●リプレイ本文
●九州〜UPC軍佐世保基地
L・Hから飛来した傭兵達は、KVの燃料補給を済ませた後、パイロット待機所に集まり敵ワーム出現の報せを待った。
「三つ子の悪魔とやらは詳しくは知らんが‥‥トリニティ、か」
眼鏡の奥で青い眼を光らせ、鋼 蒼志(
ga0165)が呟く。
彼のいう「三つ子の悪魔」とは、かつてUPC軍を脅かした、バグア軍エース機の俗称である。純白にカラーリングされた3機1組の小型HW――その正体は1機のエースとリモート操作されたダミー2機であった。
だが3機とも壱岐・対馬解放戦において能力者の傭兵達に殲滅されているので、今回現れたのはパイロット・機体ともに全くの別物と見てよいだろう。
「どぉせなら『三つ子の亡霊』の方が相応しいかもね?」
当時の依頼に参加した1人、聖・真琴(
ga1622)はくすくす笑った。
奴が「蘇った亡霊」というならそれも上等、何度でも地獄へ送り返すまでのことだ。
「私達が目指す敵は、あの新型よりも遥か先にいるんです。怖気づいてはいられませんね」
音影 一葉(
ga9077)が力強くいい、
「お空の平和を守る為にも、彼奴らの好きにはさせておけないもん!」
つい最近、九州に出現した敵試作ワーム「タランテラ」討伐に参加した潮彩 ろまん(
ga3425)も元気一杯に頷いた。
隣に座る同い年の少年、高瀬・誠(gz0021)を見やり、
「誠くん久しぶり、今日は一緒に悪い宇宙人の円盤、やっつけようね! ‥‥ん? 浮かない顔してるけど、何かあったの??」
「あ、何でもないです‥‥ただ、電子戦機なんか乗るの初めてだから、つい緊張しちゃって‥‥でも大丈夫ですよ、シミュレータ訓練は充分やってきましたから」
そういって笑って見せる誠だが、その笑顔にはどこか陰がある。兵舎を訪れた稲垣・美雪から見せられた彼女の弟、夏彦の写真が頭から離れないのだ。
(「敵の捕虜になった能力者‥‥突然現れたバグアのエース‥‥まさかとは思うけど」)
「もし、あの通信者が本当に『あの子』だとしたら‥‥この一件、単なる試作ワーム討伐では終わらないかもしれません」
同席のリヒト・グラオベン(
ga2826)が話題を変えた。
「あの子」とは他でもない、UPCの軍用回線に堂々と割り込んできた例の幼い少女。
「トリニティ」の名を告げたのも彼女であり、その言動からおそらく九州のK村分校に潜伏していたバグア工作員、結麻・メイ(gz0120)と思われる。
「あの声、やはりあの方の様ですね。となると今回の件は先の件と関係があるという事でしょうか‥‥いやな予感が致します」
いわゆる「山の分校」事案として記録される一連の依頼にリヒトや誠らと共に関わった櫻小路・なでしこ(
ga3607)も、不安そうに眉をひそめる。
「‥‥だから情報部のエメリッヒ中佐も、あの潜入調査にあたった僕を指名したんだと思います」
例の分校にいた当時は「結城・アイ」の偽名を使っていた赤いリボンの少女を思い出しつつ、誠は答えた。
問題は、メイの背後にあの「ゾディアック」メンバー、シモン(gz0121)の影が見え隠れする事だ。
一介の傭兵である誠に最新鋭偵察機ウーフーを与え、可能な限りの敵機撮影を命じたエメリッヒ中佐もまた、同様の懸念を抱いていると思われた。
同じ頃、緋沼 京夜(
ga6138)と藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)はKV格納庫で搭乗機の最終点検を行っていた。
「メイの言葉、誰かさんが知ってる相手‥‥ヨリシロか」
