タイトル:チェラルの帰還マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/11 01:06

●オープニング本文


「てへへ‥‥ご心配、おかけしました〜」
 ウルフカットの髪をポリポリ掻き、照れくさそうに笑う野性的な猫目の少女を、冴木 玲(gz0010)はデスクに座ったままじっと見上げていた。

「元気そうで安心したわ。でも一度は辞表まで出したあなたが、今になって急に戻ってくるなんて、いったいどういう風の吹き回しかしら?」
 デスクを挟んで向かい合う相手はチェラル・ウィリン(gz0027)。
 元傭兵ながら卓抜した戦闘能力がUPCの目に止まり「軍曹権限」を与えられ、玲たちと共にエースチーム「ブルーファントム」の1角を占めていた能力者のグラップラー。
 だがその彼女が突然「元の傭兵に戻りたい」と言い出し、軍に辞表を出してふらりと兵舎から姿を消してしまったのが、つい2ヶ月ほど前の事。
 その後ぷっつり音信も途絶えていたのだが、今日になって突然ぶらっと舞い戻り、こうして玲のオフィスに現れたのだ。まるで野良猫である。

「うん、あれからちょっと足を伸ばして、バンコクのあたりまで行ってたんだけどさ。そこでちょっと気になる噂を聞いて‥‥何でも、インドの方でバグア軍に妙な動きがあるとか‥‥」
(「さすが、相変わらずいいカンしてるわね‥‥」)
 内心で玲は感服した。現段階では軍上層部さえ公式発表を控えている、インド・中東方面における敵勢力の不穏な動きを、チェラルは遙か離れた東南アジアの地で敏感に感じ取っていたのだ。
「な〜んか、奴らの動きがいきなり慌ただしくなったような気がして。で、ボクも何か手伝えるコトがあれば、と思って帰ってきたんだけど‥‥」
「‥‥」
 すぐには答えず、玲は右手のボールペンを器用にクルクル回した。
 この2ヶ月、妹分といっていいチェラルがどう過ごしているか気にならない日はなかった。嬉しくないといえば嘘になる。本音を言えば、一発ビンタを入れてから思いきり抱き締めてやりたい気分だった。
 ただし、それはあくまで個人的な感情だ。今の自分は、まずUPC軍軍曹、そして何より「ブルーファントム」リーダーとして振る舞う必要がある。
「‥‥戻ってきたのは有り難いと思うわ。とにかく能力者の兵士は1人でも多くいて欲しいものね。‥‥でも、あなたは自分1人の都合で勝手に正規軍を離れ、結果として軍全体に迷惑をかけた‥‥その点については、はっきり自覚して欲しいわね」
「それは反省してるよぉ‥‥やっぱりダメ? ボク、もうクビになっちゃたの?」
 頭の後ろで腕を組み、不服そうに唇を尖らせるチェラル。
「いいえ。あなたの辞表、実はまだ私が預かってるのよ。もし正規軍、それに『ブルーファントム』への復帰を希望するなら、私から上に話をつけてもいいわ。ただし――」
「ただし?」
「この2ヶ月の間、あなたがどれだけ成長したか‥‥それをちょっとテストしたいの」
「テスト?」
 チェラルはしばし考え込み――やがて、ニヤリと笑って片手の掌に拳を打ち付けた。
「判った! お姐ぇ相手に、腕試ししろってことだね? 生身? それともKVでやる?」
「そうじゃなくて。1対1の模擬戦なら、別に日頃の訓練で出来るでしょう‥‥」
 頭痛を堪える様にこめかみを押さえつつ、玲は一枚の地図を出してデスクに広げた。
「これはL・H内にあるUPC軍の演習場よ。この中にダミーの市街地セットが用意されてるわ」
「あ、知ってる! 特殊部隊とか対テロ部隊が市街戦の訓練に使う施設でしょ?」
「そう。今回は趣向を変えて、ここで団体戦をやりましょう」
「団体戦?」
 ピンと来ない様子で、チェラルは首を傾げた。
「ルールは簡単よ。まず私が青軍の大将として、この建物を陣地として立てこもる」
 玲は演習場のほぼ中央にあるビルの1棟にボールペンで印を付けた。
「で、あなたは赤軍を指揮してこのビルに突入する。これでゲームセットよ」
「な〜んだ。そんなこと‥‥」
「ただし、それには条件があるわ。ビルへの突入はチーム全員で行うこと。そしてビルに着くまで、チームに1人の『死亡者』も出さないこと。つまりあなたは自分も含め、メンバー全員の安全を守りつつ敵陣までたどり着かなきゃならないってことね」
「えーっとぉ‥‥ボク、そーゆー面倒なのは苦手‥‥」
「だから、それがあなたに欠けてる部分なのよ。私たちはストリートファイターじゃなくて正規軍の下士官なの。ただ自分1人が突進するばかりでなく、部下の兵士を指揮して戦う事も覚えなければならないわ」
「‥‥チームのメンバーはどうするの?」
「『あの子』はいま前線の方へ出てるから‥‥私は正規軍の兵士から選抜するわ。あなたは依頼を出して傭兵から適当に見繕いなさい」
 説明を終えてから、玲はチェラルを見上げてフッと笑った。
「言っとくけど‥‥模擬戦とはいえ、こちらもそれなりの能力者を揃えるわよ。生半可な事では私の所へたどり着かせないから、覚悟なさい?」

