●リプレイ本文
●中国南西部・タクラマカン砂漠上空
偵察部隊として派遣された傭兵達のKVは、鷹見 仁(
ga0232)のディアブロを先頭に、指揮官を務めるエリーゼ・ギルマン少尉のウーフーを護衛する形で広大な中国大陸の蒼空を飛行していた。
同編隊には自機ウーフーで参加の雑賀 幸輔(
ga6073)月森 花(
ga0053)らもいるため、実際にカメラ搭載の偵察機は3機ということになる。従って部隊もより広範囲を偵察するため、エリーゼ機・幸輔を含むα班、花機を含むβ班と編隊を分け、5kmほどの間隔をおいて行動している。
もはやバグア軍の本格的インド侵攻の意図は疑い様もない。だがHWはともかく、ゴーレムやタートルワームといった大規模な地上兵力をいかにして輸送しているのか?
「どうやら‥‥始まりそうだな、相当でかいのが」
雷電搭乗、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)が武者震いし、
「FR‥‥か。ちょっと危険な偵察になりそうですね」
前衛やや左翼をディアブロで飛びつつ、鏑木 硯(
ga0280)は僚機に注意を促した。
中国上空のバグア側ジャミング量はここ数日で増大しつつあるが、新型電子戦機ウーフーの強化型中和装置により、今の所通信状態は良好だ。
「KVの実戦は初めてと聞きましたが‥‥大丈夫ですか? 少尉」
「私なら心配いらない。シミュレータ訓練だけだが、経験不足はエミタAIがサポートしてくれるしな」
心配そうな硯の通信に対し、冷静な女性士官の声が答えた。
「エリーゼさん。2度目だね‥‥一緒のお仕事。今回は私が護衛に付くよ。宜しくね」
やはりディアブロの操縦席から、聖・真琴(
ga1622)が声をかける。
「ああ、あの時は世話になった。今回もよろしく頼む」
エリーゼ少尉が「ゾディアック」メンバー、ギルマンの娘であることは、既に偵察任務に参加する誰もが知っている。
この件については一応ULTを通し軍上層部にも問い合わせてみたのだが、返ってきたのは
「何ら問題ない。ハワード・ギルマン(gz0118)はバグアの寄生を受けた段階で『死亡』しており、宿主のバグアが彼の娘に遭った所で『敵パイロット』以上の興味を示すとは考えられない」
――と実に素っ気ない回答だった。
そもそも父親ギルマンが「戦死」した時点で娘のエリーゼはまだ軍に志願していなかった。つまりバグアとしてのギルマンは「エリーゼ少尉」の存在すら知らない可能性が高い。
とはいえ――。
以前に依頼を共にしたブレイズ、「女性の扱いに対しては紳士たれ」という信念を持つジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)らは、どうしても彼女の心中を案じてしまう。
たとえバグアに寄生された「敵」と判っていても、実の父親と戦場で相見えるかもしれない任務につく気分とは、一体どのようなものだろうか?