整備の手を止め、ふと独りごちる。かつて藍紗と共に「三つ子の悪魔」を討伐した京夜だが、それとは別の依頼でバグア軍兵器に生体コンピュータとして取り込まれたUPC軍捕虜の惨たらしい姿を目撃した体験がある。
もしトリニティの操縦者が敵エースではなく、同様の捕虜だったとしたら――。
「――いや、どちらにしても解放するだけだ」
顔を上げると、じっとこちらを見つめる藍紗と目が合った。
「トリニティ‥‥『三位一体』か‥‥ここは、我ら二人『一心同体』な絆の見せ所じゃの‥‥京夜」
そういって、たおやかな指先を京夜に向けて伸ばす碧眼の少女。
「一心同体か‥‥藍紗と一緒ならどんな敵とだって戦える。行こう、何度甦っても必ず倒してやるさ」
心の迷いを振り払い、藍紗と指先を絡めて互いに寄り添った京夜は、そのまま固く抱き合い口づけを交わした。
●逆襲の「悪魔」
『壱岐水道上空で強烈な電子ジャミングを探知。友軍輸送編隊からの通信途絶、敵ワームの襲撃と思われる!』
佐世保基地オペレータから緊急通報を受けた傭兵達は直ちに各KVへ搭乗、次々とスクランブルをかけた。
発進後間もなく、晴れ渡った空に撃墜された友軍機の黒煙が狼煙のごとくたなびく様が目に入り――。
そしてその向こうに、悠然と浮かぶ「奴」の姿があった。
白塗りの小型HW3機をクローバーの葉のごとく束ねた、異形の機体。
「‥‥まさに『トリニティ』というわけですね」
阿修羅の操縦桿を握る井出 一真(
ga6977)が、ゴクリと生唾を飲む。
「みんなで頑張って、トリニテ‥‥痛っ」
雷電の操縦席で、つい舌を噛むろまん。
「むぅ、言いにくい‥‥ミツゴンでいいや、合体円盤ミツゴンやっつけようね!」
突然、KV全機のレーダー・通信機能がダウンし、激しい頭痛が能力者達を襲った。
予め高々度で待ち伏せていたのだろう。あの電子戦機CWが降下してくる。
トリニティとKVを取り囲む様に、8機で大きく円を描いて旋回し始めた。
誠のウーフーには強化型ジャミング中和装置が搭載されているが、残念ながら強化された新型装置を以てしても、CWが互いに増幅させた電子ジャミングに対しては殆ど太刀打ちできない。
むろん、CWの妨害については傭兵側も折り込み済みだ。
KV各機は事前の作戦に従い、二手に分かれてトリニティ、及びCW殲滅へと向かう。
その機先を制する様に、トリニティが形態を変えた。
(「分離か――?」)
傭兵達は思ったが、そうではない。合体状態はそのままに、クローバー型から串団子のような横一列に並んだのだ。
直後、ワームの機体底部から炎と白煙が上がった。
バグア製K−01ミサイル――しかも3連同時攻撃。
CWのジャミングと怪音波により回避を大幅に削られたKV編隊に、計750発の超小型ミサイルの嵐が容赦なく襲いかかった。
機体を揺るがす衝撃。無数の小爆発がメトロニウム合金の装甲を削る。
緒戦で手痛いダメージを負ったKV部隊に対し、今度こそ3機に分離した白いHWが襲いかかった。
通常の小型HWなど比べものにならぬ動きからプロトン砲を放ってくるHWに対し、対トリニティ班6機は各々2機1組のロッテ戦術で迎え撃った。
「ちぃ、さすがに速い‥‥! そっち、任せた!」
ジャミングで誘導兵器が封じられているため、蒼志の雷電は主に127mmロケットランチャーで1機を牽制、ペアを組む南部 祐希(
ga4390)に攻撃を託す。
怪音波の頭痛に耐えつつ祐希は20mmバルカンで弾幕を張り、敵の隙を見計らってソードウィングによる近接攻撃を試みるも、慣性制御により易々とかわされてしまう。
他の2組にしても状況は似たようなものだ。
なでしこ機の前方に位置していた一葉は敵機の接近を目視すると、ハンドサインで僚機に離脱を指示した後、自らもラージフレアを展開した。
