●リプレイ本文
●カメル共和国〜バグア軍拠点
『傀儡政権など手ぬるいではないか! 何故さっさと完全占領してしまわん!?』
モニターの画面に映る、がっしりした顔つきの壮年男性。
元バグア・オーストラリア、及びアジア圏総司令官であり、今はラインホールド艦長として日本へと移動中にある男の怒鳴り声を、シモン(gz0121)は涼しい顔で聞き流していた。
「物事には順序というものがあるのだよ。闇雲に力ずくで攻めれば、人類はその分しぶとく抵抗してくる。それは貴官も思い知ったろう? 北インドの戦闘で」
『‥‥』
その話題にはあまり触れられたくないのか、男は不機嫌そうに黙り込んだ。
「しかし目先の安全さえ保障してやれば、彼らは存外従順に我々の支配を受け入れるもの‥‥今後のアジア攻略にあたって、カメルの持つ戦略的価値は計り知れない」
『‥‥まあ、その島国は貴様に任せたのだから好きにするがいい。だがな、猿どもをあまり甘やかすのは感心せんぞ?』
「とにかく、これでオーストラリアの守りも鉄壁となろう。貴官は何も心配せず、八王子でラインホールド修理に専念すればいいのだよ」
『もちろん、そのつもりだが‥‥ウン? そこにも猿が1匹いるな』
シモンの背後に控えたバグア工作員、結麻・メイ(gz0120)が、ぎょっとしたように身を竦めた。
『そいつは貴様のペットか? なぜさっさとヨリシロにしてしまわん?』
「‥‥彼女は私の部下だ。口出しは無用に願おうか」
「ふん。あの男が元総司令官とは‥‥この8年、さっぱりアジア方面で戦果が挙がらなかったわけだ」
通信を終えた後、シモンは口の端を歪めて嗤う。
「まあ、当分の間せいぜい東京で大人しく――どうした、メイ?」
シモンが振り向くと、強化人間の少女は小さな拳を握り締め、身を震わせ泣いていた。
「もう嫌です‥‥こんな人間の体。あたしは‥‥あたしは、いつヨリシロにして頂けるのですか? シモン様と同じ体に‥‥!」
「‥‥」
シモンは無言でメイを見つめていたが、やがてその冷笑を穏やかな微笑に変え、少女を抱き寄せると優しく頭を撫でた。
「そう慌てるな。むろんいずれは我らの『同胞』になって貰うが‥‥その前に、おまえにはまだやるべき仕事が山ほどある。まずは、カメル拠点の基礎を固めなくてはな」
そのとき、通信室に「敵機襲来」を伝えるアラートが鳴り響いた。
シモンがモニター画面を切替えると、そこに北方から接近する敵艦隊、及びニューギニア方面から飛来するKV編隊を示すマーカーが映し出されている。
「ふっ。さっそく来たか‥‥」
「如何致します? 首都に駐屯させた主力部隊を出動させますか?」
「いや、それには及ぶまい。この程度の兵力で本格侵攻は無理だろう。奴らの目的はおそらく『餌』として北部海岸に追い込んだUPC軍の救出‥‥あそこには、すでにギルマンの部隊を配置してある」
そこでシモンは考え込み、
「問題は空から来た連中の歓迎か‥‥ふむ。ダム・ダルのFRはまだインドでのダメージが残っているしな。やむを得ん、ここは私が――」
「あたしにお任せください! シモン様のお手を煩わすまでもございません!」
「‥‥大丈夫か?」
「ご安心ください。九州では奴らに遅れをとりましたが‥‥あれから『サロメ』にも強化を施しております」
「ならば出撃を許可しよう。例の新型も連れて行け‥‥だが、油断はするなよ」
「――ハイッ!」
敬礼の後、大きな赤いリボンを揺らして走り去っていくメイの背中を見送った後、シモンは再びカメル周辺の状況を刻々と伝えるモニターに向き直った。
「今頃どうしているのだろうな‥‥マリアは」
●ニューギニア島内〜UPC空軍基地
それより僅か前の時間――。
「遂にカメルが占領されたか‥‥。やはり、あの男――シモンが関与しているのだろうな」
基地内で待機する傭兵達の1人、煉条トヲイ(
