●リプレイ本文
「普通でも厄介なものをキメラ化したとなれば、確かに難敵と言って差し支えないな」
畑の真ん中に転がった、一見巨大な泥饅頭のような茶色い塊を遠目に眺めつつ、白鐘剣一郎(
ga0184)はため息をもらした。
直径5mほどの謎の球体――その正体は、スズメバチに似た超小型キメラ「キラー・ベスパ」の巣だ。巣の所々に小さな穴が開き、そこがキメラどもの出入り口となっている。
「キラー・ベスパ自体は決して強力なキメラではありませんわ。主な武器は毒針とフォースフィールドですが、単独の戦闘力はむしろ最弱レベルといっていいでしょう」
傭兵達に同行した未来研のサイエンティスト、ナタリア・アルテミエフ(gz0012)が説明する。
問題は、体長10cm足らずというその弱小キメラが、巣の半径100m以内に近寄った外敵に対し群れを成して襲いかかってくることだ。
塵も積もれば山となる。そのため「たかが虫けら」と甘く見てかかった第1次討伐隊の傭兵達は、散々な目に遭って撤退する羽目になった。
「蜂の巣をつついたような‥‥ですか」
その惨状を想像しつつ斑鳩・八雲(
ga8672)が腕組みして呟き、
「スズメバチのキメラですか‥‥蜂とかはちょっと苦手ですけど、がんばりますので早期に解決しましょう」
大和・美月姫(
ga8994)はちょっと退きつつも、己を励ますようにいう。
彼女に限らず、生理的に蜂嫌いの人間ならば、いかに歴戦の能力者であっても戦いたくない相手であろう。
それとは対照的に、
「家の塀の片隅に出来る様なのとはスケールが違うな〜。スズメ蜂ってスペックだけ見ると結構破格の数値してたからね〜」
と妙に感心したように何度も頷く、九条・縁(
ga8248)。
彼の場合、むしろこれから始まる「圧倒的物量で蹂躙してくる敵」との戦いを心待ちにしているかのようにも見えた。
今の所、周辺を警戒して飛び回る一部の群を除き「奴ら」の大部分は大人しく巣の中に籠もっているが、いつ外に飛び出して近在の民家や町を本格的に襲うか知れたものではない。いや、周辺の田畑で農作業ができないことから、既に地元の農家にはかなりの経済的損失が出ているという。
ともかく、被害が拡大する前に一刻も早く駆除して欲しい――というのが、地元自治体を通してULTに持ち込まれた切実な依頼であった。
一応切り札はある。未来研が試作兵器として開発した遅延信管式のSES焼夷爆弾。
ただし、試作兵器なので1発限りだが。
「ナタリア嬢が提供してくれた爆弾で蜂の巣は吹き飛ばすことはできるが、問題は蜂の巣の周辺の防衛戦力だ」
ビーストマンの緑川安則(
ga4773)が、状況を分析しつつミッション・ブリーフィングを行う。
「本物の蜂と同じ大きさと群れでの集団戦闘技能に長けている。数でやられてしまうといかに能力者とはいえ対応しきれないだろう。そこで増援部隊を可能な限り、巣から出さないように早期に破壊。その後連携して残存戦力を叩くと言うパターンだな」
そのため傭兵達はまず2名ずつがペアを組み、4班編制を取った。
A班:剣一郎、シェスカ・ブランク(
gb1970)
B班:縁、安則
C班:八雲、美月姫
D班:遠石 一千風(
ga3970)、御影・朔夜(
ga0240)
A〜C3班が囮となって巣から60〜70mまで接近し攻撃行動、周囲を飛び回るキメラ群を引きつける。その隙にD班が巣に接近、敵の「本隊」が飛び出して来る前に焼夷爆弾を仕掛けて殲滅。
口で言うのは容易いが、「獣の皮膚」の様に全身を防御するスキルを持たないクラスの能力者にとっては危険極まりない戦闘である。
また遅延信管を作動させてから爆発まできっかり10秒。その間に半径20mの圏外に脱出せねば仕掛けた本人まで巻き込まれることになる。
「一瞬の勝負、ね」
ただ1発の試作爆弾をナタリアから受け取り、一千風が端正な顔を引き締めた。
まさにやり直しの利かぬ一発勝負。プレッシャーはあるが、何としても巣の爆破はやり遂げる覚悟だ。
彼女とペアを組み、バックアップを務める朔夜はいつものごとく黒いトレンチコートに身を包み、悠然とくわえ煙草をくゆらせている。
スズメバチには黒い物を優先的に攻撃する習性があることから、この服装で少しでも奴らの注意を一千風から逸らすことが出来るかも知れない――という意図もある。
もっともキラー・ベスパがスズメバチのDNAを素材に生み出されたキメラだとして、元の習性をどの程度残しているかは、未来研でもまだ調査中とのことだが。
ナタリア自身は戦闘の負傷者を救護するため、超機械を装備して後方で待機。
「皆さん、どうぞご無事で‥‥」