「回避準備です、ディスタン!」
急速回頭から上昇を図るも、それでも被弾してしまう。
どこまでがトリニティ本来の性能で、どこまでがCWのジャミング効果かは判らない。いずれにせよほぼ一方的に敵の攻撃を浴びながら、対トリニティ班6機は副兵装による牽制と回避に徹しつつ、友軍機によるCW殲滅までの時間を耐えるより他なかった。
「さぁて‥‥アンタの初陣だね。肩慣しと行こうか‥‥相棒」
乗り換え後初の実戦となる自機ディアブロに言い聞かせ、対CW班リーダーの真琴は僚機を率いて蒼空に浮かぶ立方型のワームに向かった。
リング状に広域展開したCWに対し、ウーフーを含む5機のKVが攻撃を開始した。
「コイツらのせいで皆が全力を出せないンだ‥‥さっさと片付けるよ!」
「ここで時間はかけられません。一気に決めます!」
リヒト機がブーストをかけ、最も遠くに位置する敵機を狙い加速する。
電子戦機としては恐るべき威力を発揮するCWだが、それ自体は兵装らしきものを持たず、また動きも鈍いので撃墜はさして難しくない。問題はジャミングと怪音波だが、ギリギリまで接近しロケット弾やバルカン砲等で攻撃する事により、辛うじて命中させることができた。
「こっちには、ウーちゃんも居るんだ、もうお前達なんか怖くないもん」
ろまん機の3連装P−115mm滑空砲が火を噴き、1機、また1機とサイコロ型ワームの数を減らしていく。
CWのが4機まで減ったとき、かなりの雑音混じりながら、何とか聴き取れる程度に無線が回復してきた。
「リヒト機、高瀬機、離脱! キッチリ記念撮影しといで♪」
真琴の合図で、ウーフーと護衛のディアブロがトリニティへ向け方向転換。彼らの目的は敵新型ワームの近接撮影だ。
「翼が届けば、落とせるッ!」
増設したブースターを派手に吹かし、一真の阿修羅がソードウィングで最後のCWを叩き斬る。これで傭兵側は、心おきなくトリニティに戦力を集中できる様になった。
「待ってろミツゴン、今ボク達も行くっ!」
『ちょっとそこのあんた、なに勝手に変な名前つけてんのよ!』
ろまん機の無線に、突然怒ったような少女の声が割り込んできた。
おそらく例のバグア工作員、メイだろう。
『あれはトリニティよ! わざわざ教えてやったでしょ!?』
「うるさい! あんなの、ミツゴンで充分だよ〜っだ!」
「周辺の索敵データ、回して下さい! 近くに敵の観測機がいます!」
一真の通信を受け、誠が機能回復したウーフーのレーダーをチェックする。
「福岡方面、距離約10kmに機影‥‥中型HWです!」
直ちに真琴機、ろまん機がブーストして要撃に向かおうとするが、その寸前、後方から激しい衝撃が両機を見舞った。
いつの間にか接近していたトリニティの1機がK−01を撃ってきたのだ。
『ホラホラ。よそ見してると、墜とされちゃうわよぉ?』
からかうようなメイの声。しかしそれ以上接近して来ない所をみると、本人は戦闘に参加するつもりはない様だ。
「‥‥ちっ!」
真琴は唇を噛んだが、今は観測機の相手をしている余裕はなさそうだった。
たとえCWの支援を失った後も、トリニティは手強かった。
「三つ子の悪魔」に勝るとも劣らぬ運動性でKVを翻弄し、プロトン砲やK−01の残弾を撃ってくる。
だが傭兵側も、本来の機体性能を取り戻した事、対CW班の増援を受けた事で徐々に3機のHWを追い詰めていった。
「貴様が何であろうと――この螺旋の弾頭で穿ち破砕する!」
蒼志が温存していた8式螺旋弾頭ミサイルを放ち、時間差をおき祐希もAフォースを乗せた同型のミサイルを叩き込む。