ga0236)は憮然とした面持ちで呟いた。
インドでの大規模戦闘が本格化する直前、片田舎の町を占拠した山賊崩れの親バグア派兵とやりあった経験はあるが、今回は1国丸ごとと相手のスケールが違う。
「東南アジア戦線は各国がそれぞれ各個に対応するしかない状況なのに、カメル離反。戦略的に言えばバグアは巨大な基地を持ったに等しい」
UPC軍の被害もさることながら、今回の事態が今後のアジア防衛に及ぼす悪影響を、緑川 安則(
ga0157)は憂慮していた。
「下手をすると後々、各国の部隊が各個撃破の憂き目に会うやもしれんな」
これまではたまたまオーストラリアのバグア軍が沈黙を守っていたから何とか団結を維持できていたものの、東南アジア諸国はたとえば欧州ほど各国の一体化が進んでいるわけではない。最悪の場合、カメル占領をきっかけに周辺諸国がバタバタと将棋倒しのごとく親バグア化する怖れすらある。
「負傷兵千人、全員無事に救出したいですね‥‥そのためにも空からの攻撃は全部俺達で食い止めないと」
カメルの方角を遠い目で見やり、鏑木 硯(
ga0280)が決意を込めていう。
本格的な奪回戦はまだ無理でも、とりあえず全滅の危機にある友軍部隊を救出する事。これはUPC側の確固たる決意を示し、周辺諸国の動揺を鎮めるために今できる最大限の行動でもある。
そして今日この基地に集まっているのは、空母部隊が負傷兵の収容にあたる間、制空権を維持し救出作戦を上空援護するためのKV16機であった。
「――そうそう、チェラルさんは決して無理せずに。ブルーファントムとまではいきませんけど、やれるだけのことは頑張りますから」
硯は振り返り、すぐそばで片手杖をついたチェラル・ウィリン(gz0027)を労る様に声をかけた。
八王子爆撃での対シェイド戦で負った傷がまだ癒えぬ彼女は、今回はウーフーに搭乗して後方から電子支援と指揮管制、及び救出部隊の旗艦・空母「サラスワティ」との連絡役を担当する。
「ウン、よろしく頼むよ。こんな体なもんで、一緒に戦えなくてゴメンね」
包帯だらけの姿で照れくさそうに笑うチェラルだが、もし能力者でなければ未だに病院のICUで治療中の所だろう。現状でも身動きするたび全身に痛みが走り、KVの操縦に耐えるのが精一杯といってよい。
「チェラル、その怪我‥‥」
傍らにいた勇姫 凛(
ga5063)は心配そうにいいかけたが、ぐっと抑えてその先の言葉を止めた。
表向きはいつもの快活さを装っていても、自ら戦えない悔しさを噛みしめているのが、誰よりチェラル自身である事を察していたからだ。
「凛達も頑張るから、あんまり無理しちゃ駄目だからなっ。支援、宜しく!」
そういって、にこっと笑う。
「ありがとう。凜君も来てくれて、嬉しいよ‥‥本当に」
チェラルも歯を見せて笑ったが、その直後、彼女と凜は互いに顔を赤らめ目を伏せていた。以前に凜から「告白」を受けてからというもの、2人はほのかな恋愛にも似た、ちょっと「特別」な関係にある。
そんなチェラルを少し離れた場所から見つめ、
(「あの時向かいにいたミカガミの識別‥‥やはりチェラルさんでしたか」)
水雲 紫(
gb0709)は奇妙な縁に想いを馳せていた。
偶然ながら、八王子爆撃のとき同じミカガミに搭乗し、チェラル機と肩を並べてシェイドと戦ったのが彼女だ。
その際、紫自身も機体大破・重体となったが、不幸中の幸いでチェラルよりは早く回復する事ができた。
(「‥‥あの時位置が逆ならば、雪村は届いたでしょうか‥‥そして、私は生きて‥‥」)
「‥‥過ぎたるは詮無き哉。今は、初午成就の為に一歩を」
やがて紫の想いは、バグア侵攻直前のカメルで出会った別の少女へと移る。
同じ人間の犯罪者に家族を奪われ、幼い体と心に負った深い傷痕。さらにカメル軍部のDF計画によりその傷を抉られ続け、挙げ句の果てバグア陣営へと連れ去られた「DF−05」――結麻・メイ。
