●リプレイ本文
●出撃
「先の中東偵察の時から覚悟はしていたが――次の大規模作戦も間近‥‥と言う事か」
インド国内のUPC軍基地で燃料補給を受けた後、バグア軍に占拠されたというカシミール地方の町を目指したKV部隊の1機、雷電の操縦席で煉条トヲイ(
ga0236)は憮然として呟いた。
かねて憂慮されていた事態ではある。正確な数は未だ不明だが、パキスタンを越えカシミール方面から迫るバグア侵攻軍。
現在UPC軍は陸・空の戦力を集結させデリー周辺に防衛ラインを構築中だが、それと並行して占拠された町の状況確認、可能なら奪還してできるだけ時間を稼ぎたいところだ。
町を占拠したという敵の先遣隊も侮れない。
撤退してきたUPC軍兵士、及び町の住民達の証言によれば少なくともゴーレムが5機、サイコロ型の飛行物体(CW)が4、5機。
さらにFRと思しき敵機体の存在も確認されている。
搭乗者は「身の丈2mを越す大男」というから、おそらく「ゾディアック」のダム・ダル。
「さて、鍵となるはやはりFRですかね‥‥」
同じく雷電のコクピット内で、眼鏡の位置を直しつつ、鋼 蒼志(
ga0165)がいう。
できることなら、なるべく相手にしたくないバケモノである。
そのうえ避難民の証言によれば、ワームに随伴する親バグア兵達は、かねてより付近の山岳地帯を根城に荒らし回っていた山賊崩れの一党であるという。
これが普通の洗脳兵あたりなら「雑兵」として一蹴するところだが、土地勘に優れ、強盗・殺人など何とも思わぬ凶悪な連中だけに油断はできない。
「住人達の幸せを壊す山賊もどき‥‥許しはしない」
ディアブロの操縦桿を握るレティ・クリムゾン(
ga8679)が険しい表情で呟く一方で、獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)は避難民の証言から知った山賊団のボス・バクシの最期を思い描きつつ、
「断末魔が『ばぐぁ!』とは‥‥存外、浪漫を心得た山賊だったのかねェー」
と、妙な感慨を覚えるのだった。
目標の町は東西と北を山岳に囲まれ、南側が開けた平野となっている。
町に駐屯していたKV部隊の行動を封じたのは、まず上空から降下してきたCWのジャミングと怪音波だったという。
にもかかわらず、町の上空にCWの機影はなかった。
「パキスタン方面から敵の電子ジャミングを感知‥‥でも‥‥それほど強力なものじゃありません」
岩龍改の明星 那由他(
ga4081)より、良好な状態で各機に通信が送られる。
競合地域であるパキスタン方面からのジャミングは通常のもので、岩龍改の特殊電子波長装置で充分中和できるレベルだった。
「CWは周囲の山岳に隠れているのかもしれない。気をつけた方がいいな」
時任 絃也(
ga0983)が注意を促し、傭兵達のKVは高度を下げて町の上空をフライパス。
町の上を通過する一瞬、遠目にも目立つ2機の陸戦ワームが見えた。
1機は派手な虎縞のゴーレム。最初に町を占拠したというゴーレム部隊の指揮官機だろう。ただし搭乗者は別人に代わっているらしいが。
そしてもう1機。傭兵達にとって忘れようもない、あの赤い機体は――。
FR陸戦形態。光学迷彩も使わず、堂々と町の広場に姿を晒している。
あたかも「姿を隠す必要などない」といわんばかりに。
それらの光景はほんの一瞬で眼下を通り過ぎる。