別の1機に対し、なでしこのアンジェリカはリヒト機と連携を取り、それぞれ強化型帯電粒子砲とギガブラスターミサイルで攻撃。
各機に被弾したためか、3機のトリニティは再度集結し合体を図る。
その瞬間を狙い、一葉のディスタンが螺旋弾頭ミサイルを撃ち込んだ。
「合体分離で待ってくれるのは悪人だけって、TVの決まり事です」
●鎮魂
爆炎に包まれ、トリニティを構成するHWの1機が墜落していく。
しかし残り2機はそのまま合体し、双子円盤としてプロトン砲を乱射し続けた。
合体状態だと防御は増す代り、運動性は若干落ちる――そう判断した傭兵側は、包囲を狭め一気に高命中・高威力兵器を集中する。
「どっちがホントの悪魔か‥‥試そぉじゃねぇの?」
ニヤっと笑った真琴はブーストをかけ急接近、すれ違い様にソードウィングの斬撃で敵装甲の一部を切り裂いた。
「この真紅の翼とエンブレム‥‥しっかりと頭に叩き込んどけっ!」
「敵の動きがだいぶ鈍って来ました‥‥撮影を行いますので、援護をお願いします」
僚機の同意を得た上で、誠がウーフーを敵ワームへ接近させる。一部の装甲が剥がれ内部の機械まで無惨に露出したトリニティを、ウーフー搭載のカメラで撮影し始めた。
CW殲滅と同時に誠機とデータリンクを張ったため、その映像はそのまま各KVのモニターへも表示される。
「え‥‥?」
彼らが目撃したのは異様な光景だった。
双子円盤の一方、真琴のソードウィングに大きく切り裂かれた敵機体の一部。KVでいえばコクピットに相当するであろうその場所に、パイロットらしき人影が見える。
だがそれは頭髪を剃られ衣服も身につけぬ少年の上半身であり、全身から伸びる大小のケーブルがHWの機体と直結したその姿は操縦者というより、半ばワームに組み込まれたパーツの一部だ。
「ちょっと‥‥何? あれ‥‥酷すぎる‥‥」
真琴の口から、呆然とした言葉がもれる。
『よーやく気がついたぁ?』
KV各機の無線に、メイの哄笑が響き渡る。
『そいつの名は稲垣・夏彦。ついこの間まで、あんたたちのお仲間だった傭兵よ? そんな姿にならない様、あんたたちもせいぜい用心することね』
リヒトやなでしこは誠を案じて声をかけようとしたが、その前にウーフーから震えた声で通信が入った。
「撮影、完了しました‥‥作戦続行して下さい」
京夜のディアブロ、藍紗のアンジェリカがロッテ編隊を組み前に出る。
こんな状態になってもなおプロトン砲を放ち儚い抵抗を続けるトリニティに対し、G放電を放射してその足を止めた。
「眠れ――緋剣『レヴァンティン』――」
雷光の残滓を切り裂き、Aフォースの赤い輝きを纏うソードウィングの一閃が疾る。
――そして、藍紗が最後の引導を渡す。
「亡霊よ、今度こそ迷わず黄泉路を往くがよい!」
帯電粒子砲から放たれた光の矢が夏彦を直撃した瞬間、トリニティは全ての機能を停止、黒煙を引いて眼下の海面へと墜落していった。
奇しくもあの「三つ子の悪魔」が没した同じ壱岐水道に――。
メイのHWは、いつしか福岡方面へと飛び去っていた。
「敵に捕らえられたのは不幸だが、早期に撃墜されたのは幸い‥‥といったところかね」
慰めるような蒼志の言葉に対しても、誠からの返信はない。
佐世保基地に帰投するまで、少年は無言のままだった。
『なぜ弟だったのですか? 貴方でなく、弟が‥‥』
「‥‥僕は‥‥」
『ごめんなさい。高瀬さんのせいじゃないことは解ってるんです‥‥でも、こうでも思わないと、私‥‥』
後は号泣となり、美雪からの電話は切られた。
暗い兵舎の自室で受話器を握り締め、誠は俯いたまま、何時までもその場に立ちつくした。
<了>