「思う処は数多くとも、戦場には立たなくては‥‥総ては『あの子』の柵を取り除く為に」
「全くバグアも忙しいことです‥‥前に会ったのはカッシングでしたが、今回は誰でしょうね? なるべく会いたくはないところですが‥‥そうも言ってられませんね」
「FRには貸しがありますが‥‥作戦遂行が第一ですね」
リディス(
ga0022)とティーダ(
ga7172)は、カメル上空で遭遇が予想されるバグア新鋭機について話し合っていた。
駐留軍の壊滅寸前、命からがら脱出に成功したKVパイロット達の証言から、現在のカメル国内に少なくともFR2機の存在が判明している。
そしてもう一つの懸念は、通常のHWに混じり「白い鎧を纏った天使のような巨人」が飛んでいたという情報だ。
おそらくは、リディス自身が先の八王子偵察任務の際に遭遇した新型電子戦ワーム。例によってオーストラリアから随時発信されるバグア側の宣伝放送により、今では「モリグー」なる呼称が判明している。
そしてティーダの方にはデリー攻防の際FRによって所属小隊が大きな損害を受け、自らも撃墜された苦い記憶があった。ただしパイロットまで同じかどうかは判らないが。
出撃を前に緊張を隠せない仲間達をよそに、御坂 美緒(
ga0466)はひとり夢見がちな表情で物思いに耽っていた。
(「これはアジア戦線の重要な戦いになりそうです。ここを頑張ってクリシュナさんに名前を覚えて貰えば、ゆくゆくは‥‥」)
と、以前に「サラスワティ」艦内で謁見したプリネア王国の若き皇太子を思い浮かべ、何やら目が「はぁと」型になっている。
(「完璧な計画なのです♪」)
むろん美緒とて任務の重大さを忘れているわけではない。
今回彼女が搭乗するのはチェラルと同じウーフー。高い防御性能と知覚を有し、電子戦機ながら空戦用KV並みの戦闘力を誇るこの機体で、後方から支援するチェラル機の死角をカバーすると共に、小型HW対応にあたるのが彼女の役目だ。
やがてサイレンが鳴り渡り、基地司令より「間もなく空母艦隊が危険水域に到達」との連絡が入った。
●カメル国内〜バグア軍拠点
「あたしが強くなれば‥‥手柄を立てれば‥‥あのお方は、もっと誉めてくださる‥‥もっともっと、優しくしてくださる‥‥」
首都近郊に設営された仮設基地。
配下の洗脳兵が中型HW「サロメ」への練力補給と出撃前の点検にあたっている間、その操縦席でメイは呪文のごとく繰り返し呟いていた。
目前の情報モニターが映し出す情報――カメル領空に接近するKV編隊。
それを見つめる少女のあどけない顔が歪み、にたぁ‥‥と邪な笑みが広がった。
「叩き墜としてやる‥‥1機残らず!」
●カメル北部海岸〜上空
「間もなくカメル領空内に侵入。電子ジャミングは強まってきたけど、今の所ウーフーで中和できる範囲内だよ」
後方約10kmから早期警戒にあたるチェラル機から、先行するKV各機に通信が入った。
安則がちらっと眼下を見やると、「サラスワティ」を始めとした海軍艦艇が白い航跡をひいて海岸部へと向かっている。海軍部隊とタイミングを合わせ、彼ら空戦部隊もカメル領空に突入する連動作戦だ。
「作戦目標は友軍撤退支援。無理は禁物、深追い厳禁。とにかく時間を稼ぐ。FR投入もありえるが、名誉の戦死はドラマだけのものにしてくれ」
そう僚機にメッセージを送った、その直後。
チェラル機から警告が発せられた。
「カメル方面から移動物体接近。速度M2、数は12! でもヘンだな? この動きはHWじゃない‥‥」
相手の正体は間もなく判った。
各4機編隊、3個飛行隊のMig29K――皮肉な事に、つい先日まで同じ人類側に属していた戦闘機だ。
『我々はカメル共和国空軍である。国籍不明機に告ぐ! 諸君らは我が国の領空を侵犯している。速やかに退去せよ!』
