タイトル:【DoL】少年の行方マスター:冬斗

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/16 01:54

●オープニング本文


 ミルウォーキー戦線。
 UPC正規軍デトロイト航空部隊が奮戦するも状況は芳しいとは言えなかった。
 戦局を打開せんと援軍を要請するも、戦場はここだけではなく。
 割ける予算も人員も限られてくる。

 ULTに来た依頼は戦局の厳しさを現す無茶な依頼。
 ミルウォーキーへの援軍・補給。
 補給といっても最前線、戦闘が起こらないわけもなく、また、戦力を要請していないわけでもない。
 物資を届け、且つ、正規軍の援護を頼みたいと。
 問題なのはその内容。
 KVは支給不可。
 この依頼でミルウォーキーに回せるKVの都合はつかないとの事。
 歩兵部隊で最前線に向かい、キメラ、場合によってはワームとの戦闘。
 中には逃げ遅れた一般人もいるかもしれない。
 KVではカバーしきれず、軍の歩兵部隊では困難な作戦はいくらでもある。
 いずれにせよそこが『死地』である事には違いない。


「以前のように無茶はしなくなりました」
 UPC受付嬢シェリー・バーレイの言葉は、だが、どこか沈痛だ。
「笑顔は相変わらず見せてはくれません。
 いえ、それはいいんです。無事ならそれで。
 ですが、なんというか‥‥上手くは言えないんですが‥‥前以上に危なっかしいというか‥‥見ていて怖いというか‥‥」
 軍医によるカウンセリング。
 診察の対象は彼女ではない。
 本来ならば患者自身が診察を受けるべきではあるのだが、そもそも彼女はその少年の了解を得ずにカウンセリングを受けている。
「まあ、言わんとしている事はわからんでもないよ」
 と、軍医。

 戦いに携わる軍医が怪我人を看るのは当たり前の事だが、それとは別に不可欠な者がいる。
 心理カウンセラー。
 常にその身を命の危険に晒している軍人・傭兵達の中には心のバランスを誤る者も少なからず存在する。
 その為、UPC内では心理カウンセラーも専属で雇われており、その仕事が事欠く日はない。

「たとえば目の前にキメラがいたとする。
 戦闘態勢に入ってないなら逃げるのもいいだろう。
 だが、相手が既にその状態にあった時、たとえ戦って勝てなかったとしても迂闊に背を見せるのは即、死に繋がる。
 銃弾の飛び交う戦場に立った時、
 弾を喰らわない為に飛びのけば逆に恰好の標的だ。
 どうするべきか。
 答えは両方とも前に出る事だ。
 キメラに斬りかかれば逃げる隙も生まれる。
 相手の懐に飛び込めば敵は同士討ちを避ける為、銃は撃たない」
「つまり、臆病さは時には危険だと?」
 確かに、少年は以前と比べ怪我が格段に減った。
 無茶をしなくなった。
 だが、それでもシェリーは少年につきまとう死のイメージが拭えなかった。
 むしろ以前より危ないと感じるようになった。
「戦場に出る者は一度死を覚悟するという精神論があるらしい。
 日本では『死中に活』とかいうのがあるが、戦場において下手に生を意識する事はかえって危険な時もあるという事だ」
 つまり、命を意識した少年は怪我が減りはしたが、いつころっと死んでしまったとしても不思議ではない状態であると。

