●リプレイ本文
中世の趣が残っていると言えば風情はあるが、時代に取り残された感のある村は、確かに、古い御伽噺の舞台になりそうな場所であった。
村へ足を踏み入れ、辺りを見回す様は、明らかに別世界の人間にでも見えたのか、余所者を見るかのような視線は、悪意こそ篭もっていないものの、あまり気持ちの良いものでは無い。
それも、これも、この村に蔓延する噂のせいであろう。
まずは、噂の真偽を確かめるべく、行動を開始しようとした矢先、一行が入って来たのとは別の入口、森に向かう側、から一人の男が走って来る。
「どうかしましたか?」
その様子を訝しく思った、ミンティア・タブレット(
ga6672)が、引き止めるように声を掛ける。
と、男は、明らかに村人ではない人間に戸惑いを見せたものの、調査の為に、訪れる人間があると言う話は聞いていたのだろうか?
少しづつ話し始める。
「血を吸われた野犬が、森の道にいたんです。
首筋に、2つの赤い点が‥‥あれは、牙の跡ですよ、きっと」
「そうですか、場所は‥‥」
早速、情報がやってきたと、ミンティアが促すと、男は指を差した。
「此処を真っ直ぐ行けば、森へ行きます。更に真っ直ぐ行った、道の真ん中です」
自分は行きたくないと言うように、簡潔に場所を伝えると、一行の誰かが口を挟む間も無く、後ずさりをするように、離れようとする。
引き止めるのも時間の無駄と、男がしたいようにさせると、その場で作戦会議を始める。
「とりあえず、現場を見るのが先ね」
「死体の程度は分からないが、新しいものなら、ある程度は相手の特定も出来るだろうからな」
ミンティアの言葉に御巫 雫(
ga8942)が、そう返し、皆が頷く。
「でも、全員でぞろぞろ行ってもあれですし、私、村の方の聞き込みに回りますね」
聖・綾乃(
ga7770)が、ん、っと考えた様に言うと、
「それじゃ、私も」
と、フィオナ・フレーバー(
gb0176)が、言う。
「情報は、多い方がいいし、とりあえず、二手に分かれた方が、効率も良いだろう。
トランシーバーもあるし、連絡を取り合えば、いいからね」
中岑 天下(
gb0369)が、纏めるように口を開けば、それが合図のように、それぞれの目的に向かって足を向けた。
「まず、何時頃から、どんな変化があったか、ですよねぇ」
「そうですね」
聖の言葉に、フィオナが頷く。
「後は‥‥館に住んでいたと言う科学者の事とかですよねぇ」
「そうですね。でも、噂に信憑性を持たせたと言う男の人の存在が気になりますね。
その人の言葉で、一気に、噂が膨れ上がって、依頼、と言う形にまでなった訳ですし」
「となると、その人と話したと言う、村人さんのお話が聞けるといいですね」
普段、何処にいるのかは分からないが、そう人口の多くない村のようであるから、話を聞きながら進んで行けば、そう難しくない確率で会えるだろう。
「お嬢さん達、この村は初めてかい?」
そう、声を掛けられ、聖もフィオナも、にっこりと返せば、村へ入った時に感じた視線とは異なる視線が二人を見ている。
どうやら、様々な種類の品物を扱う店の人間のようであるから、営業用と言うのもあるのだろう。
「ええ。最近、この村に広がってる噂の調査に」
「ああ、そういうのが来るって村長が言ってたなぁ」
「そういうのなんですけど。あっ、そこのトマトジュース下さい」
そう、フィオナが、何本かを纏めたトマトジュースを指差すと、営業用の表情が、更に柔らかくなる。
「毎度っ。 もしかして、本当に、吸血鬼なんて思ってるのかい?」
「ぃえ、後で、飲もうと思って。あなたは、吸血鬼とは信じて無いんですか?」
「そりゃ、この辺には、昔から、そんな話はあるけどなぁ。
年寄りの戯言だって、大人は知ってるからなぁ」
「じゃぁ、森の奥の館に住む科学者さんが、吸血鬼って、噂は?」
聖が問えば、笑い飛ばされる。
「昔、此処に買い物に来てたぜ。普通に昼間に。
元々、あんな場所に住んでるから、偏屈呼ばわりされてたけど、吸血鬼って噂が出たのは、今回の事件が出てからだし、半分は面白おかしくって感じだろう」
「そうなんですか?」
「マントも着けて無かったし、吸血鬼って感じじゃねぇな。ぼさぼさ頭で、白衣着てたぞ」
「今は‥‥?」
「何年か前に引っ越してったみたいで、と言っても挨拶があったわけじゃないんだが、買い物に来なくなったってだけで‥‥」
買い物をしたからか、聞けば知ってる範囲で答えてくれる。
更に、買い物客との仲介も買って出てくれた事もあって、歩き回らずとも情報を仕入れる事が出来た、村の探索組であった。
「と言う感じです」
聖からの連絡が入ったのは、そろそろ、夕刻になろうとした所であった。
尤も、村に着いたのが、昼を回った頃だったので、仕方が無いと言えば言えなくもない。
