●リプレイ本文
カメル共和国、首都近郊に位置するUPC空軍基地にL・Hの傭兵達が到着した時、同市を含むカメル全土は国軍による戒厳令下にあった。
インドから東南アジアに渡って日々激化するバグア軍の攻勢。今の所直接の攻撃こそ受けていないものの、ここカメルも目と鼻の先にあるオーストラリアからいつバグア軍が攻めてくるかと、市民の不安と混乱は収集のつかぬ治安の悪化を招いていたのだ。
「日本なら個々の情報網から探る事ができそうだけど‥‥此処じゃ望めそうにないね」
到着直前、移動艇の窓から目にした首都の荒れ果てた光景を思い起こし、葵 宙華(
ga4067)がため息をもらす。
「結麻・メイ(gz0120)という少女があのような残虐な振る舞いをするようになったには、必ず相応の理由があるはず‥‥それを見出す手がかりを見つけられれば良いのですが」
移動艇からカメルの地に降り立ち、リヒト・グラオベン(
ga2826)が考え込む。
「‥‥ふむ、あのお嬢の事も気にはならんでもないが、とりあえずは確実に話を聞ける医師の方が優先だな‥‥それに、案外どこかで糸が繋がっていないとも限らんし」
リヒト同様、九州でメイと出会ったゲック・W・カーン(
ga0078)が腕組みしていった。
「どれほどの闇を抱えているんだろうな、DF計画ってのも。何が明らかになるにせよ、全て受け止める覚悟で行かないと」
まだ新人傭兵だった頃に参加したある依頼をきっかけに、DF計画絡みの事件に長く関わってきた新条 拓那(
ga1294)も、日頃の飄々とした自然体とは打って変わった神妙な面持ちで呟く。
やはり「悪魔の部隊」事件から関わってきた八重樫 かなめ(
ga3045)は、やや別の理由からじっと思案にくれていた。
「(DF計画関係者‥‥もしかしたらUPCが把握してない孤児のデータも‥‥ううん、そんな私事はどうでもいいんだよ)」
基地内のロビーで待っていると、暫くしてアロハシャツにパナマ帽、サングラスといった出で立ちの小男が軽く手を振って近づいてきた。
「よう、おたくらかい? 中佐の依頼で来たってのは」
元DF隊員、現在はEAISのエージェントとして雇われたペテロだ。
「お久しぶりですね‥‥まさか、新たな仕事先がUPC情報部とは意外でしたよ」
九州のバグア軍砲台爆破依頼を共にしたリヒトが、一同を代表して握手を求める。
「‥‥しかし、釈放後は危険のない仕事に就くはずだったのでは?」
「できればそうしたかったさ。だがよぉ、シモンのバカが生きてたおかげで‥‥こちとら『カメル軍出身』ってだけで警戒されて、まともな働き口さえ見つからねえ。全く――」
ぼやきけた所で拓那とかなめの姿に気づき、ギョっとしたように一歩後ずさる。
「な、何だ‥‥あんたらも来てたのか‥‥ハハ」
「例の駐在員一家殺しの件、こっちでもできるだけ下調べしてみたけどよ‥‥」
基地内で借りた会議室で、ペテロが独自に収集した調査資料をテーブルに置いた。
「惨い事件だったらしいぜ。金目当てに押し入った強盗団が夫婦を滅多刺しにして、まだ小さな娘まで‥‥下手なキメラよりおっかねえよなぁ、人間てのは」
事情は異なるといえ、やはり同じ人間に家族を殺された過去を持つ緋桜(
gb2184)が、微かに顔を歪める。
「それで、私どもがお願いした銀河重工支社への聞き込み調査‥‥手配して頂けましたか?」
そう尋ねたのは、喪服のような黒の和服に狐の面を被った水雲 紫(
gb0709)。
彼女自身は結麻・メイと会ったことはないが、今回の調査にあたり過去の報告書を読むにつれ、次第にメイ個人に興味を抱きつつあった。
