●リプレイ本文
●北京まで3千マイル
奉天公司所属の大型輸送機5機を護衛する傭兵達のKV部隊は、インド北東部・バグアドラ空軍基地から離陸し、北京を目指していた。
「北京の現状は悲惨なものでした‥‥」
以前、別依頼で北京上空を飛行した文月(
gb2039)は、その時目にした光景を仲間達に無線で語って聞かせた。
バグア軍に包囲され籠城することはや1年以上。慢性の物資不足にあえぐ北京防衛部隊にとって、たとえ撃墜されたKVから回収されたパーツといえども貴重な戦略物資だ。また、輸送コンテナの中には他にも医薬品、非常食、粉ミルクなど戦火に苦しむ北京市民へ向けた援助物資も積み込まれている。
「‥‥必ずや送り届けましょう」
その思いは中国人を父に持ち、幼少期を中国で過ごしたレールズ(
ga5293)も同じだった。
出発前、彼は依頼主である奉天社員に頼んで輸送物資のコンテナにUPCのマークと中国国旗を並べて描いてもらい、その下に『我々は貴方を見捨てない!』とのメッセージを添えていた。
(「1年の篭城‥‥どんな気持ち、なのかな‥‥」)
ラシード・アル・ラハル(
ga6190)は思う。彼は胸の裡で、今はバグア占領下にある出身地の中東地域と北京を重ね合わせていた。
「僕の故郷は、なくなっちゃったけど‥‥まだ、北京は、生きてる。‥‥資材、届けてあげたい、ね」
「ジブリール2」と名付けた愛機ワイバーンに語りかけるように、そっと呟く。
「作戦の全貌は機密とされていますが、我々以外にも複数の輸送部隊が北京に向かっているはずです」
先頭の輸送機に搭乗する奉天側代表、周隊長がKV各機に伝えた。
「実は‥‥つい先ほど本社から連絡を受けました。我々の前にインドから出発した輸送編隊が既に3つ、連絡を断っていると」
「HWの仕業でしょうか?」
アンジェリカの機上から、櫻小路・なでしこ(
ga3607)が尋ねる。
「どの編隊にもKV部隊を護衛に付けてます。飛行キメラや小型HW程度の襲撃で、そうそう全滅するはずはないのですが」
「たぶん、ステアーでしょう‥‥L・Hで情報部から警告されたように」
おずおず返信したのは、中国戦線視察のためEAIS(東アジア軍情報部)からウーフーで派遣された高瀬・誠(gz0021)だった。
彼の所属するEAISは、出発前にカメル共和国からステアーらしき機体がインド方面へ移動したという情報を得ていた。
「‥‥カメルから来た、となるとシモンか‥‥いい加減、奴にも消えてもらいたいものだがな」
ややあって、ゲック・W・カーン(
ga0078)が返信する。
ゾディアック「射手座」。そして今やカメルを実質支配するバグア軍司令官・シモンとはつい先日、カメル国内からのUPC軍兵士救出を巡る戦闘でやり合ったばかりだ。
そのときは幸い、能力者達はシモンの搭乗するFR撃退に成功している。そして今回の護衛機の中にはゲックを含め、同じ空戦に参加した者も何名か参加していた。
「FRの次はステアーか‥‥状況は何時でも過酷だな」
その1人、リディス(
ga0022)がため息をもらす。
「だがステアーといえど、むざむざやらせはせんさ‥‥絶対に」
「ステアー相手となると‥‥一瞬の遅れが命取りになるわね」
今の所ウーフーの電子支援により正常に作動する雷電のレーダーで周辺空域を警戒しつつ、アズメリア・カンス(
ga8233)が眉をひそめる。
「ともかく相手が相手だ。もう一度、万一の事態に備えて確認しておこう」
赤くペイントされたウーフー「緋閃」に搭乗する霧島 亜夜(
