タイトル:九龍マジン学園マスター:冬斗

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2008/05/12 08:54

●オープニング本文


 九龍国際学校。
 香港特別行政区、九龍半島に位置する教育施設である。

 主にバグアによって居住区を追われた人民で構成された施設である同校は、『国際』の名に違わず多国籍の生徒、教師を内包。
 校風も比較的自由で宗教、思想等の統一もない。
 年齢も幅広く、初等部から大学部までの生徒を在籍させており、生徒総数約5万人のマンモス校。
 九龍学園。
 その異様性を評され、この学校はそういった呼称をされている。


「キメラが逃げ込んだ、ですって?」
 今回の依頼はその九龍学園からのキメラ退治。
「先月頭の五大湖戦、その時のキメラの掃討依頼があったんだがな、
 その時のキメラが数体その学校に逃げ込んだ可能性がある、と」
「それを退治ですか。了解しました。
 ――けれど」
 ULTの事務員が疑問を口にする。
「――何故、学生・教師に扮しての潜入なのですか?
 キメラがいるのなら学校を閉鎖して、傭兵達だけで掃討すべきでは?」
「それだとキメラが入ってきたことを公にしなけりゃならないだろ?
 言いたくないんだと。キメラの事を」
 九龍学園は地元民の教育機関ではない。
 移住学生達の受け入れ先というのが正しい。
 人数が人数ということもあり、莫大な金が理事会で動く。
 要は、
「評判を落としたくないわけですか。
 何を呑気な――と、思っているのは向こうも同じなのでしょうね」
 生徒には知らせるな。
 無論、犠牲者も出すな。
 内密に、且つ完璧に仕事をしろ。
 そういう依頼だ。
「学校なら見知らぬ人間は入りづらいんじゃ?」
「その点は問題ない。
 生徒総数約5万人。職員数約7千人らしいからな。IDさえあれば立ち入り可能だ。皆、知人の顔くらいしか知らんらしいよ」
「任務期間が一週間っていうのは? 開校してる学校のキメラを倒すのにそんなにかけてちゃまずいでしょ?」
「ああ、勿論キメラ退治は迅速に。一日以内で終わらせるのが望ましい。
 残りは保険だ。キメラの残存が間違いなくない事を確認して報告」

「――なんか、都合のいいニオイがしますね」
「言うな、我々は依頼を遂行するのみだ」

●参加者一覧

緋霧 絢(ga3668
19歳・♀・SN
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
竜王 まり絵(ga5231
21歳・♀・EL
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP

●リプレイ本文

●月下の戦い
 リオン=ヴァルツァー(ga8388)の背後から羽根を羽ばたかせたキメラが近付いてくる。
 子犬ほどの大きさのそれは羽ばたきの音も無音に近く、色は夜闇に溶け込んでいる。
 キメラアント。
 断っておくが他の生物の形状が混ざっていたりはしていない。
 閑話休題。
 真後ろにまで近づけば流石に僅かな羽音に反応されるかもしれないが、このキメラアントには羽根ともう一つの特徴がある。
 中距離からの酸発射。
 その毒液をリオンに向けんとしたその時――、

「―――!!」
 銀色の煌きが蟻を鋭く抉る。

「ゲットキメラ‥‥か」
 夜闇に混じっていたのは蟻だけではない。
 ツァディ・クラモト(ga6649)は返す刃で蟻にとどめの一撃を与えようと――、
 した時、
 蟻の酸がツァディを襲う。
「――チッ!!」
 攻撃には転じずに逃げを打った事は本能からくる正しい判断と言えよう。
 虫が恐怖を感じるのかはわからないが。
 ただ、
 それは既に手遅れだったというだけの話。
 校舎の角を曲がった蟻を待ち受けていたのは金髪の不良風男子高校生。
 植松・カルマ(ga8288)。
 竹刀袋から引き抜いたのは両刃の真剣。
 それを構えると、全身にエネルギーの紋様を走らせ、
「行くぜェッ!」

