●リプレイ本文
●ラスト・ホープ〜出動前の高速移動艇
「現地で目撃されたキメラですが、おそらくこの『エレクトリック・イール』でしょう。普段は水中に潜んでいることが多いけど‥‥現場の近くに沼か川でもあれば、陸上に現れてもおかしくないわ。武器は強力な電撃。要するに大きな電気鰻ね」
ノートPCのモニターに映った鰻のような姿のキメラを示し、未来科学研究所のサイエンティスト、ナタリア・アルテミエフが説明した。
「それで、わたくしたちが申請していた絶縁装備は?」
椎橋瑠璃(
ga0675)が尋ねた。
「ラバースーツの類じゃ、到底防ぎきれないわ。それに現地のカメルは高温多湿の熱帯地域で、そんなもの着てたらまともに行動できませんよ?」
艇内に集まった傭兵たちは顔を見合わせた。
「それは‥‥困りましたね。何か、防御策は‥‥ないんですか?」
幡多野 克(
ga0444)が訥々とした口調で訊く。
「今の所考えられる手段は、電撃系の攻撃に強い火属性の防具を装備するか‥‥あるいは敵が放電する前、もしくは放電後に電力をチャージしている間に叩くか‥‥それくらいですね」
「先手必勝、ってことか‥‥」
ファルロス(
ga3559)がつぶやいた。
「それと、基地の見取り図や補給資材の記録ですが‥‥全てカメル政府から『軍事機密』を理由に提供を断られました。幸い、同基地に勤務していたラザロ少尉が同行されますから、彼に案内を頼むしかないですね」
カメル共和国はUPC加盟国として海軍・空軍基地の使用許可などの協定は結んでいるものの、軍隊そのものは「独立国家の主権」を盾に未だUPC軍の指揮下に入るのを拒んでいる。そして、ラザロは傭兵でありながら同国陸軍の少尉でもあるのだ。
もっとも本人にいわせれば「便宜上の肩書き」ということだが。
申請した貸与品のうち、許可が下りた無線機、デジタルビデオ、そして証拠品を収納するザックのみを傭兵たちに渡し、ナタリアはその場から引上げた。
ちょうど彼女と入れ違いのように、もう一人の傭兵が艇内に乗り込んできた。
ラザロだ。いつもの黒コートではなく、カメル陸軍の野戦服を着ている。
また武器は以前のファングではなく、軍服に合わせてアーミーナイフとハンドガンを腰に差していた。
「おくれてすまなかった。ちょっと着替えに手間取ってね」
それから新条 拓那(
ga1294)の顔を見やり、
「初任務のときは世話になったな‥‥今回も、よろしく頼む」
「こちらこそ。‥‥で、その後調子はどうだい?」
「まあまあだ。ゆうべまで日本に行ってたよ。UPC内部に潜入したバグアのスパイ狩りでね‥‥5人ばかり片付けてきた」
こともなげにいうが、それはつまり「バグアに寄生された人間を5人殺してきた」という意味だ。
桜崎・正人(
ga0100)は、つい最近やはり日本で担当した「任務」の苦い結末を思い出し、何ともいえぬ複雑な心境になった。
「何でも敵の総攻撃が近いって話で‥‥いま向こうじゃえらい騒ぎになってるな。俺も忙しくて、ろくに寝る暇もなかったよ」
そういって、眠そうに掌で顔を擦るラザロ。
「良かったら‥‥どうぞ‥‥あ、甘い物‥‥嫌いじゃなかったら」
甘党の克が、持参したチョコを1つラザロに手渡す。
「ありがとう。疲れてるときは、甘い物に限るね」
男は灰色の目を細めてチョコを口に放り込んだ。
それから克の顔を覗き込むように見つめ、
「他人が‥‥怖いかね?」
「え‥‥」
内心を見透かされたような言葉に、克はドキリとした。普段はポーカーフェイスで通しているものの、確かに彼には多少人見知りする傾向がある。