各々武器や装備の最終チェックに入る傭兵達、一人一人を気遣うように声を掛ける。
中でも剣一郎と目が合ったとき、ナタリアの眼鏡の奥で青い瞳がわずかに潤んだ。
二人は既に恋人同士といって良い間柄なのだが、むろん任務中にそんな個人的な感情を表に出すわけにもいかない。
彼女の表情に気づいた剣一郎は口許に微笑を浮かべ、
「大丈夫だ。また心配させてしまうかもしれないが、なればこそ君を悲しませる事のないよう、最善を尽くそう」
そういって、今回の作戦のため特別に用意した超機械αを装備するのだった。
「皆、準備はいいか。では作戦を始めよう!」
剣一郎の合図と共に、4班に分かれ巣を四方から包囲した傭兵達はそれぞれ行動を開始した。
剣一郎とペアを組むシェスカは軍学校生徒のドラグーン。彼が装備するAU−KV「リンドヴルム」は通常バイク形態、戦闘時は全身を覆うパワードスーツに変形するため、今回の様な任務には最も適任のように思われる。
ただしAU−KVにしても、超小型キメラの大群に襲われた際の実戦データが殆ど無いため、果たしてどれだけの時間耐えられるかも定かでない。
(「小さな敵相手にAU−KVはどう闘えばいいのでしょうか?」)
未知数の戦闘となるが、シェスカ自身は、むしろ進化の途上にある兵器AU−KVの運用方法を探る好機と考えていた。
「んじゃまあ、はた迷惑なスズメバチの群れを討ちに行きますか」
服装は黒で統一、ただし首だけ白いタオルを巻いた縁が不敵に笑う。
「んで、ついでに蜂蜜も被っておこう! 深い意味は無いがな!」
‥‥どうやら、蜂キメラの攻撃を一手に引き受けるつもりのようだ。
そんな縁の肩をポンと叩き、
「よろしく頼むぞ。浪漫の男。噂はかねがね聞いている」
と声を掛ける安則。覚醒した彼の姿は全身が鱗に覆われ、まさに龍人である。
2人が敵の制空圏である百m内に踏み込むと、さっそく周辺を飛び回っていた蜂キメラたちがブウゥーーン――と耳障りな羽音を立てて襲いかかってきた。
「いつもとは勝手は違うが、何! 頑丈な装甲で何とか耐えてみせる!」
獣の皮膚で全身の防御を高め、迫り来るキメラの群に向け超機械αの電磁波を放射。
単体としては脆い超小型キメラ群は、たまらずバラバラと地面に墜ちる。
「初めて買って初めて改造した超機械だからな。派手に使わせてもらうぞ。ド派手に飛び散れ!」
縁もまた、知覚兵器のエネルギーガンで敵の数を減らしにかかる。
目映い光条が宙を裂くや、赤いFFの光が弾けて何匹かのキメラが空中で消し炭と化した。
だがキラー・ベスパの群は後から後から湧いてくる。まだ巣の中の「本隊」が飛び出す様子はないので、周囲や上空に隠れていた連中が危険を察知して集まってきたのだろう。
いよいよ敵の群が至近距離に迫ってきたのを悟った縁は、本格的な白兵戦に備えてクロムブレイドの鞘を払った。
時を同じくして、八雲&美月姫のC班も巣から60mほどの地点で戦闘に入っていた。
「ふふ、試作兵器で大量の昆虫を殲滅‥‥とは、まさに映画ですね」
飄々とした笑みはそのままに、八雲はエンジェルシールドで敵の攻撃を巧みにかわしつつ、キメラの群の密集した所を狙いショットガンの散弾を撃ち込む。
この種の敵が相手の場合、ビーストマンの美月姫の方が適任かもしれないが、そこはそれ、八雲にも男の矜持というものがある。
(「仮にも女性ですから、傷などおつけしては男の沽券に関わります」)
その美月姫は獣の皮膚で適時防御を固めつつ、時には瞬速縮地で回避しながら八雲と連携してクルメタルP−38で銃撃。
肝心なのは決して一箇所に留まらないこと。また瞬速縮地を使用した場合、注意すべきは毒針より敵キメラのFFだ。大型キメラに比べれば脆いといえ、超高速移動の最中にFFを展開した超小型キメラに衝突することは、いわば高速道路を走行中の車に小石をぶつけられるに等しい。
そのためライトシールドを前方にかざし、ダメージを最小限に抑えながら美月姫は戦闘を続けた。
「早速来たか‥‥歓迎させて貰おう。針は遠慮するがな」
緒戦は超機械αでキメラの数を減らしていた剣一郎は、いよいよ敵の群が身辺に迫ったかと見るや、兵装を月詠に持ち替えた。
「天都神影流・虚空閃っ!」
裂帛の気合いと共に放たれたソニックブームが、数を頼んで群がる蜂キメラどもを蹴散らす。
再び密集してくるキラー・ベスパに向かい、
「こちらもただ突っ立っているつもりはない‥‥天都神影流・流風閃」
流し斬りの応用で、大きく宙に弧を描く月詠の刃が、敵の攻撃をかわしつつ群もろとも薙ぎ切っていく。
