●リプレイ本文
●海の龍と陸の戦士
荒れ狂う大蛇。
いや、もうその姿は龍と呼ぶに相応しい。
古の船乗り達の恐怖の象徴。
今それは現実となって人間達の前に――。
「せっかくの休暇なのにな――」
吐き捨てるように、カルマ・シュタット(
ga6302)。
愛用の槍に赤い光を伝播させる。
「キメラとは切っても切れない縁でもあるのかよ!」
海の龍を狩るのは漁師の仕事ではない。
光る刃で刳るのは戦士の仕事だ。
●出航前
港のチェックではなにやら揉めている気配。
能力者の水鏡・シメイ(
ga0523)がキメラ対策の武器の持ち込みで船側と交渉をしていた。
「最近、キメラは海にも確認されています。
UPCを代表してなんとか持ち込みの許可を頂けないでしょうか?」
正確には傭兵である彼にはUPCを代表する権限はないのだが、嘘も方便というやつである。
「そう言われましても‥‥」
困っている局員。
見れば交渉しているのはシメイ一人ではない。
シメイの妻にして同じく傭兵のサイエンティスト、水鏡・珪(
ga2025)。
ドイツ人の少女傭兵、シエラ(
ga3258)。
他にも数人の能力者達が持ち込みを交渉している。
彼らの言い分も尤もだ。
キメラにはSESを搭載している武器しか効き目はない。
通常兵器でのダメージは非常に薄く、退避する為の牽制にすらなるかは怪しい。
だが、局員もそうかとは頷けない。
能力者で身分が証明されているからシージャックが起こらないというのならパスポート一つあれば充分だ。
そしてキメラとシージャック、どちらが怖いのかと聞かれれば――、
答えは簡単。両方怖い。
危険度はキメラの方が遥かに上だが、どちらも身の破滅には違いない。
命を失う事と職を失う事、職を失う方がマシだと割り切れる人間は少ない。
要するに責任を取りたくないのが本音だろう。
「飛行キメラも存在してますし、
海上で救助信号を出しても到着には時間かかるでしょう。
能力者として万全体制とらせてください、
お願いしますっ!」
と、諫早 清見(
ga4915)。
ここに至って港湾側もやや嬉しくない状況になってくる。
目立ち過ぎるのだ。
能力者達は我の強さか才覚のせいか比較的目立つ者も多く、ましてや港湾のセキュリティの場である。
そして内容もまた能力者達に味方した。
入口で『キメラが出る』だの『用心の為』だの言えば一般客の方も不安になってくる。
早い話がこれ以上騒がれたくはなかった。
(「おい、騒ぎ過ぎだ。私に代われ!」)
上司風の男が出て来たのをシメイは見逃さなかった。
「どうしてもというのであればそちらで預かっては貰えませんか?
何も起こらなければ下船で返してもらいますので」
と、落としどころを提供する。
厳密に言うなら武器が船内にある時点で危険な事には変わりないのだが、一般客への動揺を考えればこの辺で妥協しなければ後に響きかねない。
「わかりました。預かるのであれば‥‥」
「精密機械ですので取扱に厳重なる注意をお願い致しますね」
と珪。
かくして、反則スレスレのゴネでなんとか持ち込みにだけは成功した。
騒ぎを収めたかっただけの船側だが、
まさか本当に有事が起こるなどとは想像もせず――。
●渚のマーセナリー
「ふーねー!
の、プール!!」
はしゃぐにゃんこ、フェブ・ル・アール(
ga0655)。
先日、台湾旅行に出かけたばかりで今度は豪華客船クルーズ。
このブルジョワめ。
「ブルジョワではにゃい!」
誰にともなく主張するにゃんこ。
まあ、激しい五大湖戦を戦い抜いた後、
こういう休息も悪くは――、
「で、今度こそゆっくりとお昼寝‥‥ぷにゃー。もう食べられないー‥‥」
ぐっすり寝るにゃんこ。
年頃の娘がプールで寝てばかりというのも‥‥。
「流れるプールッス!
気持ちイイッス! サイコーッス!!」
対照的にはしゃぐ赤いビキニの美女、エスター(
ga0149)。
「福引の特等豪華クルージング6泊7日間の旅御招待ツイてるッス!
何故か一名様で一人で来たけれど、傭兵仲間達と出会えてラッキーッス!!」
テンション高すぎてわかりやすい状況説明感謝する。
しかし‥‥とんでもなく派手なビキニ‥‥。
実はこれがプールだからの格好ではないというのが驚きだ。
それ以上に非常識なまでのスタイル。
バストが3桁って‥‥それはマッチョの数字ダヨ?