「――以前、他の傭兵さん達にお願いした事があるんです。
 あの子を守ってくれって。
 それからです。あの子が無茶をしなくなったのは」
 依頼から戻ってきた傭兵達は現場で生き残っていた兄妹を連れていた。
 少年と傭兵達が守ったのだ。
 やはりあの子は心の優しい子だった。
 安心していた。
「余計な御世話だったんでしょうか。私が間違っていた――?」
「いや――」
 軍医はそうではないと、
「なんであれ、彼は変化した。
 変化があるという事は治りたいと本人が思っているという事だ。
 彼は心の病にかかっているのだろう。
 自らの命と周囲の命に対する」
 彼女の、そして傭兵の行動には間違いはない。
 ただ、時間を要するだけだ。
「死にたいと思っているのは生きたいと思っているという事だ」
 それは確かあの時の傭兵の一人が言っていた言葉に似ている。
「彼は『死ななければ生きていく資格がない』と思っていたのだろう」
 なんという矛盾だろう。
 つまりは贖罪。
 『生きる事を許されたいから死んで詫びたい』という哀れな逃避。
「だが彼を守る者が現れた。
 大事にされて気付いてしまった。
 『死にたくない』という本音に」
 おそらくは彼はもう死に急ぐ事はないだろうと軍医は言う。
 一度気付けば逃げる事は出来ない。
 そもそも自分を誤魔化せないからこそ彼は追い詰められているのだ。
 けれど、死ぬ事も出来ず、生きる事も選べずにいる戦士が戦場に出る事は危険極まりない。
「いや、それは必要な状態だ。
 戦場での疑念は死を招くが、生きていく上での迷いは痛みと等しく必要なものだ」
「彼、また依頼を受けるようです。
 それもかなり危険な」
「戦場の迷いは戦場でしか消せない。
 戦場を去るのならそれでもいいが、おそらく彼が本当に救われるためには戦う事は不可欠だろう」
 バグアに両親と妹を奪われた少年。
 彼が前を向けるようになる為に。
「どうしたらいいでしょうか?」
「だから君のやった事は間違っていないと言ってる。
 また傭兵達に頼んでみるといい。
 君が彼らや私に出来ない事をやるように、
 彼らも君の及ばないところをやってくれるだろう」


 ラスト・ホープの兵舎で眠れぬ夜を過ごす少年。
「‥‥ミコト、オレ、どうしたらいい‥‥?」
 聡明な少年は既に己の逃避に気付いている。
「わかってるんだ。キメラを倒してもお前は戻ってこない。
 キメラに襲われているヤツらを助けてもお前が助かるワケじゃない」
 囚われているのは後悔。
「もう戻れない‥‥。
 オレはお前を守る腕(カイナ)なのに‥‥親父に言われたのに‥‥
 命(ミコト)の無い腕(カイナ)はどうしたらいいんだ‥‥?」
 応える者はおらず、
 明日、戦いが始まる。

●参加者一覧

伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
愛紗・ブランネル(ga1001
13歳・♀・GP
鷹司 小雛(ga1008
18歳・♀・AA
篠崎 公司(ga2413
36歳・♂・JG
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
黒羽・勇斗(ga4812
27歳・♂・BM
藤宮紅緒(ga5157
21歳・♀・EL
絢文 桜子(ga6137
18歳・♀・ST

●リプレイ本文

●少年の黄昏
「はぁ‥‥。せめて風呂入るくらいの暇は欲しかったな。
 出撃から帰ったばっかりだってのに、全く‥‥」
 伊佐美 希明(ga0214)は五大湖解放戦活躍中。
 シカゴから帰ってきた途端ミルウォーキーに向かう事になり、
「早く終わらせて、こう、キンキンに冷えたビールをきゅっと!」
 『きゅっと』‥‥なんだろう。
 お酒は20歳になってから。
 死地に赴くとは思えない明朗快活さ。
 いや、死地に赴くからこそ、
 前を向けない者はいずれ死に呑まれて――。
 そんな前を向けない少年がここに一人。
「カイナお兄ちゃん今回はよろしくねっ」
 こちらも無邪気に声をかける愛紗・ブランネル(ga1001)。同じくシカゴ帰り。
 少年を気遣っての態度か、はたまた天然か。
 少年――霧条 カイナ(gz0045)はもう何度も繰り返した言葉を再び口にした。
「――お前、マジでついてくるワケ?」
 それは正確ではない。
 愛紗は依頼を受けた仲間の一人。
 共に戦うという言い方が正しい。
 カイナは愛紗を仲間として見る事が出来なかった。
 愛紗だけではない、カイナは女性や年下の人間が戦闘に参加する事に激しい抵抗を覚える。
 妹を亡くしたトラウマだろう。
 その為、仲間とトラブルを起こす事も多い。
 そんなカイナを、
「カイナ、お前こっちな」
 気軽にトレーラーに乗せる蓮沼千影(ga4090)。
「ちょっ、勝手に――」
「イイじゃねぇか、どうせ女のコ苦手なんだろ? カイナ君は」
 物資運搬用のトレーラーは二台。
 一台を運転するのは絢文 桜子(ga6137)で、もう一台が千影だった。
「――――」
 露骨にからかわれて真っ赤になるカイナ。
 ある意味わかりやすい。
 勿論千影のそれは方便で、男女比は3:5。必ずどちらかに女性が同伴する。
 というかそもそもカイナは女性恐怖症とかなわけではないのだからそこまで気を遣う必要自体ない。
「助手席座らね? ドライブだ」
 馴れ馴れしい態度でカイナを振り回す千影。