ga3511)が僚機に呼びかけた。誠の任務をサポートするべく自機にもKV用カメラを搭載し、またステアー遭遇時に備えて過去の戦闘記録を洗いざらい検討してみたが、FRと違いステアーに関してはまだこれといった弱点が見いだせていないのが実情だ。
「依頼主とはいえ我々は民間企業です。あなた方に『命を捨てろ』とまで命令する権利はありません」
周隊長が答えた。
「ですから危険と判断したら撤退してくださって結構です。――ただし、我々輸送部隊は最後の1機となっても必ずや北京までたどり着く。このパーツ1つ1つが、我が中国人民にとって血となり肉となる貴重な資材ですから」
奉天側の決意とは対照的に、輸送機隊の前後左右を直衛するβ隊10機のリーダーは弱気だった。
「申し訳ないが‥‥我々の部隊は機体も初期型だし、パイロットも新米ばかりだ。小型HWくらいならまだしも、ステアーなどとても太刀打ちできない」
一応護衛は務めるが、撃墜の危険に陥ったら速やかに離脱させて欲しい――というのがβ隊リーダーの希望だった。
(「やはり、いざとなったら俺達α隊だけで対応するしかない、か」)
時任 絃也(
ga0983)は操縦桿を握り直して腹を括った。
機体に関していえば彼も初期型のR−01改だが、機体強化や兵装の改造によりその性能は大幅にアップしている。つい先日の依頼では、それでゾディアック「魚座」のステアーともやりあっているのだ。
「ちっ、立て続けに相手がステアーとは厄日だが、愚痴を言っても始まらんか」
●極音速の刺客
数百km後方から接近するその機影を最初に捉えたのは、編隊上空で早期警戒にあたっていた亜夜の「緋閃」だった。
相手はただ1機だが、その速度が尋常ではない。ブースト状態のKVすら上回る、まさに弾道ミサイル並の速さである。
ステアー襲来――。
輸送機の直衛はβ隊に任せ、α隊に誠のウーフーを加えたKV11機は直ちに迎撃態勢に入った。
「行こう‥‥僕の翼、ジブリール‥‥」
ラシードは兄と慕う人に貰ったルークの駒に、そっと手を触れた。
「選りに選ってステアーとは‥‥時間切れを期待できないなら全力で迎え打つしかないか」
レールズはラシードと共に高々度へ、ティーダ(
ga7172)のアンジェリカは下方の雲海へ身を隠し、残り8機は各々2機1ペアのロッテ編隊を組む。
敵機が輸送隊を射程に収める前に4つのロッテ編隊が波状攻撃で足止め、隙を見てラシード、レールズ、ティーダから成る強襲班3機が上下から奇襲――という作戦だ。
直後、激しいジャミングがKV部隊を襲った。例の頭痛は起きないので、CWとは異なるステアー独自のECM機能だろう。
一時的にレーダーや通信が乱れたが、亜夜と誠のウーフー、そしてβ隊の岩龍改によるジャミング中和により、辛うじて最低限の電子機能は維持できた。
蒼空の彼方に黒点として現れたステアーの機体は、せいぜい人類側KVよりやや大きめという程度だ。だがそのコンパクトな機体に恐るべき戦闘力を秘めたバグア高性能機は、驚くほどの高加速で一気に距離を詰めてきた。
傭兵側は射程の長いAAMやG放電装置で迎え撃とうとしたが、先手を取って仕掛けてきたのはやはりステアーだった。
マンタを前後逆にしたような異形の機体から噴射炎が閃き、マルチロックオンされた超小型ミサイルの嵐がKV編隊に襲いかかる。
「――させませんッ!」
文月は翔幻の機体得能・幻霧を発動。煙幕のような霧で自機と周囲の僚機をカモフラージュするが、それさえも貫く凶悪な他目標誘導弾は距離をとった強襲班を除く8機に命中、緒戦から少なからぬダメージを与える。しかし文月の幻霧も無駄ではなく、何割かの被弾を回避することで「一撃で全滅」という事態は免れた。