「んー、ブルジョワジー!」
こちらははっきりと明言、ミア・エルミナール(
ga0741)。
が、水着はブルジョワには程遠いスクール水着。
似合っているからまた不思議。
いや、やはり似合ってないかも。
スクール水着を着るにしては出るところが出過ぎている。
「たまにはこういうのんびりも悪くないな」
と、カルマ。
先のエスターの解説通り、港のチェックで意気投合した彼らはその殆どが一人旅であった事も手伝い、こうして船旅を共にしていた。
海と空を背景に抱きながらのプールはなにかと解放的な気分に彼らを浸らせる。
「やっぱりプールで泳ぐのは最高だな。心が洗われる」
はしゃぐ女性陣の中、彼だけ妙に健康的というか体育会的というか。
元水泳部ならではだろうか。
リゾートプールでマジ泳ぎするカルマ。
彼とは対照的に、
「とろぴかる☆ とろぴかる☆」
プールから上がり、ジュースを飲むミア。
「一度やってみたかったんだー!」
「あ、あたしも欲しいッス!」
エスターも追加でジュースをオーダー。
「じゅるじゅるじゅる〜〜〜」
そして既ににゃんこは寝ながら器用にジュースを啜っていた。
●しずかなひととき
テラスにはシメイと珪、仲良し夫婦が海を眺めている。
まだ20だというのにえらい落ち着きよう。
いや、というよりは二人きりでくつろぎたいのが本音のようだ。
「綺麗な海ですね」
流れるような銀髪は海に良く映える。
珪の金髪も彼に劣るところはない。
海を背景にこれほど似合う夫婦もそうはいまい。
「安全を考え、ああは言いましたが、7日間‥‥キメラが出ない事を祈っています
この船旅を楽しいままで終わらせたいですから‥‥」
実際にシメイ自身、キメラの出現はそうまでは怖れてはいない。
海洋型キメラの個体数はそれほど多くはない。
これはキメラ生産の目的によるところが大きい。
人は海には住まない。
人間を襲うキメラを海に放ったところで、自由に操作する場合を除いては効率が悪すぎるのだ。
それでも海洋型キメラを作る目的は二つ。
一つは戦争時、そこを拠点とする場合。
もう一つはその実験。
この場合、遭うのは後者だろう。
ますますもって可能性は低い。
それでも水鏡夫妻が武器の持ち込みを強行したのはもちろん乗客の万一の安全の為。
そして何より愛する互いの為に。
シエラは唯一傭兵達から――いや、人の中から離れ、独り静かに、風を感じていた。
意識するでもなく、少女の口からは歌が紡がれる。
懐かしいドイツの子守唄――。
歌の翼に愛しい君を乗せ
ガンジスの野辺へ 君を運ぼう
そこは白く輝く美しき場所
「歌ははっきりと覚えているのに‥‥
歌を教えてくれた、大事な人を‥‥」
シエラに援助をくれる謎の足長おじさん。
戦いの続く彼女を気遣ってか、客船のチケットを手配してくれたのだが――、
「私は思い出せない‥‥」
その旅は皮肉にも彼女の孤独を深く認識させるだけだった。
そして危機は突然やってきた。
クルーズ船側の航行の理由として、海域の確認がとれているという事がある。
曰く、この海域に生息するキメラは確認されていない、と。
一般人であれば納得には充分な理由だ。
そして――わかる者からすれば、全く信じるに足りない理由でもある。
バグアの本格侵攻からまだ10年と月日は経っていない。
『今まで出てこなかったもの』がどうして『これからも現れない』と言えるのか。
そもそもキメラの解析さえ充分に成されていない現在、ヤツらの事で断言できる事など一つとしてないのだ。
●緊急事態
海龍の接近に傭兵達は即座に武器の返却と救命ボートの貸し出しを願い出た。
「相手が20Mともなると、
泳ぐのじゃ動きに間に合わない危険もある、
素早い対応が必要なんです!」
猛スピードのシーサーペントに焦る清見。
言われるまでもない。
そもそもあんな化け物のいる海に客を投げだすなど論外である以上、ボートに使い道はない。
能力者とはいえ、客に災害対応を任せる事には抵抗がないわけではないが、海の上ではそういう万一の事態も想定している。
問題は武器の返却だ。
傭兵達の武器は預かりこそしたものの、悪用を避ける為、客室からは離れたところに厳重に保管されている。
巨大な船体は20Mの大蛇の攻撃にもしばらくは持ち堪えられるだろうが、この場合はその大きさが災いした。
武器の保管されている部屋には鍵がなければ入れず、その鍵もまた別の部屋に保管されている。
当然そこには船員の案内がなければ辿り着けない。
「私が行きましょう!」
シメイが船員についていこうとするのをはっしと止める珪。
「シメイさんは‥‥その‥‥ここで待っていてください」
緊急時に彼に歩き回らせてはいけない。
下手をすると案内役がいてすら迷いかねない。
それが伝わったのかどうか、
「わ、わかりました。もしもの時は素手ででも――」
「そんときは俺の出番だね。
武器は欲しいけれど、時間稼ぎはさせて貰うよ」
ビーストマンの清見が獣化覚醒を果たす。