 座席後部が広げられている造りの為、車内に4人全員が陣取れる。
 それが逆にカイナにとっては居心地が悪そうで。
「あ、あの‥‥」
 おずおずと話しかけてくるのは藤宮紅緒(ga5157)。
「ど、どうぞ宜しくお願いします‥‥! 頑張りましょう‥‥!」
 高い身長とツリ目がかえって気弱さを強調している。
「‥‥大丈夫かよ。怖いなら帰った方がいいぜ?」
「だ、大丈夫ですよっ!」
 とても大丈夫そうには見えない。
「同じ傭兵を心配し過ぎるのはかえって失礼に値するというものですわよ、霧条様」
 鷹司 小雛(ga1008)の言う事も尤もだ。
「戦いに臨む以上、皆覚悟は出来ています。
 貴方だってそうでしょう?」
「――わかったよ‥‥!」
 そっぽを向くカイナ。
 図星を突かれたからではない。
 小雛の服装が‥‥その‥‥なんというか‥‥、
「堪らんねえ、カイナ君?」
「なっ――!?」
 バックミラーをいじりながらの千影の不意打ち。
(「ホンット、わかりやすいヤツ‥‥」)
 からかっていて飽きない。
「あのな――!」
「――なぁ、カイナ」
 からかうのをやめ、窓から景色を見る千影。
 人のいない、
 建物だけの廃墟――。

「今はこんな荒れた町だけど‥‥
 俺らが頑張れば、ここに人々が、笑顔が戻るんだぜ」

「‥‥‥」
 それはわかっている。
 わかっているけど――、

 ――それは、オレでなくても出来るんじゃないのか。

●眩しいまでの無邪気さで
 千影、桜子両名のルート選びのお蔭もあり、無事運搬を終える。
 拠点に着いた一行は、依頼されたもう一つの事項、市街地の探索に。
「改めて班を編成した方がいいでしょう。
 この先は本格的に二手に分かれますから」
 無線機のテストをしながら篠崎 公司(ga2413)が提案。
 戦力の分散は危険かもしれない。
 だが探索という性質上、固まっていては効率が悪いし、敵にも発見されやすい。
 結局、
 千影、希明、小雛、愛紗
 篠崎、紅緒、桜子、カイナ
 スナイパーを二つに分けた編成で行動する事に。
(「それに――霧条さんが負傷をした場合、絢文さんはいた方がいいでしょう」)
 口にこそ出しはしないが。
 受付嬢シェリーの話によれば以前は負傷が激しく、いつ死んでもおかしくなかったという。
「さあ、行きましょう」
 無線機は千影、篠崎がそれぞれ持つ事に。
「年功序列という事で」
 そう言われて特に反論もない。
 桜子に持たせておきたかったが、彼女には回復役に専念してもらう事にした。