建前上、カメルは「中立国」を宣言しているのだから、彼らの立場からすればUPC側が「領空侵犯機」という事になるのだろう。傭兵達も、カメル軍が何らかの形で妨害に出ることは事前に予測していた。
問題は、どう対処すべきかである。
一般人パイロットが操縦する在来型戦闘機と能力者のKVとでは、性能面においてまず比較にならない。撃墜するのは容易だが、それをやってしまえば一般のカメル国民まで敵に回す事になりかねず、それこそバグア側の思うツボだろう。
まずは対エース機・カメル空軍機を担当するB班――トヲイ、ティーダ、御影・朔夜(
ga0240)、櫻小路・なでしこ(
ga3607)、鯨井昼寝(
ga0488)の5機が前面に出る。
カメル軍機は2度同じ勧告を繰り返した後、バルカン砲による威嚇射撃を行ってきた。傭兵達に動揺はない。仮に相手が本気で狙ってきたとしても、KVの運動性能なら軽く回避できただろう。
(「今のカメル空軍が、とても一枚板とは思えないわね‥‥」)
昼寝は思案した。
傀儡政府のトップはいざ知らず、この短期間でいきなり国内が親バグアムード一色に染まるとも考えにくい。
「ピンチとチャンスは表裏一体。この機会を利用しない手はないわ!」
雷電の4連バーニアを吹かし、隊長機らしき機体を狙ってソードウィングで斬りつけていく。ただしあくまで牽制なので実際には当てないが。
『ま、待て! 墜とさないでくれっ!』
隊長機から悲鳴のような通信が入った。
『頼むから、このまま引き下がってくれ! 俺達だってあんたらと戦いたくはないんだ!』
「私達だって無理に戦う気はないわよ? ただ、負傷した友軍兵を救出に来ただけで」
『上からの命令なんだ! それに、逆らえば国にいる家族が殺される!』
傭兵達にも大体の状況が飲み込めてきた。
おそらく本当の意味で「親バグア派」と呼べるのはゲラン中将を始め、一部の軍幹部のみ。大半のカメル国民は、兵士も含めバグア軍の武力を怖れていいなりになっているだけなのだろう。
だからといって「ハイ、そうですか」と引き下がるわけにもいかないが、ここはカメル軍機は墜とさず、なおかつこちらの意志を示す事で親バグア政権に無言の圧力を加えるのが上策――能力者達はそう判断した。
昼寝を始めB班5機は、敵弾に当たらぬよう注意しつつ、Mig29Kを翻弄するように牽制と離脱を繰り返した。
「何やってんのよあいつら‥‥やる気あんの?」
「サロメ」操縦席から戦闘の様子をモニターしつつ、メイは舌打ちした。
傭兵達のKVがカメル軍機を撃墜してくれれば格好の反UPC宣伝材料になるはずだったが、どうやらこの策は見抜かれた様だ。
いっそカメル軍もろとも攻撃してやりたい気分だが、あいにくそれはシモンから止められている。
「時間のムダね‥‥もういいわ。あんたたち邪魔よ。下がってちょうだい」
飛行隊指揮官に命令を下し、足手まといのMig29K編隊を帰還させる。
代わって周囲に展開していた小型HW編隊に前進を、また自機の前方と左右を飛ぶモリグー3機にはジャミング開始を命じた。
カメル空軍が撤退して一息つく間もなく、チェラル機との通信が途絶え、傭兵たちを「例の頭痛」が襲った。
Mig29Kと入れ替わるようにして接近してくる小型HW8機。そしてその後方に見えるのは、黒い機体に紅薔薇のエンブレムを刻んだ中型HW「サロメ」。今回参加のメンバーでも、何名かは既に九州戦線で見覚えのあるエース機である。
搭乗者はバグア工作員としてUPCがマークするメイ。
さらに異様なのは、サロメの周囲を護る様に浮かぶ、翼を広げた女神像のようなモリグー3機だ。
CW同様のジャミング機能を有し、空中でも常時人型形態を維持する事で近接戦兵器を使いこなす新型ワームは、FRとは別の意味で厄介な敵といえる。