●フラジル?
 空閑 ハバキ(ga5172)はとてもはしゃいでいた。
「なっちゃん、制服おかしくない?」
「大丈夫、似合ってますよ」
 LAのスラム出身のハバキには学校に通った経験すらない。
 友人のなつきのサポートを受け、高校生に扮する。
(「ホントは制服はなくてもいいみたいだけれど‥‥」)
 雑多な人種の集まる九龍学園に制服というのは実質存在しない。
 形式的にはあるのだが、義務ではなく、着ている生徒は4割弱といったところか。
 まあ、それでも、
(「本人は喜んでるみたいだし――」)
「いってらっしゃい、くーちゃん」
 こうして、
 空閑ハバキ初めての学園生活がスタートした。


「緋霧絢です。都合により僅か一週間の在学となりますが、よろしくお願いいたします」
『転入生』の緋霧 絢(ga3668)が講堂で挨拶。
(「はあ‥‥余計に目立ってますわね‥‥」)
 竜王 まり絵(ga5231)は物陰からツッコミを入れる。
 当然、気付いている者はいないわけだが。
 生徒総数の多いこの学校では在校生でも知らない顔など珍しくはない。
 黙って在校生を演じるのが一番気付かれにくい方法なのだが。
「アイドルですか? ‥‥よく似ていると言われますね」
(「徹底的に目立っているようですわ‥‥」)
 アイドルなどよっぽどの時の人でもない限りは居ても認識されない事も多い。
 しかし、稀に目敏い者もいるようで。
(「まあ、といっても転入生も珍しくはないらしいけれど‥‥」)
 この学園はいうなればバグア被災者の疎開先のようなもの。
 よって、様々な不合理を呑み込むような制度と空気が出来ている。
 相当な事をしなければ目立ち過ぎという事ももないだろう。

「‥‥山田信人だ。宜しく頼む」
(「こらっっ!!」)
 苗字だけ何故か偽名の転入生、夜十字・信人(ga8235)。
 22歳、中卒の為、高校一年生。
 隠すところと隠さないところのセレクトを明らかに間違えている信人。

(「――全く、潜入捜査だというのに、みなさんふざけすぎですわ」)
 好き勝手な学園生活を楽しむ仲間達に頭を抱えてみせるまり絵。
「あ、いけない! もうこんな時間。
 授業急がなきゃ、――失礼致しますわ、綾野先生」
 慌ただしく、教育実習生のまり絵は初等部の校舎に向かっていく。
 大学部、人文学科の学生にして、初等部の仏語の教育実習生。それがまり絵の肩書きだった。
 学園の内情的にありえない事ではないのだが、目立ちにくいかと言われると――。
(「午前は小学生と、午後からは女子大生のみなさんと情報交換。効率的な潜入捜査ですわ!
  ――断じて遊んでいる訳じゃありませんのよ?」)

「そもそも、教師役だって無理に授業に参加する必要もないのですが――」
 まあ、そこはいいっこなしなのだろう。
 綾野 断真(ga6621)とて、この依頼に全く遊び心がないかといえばそうでもない。

●マジン学園
「はじめまして。中等部に赴任した綾乃です」
 結局は断真も新任教師として挨拶を交わす。
 目立たないだけなら新入りを名乗る必要はないのだが、そうなると知り合い以外に話しかける事が不自然となる。
 情報を集めるのなら転入生や新任教師の方がやりやすいという訳だ。

「――とりあえずはキメラらしき噂は聞かないようです。
 まあ、当たり前といえば当たり前なのですが」
 キメラが紛れ込んだとされるのが土曜の夜。
 日曜は完全休校。
 とはいえ、完全に誰もいないわけではなく、場合によっては少し離れた学生寮に現れる可能性もゼロではなかった事からまずまずの結果といえるだろう。
 午前中の人のいない休憩所。
 そこで情報を交換する断真と――、
「――となると、やはり人気のないところに潜伏している可能性が高く、
 いくつかリストアップしておきましたので、昼間の内に調べられそうなところは調べて――って、ナニをしているのですか、クラモトさん」
「へ? いや、その、‥‥アイテム収集」
 ツァディのカバンの中には黒板消しやチョークなどの学校の備品。
 ガラクタではあるものの立派な横領である。
「‥‥そのやきそばパンは?」
「落ちてました」
『食堂に』とかぶりつくツァディ。
 よいこは真似しないように。約束だ。
「そういえばタツマさん」
「‥‥なんですか?」
 わざわざカタカナで。
「主人公なのに教師って珍しいね」
「誰が主人公ですかっ!」
「『友』」