「これから向かうところは戦場だけど、わくわくするのはなんでだろ」
 ぬいぐるみを抱えたまま、愛紗が微笑む。
「お、おい!!」
 悲痛ともいえる声で呼び止めるカイナに、
「大丈夫だよ」
 戦場には不釣り合いな程の笑顔で、
「愛紗は死なない、お兄ちゃんもでしょ?」

 ――お兄ちゃん――

 胸の奥がズキリと痛む。
 似てないのに、
 年だって違うのに、
 なんで――。

●A班、戦闘開始!
「こちら伊佐美、どーぞっ!」
 無線を使用しているのは希明。
 ファイターはいざという時に動けた方がいいという理由から。
「こちら篠崎、こちらも問題ありません」
 篠崎にも異論はない。
 元々桜子にカイナを任せる為の方便だ。
「ちぇー、煙草吸えないのがツラいぜ」
 軽口を叩く千影。
 隠密行動中なので煙は出せない。
「私もー。お酒飲めないのがキツいねえ」
 それはどの任務でも良くない。
「誰もいないねー」
 ぬいぐるみのはっちーに話しかけてる愛紗。
「バグアの支配地ですからね。
 人間はみな移動されたか、保護を受けたか、
 もしくは――」
 胆の座った小雛でも流石に幼子にその先を言うのは憚られる。
「静かに――!!」
 希明が一同を制する。
 双眼鏡で覗く先には砂煙。
 遠くからは地の響く音。
 キメラ同士の戦闘――は考えづらい。
 奴らは人間相手にのみその獣性を発揮する。
 ならば――、
「ちっ‥‥当たりくじ引いちまったか」
 覚醒した希明の左顔が変容する。
 ここからは流石に弓は届かない。
 もっと近づかなければ。
「公司! 人がいた!
 救助に行くんでよろしくッ!!」
「――きちまった、か」
 千影達が後に続く。

●死地へ赴く勇気
「もしもし?
 ――ちッ!!」
「篠崎さん!?」
 紅緒達に、
「人を見つけたようです。
 こちらも援護に向かいます」

 どくんと

 少年の心音が跳ね上がった。

「いきましょう、篠崎様、カイナ様――」
 振り返った桜子は言葉を失う。
 そこには――。

「マジ‥‥かよ‥‥!」
 目の前に現れた剣歯虎のキメラ。
 カイナが剣を抜き放つよりも速く、
「――グギャアアァッ!!」
 篠崎の矢が肩口を貫いた。
「こっちです!」
 篠崎が三人に退却を促す。
 開けた路地は俊敏な獣相手には不利だ。
 狭い所に誘い込み、

 放つ。

「ガアァァッ!!」
 効いている。
 効いてはいるが、
「霧条さん」
 篠崎は唯一の前衛役に振り返り、
「アレの足止めをお願い出来ますか?」
 最も危険な役目をカイナに頼んだ。
「――――」
 ここで断る少年でない事は承知だ。
 それに、彼がこの先戦場で生きていくつもりなら、
 避けて通る事は出来ない道。
 カイナは傍らで怯える女に目をやる。
「お、落ち着いて‥‥落ち着いて、私‥‥」
 紅緒。
 行きのトレーラーでも一緒だった女。
 精一杯、恐怖と闘っている彼女を前に、
「いくよ、オレ」
 大剣を握りしめ、
 追うキメラの前に躍り出た。

●臨メル兵闘ウ者皆陣烈レテ前ニ在リ
「イヤァァァァーーーッ!!」
「ハァ――ッ!!」
 小雛の愛刀『望美』と千影の蛍火。
 二つの刃が巨大な甲虫キメラを傷つける。
「大丈夫? こっちだよ」
 瞬天速で真っ先にキメラの元に辿り着いた愛紗は、逃げ遅れたのであろう母子を護り、退避。
 その先で、
「愛紗、ナイス!
 ――フッ!!」
 希明の矢がラージビートルの外殻を射抜いた。
 小雛と千影の背後から。二人の隙間を狙う事くらい希明の腕なら造作もない。
「もたもたしてると援軍来そうだからね。
 ワームとか来る前に――ッ!?」
 短期決着を望んでいたためだろう。
 4人の注意はラージビートルに集中していた。
 その死角から、
 愛紗と母子を狙うように――。
 いち早く気づいたのが希明。
 イアリスを片手に、三人の前へと。