「思った通り‥‥こちらが岩龍やウーフーを前に出さないように、敵もモリグーを最前衛に出す気はないようですね」
エメラルド・イーグル(
ga8650)が僚機に伝える。モリグーが呪歌のごとく口から発する怪音波のためレーダー・通信機能も大幅に低下しているが、編隊中に美緒のウーフーがいたおかげで辛うじて無線は通じた。
傭兵側も小型HW・モリグー対応を担当するB班10機――リディス、安則、凜、ゲック・W・カーン(
ga0078)、美緒、紫、叢雲(
ga2494)、エメラルド、硯、狭間 久志(
ga9021)らが代わって前進し、A班は援護に回る。
既に眼下の海岸では空母から発進したKV部隊が敵地上部隊と交戦に入ったらしく、しきりに爆発の閃光が煌めき、黒煙が立ち上っている。
そして今、カメルの空でもまた、両軍の本格的な戦闘が始まろうとしていた。
「あれとやりあうのは二度目か‥‥流石に一度倒した相手にやられるのは勘弁だ」
覚醒で口調の変わったリディスは試作リニア砲で最優先にモリグーを狙うが、敵のジャミングで命中が下げられている上、エメラルドが警告した通り前衛の小型HW群が邪魔してなかなか「女神」へ近づけない。
「クスクス‥‥HWにはこういう使い方だってあるのよ。全機、フォースチャージ・アタック!」
8機の小型HWの機体が、ふいにFFの赤光に包まれたかと見るや、KVめがけて体当たりをかけてきた。本来なら防御目的であるFFを一時強化し、近接攻撃に応用した特殊性能だ。
数の上では勝るB班だが、敵のジャミングにより回避が落ちた所でまともに体当たりの洗礼を浴び、たちまちダメージを負う機体が続出した。
そこへ、さらにサロメとモリグーがプロトン砲の遠距離砲撃を容赦なく浴びせてくる。
それでも叢雲は手近の美緒機と連携をとりつつ、ミサイルやロケットの牽制も織り混ぜバルカン砲をメインにHWを攻撃した。
KV側の被害は増していったが、実はこの「苦戦」は当初から作戦の一部でもあった。
今回の任務は敵部隊の殲滅ではない。別動の海軍部隊が海岸の友軍を救出するまでの時間稼ぎさえできれば良いのだ。
とはいえこのまま一方的に攻撃を受け続け、こちらが全滅しては元も子もない。
「撃ち落すことができればベストですが、あえて最善は求めません」
エメラルドはディスタンの防御力を利してHW群を引きつけ、より攻撃力の高い友軍機がモリグーに接近するチャンスを作るべく動いた。アクセル・コーティングで敵の体当たりを凌ぎ、反撃のレーザーを照射。
「――今です!」
彼女の開いた一瞬の突破口を衝き、久志のハヤブサ、凜のディアブロが敵の後衛へと肉迫する。
「バグアが偶像崇拝? 何にしても女神様には天へお戻り願いたいね」
「お前達に邪魔はさせない‥‥チェラルの支援で今日の凛、勇気100倍なんだからなっ!」
サロメの前方に位置していたモリグーに対しハヤブサがロケットランチャーを浴びせ、後続の凜がSライフルの連続射撃を叩き込む。プロトン砲を構えた「女神」の両腕が吹き飛び、まずは1機目のモリグーを撃破。
サロメからのプロトン砲で久志が被弾するものの、怪音波の効果が2/3に弱まった事でKV側も反撃に転じ、小型HWを次々撃墜しつつ穴の開いた敵の前衛を突破してモリグーへと攻撃を集中した。
ただし硯は後衛に留まり、小型HWが海軍部隊へ向かわぬ警戒も兼ねてSライフルRの援護射撃を続ける。
「なるほど、面白い機体だな。飛行状態でも近接戦闘可能な機体。ぜひ鹵獲したいが、無理だろうな」
と惜しみつつ、モリグー殲滅のため雷電のロケットランチャーを発射する安則。
戦闘が近接戦に移ると、モリグーは兵装をバグア式ディフェンダーに持ち替え、手近の久志機へと斬りかかってきた。
「僕にばかり気をとられてると‥‥」
「流石の女神様も量産されるようになってはただの女だな、堕ちろ!