「そうか。こちらで見つけた死体は、血を吸われた形跡があった。二つの穴が開いていると言う傷だったが、そう言う牙の生き物はいるからな」
そう、お互いの情報を交換しつつ、会話を続けていると、中岑が、声を上げた。
「新しい死体。人の足跡も近くにある」
「だそうだ。そちらの聞き込みが終わったら、こちらに合流してくれ」
そう、お互いの状況情報を中継していたミンティアは、聖にそう告げ、通信を切ると、中岑の声の方へと足を向ける。
見れば、同じような傷跡の死体。
そして、今度は 先程もそれらしいものが無かった訳ではないが、道から外れた所にあるからか、他の足跡とは混ざっていないはっきりしたもの。
「この噛み跡。人らしい足跡。なんとなく、信憑性は出てきたか?」
そう、ミンティアが面白そうに言えば、
「でも、吸血鬼なんてものは、疫病が流行した時代に作り出された幻想だと言われている。
細菌が知られていなかった時代には、狂犬病やペストは得体の知れない魔物以外の何者でもなかったであろう。
吸血鬼に効くとされる、銀やニンニクには除菌、殺菌効果がある。
また、十字架が効果があるとされるのは、キリスト教が浸透し、『いかなる魔物も創造主、唯一にして絶対なる神の前には無力である』という思想、概念が追加された為だ」
と、御巫が、決め付けるのは危険とばかりに言う。
「そうなると、吸血鬼を模したキメラと言う方が現実的ではあるんだろうが‥‥」
「何事も、はっきりした結果が出るまでは、決め付けるのは良くないと言う事だろう。
この足跡は、館があると言う方向に向いている。
どちらにしても、そちらの調査も必要だろう」
御巫の言葉に、皆が頷き、足跡を追うように森の奥へと進んで行く。
まだ、明かりの類は必要無いが、鬱蒼とした木々のせいで、沈んでいく陽の光は開けた場所よりは届きにくい。
と、木々の向こうに、黒い影が横切った。
成人男子程度の身長で、細身。
何処にでもいそうではあるが、黒いマントのようなものが特徴的で、一行は、言葉にするまでもなく、後を追い始める。
「随分と暗いけど、まだ、出没するには、早いんじゃないのか?」
中岑が訝しげに言葉を吐けば、
「いや、太陽に弱いというのは、吸血鬼の映画で『演出』として追加されたもので、根拠も由来も特に無い。
先程の話同様、夢の無い話ではあるが」
と、御巫が返せば、中岑は納得した表情を見せる。
「なら、この時間でも、吸血鬼じゃないとは言い切れない訳だな」
キメラなら対処のしようもあるが、化け物とされる吸血鬼では、御巫の言葉が幻想と言う部分のみを除いたなら、何が効いて何が効かないか、と言うのも、人が都合よく作り上げた幻想で、はっきりとした対処法は無いと言っても良いだろう。
それでも、仕事を放り出すような人間はいない。
それ程の距離でも無かった筈だが、夕闇に染まり始めた森での追跡は難しく、人影は一行の視界から消えてしまった。
「蝙蝠になって飛んでったとか?」
「まさか」
明かりを点け、辺りを照らせば、それ程離れていない場所に館が見えた。
こんな時間であるにも関わらず、明かりが点いていないのは、人が住んでいないと言う事なのだろうが、だからこそ、此処に逃げ込んだと考えられる。
そして、恐らく、位置的には、かつて、科学者が住んでいた館と言うのも此処であろう。
探索しない訳にはいかないと、一行は、慎重に慎重を重ね、館の周囲から探索を始めた。
「人の気配、無いわね」
「出入り口にも、長い間、人が通った痕跡は無かったしな」
それ程広くは無いものの、隠し部屋の類も含めての探索となれば、手分けをしても、それなりの時間が掛かる。
すっかりと、辺りは闇に染まり、手持ちの明かりだけでは心許無いと、玄関ホールの蜀台に残る蝋燭に火を点そうかとしていた所、
「すいませ〜ん」
そんな声に、一同は、声のする玄関へと視線と殺気を向ける。
「‥‥聖と、フィオナ‥‥」
「驚かせちゃいましたか?」
「すいません。これ、差し入れの明かりです」
それぞれが受け取り、辺りを照らせば、先程よりは明るくなる。
しかし、全体を照らすにはまだまだ乏しく、周りを確認するには、あちらこちらへ、明かりを向ける必要がある。
御巫が、ふと、向けた明かりの先には、
「蝙蝠?」
そう呼ぶには、大きかった。
人の身丈は流石に無いが、羽を広げれば、それなりの大きさで、赤い目が光り、大きく開いた口からは牙が見える。
「吸血蝙蝠をベースにした、キメラか?」
「やはり、‥‥キメラでしたか‥‥がっかりです。
でも‥‥キメラなら、怖くはありませんね。
無に還りなさい。ココにはアナタ達の居場所はありません」
聖の口調が変わり、静かなる、宣戦布告の言葉と共に覚醒し、一撃を加える。
