●リプレイ本文
●相模湾の番人
「【バベルの塔】再び‥‥か。俺はよくよく旧八王子工場と縁があるらしい」
払暁の太平洋上。雷電の機上から水平線の彼方にうっすら浮かぶ日本本土の陸地を遙かに望みつつ、煉条トヲイ(
ga0236)は感慨深げな呟きをもらした。
思い起こせばおよそ1年前。名古屋防衛戦を前に、当時UPC日本支部攻撃用のギガ・ワーム1番艦が建造されていた旧八王子工場跡地への偵察飛行。当時のKVはまだ性能も低く、それは苦難を極める作戦でもあった。
そして今――相模湾沖合およそ400kmの海上まで接近した空母「サラスワティ」より彼を含む11機のKV部隊が発艦し、新たなギガ・ワーム建造の疑い有りとされる同工場跡地の偵察飛行に向かおうとしている。
「再び、この地を訪れる事になるとはな‥‥」
同様の感慨に耽るのは、ひとりトヲイだけではない。
「八王子、あの時ちゃんと爆撃出来なかったのが悔しいですよ」
アイリス(
ga3942)の場合、名古屋防衛戦末期に同工場爆撃作戦に参加したものの、結果的にフレア弾によるバグア軍工場施設破壊は果たせなかった。それを思えば、何としても同じ施設でのギガ・ワーム2番艦建造だけは阻止したい。
銀河重工本社からもたらされた、新たな八王子偵察依頼。ただし今回は空母艦載機による海側からの侵入となる。
東京を含め、関東一円はほぼバグアの勢力圏にあり、日本国内における敵軍の最大拠点でもある。いったいどれほどの防衛体制が築かれているのか、民間人はどれだけ生き残り、いかなる生活を送っているのか――殆ど謎に包まれているといっていい。
艦載機の発進を終えた「サラスワティ」いったん危険海域から離れ、任務の成否に関わらず静浜基地に帰投後の偵察部隊を回収するため、現在は駿河湾沖へと移動中だ。
「間もなく相模湾上空に到達するわ。沿岸部上空に小型HWと思われる飛行物体多数。ただし極力交戦は避けるように」
今回の作戦指揮官であり、プリネア王国軍軍曹であるマリア・クールマ(gz0092)(以下、マリア軍曹)が各機に指示を送った。
「サラスワティ」専属搭乗員として過去幾度かの実戦に参加した彼女だが、編隊指揮官を務めるのは今回が初めてだ。おそらく本人も緊張していることだろうが、相変わらず感情の起伏に乏しいその声から、本心を読み取るのは難しい。
そんな彼女に、初対面となるマリア・リウトプランド(
ga4091)が無線で話しかけた。
「軍曹もマリアって言うのね‥‥ややこしいから私の事は好きに呼んで良いわ。私はマリアって呼ばせてもらうから」
「わかったわ。なら作戦中は、コールサインの『アルファ3』で呼ばせてもらう」
今回の偵察にあたり、機体にカメラを搭載し撮影にあたるのはマリア軍曹のウーフーを始めファルル・キーリア(
ga4815)の岩龍、まひる(
ga9244)のディアブロの計3機。
これを他のKV8機が護衛しつつ前衛A(アルファ)隊、後衛B(ブラボー)隊の2班編制に分かれ、大島・房総半島間を抜け一路相模湾の奥を目指している。
「(マリアとまた一緒に行動できて嬉しいな。絶対に護ってやる)」
編隊の最後列ですぐ先を飛ぶマリア軍曹のウーフーを見やり、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)は思っていた。
彼女とはカメル共和国で起きた「DF部隊」反乱事件以来の付き合いになる。最初こそ敵味方としての出会いであったが、今では人類軍の一員として少しずつ人間性を取り戻しつつある少女の姿に対し、何やら姉として見守っているような感覚さえ覚えてしまう。