すかさず割って入ったリディスが試作リニア砲を発射、今度こそモリグーの腹に風穴を開ける。
「お見事です!」
風防越しにサムアップする久志。
ゲックの対戦車砲、紫のG−01が最後のモリグーを撃破し、復旧した無線からチェラルの声が飛び込んだ。
「いま、海軍部隊が負傷兵の収容中だ! みんな、もう少し頑張って!!」
ようやく怪音波から解放されたKV部隊のうちB班は引き続き小型HW掃討、これまで援護に徹していたA班の対エース機部隊がサロメへと向かう。
護衛機と分断されてもなお戦い続ける気なのか、サロメがしきりと放つ淡紅色の光線を朔夜のワイバーンは驚異的な運動性で回避した。
「生憎とこれだけが取り柄でな、簡単には当たってやれんよ」
「メイ様‥‥そこにいますか?」
なでしこは戦闘の傍ら、オープン回線でサロメに語りかけた。
『‥‥あんたも、来てたのね‥‥』
聞き覚えのある少女の声が答える。まだメイの正体が判明する前、あの九州の分校で彼女達は1週間といえ「級友」として過ごした仲だ。
「この度の件はカメル軍部への復讐なのでしょうか?」
『復讐? そんなの、どうだっていいわ。カメル軍は今やあたしたちの飼い犬も同然‥‥あんな奴ら、もう復讐する価値もないわよ! アハハハ!』
「いずれにせよ、無関係の方々をこれ以上巻き込むのであれば、絶対阻止の覚悟で臨みます」
凜とした声で告げるなでしこだが、その心の裡は未だ揺れている。
「‥‥お前の過去に同情はするが、お前だけが悲惨な目にあってると思い込むな」
代わって、ゲックが声をかけた。
「世界は矛盾と理不尽で溢れてるし、誰にも優しくできてない。‥‥でもな、そんな世界だとしても、俺は人間を信じたいんでな!」
『世界? 人間? そんなもの、とうにこっちから見限ってるわよ!』
少女の乾いた哄笑が、一際甲高くKV各機の無線に響き渡った。
『今さらあんたたち人間のお情けなんか要らないわ! あたしはただ、あのお方の御心のままに戦うだけ!』
小型HWに対し20mmガトリング砲の掃射を続けながら、紫はもの哀しい気分でメイの声を聞いていた。
(「ここであの子を止めるには、私は力不足。落ち着いて‥‥機を待つ。出来る筈でしょう? 紫‥‥」)
昼寝はミサイルやG放電による削りでサロメを焦らしつつ、敵エース機の性能、及び搭乗者であるメイの特徴を把握しようと試みていた。
サロメ自体は同型の中型HWに比べて相当強化されている様だが、パイロットしてのメイの技量はいかんせん「ゾディアック」級のエースには遠く及ばない。
本来の任務は工作員だというから、当然かもしれないが。
問題は、あたかも「死の恐怖」が欠落したかの様なその戦いぶりだ。自らのダメージも顧みずひたすら敵の弱点を狙ってピンポイント攻撃をしかけてくる姿には鬼気迫るものがあり、「戦士」というよりむしろ「暗殺者」に近い。
(「嫌な感じだわ‥‥一体、どう洗脳したら12歳の女の子をあんな風に変えられるのよ?」)
その間メイの戦闘パターンを見切ったトヲイは雷電の超伝導アクチュエータ発動。
「『サロメ』か。悪いが、『ヨカナーン』になるつもりは‥‥無い!」
さらにブーストも加え、ソードウィングの斬撃を決めた。
「ぐっ‥‥!?」
機体装甲を切り裂かれた衝撃で顔面からコンソール盤に叩きつけられ、額を切った少女の顔が半分朱に染まる。