「(‥‥まあ、色々と事情も知ってるしな。俺は少尉のこと応援するつもりだし、力になれることは力になるよ)」
円盤状のレドームが特徴的なエリーゼのウーフーをチラっと見やり、内心で思うブレイズ。
もっとも、リュイン・カミーユ(
ga3871)のごとく、
(「今回の任務は様々な意味で――難儀なもの、だな。まぁ個人事には興味ないので、任務に専念するだけだが」)
と傭兵らしく割り切る者もいたが。彼女にとっては自身が不在の間、散らかり放題になっているであろう恋人の部屋の方がよほど気がかりだった。
「無礼な事を聞く様で申し訳ないが‥‥生前の父君に、何か癖のようなものはなかったか? つまり何か弱点になるような‥‥」
漸 王零(
ga2930)がエリーゼに尋ねた。確かに面と向かって聞きづらい質問ではあるが、危険任務の最中にお互い遠慮などしてはいられない。
「UPC軍の上層部からも、同じ事を散々聞かれたのだがな‥‥何しろ父が現役の軍人だった頃は、まだ私も子供だったし‥‥」
やや申し訳なさそうな、エリーゼからの返信。
「とりあえず再確認しよう。今回の任務はあくまで偵察だが、敵軍との交戦も充分に考えられる。そこで出発前申し合わせたように、安全のため撤退ラインを定めた。まずこちらの戦力を遙かに上回る数の敵機に迎撃された場合。各機の損傷率や残り練力が所定のラインを切った場合。それに――」
女士官はそこで僅かに言葉を濁し、
「FRクラスの敵高性能機と遭遇の場合、即座に作戦を中断し撤退行動に移る‥‥これでいいな?」
「了解。敵の状況は知りたいが、会いたくはない――贅沢な望みだな」
リュインが苦笑し、他のKV各機からも相次いで同意を示す返信。
(「何か嫌な予感がする。奴が出てきそうな‥‥できれば外れてほしいな」)
一抹の不安を拭えぬ王零は、予め最悪の事態に備え、離脱ルートの確認から万一撃墜された際の敵占領地脱出準備まで怠りなく整えてあった。
ふいに通信がノイズで乱れた。同時に、頭痛を始め激しい生理的苦痛が能力者達を襲う。
レーダーが殆ど機能を喪失し、有視界飛行のみが頼りになったKV部隊の前方に8機の小型HWが、さらにその後方から半円状に広く展開したCW8機が出現した。
「早速おいでなすったか!」
ジュエルの雷電を始め、2手に分かれていたKV部隊はいったん合流。3機のウーフーを守りつつ迎撃態勢に入った。
硯は何処かに潜んでいるかもしれぬFRの存在を警戒しつつ、射程と速射性に優れた長距離バルカンによりCWを掃討。
「やらせはしません、私達には三途の川を二度渡る使命があるの!」
リュイン機とバディを組み月森機の後衛についていた熊谷真帆(
ga3826)は、Hミサイル、短距離AAM等各種ミサイルを傘を咲かせる様に全弾発射。さらにドリル衝角を突き出し吶喊してくるHWに対し、温存していた8式螺旋弾頭ミサイルをお見舞いした。
ブレイズ機がエリーゼのウーフーに近づく敵機をソードウィングの斬撃で退ける一方、ジュエルは射程に応じてSライフルD−02とヘビーガトリングを使い分け、HW同士の連携を崩しにかかる。
数分間の戦闘でバグア側はHW4機、CW5機を失い潮が退くように後退した。
「しかし奴ら、どこから現れたんだ‥‥?」
機能を回復したレーダースクリーンを注視し、幸輔は油断なく周囲を索敵する。
少なくともここに飛んでくるまで地上は一面の砂漠で、敵の基地らしい施設は発見できなかった。この先に基地があるのか、それとも――。
間もなく、スクリーンに映る異様な機影がその答えを示した。
いや、レーダーに頼るまでもなく「それ」は遙か彼方より既に肉眼でも確認できる。
全長数百m、大型HWを凌駕する巨大飛行物体が10機以上。ただしその形状は「円盤」というより人類側の感覚でいえば「船」のイメージに近い。