「(我ながら過保護かもしれないが‥‥妹みたいで可愛くてしゃーないのだよ。うむ。)」
「お久しぶりー、ファルル。L・Hに来たときはお世話になったよね? あ、マリア軍曹は水泳大会の幹事お疲れさん!」
まひるが面識のある2人に景気よく挨拶した。上辺は普段同様に明るい姐御肌で振る舞っているが、慣れない空戦、しかも危険依頼という内心の不安は隠せない。己の力量や機体のスペックを客観的に理解したからこそ、今回は両翼をマジョーラカラーに再塗装のうえカメラ装備、あえて撮影機として戦闘役は仲間の力を信じて任せることにしたのだ。
「(絶対に、生きて帰る‥‥やり残した事、これからやりたい事が山ほどあるんだ!)」
「ブラボー1」としてB隊の先頭を飛ぶ井出 一真(
ga6977)は、
「‥‥必ず生きて戻ろう。一緒に」
誰に言うともなく、意を決したように呟くのだった。
間もなく陸地に近づくにつれ、バグア軍によるジャミングが強さを増してきた。
ただし、まだCWは現れない。編隊の中には異なるジャミング中和装置を搭載した岩龍とウーフーがいるため、相互の能力を重複させ良好なレーダー・通信機能を維持することができた。
「敵HWらしき反応、30以上。主に東京方面‥‥京浜工業地帯から東に集中してる。神奈川県西部は、比較的手薄‥‥」
ウーフーの捉えた索敵情報が、データリンクを介して友軍機にも送られる。
「二宮上空、未確認飛行物体3‥‥データベース未登録。ワームかキメラかも不明」
「(たった3機‥‥?)」
傭兵達の間に戸惑いが広がった。
敵の数が少ないのに越したことはない。しかし「データなし」という事は新型機、最悪の場合エース級の強敵という可能性もあり得る。
「グズグズしてると、敵の援軍が来てしまうですよ」
御坂 美緒(
ga0466)が警告する。彼女は最初にウーフーから転送された索敵情報を元に、京浜方面の敵HWが飛来してくる大体の時間を計算していた。
結局、マリア軍曹が指揮官として決断を下した。
「予定通り二宮上空から侵入。――みんな、敵の新型機には注意して」
いよいよ湘南一帯の海岸線がはっきり視認できた時、ファルルは一瞬だけ生まれ故郷である横須賀の方角を見やった。
「(ようやく戻ってきたわね。手が届きそうなほど近いのに‥‥。って感傷に浸ってる場合じゃないわね)」
相模湾西寄り、二宮手前まで到達した傭兵達の目に映ったのは、天使のような白い両翼を広げ、それぞれ青、白、赤の鎧をまとった美しい女達だった。
「何だ、こいつらは‥‥!?」
ハーピーやセイレーンのような人型キメラとも思えたが、それにしては大きすぎる。
ちょうどKVが人型形態を取ったくらいの身長。さらに顔の部分をよく観察すれば、滑らかな肌は陶器の様に硬そうで、瞳の部分はオレンジ色のカメラアイだ。
あたかもビスクドールをそのまま巨大化させたかの様な機械人形――。
「キメラ‥‥じゃない、新型のワームか!?」
驚いたように一真が叫ぶ。
「ギガ・ワームに女神、か‥‥全く次から次へと。女神ではなく死神の間違いじゃないのか?」
リディス(
ga0022)が呆れた様にため息をつき、
「それにしてもカラフルなのです。きっとあれは、自由と正義と博愛を表す三色なのです」
少々ずれた感想をもらす美緒。まあトリコロールには違いないが、自由や正義とはあまり縁のなさそうな「女神」達だ。
ともかく、見かけはどうあれ「敵」である事に間違いない。
「色違いのワーム‥‥? 見るからに連携攻撃してきそうね。注意して」