「が――アッ!!」

「希明!!」
 千影の意識が逸れる。
 そこを見逃す相手でもなく、
「しまっ――!」

 金属音に近い高音。
 甲虫の爪を受け止めたのは金属の盾。
「油断大敵ですわよ。蓮沼様」

 戦いにおいて、守るべきものは強さに繋がる。
 ただ、鷹司小雛。
 彼女の強さは守る力ではなく、
 純粋に、混じり気すらない、戦いのためだけの――。

 続く甲虫の爪を紙一重でかわす。
 僅かにかすって眼帯が落ちた。
 露わになった左目は血のように赤く輝いて――。

●なんのために――
 サーベルタイガーの重い一撃を大剣で受けるカイナ。
 その隙を突いた篠崎の矢が虎の腹部を射抜く。
「――どうにも上手く当たりませんね」
 威力充分の弾頭矢だが狙いが定まらない。
「霧条さん!」
 すぐに場所を移動させる。
 勢いと不意を突かなければ狙いが決まらない。
 それにカイナ一人では持ちこたえるのに限界がある。
「カイナさん!」
 隙を作る為にシエルクラインを連射する紅緒。
 カイナの離脱を確認し、狭い路地裏を利用して逃げる。
 脚力そのものでは能力者といえど獣型キメラには及ばないから。
 それでも獣の嗅覚から逃れきれるとは思えない。
 仕留める為に、逃げている。

「”撃ったら走れ”は砲兵の格言ですが、今の自分らにも当てはまりますか‥‥」
 皮肉る篠崎。
 勝算はある。
 その為にも誰の協力も欠かせない。
「大丈夫ですか、カイナ様」
 練成治療でカイナを治す桜子。
 大型虎キメラの攻撃を一人で受けるのは並の苦労ではない。
(「体格もないですしね。蓮沼さんあたりだと適役だったのですが‥‥」)
 その千影も今は戦闘中だ。
 嘆いても仕方無い。
 カイナ達が出来る事をやっているように、自分も出来る事をやるまでだ。

「ん――サンキュ」
 完治した訳ではない。
 けれど大分動きやすくはなったろう。
「誰しも、喪失を免れない時代ですけれど‥‥」
 治療をしながら桜子。
 彼女の助けがありカイナは盾役を務まっている。
「わたくし達にも助けられる命がある‥‥それが救いとなる事もありますわね」
「――シェリーに聞いたのか」
 行きのトレーラーの時からなんとなくは気付いていたが。
「――ごめんなさい」
 気安く人の過去を暴いていいものではない。
 でも言わなければいけないから。

 篠崎が言う。
「自分だけが辛いなどと思わない事です。
 此処にいる誰もが肉親や友人、同僚、知人を失っています」
 わかっている。
 桜子も続ける。
「わたくしがカイナ様を治しているように、篠崎様や藤宮様が戦っているように、
 カイナ様も救える命が、そこにあるという事を忘れないで下さいませ」
 それが正しい事も立派だという事もわかっている。
 それでも、

 ――オレは妹の死に顔が忘れられなくて――


●B班、戦闘終了
 ラージビートルと大蟷螂。
 二体の大型昆虫キメラを倒した希明組。
 地上で最も強い生物が昆虫だという意見があるように、
 大型昆虫キメラの強さは確認されているキメラの中でも上位クラスに入る。
 それを倒せたのはチームバランスの良さと、
「なかなかに手応えのある相手でしたわ」
「怖いコだねぇ」
「愛紗も頑張ったよ!」
 破壊力にやや劣る愛紗も愛用のベルニクスでファイター二人にも引けを取らない一撃を大蟷螂に放っていた。
「ちょっと、大丈夫!? 場所は?」
 希明が無線機に叫んでいる。
 声色から事態を察し、
「公司さんか!? まさか向こうも?」