「いや、決して悪いことじゃないさ。恐怖は人間が抱く最も根源的な感情だ‥‥そして何より人を怖れさせるのは己の死と、その死をもたらす存在‥‥果たしてバグアの連中にも、そんな感情があると思うかね?」
ラザロはひどく遠くを見るような目で、天井を仰いだ。
「俺は‥‥ぜひ、それが知りたい」
「そろそろ、任務の話に入りませんか?」
傭兵たちの中では最年長者にあたるランドルフ・カーター(
ga3888)が促した。
今回の依頼内容、そして『ラザロ』なる人物に個人的な興味を抱いた彼は、事前に知人のUPC幹部と接触し独自に情報を得ようと動いたが、あいにく先方の都合でアポを取ることは出来なかった。
「今回の仕事は、カメルの陸軍基地で起きた爆発事件の調査だねっ」
と、八重樫 かなめ(
ga3045)が元気一杯にいう。
表向きはそうだ。だがラザロ以外の傭兵達にはもう1つ「同国内で極秘に進められていた『DF計画』の真相を暴くように」との依頼も出されている。
「前の依頼で経歴を見たけど、あんたもカメルの出身だったよな。もしかして『DF計画』って言葉に覚えはないか?」
拓那はずばりとラザロに問いただした。彼の性格上、はなからもって回った駆け引きなど行うつもりはなかった。
「さあ‥‥何のことかな?」
相変わらず眠たそうな顔で、ラザロが答えた。
「同じ『能力者』といってもカメルとラスト・ホープじゃだいぶ待遇に差があってね。俺たちの場合、訓練とか必要な場合を除いてずっと専用の施設に隔離されていた‥‥だから、軍のお偉方の考えはよく判らんな」
「それじゃ、まるで囚人扱いじゃないですか?」
嶋田 啓吾(
ga4282)が呆れたように声を上げた。
「じゃあ、あんた自身がDF計画の被検体という可能性は?」
拓那がなおも問い詰める。
「もちろん、それはある。だからこうして、調査への参加を申し出たのさ。何しろ自分が怪しげな実験のモルモットにされたかもしれないなんて、いい気分じゃないしね」
本当に何も知らないのか。それとも何かを隠しているのか――。
いずれにせよ、この場でこれ以上の情報をラザロから引き出すのは難しそうだった。
「このご時世にあって、SESの有効利用の研究は確かに急務ですが‥‥違法計画とは穏やかではありません」
啓吾がため息をもらす。
「DF計画の究明も重要ですが、私としては現場から失踪したという能力者たちのことが気がかりなんですよ」
カーターが話題を変えた。
「万が一にも彼らがバグアと内通し、その刃を人類に向けてきたとしたら‥‥怖ろしいじゃありませんか?」
なるべく冗談めかしていったつもりだが、これは彼自身がかねて憂慮していた事態でもあった。
「バグア側能力者との戦いか‥‥そいつは確かに厄介だな。少なくともキメラは銃も刀も使わねえ」
と、ファルロスが考え込む。
「でしょう? いくら能力者でも、私たちは既存の兵器に対して殆ど無力なんですから」
「もーっ、ここでゴチャゴチャ話してたってラチがあかないんだねっ!」
退屈したようにかなめが叫んだ。
「考えるより、まず行動! 調査にれっつごーなんだねっ」
「無事に帰還できたら、皆さんにお茶を振る舞いますわ」
瑠璃がおっとりした口調でいった。
●カメル共和国〜陸軍基地
近傍の空軍基地へ移動艇を着陸させ、借りたジープ2台に分乗し「事故現場」となった陸軍基地へと向かう。
基地のゲートまで来たとき、武装した警備兵たちに足止めされたが、ラザロが少尉の階級章と自分のIDカードを見せると、あっさり通過を許された。
「肩書きだけの階級でも、こういうときは役に立つな」
ゲートをくぐりながら、ラザロは軽く肩をすくめた。