「着替え――ない方がいいか。落ちたら危ないしね」
ミアはスクール水着で戦闘態勢。
「ここは俺達に任せて、早く武器を取ってきてくれ!」
カルマが残った者達を急がせる。
「シメイさん、敵を引き離す! ボートを!」
カルマの目算ではシーサーペントが船に接するまでには武器は間に合わないだろう。
ならば自分らで時間を稼ぐしかない。
●導くセイレーン
シエラは保管室には行かず、操舵室へ。
有事に訓練されているクルー達とはいえ、キメラに対しての知識は薄いだろう。
ならば自分の出来る範囲で船を守るだけだ。
「敵から可能な限り離れて下さい。
それと海上保安部からUPCに繋いで」
戦いでのみ光を取り戻す哀しい少女。
赤い瞳でシーサーペントと、そして素手でも立ち向かう仲間達を見据え、シエラはクルーに指示を出す。
自分のような人間を作らない為か。
それとも――。
●龍対虎
「こんのぉぉぉぉ!!」
大海蛇に素手で殴りかかるミア。
フォース・フィールドがある分、得物を持つ事にあまり意味はない。
どちらにしろ食い止める以外には出来ない。
それでも、
20Mの大海蛇の進行を一時的にでも食い止められているのは彼女達にしか出来ない事であって――。
「おっまたせ〜〜〜!!」
海蛇とやり合うミア、カルマ、清見の三人に援軍が。
間に合った。
もう一隻のボートに乗っているのはフェブと珪。
「珪。
まっかせたにゃん!」
と、フェブは跳んだ。
敵の前、彼女は一匹のケモノと化す。
猛獣の牙は覚醒の光を集め、海龍の鱗を突き通す。
「ナイフ一本で海蛇に立ち向かう‥‥浪漫だねえ。泣けてくるにゃー」
それは間違いだ。
今泣くべきは彼女らではなく。
初めて感じる衝撃に、龍は叫びを上げていた。
「みなさん!」
その隙に珪が皆に武器を渡す。
素手で大型キメラを食い止めた三人の疲労は激しい。
すぐさま練成治療にとりかかるが、
傷も癒えずに斧を構えるミア。
「これさえあれば――、
カマン! 三枚に下ろしてセイレーンのディナーに並べてやる!」
痛む身体を鞭打ち、斧を巨大な胴体に叩きつける。
「助かったよ」
槍を受け取り、治療を受けるカルマ。
「思ったより早かったね」
「にゃに、こないだ飛行機で襲われた事があってね。その時の仲間が使った手を荷物に施しといたにゃー。
備えあれば憂いなし!」
頼もしい事この上ない。
だがこの場の他四名全てがこう思った。
お前と旅行には行きたくない、と。
●光の矢
暴れる海蛇がフェブを振り落とす。
「にゃー!!」
フォローにも三人の負傷は激しい。
そこに、
海蛇の身体を二つの矢が貫いた。
白銀の矢と鉛の矢。
射手は船上から。
「私に無断で妻に手を出されては困りますよ」
金色の瞳で獲物を見据え、シメイが二の矢を放つ。
「珪さん、今の内に皆の治療を――」
声が聞こえる筈もない。
だが、二人の意思は通じていた。
言わずともわかっていた。
仲間を守る白銀の矢が海蛇を再び貫く。
その隣では、
「初撃、効いてるッスね!」
蛇の頭部に鉛をぶち込み、エスターが二撃目を狙う。
客船を守る二人のスナイパー。
その一人がシメイで本当によかった。
何故と言えば妻一筋だったから。
横では覚醒したエスターのバストが更に凄い事に。
いや、本当に彼で良かった。
他の者なら女性でも動揺せざるを得なかったから。
エスターの表情が引き締まる。
敵を討つ狩人のそれへと。
「Rest in Peace!(安らかに、眠れ!)」
●ON STAGE!
客船内のステージでは清見が歌っていた。
「俺達が勝てたのはみんなのお陰だよ!
みんなを守る為、俺達は頑張れたんだ!」
決して大袈裟な事とは言えない。
事実、清見、ミア、カルマの負傷は酷かった。
清見に至っては骨にヒビが入っていたらしく、
珪の治療を受けたとはいえ、無理をしてまで突発ライブを船側に申し出たのは、
「せっかくの旅、仕切り直そうよ!」
皆の笑顔が見たかったから、
それだけなのかもしれない。
清見の歌声は光を失った少女にも届いていた。
彼女の好きな歌とは全く違う、明るくて、激しくて、
でもどこか優しい、やっぱり似ている歌。
あまり好きではない筈の曲なのに、シエラは胸にむず痒いような感情を覚える。
いつか彼女もわかるだろうか。
それが『楽しい』という気持ちだということに。
「キメラは出てきてしまいましたが――」
と、珪に苦笑するシメイ。
「悪くないですね。
船も破損はあるものの航行可能。
お陰で楽しい休暇が過ごせそうです」
「良かったですね、皆さんを守れて。
――それに、何より私を守ってくれて。
嬉しいです――」
なかなかいい雰囲気の二人。
「あ、そうだ。珪さん。
この間のバレンタインのお返し。
プレゼントが――あるん――ですけど――」
と鞄を探すシメイ。
「――すみません。忘れてきてしまったようです」
肩を落とすシメイに、
「いいですよ。
そのかわり、後で機械のメンテナンス手伝ってくださいね。
海水浴びちゃって」
「それはもう、是非――!」