●参加者一覧

御坂 美緒(ga0466
17歳・♀・ER
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
時任 絃也(ga0983
27歳・♂・FC
愛紗・ブランネル(ga1001
13歳・♀・GP
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
ファルル・キーリア(ga4815
20歳・♀・JG
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM
天小路桜子(gb1928
15歳・♀・DG

●リプレイ本文

 およそ40mの幅をもつ大通りの十字路に沿って窓ガラスのない灰色のコンクリートビルが建ち並ぶ光景は、作りかけの映画セットのようでもあり、また廃墟のごとき殺風景な印象だった。
 チェラル・ウィリン(gz0027)が大将を務める傭兵側の赤軍は既に南端にあたる路地の一角に待機し、後は冴木 玲(gz0010)指揮する正規軍側の青軍が準備を整え、審判役の士官から開始の合図が出るのを待つばかりだ。

「市街戦演習ねぇ‥‥たまには人間も相手にしないとカンが鈍っちまうからな、丁度良いぜ」
「ふむむ、軍隊にしては妙な条件の訓練なのです‥‥チェラルさんの部下に対する責任感を見るテスト、でしょうか?」
 アッシュ・リーゲン(ga3804)と御坂 美緒(ga0466)が話し合う通り、今回の模擬戦は玲からの提案により少々風変わりなルールとなっている。
 銃器はペイント弾、その他の武器はSESを切ってダミーとして使用。覚醒は許されるが、SES武器に依存する攻撃系スキルは使用不可。ちなみにファングや刀剣類はSESなしでも「武器」には違いないが、覚醒した能力者の肉体に対して大きなダメージを与えることはない。
 そしてペイント弾や矢、その他近接武器の命中を以て「戦死」と見なす。
 ただし守備側の青軍は何人「死亡判定」を受けリタイアしても試合は続行されるのに対し、攻撃側の赤軍は敵の陣地ビルへ突入する前に1人でも脱落者を出せばその時点で敗北決定。その意味では、赤軍にとってよりタイトな条件といえる。
「要は実戦的なサバイバルゲームね。死亡者0ってのが厳しいけど」
 ファルル・キーリア(ga4815)が思案げに呟き、
「ま、一人でもやられたら負けってだいぶきついルールだが‥‥何とか勝ちましょか!」
 対照的に須佐 武流(ga1461)はどこか嬉しげな口ぶりで気合いを入れる。
 武流としてはトップクラスのエースとして名高い玲と戦い、ぜひその実力を試してみたい所であったが、
「だが‥‥今回はチェラルの帰還祝いを勝ちで飾りたいんでね。勝つことを優先させてもらうよ!」
「この模擬戦、結果以上に過程が重要視されるわね‥‥」
 鯨井昼寝(ga0488)は考え込んだ。
 おそらく勝敗に関わらず、玲はチェラルの復帰を認めるだろう。だが試合の内容いかんでは、安易に復帰を許し周囲から後ろ指を指されるのは玲自身。
「まあそんな風聞を先んじて払拭しておく意味でも、対戦相手の正規兵にチェラルの指揮官としての能力をアピールしてやらなくてはね」
 当事者のチェラル本人はといえば、さすがに相手が「ブルーファントム」リーダーで姉貴分でもある玲とあって、いつものお気楽な態度も影を潜め、手元の地図と実際の演習場をしきりに見比べながら緊張を隠せぬ様子だ。
 同じ模擬戦でも1対1の勝負ならむしろ嬉々として臨んだ所だろうが、今回のルールでは指揮官として、自分1人が突出するのは禁物である。
「チェラルお姉ちゃん、玲お姉ちゃんってどんな人?」
 愛紗・ブランネル(ga1001)が足許に駆け寄り尋ねてみる。敵チームの大将といえ、「ブルーファントム」の玲に会えるのは初めてなので、愛紗はちょっとワクワクしていた。
「うーん。頭も切れるし腕も立つ。一言でいえば理想のファイターかな? ‥‥ただ、ちょっと真面目すぎるのが玉に瑕だけど」
 ハァ〜‥‥とため息をもらし、
「まいったなぁ‥‥これがいつもの戦闘訓練なら、5本に1本くらい取る自信はあるけど‥‥ボク、チェスや将棋じゃ一度もお姐ぇに勝ったことないもん」
「あんまり難しく考えすぎると、かえって指示出しにくいものよ?『考えるな、感じろ!』よ。多分、そういう指示の方が性に合ってるんじゃないかしら?」
「命令するヤツは迷うな、迷うならそれを絶対外に出さない事。命じる本人が信じきれない命令なんて聞きたくないだろ? 常に自信タップリ、間違える筈なんて無いぜ。くらい堂々としとけ」
 慣れない指揮官役に戸惑い気味のチェラルに、ファルルやアッシュが口々にアドバイスを送る。
「この模擬戦で敵の、つまり玲の思考をその身になったつもりで指揮を出してみてくれ」
 時任 絃也(ga0983)の言葉に、チェラルは目を伏せしばし考え込む。
 伊達に同じチームの仲間として長年戦ってきたわけではない。たとえ現在の指揮能力では玲に及ばずとも、何とか玲の思考をトレースしようと努力しているのだろう。
 そんな彼女の姿を見ながら、
(「チェラル、迷いが吹っ切れたんだね、おめでとう」)
 同じチームで行動する勇姫 凛(ga5063)は、にこっと笑う。
 チェラルが軍を離れている間、彼女の身を案じて何かと行動を共にする事の多かった凜ではあるが、今回の試合中はあくまでチームワーク優先だ。
「はっちーも一緒‥‥は無理かなぁ。後ろ向きに背中に括り付けたりとか」
 愛紗は悩んだが、真面目な模擬戦であり、ペイント弾塗れにするのも可哀想なので、結局試合中は審判に預かって貰うことにした。
「でも、はっちーも同じ赤軍だよ☆」