「よくも‥‥っ!」
流れ落ちる血に右目の視界を塞がれ、憎悪に顔を歪めるメイの耳に、無線を通し朔夜の声が届いた。
「‥‥なぁ、貴様を墜とせばシモンも姿を現すか――貴様自身は如何思う?」
「ウフフ‥‥愚問ね。あんたたちに墜とされるくらいなら‥‥シモン様の足手まといになるくらいなら、いっそ‥‥」
『その質問には、私が答えてやろう』
両者の回線に割って入る第三の声。
ほぼ同時に鳴り渡る、ロックオン・アラートの不吉な響き。
突如、蒼空の一角から放たれた超小型ミサイルの嵐が、サロメを包囲攻撃していたB班5機のKVを襲った。
バグア式K−01。傭兵達の中では最高レベルの回避を誇る朔夜機でさえ避けきれず、全機がダメージを負ってしまう。
辛うじて態勢を立て直した彼らの眼前に、自ら光学迷彩を解いたFRが出現した。
その機首に掲げられた紋章は「射手座」。
「流石にエースクラスを相手にして無傷とはいかないか――然し、それでこそ戦う意義があるというものだ‥‥!」
ついに現れたシモン機を前にして、ダメージを負うことすらまた一興――とばかりに朔夜は口許を緩めた。
「ご苦労だったな、メイ。おまえは下がれ」
「シモン様!? で、でも‥‥」
「二度言わせるな。奴らは私が始末する」
「‥‥シモンか? アジア決戦での借りは返させて貰う‥‥!」
デリーの空で受けた屈辱を思い出し唇を噛むトヲイに、煙幕を張って首都方面へ逃走するサロメなど眼中になかった。
その頃には既に小型HWを全滅させたA班も駆けつけ、15機のKVはFR迎撃の体勢に入ろうとする。
だがその寸前、再び光学迷彩を纏ったシモン機が先に仕掛けてきた。
姿無き敵から放たれるSライフルの砲撃、そしてK−01の多目標攻撃を浴び、美緒のウーフーはレドームを半ば吹き飛ばされ、久志のハヤブサが片翼を穿たれる。
「ごめんなさい。私はここまでなのです‥‥」
「ハヤブサの翼は鋭いけどデリケートなんでね、申し訳ないが引かせて貰うよ」
「気にするな。後は俺達に任せろ!」
ゲックのR−01が回り込み、傷ついた友軍機の後退を援護した。
紫のミカガミもまた、背後から立て続けに撃ち込まれたSライフルの砲弾により戦闘不能へと追い込まれる。
(「この方があの子の尽くし人‥‥貴方は、あの子の『柵』? それとも自由の証‥‥?」)
後ろ髪を引かれるような思いで失速寸前の機体を立て直し、彼女は戦域を後にした。
傭兵側の被害も大きいが、まだ全機が撤退するわけにはいかない。
負傷兵の救出が完了するまで、何としてもFRはここで食い止めねばならないのだ。
「みんな落ち着いて! 奴の居場所を炙り出すんだ。連携を取れば勝てない敵じゃない!」
チェラルの通信で気を取り直し、安則が煙幕装置を発射。さらにトヲイとエメラルドが放った照明銃の光が、立ちこめる煙のスクリーンに黒い機影を浮かび上がらせた。
「――そこかっ!」
残存のKV全機がガトリング砲等で弾幕を張り、装甲表面を傷つけられたFRは光学迷彩を剥がされるように再び姿を現わした。
「見た目からして強そうね。オッケー、そうこなくっちゃつまらないわ!」
「時間稼ぎ、というには皆さん少々積極的というか」
死闘のさなか、昼寝が闘志を昂ぶらせて叫び、叢雲は思わず苦笑する。
雷電など重装甲の機体を中心に、他のKVは鶴が左右に翼を広げるごとくV字型を形成、FRを挟み込んだ。
