつつ、敵の気を逸らさない――。
「このバランス感覚はね、経験で培われるものなのよ!」
ニヤリと笑い、トリガーを引き続けるゴールドラッシュ。
やがて少し離れた水域で2機のMWが相次いで自爆。水中班のKV全機は、残るEQを殲滅すべく集結してきた。
イレーネ、安則は対MW戦に引き続き後方からの援護射撃を担当。他の水中用KVも敵の呑込み攻撃を警戒し、まずは周りを囲んで遠距離兵器による十字砲火を浴びせる。
だが飛び道具を持たないといえ、EQの回避力、そして多少の被弾にも堪えぬ生命力はやはりバケモノじみていた。ダメージを与えているのは確かだが、巨大ワームは鰻のように激しく身をくねらせ、しぶとく肉弾攻撃を繰り返してくる。
「餌の時間だ、全弾持ってけ!!」
思い切ってEQの前面に移動した夕姫は、呑み込もうと開かれた敵の大口目がけ残りの熱源Hミサイルを全弾発射。ひるんだ所でガトリングで牽制しつつ接近、隙を見てレーザークローで斬りつけた。
苦し紛れに襲いかかってくるEQに対し、水面はWH−114バルカン、ガウスガンで弾幕を張りつつ、ブーストオンで素早く後退。
次いでマリアのBHに牙を剥けたEQに対し、背後に控えていた一真のW−01改、安則の雷電がすかさずガードに入った。
「やらせないっ!」
「悪いが移動砲台であり動く壁でね。盾役になって見せるさ。マリアちゃんの笑顔が見れるなら少々の危険作業も覚悟の上ってな」
EQの体当たりをメトロニウムシールドでガードしつつ、雷電のレーザークローが牙の1本を叩き斬った。
「水中戦は苦手だが、怖い爪を仕込んであるのさ」
勝機と見た一真は、残り練力を使い果たす覚悟で試作剣「蛍雪」に注ぎ込む。
「蛍雪、アクティブ! こいつは一味違うぞ!!」
知覚兵器の剣が深々とEQの胴に突き立てられ――。
ふいに動きを止めた水中ワームはそのまま海底へと沈み、間もなく自爆の衝撃波が海水を通してKV各機のコクピットにも伝わった。
「怪我はありませんか?」
「大したことない‥‥ありがとう」
戦闘終了後の甲板上。マリアの身を案じる一真の言葉に、BSから降りた少女は緊張が解けたような表情で少し笑った。
「それにしてもこのスーツ、結構良い感じだな。折角なんで貰って良いか?」
BSの機体返却時、ダメ元で尋ねる夕姫に、プリネア軍整備士が弱ったように頭を掻く。
「すみませんねぇ‥‥そのスーツ、うちの海軍がメガコーポにオーダーメードで発注した装備なもんで、そんなに予備がないんですよ」
安則は持参したキリマンジャロ・コーヒーをラクスミとマリアに振る舞った。
原産地のタンザニアがバグア占領地となってしまったため、今では滅多に手に入らない幻の逸品である。
「いつかはこれが自由に飲めるようになりたいものだな」
再び平和を取り戻したエメラルド色の海を眺め、しみじみと呟く安則だった。
<了>