 やがて「ビル街」のほぼ中央から、高々と照明弾が打ち上がる。
 試合開始の合図だ。
「さて、楽しい戦争ゴッコの始まりだ」
 アッシュがくくっと笑い、傭兵達の赤軍も二手に別れて行動に移った。

A班:チェラル、愛紗、凜、ファルル、美緒、天小路桜子(gb1928
B班:絃也、翠の肥満(ga2348)、アッシュ、昼寝

「一発命中すればアウト」という今回のルールで最大の脅威はスナイパーだ。そこで両班は互いに無線で連絡を取り合い、狙撃の的となりやすい大通りなどは避けつつ敵の「本陣」を目指した。
 といって、逆に狭い路地などはグラップラーの奇襲を受けた際に逃げ場がないのでこちらも要注意だ。
 建物沿いの遮蔽物に身を隠し、やむなく大通りを横断する際は昼寝らグラップラーが瞬天速を活用してポイントマンを務め、安全を確認しながら慎重に進んでいく。
(「実際にお目にかかるのは初めてだが‥‥フムゥン、ウィリンさんは噂通りの危険なヘソだ。これは冴木さんの太腿も楽しみ‥‥」)
 ごほごほっ。咳払いして雑念を払いつつ、翠の肥満はB班の仲間と共に目を付けたビルに潜入、狙撃手のクリアリングを開始する。ちなみにビル内の探索中はA班メンバーに入り口を監視してもらう事も忘れない。
 建物内に敵兵の気配はなかったので、最上階の窓から僅かに頭を覗かせ、双眼鏡で周囲を索敵した。
 案の定、青軍陣地周辺を射程に収めるビルの1棟の窓辺に、ちらっと動く人影があった。
 灰色の都市迷彩戦闘服に身を包んだ、正規軍スナイパー。あちらも能力者として隠密潜行のスキルは使用している様だが、翠の肥満が実戦で培った直感の鋭さに一日の長があった。
 改めてアサルトライフルを構え直し、スコープでターゲット捕捉。
「僕の視界の中で生きていられると思うなよぅ?」
 ――パンッ!
『青軍トムソン伍長、戦死!』
 無線から審判の判定が響き渡る。
 ペイント弾の染料を浴びて慌てふためく正規軍兵。翠の肥満が狙撃した室内に、他の青軍スナイパーの応射したペイント弾が殺到する。
 だがその時、撃った当人は次の「標的」を求めてとうに部屋から立ち去っていた。