続いて、アウトレンジからシャワーのごとく降り注ぐ20連装プロトン砲の雨。
意図的に電子戦機を狙ったのだろう。相次ぐダメージに耐えかねたのか、まず亜夜のウーフーが錐もみ状に墜落し眼下の雲海に消えた。
「うわぁっ!?」
同じく被弾した誠機もターゲットにされたが、その前にアクセルコーティングで身を固めたディスタンが盾となって立ちふさがった。
「リディスさん!?」
「前途有望な若者が傷つく必要はない‥‥傷つき守るのは大人の役目だからな。ペアになった以上必ず守ってみせるさ」
リディスは風防越しに迫り来るステアーを睨み付け、
「一度売った喧嘩だ、シモン。しっかりと買い取ってもらいたいな‥‥!」
辛うじて先制第一撃を耐え凌いだ迎撃班7機は、有効射程に入ったステアーに対し全機がミサイルやG放電の集中砲火を浴びせた。
が、ステアーは慣性制御も交えた鮮やかな機動でそれらの攻撃を尽くかわす。
「‥‥? 動きが、今、少し、おかしかった‥‥?」
上空から見守っていたラシードを始め、何名かの傭兵は奇妙な違和感を覚えた。
確かにステアーは高性能だし、シモンの操縦技術も相変わらず巧みだ。
――が、その動きにどこかキレがない。能力者の優れた動体視力を以てして、始めて感じ取れる微かな「差」であるが。
「奴はカメルでの戦いで相当な重傷を負ってるはずだ。たとえ機体を乗り換えても、本人のケガまでそう簡単に治るとは思えん」
あの戦いに参加したゲックが僚機に伝えた。いずれにせよ、万に一つでもつけいる隙があるなら、そこを狙わない理由はない。
傭兵達は間近に迫ったステアーに対し、再度の攻撃を開始した。
「休む暇は与えないわ」
アズメリアの雷電を始め、G放電、試作G放電装置を装備した各機が高命中の雷撃を集中し、それに合わせてリディスはエネルギー集積砲を発射。
そして満を持して待機していた強襲班3機も、太陽を背にした高々度と真下の雲海から挟み撃ちで襲いかかった。
「友として訪問するなら歓迎するが、そうでないなら、今すぐ出て行け!」
「人が、乗ってるんだ‥‥隙はある、筈‥‥」
「皆さんが作り出した好機、外すわけにはいきません‥‥!」
レールズのソードウィングが。ラシードの試作G放電が。
さらに一瞬の時間差で、ティーダの帯電粒子砲がステアーに殺到する。
雷撃とビームの閃光が消えた後――。
『‥‥今のが、おまえ達の切り札か?』
せせら笑う様な若い男の声が、KV各機の無線に響いた。
『すまんが、私は忙しい。これ以上おまえ達と遊んでいる暇はないのだ』
20連プロトン砲。無慈悲な淡紅色の暴風が行く手を塞ぐKVを蹴散らし、一直線に輸送編隊へと突進する。
奉天の輸送機とβ隊各機は煙幕を張り、必至に離脱を図るも――。
『ふん、のろい‥‥まるで宙に止まった蝿だな』
再び発射された多目標誘導弾が、編隊後尾に付いた輸送機2機、β隊のS−01改2機を瞬時に撃墜した。
●暗殺者の瑕
極音速のステアーが低速の輸送機を攻撃するには、人類側の戦闘機なら失速しかねない程の急減速を必要とするが、慣性制御を備えたバグア機にとっては造作もない事だ。
が、そこにシモンの油断があった。
端から見ていた傭兵達の目には、まるでステアーの方が一瞬宙に止まった様に見えたのだ。
この機を逃さず、態勢を立て直したα隊がステアーに追いすがる。
絃也機のR−P1マシンガンがシモンの気を引いた隙を衝き、なでしこはM−12強化粒子砲の光条をステアー主翼に直撃させた。
彼女はそのまま接近すると、オープン回線でシモンに呼びかけた。
「結麻・メイ(gz0120)様をどの様にお考えですか?」
『‥‥何だと?』
危険極まりない行為である事は百も承知である。