「バグアの新型輸送艦――噂だけは前々から聞いていたが、やはり実在したか!」
ウーフーからの無線を通し、興奮を隠せぬエリーゼの声が響いた。
中国からタクラマカン経由でインド方面へと向かう、バグア軍の空中輸送艦隊。
あの1隻でも撃墜できれば大戦果なのだろうが、空母も兼ねると思しき巨大輸送艦の周囲には数知れぬ護衛のHWとCWが張り付き、この戦力ではとても手出しできそうもない。
「撮影班各機、カメラ準備――今日の所は奴らの姿を写真に収めて帰還する。他の者は撮影中の周辺警戒を頼む」
エリーゼの指示により、3機のウーフーがやや速度を落とし、敵輸送艦隊の姿をカメラに収める。撮影自体は1分もかからず完了し、偵察任務を終えたKV部隊が反転、帰投しようとしたとき――。
『無事に帰れると思ったか?』
KV各機の無線から低く籠もった男の声が響き、同時に一見何もない虚空から激しいガトリング砲の弾雨が降り注いだ。
ウーフー3機もそれぞれ被弾。無改造岩龍ならば一撃で撃破されている所だが、高い防弾性能を有する新型電子戦機は辛うじて持ち堪えた。
「――FRか!」
直ちに幸輔が僚機に伝達。
王零は敵の光学迷彩を封じるべく、ヘビーガトリングでペイント弾を発射した。
元より見えない相手だ。最初の砲撃のあった地点、さらに位置を変えてプロトン砲を撃ち込んでくる方向から動きのパターンを読み、予測しうる次の出現地点を中心に、広く掃射する形で弾幕を張る。
この策が巧く当り、染料を浴びたFRが、あの忌まわしい三角錐型のシルエットを露わにした。
「蟹座のエンブレム!? ‥‥エリー‥‥少尉っ! 引き返して! 撤退して!」
怖れていた最悪の事態に、真琴が半ば悲鳴の様に警告を発する。
エリーゼのウーフーとギルマンのFRの間にはほんの数km足らずの距離しかない。
真琴が再び撤退を促そうとした、そのとき。
「‥‥総員、撮影班を援護しつつ全速離脱、撤退せよ!」
微かに震えを帯びた声で、エリーゼの指示が伝えられた。
花はラージフレアを展開、追いすがってくるFRの砲撃をかわしつつブーストで離脱。
「レディの背後につくなんて、失礼なやつ」
他のKVも、ウーフーの離脱を援護するため命中は二の次でミサイルやガトリング砲による弾幕を張り、次いで自機も撤退に入る。
だが――ここでただ1機、あえて踏みとどまった者がいた。
仁のディアブロである。
「偵察機はもちろん、他の皆もちゃんと帰るんだぜ?」
煙幕を張りつつ、殿として最後の撤退に入ろうとしたジュエルの通信には応答せず、FRに向けて突入する仁。
(「敵が現れたとき、充分に距離が離れていてこちらが先に気づけたのであればケツをまくって逃げるというのも一つの手だ。そう言う状況であればそれが一番確実だからな」)
仁は思っていた。だがそうでなければ、むしろ戦った方が良いと。
「戦うことで相手に手強いと思わせ、追い詰めすぎない方が良いと思わせることが出来れば、生きる目も出るというものだ」
単機としての戦闘力なら、今回のメンバーでは自分がトップクラス――そう考えた仁は、FR出現の際はあえて戦いを挑むつもりでいたのだ。
「何をしている、鷹見!? 私の命令が――」
エリーゼの制止を振り切るように、FRに対しG放電装置を発射。
当たるには当たった。しかしFRの機体表面を一瞬覆った放電光は、その装甲を微かに焼くだけに留まった。
さらに距離を詰め、ソードウィングで近接攻撃を試みるも、これは容易く回避されてしまう。
「ならば、これでどうだ!」
嘲るように背後を取ったFRに対し、急上昇と共に急減速を掛け故意に機体を失速させ、機首を下に向けて真下を通過する敵機にG放電を浴びせる。
対FR用に考案した戦術、エアリアル・コンバット・マニューバ「稲妻」。