ファルルは仲間達に警戒を促した。
「厄介そうなのが複数か‥‥トヲイ、2人で1体抑えよう!」
緋沼 京夜(
ga6138)がすかさず通信を送り、ロッテ戦術で先手を取ろうとした矢先。
3機の中央に位置する「白い女神」が、突然口を開きオペラ歌手のごとく甲高く歌い始めた。同時にKV各機の通信が途絶え、能力者達を「例の頭痛」が襲う。
「こいつ、CWと同じ‥‥電子戦ワームか!?」
驚くトヲイと京夜のKVに、大鎌のような武器を構えた「青い女神」が素早く接近し斬りつけて来た。元々人型形態を持つ「彼女」は空中であるにもかかわらず、本来なら陸戦用の近接武器を使ってきたのだ。
その間、「赤い女神」は妨害音波を奏で続ける「白い女神」を守るように進み出ると、細腕に似合わぬ大口径ガトリング砲を乱射してきた。「白い女神」も自らバグア式スナイパーライフルを構え、後方から遠距離狙撃を仕掛けてくる。CWと違い、ジャミングだけが能という訳ではなさそうだ。
「ケルト神話の『戦いの3女神』あたりがモチーフか? 全く、バグアも良い趣味をしている‥‥!」
気を取り直したトヲイは、京夜機と共に反撃に転じた。
俊敏な動きで果敢に一撃離脱攻撃を繰り返す「青い女神」に狙いを定め、京夜のディアブロがG放電を放ち足止め。そこにトヲイの雷電がリニア砲を撃ち込む。
回避を繰り返しながらしぶとく大鎌を振う女神型ワームを、2機で連携し次第に追い込んでいく。
「時間がないんでな――この緋剣で砕け散れっ!」
動きの鈍った敵ワームに対し、Aフォースを乗せた京夜のソードウィングがすれ違いざまの斬撃。ざっくり裂けた脇腹から火花と機械パーツをまき散らし、「女神」は無表情のまま眼下の海面に墜落していった。
「くっ‥‥、自分で攻撃できないっていうのは歯痒いわね‥‥」
ファルルの岩龍がウーフーと協力して敵のジャミング効果を低減させる中、リディスはB隊の僚機と共に「赤い女神」に攻撃を集中した。
「雷電はデカいからダンスはあまり得意じゃないが‥‥その分派手なステップでお相手しようか!」
リディス、イレーネ、美緒機が距離をとってSライフルの砲撃を浴びせる。
見かけによらずかなりの防御性能を示す「赤い女神」だったが、雷電2機を含む各機は集中砲火で徐々に装甲を削りとり、
「ソードウイング、アクティブ! 往けえ!!」
最後は一真の阿修羅が吶喊してとどめを刺した。
「ちっ、姉妹仲が良いのは良いことだけど、こいつらに関しては多少不仲なくらいが丁度良いんじゃないの?」
マリアが舌打ちし、残る1機「白い女神」に対して撮影機を除く全機が集中攻撃をかける。
武器を腰から抜いた剣に持ち替え抵抗する女神型ワームだったが、他の「姉妹」ほどの戦闘力はなかったらしく、間もなく爆炎に包まれ海上に散華していった。
「新型の実験機だったのかしらね‥‥?」
その様子をカメラに収めつつ、まひるが呟く。できれば詳細なデータを取っておきたい所だが、この戦闘で京浜方面のHW群も既にこちらの動きに感づいているだろう。
「敵の増援が来る前に突破‥‥目標、八王子」
マリア軍曹の指示の下、KV全機はブーストをかけ一気に内陸部へと侵入した。
●八王子・強行偵察
M6の極音速で一気に愛甲を飛び越し、編隊は僅かな時間で八王子市上空へと達していた。
その間、山中からタートルワームと思しき散発的な対空砲火はあったものの、幸い数は少なく殆ど命中しなかった。
問題はこの先――いまやバグア軍開発施設となっている、旧銀河重工八王子工場跡。
「さっそく見つかっちゃったですよ。やっぱり素直に通してはくれないですね」