●おやくそくの第一話?
 校舎裏を徘徊する山田――もとい信人。
 そうしてこういう場所に生息しているのは必然か、髪を染めた不良学生達。
 まあ、信人もそれに負けず派手な頭髪ではあるのだが。
 だからこそ彼らの目にはそれが不愉快に映る。
 おまけに無口な美形ともなれば男の反感を買わない訳がない。咥えパイポが拍車をかける。
(「‥‥こいつらに聞くのもいいか」)
 不良達に目を付けた信人は、彼らとより良く交渉する為の一手を打つ。
 即ち、

「――フッ」

『テッ、テメエェェッ!!』
 効果は抜群。
 スカした男が大嫌いな彼らと、信人は肉体言語で話し合う。

●美女と野獣
 傭兵部隊の不良メンバーその2、植松カルマは肉体会話を拒絶。
『カンベンしてくださいよぉ! 憧れのコーコー生活でなんでヤロウに聞き込み‥‥
 信人サン、任せたッス!!』
 しゅたっと信人に役目を押し付け、
『いや、ホラ、俺は俺の出来る事をやろーってね』
 その『出来る事』というのが――、

「何かミステリーの現場になりそうなあんま人が近寄らなさそうな場所とか知らねえ?
 いや、俺ミステリー好きでよ、ビビッ! と来たらベストセラー書いちゃうかも知れねーし!」
「えー、ベストセラーってー?
 植松クン何か書いてんの?」
 緩んだ表情で女生徒と会話するカルマ。
 任務の緊張感からは程遠い。
 いや、勿論、情報収集をするならばそれは隠さなければいけないものなのだが、
(「‥‥楽しみまくってるようですね」)
 後ろで溜息をついている絢。
 実はカルマは朝方同じアプローチで既に失敗していた。
 野性味溢れ過ぎるカルマの外見は怯える女子も多いようで、
『絢ちゃん、ヒマッスか?
 よければ一緒に調査付き合って欲しいんスけど』
 間に同性がいるなら警戒心も和らぐもの。
 後は自慢の話術が活きてくるようで。
(「――まあ、確かに私はこういうのは苦手ですから」)
 女子高生が自分しかいない現在、案外有効な捜査方法ではないかという気がしてきた。
「マジスか!?
 なら今から詳しく教えてくれません?
 そうだ、学食でラーメンでも。俺みんなにオゴっちゃうッスよぉ!!」
「‥‥‥‥」
(「それに‥‥植松さんを監視するという意味でも適任なのかもしれません‥‥」)
 下心暴走気味のケモノを前に妙な使命感に目覚める絢だった。

●学食にて
 昼休み。
 何故か学園中央に展開されている食堂には様々な学生達で賑わっている。
 その一角。
「玄米のベジタブルカレーの肉抜き、特盛りで頼む‥‥なに、無い?」
 それでもカレーを頼む信人。リオンの分と二人前。
「学校の‥‥カレー‥‥おいしそう‥‥」
「うむ、玄米カレーがなかったのは残念だったがな」
 それからベジタブルカレーに肉はないと言われましたとか。
「皆、カレー好きだね‥‥?」
 匂いにつられるハバキ。
「ん? 食うのか、ハバキ?
 奢ろう。――おい」
 カウンターに駆け足で向かうのは信人と肉体言語でわかり合った不良達。
 彼らのものは信人のもの。信人のものは信人のもの。
 よいこは真似しないように。約束だ。

「俺も色々調べたよー。結論としてはまだキメラは見つかってないっぽいね『友』」
 ハバキの調査はカルマのそれと同じくお喋り中心。
 尤も、カルマよりは幾分下心の薄いものではあるようだが。
「俺、女の子達とラーメン食う予定だったんスけど‥‥『悲』」
「みんなと打ち合わせが出来なくなるじゃないですか『寒』」
 女生徒達は絢が丁重にお別れしたようだ。
「それと校風はかなり緩やかなようですね。
 持ち物検査とかは基本的に心配ないようです『喜』」
「それは良かった。アイテムを没収されるのは勘弁だったから『喜』」
「いや、ちゃんと返しておきましょう『憂』」
 ツァディを窘める断真。
「真面目ですね、流石タツマさん、主人公『燃』」
「だからなんの話ですか『憂』」
「あの‥‥」
 真面目なリオン。
「語尾‥‥何‥‥? さっきから‥‥」
 いいぞ、誰か突っ込んでくれるのを待っていた。
「コミュニケーションに必要な感情表現ですわよ『友』」
 カレーとラーメンを啜りながらおかずにやきそばパンを頬張るまり絵。
「堪りませんわ。日替定食を全種制覇したい〜!『愛』」
 ‥‥太るよ?