ブースター使用により失速から回復した仁の目に、慣性制御で悠然と追ってきたギルマン機の姿が映った。
『なかなかいい動きだ。――だが、そんな貧弱な武器でこのFRが墜とせるかっ!』
強化プロトン砲の3連射。
ディアブロの装甲を貫いた知覚攻撃が内部の電子回路を焼き切り、仁自身の肉体にも重大なダメージを与えた。
「うあぁーーっ!?」
大破同然の被害を負った鷹見機に対し、ギルマンが最後のとどめを刺そうとした時。
上空から降り注ぐロケット弾の雨がFRの照準をわずかに逸らした。
シザースローリングで高々度から反転・急降下してきた真琴機が、FRの死角を狙い84mmロケットランチャーを放ったのだ。
出発前から仁の様子に不安を覚えていた彼女が、「最悪の事態」に備えて用意していた捨て身の戦法だった。
「もぉ十分だろ!? 誰一人失いたくないンだよ! いい加減退きな!」
その攻撃は全弾かわされたが、とりあえず墜落寸前の鷹見機を脱出させる隙を作る事は出来た。
『その声‥‥いつぞやの小娘か!?』
至近距離からのガトリング砲、さらに強化プロトン砲の連続攻撃がディアブロの機体生命を見る間に削っていく。
愛機の装甲が剥ぎ取られ、自らの体も焼かれる様な苦痛に歯ぎしりして耐えつつ、真琴は緊急ブースターに点火、Aフォース併用のソードウィングで正面からギルマン機に吶喊する。この攻撃もあっさり回避されたが、目的は当てるためではなく、FRの側面を突破しそのまま後方に離脱することにあった。
「小娘じゃねぇ! 私は聖・真琴だ、覚えとけっ!」
無線に向かい、真琴は声の限りに怒鳴っていた。
「ギルマン! アンタの首は誰にも渡さねぇ! いつか必ず‥‥私が狩り取る!!」
『小癪な‥‥ッ!』
カッとして追撃に移ろうとしたギルマンだが、そこで思い留まり、慣性制御でFRを空中停止させた。
ここで深追いすれば、当然撤退した他のKVも仲間を助けるため引き返して来るだろう。むろんその時はHWも呼び戻して徹底的に叩くまでだが。
「とはいえ、侮れんな。今の戦術‥‥」
もしこれが撤退目的でなく、彼が護衛するバグア輸送艦への肉迫攻撃に使われていたら、厄介な事になるところだった。
損傷機を含む11機のKVが遠く東の空に去っていくのを確認し、やむなくギルマンはFRを反転させ輸送艦へと帰投した。
「しかし‥‥妙な小娘に目をつけられたものだ」
小娘。少女――。
ふとギルマンの脳裏に、ウェーブがかった金髪を伸ばした幼い娘の面影が過ぎる。
(「何だ? 今のは‥‥」)
どこかで見覚えのある少女。
寄生した肉体の片隅に残された記憶の残滓。
バグアである彼にとっては「無用の情報」として、とうに忘却したはずの過去。
銀の鉄仮面に素顔を隠した「蟹座」の男は、胸の奥にわだかまる奇妙な感覚を覚えつつ、母艦へと引き返した。
●L・H〜UPC本部
「ご苦労だった。撮影された画像は、来るべきアジア決戦に向けて貴重な情報源となるだろう」
UPC軍司令官はそう労った上で、現在L・Hの病院で治療中の仁と真琴の件になると、妙に渋い表情になった。
「無謀な戦闘は慎むべきだと‥‥依頼の時そう指示したはずだがね?」
特に仁の負傷は重体で「完全な回復まで相応の日数を要するだろう」との話だった。
「本来なら、機体の修理代についても自己負担して貰う所だが‥‥エリーゼ少尉の方から申し出があってね。全て指揮官である自分の責任だと。その点を鑑み、今回の修理費負担は特に免除する事とした」
「あの‥‥少尉はどうなるんですか?」
「後日、査問委員会にかけられるだろうな。その件については、諸君ら傭兵の関与する問題ではない」
ブレイズの質問に対しにべもなく答えると、司令官は会議室から立ち去った。
任務は一応達成したといえ、大規模作戦を前にしての重体者――。
傭兵達は、一様に表情を曇らせ司令官の背中を見送った。
<了>