アイリスの言葉通り、偵察部隊の接近を察知するや施設周辺にずらりと展開したタートル群から凄まじいプロトン砲の対空射撃が開始された。
過去の戦闘記録から推測される敵プロトン砲の射程距離。偵察用カメラの有効解像度――それらのデータを元に割り出したギリギリの「最適高度」をマリアが指示し、A・B両隊は編隊を組んで突入する。
撮影自体は10秒もあれば終わる。
だが、そのために減速を余儀なくされる数十秒間が最も危険な時間だ。
「‥‥上等だ。今回も乗るか反るか‥‥運試しと行こうか‥‥!」
再び訪れた「因縁の地」を目前に、トヲイが不敵な笑みを浮かべる。
イレーネは煙幕銃、ファルルはラージフレアを展開、回避を上げて防空陣地突破へ備えた。
不幸中の幸いはHWによる迎撃がないことだった。これだけ濃密な対空砲火の中、友軍機への誤射を警戒したのだろう。
それでも何十発もの淡紅色の光条がすぐ傍らを過ぎり、その度にKVの機体を大きく揺らす。
「私、この依頼が終わったら愛する人にごほーびもらうんだ‥‥って死亡フラグたててたまるかーい! 是が非でも生き延びてやる!」
喉元までこみ上げる恐怖を強靱な意志で抑え込み、まひるは偵察カメラを撮影スタンバイ状態に入れた。
そんな中、CWによるジャミングのノイズに紛れ、相変わらず機械の様に無感情なマリア軍曹の声が無線から流れた。
「撮影ポイント到達まであと20秒。全機減速、カメラ搭載機は撮影準備。カウントダウン開始――」
19‥‥15‥‥10‥‥5、4、3、2、1――。
そして10秒後、撮影完了。
KV編隊が施設上空を通過した直後、地上からの対空砲火がふっと途絶え、代わって50機以上に及ぶ小型HWが浮上してきた。
「用は済んだのです。後は逃げるのですよ〜」
「とっととズラかるわよ! 食材も情報も鮮度が命よ!」
アイリスとマリアが口々に叫び、偵察部隊は静岡方面に向けて旋回、再びブーストオン。
送り狼のごとく追いすがってきたHW編隊だったが、丹沢山地上空まで来た所で急に動きを止め、そのまま八王子方面へと引き返していった。
「(‥‥?)」
これは能力者達にとって奇妙に思えた。
もしあの工場跡地に「見せてはならない何か」が存在するなら、徹底的に追撃して偵察機を撃墜するのが普通だろう。
「ギガ・ワーム2番艦の話‥‥案外、ガセネタかもしれないな」
かつて体験した八王子偵察時の凄まじい迎撃を思い返し、トヲイはふと呟いた。
ともあれ――危険な偵察任務を無事果たしたKV部隊は焼津のすぐ南にあるUPC軍静浜基地へと着陸。元は空自演習用の小規模な基地だが、そこで補給と機体の応急修理を済ませ、後は「サラスワティ」の到着を待って帰還するばかりだ。
敵新型ワームとの交戦も含め、各機の損傷率は撤退ラインに近い50%前後に達していたが、幸い1機の脱落もなし。
阿修羅を降りた一真は、緊張が解けてへとへとになりつつもマリア軍曹に笑いかけた。
「お互い無事でなによりです」
「よかった‥‥誰も、死ななくて‥‥」
プリネア軍パイロットスーツに身を包んだ少女の口から、小さく言葉がもれる。
表情にこそ出さないが――彼女の華奢な肩は、小刻みに震えていた。
同じく岩龍から降りたファルルは、顔を上げもう一度横須賀の方角を見つめた。
「I shall return‥‥.(必ず戻ってくるわ)」
傭兵達がL・H帰還後、直ちにUPC情報部による偵察画像の分析が行われた。
「現段階で、ギガ・ワーム2番艦建造の確証は得られなかった」
――それが、情報部の出した答えであった。
<了>