『敵スナイパー1名、クリア』
 B班からの無線連絡を受け、A班6名も再び前進を始める。
「チェラル様、張り切るのは意気込みが感じられてよろしいのですが、無茶は禁物です。ただ多少の無理にはわたくしたちもフォロー致します」
 同じA班に属する桜子がチェラルを励ますようにいう。ちなみに武器としてのSESは使用禁止だが、ドラグーンの彼女が全身装着するAU−KVのSES機関に限っては「装備」としての起動が許可されていた。
 青軍陣地ビルがはっきり目視できる位置まで近づいたとき、路地の陰からグラップラー3名、ファイター2名が襲いかかってきた。赤軍メンバーを1人でも倒せば勝ち――そう考え、兵力のほぼ半数を割いて勝負に出てきたらしい。
「模擬戦とはいえ我々も正規軍。傭兵に遅れを取るわけにいかん!」
 班長らしきファイターの指示の下、ファングを装着したグラップラー3名が疾風脚で突進してくる。
「勇姫君、愛紗君はボクと一緒に来て! 御坂君と天小路君は後方から援護、そこいらにスナイパーもいるはずだから、そっちの対応はファルル君お願い!」
 チェラルもまた、A班メンバーに素早く指示を飛ばした。
 青軍側はチェラルの戦闘力を怖れているので、当然彼女を避けて他の傭兵を狙いに行く。
 が、ここで彼らは信じ難い光景を目撃する。
 当然真正面からのチェラル突入を予測し左右から回り込んできた3人のグラップラー全員の眼前に、猫のような金色の瞳を見開き、ニッと笑う少女の顔があった。
「な‥‥っ!?」
 瞬天速による瞬間機動により、あたかも分身術のごとき攪乱に出たのだ。口でいうのは簡単だが、能力者といえこの動きは殆ど神業といっていい。
 このフェイントでチェラルは青軍グラップラー2名を足止め、3人目にファングで斬りつけ死亡判定を取った。
 体勢を立て直そうとするグラップラーの1人を、瞬速縮地で接近した凜が獣突で突き飛ばす。そこへ美緒のハンドガン、桜子のアサルトライフルがペイント弾を浴びせた。
 前衛で孤立したグラップラーに対し、愛紗が瞬天速で一気に間合いを詰める。
 小さな体を逆手にとって死角に回り込むや、「えいっ」とばかりに蹴りで相手の膝を崩し、ベルニクスでポコンと頭を叩いた。
「ハイ。おじさんの負けだよー♪」
「‥‥くそっ。油断したか」
 悔しそうに武器を下ろす正規軍兵。しかしルールなのだから仕方がない。
 その間、ファルルは敵後衛にいるファイター達をコンポジットボウを構えて牽制しつつ(仲間へ誤射の怖れもあるので実際には射たなかったが)、周囲に潜伏するスナイパーへの警戒に当たった。
(「あのビルは危険ね‥‥死角が少ないし、何より無視して相手陣地に突入しようとしたら蜂の巣に出来るわ」)
 果たして、屋上の片隅で微かに動く灰色の影がある。
 すかさず影撃ち+狙撃眼で命中と射程を伸ばした一矢を放ち、スナイパー1名を「射殺」。
 
 形勢不利と見たファイター2名は慌てて陣地ビルへの撤退を開始した。
 そんな彼らを待っていたのは、赤軍B班スナイパー達による影撃ちや鋭角狙撃によるペイント弾の洗礼。本来は「チェラルの独走を諫める」ため玲の立案したルールだが、皮肉な事に攻撃力と防御を身上とするファイターにとっては最も不利な試合内容となってしまった。
 その後B班よりさらにスナイパー2名を排除したという連絡が入り、狙撃の憂いを断った赤軍チームはA・B両班が合流し青軍陣地を目指した。