九州で正体を見破られるまでは「結城・アイ」と名乗り、明るく陽気な性格で年下の子供達にも慕われていたというメイ。
「(その『面』で貴女は‥‥何を隠し、何を偽っていたのでしょうねぇ)」
「あいにくだがなぁ‥‥銀河重工はだいぶ前にカメルとの取引を停止して支社を引き払っちまった」
傭兵達のプロフィールについては情報部から一通り聞かされているのか、紫の狐面にも特に驚かず、ペテロはただ肩をすくめた。
「まぁ『DF計画に協力したかも』なんて評判を立てられたくなかったんだろうなぁ」
傭兵達は戸惑い気味に顔を見合わせた。
実は彼らも「銀河重工がDF計画に何らかの形で関わっていたのでは?」という疑いを抱いていたのだが、これでは調査のしようがない。
「そうなりますと‥‥あと調査が出来る場所といえば、警察か図書館、もしくはマスコミ関係‥‥ということになりますわね?」
緋桜の質問に対し、
「あー、ダメダメ。図書館は先月の暴動で焼かれちまったし、この国じゃ警察もマスコミも政府のいいなりで、アテにならねぇぜ」
「それは困りましたわね‥‥」
「へへっ。安心しな」
ニヤリと笑うと、ペテロは卓上のメモにある男の名前と住所を書き付けた。
「元カメル警察殺人課刑事、アブドル・デュロン‥‥当時の結麻家殺害事件の担当者だ。もっともその後、別の事件の容疑者を恐喝したのがバレてクビにされたけどよ」
ペテロはその悪徳刑事に金を握らせ、結麻家の事件について真相をリークするよう交渉したのだという。
「で、どうする? 俺は予定通りおたくらをアジフの所へ案内するけど‥‥誰かアブドルの方へ話を聞きに行きたい奴はいるかい?」
傭兵達はしばし相談したが、その結果ゲック、拓那、リヒト、かなめ、宙華の5名がペテロと共にアジフ医師の屋敷へ、櫻小路・なでしこ(
ga3607)、紫、緋桜の3名が市内にあるというアブドルのアパートを訪ねる事となった。
アジフ医師の屋敷がある町外れの墓地裏には、時折ではあるがキメラの出現情報があるという。そこでアジフ調査班は軍用装甲車を借り、他の者は徒歩で行動を開始した。
「さて、鬼が出ますか蛇が出ますか‥‥」
歩いても小一時間という元刑事のアパートに向かいながら、緋桜が呟く。
街角には自動小銃を構えたカメル兵が立ち、見慣れぬ日本人の少女3名を見るなり怪しむように誰何してくるが、情報部が発行したUPC軍属の身分証(ただし本依頼の期間中のみ有効)を見せると敬礼して離れていった。
「被害者の一人の結麻メイは、分校事件やトリニティの一件に現れた彼女と同一人物と見ています」
なでしこが気になるのは、死亡したとされる一家3人の遺体が未だ日本側に引き渡されていない点にあった。
「彼女は『ヨリシロ』等ではなく、自らの意志でバグア側にいると思います。この事件が彼女にそうさせた原因になっていると見ます」
「つまり‥‥シモンに従っているのも、メイ自身の意志だと?」
紫の問いかけに、
「ええ。だからこそわたくし達は、事件の全てを知り事実を受け止め‥‥その上で彼女と真正面から向き合う必要があると思います」
「尽くせる事は幸せな事です。それが報われるか否かに関わらず‥‥」
「え?」
「‥‥いえ、こちらの話で‥‥いやぁ、暑いですねぇ」
紫もまた、狐面の下に隠した己の「本心」を明かそうとしなかった。
「いったい、誰が『DF計画』のためにエミタを提供したんだろう?」
「知らないのか? ULTだよ。そもそもエミタを製造・供給できるのは、世界中であそこだけなんだから」
装甲車の中で揺られながら、拓那の疑問にペテロがあっさり答えた。