他に量産型ゴーレムとCWがいるはずだが、町上空を通過時には確認できなかったので、おそらく周囲の山林の中に潜んでいるものと思われる。
10機のKVは町の北側にあたる山岳上空に到達。そこで旋回・反転すると5機ずつ2班に分かれ、それぞれ町を東西で挟む山中に降下を始めた。
「‥‥任務‥‥開始‥‥だな」
阿修羅の西島 百白(
ga2123)が、やや緊張したように独りごちる。
作戦目的は東西に分かれ山中を南下する形で町の周囲を偵察、可能なら奪回――もっともダム・ダルのFRがいる以上、後者の達成は至難であるが。
東班:月神陽子(
ga5549)、トヲイ、那由他、獄門、セラ・インフィールド(
ga1889)
西班:稲葉 徹二(
ga0163)、蒼志、絃也、百白、レティ
●東班〜山岳の罠
東側を担当する5機はいったん低空飛行で地上を偵察、CWやゴーレム、親バグア兵の存在が発見できなかったので、山中の比較的なだらかな斜面を探し、陸戦形態に変形して相次いで地上に降下した。
あとわずかで着陸という時、突然KVのレーダーが機能喪失。同時に激しい頭痛が能力者達を襲う。どうやら敵は、最初から陸戦を想定しCWをも地上の何処かに隠していたのだろう。
那由他は岩龍改に搭載してきた地殻変化計測器を取り出し、地上にセットした。本来は地中ワーム対策に開発されたセンサーだが、潜伏したゴーレムの探知にも使えると考えたのだ。だが残念ながら、CWの電子ジャミングのため出発前に調整しておいた計測器とのデータリンクが正常に作動しない。
ヒュルルルル――。
森林の奥から白煙の尾を引いてロケット弾数発が飛来、うち1発が岩龍改を直撃した。
「うわぁっ!?」
森林迷彩の野戦服に身を包み、ヘルメットや体の各所に葉付きの小枝を刺した歩兵達。
それまで森の中に息を潜めていた山賊崩れの兵士達が、KVの着陸を待ち伏せ一斉に攻撃してきたのだ。
武器はおそらくUPC軍から鹵獲した対戦車無反動砲やロケットランチャーだろう。
人類側では中小型キメラ対策として広く使われる一般歩兵用の通常兵器だが、FFを持たないKVにとってはそれでも充分に脅威だ。
タイミングを合わせるようにして、やはり樹木の間から身を起こしたゴーレム2体が、後方からSライフルによる砲撃を浴びせてきた。
那由他はロケット弾の発射されたと思しき地点からわずかに狙いをそらし、ガトリング砲による威嚇射撃を実施。
これで撤退してくれれば、と願ったのだが――。
僅かの間を置き、別の地点からさらにロケット弾の砲撃が殺到する。
山賊達も必死だった。ここで逃げ出そうものなら、待っているのはバグア軍による粛清だ。忠誠でも勇気でもない。ただただバグアへの恐怖心が彼らを突き動かし、死にものぐるいの攻撃へと駆り立てていた。
「(僕も傭兵だ‥‥、仲間の命の危険と秤にかければ‥‥やるべきは一つ‥‥、だ‥‥よね?)」
幼い少年の中で苦渋の決断が下された。
泣きそうな顔で歯を食いしばり、今度は発射地点を正確に狙いガトリングの弾幕を浴びせかける。
悲鳴は聞こえなかった。
だが激しく打ち上げられていた砲撃がピタリと静まりかえった事が、「彼ら」の末路を物語っている。SESガトリング砲弾の直撃は、親バグア兵達の五体を原型さえ留めず瞬時に粉砕したに違いない。
その間、同じ東班に属するKV4機は岩龍改を庇う様に前進し、量産ゴーレム2体を相手に交戦を開始していた。