それに倣うように、御巫も、中岑も、覚醒と共に一撃を加えるも、相手は、飛ぶと言うには空間の制約があるものの、浮遊しているせいか、攻撃の的として定まらず、致命傷まではいかなかった。
逃げるように背を向けた蝙蝠型のキメラに止めを刺そうとした所を、ミンティアが止めた。
「ちょっと待って。今回の情報だと他にも裏で操ってる人間がいそうだし、逃がして後を追いましょう」
その言葉に、一旦、武器を下ろせば、キメラは、館の奥へと向かう通路を飛びながら逃げていく。
と、先程見た時は行き止まりだった場所から、地下へ降りる階段があり、そこを下りていく。
それを追いながら、敵の罠を警戒しながらも、階段を降りて行くと、明かりの灯った場所が開け、想像はしていたものの、古びた館とは全く異なる実験室があった。
それぞれが武器を構え、逃げ場を失った蝙蝠型のキメラに止めを刺す。
そして、傍に蠢く生き物にもその攻撃の手を向けようとすると、
「待ってくれ。私は人間だ」
両手を挙げ、情けない顔をしたのは、人間であった。
「あ〜〜〜、あれ、この館に住んでたって、科学者ですよ」
ほら、と、フィオナが、村での聞き込みの際に村人に書いて貰った似顔絵を取り出すと、見比べるように、横に並べる。
「って事は、当初の予想を裏切らず、此処に住んでた科学者が、キメラを作って、吸血鬼騒動を起こしてたって事ね。全く、人騒がせな」
「でも、大事にならないうちに、なんとかなって良かったんじゃないか? 大勢の人が襲われた訳じゃないし」
ミンティアが呆れたように言えば、御巫が淡々と答え、反論するように科学者らしき男が声を上げる。
「私は、人を襲いたい訳じゃない。私は、吸血鬼が作りたかったんだ」
「はっ? バグアの手先の癖に?」
「バグアの研究は、科学者として魅力だった。しかし、キメラは、あくまでも生物兵器で、その行動は美しくない。
私は、人を超える能力を持った生き物が作りたかったんだ」
「キメラには、知性とかないのに?」
「だから、その研究をしたかったのだ。しかし、バグア側では、それは許されず‥‥」
「と言っても、一般社会でも許される事ではないわね。とりあえず、此処にある、研究途中のキメラは一切処分して、本部には、この人と、そこにあるノートパソコンでも提出すればいいでしょう」
ミンティアが科学者の言葉を切って捨てた。
「了解」
「ああ、私の、子供達が‥‥‥‥」
数は多かったものの、生成途中と言う事もあって、脅威にもならず、珍しい程のあっさりとしたキメラ退治であった。
そして、泣き崩れる科学者を他所に、あっと言う間に、キメラの排除は完了した。
「お疲れ様。撤収しましょう。けど、喉渇いたわね」
「私、トマトジュース持ってますっ」
そう言って、フィオナが、持ち物の中にしまってあったトマトジュースを取り出すと、別の似顔絵がひらりと落ちる。
床に落ちたそれを見た科学者が、
「この男はっ」
「知ってるの?」
「誰?」
「噂に信憑性を持たせたって言う例の紳士です」
思いもかけない謎の男の正体が明らかになり、一同は、科学者の言葉に耳を傾ける。
「この男は、バグアで、一緒に研究をしていた男だ‥‥」
「なるほどね」
「あなた、バグアから逃げたんでしょう? きっと、この男に、こちら側に売られたのよ。全く、厭らしい事をしてくれる」
「でも、バグアを裏切ったなら殺されただろう。なら、同僚としての温情かもしれないぞ。
私達なら、大人しく投降すれば、殺すまではしないからな」
「そう言う話もあるな」
同情交じりの視線で、科学者を見て、それぞれがトマトジュースで喉を潤す。
吸血鬼の館と言われた場所で、偽吸血鬼を捕獲して、偽の血と言われるトマトジュースを飲むのは、ある意味悪趣味かもしれないと思ったかどうかは定かでは無いが、それぞれが何かを思っていると、
「私のノートパソコンがっ」
その言葉に、置いてあった筈の場所を見れば、何時の間にか、無くなっている。
そして、気づけば、一同が降りてきた階段とは別の方向から、外の風が吹き込んでくる。
「別の入口が?」
「ああ、あちらに、古い枯井戸があって、そこから、私は出入りしている」
なるほど、館の扉に出入りした後が無かったのは、そう言う事だったのだろう。
御巫と中岑が飛び出して行くが、時既に遅く、それらしい気配を見つける事は出来なかった。
それでも、元々の依頼内容は、吸血鬼の噂の真偽を確かめる事であり、科学者を連れて帰れば、研究の詳細を知る事は出来るだろうから、問題は無いだろうが、森で見た、マントの人影も、この科学者かもしれないと思われたが、ひょっとしたら、この館へ誘導する為のバグア側の研究者の仕業だったとしたら、バグア側に良い様に使われた感が残らないでも無い。
そして、一行は、館を後にした。