「簡単なカラクリさ。カメル軍は書類上は都合良く改ざんした『適性者』リストを提出し、ULTもそれを信じてエミタと移植担当の医師を派遣した――」
「おや? すると貴方は、アジフ医師から移植を受けたのではないのですか?」
意外な思いで、リヒトがペテロに尋ねた。
「いいや。俺もアジフとは初対面だし、そもそも奴はエミタ専門の外科医じゃねえ。臨床心理‥‥何てったかな? 要するにカウンセラーみたいなもんだとさ」
「つまり心の医者‥‥そんな人物が、DF計画でどんな役割を‥‥?」
宙華はじっと考え込んだ。
「あの事件ならよく覚えてるぜ。この国じゃ強盗殺人なんざ珍しくもないが、アレは特に‥‥酷かったからな」
シミだらけのソファに座ってウィスキーを瓶ごと煽りつつ、アブドル・デュロンは顔をしかめた。
「3人の遺体はまだ日本側に引き渡されてないそうですが?」
「ああ。日本の親族がみんな死んじまったからな‥‥あの名古屋での戦争で」
そこで元刑事の男は急に声を潜めた。
「それとな‥‥遺体は3つじゃない。通報を受けた警官が駆けつけた時、両親はもう死んでたが、娘はまだ息があった。瀕死の重傷だったが‥‥両親が必死で庇って、運良く致命傷を免れたんだろうな」
「それで、その女の子はどうなったのですか!?」
なでしこは思わず大声を上げていた。
「当然、快復を待って証言を取る予定だったさ。それが、いきなり軍の連中が警察病院に乗り込んできて‥‥強引に連れて行かれた。連中『適性者』がどうのとかいってたが‥‥その後の事は、俺も知らねえなあ」
インターフォンを鳴らし、UPC軍の関係者だと名乗ると、ハリ・アジフはあっさり門を開き、傭兵達を屋敷に迎え入れた。
傭兵達はDF計画についてアジフに問い質したが、男は首を横に振るばかりだった。
「何の話かさっぱり判らない‥‥私はここ1年ほど、この家から一歩も外に出てないんだ。食事は庭の菜園で自給自足できるし」
「ところで結麻・メイって少女を知らないかね? 何でも相当シモンに懐いているって話なんだが」
ゲックの質問に対しても、
「‥‥いや。どちらも知らん名だ」
「それじゃ、この2人には?」
拓那が持参した資料からメイとシモンの顔写真を見せた時、初めてアジフの顔にはっきりと動揺の色が浮かんだ。
「わ、私は、何も‥‥」
「貴方は医者なんでしょ? 自分の心ぐらい自分のメスで切り開きなさいよ。でなきゃこの場で膿んで腐り堕ちてくだけよ?」
アジフの嘘を見抜いた宙華が、一気に畳みかける。
「例え貴方が隠居をしていても、産みだしたものが消えることはありません。後始末をしろとは言いません。ですが、その手助けはしていただけませんか?」
拓那の言葉を聞いた男は突然両手で頭を抱え込み――。
数分後、震える声で語り始めた。
「ある日‥‥軍の連中が一人の女の子を連れて家にやってきた。たぶんその写真の子だ‥‥だが彼らは『メイ』とは呼ばなかった。その子の事は『DF−05・サロメ』と‥‥」
「すると彼女も能力者――5番目のDF隊員だったのか!?」
「いや‥‥まだ能力者にはなってないはずだ。彼らはこの子にエミタを移植する前に、ある『実験』を施すよう命令してきた‥‥」
「実験? どんな?」
「あの子の住んでいた家に行ってみましょう」
アブドルの部屋を後にした紫が、ふとなでしこと緋桜に提案した。
一家の住んでいた社宅が、ちょうどここから近い距離にあったからだ。
社宅はとうに空き家になっていたが、まだ2階建ての建物は残っていた。
鍵が壊されていたので3人で踏み込んでみると、中はすっかり荒らされ見る影もない。
「ここが‥‥メイの家? 両親と住んでいた‥‥」
能力者の少女達は、何となく複雑な思いで荒れ果てた住居を見回す。