CWのジャミング下にあるため、少しでも距離を詰めての戦闘が望ましい。いずれも雷電、ディスタン、バイパー改と重装甲の機体のため、ゴーレムのSライフルや親バグア兵の重火器による被弾にも充分耐えられる。
先陣きってヘビーガトリングを構えた獄門機が、「雑魚は消毒だーっ!」といわんばかりの勢いで砲弾をばらまき、残存の兵士達を圧倒する。
赤く塗装されたバイパー改「夜叉姫」搭乗の陽子は、落とし穴などのトラップを警戒してロンゴミニアトの先で周囲の地面を突きながら前進する一方、セラも怪しいと思われる樹海には躊躇なく突撃ガトリングの猛射を叩き込む。
ゴーレム達のすぐ傍らから青白い立方体がフワリと浮き上がり、上空へ待避しようとするところを、すかさず陽子機のP−120mm対空砲から放たれた火箭が貫いた。
CWが1機減ったことで、それまで完全に機能停止していたレーダー、センサー類が僅かながら復旧する。
至近距離に迫られたゴーレム達は兵装をライフルからバグア製ディフェンダーに換え、トヲイらへと挑みかかった。
鋼鉄の巨人同士が、山林を揺るがし激突する。
だがその性能差において、トヲイの雷電、陽子の夜叉姫は量産ゴーレムを圧倒的に上回っていた。
トヲイ機のリニア砲が敵ワームのボディに風穴を開けた直後、続けざまのソードウィングの一閃によりゴーレムを袈裟懸けに斬り倒す。
夜叉姫のロンゴミニアトが2機目の頭部を粉砕した直後、樹木の間に隠れていたCW2機を発見した獄門とセラは、逃がす間も与えず砲撃を浴びせて撃破していた。
「脆すぎますわね‥‥とはいえ、問題はFRとエース機ゴーレム。彼らがいつ、どこで仕掛けてくるか‥‥」
ただでさえ厄介なFRに、実力は不明だがエース機ゴーレムのおまけつきである。無闇に町への突入は避け、一行は西側から向かった別働隊と合流するべく南下を開始した。
「ゴーレム2機、CW3機喪失‥‥く、クソっ!!」
タイガーゴーレムの操縦席でモニターを睨みつつ、パイロットの男――といってもつい昨日まではバクシの腰巾着に過ぎなかった山賊団の副頭目が罵り声を上げた。
「ダ、ダム・ダル様ぁ‥‥」
縋るような目でゾディアック「牡牛座」の男を見やるが、頼みのFRパイロットは、風防を開いた操縦席で呑気にマンゴーなど囓っている。
「慌てるな。奴らが町を取り返すつもりなら、遅かれ早かれここに来る‥‥勝負はそのときだ」
「そ、そりゃそうでしょうけど‥‥」
その時は、もはやCWや量産ゴーレム、そして手下の兵士達も全滅しているという事だ。
最悪、10機近い敵KVをわずか2機で迎え撃つ――いかにFRが精鋭といっても、何機かのKVは己が相手をするのだ。いや、「弱い敵から先に叩く」という戦術のセオリーからすれば、最初に自分のゴーレムが集中攻撃を浴びる恐れさえある。
(「ど、どうすりゃいいんだよぉ‥‥」)
男は動転しきっていた。昨日まではただ頭領のバクシにいわれるがまま、弱い相手をいたぶっていれば済むだけの楽な戦闘だった。一応肉体改造を受けたとはいえ、まさか己がゴーレムに乗って戦うなど夢にも考えていなかったのだ。
「(今なら‥‥まだ、子分どもが残ってる‥‥CWや、ゴーレムも)」
ふと、男は考えた。
詳しい性能までは知らないが、あのCWがいる間は人類側のKVも全力で戦う事が出来ないと聞いている。ならば、いっそ今のうち打って出て、地形を知り尽くした山岳で配下のゴーレムと共に敵を叩いた方が有利ではないか?