「もう9名がリタイア? ‥‥ふぅ、次の大規模作戦が思いやられるわね‥‥」
 青軍陣地ビルの1室。無線で戦況報告を受けた玲は、額を押さえ軽くため息をついた。
「あの、冴木軍曹‥‥自分は、どうすれば‥‥?」
 玲を除けば唯一の「生存者」である正規軍のファイターが、狼狽して指示を求めてくる。
「あなたは何もしなくていいわ。外に出た所で、狙撃の的になるだけだから」
 彼女は手元の日本刀を取り、自ら立ち上がった。
「復帰祝いにこのまま勝ちを譲ってあげたい所だけど‥‥それじゃ、あの子のためにならないしね」

 陣地ビルからゆっくり歩み出た玲の姿を目にし、赤軍一同の間に緊張が走った。
 周囲に伏兵がいないか慌てて確認するが、もはや青軍に「持ち駒」はないはずだ。
「『ブルーファントム』、その手並みを拝見させて貰うぞっ‥‥!」
 最初に仕掛けたのはアッシュだった。
 アサルトライフルを放り投げるなりフリージア2丁に変更、即射と影撃ちを併用し、上下左右ランダムに弾をバラ撒く。
 驚くべき事に、玲は瞬時にその弾道を見切り、必要最小限の動きで全弾をかわした。
「‥‥人間かよ?」
 ファイターでありながら、その俊敏さは先刻のグラップラー達など及びもつかない。
 ファルルも即射+影撃ちの併用で胴体を狙ったが、その矢は日本刀の一閃で呆気なく地面に叩き落とされた。
 武流はジャックでの牽制を交え刹那の爪による連続回し蹴りを叩き込むが、これも全て回避されるか日本刀で弾かれる。
「この中でお姐ぇと互角にやり合えるのは‥‥たぶんボクだけだ」
 チェラルが小声で仲間達に囁いた。
「とにかくボクが相手をして引っかき回す。他のみんなは、何とか周りから隙を狙って」
「多勢に無勢は卑怯」などという正論は、この際通用しない。
 ――相手は「ブルーファントム」の冴木 玲なのだから。
 そして玲の方も、最初からチェラル以外は殆ど眼中に入れてなかった。手近の傭兵を1人倒せば模擬戦には勝てるが、それでは彼女の矜持が許さないのだろう。
「ブルーファントム」の2人が真っ向から激突し、常人の目には残像しか映さぬ程の速さで日本刀とファングが打ち合い、火花を散らす。
 他の傭兵達は包囲網を敷いたが、2人の動きが速すぎてとても手出しできない。
 やむなく昼寝と武流、そして凜がその場に残り、他のメンバーはがら空きの陣地ビルへと向かった。

 タンッ! チェラルが路面を蹴り、牝豹のごときしなやかな動きで空中から玲に襲いかかる。玲は体勢を低く取り、上段に構えた刀で鉄爪の一撃を受け流すが、宙返りして頭上を飛び越した相手に背後を取られてしまった。
「――っ!?」
「みんな、今だ!」
 チェラルが仲間達に合図を送るが、それは玲を攻撃するためではない。
 初めて玲が見せた、一瞬の隙――そこをついて、赤軍のメンバーはそれぞれ瞬天速や瞬速縮地により陣地ビルへと走り込んでいく。
「ごめんねーっ、お姐ぇ! この続きは、また今度♪」

 ゲームセット。模擬戦は傭兵チームの勝利に終わった。

 呆気にとられてその光景を眺めていた玲だったが、やがてふっと笑い。
「‥‥つい熱くなっちゃった様ね。まあいいわ‥‥お帰りなさい、チェラル」
 静かに日本刀を鞘に収めた。


 模擬戦終了後、凜はチェラルをビルの屋上へと誘った。
 彼女が迷っているうちは伝えられなかった想いを、今日こそはっきり伝えたかったのだ。
「チェラル‥‥凛、チェラルのことが好きだ!」
「‥‥へ?」
 きょとんとしたチェラルは、次の瞬間、その意味を悟りカッと赤面した。
「チェラルのこともっとよく知りたい、一緒に未来を目指してみたい。だから‥‥凛とお付き合いして貰えないかな?」
 彼女の目を真剣に見つめる凜もまた、耳まで真っ赤だ。
「ええっと‥‥」
 頭をかいて口ごもるチェラル。そこにいるは能力者でも超エースでもない、ごく普通の17歳の少女だった。
「でも‥‥ボクも凜君のこと、もっと知りたいな。慌てないで、一歩一歩進んでみない? 一緒にさ」
 そういって、凜に向かい真っ直ぐ右手を差し出すのだった。

<了>