そのとき、
「――誰? そこで何してるの!?」
突然の声に驚いて振り返ると――。
玄関口に、黒髪を長く伸ばした幼い少女が立っていた。
「‥‥メイさん!」
なでしこの口から、小さな叫びがもれる。
かつて「山の分校」で会った時と同じ、黒いワンピースドレス。一つ違うのは、今日のメイが頭に留めているのは黒いリボンだ。
そして初めて気づく。
彼女がいつも着ているそのドレスは――喪服なのだと。
「ふぅん‥‥こんなトコまでコソコソと。まるで泥棒猫ね?」
メイの頭の左右から長く垂れ下がったリボンの先が、蛇のように宙をうねった。
「『転写』という心理学的現象がある」
憔悴しきった顔つきで、アジフがいった。
「極度の外的脅威に晒された人間は、ときに自己防衛のためその脅威と同一化する‥‥たとえば幼児期に虐待を受けた子供が、成人したあと自分の子供をまた虐待するように」
「まさか、貴方は彼女に――」
「ここに来た時、あの子は身も心もボロボロだった。本来なら然るべき精神的ケアを施さなければならない所を、軍の連中は全く逆の事を命じてきた‥‥映像や音声等の暗示を使って、事件当時の記憶を何度も‥‥いや、何百回もフラッシュバックさせろと‥‥」
外的脅威との一体化――すなわち、殺人犯の心理そのものを内面に取り込む事。
――少女の姿を借りた殺人鬼。
「確かに戦士を作るために犯罪者を使うことは合理的かもしれない。狂気とも呼べる攻撃衝動は武器でもあるからね」
かなめがアジフを問い詰めた。
「でも、DF計画は単純に犯罪者を能力者にする計画じゃないね? 他の目的は何?」
「軍が求めていたのは、子供の様に従順で、しかも何の躊躇いもなく人を殺せる兵士だった。『これに成功したら、もう一人連れてくる』とも。確かマリアとか‥‥」
「結局、DF計画とは一体誰の為のものだったんです? カメルの益になったとはとても思えません」
拓那の顔を見上げ、アジフは自嘲めいた笑いを浮かべた。
「それでも、彼らは望んだのだよ‥‥ただ国家と軍の権益を守るために。ヨリシロから親バグア派まで、同じ人間の姿をとったあらゆる敵を駆逐できる能力者を!」
だが「実験」が最終段階に近づいたある日、屋敷を監視していた兵士達がなぜか突然姿を消し、アジフは少女と共に取り残された。
「暫くして、そちらの‥‥写真の男がやって来た。『この娘は、私が連れて行く』と」
「あのリボンは武器です! 皆さん、気をつけて‥‥!」
なでしこが警告を発し、緋桜と紫もすかさず覚醒して身構えた。
だが先には手を出さず、3人はじっとメイを注視する。
緊迫した数秒の後――メイはやる気をなくしたようにリボンナイフを降ろした。
「とんだ無駄足だったわね。ここにはもう、あんた達の欲しがってる情報なんか残ってないわよ?」
手にしていた白菊の花束を胸に抱くと、傭兵達を無視する様に2階に上がり、間もなく引き返してきた。
「今日はママの誕生日だから、ちょっとだけ帰ってきたの。パパもママも、2階の寝室で死んじゃったから」
顔色一つ変えずにいうと、そのまま通り過ぎていく。
「初午稲荷の思い入れ‥‥お忘れなきよう。私は、貴女の事が知りたい」
紫の言葉に、一瞬メイの歩みが止まった。
「‥‥知って、どうするの?」
振り返った少女の顔に、うっすらと邪な笑みが浮かぶ。
「憑かれていますね‥‥物の怪やバグアより質の悪い、何かに」
それには答えず、喪服の少女は影の様に3人の前から立ち去った。
調査を終えてペテロと共にL・Hに戻った能力者達を待っていたのは、「バグア軍がカメルへの全面侵攻を開始した」という臨時ニュースだった。
<了>