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、男はタイガーゴーレムを浮上させ、まだ戦闘の続いている西の山へと疑似飛行で飛び出した。
「‥‥」
その様子を、ダム・ダルは別に止めようともせず、無言で眺めていた。
彼に与えられた任務は、後続の「本隊」が到着するまでこの町を維持することだ。
あの山賊崩れの輩がどうなろうと知ったことではない。
●西班〜窮鼠の虎
「毎度の事ながらCWのジャミングは厄介極まりない」
怪音波による頭痛に悩まされながら、絃也を始めとした西班5機もゴーレムとCW相手の戦闘を続けていた。
厄介といえばもう一つ、山林や岩陰の死角からひたすらロケットランチャーや無反動砲を撃ち込んでくる親バグア兵達だ。
当初はKV装備の赤外線探査装置で歩兵の位置を探ろうとしたのだが、本来夜間の対ワーム戦を目的とする熱源センサーでは昼間に小さな人間の動きまで追うのは難しく、結局は副兵装の突撃ガトリングでそれらしい場所を掃射する方が効率的であった。
僚機のKV4機は連携し、既にゴーレム1機、CW1機を撃破している。
「時間との勝負か、引き際を見誤れば全滅必至‥‥いい意味で緊張感があるな」
そう絃也がいったとき、町の方角からSライフルによる砲撃が大きく山腹を削った。
素早く岩陰に身を隠す、黄色と黒の入り交じった影。
「‥‥虎柄‥‥か‥‥」
奇しくも虎を思わせる4足形態の阿修羅に乗った百白が、ぼそっと呟く。
「エース機のお出ましか。さて、奴は人食い虎か、張り子の虎か?」
ヘビーガトリングで最後のCWを片付けたレティも、すかさず騎槍グングニルを構えて対エース戦に備える。
その時には徹二のナイチンゲールが残り1機となった量産ゴーレムの肩口をハンマーボールで叩き潰し、丁度とどめを刺した所だった。
「っと‥‥味方ながらなんて動きだ。ま、俺は俺にできる事を頑張るとするかね――!」
ヘビーガトリングで僚機の援護射撃を務めつつ、蒼志は復旧した通信で東班の仲間にエース機出現を通報した。
操縦も戦術も素人丸出しだが、さすがに動きだけは素早いタイガーゴーレムを、傭兵達は射撃武器で牽制しつつ、徐々に南側の平野へと誘き出した。
戦場が町の入り口にあたる南の平地へと移ったとき、東側から装輪走向で急接近してくる新手のKV5機に感づき、タイガーゴーレムは一瞬呆然としたように前後を見回した。
地形を利して敵を翻弄していたつもりが、逆に傭兵達の策にはまって挟み撃ちにされてしまったのだ。
僚機の援護射撃を受けつつ素早く接近したレティが、ブースト併用でグングニルの痛撃を加える。
「眼前の敵を‥‥くらい尽くす‥‥だけだ‥‥行くぞ‥‥阿修羅」
百白の阿修羅が大地を蹴って腰砕けになったエース機にチタンファングで斬りかかり、さらには徹二のハンマーボールが唸りを上げる。
脱出機能に異常を来したのか、ガクガクと震えながら動きを止めたゴーレムに対し、
「近い、ならば‥‥! いくぞ――バイコーンの螺旋の鋼角で穿ち貫く!」
蒼志の雷電が超伝導アクチュエータ併用のツイストドリルを深々と突き立てた。
東班の到着を待たずして、タイガーゴーレムは大地を揺るがして自爆した。
残る敵はFRのみとなっったが――。
「敵の増援か‥‥どうやらここが引け際だな」
絃也機がアームで示す西の空遠くに、天を埋め尽くすような大小のHW編隊、そして飛行キメラの群が見えた。
――バグア本隊が到着したのだ。
あの規模から見ても、彼らが本気でインド侵攻を企てている事はほぼ間違いない。
「‥‥クソ」
百白が悔しげに呟くが、これは出発前に全員で合意した撤退条件でもある。
みすみすFRを残すのは心残りだが、ゴーレムや親バグア兵との戦闘で傭兵達のKVも損害は少なくない。
やむなく彼らはKVを飛行形態へと戻し、デリーで待つUPC軍少佐、松本・権座(gz0088)に事態を報告するため撤退した。
町の広場に居座るFRの操縦席から、ダム・ダルはデリー方面へと飛び去っていく10本の飛行機雲をじっと見上げていた。
別に後を追う必要など無い。
間もなく、彼らとも思う存分戦える時が来るのだから。
この広大なインドの大地で――。
<了>