 再びカイナが前に出る。
 まっすぐに獲物に向かうサーベルタイガー。
 警戒はない。
 強烈な殺意の前に生物に備わるべき防衛本能も消し飛んでいる。
 それがキメラ。
 バグアによって生み出された歪んだ生命。
 前脚の一撃を大剣で食い止める。
 そして、
「誤差は修正しました。
 今度は外しません――!!」
 篠崎の弾頭矢が、脊椎動物の急所、
 最も狙いやすいが、狭く、最も狙いづらい眉間に――。

「グルゥァアアアァァァァァァァ!!!」

 地を揺るがすような断末魔の叫びと共に、決着がついた。

●素敵な優柔不断
 カイナの治療をする桜子。
「‥‥サンキュ、
 アンタがいなかったら‥‥死んでたよ」
 心からそう思う。
「わたくしも、
 カイナ様がおられなければ――死んでいましたわ」
 桜子の言いたい事、言わんとしている事はわかる。
 けれど、

「あ、あのっ!」

 カイナの心中を知ってか知らずか、
 悩んでいたような紅緒が。
「カイナさんが苦しいのわかります! 私なんかが言っていいのかわからないけど‥‥でも‥‥!」
 たどたどしく紅緒は続ける。
 必死さが伝わり、桜子も篠崎も優しく見守り、
「ふ、深い悩みは本人が解決するしかないけれど‥‥、
 迷ったまま死んじゃったら‥‥それが一番悲しい事だと思います‥‥。
 答えを出すために戦って生きて‥‥いいと思うんです」
「答えを――出すため――」
「苦しくてもいつか、本当の答えにたどり着ける様に‥‥」
 
 苦しまなければ生きていけなかった。
 あとどれだけ苦しまなければいけないのかわからなかった。
 でも、
 苦しんでもいいんだよ、と。

「な、なんか変な事しか言えなくてスイマセン‥‥」

「おー、お疲れ」
 そして、
 8人の任務は終了した。

●未来(あす)に向かって
「私にも最愛の人が居た‥‥」
 それは希明の告白。
 出発時、なんて気楽な女だろうと思っていた。
 気楽な傭兵なんて、いや、気楽な人間なんているはずないのに。
「私はずっと逃げて、認められなかった。
 でもね、ある人が教えてくれた。‥‥『失くしたモノと向き合うべきだ』って。
 しっかりと受け止めて‥‥、今ある現実をしっかりと見つめて、生きなければ‥‥
 ‥‥父さんに‥‥兄さん達に、申し訳が立たないから」
 篠崎の言うとおりだ。
 皆同じ。
 やはり自分はわかってはいなかったのかもしれない。
「私がいつまでも逃げていたら‥‥
 きっと、父さん達の想いも、踏みにじってしまう‥‥。
 死んだ人が望むのは‥‥」
 希明はカイナに初めと同じ、眩しいほどの明るさで。
「生きている人の幸せだから」


「――サンキュ、その‥‥色々とさ‥‥」
 帰りに千影の助手席に座ったのはカイナの意思から。
「なあ、カイナ。
 おまえが生きることは、ミコトが生きることでもあるんだ。
 ミコトとのかけがえのない記憶は、おまえの頭の中‥‥だろ?」
 シェリーからの又聞きではあったけれど、
 でも今なら言ってもいいだろう。
「戦う腕(カイナ)、護る腕。全ては命(ミコト)あってのもの、だぜ」
 弟を、家族を見つめるような優しい瞳で。

「生きてていい‥‥いや、生きろ。カイナ。
 そしてこれから出会う全ての大事なものを、護りきれ」