彼の話によれば、基地内は一般的な陸軍基地としての施設と、その敷地内にある能力者育成用の「特殊施設」に分かれていて、後者の施設には、同じ基地関係者でもごく一部の特別なIDを発行された者しか出入りできなかったという。
「陸軍基地なら、中には相当な武器弾薬が貯蔵されていたはず‥‥やはり、内部の者の犯行でしょうかね?」
爆撃でも受けたかのようにあちこちが焼け崩れた兵舎や建物を眺めながら、元海兵隊員の経歴を持つカーターが意見を述べた。
確かに、キメラの電撃だけでこれだけの爆発を起こすことは不可能だろう。
「さすがに爆発現場ではマズイですねえ」
啓吾が思わず胸ポケットから出した煙草を引っ込める。
「とりあえず、生き残った目撃者から話を聞いてみないか?」
正人の意見で、一同は臨時病棟になっている兵舎の1つへと向かった。
既に重傷者は首都の病院へ搬送されている。そして、ここに残った者の中に「特殊施設」用のIDカードを持っている者は一人もいなかった。
「やはり‥‥特殊施設とその関係者が、集中的に狙われたのか」
「これは、どうも‥‥きな臭いのは爆薬の臭いだけじゃなさそうだな」
現場の惨状をビデオに録画しながら、拓那も頷いた。
病棟にいる兵士達から当日の状況を聞き出して見たが、彼らにとっても青天の霹靂だったらしく、
「基地内のあちこちで爆発が起こったと思ったら、いきなり鰻みたいなキメラの群に襲われた」
と異口同音に語るばかりだった。
そして通常、基地内の出入りを監視しているカメラその他の装置は落雷でもあったように全て回線が焼け切れ、ビデオテープの記録も完全に消失していた。
「これはエレクトリック・イールの仕業でしょうか? でも、キメラが『証拠隠滅』なんて考えを持つとも思えませんけど」
「カーター氏のいうとおり、内部の人間の犯行だとすれば‥‥まるでキメラはその手助けをしたみたいだな。しかし――」
瑠璃の疑問に、ファルロスが言葉を濁す。
能力者とバグアの内通――傭兵たちが最も怖れる結論が、また一歩真実味を帯びてくる。
「では、いよいよ特殊施設の方をあたりますか」
一服したい気持ちを堪えつつ、啓吾がいった。
特殊施設の焼け跡を警備する兵士たちをラザロが説得し、傭兵たちはようやく内部への立ち入りを許可された。
「さて、どこから見て回るかね?」
ラザロが一同に尋ねた。
「さっきの兵士達とは逆に、俺自身はエミタ移植を受けてから半年近く、この施設に籠もりきりだったもんでね‥‥この中のことなら、だいたい判る」
「なら‥‥ここのデータを管理していた、コンピュータルームみたいな場所はあるか?」
「ああ、おやすいご用だ」
ファルロスの要求に、ラザロが頷いて歩き出す。
不測の事態に備えて全員が「覚醒」し、克、瑠璃、ファルロスが護衛班として周囲の警戒にあたった。
「特殊施設、か‥‥。ここで何が‥‥行われてたんだろう‥‥な」
不安を隠せないように、克がつぶやく。
逆にかなめは俄然張り切りだし、
「崩れかかったところや、電線などに注意して進むんだね。何時また崩れるかも分からないし、調査するなら手早く確実に、だねっ!」
と、すっかり調査を仕切っている。
やがて一行は、施設の一角にあるコンピュータルームへとたどり着いた。
「ひどいな‥‥」
半開きの扉をこじ開け室内に踏み込むなり、正人は顔をしかめた。
室内に並ぶ大型ホストコンピュータは、どれもあの監視装置同様に焼け焦げていた。
これでは、内部のハードディスクに残っていたデータも残らず消失してしまったことだろう。
「諦めるのは早いよ! 証拠になりそうな媒体は、全部持って帰るんだねっ!」