しかし一瞬でもシモンの注意を逸らせるため――そして何より、なでしこ自身が確かめておきたかったのだ。
「あなたに取って、メイ様は単なる道具なのですか?」
『‥‥』
コンマ何秒かの沈黙。すかさずSレーザーを照射しつつ、再び問う。
「それとも――ご自分でも、よくわかられていないのですか?」
『――喧しい!!』
突然激したシモンの声と共に収束フェザー砲が放たれ、紫の炎がアンジェリカを灼く。
(「もしや人の心がまだ‥‥?」)
消火装置作動。半ば操縦不能に陥った機体バランスを懸命に保ちつつ、なでしこは薄れ行く意識の中で脱出ボタンを押した。
墜落するアンジェリカの黒煙に紛れて肉迫した絃也機が短距離用AAMを命中させるも、反撃のフェザー砲を受けてやはり撃墜される。
「ここまでか‥‥しかし、R−01でも一矢は報いてやった!」
機体各部損傷のアラートを聞きながらも、絃也は深い満足を覚えつつ不時着のため雲海へと沈んでいった。
『輸送機さえ片付ければ、今日の所は見逃してやるつもりだったが‥‥気が変わった。まず、貴様らから――』
真下から迸るG放電の直撃が、シモンの声を遮った。
朱塗りのウーフー「緋閃」――亜夜だった。
「紅き魔術はまだ終ってないぜ!」
おそらく自らの電子戦機が最初に狙われるだろう――と踏んだ彼は、最初のプロトン砲を被弾した際に墜落を装って雲海に身を隠し、このチャンスを待っていたのだ。
すれ違い様に後方からプロトン砲を浴び爆炎に包まれたが、これをきっかけに傭兵側は残存のKVでロッテを組み直し、ステアーに対する波状攻撃を再開した。
「シモン、幾らステアーであっても簡単に人類をやれると思うなよ‥‥!」
誠の試作G放電で援護を受けつつ、リディスがソードウィングで吶喊。
「人間の、力‥‥あんまり、舐めないで‥‥」
ラシードはティーダ、レールズら強襲班でケッテ編隊を組み、至近距離からKA−01集積砲を撃ち込む。
ステアーが放つ反撃の多目標誘導弾をアズメリアのヘビーガトリングが迎撃し、文月は再び幻霧を展開し僚機をガードした。
一端高加速で距離を取り、20連プロトン砲でKV部隊に掃射を加えようとしたその時、シモンは胸の辺りに激痛を覚え顔をしかめた。
「ぐっ‥‥こんな時に、カメルでの傷が‥‥っ!」
ステアーほどの高性能機となると、パイロットにかかる負担も相当なものになる。機体の損傷自体はまだ軽微だが、これ以上戦闘を続行すれば己の体が保たない。
「やむを得ん‥‥たかが輸送機相手に命まで捨てられるかっ!」
吐き捨てるように叫ぶと、シモンはそのまま高々度へ急上昇。ブーストをかけてカメル方面へと撤退した。
「撃墜された皆さんの事はご心配なく。今頃、地上に待機した当社の私兵部隊が救助に向かっているはずです」
再び輸送機の周辺に集まってきた生き残りのKV各機を、周隊長が労った。
「とりあえず、我々もこの近くにある当社の仮設基地へ降りましょう。機体の応急修理と休息が必要でしょうから」
「申し訳ありません。2機を墜とされてしまい‥‥」
気落ちするレールズに対し、周隊長が応答した。
「いいえ。あなた方は命を賭けて輸送隊を全滅から救ってくれました。奉天公司に‥‥いえ北京市民に成り代わり、御礼を言わせて下さい」
「あの都市は幾度と無く外敵に攻め込まれてきました‥‥ですが、復興を望む人が居る限り決して滅んだりはしません」
「その通りです。我々中国人民は、必ずやバグアを退ける。‥‥あなた方の戦いを拝見し、私も改めて勇気づけられました」
残り3機の輸送機を護る様に編隊を組み直し、傭兵達のKVは蒼空の彼方へと向けて進路を取った。
<了>