綺麗に真っ二つにされたキメラの体が、音を立てて剣一郎の周囲に散らばった。
その傍らで戦うシェスカは、敵が20m以内に接近してきた段階でAU−KVを全身装着した。
フォルトゥナ・マヨールーとスコーピオンを交互に撃ち込むが、いくら墜としても蜂キメラは絶え間なく押し寄せてくる。
「いったい何匹居るんだ? 倒しても倒しても減った気がしないなぁ」
そのうち、リンドヴルムのAIが作動の異常を伝えてきた。どうやら何匹かのキメラがAU−KVの間接部あたりから強引に潜り込んだらしい。
やむなくリンドヴルムの装着を解除、以降は竜の鱗により防御を高めて戦うこととなった。
巣の周囲を守っていたキメラどもがまんまと囮班の方に引きつけられるのを見届け、焼夷弾を擁する一千風&朔夜のD班が行動を起こした。
「――アクセス」
小さな呟きと共に朔夜の髪は銀色、瞳は黄金へと変化。漆黒の炎をまとった「悪評高き狼」の本性を露わとする。
「流石に数が多いな。‥‥とは言え、流石にやらぬ訳にも行かないか」
爆弾を抱えた一千風は片手を挙げて仲間達に合図すると、朔夜の真デヴァステーター&シエルクラインの二連射が火を噴き進路状のキメラを排除した瞬間を見計らい、瞬天速の連続使用で巣に急接近。
巨大な巣の真下まで飛び込んだ所で、焼夷弾のセットを開始する。
が、その瞬間――不気味な羽声と共に、巣穴から大量のキメラが飛び出してきた。
ついに「本隊」が動いたのだ。
身軽さを優先するためあえて防具を身につけていない一千風がこの群に襲われたら、それこそ一溜まりもない。
「――っ!?」
間一髪で一千風を救ったのは、朔夜の2丁拳銃による二連射の銃撃だった。
「彼女に近付くなよ。‥‥貴様等の相手は私がしてやる」
キラー・ベスパの動きにも異変が起こった。やはり素材となったスズメバチの攻撃本能によるものか、奴らは朔夜の黒服を目がけて一斉に襲いかかっていく。
その一瞬の隙をつき、一千風は焼夷弾のセーフティーを解除、起爆装置ON。
「セット完了――離脱するわよ!」
(「焦らず慌てず。心はHeaTに、頭はCooLに――」)
周囲に群がるキラー・ベスパの真ん中でクロムブレイドの剣を振いつつ、縁はその戦いをむしろ楽しんでいた。
共に戦う安則が超機械で援護するも、敵の攻撃は自ずと黒服に蜂蜜を被った縁の方に集中する。
防具の隙間から突き刺さしてくる針の痛みは歯を食いしばって耐え抜き、毒によるダメージは活性化によりこまめに回復。
「だからテメエラ纏めて死んで俺の経験値になれ〜!」
改めて根性を奮い起こし、まとわりついてくる蜂キメラを両断剣で大きく薙ぎ払った。
ダメージが増すほど不思議と思考は冴え、益々闘志が漲ってくる。体の痛みをそのまま怒りに変え、そのままキメラへと叩きつけた。
「熱くなるココロと身体とそれに従う本能! それとは反対に冷めていく頭脳! それが人間の怖さだという事をムシケラに教えてやる!」
そのとき、爆音と共に畑の中央で大きな火柱が上がり、キラー・ベスパの巣は内部と周辺にいたキメラを巻き込んで劫火に包まれた。
「数の力」を失った超小型キメラなど、もはや怪物の名に値しない。
それでも後々の憂いを残さぬ為、傭兵達はもはや数えるほどになったキラー・ベスパの残存勢力を掃討した。
「一応羽音は止んだようだが、これで全部か?」
「‥‥そのようですわ」
剣一郎の問いかけに、集音マイクで周囲の気配を探っていたナタリアが答え、キラー・ベスパの殲滅が確認された。
万一の用心としてキメラの巣が地下に伸ばされていないかも調べたが、SES焼夷弾の効果は地中をも高熱で焼き払い、その心配もなさそうだった。
戦闘に勝利したといえ、傭兵達も無傷というわけにはいかない。
ナタリアは錬成治療により、一人一人の傭兵に応急手当を施した。
「痛たたた‥‥これは、確かに厄介なキメラでした。うーん、今日明日は湯船に浸かれませんねぇ‥‥」
刺された傷痕を手でさすりながら苦笑する八雲。
「ふぅ、やっと終わったか‥‥蜂の癖に危ない奴らだ」
バイク形態に戻ったAU−KVの機関部に挟まったキメラの死骸を取り除きながら、シェスカがぼやく。
「まあ、研究対象になるかはわからんが。よろしく頼むぞ」
そういって回収したキメラの死体をサンプルとしてナタリアに渡す安則を横目に。
治療を終えた朔夜は、再びぼんやりとくわえ煙草をふかしていた。
戦闘の後、常に感じるあの奇妙な既知感が、今回も彼の胸の裡で燻っている。
「‥‥さて、この結果は何度目だったか。‥‥変わらないものだな」
「小さな強敵」との戦いは、こうして傭兵達の勝利で幕を下ろしたのだった。
<了>