ザックを背負ったかなめが駆け寄ろうとしたとき。
ズズズ‥‥
コンピュータの筐体の陰から、鰻を巨大化させたようなキメラがぬっと頭をもたげた。
「危ない! よけろ、かなめ!」
後方で警戒していたファルロスが、鋭覚狙撃でキメラの頭部を狙う。
続いてファイターの克と瑠璃がそれぞれ抜刀して突入するが、エレクトリック・イールの放った電撃を浴びてなぎ倒された。
いったん放電したキメラが電力をチャージする余裕を与えず、正人とカーターが銃撃を浴びせ、ひるんだ所に拓那とかなめ、そしてラザロが突入し、その長い胴体をズタズタに切り裂いた。
キメラは倒したものの、スナイパーたちが撃った流れ弾がコンピュータにも命中し、もはや原形を留めぬ屑鉄の山と変えてしまった。
やむなく啓吾は傷ついた克たちの練成治療にあたり、カーターは所属するウェスト研究所へ送るサンプルとしてキメラの肉片を採集し始めた。
「アハハハハハ!」
突然、ラザロが腹を抱えて笑い出した。
「何が‥‥おかしい?」
拓那が怒ったように訊いた。
「ハハハ‥‥いや、失敬。これから話すことは‥‥俺の独り言と思って聞き流してくれ」
笑いをかみ殺しながら、ラザロが続ける。
「知っての通り、エミタ移植の適格者は約千人に1人――対バグア戦に能力者は必要だが、いかんせん絶対数が少ない。だが中には、適格者でありながらエミタ移植を受けられない者たちもいる」
「まさか――」
「そう。バグア襲来の混乱に紛れて脱獄した凶悪犯や死刑囚‥‥普通ならUPCが絶対に承認しないような連中さ。そこで、ある国のいかれた軍人どもが考えた。こいつらを密かに集めて、能力者として利用しようと。ただし逃亡されないよう、体内にリモコン式の爆弾を埋め込んでな」
「なるほど‥‥いわゆる懲罰部隊と考えれば良い訳ですか‥‥いかにも人間的ですね」
カーターが呻くようにいった。
「ここには、俺の他に3人の能力者がいた。DF計画‥‥デビル・フォースの候補として。おおかた俺がラスト・ホープにいる間、残りの連中が反乱を起こしたんだろうさ」
「なぜ‥‥それを、俺たちに話す?」
油断なくラザロに銃を向け、正人が問う。
「もう隠す必要がないからだよ。俺の過去に関するデータも、体内爆弾の起爆装置も‥‥綺麗さっぱり連中が吹き飛ばしてくれた。俺はそれを確かめたかったんだ」
「ラザロさんの仲間は‥‥俺達? それとも‥‥逃げた能力者‥‥?」
恐る恐る、克が尋ねる。
「別に君らと闘う気はないよ? 俺は今の生活に満足している。バグアとの戦争が続く限り‥‥自分の『衝動』を抑える必要はないんだから」
敵意のない事を示す証のように、ラザロは自らの武器をあっさり床に置いた。
「それより、逃げた3人を放っておいていいのか? あの中の一人、シモンという男を知っている。奴はディエア・ブライトンの信奉者で‥‥日頃から『バグアは侵略者ではなく、人類を新たな進化に導くため来訪した救世主だ』といってたっけ。俺には理解できんがね」
「ブライトン!?」
瑠璃の口から、小さく叫びがもれた。
バグアと闘う人間で、その名を知らぬ者はいない。
SES機関の開発にも関わった希代の天才科学者。一時期死亡したと思われていたが、2年前に突然オーストラリアのバグア運営ラジオから、全世界に向けて反UPCと人類の劣等性を説く声明を発表し、人々に衝撃を与えた男。
そのオーストラリアは、ここカメルから目と鼻の先にある。
「能力者の力を持った凶悪犯が3人、このままバグア軍に合流したら――いったいどうなると思う?」
「やはり人間同士の戦争は避けられませんか‥‥」
暗澹とした面持ちで、カーターがつぶやいた。
<了>