「鶴翼の陣。ステアーの時と同様、力任せに破れる物なら破ってみろ」
トヲイの号令と共にKV全機が機体特能併用で8式螺旋弾頭、G放電装置、帯電粒子砲など温存していた高火力・高命中率の兵器を一斉発射。
この凄まじい飽和攻撃で、さしものFRも無傷ではいられず機体各所に被弾した。
「ちっ。ステアーの様にはいかんか‥‥だが、まだこれからだ。この私が、人間如きに遅れを取るものか!」
損傷をものともせず逆襲に転じたシモンの機体が、赤い輝きを放つ。
機体性能を一時強化したうえで3度目のK−01ミサイルを斉射。さらにSライフルとガトリング砲を乱射しながらKV編隊へと斬り込んでいく。
「まだ、退くわけにはいかない!」
同じくSライフルによる砲撃戦を挑んだ硯は機関部付近を撃ち抜かれ、やむなく友軍艦隊の展開する海上を目指し不時着水。待機していたW−01に脱出カプセルごと救出された。
対HW戦でのダメージが蓄積していたエメラルドが、力尽きてやはり海上へと脱出。
リディスも大火力のガトリング砲を浴び撤退を余儀なくされる。
「確かシモンか‥‥何時ぞやの借りを返したいところだな。今日は無理でも何時か必ずその首を貰い受ける‥‥忘れるな」
雪辱を誓いつつ、ニューギニア方面に向けてブーストオンで離脱した。
だがシモンのFRも徐々にダメージを増し、やや動きが鈍った所へ傭兵側が執拗に食い下がっていく。
ブースト&マイクロブースト併用による一撃離脱を繰り返す朔夜機。
「【雪風】の借り、今度こそ返させて頂きます!」
ティーダはなでしこと共にSESエンハンサー併用で帯電粒子砲を放った。
「凛、まだまだやりたい事がいっぱいあるし、振り向いても貰いたい‥‥ここでお前なんかにやられるわけには、いかないんだからなっ!」
凜が切り札の2連装SライフルRを連射。FRは慣性制御でこれをかわすも、さらにその回避軌道を予測したトヲイがブースト&特能併用のリニア砲で狙撃。
この読みが当たり、直撃弾を受けたFRに対しさらにソードウィングで追い打ちをかけた。
激しく火花が弾け、赤い悪魔の機体に深々と翼刃の痕が刻まれる。
端から見ても、大ダメージを与えたのは明らかだ。
突如、沿岸部の密林地帯各所で爆発が起き、地上が白煙に包まれた。
一瞬何事かと驚く傭兵達だが、シモンはそれの意味するものを悟ったらしい。
何を思ったかにわかに方向転換し、ブーストをかけて首都方面へと撤退していった。
その直後――。
「『サラスワティ』から救助完了の報告! 任務成功だよ! 敵の新手が来る前にみんな離脱して!!」
嬉々としたチェラルの声が、KV各機の無線に飛び込んだ。
L・H帰還後、作戦に参加したULT所属傭兵15名はUPC本部に召喚され、以下の辞令を言い渡された。
リディス
ゲック・W・カーン
緑川 安則
煉条トヲイ
御影・朔夜
鏑木 硯
御坂 美緒
鯨井昼寝
叢雲
櫻小路・なでしこ
勇姫 凛
ティーダ
エメラルド・イーグル
狭間 久志
水雲 紫
「諸君らの支援により救出作戦は無事成功し、また撃墜には至らなかったといえFRを撃退、カメルの傀儡政権に人類側の断固たる意志を示した意義は大きい。この度の功績を称え、依頼参加の全員にUPC銅菱勲章授与、並びに褒賞金10万Cを贈るものである」
<了>