 ――そうして、
 月曜の夜にキメラ討伐作戦は実行された。
 初めに見つけたのはリオン。
『校舎離れの‥‥森で‥‥見かけた‥‥』
 一番真面目にキメラを探していたかもしれない彼。
 特殊能力まで使用しての眼力で、昼過ぎにはキメラの残影を捉えていた。
『今は‥‥大人しくしてる‥‥みたい‥‥
 多分‥‥夜の方が‥‥安全‥‥』
 この場合、『安全』とは『一般生徒達に』という意味だ。
 鳥など一部の例外を除いて、人間は暗闇で獣には勝てないように出来ている。
 だが、それでも退く訳にはいかない。
「憧れの学校だもん。――守りたいよねっ!」
 ハバキの言葉に一同頷く。


 闇に目を凝らし、リオンが昼間のキメラアントを探す。
 絶望的に困難なのはわかっているけれど、
 それなら向こうを誘き寄せるまでだ。
 真夜中に単独でうろついている獲物にまで躊躇する程キメラ達は臆病ではない。
 リオンの背後から迫るキメラアント。
 そこを狙い、
「‥‥GO、GO、GO」
 自らに、囁くように、ツァディが――。

●幕引き
 携帯片手に連絡を取る断真。
「綾野です。ええ、今クラモトさんと植松さんが抑えています。
 私は周囲の警戒をしていますから彼等の援護を――」

「了解です」

 声は真横から、肉声で。
 闇を疾走する絢は、すれ違いざまにスカートを翻し、
 流れるような動作で抜き放ったアーミーナイフを、次の瞬間には黒いキメラに――!

「ナイスだぜ、絢ちゃん!!」
 深く刺さったナイフに喝采を送るカルマ。
 ――勝利を確信した束の間、断末魔のあがきか、絢に向けて最後の酸攻撃を――。
「―――!!」
「緋霧さん!!」
「絢さん!!」
「絢ちゃん!!」

「‥‥‥ッ!!」

 絢がまともに酸を被るかという瞬間、
 もう一人の仲間が身体を張った障壁で攻撃を受け止めていた。
「‥‥リオン君‥‥!!」
 左手で酸を受け、右手にナイフを構え、
「残念だけど、もう終わり‥‥。
 かくれんぼも、鬼ごっこも――!」

●いざさらば
 初等部校舎の中庭。
 寂しく置かれた兎小屋に三人の学生がたむろしている。
「なっちゃん、兎、好きなんだね『友』」
「この子達が無事でよかったです『喜』」
 リオンは兎に餌をやり、
「僕達いなくなっても‥‥大丈夫かな‥‥『憂』」
 餌もあげられているし、水も換えられている。
 彼等がいなくなっても兎達が困る事はないだろう。
 だからこれは彼等の感傷。
「また‥‥来れるかな‥‥」
「きっと来れるよ」
 根拠はなかったけれど、
 気持ちはハバキも同じだったから。
「それまでは――そうだ。ウチの兎と遊んでやってよ!」

「昨夜、校舎で不思議な黒い影を見たっていう話、知ってます?」
 大学部の女生徒達と噂話に花を咲かせるまり絵。
 というか噂を広めてどうする。
(「確認作業ですわ。キメラの目撃者がいないかどうか」)
「なんでも夜な夜な徘徊しては校舎に残っている生徒を丸齧りにしてしまうとか――」
 尾ひれまでつけて。
(「夜遊びしない為の忠告ですわよ。一週間は安全確認が必要ですからね」)
 どうみても怪談を楽しんでいるまり絵だった。

 ――そして、
「高等部1年の山田だ。良ければ、見学させて頂きたい」
 山田信人が叩いた門は園芸部。
 たった一週間でなにをしようというのか。
 キメラ退治とは全く関係のない園芸部での交流が山田信人に何をもたらしたか。
 ただ、転入初日で不良グループの一角を配下に置いた凶悪転入生が園芸部に馴染むのはなかなか骨が折れたようで。
 それはまた、別の話。